賃金の高さに応じて昇給号数を抑制する

連 載
「多様な働き方」時代の 賃金設計
<13>基本給の組み立て方⑶
賃金の高さに応じて昇給号数を抑制する
正社員、嘱託社員、パートタイム社員、契約社員、派遣社員、勤務地限定社員…。
近年、雇用形態の細分化が進み、さまざまな働き方の「社員」が増えてきた。そのよ
うな働き方の異なる社員の賃金はどのように決めればよいのか?「多様な働き方」時
代の賃金設計の考え方・ノウハウについて、株式会社プライムコンサルタントの田中
博志氏に解説いただく。連載第13回は「基本給の組み立て方⑶」です。
株式会社プライムコンサルタント 田中博志
前回からゾーン型等級別範囲給の具体的
な運用について考えています。
前回はまず、範囲給の中を細かく刻んだ
ゾーン型等級別賃金表(図表 1)と基本的
な賃金の動き方を紹介し(図表 2)
、
さらに
(ア)評価が高いほど早く昇給停止に
なってしまう
(イ)評価が高いほど昇給停止になっ
たときのインパクトが大きい
実際に賃金を改定する方法の検討をはじめ
ました。まず、
「段階号俸制」をあてはめて
今回は、これらの問題を的確に解消する
みましたね。
方法を探っていきたいと思います。
段階号俸制は、
「S は+ 6 号、A は+ 5 号、
B は+ 4 号、C は+ 3 号、D は+ 2 号」と
いうように、
「評価に応じて一律に昇給号数
1基本給表を書き換えるだけでは解消でき
ない
を決める」というルールですが、図表 3 の
問題が(ア)だけであれば、評価が高い
2 つの「前提」から成り立っています。
ほど上限に到達する年齢が少しずつ高くな
図表 4 は図表 1 のⅠ等級に段階号俸制を
るように基本給表を書き換える方法があり
当てはめた試算例です。
ます。
段階号俸制は広く普及していますが、ゾ
例えば、図表 5 のように、D 評価の上限
ーン型等級別賃金表に用いてみると、図表
到達年齢(37 歳)を起点として、C は 38 歳
4- ③のグラフからわかるように、次のよう
…S は 41 歳が昇給停止となるように図表 1
な問題がありましたね。
の賃金表を修正すれば、評価ごとの一律昇
給号数というルールのままでも「評価が高
いほど上限到達年齢が高い」という状況を
実現できます。
34
先見労務管理 2016.7.25
図表1:ゾーン型等級別賃金表の例
①ゾーン型等級別賃金表(連載第 12 回の図表3と同じ)
(単位:円)
Ⅰ等級
Ⅱ等級
Ⅲ等級
Ⅳ等級
Ⅴ等級
一般
担当
主任
課長
部長
号 ゾーン (1,100) ゾーン (1,380) ゾーン (1,730) ゾーン (3,980) ゾーン (7,370)
1
E
165,000
E
180,400
E
208,000
D
251,300
(D)
323,000
2
E
166,100
E
181,780
E
209,730
D
255,280
C
330,370
3
E
167,200
E
183,160
E
211,460
D
259,260
C
337,740
4
E
168,300
E
184,540
E
213,190
D
263,240
C
345,110
5
E
169,400
E
185,920
E
214,920
D
267,220
C
352,480
6
E
170,500
E
187,300
E
216,650
D
271,200
C
359,850
7
E
171,600
E
188,680
E
218,380
D
275,180
C
367,220
8
E
172,700
E
190,060
E
220,110
D
279,160
C
374,590
9
E
173,800
E
191,440
E
221,840
D
283,140
(C)
381,960
10
E
174,900
E
192,820
E
223,570
D
287,120
B
389,330
11
E
176,000
E
194,200
E
225,300
(D)
291,100
B
396,700
12
E
177,100
E
195,580
E
227,030
C
295,080
B
404,070
13
E
178,200
E
196,960
E
228,760
C
299,060
B
411,440
14
E
179,300
E
198,340
E
230,490
C
303,040
B
418,810
15
E
180,400
E
199,720
E
232,220
C
307,020
B
426,180
16
E
181,500
E
201,100
E
233,950
C
311,000
B
433,550
17
E
182,600
E
202,480
E
235,680
C
314,980
(B)
440,920
18
E
183,700
E
203,860
E
237,410
C
318,960
A
448,290
19
E
184,800
E
205,240
E
239,140
C
322,940
A
455,660
20
E
185,900
E
206,620
E
240,870
C
326,920
A
463,030
21
E
187,000
E
208,000
E
242,600
(C)
330,900
A
470,400
22
E
188,100
E
209,380
E
244,330
B
334,880
A
477,770
23
