平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 25 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
糖尿病治療に用いる自己注射専用針の
痛みに関する評価
Evaluation of the pain of self-injection needle
in the treatment of diabetes mellitus
臨床薬学研究室
10P019 河村
(指導教員:朝倉
4年
瞳
俊成)
要旨
糖尿病治療では、症状の悪化防止や良好な血糖コントロールを目的に病態に応じて食事療法や
運動療法のみで治療不可能な場合、薬物治療を行わなければならない。糖尿病の注射療法では、
インスリンと GLP-1 受容体作動薬が主に自己注射で使用されている。quality of Life (QOL)の向
上・維持はコンプライアンスやアドヒアランスを高め、治療効果も高めるために、重要である。
臨床上の問題に、患者と医療従事者は、特に注射針の痛みに対して抵抗感を感じており、QOL や
コンプライアンスの低下に影響するため、自己注射導入の遅延、血糖コントロールの悪化になる
ことが考えられる。注射針の痛みは、穿刺時の痛みだけではなく、外観の見え方によっても患者
ごとに違いがある。医療従事者による患者教育は痛みの減少となり、患者が感じているイメージ
の改善や自己注射導入時の不安も取り除き、コンプライアンスの向上にもつながる。注射針の外
観において、自己注射に用いられている注射針で現在使用されているのは太さが 31~34G、長さ
が 4~8mm、針先がストレートまたはテーパー構造となっている。本研究ではこれらの注射針に
関する 7 報の論文から、自己注射で最も QOL の低下に影響すると考えられる注射針の痛みに注
目し、基礎試験、臨床試験、動物試験の結果から痛みの少ない針について比較し、痛みが少ない
注射針を選択する上でその評価法を考察した。
基礎試験では、刺通抵抗が小さければ痛みが少ないため、シリコンゴムシートに穿刺したとき
の最大荷重が測定された。最も細いナノパス 34G テーパー針 4mm(テルモ)は最大刺通抵抗値が最
も小さくなったが、太さだけではなく、刃面の形状などの他の要因も痛みに関係すると考えられ
た。実際に針を使用する場所がシリコンゴムシートと異なりヒトの皮膚のため、構造のみで他の
要因が考慮されていないので、他の試験結果も加えて痛みを評価するべきである。臨床試験では、
ヒトを対象としているため、穿刺条件を一定にすることが困難であり、盲検試験ではないことが
ほとんどのため、評価で心理的要因が結果に影響を与える。一般的に細くて短い針が痛くないと
言われていても試験条件や評価法などによって結果が異なる可能性があるが、臨床的な総合評価
ができる。痛みの評価法の一つである Visual analogue scale (VAS)は痛みの変化を長さで表すた
め、目で見える形になり、小さい痛みの変化も評価できる。長期間の慣れや穿刺するごとに評価
し、痛みの違いが明確にわからなくなる可能性があるがことや痛点を刺すなどのバイアスの回避
のため、1 本の針に対して複数日、複数回試験することがよいと考える。動物試験では、穿刺時
の変動要因を最小限に刺激に敏感なラットの足裏を用いて注射針の小さな構造の違いを比較でき
る。穿刺時の痛みは筋電図による反応回数と筋電強度で評価し、刺し易さは穿刺抵抗値で評価し
た。穿刺速度によって痛みの違いがあるが、ナノパス 34G テーパー針 4mm はナノパス 33G テー
パー針 5mm(テルモ)より痛みが減少し、刺しやすい注射針であると考えられた。
結果、細くて短い針の方が痛みは少ない傾向となったが、注射針の痛みを評価することは多数
の要因が重なり、困難であることから測定方法に影響を受け、1 つの評価法だけでは正確に評価
できるとは言えない。基礎試験、臨床試験、動物試験の特徴を生かし、それぞれを考慮して総合
的に評価し、医療従事者はこの評価を基に注射針の選択に関わっていくべきである。
1
キーワード
1.痛み
2.針
3.刺通抵抗
4.自己注射
5.コンプライアンス
6.アドヒアランス
7.quality of life
8.GLP-1 受容体作動薬
9.インスリン
10.糖尿病
2
Ⅰ
目的および方法
