上海外国语大学 2009 年度硕士学位论文 複合動詞「~こむ」の意味用法について 专 业: 日语语言文学 研究方向: 日 语 语 法 姓 潘 名: 指导老师: 小 戴宝玉 2008 年 12 月 i 娜 副教授 謝 辞 本論文の執筆にあたりまして、指導教官の戴宝玉助教授にいろいろお世話に なりました。戴先生から貴重なデータや資料などをいただき、数々の有難い助 言を賜りました。ここで、戴先生に対して、心より厚く御礼を申し上げます。 また、論文の中間報告や中期報告の際に、審査委員会の先生方々、許慈恵教 授、周星助教授、陳小芬教授から数多くの助言と指導をいただき、特に周星先 生から生成文法に関する資料までコピーしていただいて、ここで心より深く感 謝いたします。 最後に、今まで一緒に頑張ってきた同級生の皆さんにも、感謝の気持ちを表 したいです。 i 摘 要 本论文在明确本动词「こむ」和复合动词「~こむ」的意思关系之后,详细 考察了后项动词「こむ」和前项动词的意思关系,以及复合动词「~こむ」整体 的意思及其格支配。 古日语中本动词「こむ」的意思用法,被复合动词所继承,经过“内部移动” →“密度深化” →“程度深化”的意思扩张过程,逐渐发展为 “内部移动”和 “程度深化”两种意思用法。 分析“内部移动”时,发现不管前项动词本来是否需要ニ格,复合动词「~ こむ」都需要ニ格来表示归着点,后项动词「こむ」在前项动词表达的动作及样 态上添加“进入或使其进入某个领域,并停留在那里”的意思。而分析“程度深 化”时,根据后项动词「こむ」的添加意思分成“状态长期化”、 “思考的执着”、 “状态的严重化”、“动作的累积化”四大类,分别考察其意思用法.因为是前项 动词所表达的动作或状态本身进入一种高密度状态的抽象领域,所以ニ格被吸收 掉,从而不使用。 关键词:复合动词「~こむ」、内部移动、程度深化、意思用法、格支配 ii 要 旨 本稿は、本動詞「こむ」と複合動詞「~こむ」との意味関係を明らかにする 上で、後項動詞「こむ」と前項動詞との意味関係、そして複合動詞「~こむ」 全体の意味や格支配をめぐって考察しようとするものである。 古語における本動詞「こむ」の意味は複合動詞に受け継がれ、「内部移動」 →「密度深化」→「程度深化」というような意味拡張を経て、「内部移動」と 「程度深化」と二つの意味タイプに発展してきた。 「内部移動」である場合、前項動詞がもともとニ格が必要であるかどうかに かかわらず、 「~こむ」は帰着点を表すニ格が必要となり、 「こむ」が「ある領 域の内部に入って・入れて、その場に留まる」という意味を、前項動詞の表す 動作や様態に付加するのである。一方、「程度深化」である場合は、「こむ」 が付け加える意味により、「程度深化」を「状態の長期化」、「思考の執着」、 「状態の深刻化」、「動作の累積化」の四つに分類して、その意味用法をそれ ぞれ考察してきた。いずれもニ格を用いない。前項動詞のあらわす動作・状態 そのものが密度の濃い状態という抽象的な領域に入ることを表しているから、 ニ格が吸収され、用いない。 キーワード:複合動詞「~こむ」、内部移動、程度深化、意味用法、格支配 iii 目次 1. はじめに ........................................................................................................................................... 1 2.0 先行研究とその問題点............................................................................................................. 3 2.1 姫野(1978,1999)の研究 ................................................................................................. 3 2.2 松田(2001)の研究 .............................................................................................................. 