E
189,200
E
210,760
E
246,060
B
338,860
A
485,140
24
E
190,300
E
212,140
E
247,790
B
342,840
A
492,510
25
E
191,400
E
213,520
E
249,520
B
346,820
(A)
499,880
26
E
192,500
E
214,900
E
251,250
B
350,800
S
507,250
27 (E)
193,600
E
216,280
E
252,980
B
354,780
S
514,620
28
D
194,700
E
217,660
E
254,710
B
358,760
S
521,990
29
D
195,800
E
219,040
E
256,440
B
362,740
S
529,360
30
D
196,900
E
220,420
E
258,170
B
366,720
S
536,730
31
D
198,000
E
221,800
E
259,900
(B)
370,700
S
544,100
32
D
199,100
(E)
223,180
E
261,630
A
374,680
S
551,470
33
D
200,200
D
224,560
E
263,360
A
378,660
(S)
558,840
・
・
・
・
・
・
・
(省略)
・
(省略)
・
(省略)
・
(省略)
・
・
・
・
・
73
A
244,200
A
279,760
A
332,560
74
A
245,300
A
281,140
A
334,290
75 (A)
246,400
A
282,520
A
336,020
76
S
247,500
(A)
283,900
(A)
337,750
77
S
248,600
S
285,280
S
339,480
78
S
249,700
S
286,660
S
341,210
79
S
250,800
S
288,040
S
342,940
80
S
251,900
S
289,420
S
344,670
81
S
253,000
S
290,800
S
346,400
82
S
254,100
S
292,180
S
348,130
83
S
255,200
S
293,560
S
349,860
84
S
256,300
S
294,940
S
351,590
85
S
257,400
S
296,320
S
353,320
86
S
258,500
S
297,700
(S)
355,050
87 (S)
259,600
(S)
299,080
(注)表頭の( )内の数値は号差金額、各ゾーンの( )はそれぞれの上限額の位置を示す。
②ゾーン型等級別賃金表(①)の主な金額(連載第 12 回の図表4と同じ)
Ⅰ等級
Ⅱ等級
Ⅲ等級
Ⅳ等級
号差金額
1,100
1,380
1,730
3,980
初号値
165,000
180,400
208,000
251,300
(E)
193,600
223,180
268,550
−
(D)
206,800
238,360
285,850
291,100
(C)
220,000
253,540
303,150
330,900
(B)
233,200
268,720
320,450
370,700
(A)
246,400
283,900
337,750
410,500
(S)
259,600
299,080
355,050
450,300
2016.7.25 先見労務管理
(単位:円)
Ⅴ等級
7,370
323,000
−
323,000
381,960
440,920
499,880
558,840
35
しかしこれを行うと、C 評価以上の上限
いうことでよいのでしょうか? もしそう
額が上がりますので人件費負担が大幅に増
だとすると上限額に達したときに昇給号数
えてしまいます。また、高い評価の人は、
をゼロにすることと不整合な感じがします。
昇給停止直前まで昇給額が高いままですの
そこで、この前提を修正し、「昇給号数
で、上限到達時の急ブレーキ感はぬぐえず、
をいつも一定にする必要はない」としたら
(イ)の問題は解消されません。
どうなるでしょうか? 新しい前提に立つ
どうやらこの問題の原因は、段階号俸制
と、上限額に達したときにゼロになるのな
の前提(図表 3)の中に潜んでいるようで
ら、
「上限額に近づくにしたがって少しずつ
す。
昇給号数(すなわち昇給額)を減らしてみ
てはどうか」というアイディアが浮かびま
2賃金の高さに応じて昇給額を段階的に抑
制する
す。このようにすれば「急ブレーキがかか
る」という(イ)の問題も解消できそうで
もう一度図表 3 をご覧ください。前提①
すね。
は、評価によって取り扱いを変えることな
図表 6- ①はこのような考え方で、図表 1
ので問題はなさそうですね。
のⅠ等級について、賃金表のゾーンが高く
一方、前提②はどうでしょうか? 本当
なるにしたがって昇給号数を段階的に抑制
に「評価ごとに昇給号数を一定にする」と
していった例です。ゾーンは賃金の高さを
図表2:ゾーン型等級別賃金表における基本給改定の考え方
Y さんの現基本給→
X さんの現基本給→
Ⅰ等級(抜粋)
ゾーン 基本給額(円) A 評価
(D)
206,800
C
・・・
C
・・・
C
・・・
(C)
220,000