糖尿病を治療することは、合併症の発症進展を阻止し、健康な人と変わらない日常生活の質を
保つことを目標とし、経口薬だけではなく注射製剤による自己注射の治療が行われている
1)。治
療において重要なことは quality of life(以下、QOL)である。QOL を低下させる要因として、時
間の自由度・行動範囲の制約・回数、注射行為と針の痛み、器具の扱いや面倒さ、実存的要素、
体重増加、低血糖、費用が挙げられる(図 1) 2)。これらの要因を減少させることで QOL が向上し、
注射実行率(時間遵守率)、血糖コントロールの改善につながる 3)。したがって、QOL の向上・維
持はコンプライアンスやアドヒアランスを高め、治療効果も高める。また、合併症の発症率を減
少させることや健康寿命の延長にもつながり、日々の治療だけではなく将来にわたり、患者にと
って有益になる 4)。さらに QOL が高められることで治療に効果的なサイクルが生まれる。これに
関して注射針を検討することは重要な位置を占めている。
そこで、自己注射で最も QOL の低下に影響すると考えられる注射針の痛みに着目し、痛みが
少ない注射針を選択する上でその評価法について基礎試験、臨床試験、動物試験の 7 報の論文か
ら考察する。
・時間の自由度・行動範囲の規約
・注射行為と針の痛み
・実存的要素
・体重増加
・血糖コントロール
・低血糖
・合併症防止
・費用
・満足度
・well-being
図 1 インスリン治療が QOL を修飾する要因 2)
Ⅱ
調査結果
1、糖尿病治療における注射治療の位置づけと臨床上の問題点
糖尿病はインスリン分泌不足やインスリン抵抗性などの原因で恒常的に血糖値が高い状態にな
っている。インスリンは血糖値を下げる作用を持つ膵臓のβ細胞から分泌され、糖尿病にとって
重要なホルモンである。高血糖状態が続くと糖尿病に加えて合併症を誘発しやすくなるため、糖
尿病治療では症状の悪化防止や良好な血糖コントロールを目的に病態に応じて食事療法や運動療
法のみで治療不可能な場合、薬物治療を行わなければならない。
インスリンと GLP-1 受容体作動薬は注射製剤で主に患者自身による注射(自己注射)にて使用さ
れている。1 型糖尿病は膵臓のβ細胞の破壊が進行し、インスリンの絶対的欠乏になるため、患
者にとってインスリン注射は必須であり、生命維持にかかわる。2 型糖尿病は遺伝子的素因、肥
満や加齢などの環境要因にインスリン抵抗性が加わることによってインスリン作用不足となり、
経口糖尿病薬の効果が不十分な場合やインスリン依存状態の 2 型糖尿病患者にも血糖コントロー
3
ルを目的としてインスリン注射が適応されている。また、非インスリン依存状態の患者に対し、
グルコース濃度に依存してインスリンを分泌させるインクレチンの作用を期待した GLP-1 受容
体作動薬が投与されている。これは経口糖尿病薬による副作用の軽減とよりよい血糖コントロー
ルが可能である。注射療法は 1 型糖尿病患者と 2 型糖尿病患者の両者にとって治療に欠かせない
ものとなっている。
インスリン注射は早期に投与する方が治療効果は高く、合併症予防のために早期導入が推奨さ
れているが、現実として導入の遅延や他の治療法に比べると血糖コントロールが悪く、コンプラ
イアンスも悪いことが問題となっている。その原因としては注射療法において、2 型糖尿病患者
を対象にした調査で 73%の患者が注射行為に対する抵抗感、恥ずかしいと感じる社会的環境、後
悔や罪悪感、インスリン作用への不安について抵抗感を持つことが報告されており、治療前の否
定的なイメージを持つ患者は治療拒否につながることが考えられている(表 1) 4)。1 型糖尿病患者
のように、インスリン注射を頻回に注射する必要がある場合には、大きな負担になると考えられ
る。
表 1 2 型糖尿病患者におけるインスリン治療に対する抵抗感 4)
1)注射行為に対する抵抗感
・注射は怖い
・注射は痛い
・一生注射するのは嫌だ
2)社会的環境
・他人に知られたくない
・他人と違うことをするのは嫌だ
・恥ずかしい
3)後悔や罪悪感
・病気が悪くなったことを示す
・きちんと治療してこなかった
・がんばってきたのになぜ
4)インスリン作用への不安
・低血糖が怖い
・何か副作用がある
・膵臓の働きが悪くなる
一方、治療に対する抵抗感は患者だけではない。医療従事者は、経験や設備の問題、説明の負
