ITSを指向した問題解決モデルMIPS

ITS を指向した問題解決モデル MIPS
村尾 謙一
広島大学 工学部 B4 学習工学研究室
[email protected]
はじめに
1
近年,計算機による教育支援の高度化を目指した
ITS(Intellige nTtutoring System) の研究が盛んに行
われている.ITS に関する研究は人工知能,認知科学
図 1: 問題 1
等多岐にわたるが,その中でも問題解決モデルに関す
る研究は ITS 採用している問題解決のモデル に大き
く依存することから極めて重要であることが分かる.
1.1
従来の ITS における問題解決モデル
従来の ITS における問題解決モデルは次の2つの特
徴を持つ
1. 問題解決の失敗を主として,知識の誤りや不足に
より発生するものとして表現している
2. 問題解決能力の向上を,新しい知識の獲得として
表現している
問題解決過程に対する考察
2
2.1
問題理解と解法実行
解法の同定は問題文中に与えられている情報を整理
したり付け加えることで,それらを相互に関係づけた
表象を作り,その表象に対する適切な解を選択するこ
とによって行われていると考えられる.鶴亀算の例を
用いてこの解法同定についての考察を行う.図 1 の問
題は鶴亀算の問題に分類される問題の 1 つである.
まず,この問題を解くためにはクラスの総得点 (鶴
亀算で言う鶴と亀の足の合計本数) を求めなければい
これらのモデルは数や数学の計算問題等の問題解決が
けない.総得点を明らかにすることで鶴亀算の解法を
比較的単純な領域を対象とする ITS であれば基づく
適用することができる.これは,解法を同定するため
が,文章題等のより複雑な領域となると以下について
の問題の構造化の他に,解法実行の結果を含んだ問題
の支援が必要となる.
の構造化を行っていると言える.前者を狭義の問題理
a 必要な知識を持っているにもかかわらず発生する
問題解決の行詰り
b すでに獲得している解法についての習熟 (以下,
解と呼び,後者を広義の問題理解と呼ぶ.よってこの
問題では,総得点を含める解法を同定することを狭義
の問題理解として鶴亀算の解法を同定するような問題
解決課程と言える.
解法の定着と呼ぶ)
a,b の情報や指針を ITS に対して提供することのでき
る問題解決モデルが必要となる.
2.2
グレインサイズ
解を導くために,形式的操作が一つにまとめられた
ものを実行部とする解法を同定し実行することと,小
1.2
本稿の目的
さな単位の形式的操作を複数同定し実行することでは,
問題解決課程は異なっているといえる.前者をグレイ
本稿では人間の問題解決課程に対する考察と,a,b
について踏まえた問題解決モデルである MIPS および
MIPS によって実現可能な支援について述べる.
ンサイズの大きな解法 (図 2),後者をグレインサイズ
の小さな解法 (図 3) という.
図 2: グレインサイズの大きな解法
図 4: 解法インデックスのネットワーク基本単位
よって問題解決の高速化だけでなくリソースの不足に
よる問題解決の行き詰まりを解消し,逆コンパイルに
よって小さな解法に分解することでなぜその解法で解
けるのかを説明すると言える.本稿では,解法の獲得
と定着を含んだ解法理解については広義での解法理解
図 3: グレインサイズの小さな解法
と呼び,これと対比して逆コンパイルによる解法理解
を狭義の解法理解と呼ぶ.
グレインサイズが大きな解法を用いた問題解決では
形式的操作を実行する根拠に関する理解が浅くなるが
効率が良くなり,グレインサイズが小さいとその逆と
MIPS について
3
人間の問題解決課程を論理的に記述すること枠組み
なる.
また,サイズの小さな複数の解法から大きなサイズ
を提供する問題解決モデル MIPS について述べる.
の解法を生成することができ (これをコンパイルと呼
ぶ),大きなサイズの解法から小さなサイズの解法へ
分解する (これを逆コンパイルと呼ぶ) こともできる.
3.1
解法インデックス
MIPS では解法インデックスをネットワーク表現し
2.3
問題解決操作持続能力の有限性
ており,基本関係・集合演算関係・数値関係の 3 つを
基本単位とする (図??).
人間には問題解決操作を持続するための資源 (リソー
ス) が存在し,リソースが足りていない場合は必要な
知識を適用することが出来ず,問題解決が行き詰まっ
てしまう.
3.2
解法インデックスの階層構造
鶴亀算の問題を鶴と亀以外の問題,例えばタコとイ
本稿では問題解決におけるリソースの存在を考慮し
カの足の本数の問題にも適用するためには,鶴と亀を
てモデルを設計するが,リソースの推定は非常に困難
動物として,決められた本数を数値として捉えるよう
であるため,設計指針の一つとして用いることとする.
な,抽象化した解法インデックスが必要となる.反面,
抽象度の高い解法インデックスをいきなり与えて学習
2.4
解法の定着
グレインサイズの拡大と解法理解は,コンパイルと
逆コンパイルの関係として捉えられる.コンパイルに
するのは難しく,抽象度が高ければ高いほど問題構造
操作が多くなりリソースの消費が増加してしまう.こ
のため,抽象度の低い解法インデックスも必要である
と考えられる.
図 7: 初期問題理解ネットワーク
図 5: 解法インデックスの階層構造
図 6: 問題 2
図 8: 最終問題理解ネットワーク
このような観点から MIPS では解法インデックスを
階層構造として表現でき (図 5),構造の拡大,洗練と
して適用条件の洗練による解法の定着を表現する.
3. 問題間対応付け機能
4. 逆コンパイル・コンパイル機能
3.3
問題理解ネットワークの生成
MIPS では問題から生成される問題構造を問題理解
ネットワークという呼ぶ.問題をそのまま内部表現し
たものを初期問題理解ネットワーク,解法の同定に必
要な情報を持ったものを最終問題理解ネットワークと
いう.図 7,8 はタコとイカの足の本数の問題 (図 6)
におけるネットワークの例である.
問題解決課程はこの二つを生成する段階にわけるこ
とができる.このようなモデル表現により問題解決機
能や問題生成機能の実現が可能となる.
これらの機能により次のことが実現可能であると考
える.
1. 特定の解法インデックスや問題構造操作の獲得あ
るいは修得を目的とするような柔軟な出題
2. 問題の構造化に関する記述に基いた問題構造化の
直接的な指導
3. 基本的な問題との対応関係を指摘することによる
間接的な構造化の誘導
4. 逆コンパイル・コンパイルの結果を用いた解法の
3.4
MIPS の利用に関する考察
MIPS に基づいた ITS のための基本機能は以下の 4
つが挙げられる.
1. 問題解決機能
2. 問題生成機能
理解や解法の再構成を支援する説明
これらが可能であることは,ITS をより高度なもの
にするための問題の構造化の行き詰まりに対する支援
と解法の定着に対する支援の 2 つの支援の実現が可能
であると言える.
4
まとめと今後の課題
本稿では以下の観点から問題解決課程について考察
を行った.
1. 問題理解と解法実行
2. リソース
3. 解法の定着
これらの考察から得られた知見に基づいた問題解決
モデル MIPS を提案した.MIPS は従来の ITS におけ
る問題解決モデルでは捉えられていなかった問題解決
課程を明示的に記述する枠組みを提供できる.また,
解法の定着を異なったいくつかの側面から捉えること
もでき,ITS による教育支援の高度化に貢献すると考
えられる.