〈研究成果の概要〉トラフグの凍結保存技術への取り組み

トラ フグ の凍 結 保 存 技 術へ の 取 り組 み
大畑
裕 司*,安
藤
正史
(飼 料 ・食 品 安 全 性 ・加 エ グ ル ー プ)
近 畿 大 学 大学 院 農 学 研 究 科
*y
[email protected]
お い し く ・安 全 ・安 価 な 商 品 を 提 供 す る こ とが
る た め,凍 結 切 片 を利 用 した構 造 観 察 を行 っ た 。
食 品 系 企 業 の基 本 で あ る。 しか しな が ら,現 在 の
食 品 業 界 で は過 剰 な 価 格 競 争 を 行 うあ ま り,特 に
安 全 性 に 対 す る意 識 が 大 き く欠 落 して い る。 そ の
た め,特
に食品保蔵 のた めに食 品添加物 がい たる
材 料お よび方 法
材料
800gサ
イ ズ の養 殖 トラ フ グ を使 用 した。 輸
と ころ で 使 用 され て お り,食 品 の 安 全 性 に 対 す る
送 に よ る ス ト レス を解 消 させ る た め,水 槽 に て1
信 頼 感 は 大 き く揺 ら い で い る 。
晩 以 上 蓄 養 した の ち に 実 験 に用 い た。 即 殺 後,海
そ こで 我 々は,お
い し く ・安 全 ・安 価 な 食 品 を
水 氷 血 抜 き を行 い,フ
ィ レの 状 態 に した。 肉 片 を
エ ン ドユ ー ザ ー の 立場 に 立 っ て 提 供 す る こ と を 目
切 り分 け,1個80gに
的 と して,新
を行 っ た 。 凍 結 方 法 は 静 止 空 気(-25℃)に
しい 保 存 技 術 開 発 へ の 取 り組 み を始
め た。
る緩1曼凍 結,-50℃
食 品 の保 存 とは,微
生 物 に よ る 食 品 の 腐 敗,化
調 整 して か ら真 空 パ ック
よ
の アル コ ー ル を噴 霧 す る ア
ル コー ル ブ ライ ン 法,お
学 反 応 に よ る 味 ・色 ・食 感 ・栄 養 素 の 変 化 か ら ど
る エ ア ブ ラ ス ト法 の3種
の よ うに して食 品 を守 る か で あ る。 現 在 用 い られ
凍 結 曲線
て い る 主 な保 存 技 術 は,凍 結 ・乾 燥 ・低 温 ・ガ ス
80gに
よ び 一50℃
の冷 風 に よ
類 を用 い た。
カ ッ トした フ ィ レの 中 央 部 に温 度 セ ン
置 換 ・鮮 度 保 持 材 ・保 存 料 と い っ た もの で あ る。
サ ー を差 込 み,凍 結 工 程 にお け る 肉 片 の 温度 変 化
上 記 の 目標 を踏 ま え る と,食 品 の 味,色,食
を 記録 した。
感,
香 り,鮮 度 な どを そ の ま ま保 存 で き る 凍 結 技 術 へ
の 取 り組 み が 望 ま しい と判 断 し,新 規 冷 凍 技 術 開
凍 結切 片
凍 結 が 終rし
た フ ィ レを解 凍 し な い よ うに 一2
発 に 取 り組 ん だ 。
0℃ の 冷 凍 室 の 中 で1㎝
1.氷
ま ク リオ ス タ ッ トに よ り凍 結 切 片 を 作 成 した 。 ス
結 晶 生成 の抑制
凍 結 時 の 最 大 の 問 題 点 と して,氷
結 晶の生成 が
あ る。 氷 結 晶 は 細 胞 を破 壊 し,糸月織 全 体 の 強 度 を
低 ドさせ る と と もに,解 凍 時 に は ドリ ップ とな り
味 成 分 な どの 流 失 の 原 因 とな る.一 般 に,最
結 品 生 成 帯(-1∼-5℃)の
ライ ドグ ラ ス に 貼 り付 け 後,指
の温 度 を 用 い て約
5秒 間 で 解 凍 し,風 乾 した。0.1%ト
ー で 染 色 後 ,光
ル イ ジ ン ブル
学 顕 微 鏡 に よ り観 察 を 行 っ た。
大氷
通 過 に 要す る時 間
