Economic Indicators 定例経済指標レポート

EU Trends
スペインは政局の秋を迎える
発表日:2016年9月1日(木)
~無数の組み合わせ、少ない解~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ スペインの政権発足に向けた初回信任投票は、国民党に市民や地域政党が協力したが、広く予想され
ていた通り、政権発足に必要な票が集まらなかった。9月2日の第2回投票で政権を発足するには、
他党から6議員以上の信任か、11議員以上の投票棄権が必要で、政権発足は難しいと目されている。
◇ 社会労働党とポデモス連合が左派政権を発足するには、市民に加え、独立志向の地域政党の協力が不
可欠で、その実現可能性は乏しい。9月25日のバスク州議会選挙や同月28日のカタルーニャ州の信任
投票の結果を待って、社会労働党が投票棄権という形で国民党政権の誕生を容認する展開を予想する。
◇ 連立協議が長引いたり、再々選挙となった場合、経済活動の停滞や予算審議への影響が懸念される。
スペイン政府は欧州委員会から来年度の予算編成に合わせて追加の財政是正措置の提出を求められて
いる。財政再建の遅れと景気への下方圧力で、国債の信用力に悪影響が及ぶ可能性がある。
■難解なパズルのような政権発足の組み合わせ
昨年12月の総選挙と今年6月の再選挙後も政権発足が難航するスペインでは8月31日、現首相のラホイ
氏を首相候補とする内閣信任投票が行われ、事前に広く予想されていた通り、政権発足に必要な信任票を
集めることが出来なかった。ラホイ氏が率いる中道右派の第1党・国民党(137議席)に加え、選挙制度改
革や汚職疑惑追及などを条件に信任投票での協力に合意した新興リベラル政党・市民(32議席)と、カナ
リア諸島州の右派系地域政党・カナリア人民党(1議席)が合わせて170の信任票を投じたが、初回投票で
の政権発足に必要な絶対過半数(176議席)に満たなかった(図表1・2)。9月2日に予定される第2回
信任投票で政権を発足するには、投票不参加者や棄権者を除く単純過半数の信任票が必要となる。3党の
所属議員が引き続き信任票を投じるとすれば、他党から6議員以上が信任に回るか、11議員以上が投票を
棄権すれば、政権発足が可能となる。
なお、残りの政党のうち国民党にイデオロギーが近い右派系政党は、カタルーニャ州の地域政党・カタ
ルーニャ民主統一(8議席)とバスク州の地域政党・バスク人民党(5議席)の2党しかない。このうち
前者はカタルーニャ州のスペインからの独立を巡ってラホイ政権と対立関係にあり、国民党政権の発足に
協力する望みは事実上ない。後者も独立志向の地域政党で、今のところ国民党政権の発足に協力しない方
針だが、9月25日に予定される同州議会選挙の結果次第では、協力姿勢に転じる望みもある。ただ、この
場合も信任票は175議席と政権発足に必要な過半数(176議席)に僅か1議席満たない。結局、国民党が政
権を発足するには左派系地域政党の協力を得るか、社会労働党が投票を棄権する以外にない。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
1
(図表1)スペイン再選挙での政党別獲得議席
政党
イデオロギー
国民党(PP)
社会労働党(PSOE)
ポデモス連合(Unidos Podemos)
ポデモス(Podemos)
統一左翼党(IU)
市民(C's)
カタルーニャ共和左派(ERC-CatSi)
カタルーニャ民主統一(CDC)
バスク人民党(EAJ/PNV)
バスク統一党(EH Bildu)
カナリア人民党(CC-PNC)
合計
中道右派
中道左派
左派
左派
左派
リベラル
左派
中道右派
中道右派
左派
中道右派
-
今回
前回
(2016/6/26) (2015/12/20)
137
123
85
90
71
-
-
69
-
2
32
40
9
9
8
8
5
6
2
2
1
1
350
350
出所:スペイン内務省資料より第一生命経済研究所が作成
(図表2)スペインの政権発足に必要な政党の組み合わせ
【①:初回投票】
国民党(PP)
市民(C's)
カナリア人民党(CC-PNC)
【②:①にバスク人民党が合流】
国民党(PP)
市民(C's)
カナリア人民党(CC-PNC)
バスク人民党(EAJ/PNV)
137
32
1
170
137
32
1
5
175
【⑤:④に左派の地域政党が合流】
社会労働党(PSOE)
ポデモス連合(Unidos Podemos)
カタルーニャ共和左派(ERC-CatSi)
バスク統一党(EH Bildu)
350
176
【バスク人民党が棄権】
投票総数
単純過半数
345
173
【カナリア人民党を除く全ての地域政党が棄権】
投票総数
326
単純過半数
164