3 3.0 本動詞「こむ」と複合動詞「~こむ」の意味関係 .............................................................. 6 3.1 本動詞「こむ」について ..................................................................................................... 6 3.2 辞書の記述に見る「~こむ」 ........................................................................................... 8 3.3 複合動詞「~こむ」の意味構造 ..................................................................................... 9 4.0 内部移動 ...................................................................................................................................... 12 4.1 主体の内部移動(N が~に~こむ) .......................................................................... 12 4.1.1 ニ格を伴わない移動自動詞を前項動詞とするとき................................. 12 4.1.2 ニ格を伴う移動自動詞を前項動詞とするとき ........................................... 14 4.1.3 動作または事柄の様子を表す自動詞を前項動詞とするとき ............. 17 4.2 対象の移動を表す(N が~を~に~こむ) ............................................................. 18 4.2.1 ニ格を伴わない他動詞を前項動詞とするとき .......................................... 18 4.2.2 ニ格を伴う他動詞を前項動詞とするとき ..................................................... 19 5.0 程度深化 ...................................................................................................................................... 21 5.1 状態の長期化 .................................................................................................................... 21 5.2 思考の執着 ......................................................................................................................... 23 5.3 状態の深刻化 .................................................................................................................... 25 5.4 動作の累積化 .................................................................................................................... 26 6.辞書における登録の状況 ......................................................................................................... 28 7.