が 長 くな るほ ど,組 織 内 に 大 き な 氷 結 晶 が 生 成 さ
れ る。 逆 に 最 大 氷結 晶 生 成 帯 の 通 過 時 間 を 短 く で
きれ ば,そ
角 に カ ッ ト し,そ の ま
れ だ け氷 結 晶 の 生 成 は 抑 制 され る、,そ
結果
凍結 曲線
凍 結 曲線 を 図1に 示 す 。 緩1曼凍 結 で は,品 温 を
5°Cか ら 一10°Cに
落 とす の に80分
の た め,こ れ ま で の 冷 凍 技 術 は 凍 結 速 度 を 速 め る
…方
事 を 目標 と し て 進 歩 し て き て い る 。
ラ イ ン凍 結 にお い て は4分
そ こで 本 研 究 を開 始 す る に あ た り,従 来 法 に よ
っ て凍 結 され た 魚 肉 に お け る氷 結 晶 の 状 態 を 調 べ
一179一
,エ ア ブ ラ ス ト法 で は26分,ア
かかった。
ル コー ル ブ
と,非 常 に急 速 に 凍 結
が 進 ん だ 。 特 に ア ル コー ル ブ ラ イ ン凍 結 に お い て
は0℃ 付 近 で の 温度 低 下 の停 滞 が ほ とん ど無 く,
きわ め て急 速 に 冷 却 が進 行 した。
凍 す る 必 要 が あ る。 しか しこ の よ うに 処 理 した 冷
凍 結 状 態 に お け る構 造 の 比 較
凍 トラ フ グの 身 を流 水 解 凍 す る と,解 凍 収 縮 が発
3種 類 の凍結 方法 による凍結 状 態 の違 い を,凍
結切 片 を用 いて観 察 した(図2)。
緩 慢凍 結では,
生 し,ド
リ ップ も 多 くな る。 解 凍 収 縮 は マ グ ロや
ク ジ ラ に お い て 初 め て 発 見 され た 現 象 で あ る。 死
後 硬 直 前 の 新 鮮 なマ グ ロや ク ジ ラ を 冷 凍 した 場 合,
筋 肉 内 に 大 量 に残 るATPが
20
10
0
遡
一10
唄
一20
-30
藍
猟
緩慢 凍結
一 一 急速 凍結
一
アルコールブライン
\
㍉
㍉
\
㍉
\
-40
解 凍 の 際 に 急 激 に分
解 され る こ とで 激 しい 筋 収 縮 が 起 こ り,多 量 の ド
リ ップ が 発 生 し品質 が 損 な わ れ て しま う。 こ の 問
題 を解 決 す るた め,緩 慢 に 解 凍 を行 う方 法,あ
も
る
-50
い は凍 結 前 にATPを
01Q2α30輔06σ7(B(DOOO10
消 失 させ る方 法 が 開 発 され
た。
時 間(分)
そ こで こ こで は,こ れ らの 方 法 を トラ フ グ に応
図1異
な る凍結方 法に よる温度 低下速度 の比較
細 胞 間 の 隙 間 が 大 き く開 き,大
され て い た 。 一 方,エ
用 し,そ
の効 果 を調 べ た 。
きな氷結 晶が形成
ア ブ ラ ス ト凍 結 ・アル コー
ル ブ ライ ン凍 結 の い ず れ にお い て も,生 成 した 氷
晶 は わず か で あ っ た。
材 料 及 び方 法
材料
800gサ
イ ズ の養 殖 トラ フ グ を即 殺 後,普 通
金 を1個80gに
調 整 して か ら真 空 パ ック を行 っ
た 。真 空 パ ッ ク した サ ンプ ル に つ い て,(1)す
に凍 結(2)12時
間 冷蔵 後 に 凍 結(3)24時
間 冷 蔵 後 に 凍 結,の3種
ATP測
ぐ
類 を 用 意 した 。
定
凍 結 前 のATP含
有 量 の 変 化 を 以 下 の よ うに調
べ た 。 トラ フ グ を解 体 後 ,背 骨 を 外 しフ ィ レの 状
態 に して か ら,0℃,5℃,10℃,15℃
い て 保 管 した。Y)koyamaら1)の
0%過
結 切 片 に よ る構 造 観 察
A,緩
慢 凍 結;B,エ
C,ア
ル コー ル ブ ライ ン凍 結
方 法 に 従 い,1
