平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
深部損傷褥瘡に対する対策法と薬剤選択に関する研究
Studies on correspondences and medical therapies for deep tissue injury in the
bedsore
物理薬剤学研究室 4 年
09P201 山田 大樹
指導教論 飯村 菜穂子
1
要旨
世間一般に床ずれとして知られている褥瘡は、2009 年日本褥瘡学会の実態調査報
告委員会の調査結果よると 65 歳以上の罹患が半数以上を占める疾患である。近年、
超高齢化社会に変化しつつある日本において褥瘡の有病者は増加傾向にある。1975
年以前は最適な治療法については未開拓であったが、1975 年に Shea らによる
SHEA 分類が提唱されてから褥瘡治療は大きく発展を遂げた。1990 年代は「褥瘡は
看護の恥」といわれ続けたが 1998 年に日本褥瘡学会が発足され 2001 年には
DESIGN という日本独自の褥瘡評価基準が設けられてからは、褥瘡に対する予防、
治療のガイドラインが確立され比較的統一化された対策がなされるようになった。
2008 年には褥瘡治療の最適化のためそれまで利用されていた DESIGN の見直しが
入り DESIGN-R へ変更されるとそれまで以上に褥瘡対策、治療法等は強化された。
しかし 2007 年米国褥瘡諮問委員会が褥瘡と深部組織損傷( Deep Tissue Injury:
DTI)との関係について詳細に審議しはじめた。それまで褥瘡の症状において DTI
が重要視されていなかったわけではないが、その発症メカニズム等の完全解明がさ
れていなかっことも手伝って治療や対応が遅れがちであった。当然日本においても
詳細な研究、検討がなされるべき症状の1つであった。そこで今回、深部組織損
傷:DTI がどのような症状であるのか、現在の医療現場ではどのように対応されて
いるかを詳しく調査し、DTI の現状、褥瘡における DTI との関係を明らかにするこ
とを目的に本研究を行った。
DTI はヒト皮膚組織の中でも比較的深部、すなわち真皮よりも下方の脂肪組織、筋肉に
おける組織損傷で褥瘡の DTI では皮膚色調が淡い紅色調から紫色もしくは赤紫色と変化
に富む。外観は潰瘍等が認められなくても数日のうちに DTI 徴候が確認されることも少なく
ない。このように DTI の判断、診断は難しいとされている。加えて一度発症すると除圧や栄
養管理などの従来の褥瘡対処法ではその進行に抑制をかけることが困難であることもその
特徴である。DTI が褥瘡の中でも診断しにくいこと、比較的最近注目された症状であるため
未だ治療法が確立されていないことから、DTI 対策には発症前の予防が非常に重要であり、
さらに DTI の原因究明、有効な薬剤の開発、診断・検査法の発展が急務と思われる。
2
キーワード
1. 褥瘡
2. 低栄養状態
3.深部損傷褥瘡
(Deep Tissue Injury:DTI)
4.NPUAP の分類
5.SHEA の分類
6. アルブミン値
7. DESIN
8. DESIN-R
9. ドレッシング材
10. 創面保護
11. ポリウレタンフィルム
12. 油脂性基剤
13.圧迫
14.皮膚疾患
15.深部組織
3
目次
1 はじめに
………………………………
5
2 褥瘡
………………………………
7
2-1 高齢者と褥瘡
………………………………
7
2-2 褥瘡を形成する主な要因
………………………………
7
2-3 褥瘡の病態評価と分類について
………………………………
7
2-3-1 病期による分類
………………………………