おわりに............................................................................................................................................ 30 参考文献 ............................................................................................................................................... 32 注 .............................................................................................................................................................. 33 iv 1. はじめに 日本語表現において動詞の占める役割が大きい。「日本語的な表現の多くは動詞に支え られていると言っても過言ではないぐらい、動詞は日本人の日常言語生活で多用されてい る。」と森田(1978)が述べている。その中に、 「役立つ」 「申しこむ」 「思い出す」のよう な複合動詞が、国立国語研究所の『複合動詞資料集』1(野村・石井 1987)によると、動 詞の四割近くを占めているということである。ここでいう複合動詞は、前項動詞の連用形 に後項動詞が結びついて、一つの動詞としての意味・用法を持つもの、いわゆるⅤ+Ⅴタ イプの複合動詞に限定する。実際に行われる一つの動作を、異なる動作を表す二つの要素 を用いて表すから、複合動詞は単純動詞ではもち得ない豊かな表現力を有しているといわ れている。 しかし、日本人がいかに多くの複合動詞を日常的に使っているかにも拘らず,われわれ 日本語学習者にとっては、複合動詞を普通に使うどころか、その意味を正しく理解するこ とさえそれほど容易なことではない。なぜなら、日本語では複合動詞の数は約 7,500 語 にも達し、これだけ多くの単語を把握するのはまず難しいことであるから。そして、教科 書に出る動詞がほとんど単純動詞で、単純動詞が結合した複合動詞については、じっくり 勉強する機会はあまりない。つまり、個々の単純動詞の意味・用法には習熟するが、結合 した複合動詞の意味を十分理解しているとは限らないのである。 中でも、 「走りこむ、書きこむ、思いこむ、冷えこむ」など、 「こむ」を後項動詞とする 複合動詞(以下、「~こむ」と表記する)が挙げられる。前掲の『複合動詞資料集』によ れば、 「こむ」と結合する前項動詞の数が 231 語もあり、語彙的複合動詞2の中では第一位 であるということである。また、その前項動詞には「他動詞,非能格自動詞,非対格自動 詞の総てが有資格であり、先に見た他動性調和の原則に違反している。」3と影山(1993) が指摘している。 このように前項動詞の種類が多種多様であれば、「~こむ」全体の意味分析も複雑にな ることが予想できる。例を挙げて言えば、「飛びこむ」は「飛んで中に入る」という意味 であるのに対して、 「思いこむ」は「すっかり信じてしまう」という意味になる。また「冷 えこむ」は「すっかり冷たくなる」という意味を表している。つまり、結合する前項動詞 の意味範疇によって、複合動詞「~こむ」全体としての意味が変わってくるということで ある。 本稿では、本動詞「こむ」と複合動詞「~こむ」との意味関係を明らかにしようとする。 その上で、「こむ」がどのような前項動詞に付くか、そしてそれらの前項動詞がそれぞれ どのような意味範疇に属するかについて考察したい。また、それぞれの意味範疇に属する 前項動詞に「こむ」が付くと、どのような意味が付け加わるか、複合動詞「~こむ」全体 1 の意味や格支配がどのように変わってくるかについても、詳しく論じたい。ただ、「~こ む」の前項動詞が同一の意味範疇に属するものでも、付くものと付かない動詞がある。た とえば、動詞「しみる」と「にじむ」はいずれも「液体が表面に広がる」という意味を表 すが、 「しみこむ」は言えるが、 「にじむ」とは結びつかない。ここでは語彙的制限が働い ていると考えられる。