対 談 日常診療における疥癬 2011 年 1 月、 「日常診療における疥癬」について、対談が開催されました。本対談 では、専門医の先生方に、疥癬治療における現状と患者対応のコツ(外来・在宅)、 集団発生時の対処法、ガイドラインへの展望などについてご討議いただきました。 国立感染症研究所 ハンセン病研究センター センター長 浅井皮膚科クリニック 院長 石井 則久 先生 浅井 俊弥 先生 ●本冊子に記載されている薬剤のご使用にあたっては、製品添付文書をご参照ください。 疥癬の疫学 国立感染症研究所 ハンセン病研究センター センター長 石井 則久 先生 外来診療でのポイント 石井先生 本日は、開業 石井先生 外来ではどのような時に疥癬を疑います 医として日常診療で疥癬を か。 診ておられる浅井先生をお 浅井先生 迎えして、疥癬治療の現状 疥癬に特徴的な皮疹の多発が一番重要で、痒みを伴う についてお伺いしたいと思 角化性丘疹や結節、蛇行した疥癬トンネルを積極的に います。まず、疥癬の新規 探します。掌蹠に見られることが多いですが、男性の場 患者の発生頻度はどれくら 合は外陰部にも注目します。とは言っても、実際の主訴 いですか。 は躯幹や上腕の痒みや丘疹といった、それだけでは疥 浅井先生 当院の電子カ 癬と診断できないような非特異的な症状が多いですの ルテで確認しましたら、平 で、そこで掌蹠の症状を確認するということをルーチン 成 16 年 2 月から現在までの にしていかないと見落とす可能性が高くなります。瘙痒 間に 204 名の患者さんを診 性の丘疹を躯幹に見つけたら疥癬を疑う、手も見るとい ていました。ここには往診 うことですね。 まず流行を把握しておくこと、その上で している特別養護老人ホームや介護老人保健施設など 石井先生 での集団発生も含みます。外来に来られるのは、孤発 多いですね。一方、高齢者は痒みが少ないように思い 的な患者さんが年間 10 名くらいと、集団発生した施設 ます。 で介護や看護に携わっている方、あるいは同施設の利 浅井先生 用者などです。在宅高齢者がショートステイ先などで感 発疹からヒゼンダニが見つかることもあります。寝たき 染して、訪問看護師やケアマネージャーからの「治りに りの方の両腋を支えた時に介護者の手から感染するよ くい発疹があります」という連絡で往診して、疥癬だっ うで、掌蹠に何もなくても側胸部にポツポツと発疹が見 たという患者も年間 2 名程度で、併せると年間 20 ∼ 30 つかります(図1) 。このようなケースも稀にありますし、 名程度になるかと思います。 また施設で多くの患者さんを診る時は一人一人にかけら 石井先生 患者発生数に季節変動はありますか。 れる時間の問題もあってポイントを絞らなければいけま 浅井先生 外来患者数は少ないのではっきりとした せんので、掌蹠、男性の外陰部、側胸部と腋窩を中心 傾向はつかめませんが、集団発生に季節性の変化はな 小児の場合は小水疱や膿疱になることが そうですね。それから、高齢者で躯幹の に調べています。 さそうです。 石井先生 わが国では角化型疥癬と通常疥癬を併せ ると年間で 7 ∼ 15 万人の新患が発生すると言われてい ます 1)ので、医療機関 1 施設当たりでは年間 10 名程度で、 往診対応しているところではこれよりも多くなるといっ たところでしょうか。 浅井先生 そのように思います。 石井先生 イベルメクチン錠が発売されて以降、患 者数は変わりましたか。 浅井先生 1 患者の発生頻度には変わりはありません。 図1 側胸部にのみヒゼンダニが検出された症例 対談 日常診療における疥癬 石井先生 治療上で注意している点はありますか。 浅井先生 浅井先生 ヒゼンダニが見つかれば、ファーストチョ 師や介護担当者が入居者の イスはイベルメクチン錠の内服を通常の用法は 1 回投与 症状から疥癬を疑って往診 ですが、これまでの経験から 2 回投与を行うことが多い を依頼してこられることは です。外用薬はクロタミトンクリームを掌蹠を中心とし ありますが、 「痒みを訴え て全身に塗布します。外用は 1 日 1 回入浴後で、1 週間 る方がいるので診てくださ 継続してもらっています。ただし高齢者の場合、内服薬 い」ということで行ってみ を 2 回では不十分に感じて 3 回使うこともあります。 