7
2-3-2 褥瘡の深さと大きさ
………………………………
8
3 皮膚構造
………………………………
9
4 深部損傷褥瘡
……………………………… 11
4-1 深部損傷褥瘡の深部の位置
……………………………… 11
4-2 深部の脆弱性
……………………………… 11
4-3 従来の褥瘡と深部損傷褥瘡の相違
……………………………… 13
5 深部損傷褥瘡に対する予防、形成前の対応
……………………………… 13
5-1 体位変換
……………………………… 13
5-2 超音波診断装置の導入
……………………………… 14
5-3 深部損傷褥瘡が疑われる場合に用いる薬剤
……………………………… 15
6 進行した深部損傷褥瘡の対応
……………………………… 15
6-1 体圧分散用具による除圧
……………………………… 15
6-2 深部損傷褥瘡の薬物療法
……………………………… 17
7 終わりに
……………………………… 19
8 謝辞
……………………………… 20
9 引用文献
……………………………… 21
4
論文
1.はじめに
世間一般に床ずれとして知られている褥瘡だが 2009 年日本褥瘡学会の実態調査報告委
員会の調査結果によると 65 歳以上の罹患が半数以上を占めるとされ高齢者に多い疾患で
ある 1)。高齢者の中でも体の自由が効かない、寝たきりの人に発症者は多い。褥瘡とは持続
的圧迫による阻血の結果、圧迫部分が皮膚壊死に陥った状態をいう。褥瘡の発症要因は
局所的要因、環境的要因などと多様であり、その症状も様々であり各ケースに応じて適切な
処置が施されなければならない。しかし、時には個々の患者に適した対応が出来ず悪化さ
せてしまうことも少なくない。さまざまな観点からみて治療するためにも看護師だけに褥瘡管
理を頼るのではなく、チーム医療として医療従事者が協力して治療・管理に当たるべきと思
われる。
褥瘡は古くて新しい病気である。なぜなら古くから床ずれなどと認知されていたが、積極的
に治療はされてこなかった。1975 年に SHEA の分類が提唱され褥瘡の治療が研究され始
め、現代の褥瘡は完治するものとされ積極的に治療がおこなわれている 2)。
日本での褥瘡の治療は 1998 年に褥瘡の予防・治療ガイドラインから始まり、その一年後
の 1999 年に日本褥瘡学会が設立されさらに治療が積極的に行われるようになった 3)。
近年、褥瘡には外観は軽度なように見えてもその損傷が皮膚の下部まで至っている深部
組織損傷(Deep Tissue Injury:DTI)と呼ばれる症状に対する対応が重要であることが叫
ばれている 4)。
深部損傷褥瘡は「圧力及び/または剪断力によって生じる皮下軟部組織の損傷に起因す
る。」ものとして日本褥瘡学会に定義されている 5)。この深部損傷褥瘡は皮膚の損傷が軽度
に見えて皮膚よりも深く位置する組織では損傷が進行しているので発見が困難となり治療が
遅れることが問題となっている。そこで深部組織損傷:DTI がどのような症状であるのか、現
在の医療現場ではどのように対応されているかを詳しく調査し、DTI の現状、褥瘡における
DTI との関係を明らかにすることを目的に本研究を行った。
5
2.褥瘡
2-1 高齢者と褥瘡
褥瘡の有病者は平成 21 年日本褥瘡学会の実態調査報告委員会の調査によると 65 歳以
上が半数以上を占め、圧倒的に高齢者が患いやすい疾患である(図1)1)。
図1 褥瘡有病者の動向
1)
(第 2 回日本褥瘡学会,実態調査委員会報告 2, 13(4):633~645 (2011)図2を引用、一部改変)
加齢に伴って生体機能、例えば筋力、神経伝導速度、肺活量、病気に対する抵抗力など
