しぶれんの日常 柏 葵 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ 渋谷凛の弟、渋谷蓮の日常。 蓮と凛と、島村卯月 │││││││││││││││││││ 渋谷蓮と渋谷凛 │││││││││││││││││││││ 1 目 次 ││││││││││││││││││ 4 蓮と変態 ││││││││││││││││││││││││ 蓮と変態と、常識人 8 11 ? 渋谷蓮と渋谷凛 中学生の渋谷蓮にとって、高校生の姉である渋谷凛は近寄りがたい 存在だった。高校一年生の凛とは一歳差で小さい頃はよく一緒に遊 んでいたが、今は蓮から話しかけることは少なくなった。その原因 は、二つあった。 一つめは、男であるはずの蓮の容姿が凛と瓜二つな点だ。 癖のないストレートの黒髪を背中まで真っ直ぐ伸ばした凛。顔立 ちは母親譲りの綺麗系で、名前のとおり凛としている。家族の贔屓目 を抜いても十分すぎるほどの美少女の姉と、ショートカットの髪型と やや小さい背丈を除いて蓮はほとんど同じ容姿をしていた。男だが 女のような顔をしているせいで、小学生から中学一年生のときまでは よく虐めに遭った。 そして、二つめの理由は、凛の言動だ。普段は冷たいと感じさせる ! 1 ほどにクールな性格の凛だが、蓮が関わることになると妙な言動を繰 り返すのだった。世間一般的な視点から見ると、間違いなく変態に該 当するだろう。 ﹁嫌いなわけじゃないんだけどなぁ⋮⋮﹂ 休日の昼過ぎ。開いた窓から5月の程よく暖かな空気が入り込む。 自室にある勉強机の席に座っていた蓮は、短い髪を風に靡かせながら ため息をついた。椅子の背もたれに背を預け、天井をじっと見つめ る。 ﹂ 照明が消えそうだ。あとで電灯を取り換えよう、と蓮が思ったとき だった。 ﹁れーんー、ちょっと店番代ってくれない 預けて逆さまになった視界で凛の姿を捉えた蓮は、驚きながら慌てて が経営する花屋の青いエプロンを身に着けている。背もたれに背を スラリとした長身の姉、凛が蓮の部屋にやってきた。蓮たちの両親 ? 部 屋 に 入 る と き は ノ ッ ク を し て っ て 言 っ て い る で し ょ 姿勢を正して座りなおした。 ﹁姉 さ ん ﹂ ? 蓮が文句を言うと、凛は小さく笑った。 ﹁別にいいでしょ、姉弟なんだから﹂ ﹂ ﹁姉弟でも、その辺のルールは守るでしょ どうするのさ うーん、そのときは││﹂ 僕が着替え中だったら ! ﹂ !? なって﹂ ? レクションも﹂ ! 最後の言葉は、蓮にはよく聞こえなかった。 と、とにかく没収だよ、没収 ? ﹁あぁっ⋮⋮ ﹂と残念そうな声を出して名残惜しそうにカメラへ手 カ メ ラ に 蓮 を 収 め よ う と す る 凛 か ら カ メ ラ を 引 っ 手 繰 る。凛 は ﹁ぁ、アー写⋮⋮ ﹂ ﹁うん、少しだけ、少しだけでいいから。アー写も兼ねて⋮⋮あと、コ ﹁それで、僕のことを撮ろうと ﹂ ﹁いや、友達に蓮のことを話したら、蓮の写真を見せてっていう話に ﹁なんでカメラを常備してんの ﹁このカメラで蓮の裸体を撮りまくる、かな﹂ た。 凛はなぜか首から下げていたカメラを手に取り、良い笑顔を浮かべ ﹁え ? ﹁ぇっ⋮⋮ あっ、そのボールペンは⋮⋮﹂ 蓮はボールペンへと手を伸ばした。 ﹁姉さん、ボールペン落ちたけど﹂ 床に落ちた。ボールペンにしては妙に硬く重い音だった。 を伸ばした。その際、凛のエプロンに取り付けたあったボールペンが !? ﹄ ﹃姉さん⋮⋮大⋮⋮好き⋮⋮。世界⋮⋮で⋮⋮一番⋮⋮愛⋮⋮してる うな箇所に触れたことで、状況が一変した。 うとする。しかし、そのときにボールペンについていたスイッチのよ 凛の奇行は今に始まったことではないため、特に気にせず凛に手渡そ 凛はしまったという表情をする。蓮はそれを見て眉をひそめたが、 ! た。 2 ? 明らかに音声加工をされた蓮の声が、ボールペンから聞こえてき ! その音声が聞こえ続けている間、凛と蓮の体は石のように固まって いた。凛は冷や汗を流して表情を青ざめさせ、蓮は表情を驚きの感情 一色に染めている。 やがて、音声は止まり、場の時間が流れ出す。 ﹁⋮⋮ね﹂ ﹂ 蓮が俯きながら体を震わせる。 ﹁⋮⋮ね ﹂ !! 待 っ て び出した。 ﹁蓮 ! やっぱり、僕は姉さんのことが嫌いだ 先ほどの自分の考えを改 凛の言葉は蓮には届かず、蓮はそのまま店の外へと走り続けた。 ふふっ⋮⋮﹂ ⋮⋮ ぁ、今 の う ち に 監 視 カ メ ラ 回 収 し て お こ う。 蓮は凛を押し退け、カメラとボールペンを手に自室から廊下へと飛 ﹁姉さんの、馬鹿ぁぁァアアア それを見た凛は、恐る恐るといった様子で蓮の顔を覗き込む。 ? める蓮だった。 3 !? ! 蓮と凛と、島村卯月 しばらく走り続けた蓮の視界に、見慣れた公園が映った。飼い犬で あるハナコをよく散歩に連れてくる公園だった。蓮は走る速度を緩 めて歩き始める。少しここで休憩しよう、と蓮は公園に入ってベンチ に座り込んだ。 ﹂ 体力ないな、僕。蓮は晴れ渡る青空を仰ぎながら深く感じ入ってい た。 ﹁ぁ、凛ちゃん 突如聞こえてきた少女の声に、蓮は視線を前に戻した。 そこには一人の少女が立っていた。ウェーブの掛かった長い髪と 優しげな顔。可愛らしい服装と笑顔の似合う、蓮の姉と違って常識的 そうな少女。少なくとも、弟の裸体を撮影しようとしたり声を録音し たりはしないだろう。 ﹁ぁ⋮⋮﹂ 姉に毒されていた目を浄化する清涼剤。しばし少女の姿に目を奪 われていた蓮。 髪どうしたんですか ﹂ すると、蓮を見ていた少女がびっくりした様子で目をまん丸にし 凛ちゃん ﹂ ? た。 ﹁あれ ﹁え、髪 ? 髪を触ってみるが、特になにかがついているわけではなかった。いつ もどおりの短い髪だ。 じゃあ、なにがおかしいのだろう、と考えていた蓮は先ほどの少女 の発言を思い出した。 この人、凛って言った る ﹂ 少女はすっとんきょうな声を出して、小首を傾げた。多分、まだわ ﹁へっ ﹂ ﹁あの、もしかしてなんだけど、僕のことを姉さ││渋谷凛と間違えて ? 4 ! 少女に言われ、蓮は頭を触る。なにか付いているのだろうか。蓮は ? ? ? ? かっていないだろう。 ﹁僕さ、渋谷凛じゃないんだ。渋谷凛は僕の姉さん﹂ ﹂ 蓮はゆっくりと相手に伝わるよう言った。 ﹁え だが、相手の反応は鈍い。 駄目か、やっぱり似すぎているのは問題だなぁ。蓮が再び少女に説 ﹂ 明しようとした。 ﹁れーん の姿を捉えたようだ。 ﹁やっぱりここにいた。って、卯月 なんで蓮と一緒に ﹂ ? ﹂ ? 卯月﹂ ? すると、 ﹁えぇーっ ﹂ 蓮が凛の方に手の平を向けて言う。 ﹁僕の名前は渋谷蓮。さっきも言ったけど、こちらは僕の姉さん﹂ ﹁じゃ、じゃあこちらは││﹂ 凜が答えると、卯月の視線が再び蓮に戻る。 ﹁うん、どうしたの 卯月が、凛を見て言う。 ﹁え、あの⋮⋮凛ちゃん に卯月と呼ばれた少女が凛と蓮へ視線を行き来させていた。 蓮がやってきた変態に対してどう話そうかと思い悩んでいると、凛 一面を垣間見た瞬間だった。 走ってきたのだろうが、凛の呼吸に乱れは少ない。蓮の知らない凛の さん、こんなに体力あったんだ。おそらく家から公園まで真っ直ぐ 凜はあまり息を切らしておらず、軽く息を吐いて呼吸を整えた。姉 ? 蓮は自然とそちらに目が移り、少女もこちらへと駆け寄ってくる凛 ﹁あ⋮⋮﹂ そのとき、公園の入り口から凛の声が聞こえてきた。 ! ! ! の表情が好奇のものへと変わる。 ﹁すっ、凄い 私、全然気がつきませんでした てっきり、凛ちゃ 卯月は先ほどよりも大げさに驚いてみせた。だが、すぐにその驚愕 !? 5 ? 凛ちゃんと蓮ちゃんって ﹂ んが髪の毛をばっさり切ってショートヘアにしたのだとばかり。そ の、すごく似てますね ! 捨てならない言葉が含まれていた。 ﹁あの、言っておくけど、僕は男だからね ﹂ ? めた。 そして、 ﹁ええぇぇえ ﹂ 蓮が言うと、卯月は蓮を頭頂部からつま先にかけて視線で確認し始 が適切だろう。 自然と名前を呼ばれてしまったが、初対面の間柄では苗字で呼ぶの 渋谷でいいから﹂ ﹁僕は男。だから、蓮ちゃんじゃなくて、蓮君。⋮⋮いやっ、ていうか た。さっきも同じような表情を見た気がするんだけど。 卯月が、蓮が何を言っているのかわからないといった風に首を傾げ ﹁へっ 姉さんの弟﹂ れ続けてきた言葉を軽く受け流す。しかし、卯月の発言の中には聞き 興奮した様子の卯月。蓮は小さい頃からずっと周囲の人間に言わ ! ﹁男の子 私、女の子だとばかり││はっ ! 男の子に対して女の子って、失礼ですよね⋮⋮﹂ ! あぁ、話題変えないと。話題⋮⋮。 なった。 それでもなお謝ってくる卯月。それを見て、少し空気が気まずく ﹁す、すみません﹂ 本当はちょっと心が痛い。 ﹁よく言われるから大丈夫、気にしなくていいよ﹂ ﹁す、すみません ﹂ こだからいちいち気にしないけど。⋮⋮気にしないけど。 が、男としては一番複雑だった。まぁ、女に間違えられるのは慣れっ 今日一番の驚きの声が、卯月から飛び出した。ここで驚かれるの !? 言ってから、卯月は口を噤んだ。 ! 6 ? ﹁えぇっと⋮⋮それで、姉さんと卯月さんは、学校の同級生かなにか ﹂ ? ﹂ ﹁えっ、あっ、いえっ。私と凛ちゃんは、同じプロダクションに所属す るアイドルなんです 適当に振った話題に卯月が食いつき、どうにか話が別の方向に広 ﹂ がった。だが、卯月の発言には気になる点があった。 ﹂ ﹁アイ、ドル ﹁はいっ ? ﹂ ﹂ ? 卯月が困惑した表情をして、凛の方を見つめる。 ﹂ こ 蓮は一抹どころではない不安を抱え、アイドルの定義に と卯月さんがアイドルということになる。