【③:②にカタルーニャの右派政党が合流】
国民党(PP)
137
市民(C's)
32
カナリア人民党(CC-PNC)
1
バスク人民党(EAJ/PNV)
5
カタルーニャ民主統一(CDC)
8
183
【④:左派の連立政権】
社会労働党(PSOE)
ポデモス連合(Unidos Podemos)
【初回投票での絶対過半数】
議席総数
絶対過半数
85
71
156
【社会労働党が棄権】
投票総数
単純過半数
265
133
【市民が棄権】
投票総数
単純過半数
318
160
【国民党が棄権】
投票総数
単純過半数
213
107
【市民と国民党が棄権】
投票総数
単純過半数
181
91
85
71
9
2
167
注: は政権発足できず、 は政権発足可能な組み合わせ
出所:スペイン内務省資料より第一生命経済研究所が作成
他方、再選挙で第2党の座を死守した中道左派の社会労働党(85議席)が、反緊縮色の強い新興左派政
党・ポデモス連合(71議席)と協力し、左派の連立政権の発足を目指す場合、両党の獲得可能な信任票は
156にとどまり、政権発足に必要な過半数(176)に届かない。市民はポデモス連合との共闘に否定的で、
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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左派連立に市民が合流する可能性は低い(合流すれば188議席で過半数に達する)。市民が投票棄権という
形で消極的に左派連立の誕生に協力した場合も、政権発足に必要な信任票(160)には届かない。ちなみに、
左派系地域政党のカタルーニャ共和左派(9議席)とバスク統一党(2議席)が左派連立に加わった場合
の議席総数は167で、市民や国民党が投票を棄権しない限り、政権発足は出来ない。独立志向の強い左派系
地域政党が連立入りする場合、市民が投票棄権という形でさえ左派の政権発足に協力することは考え難い。
また、再々選挙で再び勝利する可能性が高い国民党が、左派政権誕生に協力する可能性も低い。こうして
みると、ポデモス連合がカタルーニャ州の独立投票実施の支持方針を撤回したり、地域政党が独立要求を
取り下げるでもしない限り、左派政権の誕生は難しい。
なお、カタルーニャ州議会は7月27日、スペインからの独立に向けたロードマップを承認し、向こう1
年程度を掛けて、独自の憲法制定や国民投票実施など、一方的な独立に向けた動きを再開している。ただ、
カタルーニャ州政府を率いる独立派の3政党は右派と左派の寄り合い所帯で、独立では目標が一致するが、
政策面での意見相違が目立つ。来年度予算案の議会審議が行き詰まり、それを打開するため、9月28日に
政権の信任投票を予定している。投票の結果はカタルーニャの独立運動にも影響を及ぼす可能性がある。
■10月の政局展開と予算審議に注目
憲法の定めにより、初回投票から2ヶ月以内(10月31日まで)に政権が発足できない場合、54~60日後
の日曜日(12月25日か来年1月1日)に再々選挙が行なわれることになる(図表3)。今のところの世論
調査では、再々選挙となった場合も、国民党の勝利と、社会労働党、ポデモス連合、市民の4党で議席を
分け合い、政権発足が難航することが示されている(図表4)。ただ、このまま国民党政権の発足に社会
労働党が反対し続ければ、国民は社会労働党に厳しい目を向けることが予想される。再々選挙となれば、
国民党に市民や右派系地域政党が協力して政権を発足する可能性が高い。
(図表3)スペインの政治日程
昨年12/20 総選挙
6/26 再選挙
7/28 ラホイ首相に政権発足要請
8/31 初回の信任投票
9/2 第2回の信任投票
9/25 バスクとガリシアで地方選挙
9/28 カタルーニャで信任投票
10/15 来年度予算の提出期限
10/31 政権発足期限
12/25か来年1/1 再々選挙
出所:各種報道より第一生命経済研究所が作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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(図表4)スペインの主要政党別の支持率推移
国民党
社会労働党
ポデモス
市民
統一左翼党
ポデモスと統一左翼党との統一会派
前々回議会選挙
2012年3月
2012年6月
2012年9月
2012年11月②
2013年2月②
2013年6月
2013年10月
2014年2月
欧州議会選挙
2014年10月
2015年2月
2015年6月
2015年9月
2015年11月
2016年1月
2016年3月②
2016年5月
2016年6月①
(%)
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