が低下し、体の自由が効かない、寝たきり状態となってしまい、寝たきりになると持続的に身
体のある一部分に圧力がかかりことになり、皮膚壊死に陥る。高齢者に褥瘡の発症が多い
のは加齢による身体の運動機能、栄養状態等が低下や疾患による長期の臥床が考えられ
る。
2-2 褥瘡を形成する主な要因 6,7)
褥瘡が高齢者に発症しやすい大きな要因として加齢に伴う皮膚の状態変化がある。加齢
に伴い表皮は、基底細胞の分裂能力の低下で角質細胞の新生が遅くなり厚さが減少、細
胞間脂質成分が減少する。このことで表皮の粗造・乾燥化、水分量減少が起こる。真皮では
繊維成分のコラーゲンが新しいコラーゲンとの入れ替わりがなくなりコラーゲン量が減少する
ことで弾力性がなくなる。また皮膚神経終末器が減少することにより痛覚に対する敏感さが
低下し、外的刺激に対して反応する能力が減る。これらのことが加齢に伴って起こってくるた
め高齢者の褥瘡形成に大きく関与する 3)。
6
皮膚状態1つあげてみても高齢者の健康状態は加齢に伴い低下しているため褥瘡の発
生の要因になりうる要素は複数考えられる。その要因について局所的要因、全身的要因、
社会的要因の 3 つに分けて以下に論じる。
局所的要因には加齢による皮膚の変化、摩擦ずれ、失禁や湿潤がある。高齢者は皮膚
のバリア機能は低下しているので外界からの刺激に対して脆弱である。皮脂分泌低下、発
汗の低下、局所の血流や繊維芽細胞の機能の低下、血管内皮細増殖能の低下のため皮
膚はドライスキンに傾くとともに表皮も薄くなり褥瘡の治癒は遅延する。摩擦ずれは体位変換
時、清拭・入浴時に生じやすく皮膚の機能が低下した高齢者では容易に皮膚に潰瘍を形成
する原因となる。失禁、湿潤、下痢などによって局所の湿潤や汚染から褥瘡形成や悪化の
引き起こしてしまう。
全身的要因は低栄養、やせなどがある。創傷治療にはアルブミン、ヘモグロビン、亜鉛な
どの微量金属、ビタミン C などが必須である。またアルブミン値が 3.5g/dl 以上、ヘモグロビ
ン 12.0g/dl 以上が日本人の食事摂取基準 2005 年版において 70 歳以上の推奨量/目安
量とされているが、褥瘡患者の約半数がこの基準値を下回っている。低ヘモグロビン血症で
は浮腫や皮膚の弾力性の低下、皮膚組織の耐久性の低下が起こるので褥瘡発症や難治
化の要因となる。低栄養によってやせが進行すると皮下脂肪が減少し、皮下に骨隆起が生
じやすくなり褥瘡の発生の要因となる。
社会的要因では介護のマンパワー不足、経済力不足があげられる。高齢者によっては自
力で体位変換をできない人がいる。介護の力が不可欠であるが不足した場合、皮膚と接触
面との圧迫回避困難となる。身体の圧迫の負担を軽減するための体圧分散用具が導入され
ていない場合圧迫は身体に負担を大きくかけることになる。4)
2-3 褥瘡の病態評価と分類について
2-3-1 病期による分類 8)
日本褥瘡学会では、褥瘡が発生した直後は局所病態が不安定な時期(発症後 1-3 週間)
を急性期褥瘡、急性期褥瘡に引き続き、感染、炎症、循環障害などの急性期反応が消褪し、
組織障害の程度が定まった状態を慢性期褥瘡と定めている。
急性期褥瘡は痛みを伴いやすく、皮膚に紅班、水泡、紫斑、浅い潰瘍の所見が短時間に
次々と発生する可能性がある。全身状態が不安定であり、原因が多岐にわたるため日を追う
7
ごとに変化し続ける創傷を評価しつつ経過を観察することが褥瘡治療・薬剤選択の重要な
ポイントとなる。慢性期褥瘡は知覚低下により長時間の臥床・座位を不快に感じることのでき
ない患者が褥瘡を形成してしまうので痛みは急性期褥瘡と比べて感じにくい。急性期を過ぎ
た褥瘡であるため病態は安定し、紅班、水泡、表皮剥離、びらんといった状態に留まる。慢