担、患者への配慮、インスリン治療への不安による抵抗感を感じている 4)5)。特に医師は、患者へ
の配慮として「痛み」を考えると自己注射による治療を勧めにくいために導入が遅れ、そのため
良好な血糖コントロールを早期に実現できないと思われる。
4
2、注射時の痛みと薬物療法のコンプライアンス
注射時の痛みがあることで、インスリン治療の経験がない患者が自己注射導入時に抵抗感を持
つことや QOL が低下することによって患者のアドヒアランスが下がり、注射回数や量を減らす
などのノンコンプライアンスによって治療効果が低下する
6)。また、実際の針の痛みは同じでも
注射針の穿刺時の感覚でどの程度の痛みを痛いと感じるのか、個人によって痛みの感受性が異な
るため、穿刺時の痛みや針の構造を見たときに感じる恐怖感など外観の見え方によっても患者ご
とに違いがある。
これに注目した臨床試験の1つとして、細くなった針先のイラストを見せ、
「痛くない針」の解
説をした群とそうでない群で痛みの程度を比較した結果、情報を提供した群で痛みが少なかった
という成績であった。このことより、患者への痛みが少ないという情報提供は痛みの軽減につな
がると考えられる
7)。さらに、インスリン自己注射指導を行った時点のインスリン注射に対する
痛みのアンケート調査では、約 70%が「あまり痛くなさそう」、
「まったく痛くなさそう」と肯定
的であった
6)。痛みが少ないと感じる針は使ってみたいという治療に積極的な気持ちにつながる
ことも考えられる。以上のことから、針の構造などの物理的な要因を改善することも大切だが、
医療従事者による患者教育(患者への説明)は注射手技や心理的変化に表れ、治療の手助けになるの
で積極的に行うべきである。したがって、痛みを評価することによって、患者だけでなく医師や
薬剤師などの医療従事者も患者への服薬指導や針選択時の参考となり、患者が感じているイメー
ジの改善や自己注射導入時の不安を取り除き、コンプライアンスの向上と痛みの軽減につながる。
3、注射針の構造(表 2)
自己注射に用いる注射針で現在使用されているのは太さが 31~34 ゲージ(以下、G)、長さが 4
~8mm、針先がストレートまたは根元から針先にかけて先細りのテーパー構造となっている。針
の太さは G が大きいほど細くなっている。通常、採血で使用される針は太さ 21~23G である。
比較すると、糖尿病治療に用いられている注射針は細いと言える。テーパー構造でも、ペンニー
ドル 32G テーパー針 6mm(ノボ ノルディスク
ファーマ:以下、PN32GT6 とする)の内腔はス
トレート(内径:31G と同様)になっているが、ナノパス 33G テーパー針 5mm(テルモ:以下、
TN33GT5 とする)(根元 0.30mm)とナノパス 34G テーパー針 4mm(テルモ:以下、TN34GT4 と
する)(根元 0.24mm)は内腔も先細りとなっている。
5
表 2 注射針の種類・特徴・評価の比較
メーカー
日本ベクトン・
ディッキンソン
ノボ ノルディスク
ファーマ
商品名
BDマイクロ
ファインプラス
ペンニドール
テルモ
細さ[先端]
長さ(mm)
構造
略称
31G(0.25mm)
8
ストレート
BD31G8
31G(0.25mm)
5
ストレート
BD31G5
32G(0.23mm)
4
ストレート
BD32G4
30G(0.30mm)
8
ストレート
PN30G8
31G(0.25mm)
6
ストレート
PN31G6
32G(0.23mm)
6
テーパー
PN32GT6
33G(0.2mm)
5
テーパー
TN33GT5
34G(0.18mm)
4
テーパー
TN34GT4
基礎
試験
臨床試験
① ② ③ ④ ⑤
動物
試験
ナノパス
本研究で対象とした論文で評価した針を 試験ごとに ,
で示し、
その結果より有意に痛みが少ないとされたものを で示した
4、痛みの評価法の検討
注射針の痛みの評価が行われている基礎試験、臨床試験、動物試験の結果から、痛みの少ない
針について比較し、痛みが少ない注射針を選択する上でその評価法を検討した。
(1) 基礎試験 8)
基礎試験では、強度試験、刺通抵抗試験、流通抵抗試験が行われることで針の構造を評価する
ことができる。理論的に痛みは注射針が皮膚組織に穿刺する際の侵襲の程度に比例することから、
