「君」か?

「君」か? それとも「ちゃん」「さん」か?
事
件報道の際に,男子の名前に付ける
道されていたようだ。また,昭和 30 ~ 40 年
敬称は,学年や年齢ごとに「ちゃん」
代は,
「交通戦争」と呼ばれるほど 交通事故
「君」
「さん」のどれがふさわしいか―,とい
が増えた。亡くなった小学生が「○○ちゃん」
う疑問について調査した結果を,本誌 2016
と報道される例も今より目立っていたかもし
年 6月号で報告した(“パンダが亡くなりまし
れない。
た”はおかしいですか? ~ 2015年「日本語
しかし最近は,小学生の男子を「さん」付
のゆれに関する調査」から①~)。ここでは,
けで報 道する事例も登場する。2015(平成
学齢前は「ちゃん」,小学生は「君」,中学・
27)年に和歌山県で小学校 5 年生が殺害され
高 校 生は「さん」が 支 持される傾向がある
た事件や,2016(平成 28)年に 北 海道で小
ことを述べた。しかし,実際の放送では特
学校 2 年生が行方不明になった事案では,男
に小学生に絞ってみると,答えは難しい。
子に「さん」付けをするメディアが見られた。
NHK では,人の名前に付ける敬称は「さ
背景には,小学 校では,男女とも「さん」
ん」を原則とし,学生や未成年者の男子には
付けで名前を呼ぶ機会が増えていることが挙
「君」を付けてもよいことにし,学齢前の幼
げられそうだ。例えば,小学校 3 年生の国語
児には「ちゃん」を付けることにしている。た
の教科書にある「話し合い」の単元では,子
だし,これに加えて,
「①本人が痛ましい事
ども同士が男女とも「さん」付けで名前を呼
件に巻き込まれた場合(誘拐,交通事故な
び合う事例が掲載されている。教科書会社
ど)」や,
「②愛らしさを特に強調したい場合」
に聞くと,2002(平成14)年度 版の教科 書
は,
「ちゃん」を適宜使ってもよいことにして
からは,男女をことさら区別しない表現に変
いる(『NHKことばのハンドブック第 2 版 』
えたという答えが多かった。男女を分けずに
より)。この ①と②は 1971(昭和 46)年に
50 音順で名前を呼ぶ「男女混合名簿」を採用
加えられた。
するところが増えていることも,その理由に
戦後,
「○○ちゃん事件」などと呼ばれる
あったという。こうした場で「さん」を使う傾
誘拐事件は多かった。学齢前の男の子が誘
向が,報道にも影響している可能性がある。
よしのぶ
拐された「吉 展ちゃん事件」はよく知られて
いわゆる“カタい”表現が使われ,あまり
いるが,著名なコメディアンの長男が誘拐さ
変化しないと思われがちな事件報道だが,実
れた事件では,当時小学校1年生だったが,
は時代とともにその表現も変化しているのか
「○○ちゃん」で伝えられた。こうした事件
は,入学の前でも後でも「ちゃん」付けで報
もしれない。
井上裕之(いのうえ ひろゆき)
AUGUST 2016
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