性期褥瘡では浅い褥瘡と深い褥瘡に分けて考えられている。損傷が真皮までに留まるもの
を浅い褥瘡、真皮を越えるものを深い褥瘡と呼ぶ。壊死組織を取り除き肉芽形成をすること
が慢性期褥瘡では重要なポイントとなる。5) 表1に
2-3-2 褥瘡の深さと大きさ 5)
日本褥瘡学会では、褥瘡の病態についてその重症度と経過評価について DESIGN ツー
ルを提唱している。このツールは褥瘡の病態評価を大きさ、深さ、浸出液、炎症、感染、壊
死組織の割合と硬さ、肉芽組織の割合、ポケット形成の有無を指標としている。褥瘡の重症
度については Depth(深さ)、Exudate(滲出液)、Size(大きさ)、Inflammation(炎症/感
染)、Necrotic tissue(壊死組織)Pocket(ポケット)の 6 項目に分け各項目の頭文字を軽
度の場合はアルファベットの小文字、重度の場合はアルファベットの大文字で表し評価する。
2008 年に日本褥瘡学会は褥瘡経過を評価するだけではなく,深さ以外の 6 項目からその
重症度も予測できる DESIGN-R 褥瘡経過評価用が 2008 年に開発し、DESIGN の深さの
分類において「深さの判定が不能」の U を追加した。表1に褥瘡の状態と評価の関係を表し
た。
8
表1
褥瘡状態と重症度の評価
(DESIGN-R の深さ項目,NPAUP ステージの分類 2007 年改訂版,Shea の分類,日本褥瘡学会 第一章 褥瘡の概要か
ら一部引用 改変)5)
SHEA は 1975 年に褥瘡の分類を最初に提唱した。SHEA の分類は現在用いられてい
る多種の分類の原型となっており現在は医学的領域で使用されている 8)。また米国褥瘡諮
問委員会(National Pressure Ulcer of Advisory Panel)は 1989 年に NAPUAP の分類
を開発した。NAPUAP の分類はステージ I から IV を用い予防を重視した分類である。2007
年には改訂されており、この分類では本稿のテーマである DTI 疑いと判定不能が追加され
ている。
3.皮膚構造 9)
褥瘡は皮膚疾患の1つである。そこで本章では皮膚の構造について概説する。皮膚は身
体の外表面を覆い、身体の重量の 14%を占めるとされ骨につぎ、きわめて重要な臓器であ
り生体を防御する機能がある。皮膚は表皮と真皮に分けられ、その下に主に皮下脂肪から
9
構成される皮下脂肪が存在している。
表皮は皮膚の外層にあたり主に角化細胞からなる角化重層扁平上皮で構成されている。
角化細胞はケラチン物質を合成する。ケラチンは皮膚に防水性を与えるとともに皮膚を保護
し強度を与えている。表皮は深部から基底層、有棘層、顆粒層、角層の順に構成される。基
底層は角化細胞の幹細胞を含む 1 層基底細胞からなり隣接する細胞や基底細胞下にある
基底細胞膜と結合し細胞骨格を形成する。有棘層は 5~10 層からなり細胞が互いに棘で
つながっているようにみえるため有棘細胞と呼ばれる。顆粒層は 2~3 層からなりここに存在
する層板顆粒(オドランド小体)が内容物であるセラミドなどの脂質を細胞間隙に放出し角化
や保湿に関与する。角質層は約 10 層からなり角化細胞が脱核し膜状に変化し表層に重層
化し皮膚を保護する。
真皮は表皮の下方に存在し表皮とは基底膜によって隔てられている。真皮の厚さは表皮
よりも 15~40 倍厚い。真皮は乳頭層、乳頭下層、網状層の 3 層からなる。乳頭層は毛細血
管、知覚神経末端、細胞成分に富んでいる。乳頭下層は乳頭層直下の部分である。網状層
は真皮の大部分を占める。網状層の下方は脂肪組織に接している。ところどころに血管、神
経が走っている。
