東北大学 工学研究科・医学系研究科 『工学と生命の倫理』・『生命倫理』 Tohoku University Ethics of Engineering and Life / Life Ethics 2016 年度 第8回(6 月8日) 講師:若林 利男 WAKABAYASHI Toshio 題目:リスク管理について <概要・Summary> Risk Management (受講者のレポートからの抜粋・Selected from the students' assignments) 1. 今回の授業はリスクマネジメントに関するもので、まずはじめに、安全・定常状態はたまたま の結果であるということを認識することが、リスク評価・管理において出発点であるというこ とを学んだ。次にリスクマネジメントの考え方全般について学び、ドイツ高速鉄道エシェデ事 故のビデオを見ながら、事故の要因について考えた。最後に、事故の要因の一つと考えられる ヒューマンエラーをいかに防ぐかについても学んだ。 2. リスクマネジメントの定義、方法が紹介され、ドイツ高速鉄道の事故事例をもとにリスク分析 の方法について学んだ。リスクとは、災害の大きさと発生頻度の積の総和として定義され、そ の発生は確率論的に議論されるものである。そのため、すでに起こってしまった事象への対応 は危機管理と呼ばれリスクマネジメントとは区別される。リスクマネジメントはリスクアセス 1 メント、リスク対応、リスク受容、リスクコミュニケーションのプロセスを踏んで実施される。 3. 高度な技術によって支えられている現代社会では,それに関連した様々な事故やトラブルが生 じる。こうした問題に関しての報道は一過性であり,その原因よりも責任追及に重点が置かれ がちである。しかし、最も重要なことは、生じた問題を繰り返さない、未然に防ぐ、といった ことであり、そのためには考えうるリスクを評価および管理し、それについて組織を指揮して いくことが不可欠となる。本講義では、ドイツのエシェデ鉄道事故を事故事例として挙げ,事 故原因を段階的に分析することを通じて、リスク・マネジメントの本質を考察した。 4. 今回の講義はリスクマネジメントについての講義であった.そもそもリスクマネジメントが何 であるかを語源から解説を受けた.またリスクマネジメントがどのようなものから成るのかも 詳しく細分化して学んだ.講義のメインはドイツ高速鉄道エシェデ事故の原因を究明するもの であった.あらゆることが積み重なった結果の大惨事であったがどれも防ぐことができる事柄 ばかりであったという衝撃的な結論に至った. 5. 鉄道事故などの多くの事故は,リスクマネジメントを会社などが確実に行っていれば未然に防 ぐことができる.しかし,ドイツで起こったドイツ高速鉄道事故は,リスクマネジメントが行 われておらず,設計,製造,運転,保守,ヒューマンエラー,組織,規範などが事故の要因と なり大きな事故を引き起こしてしまった.従って,リスク分析,リスク特定,リスク算定,リ スク評価,リスク対応などのリスクマネジメントを小さな事故の場合であっても日頃から行う べきである. 6. 我々の周りの環境の安全・定常状態が維持されているのは、偶然の結果であり、それは習慣や 制度、訓練、規範などによって危険やトラブルが未然に防止されているだけである。危険は常 に人々の周りに存在しており、この現実を正しく認知することが大切である。リスクマネジメ ントとは、危険を管理するのではなく、リスクに関して組織を指揮し、管理する活動である。 リスクマネジメントは主に、リスクアセスメント、リスク対応、リスクの受容及びリスクコミ ニュケーションを含む。リスクマネジメントについて、ドイツで発生した高速鉄道の事故を例 にして事故原因を追求した。この事故では、高速鉄道の車輪の故障によって死者は 101 人とな った。さらに、ヒューマンエラーを削減していくためには人間の周囲の環境を変えていくこと が重要である。 <意見・Opinion> (受講者のレポートからの抜粋・Selected from the students' assignments) 1. エシェデ事故のビデオを見て、まず偶然が重なって起きた事故だとわかりました。