しぶれんの日常 ID:93863

しぶれんの日常
柏 葵
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
渋谷凛の弟、渋谷蓮の日常。
蓮と凛と、島村卯月 │││││││││││││││││││
渋谷蓮と渋谷凛 │││││││││││││││││││││
1
目 次 ││││││││││││││││││
4
蓮と変態 ││││││││││││││││││││││││
蓮と変態と、常識人
8
11
?
渋谷蓮と渋谷凛
中学生の渋谷蓮にとって、高校生の姉である渋谷凛は近寄りがたい
存在だった。高校一年生の凛とは一歳差で小さい頃はよく一緒に遊
んでいたが、今は蓮から話しかけることは少なくなった。その原因
は、二つあった。
一つめは、男であるはずの蓮の容姿が凛と瓜二つな点だ。
癖のないストレートの黒髪を背中まで真っ直ぐ伸ばした凛。顔立
ちは母親譲りの綺麗系で、名前のとおり凛としている。家族の贔屓目
を抜いても十分すぎるほどの美少女の姉と、ショートカットの髪型と
やや小さい背丈を除いて蓮はほとんど同じ容姿をしていた。男だが
女のような顔をしているせいで、小学生から中学一年生のときまでは
よく虐めに遭った。
そして、二つめの理由は、凛の言動だ。普段は冷たいと感じさせる
!
1
ほどにクールな性格の凛だが、蓮が関わることになると妙な言動を繰
り返すのだった。世間一般的な視点から見ると、間違いなく変態に該
当するだろう。
﹁嫌いなわけじゃないんだけどなぁ⋮⋮﹂
休日の昼過ぎ。開いた窓から5月の程よく暖かな空気が入り込む。
自室にある勉強机の席に座っていた蓮は、短い髪を風に靡かせながら
ため息をついた。椅子の背もたれに背を預け、天井をじっと見つめ
る。
﹂
照明が消えそうだ。あとで電灯を取り換えよう、と蓮が思ったとき
だった。
﹁れーんー、ちょっと店番代ってくれない
預けて逆さまになった視界で凛の姿を捉えた蓮は、驚きながら慌てて
が経営する花屋の青いエプロンを身に着けている。背もたれに背を
スラリとした長身の姉、凛が蓮の部屋にやってきた。蓮たちの両親
?
部 屋 に 入 る と き は ノ ッ ク を し て っ て 言 っ て い る で し ょ
姿勢を正して座りなおした。
﹁姉 さ ん
﹂
?
蓮が文句を言うと、凛は小さく笑った。
﹁別にいいでしょ、姉弟なんだから﹂
﹂
﹁姉弟でも、その辺のルールは守るでしょ
どうするのさ
うーん、そのときは││﹂
僕が着替え中だったら
!
﹂
!?
なって﹂
?
レクションも﹂
!
最後の言葉は、蓮にはよく聞こえなかった。
と、とにかく没収だよ、没収
?
﹁あぁっ⋮⋮ ﹂と残念そうな声を出して名残惜しそうにカメラへ手
カ メ ラ に 蓮 を 収 め よ う と す る 凛 か ら カ メ ラ を 引 っ 手 繰 る。凛 は
﹁ぁ、アー写⋮⋮
﹂
﹁うん、少しだけ、少しだけでいいから。アー写も兼ねて⋮⋮あと、コ
﹁それで、僕のことを撮ろうと
﹂
﹁いや、友達に蓮のことを話したら、蓮の写真を見せてっていう話に
﹁なんでカメラを常備してんの
﹁このカメラで蓮の裸体を撮りまくる、かな﹂
た。
凛はなぜか首から下げていたカメラを手に取り、良い笑顔を浮かべ
﹁え
?
﹁ぇっ⋮⋮
あっ、そのボールペンは⋮⋮﹂
蓮はボールペンへと手を伸ばした。
﹁姉さん、ボールペン落ちたけど﹂
床に落ちた。ボールペンにしては妙に硬く重い音だった。
を伸ばした。その際、凛のエプロンに取り付けたあったボールペンが
!?