刺通抵抗が小さければ痛みが少ないと言える。朝倉らの研究で、痛みの指標となる刺通抵抗は注
射針を 10mm/min の速さで 0.5mm 厚シリコンゴムシートに穿刺したときの最大荷重(N)が測定さ
れた。最も細い 34G の針で刺通抵抗が最も小さく、細い方が刺通抵抗は小さいと言えるが、
TN34GT4(0.06 ± 0.01N : mean ± SD)<TN33GT5(0.07 ± 0.00N) ≒ PN32GT6(0.07 ±
0.01N)<BD32G4(針先 5 面カット:0.09±0.01N)<BD31G5(0.10±0.01N)<BD32G4(針先 3 面カ
ット:0.11±0.01N)という結果と刃面がシリコンゴムシートを貫通するときに刺通抵抗は最大値
となることから針の太さだけではなく、刃面の形状、微細研磨、潤滑剤などほかの要因が痛みに
関係すると考えられた(図 2)。TN34GT4 は最も痛みが少ない針であると最大刺通抵抗値や刃面の
形状などからわかった。
試験条件の偏りやバイアスを少なくできること、構造上の特性から痛みに影響する要因や測定
結果の数値を比較できることから、痛みの評価方法の一つとして用いることができる。しかし、
実際に針を使用する場所がヒトの皮膚であり、シリコンゴムシートと異なるため、構造からみた
評価のみで他の要因が考慮されてないので、他の試験の結果も加えて痛みの評価をするべきであ
6
る。
BD32G4
BD31G5
PN32GT6
TN33GT5
図 2 最大刺通抵抗結果(文献 8 より一部改変)
TN34GT4
n=10
(2)臨床試験
①BD31G5 と TN33GT5 の比較試験 9)
腹部または大腿部に BD31G5 を使いインスリンを自己注射している多施設の入院糖尿病患者
81 名を対象に封筒法で 2 群に分けるクロスオーバー比較試験を行い、痛みを長さで表した Visual
analogue scale(以下、VAS)やアンケートで評価した。アンケート内容は「刺しやすさ」、
「痛み」、
「注入抵抗」である。VAS の評価では、BD31G5 が 2.16±0.25mm(mean±SD)と TN33GT5 が
1.25±0.21mm の結果より、TN33GT5 の方が VAS 値は低く、痛みが少ないとなった(図 3)。ま
た、アンケートで TN33GT5 は刺しやすい(54%)、痛みが少ない(63%)、注入抵抗が少ない(30%)
となり、総合評価(53 名)で多くの患者から選ばれた。
多施設で行われ、封筒法で 2 群に分ける
クロスオーバー比較試験が行われたので患
者の偏りを少なくする事が出来るが穿刺部
位が統一されてない、1 つの針ごとに 2 日
間の調査を行い、期間が短いため痛点に刺
すなどのバイアスを除くことができないこ
とが考えられる。また、患者の中にインス
TN33GT5(81)
リン使用歴が最低 0.1 ヵ月の方もいるため、
BD31G5(81)
不慣れによる手技の違いが出る可能性があ
る
図 3 VAS 値の変化(3 日目と 5 日目のデ
ータを使用) (文献 9 より一部改変)
7
②BD31G5、PN32GT6、TN33GT5 の比較試験 10)
インスリン注射経験のない同病院内に勤務する医療スタッフ 10 名を対象に腹部の指定し
た部位に各自ランダムで計 10 回皮膚に対して垂直に打ち、穿刺時の痛みを 5 段階で評価し
た。
「使いたい針」
、
「使いたくない針」も聴取した。注入器は統一し、生理食塩水を使用し
た。5 段階の痛みの評価では、BD31G5 が 2.9±0.3 ポイント(mean±SD)、PN32GT6 が
2.4±0.5 ポイント、TN33GT5 が 2.9±0.3 ポイントの結果より、PN32GT6 が最も痛みが
少ないとなった(図4)。さらに、総合評価で PN32GT6 が最も使いたい針(80%)となり、使
いたくない針では穿刺時の不快感が多いため TN33GT5(80%)が挙げられた。これより、よ
り細く短い針が痛みを軽減するとは言えないとわかった。
医療スタッフなので針の構造や痛みなど
の知識から、針の先入観や針の痛みに慣れ
ていないため、患者よりも痛みを感じやす
いかもしれない。また、5 段階評価は細か
い痛みの変化が評価出来ないこと、はっき
り評価を決めかねない時に「1:痛くない、
2:あまり痛くない、3:どちらとも言えな
い、4:痛い、5:とても痛くない」で評価
図 4 痛みの評価
