インフレ率の予想外の加速も

Aug 29 , 2016
No.2016-039
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected]
米国経済 UPDATE:4~6 月期は低成長ながら年後半は成長率回復、イ
ンフレ率の予想外の加速も

米国の 4~6 月期の実質 GDP 成長率は前期比年率 1.1%増となった。4~6 月期は在庫投資減が大きく
影響したとはいえ、1%前後の低成長が 3 四半期連続しており、景気拡大の勢いは強くはない。特に、
年初までの資源安・ドル高進行を受けて設備投資が 3 四半期連続のマイナスとなっており、成長の足
を引っ張っている。他方、個人消費は伸びを回復し、1~3 月期の成長鈍化分を取り戻した。

年後半は、雇用・所得の改善等を背景とした個人部門(個人消費、住宅投資)の着実な拡大、企業収
益や資源価格の下げ止まりを受けての設備投資の持ち直しへの動き、在庫積み増しなどが期待され、
成長率は 2%台後半へと加速することが見込まれる。

雇用動向については、労働参加率の回復が鈍く労働供給の天井が低下していることから、今後、成長
率が回復してくると賃金やインフレ率の上昇が予想外に加速してくる可能性もある。
個人消費は堅調な拡大持続を確認
実質GDP成長率(寄与度、前期比年率、%)
6.0
米国の 4~6 月期の実質 GDP 成長率は、前期比年率 1.1%
増(改訂値。以下同)にとどまった。4~6 月期は、在庫投資
が GDP を 1.26%Pt 引き下げており、在庫投資と外需を除い
5.0
4.0
政府投資
3.0
政府消費
2.0
た国内最終需要は 2.3%増となる。それでも、潜在成長率(約
純輸出
1.0
在庫投資
2%)の半分程度となる低成長が 2015 年 10~12 月期(0.9%
0.0
増)
、2016 年 1~3 月期(0.8%増)と 2 四半期連続で続いた後
-1.0
個人消費
-2.0
GDP
であることを考えると、景気拡大の勢いは決して強くはない。
需要項目別にみると、個人消費は、前期比年率 4.4%増とな
り、1~3 月期の低迷(1.6%増)から大きく回復した。この 2
住宅投資
設備投資
-3.0
-4.0
11
12
13
14
15
16
(出所)米国商務省
四半期を均してみると増加幅は年率 3%増となり、2014~15 年のペースとほぼ一致することから、消費
は巡航速度で拡大していると言える。消費の内訳をみると、サービス消費が、1~3 月期に同 1.9%増、4
~6 月期に同 3.1%増と比較的安定して推移していたのに対して、
財消費は新車販売の振れにも影響され、
1~3 月期が同 1.2%増、4~6 月期が同 7.1%増と大きく変動した。
7 月の個人消費については、新車販売が前月比 6.4%増えて年
率 1,777 万台となった。新車購入に牽引されて小売・外食売上高
小売売上高(ガソリンスタンドを除く。季節調整値)(百万ドル)
370,000
360,000
(名目ベース。振れの大きいガソリン除く)も前月比 0.2%増と
350,000
なり、4 カ月連続の増加となった。7 月の小売・外食売上高は、
新車販売以外は概ね低調であったが、4 月の同 1.1%増、6 月の
340,000
同 0.7%増という上振れの後でもプラスが維持されており、消費
330,000
のトレンドは堅調といえる。
320,000
なお、このように消費全体の増加ペースを左右している新車販
310,000
(出所)米国商務省
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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売ではあるが、リーマンショック後の景気後退期に溜めこまれていた需要(ペントアップ・ディマンド)
に関しては既に出尽くし感があり、今後は、消費の継続的な牽引役とはならない可能性が高い。ただし、
安定した雇用増と賃金上昇により所得増加が続き、さらには所得格差や不安定な雇用などから来る過度の
節約志向が改善されていけば、たとえ新車販売は増えないとしても、今後も、その時々の「旬」のテーマ
で、所得増に相応した消費増が生じるものと考えるべきであろう。
不振の設備投資は来年にかけて持ち直しへ
回復著しい個人消費に対して 4~6 月期の設備投資は、前期比年率 0.9%減となり、3 四半期連続でのマ
イナスとなった。設備投資の内訳をみると、構築物投資は、鉱業関連の大幅減(同 57.6%減)に引きずら
れて同 8.4%の減少となった。鉱業関連構築物投資は 6 四半期連続のマイナスであり、この間に 3 分の 1