たら疥癬だったということ 石井先生 もありますので、施設側の イベルメクチン錠の発売後のデータでは、 外用薬を適切に併用して、投与回数は 2 回までで有効性 施設の看護 経験レベルによって違いま は 90%以上となっていますが 、大滝倫子先生のデータ す。集団感染となると施設 浅井皮膚科クリニック 院長 では高齢者に限ると 70%くらいに下がり、再発もあるよ 内がパニック状態に陥りが 浅井 俊弥 先生 2) 3) うです 。 浅井先生 ちで、介護・看護スタッフ イベルメクチン錠の使用法としては、服 が疥癬以外の皮膚疾患に対しても疥癬と同様の介助や 用のタイミングにも気を付けなければいけないですね。 治療を行い、過重勤務になってしまいます。そこで、施 石井先生 イベルメクチン錠は空腹時に服用するこ 設側としては皮膚科医を呼んで、一人一人の入所者が とになっています。脂溶性が高いですので、海外のデー 疥癬なのかどうか、白黒の判断をつけることを求めるわ タでは脂肪の多い食事を摂った後に服用すると血中濃 けです。しかし、多数の入所者をそれぞれ入念に診察 度が 2 倍以上に高くなるようです 4)。脂肪分の少ない和 して検鏡するには時間を要しますし、完全に白黒を判断 食でもある程度は上昇すると思われます。治療後に、治 するというのは意外に難しいものだということを施設側 癒の判定はどのようにされていますか。 になかなか理解していただけないのが現状です。疥癬 治療が終了しても、特に高齢者は 1 ヵ月 の診断に際して、ヒゼンダニは検出されないけれども疥 間隔くらいでチェックしています。若い方はパートナー 癬が疑わしいという、灰色の症例があることを施設のス を連れてきていただくこともあります。小児患者なら保 タッフに理解してもらうために、また、皮膚科開業医が 護者は必ず診察します。感染が行ったり来たりになって 疥癬が集団発生した施設で効率よく診療にあたり、施 はいけませんので、丘疹などの皮膚病変がなくなっても、 設内のパニックを収拾して、治療を速やかに行うため その 1 ヵ月後に確認してから治癒を判断します。在宅高 に、 「疥癬の疑わしさ」を区分して、現在行うべき治療や、 齢者の場合は、デイサービスに行ってもよいか、訪問入 リネン、入浴、個室使用などの施設管理を画一化する 浴の順番を最後にしなくてもよいかといった日常生活の ための指標が必要と考えまして、疥癬グレード(Scabies ケアに関わる判断もしています。 Grade:SG)分類(表 1)というものを考案しました 5)。 浅井先生 角化型疥癬を最高段階の SG5 として、ヒゼンダニが検 施設の集団感染には 「疥癬の疑わしさ」の分類指標を利用して 治療や対処を体系的に行う 出された通常疥癬を SG4 としています。先ほどの、掌 蹠に何もないのに側胸部からヒゼンダニが検出された症 例(図1)は SG4 です。躯幹の発疹だけではわからない のに検鏡で掌蹠に陽性がでる例もあります(図 2) 。した 浅井先生 施設で集団発生すると対応は簡単ではあ なります。一方、全く疥癬を疑う必要がない、例えば老 りません。 石井先生 がって SG4 以上は確実に疥癬と診断できている場合と どのような経緯で集団発生の情報が入っ てくるのですか。 人性血管腫をこれはどうでしょうかと心配される職員も おられますが、これは SG0 です。 2 表1 分類 診断 初診時 経過中 疥癬グレード(Scabies Grade:SG)分類 SG0 SG1 SG2 SG3 SG4 SG5 疥癬を疑う必 要 まず疥癬ではない 疥癬の可能性も否 かなり疑わしいがヒゼ ヒゼンダニが検出さ 角化型 (ノルウェー) はない と思われる 定できず ンダニは検出されず れた 疥癬 疥癬に伴って生じる ヒゼンダニが存在 痒みを伴う皮膚疾 可能性のある体幹 する疑いのある病 疥癬とは範疇の 患であるが、臨床 などの痒疹、または 変があり、そこから 違う皮膚疾患 的にまず疥癬を考 掌蹠の小水疱など 検鏡を行ったが、検 強い角化を伴う病 える必要はない 疥癬の特異疹があ がある 出できず 変があり、多数のヒ り、そこからヒゼン ゼンダニが検出さ れ まだどこかにヒゼンダ まだヒゼンダニが ダニが検出された 掻破痕などが所々 た ニが残っている可能 残存すると思われる 発疹なし、 にある程度で、共 性も否定できないが、 発疹が 残っている 治癒 同生活に復帰して 感染源になるほどで が、検 鏡では検出 よい はないと思われる できず イベルメクチン錠の 内服を行います。