それに対し てここまで偶然が重なることは確率としてはかなり低い、対策をする必要はないともし自分が ドイツ鉄道の当事者なら思ってしまうかもしれないと思いました。しかし、要因の一つでも対 策していれば防げる可能性が高かったという裏返しであるという見方がこの授業を通じてし っかりと学べました。このような事故を防ぐためには様々な要因の組み合わせを考えるしっか りとしたリスクに対する評価が必要で、それを行うためには組織のリスクマネジメントへの理 解が必要である事がわかりました。リスクに対して真摯に向き合う姿勢を大事にしていきたい と思います。 2. 日本の乗り物(例えば電車等)の安全性は世界的に見ても優れていると言われる。そのせいも 2 あってか自分は安全であることが普通であると錯覚していた。しかし、危険要因を未然に潰せ ているが故の安全であり、そのことを忘れてしまった時には何かしら事故が発生する恐れがあ ると聞いたとき、この考えは改めようと思った。危険を回避し安全を確保しようとするリスク マネジメントにおいてリスク分析はもちろん重要であると思うが、根本的に最も重要であるこ とは安全が世の常ではないということを認識することであると感じた。忘れた頃に事故が起き てしまうのは、物事の背後には常に危険因子が潜んでいるという事実を忘れたことによるため ではないだろうか。 3. リスクマネジメントにおいてもっとも重要なことは、些細な事であっても細心の注意と検証を 行うことなのだと痛感した。私は以前、空気圧が原因で高速走行中にタイヤをバーストさせて しまったことがある。幸い怪我や事故等は発生しなかったが、壁や車への衝突や、タイヤ片に よる二次災害など多くのリスクを孕む結果となった。この車はサークル所有のものであったた め、これ以降空気圧点検を徹底した。しかし、ついこの間点検したところ空気圧が低く設定さ れていたため、同僚に話を聞いたところ、ガソリンスタンドのサービスを 1 週間前に受けたと のことであった。リスク管理で情報交換は必要ではあるが、可能な限り自ら検証することも重 要なのである。今後、この経験を社会でも活かしていきたい。 4. ドイツの高速鉄道エシェデ事故は、リスクマネジメントを怠った、なんともひどい例だと思っ た。大事故が起きる前に、何度もそれを防ぐ手段はあったのに、車掌や整備士などの複数の人 の判断が甘かったために、起こった事故であると思った。ただ、ヒューマンエラーは誰でも引 き起こす可能性はあり、人間の特性をよく理解し、人間を取り巻く要因を改良していき、一人 一人が意識を持って事故やエラーを未然に防がなくてはならないと思う。また、誰も予期せぬ エラーが起こってしまった時には、臨機応変に、そして人の安全を第一に考慮して行動できる ように、個人個人の判断力を磨いておくことも大切ではないかと思う。 5. これまでの学部及び大学院での授業で,何度か「リスクマネジメント」という言葉を聞いてき た.我々工学部の人間が将来携わるシステムには,安定に作動しなかった場合に何かしらの人 的被害が出る可能性のあるものも多く,リスク評価という考え方はすべての工学に携わる人間 にとって必要なものであると思う.私は,リスク評価の意義は「無数に起こり得る可能性をで きるだけ拾い上げ,未然に防ぐこと」にあると思う.起こった事故の要因はただ一つに決まっ ているが,未来に起こる事故にはあらゆる可能性がある.未来に起こる事故を予測し,未然に 防ぐことは極めて難しく,今でも多くの事故が発生しているが,その点でリスクマネジメント という考え方が極めて重要なものであるといえるだろう. 6. 今回の講演を聞き,リスクマネジメントの重要性を認識した.数あるリスクを数えだし,その 重大さを評価し,それぞれどのように対応すればよいのかをあらかじめ考えておくことは最悪 の事態を招かないためにも必要不可欠であると感じた.例として見たドイツ鉄道 ICE-1 の列車 脱線事故では,様々な事故原因が考えられた.弾性車輪の設計,線路の切り替えポイント,車 掌の対応の遅れ,陸橋の位置などが挙げられ,それらが運悪く積み重なったタイミングで甚大 な被害の事故が生じたのだと考えられる.こういった事故を起こさないためにも,リスクはゼ ロにできない一方で,リスクマネジメントを行い,少しでも軽減する方法を考えるべきである. 