にまで減少した。また、機械投資も 4~6 月期に同 3.7%減となり、3 四半期連続での減少となった。さら
に機械投資の内訳をみると、産業機械は同 9.1%増だったが、輸送機械が 3 四半期連続で減少している。
このように設備投資の減少が続いているために、資本ストックは経年化が進むとともに伸びも鈍化して
きている。資本ストックの伸び率と実質 GDP の伸び率との過去の相関から推計すると、米国経済の成長
率は 1%台へと落ちていくことが想定されるが、米国経済の現況を踏まえると、資本ストックの伸びが鈍
化したまま戻らないとみるのは悲観的すぎるであろう。
今後の動向についてみると、設備投資は企業収益の状況に影
企業収益と設備投資の推移(前期比年率、%)
響されるため、企業収益の増減にタイムラグを伴って追随して
80
くる傾向がある。そこで最近の企業収益(GDP ベース)の状
60
40
企業収益
設備投資(右軸)
30
況をみると、2015 年 1~3 月期から 10~12 月期まで 4 四半期
40
20
連続で前期比マイナスとなっており、この収益悪化が一要因と
20
10
なって企業行動を消極的にさせ、設備投資を鈍らせたことが考
0
0
えられる。業種別では、機械製造、金融などで前期比減益が続
-20
いていた。
ただし、企業収益は 2016 年 1~3 月期には 5 四半期ぶりに増
益(前期比年率 14.1%増)に転じており、4~6 月期には再び
-40
1986/03
-10
1991/03
1996/03
2001/03
2006/03
2011/03
-20
2016/03
(注)名目GDPベース、3四半期移動平均値
(出所)米国商務省
マイナスにはなったものの(同 4.7%減)
、今後、収益トレンドが下げ止まりから回復へと向かえば、企業
行動に好影響を及ぼし、設備投資増へと繋がっていくことも想定される。実際、設備投資の先行指標とな
る非国防資本財(除・航空機)受注には、明るい兆しも出てきている。6 月に 3 か月ぶりに前月比プラス
に転じた後、7 月も同 1.6%増加した。また、鉱業関連構築物投資についても、この分野の投資の増減と
連動性の高い掘削リグ稼働数が 5 月末で底を打ち、それ以降は増加トレンドに転じていることから、7~9
月期には、この分野の下押し圧力(4~6 月期は設備投資全体を 2.1%Pt 引き下げ)が解消され、プラス寄
与に転じることが見込まれる。企業収益改善の持続性やタイムラグの期間など不透明な点はあるものの、
設備投資は、来年にかけて、緩やかながらも持ち直し方向へと向かうことが考えられる。
住宅投資の 4~6 月期マイナスは一時的
4~6 月期の GDP では、住宅投資もまた前期比年率 7.7%減少して、GDP 全体の成長率を 0.30%Pt 引
き下げた。ただし、着工件数は 4~6 月期に同 1.7%増えている。単月でみると、6 月は前月比 5.1%増、7
2
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住宅着工・許可件数(建物種類別年率、百万戸)
月も同 2.1%増えて年率 121.1 万件となり、今年 2 月以来の 120
万件超えとなるとともに、過去 1 年余りの間続いたレンジ(110
~120 万台)の上限に達した。
0.9
0.8
0.7
着工件数の内訳をみると、一戸建て(持家が中心)が 7 月は
0.6
前月比 0.5%の微増で年率 77.0 万件となった。一戸建ては、今
0.5
年 2 月に 84.5 万件と 1 か月だけ突出して伸びたほかは、ここ
一戸建・許可
0.4
共同・着工
共同・許可
0.3
1 年ほど、72~78 万件程度のレンジ内で横這い状態が続く。
0.2
学生ローンの過重負担問題、中間層以下の実質所得減少など構
0.1
造要因が解決しておらず、年率 100 万件(リーマンショック
0.0
前 20 年間の景気拡大期におけるレンジの下限)への本格回復
一戸建・着工
2009
10
11
12
13
14
15
16
(出所)米国商務省
は当面望みにくい。ただし、雇用・所得環境の改善継続に加えて住宅ローン金利が低下してきており、こ
れらが追い風となることが期待される。また、足元では、新築住宅販売が快調に増加してきており、在庫
月数も減少していることから新築戸建ての需給面からも着工増が見込まれる。年後半の一戸建て着工件数
は、徐々に増加していくことが予想される。
他方、共同住宅(賃貸が中心)は、7 月が前月比 5.0%増加して 44.1 万件となり、5 月の横這いを含め
ると 4 カ月連続で増加している。共同住宅は、昨年 6 月に 50 万件を超えるなど急増したが、その後、35