皮下脂肪組織は真皮の下方にある層のことで、真皮と筋膜との間にはさまれた部位をさす。
中性脂肪を貯蔵しおり、物理的外力に対するクッションの役割や体温喪失の遮断、熱産生と
いった保温機能にも重要な役割を果たしている。皮下脂肪組織の下には筋肉がある。6 の構
造について図2に示した。
10
図2 皮膚構造
(最新褥瘡治療マニュアル,福井基成,照林社,P.15,図 3(1998)より引用、一部改変)10)
4.深部損傷褥瘡
4-1 深部損傷褥瘡の深部の位置
深部損傷褥瘡とは「圧力及び/または剪断力によって生じる皮下軟部組織の損傷に起因
する」とされている 5)。深部損傷褥瘡の深部とはこの皮下軟部組織をさす。皮下軟部組織と
は真皮よりも下方の脂肪組織、骨組織、(稀に筋肉組織を含む)のことをいう。
4-2 深部の脆弱性
皮膚の下方にある筋組織は真皮に比べて虚血や加圧にダメージを受けやすい。これには
酸素フリーラジカルが関わっている。
フリーラジカルとは原子は通常、原子核を中心として各電子軌道に 2 個の電子が対になっ
て存在するがまれに対になっていない電子がある。これを不対電子といい、不対電子を持
つ分子や原子をフリーラジカルという。酸素フリーラジカルは不安定で反応性が大きい。人
11
の体はこれに対して抗酸化物質と酸素フリーラジカルで平衡に保つ防御機構を備えている
ため必ずしも怖いものではないが、過剰に生成されたり、あってはならない場所で生成され
ると局所で平衡が崩れ酸素フリーラジカルは生体組織を攻撃する(図3)2,11,12)。
図3 フリーラジカル・抗酸化物質の平衡
物理的な持続する加圧によって真皮よりも下方にある組織周辺の血管を圧迫されると虚
血状態になる。その後に生じる再灌流の血流に含まれる酸素フリーラジカルにより組織障害
が深部から生じると考えられている(図4)2)。
図4 深部組織の血流再灌流
12
4-3 従来の褥瘡と深部損傷褥瘡の相違
図5は皮膚、皮下組織にある血管に圧迫がかかり虚血が生じ組織が障害された場合を表
している。図中の傷害部位 1 は皮膚が壊死をしているので症状は消褪しない紅班、血疱、
びらんとなり症状の進行は表皮から現れる。障害部位 2 は皮膚と脂肪組織の血管が虚血状
態になるため皮膚壊死、そして深い褥瘡となる。障害部位 3 は皮膚の周囲からの血流で皮
膚は生存しているのでダメージは少なく見える。しかし脂肪組織よりも深い血流が阻害され
ているため深部組織のダメージは大きい 13)。
図5 .各部位の血管が虚血状態となり組織が壊死した状態
(古江増隆,海外における褥瘡予防・治療の取り組み 139-142 より引用,一部改変)13)
5. 深部損傷褥瘡に対する予防、形成前の対応
先に述べたように皮膚に異常はなくとも長時間圧迫され再灌流されると真皮よりも下方の
深部組織で酸素フリーラジカルが生成され酸素フリーラジカルによって深部組織は損傷を
受け内部から損傷は進行する 14)。内部から進行する DTI では深い褥瘡に移行する前の予
防は非常に有効となってくる。現在医療現場で行われている予防法について以下に述べる。
5-1 体位変換
従来の褥瘡と同じく深部損傷褥瘡は臥床しているときの圧迫ずれ力をコントロールすること
で予防が可能となる。ベッドなどに臥床すると背面の皮膚はベッドの表面から押されている
13
状態となる。皮膚は 70mmHg-100mmHg の圧力が 2 時間加わると組織が圧力によって損
傷するとされている。Shea2)によると座位での接触面の圧力は 300Hgmm を超過していると
報告されていることから人が臥床などで背面の皮膚がベッドの表面から押される力は大きい
ので長時間同じ体位で皮膚を圧迫し続けるのは褥瘡発生に繋がるので危険であると考えら
