詳細 - 日本心理学会

日心第70回大会(2006)
人生の終わりにおける主観的幸福感の研究(1)
-自由記述データの KJ 法による分類-
○嶌田理佳1・長岡敬子2・藤島寛3
1
( 京都府立医科大学医学部看護学科・2立命館大学大学院応用人間科学研究科,
花園大学心理カウンセリングセンター・3甲南女子大学人間科学部)
Key words: 死生観・幸福感・KJ 法
目 的
日本人の死に関する考え方が多様化してきた現在,とりわ
け医療現場では脳死,臓器移植,クローン技術,生殖医療な
ど,生や死をめぐるさまざまな問題について倫理的な議論が
盛んである。かつては患者本人に病状説明を十分することな
く治療や終末医療を決定することが多くみられたが,近年で
は予後不良の疾患でも積極的に告知が行われ,治療方針や療
養の場を患者本人が決定する例も増えてきた。こうしたこと
から,
「このように生きたい」「このように死にたい」という
個人の意思や願望を尊重し,死を意識して生きる人たちが幸
福感を得るためにどのような援助が必要となるのかを明らか
にすることは重要であると考える。
死生観に関連する尺度は,海外において Templer (1970)の
Death Anxiety Scale (DAS)や Gesser (1987)らの Death Attitude
Profile (DAP) などが開発検証されている。国内では DAP を
邦訳した「死に対する態度尺度」(河合他,1996)
,発達段階
(丹下,2002)や終末期医療(平井,2000)の視点から死の概
念を論じたもの,さらに宗教観と死生観との関連を述べた研
究(金児,1994)がある。しかしこれらは臨死期における死
への態度や死の概念を論じたものであり,死を意識した生き
方についての検証は行われていない。そこで本研究では,日
本人の死に向かう生き方観に関する尺度を開発することとし
た。今回は尺度作成の第一段階として,個人の望む人生の終
わり方を構成する要素を明らかにする。
方 法
近畿地方に住む成人男女 125 人(男性 37 人,女性 87 人,
不明1名,平均年齢 37.8±16.0 歳)を対象とした。
『あなたは
どのような人生の終わり方を望みますか』という質問を記載
した質問紙を配布し,自由記述による回答を回収した。回答
を KJ 法により三名の共同研究者間で検討しカテゴリー別に
整理した。
結 果
人生の終わり方に対する希望を述べた総反応数は 536(男
性反応数 156 女性反応数 376 不明 4)であった。その構造を
図1(数字は反応数)に示す。内容を見ると,1)人生の終
わりをこのように生きたいという希望については,自分自身
である「個人的私」と他者との関係性の中で生きる「社会的
私」に分類され,
『生前の私』としてまとめられた。2)死後
の自分がどのように存在し続けたいかという希望については,
自分の子孫や遺産という将来にわたって存在していく「個人
的私」と,死後も他者から惜しまれ,他者との関係を継続し
ていく「社会的私」に分類され,
『死後の私』としてまとめら
れた。
『死後の私』は死んでいるため,現世から見れば空想上
の自分ではあるが,子孫という種の存続,遺産という物質の
継続,他者の記憶に留まることによる存在の持続等,何らか
の形で生きているということから,
『生前の私』と『死後の私』
は【生き方への関心】としてまとめられた。3)どのような
死を迎えたいかという点について,死因や臨死期の状況に対
する希望を述べた「個人的私」と,臨死期に誰かが傍にいる
ことなど他者との関係を感じながら死ぬことを望む「社会的
私」が『死ぬときの状態』と整理された。4)死ぬ瞬間だけ
ではなく,臨死期から死後という時間経過の中で,自分の体
がどのような場にあることを望むかという点について,自然
の中など情景を挙げた「個人的私」と,病院や家という場所
を挙げた「社会的私」が『死後の居場所』にまとめられた。
『死ぬときの状態』と『死後の居場所』は【死に方への関心】
としてまとめられた。
考 察
現在どのように生き,死にたいかというだけではなく,周
囲にも配慮して死を迎えようとしていることがわかった。死
を迎えるまでの生き方と死に方への関心の反応数に大きな差
はなかったが,生き方については個人的な希望が多いのに対
し,死に方の場合は社会的な要素を含んだ希望が増加し,死
は単に個人の問題ではなく,社会との関係性の中にあるとい
うことが確認できた。本研究では青年層の対象者が多かった
ことから,人生の終末に対する現実的な回答が得られたか疑
問である。高齢層を対象に調査を重ね,年齢による主観的幸
福感を明らかにしたい。 今後,今回の結果をもとに日本人を
対象とした人生の終わりにおける主観的幸福感尺度を作成し,
検証を試みる予定である。
(SHIMADA Rika・ NAGAOKA Keiko・ FUJISHIMA Yutaka)
人生の終わり方
536
生き方への関心 282
生前の私
個人的私
目
標
の
達
成
逢
瀬
へ
の
希
求
平
穏
な
生
活
自
己
の
実
現
死後の私
246
社会的私
188
健
康
へ
の
願
望
意
思
の
維
持
嗜
好
へ
の
耽
溺
幸
福
へ
の
希
望
心
の
充
実
感
34 12 44
9
25 14 10 20
20
死に方への関心
58 個人的私
20
他
私
人
の
へ
遺
の
産
貢
献
家
族
と
の
生
活
仲
間
と
の
生
活
他
者
へ
の
配
慮
7
4
41 6
7
死ぬときの状態 220
36
個人的私
社会的私
私
の
継
承
13
16
私
の
痕
跡
の
存
続
16
254
死後の居場所
社会的私
138
82
個人的私
34
社会的私
21
自
然
な
死
賑
や
か
な
死
静
か
な
死
家
族
愛
の
死
利
他
的
な
死
親
和
性
の
あ
る
死
慈
愛
的
な
死
親
密
な
死
自
然
の
中
で
の
死
家
で
の
死
13
病
院
で
の
死
32 56 36
6
8
11
5
34 23
9
21
10
3
平
安
な
死
安
楽
な
死
図1 人生の終わり方に対する希望の構造