﹄
﹃姉さん⋮⋮大⋮⋮好き⋮⋮。世界⋮⋮で⋮⋮一番⋮⋮愛⋮⋮してる
うな箇所に触れたことで、状況が一変した。
うとする。しかし、そのときにボールペンについていたスイッチのよ
凛の奇行は今に始まったことではないため、特に気にせず凛に手渡そ
凛はしまったという表情をする。蓮はそれを見て眉をひそめたが、
!
た。
2
?
明らかに音声加工をされた蓮の声が、ボールペンから聞こえてき
!
その音声が聞こえ続けている間、凛と蓮の体は石のように固まって
いた。凛は冷や汗を流して表情を青ざめさせ、蓮は表情を驚きの感情
一色に染めている。
やがて、音声は止まり、場の時間が流れ出す。
﹁⋮⋮ね﹂
﹂
蓮が俯きながら体を震わせる。
﹁⋮⋮ね
﹂
!!
待 っ て
び出した。
﹁蓮
!
やっぱり、僕は姉さんのことが嫌いだ
先ほどの自分の考えを改
凛の言葉は蓮には届かず、蓮はそのまま店の外へと走り続けた。
ふふっ⋮⋮﹂
⋮⋮ ぁ、今 の う ち に 監 視 カ メ ラ 回 収 し て お こ う。
蓮は凛を押し退け、カメラとボールペンを手に自室から廊下へと飛
﹁姉さんの、馬鹿ぁぁァアアア
それを見た凛は、恐る恐るといった様子で蓮の顔を覗き込む。
?
める蓮だった。
3
!?
!
蓮と凛と、島村卯月
しばらく走り続けた蓮の視界に、見慣れた公園が映った。飼い犬で
あるハナコをよく散歩に連れてくる公園だった。蓮は走る速度を緩
めて歩き始める。少しここで休憩しよう、と蓮は公園に入ってベンチ
に座り込んだ。
﹂
体力ないな、僕。蓮は晴れ渡る青空を仰ぎながら深く感じ入ってい
た。
﹁ぁ、凛ちゃん
突如聞こえてきた少女の声に、蓮は視線を前に戻した。
そこには一人の少女が立っていた。ウェーブの掛かった長い髪と
優しげな顔。可愛らしい服装と笑顔の似合う、蓮の姉と違って常識的
そうな少女。少なくとも、弟の裸体を撮影しようとしたり声を録音し
たりはしないだろう。
﹁ぁ⋮⋮﹂
姉に毒されていた目を浄化する清涼剤。しばし少女の姿に目を奪
われていた蓮。
髪どうしたんですか
﹂
すると、蓮を見ていた少女がびっくりした様子で目をまん丸にし
凛ちゃん
﹂
?
た。
﹁あれ
﹁え、髪
?
髪を触ってみるが、特になにかがついているわけではなかった。いつ
もどおりの短い髪だ。
じゃあ、なにがおかしいのだろう、と考えていた蓮は先ほどの少女
の発言を思い出した。
この人、凛って言った
る
﹂
少女はすっとんきょうな声を出して、小首を傾げた。多分、まだわ
﹁へっ
﹂
﹁あの、もしかしてなんだけど、僕のことを姉さ││渋谷凛と間違えて
?
4
!
少女に言われ、蓮は頭を触る。なにか付いているのだろうか。蓮は
?
?
?
?
かっていないだろう。
﹁僕さ、渋谷凛じゃないんだ。渋谷凛は僕の姉さん﹂
﹂
蓮はゆっくりと相手に伝わるよう言った。
﹁え
だが、相手の反応は鈍い。
駄目か、やっぱり似すぎているのは問題だなぁ。蓮が再び少女に説
﹂
明しようとした。
﹁れーん
の姿を捉えたようだ。
﹁やっぱりここにいた。って、卯月
なんで蓮と一緒に
﹂
?