~40 万件での推移が続いていた。しかし、上記構造要因から、本来であれば一戸建てを購入する住宅の
一次取得層が賃貸に流れてそのまま滞留していることから、共同住宅の空室率は 1980 年代前半以来の歴
史的低水準にまで低下、賃貸料も上昇をつづけており、根強い賃貸需要がある。
建築労働者不足や規制等による宅地不足が供給制約となっており、また、上記の一戸建て購入をめぐる
構造問題と併せ、住宅投資が急拡大する状況とは言えないものの、以上を踏まえると、4~6 月期 GDP で
のマイナスは一時的なものであり、今後も緩やかな増加傾向が続いていくことが考えられる。
外需の GDP プラス寄与は継続見込めず
外需については、4~6 月期は GDP を 0.10%Pt 押し上げた。
輸出は、年初までのドル高進行の悪影響を引き摺る下ではあ
輸出・入推移(実質ベース、季節調整値、百万ドル)
190,000
126,000
ストライキ
185,000
124,000
ったものの、前期比年率 1.2%増と 4 四半期ぶりにプラスに転
輸出
じた。そのうち、財輸出は同 1.7%増。貿易統計から内訳を見
180,000
122,000
ていくと、4~6 月期は、名目ベースでは輸出は同 6.8%増えて
175,000
120,000
いるが、価格上昇の影響を受けた原油関連輸出の増加により、
170,000
このうちの 4%Pt 程度を説明できる。そのほかでは、航空機輸
118,000
輸入(右軸)
165,000
116,000
出が前期比年率で 100%以上増えて輸出全体を 3%Pt 程度引き
上げており、4~6 月期の実質輸出増は、これによるところが大
きいと考えられる。ただし、航空機輸出は振れ幅が大きく、ま
160,000
114,000
14
15
16
(出所)米国商務省
た、足元では受注(内需分も含む)が大幅減となっていることから、持続性については予断を許さない状
況にある。今後については、当面は年初以降のドル安への若干の戻りがタイムラグを伴って影響してくる
ことが予想され、輸出にはプラス材料ではあるが、それでもドルの水準自体は高止まりしたままであり、
また、今後、米国の利上げが意識されるとドル高進行が再開することが想定され、先々、輸出には逆風と
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なろう。
他方、4~6 月期の輸入は、前期比年率 0.3%増となり、2 四半期ぶりにプラスとなった。そのうち、財
輸入は横這い。貿易統計から内訳を見ていくと、4~6 月期は、名目ベースでは輸入は同 4.8%増となる。
輸出同様、価格上昇の影響を受けた原油関連輸入の増加により、このうちの 3%Pt 程度を説明できる。そ
のほかでは、これも輸出同様に航空機・同部品が 1.2%Pt、輸入全体の増加率を引き上げている一方、自
動車・同部品が 1.5%Pt、増加率を引き下げている。1~3 月の輸入車の売り上げ不振(前期比 5.8%減)
が、4~6 月期の自動車輸入減少にも影響しているものと考えられる。なお、新車販売の伸びは、前述し
たように今後は一進一退となることが考えられ、自動車・同部品の輸入も同様の動きとなることが想定さ
れる。ただし、輸入全体でみれば、米国の内需拡大ペースに合わせ、緩やかな拡大が続いていくことが見
込まれる。
以上のような輸出入をめぐる現状を踏まえると、外需の GDP へのプラス寄与が 7~9 月期以降も続いて
いく可能性は低い。
在庫投資は積み増しへ
次に在庫投資についてみると、4~6 月期は、2011 年 7~9
月期以来の取崩し超となったために、GDP を 1.26%Pt 引き下
げた。在庫投資の GDP へのマイナス寄与は 5 四半期連続とな
民間在庫ストックの対GDP比推移(名目ベース、%)
13.0
12.5
12.0
っており、積み増し幅は 2015 年 1~3 月期の 1,144 億ドルか
11.5
ら毎期減り続けて、2016 年 4~6 月期には 124 億ドルの取崩
11.0
しとなった。
10.5
その結果、在庫ストック水準の低下が進んでおり、足元の水
10.0
準は対 GDP 比で 10%を割り込んだ。IT の活用等により対
9.5
GDP 比は 90 年代を通じて低下してきたものの、その効果が
一巡した 2000 年代には 10%を挟んで上下しながらもトレン
9.0
1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
(出所)米国商務省
ドとしては横這いとなっている。したがって、これ以上の比率低下は見込みにくく、在庫投資も下期は需
要の拡大に合わせて再び積み増しに向かうことが考えられる。
労働参加率が雇用動向の鍵