B
・・・
B
・・・
B
・・・
(B)
233,200
昇給
A
・・・
↓
A
・・・
A
・・・
(A)
246,400
X さん
B 評価
C 評価
据置
↑
降給
Y さん
C 評価
昇給
↓
(注)連載第 12 回の図表5と同じ
図表3:段階号俸制の前提
【前提①】評価に応じて昇給号数を使い分ける
【前提②】昇給号数は評価ごとに一定とする
36
先見労務管理 2016.7.25
図表4:段階号俸制による基本給の運用(図表1
のⅠ等級の場合。連載第 12 回の図表6と同じ)
図表6:評価とゾーンを基準にした、基本
給の新しい運用(図表1のⅠ等級の場合)
①評価ごとの昇給額設定(段階号俸制)
①評価とゾーンに応じた昇給額設定(新しい運用ルール)
評 価
D
C
B
A
S
+ 2号
+ 3号
+ 4号
+ 5号
+ 6号
E
ゾーン +2,200 円 +3,300 円 +4,400 円 +5,500 円 +6,600 円
D
↓
↓
↓
↓
↓
ゾーン
C
↓
↓
↓
↓
ゾーン
B
↓
↓
↓
ゾーン
A
↓
↓
ゾーン
S
↓
ゾーン
②同じ評価を取り続けた場合の基本給の推移
年齢
18 歳
19 歳
20 歳
21 歳
22 歳
23 歳
24 歳
25 歳
26 歳
27 歳
28 歳
29 歳
30 歳
31 歳
32 歳
33 歳
34 歳
35 歳
36 歳
37 歳
38 歳
39 歳
40 歳
41 歳
42 歳
43 歳
44 歳
45 歳
46 歳
47 歳
48 歳
49 歳
50 歳
51 歳
52 歳
D
165,000
167,200
169,400
171,600
173,800
176,000
178,200
180,400
182,600
184,800
187,000
189,200
191,400
193,600
195,800
198,000
200,200
202,400
204,600
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
C
165,000
168,300
171,600
174,900
178,200
181,500
184,800
188,100
191,400
194,700
198,000
201,300
204,600
207,900
211,200
214,500
217,800
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
③基本給の昇給グラフ
270,000
250,000
B
165,000
169,400
173,800
178,200
182,600
187,000
191,400
195,800
200,200
204,600
209,000
213,400
217,800
222,200
226,600
231,000
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
(単位:円)
A
165,000
170,500
176,000
181,500
187,000
192,500
198,000
203,500
209,000
214,500
220,000
225,500
231,000
236,500
242,000
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
S
165,000
171,600
178,200
184,800
191,400
198,000
204,600
211,200
217,800
224,400
231,000
237,600
244,200
250,800
257,400
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
259,600
A
+ 5号
+5,500 円
+ 4号
+4,400 円
+ 3号
+3,300 円
+ 2号
+2,200 円
+ 1号
+1,100 円
年齢
18 歳
19 歳
20 歳
21 歳
22 歳
23 歳
24 歳
25 歳
26 歳
27 歳
28 歳
29 歳
30 歳
31 歳
32 歳
33 歳
34 歳
35 歳
36 歳
37 歳
38 歳
39 歳
40 歳
41 歳
42 歳
43 歳
44 歳
45 歳
46 歳
47 歳
48 歳
49 歳
50 歳
51 歳
52 歳
D
165,000
167,200
169,400
171,600
173,800
176,000
178,200
180,400
182,600
184,800
187,000
189,200
191,400
193,600
194,700
195,800
196,900
198,000
199,100
200,200
201,300
202,400
203,500
204,600
205,700
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
206,800
C
165,000
168,300
171,600
174,900
178,200
181,500
184,800
188,100
191,400
194,700
196,900
199,100
201,300
203,500
205,700
207,900
209,000
210,100