7. リスクという言葉は自分もよく使っていましたが,今回の授業を通してリスクとはどのような ものか理解が深まりました.特に,数式でリスクが説明されたのを見たり,安全,定常状態は たまたまの結果であると聞いたりし,『なるほど』と感じました.また,リスクマネジメント は対象が今回の動画の例のように大規模になるほど事故が起こった時の災害の大きさが大き くなるため,それがおこる確率を減らす必要があるのに対し,事故の要因に成り得るものがと 3 ても多くリスクマネジメントがとても難しく感じた.中でも,現代では技術の発達により機械 的なトラブルは起こりずらいと考えられるが,ヒューマンエラーが引き起こされないようにす るのはとても困難だと思い,その重要性を感じた. 8. 工学技術を利用していくうえでもリスクというものは考慮していく必要があるものであり,そ れにより社会に与える損害を理解することは重要だと思いました.ドイツの高速鉄道の事故で も,新技術の理解不足での使用,橋の下を通過するという問題,検査方法が不十分,乗客から の説明ですぐに停車を行わなかった,高速線と在来線の交差があるなど,技術の使用法やシス テムといいった事前に対策できたことが多くあり,事故を予測していく必要性とその際に事故 の規模を抑えるようなシステム,構造を考慮していく必要性が感じられました.しかし,事故 の予測というものは難しく,同様の設備などで起きた過去の事例から考えることが大きな方法 だと思いますが,未経験や事例の少ないものは軽く見られてしまうと思います.事故の起きた 後の分析は,その事故自体の原因を解明することに加え,その後起きうる事故を事前に抑える 情報を得られるものと思います.しかし,ただ分析・解明してもその情報がその後に生かせる ような知識を広めて,また身につけていくことはリスクのアセスメントの面で重要だと思いま す. 9. 事故は起きてはならないものだが、人間は必ず失敗をするもので、技術は常に新しいものを生 み出していくため、世界から事故がゼロになることは無い気がする。ドイツ高速鉄道事故のビ デオと、以前行った、福島原子力発電所の Fault Tree 解析を通じて、事故原因を徹底的に洗い 出すことの重要性を実感した。よって、軽微な事故でも特定個人の責任として安易に片づける のではなく、本質を解明して同じ失敗を二度と繰り返さないための改善材料とすることこそが 重要であると思う。具体的には、 「業務プロセスの可視化」 「あらゆる危険の予測と対策の考案」 「失敗後の行動準備」 「安全基準や設計の見直し」 「対策の先送り(ことなかれ主義)防止」 「仲 間意識によるミスの隠蔽体質の改善」「安全を差し置いて利益を優先する経営陣及び体制の刷 新」などが必要不可欠なのではないかと考えられる。 10. 今回の授業からリスクマネジメントという言葉を初めて聞いたが、最近起こっている様々な大 きな事件を見ると、リスクマネジメントの必要性を感じる。私は韓国人であるので、2014 年 に起こったフェリ-転覆事故について、今回の授業を聞いた後、このリスクマネジメントの重 要性を感じた。フェリ-転覆事故で命を失った人々はほとんど高校生であり、この事故の時に 船長は自分から先に逃げ出すという、人間として最低な行為を見せてくれた。このような点か ら、リスクマネジメントで人間の性格なども考慮する必要があると思う。また、どのような事 でも必ずリスクを持っているので、いつも最悪な場合を考えて、現状に感謝するという心を持 つことも大事だと思う。 11. 今回の講義では実際の電車事故の映像から色々なことを学ぶことができた.映像のケースでは 何度か未然に防げるケースが何度かあったように思う.決定的な瞬間としては,乗客の席の間 から鉄棒が突き抜けてきたところであり,電車の運転手がいち早く確認していれば,事故が発 生する前に電車を止めていたはずだ.保守点検等のミスからヒューマンエラーが重なってしま うことで,多くの命が失われてしまったため,リスクマネジメントを常に意識することがいか に重要かということが理解できた.今までで聴講した講演でも言われていたが,技術者の傲り が人の命を落とすケースは非常に多い.