「~こむ」の意味用法を考察する際、これをも考慮に入れて、全面 的に後項動詞としての「こむ」の意味および前項動詞との意味関係を明らかにするべきで ある。 以下、本稿の構成について述べる。まず、2節では、「~こむ」の意味用法に着目した 先行研究をとりあげる。3節では、「~こむ」の通時的意味の拡張を踏まえ、本動詞「こ む」と複合動詞「~こむ」の意味関係を明らかにし、さらに「~こむ」の意味構造を検討 する。4節と5節では前項動詞の意味カテゴリーにより、「~こむ」の意味用法を「内部 移動」と「程度深化」との二種類に分類した上で、さらに細分化してそれぞれの意味と格 支配を考察する。6節では、複合動詞「~こむ」の辞書における登録状況に触れる。最後 に、7節では本稿のまとめと今後の課題について述べる。 なお、研究対象としては、『複合動詞資料集』の「複合動詞連接表」にある「~こむ」 (231 語)をもとに、その実例を戴宝玉先生からいただいた用例をはじめ、手元にある小 説やインターネットから用例を抜き出し、その意味と用法の分析を行った。 2 2.0 先行研究とその問題点 「~こむ」に関する先行研究には次のように、優れた先行研究が二つ挙げられる。まず、 これらの先行文献を検討し、問題点を整理して、本稿の立場をはっきりさせたい。 2.1 姫野(1978,1999)の研究 「~こむ」の用法について、はじめて詳しく考察したのは姫野(1978)である。姫野 (1999)は、姫野(1978)をもとに細部に若干手を加えているが、文章の構造も要旨もほ とんど変わらないものである。姫野は、本動詞「こむ」には広辞苑に述べた「内部へ内部 へと物事が入り組んで密度が高まること」と「まわりを固く囲んだ中に何かを入れて動か さないようにすること」との二つの意味があると指摘し、 「~こむ」の用法を「内部移動」 (=主体あるいは対象がある領域の中へ移動することを表す)と、 「程度進行」 (=動作・作 用の進行により程度が高まり、ある密度の濃い状態に達することを表す)の二つに大別し ている。そして移動していく領域の形態的特徴から「内部移動」を7グループに、進行の 様態により「程度進行」を3グループに分類している4。 このように数多くの「~こむ」は、姫野の二分法によってかなりよく整理されたと言 える。本稿もそれを踏まえて「~こむ」の意味用法を分析しようとする。ただ、 「程度進 行」を「程度深化」に変えたほうがもっとよいだろう。なぜかというと、程度が進行し ているのではなく、動作や作用の進行によって、結果的に程度が深化しているからであ る。また、移動領域の形態による「内部移動」の下位分類は、「~こむ」の意味分析に有 効的なものではない。たとえば、「にわか雨を避けて喫茶店に飛び込む」は「閉じた空間 への移動」に分類されるが、「海に飛び込む」は「流動体の中への移動」に分類されるこ とになる。そして、「お母さんの胸に飛び込む」という文脈では「動く取り囲み体への移 動」類に入る。単に移動先の形態に視点を置いたので、前項動詞そのものの意味分析に は触れていない。そのため、前項動詞の意味や格支配についてもあまり説明しておらず、 また「こむ」と前項動詞との意味関係に関する論述も不十分だといえる。それに、本動 詞「こむ」には二つの意味があると指摘しながら、後項動詞「こむ」の意味用法がどの ように本動詞「こむ」から派生してきたのかについては言及しておらず、「内部移動」と 「程度深化」との二つの用法がまったく無関係のように分析していたのである。 2.2 松田(2001)の研究 松田(2001)は認知意味論の枠組みである「コア図式」を援用して、姫野で分類された 「~こむ」の多様な用法を、単純な一つのイメージ図式から統一的に説明することを試み たものである。 「『~こむ』には多様な意味タイプがあるが、認知意味論の主要な概念であ 3 るイメージ・スキーマに『焦点化』(=イメージ図式のどの部分が認知的に際立っているか) という操作を加えるという手法によって、何故そのような多様な意味タイプが可能になる のか、そして個々のタイプはそれぞれどのような関係にあるのかが説明されている。」5 松田は「~こむ」を以下の表1のように四つのタイプに分けた。 表1.「~こむ」の意味分類 ニ格を伴う「~こむ」 Aタイプ Bタイプ 前項動詞は「内部移動」を含意しない。 前項動詞自体が「内部移動」を含意する。 例)飛びこむ、呼びこむ 例)入りこむ、 植えこむ ニ格を伴わない「~こむ」 Cタイプ Dタイプ 前項動詞が示す状態への変化とその状 前項動詞の反復行為により生じる状態変 態への固着。 