塩 素 酸 に よ りエ キ ス を 抽 出 し,抽 出 液 を以
下 の 条 件 で 分 析 しATPの
図2凍
にお
定 量 を行 な っ た 。
高 速 液 ク ロマ トグ ラ フ:TOSOH8020,カ
ア ブ ラ ス ト凍 結;
ラ ム:
AsahipakGS-3207E,カ
ラ ム温度 二30℃,移
相:0.2MNa2HPO4,流
速:0。6mymln,検
動
出波
長:260nm。
以 上 の結 果 よ り,凍 結 速 度 のみ を考 慮 す れ ば ア
ル コー ル ブ ラ イ ン凍 結 が好 ま しい が,や
や凍結速
解 凍収縮 率
凍 結 サ ン プ ル を20℃
の 流 水 中 で解 凍 した。 解
度 の 劣 る エ ア ブ ラス ト法 に よ っ て も氷 晶 生 成 に よ
凍 後 に フ ィ レの 長 さ を測 定 し,解 凍 前 の 比 較 に よ
る細 胞 破 壊 は小 さい こ とが 明 らか とな った 。
り解 凍 収 縮 率 を 計 算 し た 。
2.従
来 の解 凍方 法 の有 効性
結果
鮮度 の 良 い状 態の冷凍 トラ フグを生産す るた め
には,即 殺 直後 の トラフグをす ばや く解 体 し,冷
一180一
ATPの
測定
筋 肉中 のATP量
の測 定結果 を図3に 示 した。
一 般 的 に は保 存 温 度 が 低 い ほ ど鮮 度 保 持 に 有 効 な
イ メー ジ が あ るが,ト
ラ フ グ の 筋 肉 で は そ れ とは
異 な る結 果 とな った 。ATPの
20℃
減 少 は0℃,5℃,
間 経 過 した 時 点で もATPが
結 論 と して,従
残っ
3.高
こ の結 果 か ら,解 凍 収 縮 を 防 止 す る た め に は 凍
枯 渇 が 必 要 で あ るが,そ れ に は0℃
圧 解 凍 法 の検 討
急速 凍結 に よって氷 晶の生成 を抑 制す る方法 は
す でに確 立 され ているが,筋 肉 の品質 を損 な うこ
とな く解 凍 を急速す る方法 はい まだに開発 され て
に よ る保 存 が 有 効 で あ る と 考 え られ た 。
ATP量O時
しい 解 凍 方 法 の 検 討 が必 要
で あ る。
て い た。
結 前 のATPの
来 法 は トラ フ グ の 凍 結 方 法 と し
て は 不 十 分 で あ り,新
に お い て 早 か っ た の に 対 して,10℃,1
5℃ で は24時
は得 る こ と もで き な か っ た。
い ない。
間 ∼24時 間
解凍 を急 速に行 うために解凍温 度 を上げ る と,
(凶 一
〇E 員)唄 ユトく
謂
工
タンパ ク変 性な どが生 じる。 また,緩 慢に解凍す
〒
x夢一
い
:::::
† 灘\
謬
\ 這
皇
撒L\ 婁
1
れ ば品温 が上昇す る過程 におい て氷 晶が巨大化 し
::1
圭 \蓼7ポ
闇 一n9一
闇闇一20℃
て しまい,細 胞 を損傷す る。そ こで このふたつ の
問題点 を 同時に解決 し得 る方法 として高圧 力下解
凍 を試 み た。
時間
高圧 力下 では水 の氷結 点 を一22℃
図3ト
ラ フ グ 筋 肉 のATP含
まで下 げる
こ とが出 来 る。 よって解 凍の際 に高圧 力をか け,
量 の 変化
氷結点 を零 下に しつつ解 凍す る こ とで,氷 結晶 の
生成 を抑 制 しなが ら解凍 で きるの ではないか と考
解凍 収縮
凍結 前 に0℃ で保 存 したのち,凍 結 ・解凍 を行
え られ る。
った場合 の解凍収縮 率 を図4に 示す。 凍結前 の冷
蔵時 間が長 いほ ど収縮 率 は小 さ くな るが,な お2
4時 間冷蔵 後の試料 で もや は り解凍 収縮 は認 め ら
れ た。 よって,従 来 の対策 では十分 に解凍収縮 を
材 料 お よび 方 法
材料
前 章 と同 様 に 真 空 パ ック を 行 っ た の ち,す