リスクマネジメントはそのような技術者の傲りを少し でも無くし,本来の技術の姿にするために最も重要な要素であると思う. 12. 初めに,リスクマネジメントにおけるリスクアセスメントの流れについて理解できた。エシェ デ事故に関しては多くのことを考察した。事故の要因について,弾性車輪の高速鉄道初採用な 4 のにもかかわらず,先行使用者からのヒヤリングを行っていなかった点や点検が不十分であっ た点など多くの意見が挙がったが,それらは本質的ではないと私は考える。ここで本質的な原 因はヒューマンエラーを含む,先述の原因が恒常化し,改善することができなかった会社組織 の体質や,原因を誘発させるような環境であると考えている。中でもヒューマンエラーは結果 的に引き起こされるものであるので,人間中心の環境を構築する必要がある主張,すべてのマ ネジメントはリスクマネジメントであるという主張に深く共感した。 13. ICE の事故については,以前にも他の講義で聞いた事があったが,その際は設計の不備や整備 不良が原因と結論付けられていた.今回の講義で,ヒューマンエラーの影に潜む周囲の環境の 問題という一面に気付かされた.事故や事件の原因を探るとき,しばしば犯人探しに夢中にな り,直接的な原因となった個人や組織を厳しく罰することで解決した気になりがちだ.しかし, 視野を広げて直接的な原因を引き起こした隠れた原因,すなわち組織や制度といった大きな規 模の問題に目を向けることこそが重要だと強く感じた.そうしなければ,直接的原因となった 個人に必要以上の不利益を与えるだけでなく,根本的な原因が放置され,再発を防ぐことはで きないだろう. 14. 1998 年に起きたドイツ高速鉄道の事故に関する映像を見たが,事故の要因は,車輪を弾性車 輪に変えたことや,高速線と在来線が混在していることといった設計上の問題,また,懐中電 灯を用いたずさんな保守点検,車掌の判断ミスといったヒューマンエラー,路面電車会社の情 報提供を無視した組織的な問題等さまざまあることがわかった.ドイツ鉄道会社側は予測不可 能な事故であったと主張しているが,保守点検の仕方は明らかにずさんなやり方であり,事故 を予測することは十分可能であったと感じる.また事故後の対応は,被害者への慰謝料がたっ たの数百万と低く,またお金で解決しようとする姿が思い浮かばれるもので,被害者への誠意 を感じられなかった.事故の認識が非常に甘かったのではないかと感じる. 15. リスク管理ができていなかった事例としてのドイツ高速鉄道事故について、あれほどの大惨事 に繋がったのには確かに映像内でも述べられていた通りいくつかの要因が重なったことで起 きたと感じました。しかし、管理体制を継続していたなら規模を問わず何かしらの事故になる のは明白で、それは先生が始めに述べていた安全こそが偶然ということだと思います。講義中 に事故の要因としてその時の対応や走行環境などがあげられましたが、僕はそもそも管理体制 が問題だったと思います。世界最高水準や安全神話などと近年日本でも同じような事故があり ましたが、自らのおごりで予測能力を鈍らせリスクマネジメントどころかリスクは生じえない という思い込みが生まれるため、他者の意見に耳も傾けず事故につながったと感じました。 <授業中の質問と回答・Q&A in the class> 1. Q: 当時高速鉄道の緊急停止スイッチはあったか? 2. Q: 数あるリスクの要因の中で最も注意すべきはヒューマンエラーか。 → A: リスクの要 因の多くはヒューマンエラーが起因していることが多いので、ヒューマンエラーをいかに低減 するかというのはリスクマネジメントにおいて重要である。 5 → A: 当時は無かった。 <Q&A> (レポートから抜粋した質問と講師の回答・Questions selected from the students' assignments and the answers from the lecturer) 質問 1 回答 ヒューマンエラーが事故に直結しないようにする ヒューマンエラーを極力減らす組織構造を作る ため、人間の特性を分析して人間を中心にした には、まず何が必要だと思われますか。 システムを構築することが重要である。 事故後、ドイツ鉄道はフランス国鉄が TGV で行 2 ドイツ高速鉄道の事故後、運営会社はどのよう なリスクマネジメントをとったのか。 