211,200
212,300
213,400
214,500
215,600
216,700
217,800
218,900
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
220,000
B
165,000
169,400
173,800
178,200
182,600
187,000
191,400
195,800
199,100
202,400
205,700
209,000
211,200
213,400
215,600
217,800
220,000
221,100
222,200
223,300
224,400
225,500
226,600
227,700
228,800
229,900
231,000
232,100
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
233,200
S
+ 6号
+6,600 円
+ 5号
+5,500 円
+ 4号
+4,400 円
+ 3号
+3,300 円
+ 2号
+2,200 円
+ 1号
+1,100 円
(単位:円)
A
165,000
170,500
176,000
181,500
187,000
192,500
198,000
202,400
206,800
210,100
213,400
216,700
220,000
222,200
224,400
226,600
228,800
231,000
233,200
234,300
235,400
236,500
237,600
238,700
239,800
240,900
242,000
243,100
244,200
245,300
246,400
246,400
246,400
246,400
246,400
S
165,000
171,600
178,200
184,800
191,400
198,000
203,500
209,000
213,400
217,800
222,200
225,500
228,800
232,100
235,400
237,600
239,800
242,000
244,200
246,400
247,500
248,600
249,700
250,800
251,900
253,000
254,100
255,200
256,300
257,400
258,500
259,600
259,600
259,600
259,600
③基本給の昇給グラフ
270,000
S
250,000
C
D
190,000
基本給︵円︶
基本給︵円︶
B
210,000
評 価
B
+ 4号
+4,400 円
+ 3号
+3,300 円
+ 2号
+2,200 円
+ 1号
+1,100 円
②同じ評価を取り続けた場合の基本給の推移
A
230,000
230,000
210,000
S
A
B
C
D
190,000
170,000
170,000
150,000
D
C
+ 2号
+ 3号
E
ゾーン +2,200 円 +3,300 円
+ 1号
+ 2号
D
ゾーン +1,100 円 +2,200 円
+ 1号
C
ゾーン
+1,100 円
B
ゾーン
A
ゾーン
S
ゾーン
15歳 20歳 25歳 30歳 35歳 40歳 45歳 50歳 年齢
2016.7.25 先見労務管理
150,000
15歳 20歳 25歳 30歳 35歳 40歳 45歳 50歳 年齢
37
区分したものですので、
「同じ評価でも、賃
3 号(3300 円)上がる人がいれば、S でも 1
金が高いほど昇給号数が小さくなる」とい
号(1100 円)しか上がらない人がいる」と
う考え方になります。
いうように、評価と昇給号数が逆転するこ
この新ルールを適用すると、図表 1 のⅠ
とがあり得ます。
等級での昇給推移は図表 6- ②、③のように
この逆転現象は、
「昇給は評価だけで決め
なります。
るもの」という前提に立つと奇妙に思えま
評価ごとの昇給額は、ゾーンが上がるご
すが、「昇給にあたっては、現 在 の 賃 金 額
とに 1 号分、
すなわち 1100 円ずつ減ってい
も加味する」という広い観点で考えると何
きます。その結果、どの評価でも昇給停止
ら不思議なことではありません。図表 6- ①
直前の昇給額は 1100 円となり、評価が高い
で、ゾーンによって昇給号数を変えること
人の急ブレーキ感(問題の(イ))が解消さ
が、この「現在の賃金額も加味する」とい
れています。
う観点を表しているのです。
また、高い評価の人の昇給期間が長くな
このように考えると、図表 3 の前提を図
りますので、評価が高いほど昇給停止は
表 7 のように修正することによって、冒頭
「遅く」なり、
問題の(ア)も解消されます。
の 2 つの問題を同時に解消する改定ルール
・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・
・
を作ることができそうですね。
このことは、高評価の人の賃金を長期にわ
たって上げ続けられることを意味しており、
優秀人材のヤル気を持続的に維持しやすい
3段階接近法…新しい賃金改定ルール
というメリットにつながります。
図表 8 は、図表 6- ①の考え方をもとに、
ところで、図表 6- ①を、評価と昇給号数
賃金の高さと評価の 2 つの観点から改定号