最後に雇用について見ると、雇用者(非農業部門)の増加数は、5 月に前月比 2.4 万人増と急減速した
後、6 月は同 29.2 万人増、7 月も同 25.5 万人増となり、回復が鮮明となった。この 2 カ月間は、労働参
加率が上がり(5 月:62.6%⇒7 月:62.8%)、労働市場への参入者(=労働供給)が増えたために、雇用
増と失業者増が並行して生じており、失業率も上昇した(5 月:4.7%⇒7 月:4.9%)。このため、労働需
給としては緩和方向に動いたものの、賃金(民間時給)の伸びはさほど緩んではおらず、2 か月間平均で
年率 2.4%、前年同月比でも 2.6%上昇している。
今後、労働市場の鍵となるのは、労働参加率の動向である。現在の米国の労働市場は失業率からみれば
既に完全雇用状態に近づいていると考えられることから、労働参加率が上昇することがなければ、早晩、
余剰労働力が底をついて雇用増加ペースが鈍化、また、労働需給の逼迫から賃金上昇ペースが加速するこ
とになる。他方、現在、歴史的低水準にある労働参加率が上昇していけば、雇用増加ペースは維持され、
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賃金上昇ペースは加速が止まることが予想される。
労働参加率は、若年層については高学歴化が、シニア層については高齢化が影響して、各々、就労意思
を持たない人の割合が増加してきているため、全体のトレンドとしては低下している。ただし、こうした
傾向とは無関係な 20 代後半~50 代前半までの働き盛り層においても現状は参加率が低水準にとどまって
いることから、回復の余地は十分にある。しかし、回復への道程は容易ではないものと考えられる。
失業率の推移(%)
先月まで繰り返し述べているように、リーマンショック後、
米国の政策当局は財政・金融政策を総動員して景気浮揚に努め、
12.0
18.0
その結果、失業率もほぼ完全雇用水準まで低下してきた。ただ
10.0
し、「就職の意思はあっても就職活動を諦めている層」や「フ
8.0
ルタイム雇用希望ではあるが、意に反してパートタイムで就労
6.0
している層」を失業に含めた U6 失業率をみると、通常の失業
4.0
率に比べて依然として高い水準にとどまっており、両者の格差
20.0
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
2.0
は縮まらない。
0.0
0.0
2000
雇用環境は全体では改善が著しいため、この格差は、単に(フ
ルタイムの)職が無いということではなく、自分に合った職が
05
失業率
10
15
U6失業率(右軸)
(出所)米国労働省
無いことから就職活動を諦めているという職種のミスマッチ、あるいは、労働需要の少ない荒廃地域に多
数の失業者が存在するといった地域のミスマッチなど、いわゆる雇用のミスマッチが原因であると考えら
れる。これらのミスマッチを解消しないと本格的な労働参加率回復が見込みにくいが、解消のためには、
職業訓練や地域政策などを強化する必要があり、時間がかかる。結果として、労働参加率改善の動きは鈍
いものにとどまり、今年後半から来年にかけてはミスマッチにより労働者が不足をきたしている業種にお
いて賃金上昇が加速、全体でも賃金上昇圧力、さらにはインフレ圧力がじわりと高まってくることも考え
られる。
ここまで説明してきたように、今年前半の米国経済は、種々の構造要因のほか、年初までの資源安・ド
ル高進行の悪影響を受け、低成長となった。ただし、年後半にかけては、雇用・所得の改善と低金利継続
を背景とした個人部門(個人消費、住宅投資)の着実な拡大、企業収益と資源価格の下げ止まりを受けて
の設備投資の下げ止まりから持ち直しへの動き、在庫積み増しなどが期待され、成長率は 2%台後半へと
加速することが見込まれる。
ただし、労働参加率の回復の鈍さのために労働供給の天井が低下してきていることから、このように成
長が若干なりとも加速してくると、賃金やインフレ率の上昇が予想外に加速する可能性がある。足元では、
インフレ率は依然として抑制されているものの、米国の労働市場は再利上げを必要とする微妙なポイント
に差し掛かりつつあり、FRB では、賃金・インフレ加速の兆しが生じるか否かを注視している。最近、
FRB 幹部は、
「9 月利上げ無し」をほぼ完全に織り込んでいた市場を牽制する発言を続けており、8 月 26
日のジャクソンホールでの年次経済シンポジウムでは、イエレン議長が利上げに向けて状況は固まりつつ
あると述べ、フィッシャー副議長はこの議長発言について、9 月利上げ・年内複数回利上げと整合的と解
説してみせた。8 月分雇用統計が堅調であれば、9 月再利上げに青信号が点ることになろう。
5