っているような高速走行記録等の技術向上、車 両メンテナンスの強化、事故防止対策の徹底、 高速鉄道ネットワークの拡充、組織の改善といっ たマネジメントをすすめた。 リスクに強い組織とは、コンプライアンスを徹底し 3 リスクマネジメントをしにくい組織の体質における 特徴はどのようなものでしょうか. ている組織、内部統制がしっかりした組織、リス クマネジメント体制がしっかりした組織、である。 リスクマネジメントをしにくい組織の体質は、これ らと反対の組織ということになる。 設計・開発におけるミスの例としては、一般的に ヒューマンエラーというと運転員の操作ミスや計 4 器の読み取りミスというものが思いつきやすいで すが,計画や設計段階でのヒューマンエラーとい うものはあるのですか? 以下のようなものが挙げられます。 ・設計内容を規定している図面やプログラムにお ける間違い。 ・設計者やプログラマがちょっとした忘れ、勘違 い、見間違いなどから犯す、作業における標準 又は目標からの逸脱。 今回のような大勢の命が奪われるような事故を 5 日本の企業が犯した場合どのような罪に問われ る可能性がありますか。 6 企業の責任者に対して、業務上過失致死傷が 適用されると思います。 多くの企業でリスクマネジメントを実践している。 リスクマネジメントについてリスクアセスメントや リスク対応などとても細かい管理内容があった 6 がこれらに基づいて実際に企業等で実践してい る例はありますか。実際にあるとすれば具体的 にどのような評価をしているのですか。 トーマツ企業リスク研究所の企業リスクマネジメ ント調査(2014年)によれば、金融27社、製造 104社、情報通信28社、卸売商社26社、小売 6社、不動産3社、サービス17社等、239社より 実施しているとの回答が寄せられている。評価 例としては、優先すべきリスクとして示されてい る。 リスクマネジメントはある種ヒトの本能的な危機 回避思考から生じているようにも思われるが,こ 7 れは同時に経験則でもあるように思われる.経 験による,リスクマネジメントの能力の差は生じ るように考えるか. リスクマネジメントを実際に行い経験を積むこと、 シュミレーションやトレーニングをすることにより、 リスクマネジメントを習熟していくことができると 考えます。リスクマネジメントの経験者と初心者 では、差は出てくると思います。能力よりは経験 だと思います。 Sometimes, we couldn't know the risks during the simulation part. Since, if we really want to 8 create something, we need to simulate it, and We cannot predict the risk accurately. Therefore, figure out it works or not. However, the we perform the training and simulation about the simulation couldn't show us some risks or risk,. We enhance the experiences and knowledge potential dangers. I want to ask, under that for preventing the risk. condition, we could not predict what risks will happen, how could we manage that? リスクの因子を細かいところまで挙げたらきりが 9 ないと思うが,実際にはどの程度のリスクまで考 慮するのか。 リスク因子の特定には、考えられる因子をすべ てリストアップすることが必要です。そうでないと 正確なリスクの特定はできず、対策の検討もで きなくなります。 不謹慎な話であるとは思いますが,仮にドイツ鉄 道事故の際,床から突き出した車輪の一部によ 10 って乗客が負傷した,または死亡したといった状 況が発生した場合,先生は列車は停止したと考 その場合は、人命に関わることなので、車掌は 列車停止させたと思います。