化。(目標に向けて) (無意志動詞) 例)眠りこむ、 冷えこむ (意志動詞) 例)磨きこむ、煮こむ 表1に見るように、「ニ格を伴う用法」は姫野(1999)で言う「内部移動」と一致してい るが、松田はさらに前項動詞が「内部移動」を含意するかどうかによって、ふたつのタイ プに分類した。即ち、「飛びこむ、人を呼びこむ」のように前項動詞自体は「内部移動」 をあらわさないが、「~こむ」が付加されることによって「内部移動」をあらわすように なるタイプ(Aタイプ)と、「入る、植える」など既に「内部移動」を含意している前項動 詞に「~こむ」が付いたら、V1した行為の結果状態の固着を表すタイプ(Bタイプ)の2 タイプである。 他方、 「ニ格を伴わない用法」もふたつのタイプに分けられた。即ち、 「眠 りこむ」のように前項動詞の示す状態へ状態が変化(=「眠っていない状態」から「眠っ ている状態」への変化)し、「~こむ」は「その状態に固着する」ことをあらわすタイプ (Cタイプ)と、「磨きこむ、煮こむ」のように前項動詞の反復行為あるいは長時間にわ たる行為により生じる状態変化をあらわすタイプ(Dタイプ)の二つである。 松田は認知意味論の方法を用いて、多義的な「~こむ」の用法を統一的に説明する試み が「~こむ」の意味理解を促す手段として実に有効だといえる。ただ、Aタイプの前項動 詞が一口に「内部移動」を含意しないといっても、「呼ぶ」のように「移動」を意味しな いものと、 「飛ぶ」のように「移動」を意味するものとがある。つまり、Aタイプには違う 性質を持つ二つの種類があるということで、さらに分けて分析しなければならない。それ 4 から、松田の分類によって分析できない「~こむ」が数多く残っている。たとえば、ニ格 を伴わない「考え込む」、 「思い込む」など前項動詞が状態の変化を示すものではない場合、 「こむ」が「考える」や「思う」などにどのような意味を付け加えたか、またどの類に入 れるべきかは言及されていない。以上の点を考えて、本稿では、「考え込む、思い込む、 信じ込む」などいわゆる認識動詞に「こむ」が付くと、どのような意味が付け加わるかに ついて検討したい。 5 3.0 本動詞「こむ」と複合動詞「~こむ」の意味関係 複合動詞「~こむ」について意味用法を分析する前に、まず本動詞「こむ」の意味用法 について検討する必要がある。現代語においては、本動詞「こむ」は自動詞としての働き しかない。「朝は電車がこむ。」などのように、特定の領域が人や物などでいっぱいにな るということを表す。ところが、複合動詞の後項動詞となると、「内部移動」または「程 度深化」というまったく違ったような意味を表すようになる。語の意味が常に時の流れと 共に変化し、拡張していくのだから、「こむ」の意味にも意味の拡張が生じたのだろう。 本章では、本動詞「こむ」の意味を解明する上で、複合動詞「~こむ」との意味関係をは っきりさせたい。 3.1 本動詞「こむ」について まず、本動詞「こむ」の意味について見てみたい。『学研国語大辞典』(学習研究社) の解釈を見ると、「こむ」(込む)は自動詞五段動詞で、次のような解釈が書かれている。 ① 多すぎる物がはいる。混雑する。「割合に枝の込まない所は、依然として、うらら かな春の日を受けて、萌え出でた下草さえある<夏目・草枕>」 ② 〔特に、建物・乗物などの中に〕多すぎる人がはいる。混雑する。〔帰路の電車に 乗ると、それが如何に込んでいても、なんとなくほっとした<堀田・広場の…>〕 ③ 〔仕組みが〕複雑に入り組む。「彼はますます手の込んだあくどいいじめ方を考え 出した<石原・太陽の季節>」 以上に見たように、「こむ」は三つの意味をもっている。だが、①と②はいずれも多す ぎる主体が一つのところに入る、混雑するという意味を表すから、ほかの辞書ではほとん ど「物や人などが多く入りあう。混雑する。」というように解釈している。ただ、実際の 使用状況からいえば、「朝は電車がこむ」や「仕事が込んでいる」などのように、「物や 人などが多く入りあう。混雑する。」という意味で使われているのがほとんどである。そ れに対して、「〔仕組みが〕複雑に入り組む」という意味用法は、現代日本語では「手が こむ」という固定化した表現の中にしか現われない。こういう意味での「こむ」はすでに 慣用句化して、ほかの語と自由に組み合わせて文を作ることができないと言ってもよかろ う。