1 週間の観察後、追 念のためクロタミト 加投与を検討しま ンクリームを外用し す。 てください クロタミトンクリーム を全身に外用してく ださい イベルメクチン錠の 内服を行います。1 週毎に観察し、1∼ 2回の追加投与を 検討します。 クロタミトンクリーム を全身に外用してく ださい イベルメクチン錠の 内服を行います。1 週毎に観察し、1∼ 2回の追 加投与を 検討します。 角質はできる限り落 としましょう。 クロタミトンクリーム を全身に外用してく ださい 治療の 方針 治療の必要はな し。 あるいは、指 示 通りの処置をして ください 指示通り、原疾患 に対する外用治療 をしてください。 改善しない場合は また診せてくださ い 隔離 必要なし 必要なし 必要なし できれば個室 できれば個室 必ず個室 リネン の管理 通常通り 通常通り 通常通り 毎日交換 毎日交換 毎日交換 50℃で10 分間処理 手袋・ ガウン 必要なし 必要なし 必要なし 手袋着用 手袋着用 手袋・使い捨てガウ ンの着用 次回の 診察 必要なし 変化があったら 必要 必要 必要 必要 浅井 俊弥 : 日本医事新報 4536, 65-72, 2011 より改変 図2 3 SG4 の症例 図3 SG3 の症例 対談 日常診療における疥癬 石井先生 では、SG1 から 3 の判断が難しいところで すね。 しています。SG1(図 5)は掻破痕が見られるだけなど、 まず疥癬を除外してよいだろうというところです。 浅井先生 はい、SG3 は非常に疑わしい状態です。 この SG 分類は経過の指標としても使えると思ってい 掌蹠に丘疹や膿疱があったり、躯幹に丘疹が多数あっ ます。以前、 ある脳外科病院で集団発生を経験した際に、 たりするのですが(図 3) 、検鏡では陰性なのです。そこ この SG 分類で経時的な変化を追いました(表 2) 。 まで症状ははっきりしていないけれども疥癬の可能性も 石井先生 否定できないというのが SG2(図 4)です。このような場 く様子がわかりますね。 合は、 「特徴的な掌蹠の丘疹もないのでおそらく違うと 浅井先生 思いますが、後日もう 1 回診せてください」というように い方もおられましたが、念のためクロタミトンクリーム 図4 SG2 の症例 表2 集団発生の経過 性別 f f f f f m m f f m m m m f m m f f m m f m m m 年齢 75 76 78 82 97 86 86 71 92 76 56 78 76 79 75 58 81 61 76 83 82 70 62 79 診断 疥癬 疥癬 疥癬 疥癬 疥癬 疥癬 疥癬 疥癬 亜急性単純性痒疹 亜急性単純性痒疹 脂漏性皮膚炎 股部白癬 皮脂欠乏性皮膚炎 老人性乾皮症 老人性乾皮症 亜急性単純性痒疹 亜急性単純性痒疹 亜急性単純性痒疹 クモ状血管腫 老人性乾皮症 接触皮膚炎 亜急性単純性痒疹 亜急性単純性痒疹 接触皮膚炎 図5 9月21日 SG4 SG4 SG4 SG4 SG4 SG4 9月28日 SG3 SG2 SG3 SG2 SG3 SG2 SG4 10月5日 SG3 SG3 SG4 SG3 SG4 SG3 SG3 SG2 SG2 SG1 SG0 SG0 SG0 SG0 SG1 SG1 SG1 SG0 発生時は SG4 で、以降次第に収束してい 最初は SG2 で疥癬を完全には除外できな SG1の症例 10月12日 10月19日 SG2 SG1 SG2 SG2 SG3 SG1 SG1 SG3 SG2 SG2 SG2 SG1 SG0 SG1 SG2 SG2 SG1 SG0 11月2日 SG1 SG0 SG0 SG0 SG1 SG0 SG0 SG4 SG0 SG0 SG1 SG0 SG0 11月16日 11月30日 SG0 SG0 SG4 SG1 SG1 SG0 SG0 SG0 SG0 SG1 SG0 SG2 SG1 SG1 SG0 SG0 SG2 4 を塗っていただいて、最終的には疥癬ではなかったとい らっしゃいますか。 う症例もありました。 