多分、マニュアルに もそう書かれていると思います。 えますか. ご自身や身近な方で,リスクマネジメントを怠っ 11 て経験した苦い思い出はありますか?また,あり ましたらどのような経験ですか? 特に私はありません。企業から聞いた例として は、規制緩和、強化(法改正等)への対応の遅 れで、困難な状況に陥ったということはありま す。 7 ドイツ高速鉄道事故のビデオにおいて、車輪リ ムの金属疲労による損傷を目視のみで確認して いたことには問題があったと思います。しかし、リ 12 ムが微小なたわみの繰り返しによって金属疲労 おっしゃる通り、他の要因もあるかもしれませ するならば、損傷は外側から内部の方向へと進 ん。平川賢爾著「ドイツ高速鉄道脱線事故の真 む気がします。破断に繋がるような損傷すら見 相-技術者の責任論から」をご一読ください。そ つけられなかったということから、リムの損傷に の点も記述しています。 は走行中の他の原因も絡んでいるのではないか という疑問が浮かぶのですが、先生はどのよう に思われますか。 リスク分析では、リスク特定が出発点として重要 です。 リスク分析を行うのは難しいように思えますが、 具体的にはどのように行うのでしょうか。例え ば、A さんにとっては明らかにリスクだと思えるも 13 のがあっても、B さんはそれをリスクだとは思わ ない可能性が考えられます。さらに、リスクの評 価方法が主観的なものになってしまい、定量的 な分析ができない場合もあるように思えます。 過去に運転実績等のないものについては、経験 的手法は適用できず、より演繹性の高い方法の 採用が必要になります。リスク特定の手法として は以下のものが挙げられます。基本は、客観的 に考えられるリスクを全て洗い出すことです。 ・Checklist ・Preliminary Hazard Analysis (PHA) ・Failure Mode and Effect Analysis (FMEA) ・Hazard and Operability Study (HAZOP) ・Master Logic Diagram (MLD) 身近な生活の中でも、リスク分析を行い、リスク 対応を行っていくことが重要です。リスク分析に 14 身近な生活の中でもリスクマネジメントを行って いくためにはどうしたらよいでしょうか. は、リスクを洗い出して、リスクを特定します。そ の後、リスクの確率を求めますが、身近な生活 では、リスクの特定だけでも良いと思います。そ して対策をあらかじめ考えておくことが必要で す。 機械に任せたとしても、機械を作るのは人間で 事故が起きた原因はヒューマンエラーのせいが 多いとおっしゃっていたが、それならば例えば運 15 転手や検査員などを全て機械に任せ人間が関 わらないようにすれば事故は減少するのでしょう か? あり、機械を動かすソフトを作成するのも人間で ある。それぞれの時には必ずエラーが入ること が考えられます。機械に任せることによりエラー は減ることは考えられますが、ゼロにすることは 難しいです。人間と機械の役割分担を適切に行 うことが、よりエラーを防ぐことにつながると思い ます。 8 ヒューマンエラーの要因と対策の例を以下に示 します。これを参考にして、考えてください。 1. 短期記憶を忘れる→メモ・中断カード、2.情報 16 ヒューマンエラーを発見するあるいはそれに気づ くためにはどうすればよいでしょうか。 が多すぎて見落とす→余分な情報をカット、3. 目立たない→強調する表示、4.見間違いやす い計器→計器の変更、5.経験による思い込み →手順書など紙による伝達、6.感覚の間違い、 見落としやすい要素→補助線、強調、7.差が小 さすぎて気がつかない→配置の変更 リスクを回避するためには、コストがかかりま リスクを回避することと企業の経費の問題は密 17 着に関係していると思うのですが、どのようにお 考えですか。 す。事故による被害の大きさ(金額で算定する) と回避するためにかかるコストを比較して、決定 することになります。回避の方策はいろいろある ので、被害とコストの関係で最適なものを選ぶこ とになります。 