﹂
?
卯月﹂
?
すると、
﹁えぇーっ
﹂
蓮が凛の方に手の平を向けて言う。
﹁僕の名前は渋谷蓮。さっきも言ったけど、こちらは僕の姉さん﹂
﹁じゃ、じゃあこちらは││﹂
凜が答えると、卯月の視線が再び蓮に戻る。
﹁うん、どうしたの
卯月が、凛を見て言う。
﹁え、あの⋮⋮凛ちゃん
に卯月と呼ばれた少女が凛と蓮へ視線を行き来させていた。
蓮がやってきた変態に対してどう話そうかと思い悩んでいると、凛
一面を垣間見た瞬間だった。
走ってきたのだろうが、凛の呼吸に乱れは少ない。蓮の知らない凛の
さん、こんなに体力あったんだ。おそらく家から公園まで真っ直ぐ
凜はあまり息を切らしておらず、軽く息を吐いて呼吸を整えた。姉
?
蓮は自然とそちらに目が移り、少女もこちらへと駆け寄ってくる凛
﹁あ⋮⋮﹂
そのとき、公園の入り口から凛の声が聞こえてきた。
!
!
!
の表情が好奇のものへと変わる。
﹁すっ、凄い 私、全然気がつきませんでした
てっきり、凛ちゃ
卯月は先ほどよりも大げさに驚いてみせた。だが、すぐにその驚愕
!?
5
?
凛ちゃんと蓮ちゃんって
﹂
んが髪の毛をばっさり切ってショートヘアにしたのだとばかり。そ
の、すごく似てますね
!
捨てならない言葉が含まれていた。
﹁あの、言っておくけど、僕は男だからね
﹂
?
めた。
そして、
﹁ええぇぇえ
﹂
蓮が言うと、卯月は蓮を頭頂部からつま先にかけて視線で確認し始
が適切だろう。
自然と名前を呼ばれてしまったが、初対面の間柄では苗字で呼ぶの
渋谷でいいから﹂
﹁僕は男。だから、蓮ちゃんじゃなくて、蓮君。⋮⋮いやっ、ていうか
た。さっきも同じような表情を見た気がするんだけど。
卯月が、蓮が何を言っているのかわからないといった風に首を傾げ
﹁へっ
姉さんの弟﹂
れ続けてきた言葉を軽く受け流す。しかし、卯月の発言の中には聞き
興奮した様子の卯月。蓮は小さい頃からずっと周囲の人間に言わ
!
﹁男の子
私、女の子だとばかり││はっ
!
男の子に対して女の子って、失礼ですよね⋮⋮﹂
!
あぁ、話題変えないと。話題⋮⋮。
なった。
それでもなお謝ってくる卯月。それを見て、少し空気が気まずく
﹁す、すみません﹂
本当はちょっと心が痛い。
﹁よく言われるから大丈夫、気にしなくていいよ﹂
﹁す、すみません
﹂
こだからいちいち気にしないけど。⋮⋮気にしないけど。
が、男としては一番複雑だった。まぁ、女に間違えられるのは慣れっ
今日一番の驚きの声が、卯月から飛び出した。ここで驚かれるの
!?
言ってから、卯月は口を噤んだ。
!
6
?
﹁えぇっと⋮⋮それで、姉さんと卯月さんは、学校の同級生かなにか
﹂
?
﹂
﹁えっ、あっ、いえっ。私と凛ちゃんは、同じプロダクションに所属す
るアイドルなんです
適当に振った話題に卯月が食いつき、どうにか話が別の方向に広
﹂
がった。だが、卯月の発言には気になる点があった。
﹂
﹁アイ、ドル
﹁はいっ
?
﹂
﹂
?