つまり、現代日本語における「込む」は特定の領域が人や物などでいっぱいになると いう用法がほとんどだということだ。さて、複合動詞「~こむ」における「こむ」の「内 部移動」か「程度深化」という意味がどこから来たのだろうか。 次に古語に目を向けてみたい。幾つかの古語類辞典で調べたところ、「こむ」には十余 りの意味が羅列されている。自動詞としての働きはもとより、他動詞としての用法もある ことが分かった。ここでは古語と現代語両方とも扱う『日本国語大辞典』(小学館)をは 6 じめ、幾つかの古語類辞書の解釈を次のようにまとめた。 ア.自動詞で、四段動詞 ① ある場所いっぱいに人やものが入りあう。また、用事などが一度に重なり合 う。「人げ多くこみては、いとど御心地も苦しうおはしますらむ<紫式部>」 ② 複雑に入り組む。精巧に作られる。「角から角迄も手のこうだ普精じゃ<虎 寛本狂言・子盗人>」 イ.他動詞で、四段動詞。 ① 費用や日数を費やす。 「多人数の道中に日をこみ、京着延引に罷成れば<浄瑠璃・ 三荘太夫五人嬢>」 ② 中に詰め入れる。「鉄砲に薬を込む。<日葡辞書>」 ③(飲み込む意)承知する。心得る。「ヲツト皆までいはんすな。込んでいる<浮世 風呂四・中>」 ウ.他動詞で、下二段動詞。「こもる」に対する他動詞。 ① (ある物の中に他の物を)いっぱいになるように入れる。詰める。「見れば這銕 砲に両丸さへ籠めてあり<八犬伝 9・172>」 ② こもらせる。入れて置く。おさめる。「女をばまかでさせて、蔵に-·めて<伊勢 65>」 ③ 表面にあらわさないように内側に入れる。包みかくす。「な咲き出でそね―· めてしのばむ<万葉 3575>」 ④ 一ヵ所に集める。また、含ませる。 「これはわが仙術の奥儀を―·メシ団扇なり」。 エ.自動詞で、下二段動詞。 霧や煙などがあたりいっぱいに広がる。たちこめる。「かすみこめたるながめのた どたどしさ<十六夜日記>」 この中に、自動詞で四段動詞の「ある場所いっぱいに人やものが入りあう。また、用事 などが一度に重なり合う。」、そして「複雑に入り組む。」といった用法が前に述べたよ うに現在でもよく使われている。それにひきかえ、ほかの意味用法はすでに現代日本語か ら姿を消したようである。他動詞で四段動詞の中に、「費用や日数を費やす」という用法 は現代日本語には見られない。また、「承知する、心得る」という意味での「込む」が「飲 み込む」に、「霧や煙などがあたりいっぱいに広がる」という意味での「込む」が「立ち こめる」に取って代わられた。 それに対して、「こもらせる。入れて置く。つめる。おさめる。」はすなわち「内部へ 移動させる」ということであろう。「表面にあらわさないようにする。包みかくす。秘す る。」は「ある領域の内部へすっかり入れる」と言い換えてもよかろう。そして、「中に 詰め入れる。」という意味用法は、17 世紀初頭に編纂された日ポ辞書にはじめて出た。 7 「tepponi cusurio comu。(鉄砲に薬を込む)」という用例で、内部への方向性を表す用 法だとされている。さらに、「一ヵ所に集める。」は「人や物をある領域に入れることを 繰り返し、その結果として密度が濃くなる」と理解できる。「ある場所いっぱいに人やも のが入りあう。また、用事などが一度に重なり合う。」と合わせて、この用法を「程度深 化」に倣って「密度深化」と名づけてもいいであろう。 このように、本動詞「こむ」が「対象が領域の外から領域の内部へ移動する/移動させ る」(姫野(1978、1999)で言う「内部移動」と一致する)という方向性や、「密度深化」 という意味を担った動詞であることがわかる。ただ、時代の流れにつれて、この用法がだ んだんなくなり、とうとう動詞「こめる」に取ってかわられたのである。一方、複合動詞 「~こむ」はこの用法を受け継いで、「こむ」を伴うことにより、「内部移動」という意 味が添加されたり、「密度深化」という意味が加えられたりすると考えられる。次に、後 項動詞としての「こむ」の検討に移りたい。 3.2 辞書の記述に見る「~こむ」 以上のように、古典の本動詞「こむ」の意味用法を分析してきた。それでは、本動詞「こ む」と複合動詞「~こむ」の意味関係はどうなのだろうか。 この節では、まず辞書の記述に見る「~こむ」にもとづいて、古語における複合動詞「~ こむ」の意味について見ておきたい。