注:○印は選挙結果
出所:Metroscopia資料より第一生命経済研究所が作成
それでも社会労働党が国民党政権誕生への反対姿勢を貫いているのは、①歴史的なライバル関係にある
国民党政権の誕生に協力することへの党内の抵抗が続いていること、②協力した場合に支持層をポデモス
連合に奪われる恐れがあること、③相次ぐ選挙戦敗北でサンチェス党首のリーダーシップへの不満が広が
っており、ここで国民党政権誕生に協力すれば党首辞任の圧力が高まること、などが考えられよう。各種
の世論調査では、社会労働党の支持者からも再々選挙に否定的な声が広がっている。9月25日のバスク州
議会選挙や同月28日のカタルーニャ州の信任投票が終わり、左派政権発足の望みが完全に絶たれた後、10
月末の政権発足期限のギリギリのところで投票棄権に方針転換する展開を予想する。
再々選挙の場合のリスクは、政治空白による経済活動が停滞することや、制裁発動や格下げの可能性が
高まることだろう。欧州委員会は今年7月、スペインに対する財政規律違反の制裁発動を検討した末、見
送ることを決定した。だが、スペイン政府は来年度の予算編成に合わせて追加の是正措置の提出を求めら
れており、来年度予算の提出期限を10月15日に控える。このまま政権発足協議が長引いたり、再々選挙と
なった場合、議会解散で予算審議にも影響が及びかねない。政治的な不透明感から財政是正措置の実行可
能性が疑われ、そこに景気の下降圧力も加われば、国債格付けの見直しなどに発展する恐れもある。
英国民投票後に一段と進んだ欧州金利の低下で、スペインの10年物国債利回りは一時1%未満の歴史的
な水準に到達している。欧州中央銀行(ECB)の国債買い入れが財政問題を封じ込めている。ECBは
量的緩和の対象国債や資金供給オペの適格担保の格付けを、4つの格付け機関の最上位格付けに基づいて
判断している。現在スペインの国債格付けは、ムーディーズ、S&P、フィッチの3社がBBB格を付与
しているのに対し、4社の1つに採用されているカナダの格付け機関DBRSはA-相当の格付けを付与
している(図表5)。DBRSがスペイン国債の格付けを1ノッチ格下げすれば、最上位格付けはA格か
らBBB格に転落する。量的緩和の対象外となるBB格転落まではかなりの距離があるものの、BBB格
になれば資金供給オペと引き換えに金融機関がECBに差し出す担保の掛け目が変更される。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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(図表5)ユーロ圏諸国の自国通貨建て長期ソブリン債格付け
Aaa
Aa1
Aa2
Aa3
投 A1
資
適 A2
格
A3
ムーディーズ
ドイツ
オランダ
ルクセンブルク
オーストリア
フィンランド
フランス
AA+
ベルギー
エストニア
AAA+
スロバキア
A
アイルランド
マルタ
ラトビア
リトアニア
Baa1
Baa2
Baa3
Ba1
Ba2
Ba3
B1
B2
B3
投
Caa1
機
Caa2
的
Caa3
Ca
C
AAA
イタリア
スペイン
スロベニア
ポルトガル
キプロス
ギリシャ
S&P
ドイツ
オランダ
ルクセンブルク
AAA
オーストリア
フィンランド
フランス
ベルギー
エストニア
アイルランド
スロバキア
スロベニア
AA+
A-
ラトビア
リトアニア
A-
BBB+
スペイン
マルタ
BBB+
AA
AA
AAA+
A
BBB
BBBBB+
BB
BBB+
B
BCCC+
CCC
CCCCC
C
D
フィッチ
ドイツ
オランダ
ルクセンブルク
オーストリア
フィンランド
フランス
ベルギー
エストニア
スロバキア
マルタ
アイルランド
ラトビア
リトアニア
イタリア
スペイン
スロベニア
BBB
イタリア
ポルトガル
BBBBB+
BB
BBB+
B
BCCC+
CCC
CCCCC
C
DDD
DD
D
キプロス
ギリシャ
DBRS
ドイツ
フランス
オランダ
オーストリア
フィンランド
AA(H) ベルギー
AAA
AA
AA(L)
A(H)
アイルランド
A
マルタ
A(L)
イタリア
スペイン
BBB(H)
BBB
ポルトガル
キプロス
ギリシャ
BBB(L) ポルトガル
BB(H)
BB
BB(L)
B(H)
B
キプロス
B(L)
CCC(H) ギリシャ
CCC
CCC(L)
CC
C
D
出所:ムーディーズ、S&P、フィッチ、DBRS資料より第一生命経済研究所が作成
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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