した中央値の「3:どちらとも言えない」に
*p<0.05
偏ることが考えられる。
③TN33GT5 と TN34GT4 の比較試験
11)
TN33GT5 を使い、インスリンを自己注射している多施設の入院・外来糖尿病患者 151
名を対象に用法・用量、注射手技(注射時間、回数、単位数、注射部位など)は同じ条件で行
った。痛みを 0~100mm で表した VAS で評価し、使用感アンケートで「刺しやすさ」、
「液
漏れ」
、
「出血」
、
「TN34GT4 の使用意向」、「インスリン注射針で重要なこと」を聴取した。
VAS の評価では、TN33GT5 が 26.5±18.6mm(mean±SD)と TN34GT4 が 13.4±14.1mm
の結果より、TN34GT4 のほうが痛みは少なく、アンケートの「刺しやすさ」、「液漏れ」、
「出血」の結果から、臨床的に患者の使用感の面で有用な注射針であると考えられた(図 5,
表 3)。
「TN34GT4 の使用意向」
、
「インスリン注射針で重要なこと」で「痛みが少ない」と
考える患者が最も多かった。
TN33GT5 は既存の針と比べ、基礎研究より穿刺抵抗が少なく注入抵抗や強度は同等であ
り、臨床試験でより痛みが少ないという報告から、新しい針の TN34GT4 の評価であるが、
1G,1mm の針の微妙な変化の違いを正確に評価できるのかわからない。また、1 ヵ月後に
評価しているので、長期間の調査では痛みに慣れてくると考えられる。
8
表 3 使用感アンケート回答の変化
(文献 11 より一部改変)
評価項目
評価の変化
TN33GT5
→
TN34GT4
(+)
→
(-)
2人(1.5%)
(-)
→
(+)
15人(93.8%)
(+)
→
(-)
8人(8.5%)
(-)
→
(+)
35人(62.5%)
(+)
→
(-)
3人(2.4%)
(-)
→
(+)
21人(80.8%)
p<0.01
刺しやすさ
針を抜く際の
液漏れ
TN33GT5
TN34GT4
p<0.01
注射時の出血
図 5 VAS 法による痛みの評価
(文献 11 より一部改変)
p<0.01
n=146
プラス評価:(+),マイナス評価:(-)
④BD31G5 と TN33GT5 の比較試験 12)
BD31G8 を使いインスリン注射を行っている外来糖尿病患者 110 名を対象に腹部の指定
した部位に計 10 回、インスリンカートリッジのついていない空のペン型注入器で自己注射
した。穿刺順番を決め、穿刺順の影響を均等化した。穿刺するごとに痛みを 0~150mm で
表した VAS で評価し、どちらの針が優位であるかを判定した(図 6)。結果は VAS の評価で
有意に差が無く、
高齢者と女性に BD31G5、若年者に TN33GT5 で優位となった(図 7)。Body
mass index(以下、BMI)、1 日当たりの注射回数、糖尿病の型による差はなかった。これよ
り、ただ細ければいいというわけではなく、年齢などの患者背景を考慮し、患者ごとにあ
った針を総合的に判断して選択するべきであると報告された。
図 6 文献 12 で用いた Visual analogue scale(VAS)
BD31G5
TM33G5
図 7 VAS スコア平均値(文献 12 より一部改変)
9
普段から 8mm の針を使用していること、針を穿刺するごとに毎回評価を行うことから、
針の小さな構造の違いがわかりにくかった可能性があり、どちらの針に対しても痛みが少
なく感じ、痛みの評価において違いが現れにくいかもしれない。針の装着は被験者の見え
ないところで行い、患者にどの針を使用しているのかを見せずに行っているので、個人の
主観が評価に影響しにくいことが考えられる。
⑤BD31G5、PN31G6、BD31G8 の比較試験 13)
BD31G8 を使い、インスリン自己注射を行っている入院糖尿病患者 31 名を対象に針の違
いについて患者に伝えずに行う 3 種類の針の使用感の調査 1 と来院した患者で、自己注射
を実施し、過去に BD31G8 使用経験のある患者を対象に BD31G5 使用がより多くの患者に
好意的に受け止められているかを評価する目的で、BD31G8 から BD31G5 へ切り替えた使
用感の調査 2 を行った。調査 1 では穿刺に関して、
「刺した時の痛みの少ないもの」
、
「注入
時の手応えの良かったもの」