卯月が困惑した表情をして、凛の方を見つめる。
﹂
こ
蓮は一抹どころではない不安を抱え、アイドルの定義に
と卯月さんがアイドルということになる。姉さんが、アイドル
アイドルの定義はなんにせよ、卯月さんの発言を信じると、姉さん
うらしい。
蓮はそう思っていたが、まともそうな卯月を見ているとどうやら違
学んだから、間違いないはずだ。
それが、姉さんと僕の中にあるアイドルの一般的な姿だ。テレビで
見せて、視聴者を笑顔にする。
一から作る。汗を流し、必死になにかに取り組む懸命な姿を視聴者に
作業や物を作ったり直したりする仕事だ。物を作る際もできるだけ
よかった、姉さんも僕と同じ考えようだ。そう、アイドルとは土木
た。
卯月の不安げな眼差しを受けて、凛が珍しく動揺した様子で答え
﹁え、し、しないの
﹂
私、自分
?
ではアイドルに詳しい方だとばかり思っていたんですけど⋮⋮
﹁え、アイドルって、そ、そんなことをするんですか⋮⋮
蓮が一般的なアイドル像を伝えると、卯月が固まった。
﹁⋮⋮えっ
﹁アイドルって、無人島を開拓したり農業したりする
笑顔で答える卯月。やっぱり、笑顔がよく似合う子だな。
!
ついて真剣に話し合う二人を見つめた。
の変態が
?
7
!
?
?
?
?
蓮と変態と、常識人
常識人な卯月と変態な凛。いや、蓮が関わらなければ凛はクールな
﹃いやー、家ま
人間であるため、キュートな卯月とクールな凜だろうか。そう考えれ
ば、二人はお似合いかもしれないと蓮は思った。
﹁││でも、アイドルの輿水幸子が言っていたけど
﹁確かにそうですけど、でも輿水幸子ちゃんが一般的なアイドルかと
ばれていたはずだ。
﹃親が子どもに見せたいバラエティアイドル﹄ランキングの一位に選
理。挙 げ れ ば 切 り が な い ほ ど の チ ャ レ ン ジ を し て い る。確 か 去 年、
イドルだ。無人島開拓やスカイダイビング、ロッククライミング、料
輿水幸子とは、バラエティのカリスマとも呼ばれるほどのトップア
る。
凜が、アイドルの輿水幸子を引き合いに出してアイドルを語ってい
ねぇ﹄って﹂
で 建 て ら れ る カ ワ イ イ ボ ク は、や っ ぱ り 世 界 一 の ア イ ド ル で す
?
卯月の困惑した表情と発言を聞いて、蓮は驚愕
どうやら、僕たちはアイドルを誤解していたらしい。ここは、卯月
さんの話を聞いて、一般的なアイドル像というものを確立しておかな
いと、姉さんはともかく僕まで非常識的な人間になって││って、そ
うじゃない
蓮はいつの間にか話が脱線していることに気がついた。
コホン、と一つ空咳を打ってから話を切り出す。
﹂
﹁とりあえず、その話はそこまでにして。⋮⋮姉さんと卯月さんは、同
じプロダクションのアイドルってことでいいんだよね
﹃ニュージェネレーションズ﹄っていうユニットで、私たちの他に本田
﹁あ、は い。私 と 凛 ち ゃ ん は、同 じ ユ ニ ッ ト の メ ン バ ー な ん で す よ。
?
8
?
言われたら、なにか違うような⋮⋮﹂
﹂
なん、だと⋮⋮
した。
﹁え、嘘⋮⋮
?
凜も蓮と同じ顔をしている。
?
!