姉さんが、アイドル アイドルの定義はなんにせよ、卯月さんの発言を信じると、姉さん うらしい。 蓮はそう思っていたが、まともそうな卯月を見ているとどうやら違 学んだから、間違いないはずだ。 それが、姉さんと僕の中にあるアイドルの一般的な姿だ。テレビで 見せて、視聴者を笑顔にする。 一から作る。汗を流し、必死になにかに取り組む懸命な姿を視聴者に 作業や物を作ったり直したりする仕事だ。物を作る際もできるだけ よかった、姉さんも僕と同じ考えようだ。そう、アイドルとは土木 た。 卯月の不安げな眼差しを受けて、凛が珍しく動揺した様子で答え ﹁え、し、しないの ﹂ 私、自分 ? ではアイドルに詳しい方だとばかり思っていたんですけど⋮⋮ ﹁え、アイドルって、そ、そんなことをするんですか⋮⋮ 蓮が一般的なアイドル像を伝えると、卯月が固まった。 ﹁⋮⋮えっ ﹁アイドルって、無人島を開拓したり農業したりする 笑顔で答える卯月。やっぱり、笑顔がよく似合う子だな。 ! ついて真剣に話し合う二人を見つめた。 の変態が ? 7 ! ? ? ? ? 蓮と変態と、常識人 常識人な卯月と変態な凛。いや、蓮が関わらなければ凛はクールな ﹃いやー、家ま 人間であるため、キュートな卯月とクールな凜だろうか。そう考えれ ば、二人はお似合いかもしれないと蓮は思った。 ﹁││でも、アイドルの輿水幸子が言っていたけど ﹁確かにそうですけど、でも輿水幸子ちゃんが一般的なアイドルかと ばれていたはずだ。 ﹃親が子どもに見せたいバラエティアイドル﹄ランキングの一位に選 理。挙 げ れ ば 切 り が な い ほ ど の チ ャ レ ン ジ を し て い る。確 か 去 年、 イドルだ。無人島開拓やスカイダイビング、ロッククライミング、料 輿水幸子とは、バラエティのカリスマとも呼ばれるほどのトップア る。 凜が、アイドルの輿水幸子を引き合いに出してアイドルを語ってい ねぇ﹄って﹂ で 建 て ら れ る カ ワ イ イ ボ ク は、や っ ぱ り 世 界 一 の ア イ ド ル で す ? 卯月の困惑した表情と発言を聞いて、蓮は驚愕 どうやら、僕たちはアイドルを誤解していたらしい。ここは、卯月 さんの話を聞いて、一般的なアイドル像というものを確立しておかな いと、姉さんはともかく僕まで非常識的な人間になって││って、そ うじゃない 蓮はいつの間にか話が脱線していることに気がついた。 コホン、と一つ空咳を打ってから話を切り出す。 ﹂ ﹁とりあえず、その話はそこまでにして。⋮⋮姉さんと卯月さんは、同 じプロダクションのアイドルってことでいいんだよね ﹃ニュージェネレーションズ﹄っていうユニットで、私たちの他に本田 ﹁あ、は い。私 と 凛 ち ゃ ん は、同 じ ユ ニ ッ ト の メ ン バ ー な ん で す よ。 ? 8 ? 言われたら、なにか違うような⋮⋮﹂ ﹂ なん、だと⋮⋮ した。 ﹁え、嘘⋮⋮ ? 凜も蓮と同じ顔をしている。 ? ! 未央ちゃんっていう子がいるんです。未央ちゃんはとても元気で明 るい子ですよ﹂ 可愛らしい卯月とクールな凛、そして元気な未央。その3人組によ るユニット﹃ニュージェネレーションズ﹄。なかなかバランスが良さ そうだ。一人が暴走しても、他の二人でフォローし合えるだろう。 