れる 10)。そこで体位変換を少なくとも 2 時間ごと定期的に行い一定時間圧迫の加わった部
位の負荷を軽減することで未然に褥瘡の発生を抑えることができる 16)。
5-2 超音波診断装置の導入
DTI は皮膚に限局性の紫または栗色の皮膚変色、または血庖がある場合があり、まずこ
れらが皮膚表面にないか診断する必要がある。発赤は褥瘡の状態を評価するのに重要な
症状である。褥瘡において発赤は持続する発赤であり短時間で消褪する発赤は褥瘡には
なりにくい。発赤は皮膚表面の血管拡張や出血が原因であるが、必ずしも皮膚の表層の損
傷とは限らず目に見えない深部では細胞組織の壊死が進行している場合もある。従来の褥
瘡治療における発赤評価は肉眼所見や触診のみで行っていたが、表面上の発赤の評価だ
けでは深部が損傷しているかが判断しにくいことが問題となっていた。そこで超音波診断を
導入することでより正確な判断が得られるように近年、工夫がされている。超音波診断にお
いて骨付近に低エコー領域が観察された場合、重症褥瘡に移行する可能性が高いといわ
れている 17)。
比較的軽度で深部損傷褥瘡の疑いが低い発赤
左:皮膚の状態 右:エコー写真
深部損傷が疑われる発赤
左:皮膚の状態 右:エコー写真
図6 超音波診断を用いた深部損傷の診断
(水原章造,富田則明,浦田克美,初めての褥瘡エコー 図 1-2、3 より褥瘡写真引用 改変)18)
14
5-3 深部損傷褥瘡が疑われる場合に用いる薬剤 19)
軟膏剤の基剤は主薬の薬効に大きく影響する。創の滲出液が少なければ水分含量の多
い乳剤性基剤、滲出液が多ければ滲出液吸収性の高い水溶性基剤、保湿性が必要であれ
ば油脂性基剤、それぞれ軟膏基剤には特徴があるため創の湿潤に合わせて基剤を選択す
る。深部損傷褥瘡が疑われる場合、酸化亜鉛、ジメチルイソプロピルアズレン、白色ワセリン
などの油脂性基剤を用いる。これらの基剤等は創面の保護と上皮形成促進を目的に優先
的に用いられる。創面保護を目的に創傷用ドレッシング材を用いる場合は、貼布後も視認で
きる透明性の高いポリウレタンフィルムなどを用いる。
6. 進行した深部損傷褥瘡の対応
6-1 体圧分散用具による除圧
ある程度進行し、創が深くなってしまった深部損傷褥瘡では体圧分散用具を用いて対応
することが有効とされている 4)。深部損傷褥瘡は、深部組織の圧迫による周辺の血流が滞り
のち再び流れることが起こると酸素フリーラジカルが発生し、この酸素フリーラジカルが深部
組織を攻撃し壊死させることにより発生する。体圧分散用具は外から加わる圧力を管理する
ために圧再分配、寝床内環境などを調節するために設計された用具であるため、比較的軽
度の褥瘡が深部損傷にまで至らないよう体圧を分散させることに貢献し、これらさらに除圧を
することで過剰な酸素フリーラジカルの発生を抑えることができる 14)。体圧分散用具も差素
材、機能は様々であるため患者の状態、環境によって使い分けることが必要である。表2~
4に各種体圧分散用具の特徴を記した 20)。
15
表2 体圧分散用具の分類と特徴
分類
長所
短所
特殊ベッド
コンピュータ制御により、患者のとるどの ・高価
体位においても除圧可能。
・重量があるため日本の家屋の
構造上使用困難な場合があ
る。
・これまでのベッドの保管場所
が必要。
交換マットレス
厚みが 15cm 以上あるためギャッチアッ ・高さがあるため、ICU ベッドな
プ 45 度までなら除圧可能。
ど柵の低いベッドで使用すると
転落の危険がある。
・通常のマットレスの保管場所
が必要。
上敷きマット
使用が簡単、安価である。
・厚みのないものが多い。
リバーシブルマットレス 患者の褥瘡発生リスク状態に応じて両
面を使いわけ可能。
・圧分散面が 7cm である。