18 私は日本の新幹線の技術システムは世界でも 日本の鉄道技術は、輸出先は以下があります。 特に安全で信頼性の高いシステムだと思うので デリー高速輸送システム(インド)、台湾高速鉄 すが、このシステムを手本にしている鉄道会社 道、都市間高速鉄道(英国)、タイ都市鉄道、ド や組織・機関(鉄道以外も含めて)は現在世界中 バイメトロ(アラブ首長国連邦)。今後、増やして にどれくらい存在するのでしょうか?またその数 いくには、官民が一体となって活動していくこと は今後増加していくものなのでしょうか? が重要と思います。 近年の技術ではヒューマンエラーの様な事故が 起こらないように自動化が進んでおり,リスクは 非常に少なくなっていると私は思う.しかし,自動 AI 技術の進歩により、自動化は進んできている 化にすればするだけ人々は手を介さずことを終 ことは確かです。しかし、プログラムは人間がす えてしまう.私は反対に自動化が進みすぎるとリ ることであり、必ず、見落とし等のエラーがあると 19 スクマネジメントへの認識が薄れ,機械に頼るだ 考えるべきと思います。いくら自動化が進んでも けの生活になってしまうと思う.このように私は プログラム等で人間が介在する限り、エラーは 自動化によることでリスクマネジメントへの考え 無くならないので、リスクマネジメントは必要と思 方が変わってしまうと思うが,若林教授は今後の います。 リスクマネジメントの立ち位置についてどのよう にお考えでしょうか? 20 東日本大震災は未曽有の大災害と呼ばれ,そ リスクは、前にもお話しましたように、(発生確 の災害の影響に関しては事前に正確に認識さ 率)×(被害の大きさ)で表わされます。今回の れていなかったように思われます.しかし,この 東日本大震災は、地震の発生確率は前から大 規模の災害は頻度が低いものであると思いま きかったので、正確にリスク計算はされていませ す.これをリスクの式に当てはめると低リスクと んがリスクとしては、高リスクとなると思います。 いうように認識した方が良いということなのでしょ リスク対策としては、リスクの大きさとリスク回避 うか.それとも規模の大きさにより高リスクとなる に対するコストとのトレードオフになると思いま のでしょうか.低リスクととらえる場合の理由とし す。リスクの定量的な評価のもとに、リスク回避 9 てはそれを気にしすぎていては,身動きが取り 対策を決めていくのが良いと思います。 辛くなってしまうからというでしょうか.お考えをお 聞かせできればと思います./リスクと安全性は トレードオフの関係になってしまうものだと思いま すが,そこの妥協点はどのような議論によって見 出されるべきものだと先生は考えられますか. リスクマネジメントにおける,リスク対応に関し て,実際的に会社や組織でリスク対応を行うた めには,それらのリスクを共通に数字,特にコス 21 トに置き換える必要があると考えますが,リスク をコスト化するためには,どのようなプロセスが 踏まれますか?また,その際に考慮すべき点は 何ですか? 22 ヒューマンエラーを防ぐためにできる環境づくり の工夫などはありますか。 れらの合計金額を言います。①正味保険料、② 回収できない損害(自家保険及び保有の療法を 含む)、③リスク・コントロール及び損失防止の費 用、④管理費。詳細については、各種教科書を お読みください。 人間に優しい環境づくりが必要と思います。例え ば、見やすい表示、快適な作業環境、紛らわしく ない操作ボタンの配置等があると思います。 現代の社会は様々なシステムが複雑化し,トラ ブルの原因もそれらが複合的に絡み合った複雑 なものになっていると感じます.今後も社会の複 雑化が進み,さらに人工知能等の登場による自 23 リスクのコストは、以下の要素で構成されて、そ 動化が進むことで,人の意識の及ばない領域が ますます増えていき,従来のようなリスクをひと つひとつ洗い出す手法ではキリが無くなってしま うのではないかと疑問に感じました.この点につ いて,先生のご意見をお聞かせ頂ければ幸いで す. リスクの洗い出しについては、今まで、原子力発 電所のような複雑なシステムについて実施され てきており、ある程度実績が出てきてると思いま す。