という組み合わせだけで見ると、
「C 評価で
数を決めることをルール化したものです。
図表5:高い評価の昇給停止年齡を遅らせた例
330,000
S
310,000
290,000
A
基本給︵円︶
270,000
B
250,000
C
230,000
210,000
D
190,000
170,000
150,000
38
15歳
20歳
25歳
30歳
35歳
40歳
45歳
50歳 年齢
先見労務管理 2016.7.25
改定号数は縦軸のゾーンと横軸の評価と
抑制する」を表しています。この新しい前
の交点で読み取ります。例えば、D ゾーン
提によって、現在のゾーンと評価の差が大
にいるときに A 評価なら+ 4 号、B 評価な
きいほど昇給号数が大きく、差が小さいほ
ら+ 3 号、C 評価なら+ 2 号となります。
ど昇給号数も小さくなっています。
表をよく見ると、ゾーンが同じなら評価
では、どこまで昇給が続くかというと、評
が高いほど昇給号数が高くなっています。
価と同じゾーンの上限額までです。各ゾー
これは、図表 7 の前提①「評価に応じて昇
ンの上限額は、賃金表と同じように、ゾー
給号数を使い分ける」を表しています。
ンを示すアルファベットをカッコで括って
また、表を縦方向に見ていくと、同じ評
示しています。この上限額と同じ評価の交
価でもゾーンが高いほど改定号数は小さく
点を確認していくと、
(D)で D 評価は+ 0
なっています。例えば、B 評価の場合、E
号、(C)で C 評価なら+ 0 号…(S)で S
ゾーンでは+ 4 号ですが、D ゾーンでは+
評価なら+ 0 号となっています。なお、
「+
3 号…B ゾーンは+ 1 号となります。これ
0 号」とは据え置き、すなわち昇給停止と
がもう一つの前提②「同じ評価でも、現在
いう意味です。
の賃金の高さによって昇給号数を段階的に
このように、
「+ 0 号」のルールを設定す
図表7:新しい改定ルールの前提
【前提①】評価に応じて昇給号数を使い分ける
【前提②】同じ評価でも、現在の賃金の高さによって昇給号数を段階的に抑制する
図表8:段階接近法Ⓡ(新しい賃金改定ルール)
基本給改定評価
基本給表のゾーン
S
A
B
C
D
E
+6 号
+5 号
+4 号
+3 号
+2 号
(E)
+5 号
+4 号
+3 号
+2 号
+1 号
D
+5 号
+4 号
+3 号
+2 号
+1 号
(D)
+4 号
+3 号
+2 号
+1 号
+0 号
C
+4 号
+3 号
+2 号
+1 号
−1号
(C)
+3 号
+2 号
+1 号
+0 号
−1号
B
+3 号
+2 号
+1 号
−1号
−2号
(B)
+2 号
+1 号
+0 号
−1号
−2号
A
+2 号
+1 号
−1号
−2号
−3号
(A)
+1 号
+0 号
−1号
−2号
−3号
S
+1 号
−1号
−2号
−3号
−4号
(S)
+0 号
−1号
−2号
−3号
−4号
2016.7.25 先見労務管理
39
ることによって、ゾーン型等級別賃金表の
社の登録商標です。
そもそものねらいである「評価に応じた上
限額で据え置く」ことを実現しているので
なお、図表 8 にはさまざまな数字が入っ
す。
ていますが、次の基本原理を覚えると、シ
ところで、現在の賃金よりも評価が低い
ンプルで規則的なしくみであることがわか
場合はどうすればよいでしょうか。図表 8
ります。
の太枠内はゾーンよりも評価が低いとき
の取り扱いを示しています。全ての号数が
マイナスになっていることから分かるよう
に、社員本人には厳しいですが降給としま
①ゾーン<評価(ゾーンより評価が高
いとき)→昇給
②ゾーン=評価(ゾーンと評価が同じ
す。例えば、S ゾーンで B 評価なら- 2 号、
とき)→ 1 号だけ昇給するがゾーン
A ゾーンで B 評価なら- 1 号といった具合
の上限で昇給停止
③ゾーン>評価(ゾーンより評価が低
です。
どこまで下げるかというと、B 評価が続
いとき)→降給
いた場合は(B)
、すなわち B ゾーンの上限
額までです。このように、各ゾーンの上限
額は降給になった場合の終着点にもなって
4段階接近法の意義
いるのです。
ここまで段階接近法のしくみを詳しく見
マイナス昇給の号数は- 4 号から- 1 号
てきましたが、この方法にはどんな意義が
までありますが、
これは、昇給のときと同じ
あるのでしょうか? 従来の段階号俸制と
ように、現在のゾーンと評価のかい離の大
の違いは、
「今、いくら払っているか」とい
きさによって決まります。つまり、ゾーン
うことを加味したことですが、そこに含ま
と評価の違いが大きいほど降給号数が大き
れる意義を社員と共有することが賃金管理
く(例えば S ゾーンで D 評価なら- 4 号)
、
の正当性と納得性を確保する上で非常に重
小さいほど小さくなるのです(例えば C ゾ
要です。
ーンで D 評価なら- 1 号)。
その意義を考えるために簡単な質問をし
このように図表 8 は、現在の基本給と評
てみます。
価に対応する上限額がどれくらい離れてい
るかに応じて改定号数を決めるようにして
今、基本給が大きく異なる 2 人の社員が
います。その目的は、評価に応じた基本給
同じくらいの貢献をしたとき、皆さんは 2
額を実現するとともに、賃金の中期決済性
人の賃金をどのように改定したいですか?