表3 体圧分散用具の素材とその特徴
素材
エア
ウォーター
長所
短所
・マット内圧調整により個々に応じた体 ・自力体圧変換に必要な安定感が得
圧調整が可能。
にくい。
・セル構造が多層のマットレスは低圧 ・鋭利なものでパンクしやすい。
保持可能。
・水の量により、個々に応じた体圧分
散が可能。
・患者の体温維持のために、水温管
理が必要。
・水の浮遊感があるため、不快感を与
える可能性がある。
ウレタンフォーム ・低反発のものほど圧分散効果があ
る。
・反発力の異なるウレタンフォームを組
み合わせることで安定感を得ることが
可能。
・個々に応じた体圧調整はできない。
・自力変換に支障をきたす場合があ
るので可動性が低下している患者に
は注意が必要。
ゲルまたはゴム ・表面を拭くことができ、清潔保持可
能。
マットレス表面温度が低いため患者
の体温を奪う。
ハイブリッド
2 種類以上の素材の長所の組み合わ ・体圧分散効果を評価するための十
せることができる。
分なデータが不足している。
16
表4 体圧分散用具の機能性
機能
長所
短所
ローリング
・体位変化に伴う圧移動が行われる。
・介護者の少ない労力で体位変換でき
る。
・体位変換の動きに身体が適合しない
場合ずれ力、姿勢のねじれが生じる。
姿勢保持
ベッド上での座位時の姿勢が適切に保持 ・身体が適合しない場合圧迫とずれ力
され圧迫とずれ力が軽減できる。
が生じる
・高価である。
6-2 深部損傷褥瘡の薬物療法 21,22)
深部損傷褥瘡が進行すると数週間で深い褥瘡へと変化する。2008 年、褥瘡経過評価用
DESIGN-R に移行しても DESIGN 褥瘡重症度分類はそのまま継続して用いられおり、深い
褥瘡の局所治療では日本褥瘡学会の DESIGN(重症度分類)を用いて創を評価し、治療
方針が決められている。DESIGN と用いる薬剤との関係を表5に示した。項目の中でも壊
死組織(N)、肉芽組織(G)、大きさ(S)については、一般には N→G→S の順に注目して治療
方針が立てられる 23)。
表中の薬剤は、壊死組織の除去、肉芽形成促進、創の縮小、感染制御、滲出液の制御
では滲出液など創面水分量を考慮したうえで選択される。例えば、滲出液が多い場合は水
溶性基剤のマクロゴール軟膏、乾いた創には水分含量の多い乳剤性基剤、湿潤保持には
白色ワセリンのような油脂性基剤が比較的積極的に選ばれる。また創が上皮化した後は再
発防止のため、ポリウレタンフィルムを用いて保護したり、撥水性皮膚保護剤を用いたりする
13 15)。
17
表5 DESINGN 重症度分類と治療に用いる薬剤
(古田勝経,“外用薬の特性に基づいた選択と使い方”, 調剤と情報,13(8).p20(2007.8)より引用一部改変)
DESIGN
目的
用いる薬剤
壊死組織の除去 壊死組織が創傷の治療の
N→n
障害となるため取り除く。
(N:壊死組織あ
り
、n:壊死組織な
し)
水溶性基材(カデックス軟膏、デブリサン、プロメ
ライン軟膏)、粉末製剤(フランセチン・T・パウダ
ー)、水分含有率の高い乳剤性基材(ゲーベン
クリーム、エレース)
肉芽形成の促進 良好な肉芽組織に見られな 水分含有率の高い乳剤性基材(オルセノン軟
G→g
い、あるいは乏しい場合肉 膏)、水分含有率の高いゲル基材(ハイドロゲ
(G:良肉芽 50% 芽形成促進を促す。
ル、ソルコセリルゼリー)、液状スプレー(フィブラ
以上、g:良肉芽
ートスプレー)、油脂性基材(プロスタディン軟
50%以下)
膏)、粉末製剤(イサロパン)、水溶性基材(アクト
シン軟膏、アルキサ軟膏、アラントロックス軟膏)
創の縮小
相対的創の縮小を目的に
S→s
肉芽組織の縮小と新たな上