、
「注入時の痛みの少ないもの」で BD31G5 が最も良く、
「スム
ーズに針が刺さったもの」で PN31G6 が最も良かった(図 8)。さらに、「今後、使用したい
も の 」で BD31G5 が 最も 多 く選 ばれ た。 調 査 2 で は 477 名 か ら回 答を 得 られ 、
BD31G5(82.6%)がより多く選択され、その選択理由に「刺すときの痛みが少ない」が最も
多く挙げられた。使用感に関して、BD31G5 は BD31G8 より有用であると考えられた。
調査 1 において、短い針の方が使用感は良いという結果となったが、BD31G5 と PN31G6
に針先のカット法や潤滑剤に明らかな違いがあり、針の長さがわずか 1mm の違いで評価の
差に影響したかはわからない。
図 8 BD31G8,BD31G5,PN31G6 の比較
*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001
痛みの要因となるものは、針の細さ、長さ、構造(刃先のカット形状や研磨、エッジ部、
針管部)、潤滑剤、穿刺速度、穿刺角度、穿刺場所、皮膚の硬度や温度、個人の手技、心理
的要因などがある。これらを含めて痛みを評価することは容易ではない。ヒトを対象とし
た臨床試験では穿刺部位、穿刺速度、穿刺角度、針の保持時間など穿刺条件を一定にする
ことが困難であり、盲検試験ではなく、評価する針を知らせて実施することがほとんどの
ため、評価で心理的要因が結果に影響を与える。
痛みの評価法の一つである VAS は 5 段階評価と異なり、痛みの変化を長さで表わすため、
目で見える形となり小さい痛みの変化も評価できる。しかし、臨床試験のため患者の痛み
の経験や心理的要因、個人の手技によって影響される
10
15)。評価期間を考えたときに、長期
間になると慣れが生じること、穿刺するごとに評価することで痛みの違いが明確に分から
なくなる可能性があることや痛点を刺すなどのバイアスの回避のため、1本の針に対して
複数日、複数回試験することがよいと考える。評価者の選択に関して、長期間注射を行っ
ていることで痛みの慣れや皮膚の硬化によって痛みを感じにくくなることが予想されるが、
不慣れな操作による痛みの差をできる限りなくすために、インスリン注射に慣れている糖
尿病患者が適切である。
(3)動物試験
①TN33GT5 と TN34GT4 の比較 14)
被験者や評価者の主観的な影響を抑えた実験動物モデルを用いて穿刺時の変動要因を最
小限にし、33G 針と比較した 34G 針の疼痛評価を行った。麻酔下ラットの足裏に Load cell
を用いて 3mm/s と 10 mm/s の速度で一定深度まで針を垂直に刺し、穿刺痛によって生じる
脊椎反射による大腿部の収縮筋の筋電測定と並行して刺通抵抗値を測定する。穿刺時の痛
みは、筋電図による反応回数と脊髄反射の大きさを筋電の大きさでとらえ、この反応の大
小を読み取った筋電強度(EMG magnitude)で表した。反応回数は 3mm/s で TN34GT4 が
有意に少なく、筋電強度は優位な差はなかった。針の刺し易さは穿刺抵抗値で表し、刃面
の顎部到達時の穿刺抵抗が 10mm/s の時、TN34GT4 が有意に低下した。2 種類の穿刺速度
で手技の慣れを区別して評価することで、穿刺速度によって結果が異なることがわかった。
穿刺速度によって痛みの軽減や刺しやすさに違いがあるが、TN34GT4 は TN33GT5 より痛
みが軽減し、刺しやすい注射針であると考えられる。実際のヒトで再現が困難な針形状や
穿刺の条件を変えたものをラットで評価した結果、TN34GT4 は痛みの軽減と刺しやすさに
おいて有用な注射針であると報告された。
このような動物モデルを用いた試験には、前述のように穿刺時の変動要因を最小限にし
た評価を行う目的がある。筋電強度が客観的な評価を可能とし、穿刺時の痛みの指標にな
ること、穿刺条件を統一することで正確な結果が得られることから、痛みを測定できる 15)。
したがって、動物試験の結果は、患者の注射手技や心理的な要因によって痛みなどに影響
される臨床試験を考察するために、極めて貴重な評価法のひとつといえる。
Ⅲ
まとめ
糖尿病治療に欠かせない自己注射に用いられる注射針には痛みが伴う。痛みを身体で感
じるだけではなく、針に対しての抵抗感や外観によって治療を積極的に行う意欲が低下し