未央ちゃんっていう子がいるんです。未央ちゃんはとても元気で明
るい子ですよ﹂
可愛らしい卯月とクールな凛、そして元気な未央。その3人組によ
るユニット﹃ニュージェネレーションズ﹄。なかなかバランスが良さ
そうだ。一人が暴走しても、他の二人でフォローし合えるだろう。
いつの間にか、アイドルという道を歩んでいた凛。そんな姉に対し
て、蓮は雛鳥の巣立ちを見守る親鳥のような眼差しを向けた。
やったね、姉さん。ただの変態じゃなくて、変態アイドルになれて。
﹁蓮。そんなに見られると、興奮するんだけど⋮⋮﹂
﹁このゴミ姉が﹂
このゴミがっ⋮⋮ もじもじと恥ずかしそうに身をくねらせる
凛を見て、蓮は考えを改めた。
やっぱり、姉さんはただの変態だ。
れ、蓮⋮⋮もう一回、今のもう一回⋮⋮
﹂
﹁それでよくアイドルなんてなろうと思ったね、この変態。世間に迷
惑でしょ﹂
﹁ぅっ⋮⋮
!
を震わせ、地面に片膝を突いている。とてもアイドルがしてはいけな
いような表情だ。なに、こいつ。本当に同じ人間
﹁り、凛ちゃん⋮⋮﹂
蓮は慌てて卯月に言い訳をしようとするが、言葉がまとまらない。
﹁ぅ、卯月さん。これは、えっと、その⋮⋮﹂
しまった
し、しまった。姉さんのアイドル仲間に、姉さんの変態性を見せて
そんな凛を、卯月が見ていた。一緒に話していたのだから、当然だ。
?
﹂
そうしているうちに、卯月が口を開いて話を進めてしまう。
もっ、てなに
﹁凛ちゃんも、変態だったんですねっ
⋮⋮凛ちゃん、も
﹂
卯月からの想定外の返答は、
﹁もしかして、卯月さんも、変態なんですか
蓮を混乱させた。
!? !
蓮が恐る恐る妙なことを尋ねてみた。あなたは変態ですか、などと
?
?
9
!
蓮の罵倒を喜ぶ凛に対して、蓮はゴミを見る目で見つめた。凛は体
!
!
いうことを姉以外に聞くことになるとは蓮は思わなかった。しかし、
卯月は首を左右に振った。よかった、卯月さんはやっぱり正常みたい
だ。
﹂
﹁私は違うんですけど、プロダクションの中にはいっぱいいますよ、変
人さんや変態さんが
⋮⋮そのプロダクションどうなってるの
蓮は卯月の発言に耳を疑った。そして、至って普通のことのように
言った卯月のことを、常識的な人間とは思えなくなった。きっと、頭
のネジが最低でも一本は抜けているに違いない。なにせ、姉︵変態︶と
同じアイドルユニットにいるのだから。
10
!?
!
蓮と変態
蓮は、姉の将来に不安を抱いた。単独で変態である人間が、変態だ
らけのプロダクションに身を置いていていいのだろうか。変態性が
より強化されはしないだろうか。はたまた、木を隠すならば森といっ
た具合に変態性が目立たなくなるのだろうか。
蓮には判断しかねた。
﹁あっ、もうこんな時間﹂
蓮が返答に困っていると、卯月が腕時計を見て言った。
﹁用事あったんだ、ごめん引き止めちゃって﹂
凜が言うと、卯月は笑顔のまま首を横に振る。
﹂
﹁いえ、凛ちゃんと蓮くんとお話しできて楽しかったです。それじゃ
あ、そろそろ行きますね
卯月が丁寧に頭を下げてくる。
﹁うん、またね﹂
凛が軽く手を振り、卯月を見送った。
そんな中、蓮は気が気でないまま卯月の後姿を眺めることしかでき
なかった。
ときたま振り向いて手を振ってくる卯月を、少し苦笑しながら見送
り続ける凛。姉のその横顔を見る限りでは、至ってまともな姉だっ
た。
だが、
﹁さぁ、蓮⋮⋮カメラとボールペンをこっちに⋮⋮﹂
少し油断するとすぐ変態の一面が顔を覗かせる。なぜかはぁはぁ
と息を荒らげ、蓮が凛から奪取していたカメラとボールペン型ボイス
レコーダーへと手を伸ばしてくる。
﹁いやいや、返すわけないでしょ﹂
蓮は二、三歩後ずさり、凛から距離を取った。どうして返してもら
えると思ったのだろうか。このカメラには僕の姿が、ボールペン︵ボ
イスレコーダー︶には僕の声が収まっているのだ。しかるべき処置を
とる必要がある。
11
?