古語類辞書を見ると、古語には「こむ」が補助動詞 としての用い方が二つあることがわかる。一つは「多くの人や物が一ヶ所に集中して…す る、…して混雑する意を表す。」むしろ現代日本語における「朝の電車は込んでいる」と いう用法よりもこの用法が多い、という注釈もつけてある。 (1)「ところどころの御とぶらひの使など立ちこみたれど」(『源氏物語』) (2)「御前の人々、道もさりあへず来こみぬれば」(『源氏物語』) がその用例である。 また、もう一つは「その動作によって、あるものの中へ入れる、または入ることを表す」。 (3)「おかしき古事をもはじめより取りこみつつ、すさまじきうをりをり読みかけた るこそ物しき事なれ。」(『源氏物語』) (4)「たのぶだ人のお手にかかって、地へ三尺うちこまれて」(『狂言・鼻取相撲』)。 以上の用例はすべて中古の時代に見られたものである。前者は「密度深化」という意味 を、後者は「内部移動」という意味を前項動詞に付け加える。ここで「思い込む」や「煮 込む」のような「程度進行」という意味を付加する用法は記載されていない。 次に、『国語大辞典』(学習研究社)の記述を示しておく。 ① 「中にはいる」意を表す。 「幹部候補生のバンドをした青年が迷い込んで来た<原・ 夏の花>」 8 ② 「中にいれる」意を表す。「早速奥の宴席へ息子を招じこもうとしたが、<中山・ 厚物咲>」 ③ その動詞を強めて、「ていねいに…する」「すっかり…する」「強く…する」など の意を表す。「彼はものものしく力み込んで、<大江・飼育>」 このように、①と②の二つの用法は現在でも使われていて、一括して「内部移動」と呼 ばれている。これは本動詞「こむ」の「内部へ移動させる」の意味が複合動詞に受け継が れてきたということである。また、古語にある「多くの人や物が一ヶ所に集中して…する、 …して混雑する意を表す」、つまり「密度深化」という用法が記述されていない。そのか わり、「その動詞を強めて、「ていねいに…する」「すっかり…する」「強く…する」な どの意を表す」(いわゆる「程度深化」)という古語にない用法が載っている。それは、 人や物など具体的な形を持つ具象物がある領域に「立ちこむ」、「来こむ」、いわゆる「密 度深化」という用法から派生してきた用法だと考えられる。主体または対象の量の増加に 焦点を当てるのではなく、動作や状態などの進行に焦点を当てて、「その進行により、程 度が高まる」という意味を表すようになると想定される。認知言語学の理論から言えば、 具象から抽象へのメタファーによる意味拡張6という操作により、「密度深化」から「程 度深化」という意味に派生してきたということである。実際、現代日本語においては、 「密 度深化」という用法が完全に消えたというわけでもない。たとえば、 「仕事が立てこむ」、 「小さい家が建てこむ」などが見られるが、数が少ないから、姫野(1999)、松田(2001) では見過ごされたようで、検討されていない。だから、「~こむ」の通時的意味派生は次 のようにまとめられる。 「内部移動」→「密度深化」→「程度深化」 3.3 複合動詞「~こむ」の意味構造 このように、以上の分析で、古典語動詞としての「こむ」が持っていた意味が、現代の 複合動詞に受け継がれ、それがまだ生きていることがわかった。そして、複合動詞が力を 得る過程で、古典語にない意味も生じたことを見た。次に、複合動詞「~こむ」の前項動 詞と後項動詞の意味関係について論じておこう。 その検討に入る前に、まず複合動詞の分類についてよく知られている先行研究を見てお きたい。そして、それを踏まえて、複合動詞「~こむ」はどういう性質の複合動詞である のか、また後項動詞「こむ」が前項動詞の意味とどのように呼応するのか、分析しておき たい。 寺村(1969)はV+V複合動詞の前項と後項の意味に着目し、それぞれの意味が複合動詞 になっても保持されているかどうかという観点から、次の 4 類型に分類した。 (a)自立V+自立V…(例)縫い付ける 押し入れる 9 各部分が自立語の意味を保持 二つの動作が連結して表現される (b)自立V+付属V…(例)走りこむ 第二の要素がふつう独立して使われないか、自立語としての意味を喪失する 第二の要素が前のVのあり方を限定 (c)付属V+自立V…(例)打ち見る 引きこもる 第一の要素が本来の実質的な意味を失い、接頭語化 第二の要素になんらかのニュアンスを付加 (d)付属V+付属V…(例)とりなす のりだす 各部分が自立語の意味を喪失 一語として不可分離、一体化したもの この分類における自立語というのは、複合動詞になっても元の意味が保持されているも のを指し、付属語というのは保持されていないものを指す。