(S:100 以上、s: 皮形成を促す。
100 未満)
液状スプレー(フィブラストスプレー)、水分含有
率の低い乳剤性基材(リフラップ軟膏)、水分含
有率の高いゲル基材(ハイドロゲル、ソルコセリ
ルゼリー)、油脂性基材(アズノール軟膏、ハスレ
ン軟膏、亜鉛化軟膏、プロスタディン軟膏など)、
粉末製剤(イサロパン)、水溶性基材(アクトシン
軟膏、アルキサ軟膏)
感染の制御
I→i
(I:炎症/感染の
あり、i:炎症/感
染なし)
感染を合併している場合は
最優先に行うべき項目であ
る。感染の温床となる肉芽
組織を創面から速やかに除
去する。
水分含有率の高い乳剤性基材(ゲーベンクリー
ム)、粉末製剤(フランセチン・T・パウダー、カデ
ックス、デクラート)、水溶性基材(イソジンゲル、
ネオヨジンゲル、ユーパスタなど)、
滲出液の制御
E→e
(E:2 回以上の
交換、e:1 回未
満の交換)
過剰な滲出液の吸収ができ 水溶性基材(ユーパスタ、ネグミンシュガー軟膏
る。
など)
ポケットの解消
P→(P:ポケットあり、
-:ポケットなし)
外用薬を注入したりドレッシ 水分含有率の高い乳剤性基材(オルセノン軟
ング材を軽く装填したりして 膏)、液状スプレー(フィブラストスプレー)、水溶
ポケット内部にたまった余計 性基材(ユーパスタ、ネグミンシュガー軟膏など)
な水分や血液などを体外に
抜きポケットの治療を行う。
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7. 終わりに
深部損傷褥瘡は比較的新しい病態であるため発症メカニズム等の完全解明がされてい
ないため治療や対応が遅れがちであった。医療者の間では経験や勘で対応されていた深
部損傷褥瘡だが最近ではその予防や治療法について研究が盛んとなり、医療関係者間に
おける情報の共有、交換が進み適切な治療法が確立されつつある。しかし外観は軽度な褥
瘡(stage1)と判断されることも多いため、発見が遅れ深い褥瘡へと進行してしまう問題は未
だ未解決のままである。そこで日本では目に見えないところで進行している褥瘡に対して早
期発見をするために超音波診断装置を導入することで診断の誤りや発見の遅れを解消する
試みがなされている。少し前に比べ、深部損傷褥瘡への対応はスムーズになってきたとはい
え、進行してしまった深部損傷をどう回復させるかはまだ多くの課題が山積している。
治療法の確立には薬剤を適切に選ぶことが重要と思われる。深部損傷褥瘡において深
部組織が酸素フリーラジカルによって攻撃され、不安定な創を形成するため進行してしまっ
た場合には創の深さや病態から適切な外用薬が選択されなければならない。現在定着しつ
つある創面の状態に応じた軟膏基剤の選択だけでは最適な薬剤選択とは言い切れない。
従って複数の薬剤を混和して使用することも今後考えられることから更なる専門性高い製剤
研究の発展が望まれる。
また今後、まだ未解明になっている深部損傷褥瘡の発症メカニズムが完全に解明されるこ
とで、局所的要因、社会的要因、全身的要因などさまざまな要因が絡み合って発生する疾
患の治療法ばかりでなく予防法についても確立されることが期待される。
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8. 謝辞
本研究調査を進めるにあたり、優しく丁寧にご指導いただいた新潟薬科大学薬学部飯村菜
穂子准教授、桐山和可子助手に心より感謝申しあげます。
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9. 引用文献
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