を確保するために基本給改定を段階的に行
例えば、基本給 20 万円の P さんと 25 万
うことなのです。基本給を段階的に近づけ
円の Q さんが、同じⅠ等級の仕事をして、2
ていくことから、図表 8 の改定方法を「段
人とも A 評価だったような場合です。恐ら
Ⓡ
階接近法 」と呼びます。
Ⓡ
※「段階接近法 」は筆者が所属する株式
く、P さんは大きく上げる一方で、Q さん
の昇給額は P さんよりも抑えたいと思われ
会社プライムコンサルタント代表の菊谷
るのではないでしょうか。
寛之氏が独自に開発したものであり、同
経営者はもちろん、働く人なら誰でも「給
40
先見労務管理 2016.7.25
料に見合った仕事をしているか」という見
た際、経営者から「こういう風にしたかっ
方があり、
「仕事に見合った給料を支払いた
た」「やりたかったことが形になっている」
い/支払ってもらいたい」と自然に考える
という声をよくお聴きします。そこには、こ
でしょう。そうすると、自ずから「低い賃
れまでなかなか言えなかった本音、例えば、
金で頑張っている人は大きく昇給し、高い
「あなたの評価は高いけれど、すでに賃金が
賃金の人には少し上げれば十分だ」という
高いからそんなにたくさんは昇給できませ
結論になると思います。
んよ」
「あなたの働きは給与に比べて物足り
そうした自然に導かれる結論を形にした
ないから少し下げますよ」というようなこ
のが、図表 8 の段階接近法です。段階接近
とをルールに基づいて説明できることへの
法の賃金管理上の意義は、
「貢献(評価)に
安堵感があるのだと思います。
応じた賃金の絶対額を実現するために、評
こうしたことを言われた社員は、初めは
価だけでなく今の賃金額も考慮して昇給額
厳しいと感じるかもしれませんが、真摯な
を決める」ということなのです。
人であれば、「自分は会社の期待に十分応
なお、基本給は日々の生活を支え、年齢
えられているのだろうか?」と自問自答し、
とともに必要な生活費が増えるという現実
さらなる貢献にむけての気づきを得るでし
がありますので、賃金表の設計にあたって
ょう。
は、D 評価でも年功的に昇給できる範囲を
また、経営者には、賃金が高い人の昇給
設けるなど、生活給の確保への配慮が欠か
を抑制する一方で、低い賃金で頑張ってい
せないことは言うまでもありません。
る人たちの昇給を大きくできることへの期
待感もあるでしょう。社員の方は、会社が
このようにして、私たちが賃金に対して
頑張りに報いてくれたと張り合いを感じる
そもそも持っている感覚に沿った賃金改定
はずです。
ルールが出来上がりました。改めて一般的
このように、段階接近法は自然な感覚に
な段階号俸制を振り返ると、この方式は
沿った処遇を実現することを通して「若手
「今、
いくら払っているか」という重要な要
に希望を与え、ベテランにさらなる成長へ
素を脇に置いた考えであったことが浮き彫
の気づきを促す」ために重要な役割を果た
りになります。
すインフラなのです。
そもそも賃金は、今いくら支給している
かを抜きにしては考えられないはずですの
ところで、賃金を下げるマイナス改定は、
で、私たちは少し「無理」をしながら昇給
日本の労働慣行や生活事情から一足飛びに
額を決めてきたのかもしれません。従来の
実行することが難しいケースもあります。
段階号俸制では、現在の賃金とは無関係に
そこで、段階接近法にはいくつかのマイナ
昇給額が決まることから、ルール通りの昇
ス改定のバリエーションがあります。
給に不全感を感じた社長がやむなく鉛筆を
次回は、このバリエーションを紹介し、さ
なめて昇給号数を調整するということが少
らにゾーン型等級別賃金表の特長を確認し
なからずあったように思います。
ていきたいと思います。
実際、コンサルティングでゾーン型等級
別賃金表と段階接近法の導入をお手伝いし
2016.7.25 先見労務管理
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