この分類に照らしてみると、 一語として不可分離なものになった「仕込む」以外、複合動詞「~こむ」はすべて(b) の「自立V+付属V」類に入れるようである。というのは、本動詞の「物や人などが多く 入りあう。混雑する。」と「〔仕組みが〕複雑に入り組む」といった意味を失い、単に前 項動詞のあり方を限定し、なんらかのいわばニュアンスを加える役目をしているといえる からである。 そのなんらかのニュアンスについて、寺村(1969)は次のように述べている。「後項動詞 としての『こむ』は『ある動詞で表される動作がある場所の中へ、―具体的であれ、観念 的であれ―内部へ入っていく』」という意味を表しているという指摘が見られる。つまり 意味の面から言うと、付加的な意味をするだけである。 そして、影山(1993)(1997)が生成文法の立場から複合動詞の「派生過程の違い」に 着目し、「語彙的複合動詞」と「統語的複合動詞」と大きく2種類に分類している。 A類 語彙的複合動詞 ・前項動詞と後項動詞の意味関係が種々雑多で、しかも多くの場合は様々な程度に意味 の不透明化や語彙化が進んでいる。つまり、語彙的な結合制限がある。 (例)飲み歩く:「歩く」が付くことによって、「飲む」対象が液体全体から酒類に 限定される。 B類 統語的複合動詞 ・前項動詞と後項動詞の意味関係が完全に透明かつ合成的である。つまり、意味的制限 がない。そのため、生産性が極めて高い。 (例)飲み始める:「始める」が付いても「飲む」の意味が限定されない。 簡単にいえば、「統語的複合動詞」とは補文関係をとる複合動詞である。補文関係とい 10 うのは、例えば「話し始める」は「話すことを始める」と言い換えられるように、前項動 詞が後項動詞の目的語(または主語)となる関係を指す(例①②)。 例:①働きすぎる⇒働くことがすぎる(主述関係) ②しゃべり続ける⇒しゃべることを続ける(補足関係) 一方、「語彙的複合動詞」は「飛び上がる、押し開ける、受け取る、書き込む、泣き叫 ぶ」などのように補文関係を取らないものを指す(例③)。一つの語のまとまりとして使 われている。 例:③書き込む⇒*書くことを込む、*書くことが込む 「~こむ」はすべて補文関係を取らないから、「語彙的複合動詞」の類に入る。そのた め、前項動詞には次のような制限が挙げられる。 ① サ変動詞が「こむ」の前に来ない。 *走行しこむ、*依頼しこむ ② 代用形「そうする」との置換が不可 私が部屋に飛び込む→*彼も部屋にそうし込む ③ 主語尊敬語が不可 *書かれこむ、○お書き込みになる ④ 受身形や使役が不可 *書かれこむ、○書き込まれる *書かせこむ、○書き込ませる それは、構成要素の一部だけを変えたり、語の内部に尊敬「られ」、受身「られ」など 統語構造に生じる形態素が現れることができない、いわゆる「形態的緊密性」を持ってい るという「語彙的複合動詞」の特徴である。「~こむ」が一語としてのまとまりで活躍し ていて、意味の慣習化と語彙的結合制限という語の特徴を備えている。言い換えれば、一 定の条件を満たさないと、「こむ」と結合することは許されないということである。たと えば、後項要素としての「こむ」が「ある領域の内部に入るまたは入れる」ということを 表すものだから、 「にじむ」など「物の内部から外部へ」という意味素を含める動詞とは、 方向性が正反対だから、どうしても相容れない。 それでは、複合動詞「~こむ」では、前項動詞と後項動詞との意味関係は具体的にどの ようなものであろうか。姫野(1999)の分析によると、複合動詞「~こむ」のうち約 8 割は主体或いは対象がある領域の中へ移動することを表しているということである。その ほかは動作や作用の程度が深化することを表しているとのことである。つまり、 「~こむ」 を「内部移動」と「程度深化」に二種類に大別することができるということである。本稿 では、この分類法を踏まえて、前項動詞の意味特徴により、格支配に着目しながら、さら に詳しく分類することを試みようとする。 11
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