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論文の要約
氏名:平山 悟
博士の専攻分野の名称:博士(生物資源科学)
論文題名:乳酸菌と酵母の複合バイオフィルム形成と細胞接着に関する研究
伝統発酵食品の発酵過程では, 乳酸菌と酵母が共存・共生している例が多く見られ, 両者の間には何らかの相互
作用が働いているものと推察される。既往の研究によって, 伝統発酵食品である福山酢から分離した乳酸菌
Lactobacillus plantarum ML11-11 は出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae と共存することにより, 両菌の細胞が混在し
た顕著なバイオフィルム(以下, 複合 BF)を形成することが明らかにされた。複合 BF は, 乳酸菌 ML11-11 細胞表
層のタンパク質と酵母細胞表層のマンナンを介した細胞接着によって形成され, その構造が維持されていると推
定されてきたが, その機序は不明であった。本研究では, 乳酸菌 ML11-11 と酵母の細胞接着機序を詳らかにする
ことを目的とした。
まず, FISH (fluorescence in situ hybridization)染色によって複合 BF における乳酸菌 ML11-11 と酵母の細胞分布を
詳細に観察した結果, 複合 BF の底面には乳酸菌細胞の層が観察され, 乳酸菌が複合 BF の基底部を形成している
ことが示された。
また, 原子間力顕微鏡を用いて複合BFの微細構造を解析した結果, 複合BF中で乳酸菌ML11-11
と酵母の細胞は互いに密着している様子が観察され, これら細胞間に強い接着力が働いていることが推察された。
加えて, 酵母の細胞表層が平滑であるのに対し, 乳酸菌 ML11-11 の細胞表層にはクラスター状の凹凸が見られ,
タンパク質などの高分子が高次構造を形成して存在している可能性が考えられた。
次に, 乳酸菌 ML11-11 との接着に関与する酵母側の因子について, 乳酸菌と酵母の細胞同士の共凝集性を指標
にして解析した。その 結果, 酵母マンナンの主鎖に分岐鎖を形成する α-1,2-マンノシルトランスフェラーゼが欠失
した mnn2Δ株の共凝集性が顕著に低いことを見出した。mnn2Δ株のマンナンは分岐鎖を持たないことから, 乳酸
菌 ML11-11 は酵母表層マンナンの分岐鎖のマンノースを認識して接着することが強く示唆された。また, 清酒酵
母の協会 7 号(野生株)やその泡なし変異株を用いて乳酸菌 ML11-11 との複合 BF 形成や共凝集性を解析した結果,
清酒酵母野生株の細胞表層に存在する高泡形成の原因となるタンパク質Awa1pが, 酵母と乳酸菌ML11-11の接着
を阻害することが明らかとなった。この知見は, 清酒醸造に有用な泡なし酵母変異株を乳酸菌 ML11-11 との共凝
集性を指標として選抜可能なことを意味しており, 産業上重要と考えられる。
一方, 酵母との接着に関与する乳酸菌 ML11-11 側の因子について解析した。ML11-11 と酵母の共凝集が豆由来
レクチンやキレート剤により阻害されることから, ML11-11 の接着因子は Ca2+等を要求するレクチン様タンパク
質であることが強く示唆された。
次に, 乳酸菌 ML11-11 の野生株と, 複合 BF 形成能及び酵母への接着能が共に低下した非凝集性変異株を比較
解析し, 変異株の表層タンパク質量が ML11-11 野生株に比較して減少していることを見出した。また, 変異株の
細胞表面電位は, 野生株のそれに比べ, 顕著に高い負荷電を有することから, 変異株では細胞表層タンパク質が
減少して細胞壁を構成するペプチドグリカンやテイコ酸が細胞表面に露出したことが推察された。このように,
非凝集性変異株の酵母への接着性が低下した原因は, 表層タンパク質の減少に基づくことが示唆された。
そこで, 変異によって減少した表層タンパク質の中に酵母への接着因子があるのではないかと考え, ML11-11
野生株とその非凝集性変異株から LiCl や SDS を用いて細胞表層タンパク質を抽出, 比較解析して, 変異株で減少
しているタンパク質を接着因子の候補として質量分析により解析した。その結果, いくつかの細胞内タンパク質
が ML11-11 の細胞表層に存在し, 変異株では減少または失われていることが明らかとなり, これらが接着因子で
ある可能性が高いと考えられた。ところが, タンパク質抽出処理を施した ML11-11 細胞を用いて酵母との共凝集
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性を解析したところ, 依然として接着活性が残存していることが確認された。以上のことから, LiCl や SDS で抽
出された候補タンパク質は酵母との接着にある程度寄与している可能性はあるが, 接着因子の本体ではないと考
えられた。酵母接着因子の本体は未だ明らかではないが, ML11-11 の細胞表層に強く結合したマンノース糖鎖認
識型レクチン様タンパク質ではないかと推察している。
最後に, 乳酸菌 ML11-11 のように特異な酵母接着性, 複合 BF 形成性を示す乳酸菌の特性をゲノム解析により
明らかにすべく, ML11-11 ならびに同様の特性を有するサバ鮨分離乳酸菌 L. plantarum HM23 及び HP9 の 3 菌株に
ついて, 次世代シーケンサーを用いたゲノム解析を行った。ゲノム公開株の L. plantarum WCFS1 のゲノム配列を
リファレンスに用いて, 得られた配列をマッピングした結果, 酵母接着性を示す L. plantarum の 3 菌株は WCFS1
と類似していた。WCFS1 や他の L. plantarum の菌株と種を異にするほどの違いは認められなかったが, ML11-11
をはじめとする酵母接着性 L. plantarum の 3 菌株は, WCFS1 には無いマンナンに作用する酵素をコードする遺伝
子を共通して保有していることが明らかとなった。なお, 本遺伝子が酵母との接着に関与するかどうかは今後明
らかにすべき課題である。
以上, 本研究では, 福山酢由来乳酸菌 L. plantarum ML11-11 と酵母 S. cerevisiae の細胞接着(共凝集)や複合 BF 形
成に関与する, 酵母細胞表層因子及び乳酸菌細胞表層因子の解析を行い, 酵母側の接着因子がマンナンの分岐鎖
構造であることを示すことができた。一方, 乳酸菌側の酵母接着因子は細胞表層に結合したレクチン様タンパク
質であることを強く示唆する結果を得ることができた。本研究により得られた上記の結果は, 乳酸菌と酵母が形
成する複合BF の産業利用, さらには清酒酵母の育種などに応用展開することが可能であり, 極めて重要な知見と
考えられる。
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