今後更に複雑なシステムになった場合、今 までの手法で良いかどうかは、今後検討していく 必要があると思います。ただ、ヒューマンエラー につきましては、人間に関することであり、人間 が一つ一つよく考えて洗い出す必要があると思 います。 両方重要ですが、強いて言うならば、原因究明 ヒューマンエラーを防ぐために,しいて言うならば かと思います。原因が解明されれば、対策は自 24 リスクに対する原因究明と問題解決のどちらに 重点を置くべきか ずと出てくる場合が多いと思います。原因究明で は、(1)事実を正しく把握すること、(2)事故の 構造を把握すること、が重要となります。 10 リスク低減のために、今現在特に環境を整える 25 必要のある分野(鉄道、航空など)は何であると お考えですか? 新しい分野が対象となります。例えば、遺伝子組 み換え、バイオ技術、リニア新幹線等があると思 います。また、原子力も福島事故以降重要にな っています。 リスクと危機管理の異なる点として、リスクの評 価は本質的に確率論 で評価する必要があっ 26 て、起きるかどうかあいまいな事象を確率で評 価する必要がある。この解釈は正しいでしょう 起こるかどうかわからない事象については、確 率論で扱う必要があります。解釈は正しいです。 か? 先生が実際に行ったリスクマネジメントまたは対 27 処した事故要因の調査など経験談をお聞きした いです。 チェルノブイリ事故の時に事故要因の調査に関 わったことがあります。チェルノブイリ発電所に2 回ほど行き事故の調査,原因究明を行いまし た。 時代背景の変化で、大きくリスクに対する基準が リスク対策が必要な場合、そのリスクによる被害 変わった場合、大きなリスク対策が必要となると の大きさ(金額で算定する)と対策のためにかか 28 思います。その際に企業などはコストなどの壁に るコストを比較して、決定することになります。対 29 30 当たると思いますが、それについて、どのような 策にはいろいろあるので、被害とコストの関係で 解決方法があると思いますか? 最適なものを選ぶことになります。 ヒューマンエラーによるトラブルは人間が管理す ヒューマンエラーを防ぐには、人間を取り巻く要 る上で必ず起きる問題だと思いますが、その対 因を分析し、人間の特性に合うように改良し、人 策としてはリスクの理解による認識や正確な業 間中心の環境を構築することが重要と思いま 務管理以外にどのようなものがありますか。 す。 先生はすべての事態に対してマニュアル化する ことを良しと思いますか。 マニュアル化により全て解決できるとは思いませ ん。人と人との直接の情報共有化によりパフォ ーマンスが向上しエラーは防げると思います。 11 ドイツの高速鉄道の事故前後で、日本の工学分 31 野におけるリスクマネジメントに対する考え方は 変化したのでしょうか。変化した場合、どのように 変化したのでしょうか。 リスクマネジメントに関する考えは変わったと思 います。特に、技術者の責任ということが注目さ れて来たと思います。平川賢爾著「ドイツ高速鉄 道脱線事故の真相-技術者の責任論から」をご 一読ください。 まず、身近なリスクから考えてください。そして自 リスクマネジメントについて考えようと思ったと 分で、リスクのリストアップ、リスクの特定、リスク 32 き.まず初めに,全体を簡単に考えようとしたと の算定、リスクの評価、リスク対策を実施してみ き,どういったことから考え始めるべきですか? てください。実際にやってみることによって、リス クマネジメントを実感すると思います。 近年、日本でよく安全性がアピールされるように なりましたが、それによって製造・管理側が責任 リスクマネジメントの基本は、未然防止、早期発 を感じいっそう気を付けるならいいのですが、原 見、拡大抑止、再発防止です。安全性のアピー 33 発事故のように安全なものだと信じ込み堕落す ルについては、このような視点から安全性につ ることも十分考えられると思いますが、リスクマ いて考え、アピールしていくのが良いと考えま ネジメントの観点から現在の安全性のアピール す。 についてどのようにお考えですか? 12
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