いつの間にか、アイドルという道を歩んでいた凛。そんな姉に対し て、蓮は雛鳥の巣立ちを見守る親鳥のような眼差しを向けた。 やったね、姉さん。ただの変態じゃなくて、変態アイドルになれて。 ﹁蓮。そんなに見られると、興奮するんだけど⋮⋮﹂ ﹁このゴミ姉が﹂ このゴミがっ⋮⋮ もじもじと恥ずかしそうに身をくねらせる 凛を見て、蓮は考えを改めた。 やっぱり、姉さんはただの変態だ。 れ、蓮⋮⋮もう一回、今のもう一回⋮⋮ ﹂ ﹁それでよくアイドルなんてなろうと思ったね、この変態。世間に迷 惑でしょ﹂ ﹁ぅっ⋮⋮ ! を震わせ、地面に片膝を突いている。とてもアイドルがしてはいけな いような表情だ。なに、こいつ。本当に同じ人間 ﹁り、凛ちゃん⋮⋮﹂ 蓮は慌てて卯月に言い訳をしようとするが、言葉がまとまらない。 ﹁ぅ、卯月さん。これは、えっと、その⋮⋮﹂ しまった し、しまった。姉さんのアイドル仲間に、姉さんの変態性を見せて そんな凛を、卯月が見ていた。一緒に話していたのだから、当然だ。 ? ﹂ そうしているうちに、卯月が口を開いて話を進めてしまう。 もっ、てなに ﹁凛ちゃんも、変態だったんですねっ ⋮⋮凛ちゃん、も ﹂ 卯月からの想定外の返答は、 ﹁もしかして、卯月さんも、変態なんですか 蓮を混乱させた。 !? ! 蓮が恐る恐る妙なことを尋ねてみた。あなたは変態ですか、などと ? ? 9 ! 蓮の罵倒を喜ぶ凛に対して、蓮はゴミを見る目で見つめた。凛は体 ! ! いうことを姉以外に聞くことになるとは蓮は思わなかった。しかし、 卯月は首を左右に振った。よかった、卯月さんはやっぱり正常みたい だ。 ﹂ ﹁私は違うんですけど、プロダクションの中にはいっぱいいますよ、変 人さんや変態さんが ⋮⋮そのプロダクションどうなってるの 蓮は卯月の発言に耳を疑った。そして、至って普通のことのように 言った卯月のことを、常識的な人間とは思えなくなった。きっと、頭 のネジが最低でも一本は抜けているに違いない。なにせ、姉︵変態︶と 同じアイドルユニットにいるのだから。 10 !? ! 蓮と変態 蓮は、姉の将来に不安を抱いた。単独で変態である人間が、変態だ らけのプロダクションに身を置いていていいのだろうか。変態性が より強化されはしないだろうか。はたまた、木を隠すならば森といっ た具合に変態性が目立たなくなるのだろうか。 蓮には判断しかねた。 ﹁あっ、もうこんな時間﹂ 蓮が返答に困っていると、卯月が腕時計を見て言った。 ﹁用事あったんだ、ごめん引き止めちゃって﹂ 凜が言うと、卯月は笑顔のまま首を横に振る。 ﹂ ﹁いえ、凛ちゃんと蓮くんとお話しできて楽しかったです。それじゃ あ、そろそろ行きますね 卯月が丁寧に頭を下げてくる。 ﹁うん、またね﹂ 凛が軽く手を振り、卯月を見送った。 そんな中、蓮は気が気でないまま卯月の後姿を眺めることしかでき なかった。 ときたま振り向いて手を振ってくる卯月を、少し苦笑しながら見送 り続ける凛。姉のその横顔を見る限りでは、至ってまともな姉だっ た。 だが、 ﹁さぁ、蓮⋮⋮カメラとボールペンをこっちに⋮⋮﹂ 少し油断するとすぐ変態の一面が顔を覗かせる。なぜかはぁはぁ と息を荒らげ、蓮が凛から奪取していたカメラとボールペン型ボイス レコーダーへと手を伸ばしてくる。 ﹁いやいや、返すわけないでしょ﹂ 蓮は二、三歩後ずさり、凛から距離を取った。どうして返してもら えると思ったのだろうか。このカメラには僕の姿が、ボールペン︵ボ イスレコーダー︶には僕の声が収まっているのだ。しかるべき処置を とる必要がある。 11 ? ﹁これは、このまま僕が預かるから﹂ ﹂ ﹂ ﹁そ、そんな⋮⋮。それじゃあ、未央と美嘉が⋮⋮約束が⋮⋮﹂ 約束って、なに 大層ガッカリした様子で、凛が項垂れる。 ﹂ ﹁⋮⋮今、未央って言った ﹁えっ、はっ⋮⋮ ? ﹁未央って、さっきの本田未央さんって人のことだよね 凜は慌てて口を噤むが、今さら遅い。 ? た。 ﹁さ、さぁ ﹂ ? から﹂ この姉は、浅はかというかチョロすぎる。 ﹁未央さんって人の他に、美嘉って人も姉さんの仲間なの ﹁う、うん﹂ ﹂ 素直に頷く凛。ようやく話を聞き出せそうだ。 ﹁で、さっきの約束ってなに ﹂ 凜は言い淀み、蓮をチラリと見た。 ﹁その に襲われた。 ﹂ るという恐怖。5月の晴天の下に立っていたはずの蓮は、異常な寒気 は、当然蓮が写った写真だ。それを、見知らぬところで他人に見られ 同盟、会合。不穏な言葉に、蓮の額に汗が垂れた。凛の言う写真と たんだけど⋮⋮﹂ ﹁その同盟の会合で、みんなそれぞれ写真を見せ合おうって話になっ ? ﹁それだけは、勘弁してほしい⋮⋮。それ、美嘉から借りているものだ 蓮へと視線を向けた。 蓮がカメラとボールペンを凛に掲げて見せると、凛は焦った様子で ﹁そう、じゃあこのカメラとボールペンは処分しておくから﹂ 凛の表情には、隠しきれない動揺がにじみ出ていた。 気のせいじゃない 蓮が問い詰めると、凛がわざとらしく口笛を吹いてそっぽを向い ? !? ﹁美嘉と未央とは、ある同盟を組んでいて、その⋮⋮﹂ ? 12 ? 蓮が促すと、凛は申し訳なさそうに言った。 ? ﹁その同盟って、名前ついているの うか。 ﹂ ﹂ 身内の役目。いっそ身内であることを放棄できれば、どれだけ楽だろ い。だが、考えなくてはならない。姉の変態性をどうにかするのは、 凛の変態性をどうにかする方法を考えてみるが、名案は浮かばな 駄目だ、あいつ。早くなんとかしないと⋮⋮。 当然、もはや姉と呼びたくないほどの変態な凛についてだ。 込んでいた。硬く目をつむりながら思考を巡らせる。考えることは ば自室に鍵をかけて閉じこもり、暗い部屋の中でベッドの布団に潜り それを最後に聞いた蓮は、その後のことを覚えていない。気がつけ の名前を口にした。 いしたようだ。凛が追い打ちとばかりに、同盟の目的と共に再び同盟 蓮の疑問の声を聞いて、よく聞こえなかったために漏れた声と勘違 ﹁小中学生のショタとロリを愛でる、ショタ★ロリ同盟﹂ 凜の発言に、蓮の思考と身動きが完全に停止した。 ﹁⋮⋮は ﹁ショタ★ロリ同盟﹂ の口で紡がれた名前はとんでもないものだった。 できれば、 ﹁特にないけど﹂の一言で済ませてほしかった。だが、凛 そして、蓮は息を呑みながらあることを聞いた。 ? 蓮はうなされたように唸りながら暗い自室で深く考え続けた。 13 ?
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