てしまう。注射針の痛みが減少することで QOL が向上し、コンプライアンスやアドヒアラ
ンスも向上する。患者と医療従事者の抵抗感を減少させることもコンプライアンスや血糖
コントロールの改善となる。よって、糖尿病の注射療法は、ほかの治療法と比較してコン
プライアンスが悪いと言われているため、良い治療効果となると思われる。多くの患者が
痛みの少ない注射針を求め、一般的に細くて短い針は痛みが少ないと言われている。注射
11
時の痛みを軽減するために、注射針の各メーカーは針の開発に取り組んでいる。新しい針
が開発され、既存の針と比べた評価を行うことにより、患者にとってよりよい治療に貢献
し、今後の針の改善や発展の手助けにつながると考えられる。また、痛みを評価する方法
はいくつか考えられているが、正確な評価をするため、臨床の現場で使用されるためには
注射針の評価に関して検討することが重要である。
評価方法として、基礎試験、臨床試験、動物試験に分けた。臨床試験は試験条件の偏り
や心理的要因などを除くことができないため、一般的に細くて短い針が痛くないと言われ
ていても試験条件や評価法などによって結果が異なる可能性があるが、患者が穿刺して感
じたことや針の有用性なども考慮して臨床的な総合評価ができる。基礎試験や動物試験は
ヒトを対象とした臨床試験で偏りが起こりやすいと思われる穿刺部位、穿刺速度、穿刺角
度、針の保持時間などの穿刺条件を一定にして、心理的要因なしで理論的に針の構造につ
いて痛みを評価することができる。また、臨床試験では 1G 単位の細さや 1mm 単位の長さ
の構造上の違いが評価に表れにくいが、他のものに置き換えて数値化することによって小
さな針の構造の変化を比較できる。臨床試験の結果と比較しながら、お互いの結果を含め、
考察するべきである。
臨床試験から患者にとって注射針の痛みが治療に関して重要であることは証明されてお
り、その痛みをどのように評価するべきか課題である。注射針の痛みを評価することは多
数の要因が重なり、困難であることから測定方法に影響を受け、1つの評価法だけでは正
確に評価できるとは言えない。実際に注射針を使用する対象はヒトであり、注射手技や痛
みの感じ方も個人によって異なるので、患者に合った針の選択が QOL やコンプライアンス
に大きく影響する。したがって、基礎試験、臨床試験、動物試験の特徴を生かし、それぞ
れを考慮して総合的に評価し、この評価を基に針の選択に関わっていくべきである。
臨床の現場では患者によって治療法や治療に対しての思いが異なる。そして、痛みが少
ない注射針を望むことから、薬剤師として患者と向き合い、それぞれの患者に合った注射
針を使用するためにコミュニケーションや自己注射指導を十分に行うことが大切である。
医師や看護師だけでなく、専門的な知識を得ている薬剤師は自己注射指導に関わることを
含め、患者と接する機会を増やしていくべきと考える。
Ⅳ
謝辞
本論文の作成するにあたり、丁寧なご指導をしていただきました新潟薬科大学薬学部臨
床薬学部研究室教授
朝倉俊成先生、臨床薬理学研究室教授
導をしていただきました臨床薬学研究室教授
先生、坂爪重明先生、同助教
渡邉賢一先生、そしてご指
影向範昭先生、青木定夫先生、河田登美枝
齊藤幹央先生、阿部学先生、同助手
く感謝いたします。
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宮下しずか先生に深
Ⅴ
引用文献
1)
宗田聡:治療方針,薬剤師の教科書
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2010.
2)
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3)
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4)
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患者教育と療養指導
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13
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27(4),215‐225,2012.
14