浅井先生 石井先生 SG3 の段階でイベルメクチン錠を投与す るのですね。 浅井先生 日本臨床皮膚科医会の在宅医療に関する 講演スライドに疥癬管理上の注意として入れていただ いているのと、私自身は地域での講演にこれを盛り込 はい、ヒゼンダニは発見できないけれど んでいます。ただ、もっと一般に使っていただくために も状況からかなり疑いが濃厚ですので、イベルメクチン は多くの先生方のご意見を取り入れていく必要があると 錠の内服としています。この点については議論の余地は 思っています。 あると思います。SG4 以上は、通常の用法は 1 回投与で 石井先生 すが、高齢者では不十分に感じる場合がありますので、 うに SG1 から 3 というように段階分類していただいてい 追加投与を行うことがあります。 るところがわかりやすくてよいと思います。これを多く 石井先生 角化型の SG5 は厳しい対応が必要ですの 診断や対処の判断に悩むところをこのよ の方に使っていただいて進化させていただきたいです。 で、場合によってはイベルメクチン錠内服が 3 回を超え ることもあるでしょう。クロタミトンクリームは 1 週間 程度連続塗布ですか。 浅井先生 塗布しているようですが、2 週間も塗れば十分でしょうか。 石井先生 石井先生 臨床試験が第Ⅲ相まで進んでいて、2 年後くらいに市場 高齢患者でイベルメクチン錠単独内服で 現在、新しい外用薬としてフェノトリンの 7 ∼ 9 割の有効性があるというデータも報告されていま に出るのではないかと期待されています。 すので 3)、外用は 2 週間まででよいのではないでしょう 浅井先生 小児も対象となっていますか。 か。この SG 分類は診断や治療だけでなく、各施設で感 石井先生 今は成人のみです。海外で使用されてい 染拡大を防ぐためにマニュアルに取り入れていただきた る同じピレスロイド系のペルメトリンよりも刺激感など い事項の提案ということにもなりますね。 の副作用が少なく、効果はかなり期待できるだろうと言 浅井先生 施設側としては、不必要な処置を避けて われています。この新しい外用薬が使用できるようにな 過重労働を防ぐ意味でも具体的な指針を求めていると れば、SG 分類の治療方針の項目も変えていく必要があ 思います。 るかもしれませんね。 石井先生 看護師や介護担当者はこの SG 分類を理 解してくれていますか。 浅井先生 SG 分類を使うようになってから、施設の 浅井先生 疥癬診療ガイドラインは今後、改訂の予 定はあるのですか。 石井先生 平成 19 年の第 2 版以降の新たな動きは、 職員が患者毎に疥癬の疑わしさの度合いがわかるよう クロタミトンクリームが保険審査上認められたことと、 になって、その認識を職員間で共有できますので、意 γ-BHC の入手が困難になったことです。新しい外用薬 思疎通がスムーズになり、看護計画も上手く立てられる が承認される目処が立つ頃にガイドラインの改訂が必要 ようになりました。例えば、次回の診察がもう不要な方 と考えています。 が翌週また連れて来られるということがなくなりました 本日は、疥癬治療現場で役立つ新しい診断・対応分 し、事態の収束も早くなりました。この流れを一度経験 類のご提案を含め、有意義なお話をありがとうございま した施設では、特に掌蹠の病変には注意するように伝え した。 ていますので、次回発生した場合でも発見が早くなりま す。また、疥癬という疾患に対する理解も深まったとい うこともあります。 石井先生 5 疥癬治療 今後の展望 施設によっては 1 週間を過ぎても継続して この SG 分類を使っている先生は他にもい 文 献 1)石井 則久ほか : 日皮会誌 113, 281-288, 2003 2)Zaha O et al : J Infect Chemother 8, 94-98, 2002 3)大滝 倫子ほか : 臨皮 59, 692-698, 2005 4)Guzzo CA et al : J Clin Pharmacol 42, 1122-1133, 2002 5)浅井 俊弥 : 日本医事新報 4536, 65-72, 2011 5073701 2011年6月作成 A0411AY‐ES
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