﹁これは、このまま僕が預かるから﹂
﹂
﹂
﹁そ、そんな⋮⋮。それじゃあ、未央と美嘉が⋮⋮約束が⋮⋮﹂
約束って、なに
大層ガッカリした様子で、凛が項垂れる。
﹂
﹁⋮⋮今、未央って言った
﹁えっ、はっ⋮⋮
?
﹁未央って、さっきの本田未央さんって人のことだよね
凜は慌てて口を噤むが、今さら遅い。
?
た。
﹁さ、さぁ
﹂
?
から﹂
この姉は、浅はかというかチョロすぎる。
﹁未央さんって人の他に、美嘉って人も姉さんの仲間なの
﹁う、うん﹂
﹂
素直に頷く凛。ようやく話を聞き出せそうだ。
﹁で、さっきの約束ってなに
﹂
凜は言い淀み、蓮をチラリと見た。
﹁その
に襲われた。
﹂
るという恐怖。5月の晴天の下に立っていたはずの蓮は、異常な寒気
は、当然蓮が写った写真だ。それを、見知らぬところで他人に見られ
同盟、会合。不穏な言葉に、蓮の額に汗が垂れた。凛の言う写真と
たんだけど⋮⋮﹂
﹁その同盟の会合で、みんなそれぞれ写真を見せ合おうって話になっ
?
﹁それだけは、勘弁してほしい⋮⋮。それ、美嘉から借りているものだ
蓮へと視線を向けた。
蓮がカメラとボールペンを凛に掲げて見せると、凛は焦った様子で
﹁そう、じゃあこのカメラとボールペンは処分しておくから﹂
凛の表情には、隠しきれない動揺がにじみ出ていた。
気のせいじゃない
蓮が問い詰めると、凛がわざとらしく口笛を吹いてそっぽを向い
?
!?
﹁美嘉と未央とは、ある同盟を組んでいて、その⋮⋮﹂
?
12
?
蓮が促すと、凛は申し訳なさそうに言った。
?
﹁その同盟って、名前ついているの
うか。
﹂
﹂
身内の役目。いっそ身内であることを放棄できれば、どれだけ楽だろ
い。だが、考えなくてはならない。姉の変態性をどうにかするのは、
凛の変態性をどうにかする方法を考えてみるが、名案は浮かばな
駄目だ、あいつ。早くなんとかしないと⋮⋮。
当然、もはや姉と呼びたくないほどの変態な凛についてだ。
込んでいた。硬く目をつむりながら思考を巡らせる。考えることは
ば自室に鍵をかけて閉じこもり、暗い部屋の中でベッドの布団に潜り
それを最後に聞いた蓮は、その後のことを覚えていない。気がつけ
の名前を口にした。
いしたようだ。凛が追い打ちとばかりに、同盟の目的と共に再び同盟
蓮の疑問の声を聞いて、よく聞こえなかったために漏れた声と勘違
﹁小中学生のショタとロリを愛でる、ショタ★ロリ同盟﹂
凜の発言に、蓮の思考と身動きが完全に停止した。
﹁⋮⋮は
﹁ショタ★ロリ同盟﹂
の口で紡がれた名前はとんでもないものだった。
できれば、
﹁特にないけど﹂の一言で済ませてほしかった。だが、凛
そして、蓮は息を呑みながらあることを聞いた。
?
蓮はうなされたように唸りながら暗い自室で深く考え続けた。
13
?