ぐに
急 速 凍結 を行 った 。
防 止 す る こ とは で き な か った 。
高 圧解 凍
30
100MPa,20℃15分
25
O
r
O
一
O
(* )祷 螺 野 興 贈収
一
一
5
の条件で 高圧 下解凍 を
行 っ た。
解 凍収縮 率
一
一
一
一
前 章 と 同 様 に 測 定 した 。
構 造観 察
高 圧 解 凍 を行 っ た 試 料 を5%の
■
0
解 体後0時 間
解 体後12時 間
ヒ ド(0.1Mリ
解 体後24時 間
後,1%オ
図4冷
蔵24時
グル タル ア ル デ
1
間後 に凍結 され た トラフグ筋 肉
の解 凍 収 縮 率
ン酸 緩 衝 液,pH7.2)に
よ り固 定
ス ミウ ム酸 に よ る後 固 定,50∼100%
エ タ ノー ル に よ る脱 水,プ
ロ ピ レ ンオ キ シ ドに よ
る 置 換 を 経 て,エ ポ ン 樹 脂(Epok812,応
研 商 辛)
に 包 埋 した。 ウル トラ ミ ク ロ トー ム(MT6000,
ま た 今 回 の処 理 で は,解 凍 収 縮 は あ る程 度 抑 制
され る も の の,ト
ラ フ グ独 特 の 弾 力 感 の あ る食 感
一181一
デ ュ ポ ン)を 用 い て厚 さ90nmの
超薄切片 を作
製 し,酢 酸 ウ ラ ン,ク エ ン酸 飴 各 溶 液 に よ る 二 重
染 色 を行 い,透 過 型 電 子 顕 微 鏡(H-800,日
に よ り加 速 電 圧100kVで
立)
観 察 した。
電子 顕微 鏡 観 察
電子 顕微 鏡 によ る観 察結果 を図7に 示す。 これ
に よる と コラー ゲ ンの破壊 は生 じていなか ったが,
結果
筋細胞 に おいてZ線 が消失 し,し か も隣 り合 った
解 凍 収縮 率
解凍収縮 率 の結 果 を,図5に
筋原繊 維 が融合 を起 こ し,明 確 な構 造が観察 でき
示す。 高圧解凍 を
な い 状 態 で あ っ た。
行 うと,急 速 な解 凍はで きなか った もの の,即 殺
直後に凍 結 した筋肉であ って も,解 凍収縮 を起 こ
さな か った。
図7ト
ラ フ グ筋 肉の 電 子 顕微 鏡 観 察
A,高
圧 解 凍 後 筋 原 繊 維;B,高
コ ラ ー ゲ ン;C,活
圧解 凍後
筋 原 繊 維;D,活
コラ
ーゲ ン
図5異
な る解 凍 方 法 に よ る解 凍 収縮 率の比較
考察
今 回 の 結 果 よ り,高 圧 解 凍 した 筋 肉 に解 凍 硬 直
光学 顕微鏡 観 察
解凍収縮 を起 こ さなかった筋 肉の光学 顕微鏡観
が 生 じな か っ た の は,筋
肉 の 収 縮 を担 う筋 原 繊 維
察結果 を 図6に 示す。 この倍 率 では細胞 の損傷 な
が圧 力 に よ っ て破 壊 され た た め で あ る こ と が 明 ら
どは 全 く認 め られ なか った。
か とな った 。
図6解
凍 収 縮 を生 じな か っ た トラフ グ筋肉 の
構造
しか しそ の一 方 で,コ
ラ ー ゲ ン の破 壊 は認 め ら
れ な か っ た 。 こ の 理 由 と して は,コ
ラー ゲ ン は 弾
力 性 を も つ た め に圧 力 に柔 軟 に 対 応 し,解 凍 後 ま
で 従 来 の 構 造 を 保 持 で き る た め と 考 え られ た。
結 果 的 に,筋 原 繊 維 の 破 壊 と コ ラ ー ゲ ン の保 存
を 同 時 に 実 現 した こ とで,解 凍 後 の トラ フ グ筋 肉
で も 弾 力 性 の あ る食 感 が 得 られ た。しか し な が ら,
高 圧 解 凍 後 の 筋 肉 は鮮 度 低 下 が 活 魚 に 比 べ き わ め
て 速 い 。今 後,高 圧 下解 凍 を実 用 化 す る た め に は,
解 凍 後 の 鮮 度 保 持 が大 きな 課 題 と して残 っ て い る 。
一182一