食道がんの口腔ケア - 一般社団法人 日本口腔ケア学会

食道がんの口腔ケア
コーディネーター
梅田 正博(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科口腔腫瘍治療学分野)
渋谷 恭之(名古屋市立大学大学院医学研究科口腔外科学分野)
今回のコンセンサスカンファレンスでは、対象を食道がん手術患者に絞って口腔機能・
衛生管理における各施設での現状、その有効性や標準化についてのパネルディスカッショ
ンを行った。
討論に先立ち、パネラーとしてまず始めに関西医科大学外科学講座講師の道浦拓医師か
ら食道がん手術の基本や合併症などについてのご講演を頂いた。具体的には食道がん治療
の一連の流れ、主な術式、術式別の肺炎罹患率、術後管理の詳細等についての説明があっ
た。近年開胸手術に代わって胸腔鏡補助下手術が広く行われるようになり、関西医大では
術後肺炎の発症率が低下する傾向があるが、全国的には胸腔鏡を用いた手術においても術
後肺炎の発症率は依然として高いのが現状であるということであった。
また梅田正博コーディネーターより、医療に対して何か情報を入手した際、その情報は
本当に正しいと言えるのか、その裏付けとなる”科学的根拠”があるかどうか?について確認
をする必要があり、統計処理を行う際には交絡バイアスに注意が必要であること等につい
ての説明があった。
○食道がん手術時の口腔管理に関するアンケート調査まとめ
名古屋市立大学病院歯科口腔外科 歯科衛生士 山内千佳
本学会より全国のがん拠点病院 421 施設に対して食道がん手術患者についての口腔ケア
に関するアンケート調査(回答施設 109、回答率 25.9%)を行った(表 1)。食道がん手術
患者の口腔ケアを実施していると回答した施設の内、最近約 1 か月間に行った食道がん手
術患者の口腔ケア患者数は約 1∼2 名が最も多く 39.2%、次いで約 3∼4 名が 16.5%。その
口腔ケア依頼方法は「院内である程度の取り決めを行っている」が 68.0%であった。対象
手術としては「開胸手術ほぼ全例」が 66.0%、「胸腔鏡下手術ほぼ全例」が 49.5%であり、
口腔ケア開始時期は「外来通院中から」が 48.5%であった(表 2)。なお、術前放射線治療
や化学療法が行われる場合に全例で口腔ケアを実施していると回答した施設は 45.4%であ
った。術後 ICU においては、口腔ケアの主な担当者は「看護師」
94.6%、
「歯科衛生士」
58.1%、
「歯科医師」43.0%、ICU での口腔ケア用具は「歯ブラシ」95.7%、
「スポンジブラシ」91.4%、
「保湿ジェル」84.9%、
「吸引器」75.3%(重複回答あり)、ICU 入室中の口腔ケア頻度は「一
日に 3∼4 回」が最も多く 62.4%、術後の IUC 入室期間はおおよそ 3∼4 日間以内が 59.2%、
術後気管内挿管した際のチューブの抜管時期は「術後おおよそ一日以内」が最も多く 24.7%、
「術直後」が 21.6%であった(表 3)。一般病棟での口腔ケアの主な担当者は「看護師」
94.8%、
「歯科衛生士」61.9%、
「歯科医師」36.1%、
「患者本人」13.4%であり(重複回答あり)、そ
の頻度は「一日に 3∼4 回」が最も多く 46.4%であった。口腔ケアを行う際の体位はギャッ
ジアップまたは座位が 62.9%(図 1)。術後の嚥下訓練の主な担当者は「言語聴覚士」80.4%、
「看護師」36.1%(重複回答あり)
(表 4)。食道癌患者に対する周術期口腔機能管理を実施
する上での問題点としては、
「歯科受診時に口腔ケアの必要性などの説明が患者に行き届い
ていない」や、「誤嚥させないための体位への配慮」などが挙げられた。
○食道がん術後肺炎予防に対する周術期口腔機能管理の有効性に関する多施設共同後ろ向
き研究
長崎大学病院周術期口腔管理センター 講師 五月女さき子
食道がん手術(内視鏡下切除を除く)における術後肺炎発症率は 20∼30%と高く、その
主要な原因として病原性微生物を含んだ口腔咽頭貯留液の誤嚥が考えられている。食道が
ん手術時に口腔ケアを行うことにより術後肺炎を予防しようとする試みがいくつかなされ
てきたが、エビデンスレベルの高い報告は皆無である。そこで今回、長崎大学病院、鹿児
島大学病院、神戸大学病院、名古屋市立大学病院、関西医科大学病院、信州大学病院の 6
施設の参加をいただき、多施設共同後ろ向き研究を行った。
対象患者は内視鏡下手術を除く食道がん手術施行患者 383 例で、術後肺炎発症の有無を
目的変数、年齢・性・BMI・喫煙・飲酒・糖尿病・高血圧・クレアチニン・FEV1%・アル
ブミン・腫瘍の位置・ステージ・手術時間・出血量・開胸の有無・術前化学療法・術後嚥
下障害の有無・口腔ケア介入の有無の 18 因子を説明変数とし、両者の関連性について単変
量、多変量解析を行った。また、周術期口腔機能管理の有無と平均在院日数や合併症によ
る死亡率との関連について検討を行った。
結果として、単変量解析では喫煙の有無、術後嚥下障害の有無、口腔ケア介入の有無の 3
因子が術後肺炎と有意に関連し、多変量解析では糖尿病あり、術後嚥下障害あり、口腔ケ
ア介入なしの 3 因子が術後肺炎発症に関して独立したリスク因子として抽出された(図 1)。
しかしその結果を詳細にみると、術後嚥下障害のない患者においては口腔ケア介入は術後
肺炎発症を抑制したが、術後嚥下障害を生じた患者においては口腔ケア介入の有無にかか
わらず高率に術後肺炎を生じており(表 1)、嚥下障害患者に対する口腔ケア方法の確立が
必要であることが示唆された。一方、口腔ケア介入と平均在院日数や合併症による死亡率
との関連性は認められなかった。本研究は後ろ向き研究であり口腔ケア方法については統
一されていないことなどいくつかの欠点はあるが、口腔ケア介入により食道がん術後肺炎
の発症を抑制しうることを明らかにした初めての研究である。現在口腔ケア学会共同研究
委員会においてさらに大規模な調査を行うことを検討中である。
図 1 単変量解析の結果
表1
術後嚥下障害別にみた口腔ケアの効果
肺炎発症率
P値
なし
15/177 (8.5%)
17/100 (17%)
0.049
あり
25/57 (43.9%)
27/49 (55.1%)
0.300
嚥下障害
口腔ケア介入
なし
あり
嚥下障害患者の口腔ケア方法を考える上で、当科で行っている口腔がん患者における術
後創部感染に関する研究、および要介護高齢者の肺炎予防に関する研究結果についても紹
介した。まず、口腔がん患者を用いた研究では、1)口腔がん手術翌日から経口摂食可能な
患者では、手術翌日の唾液中細菌数は健常者と同等であり、通常の口腔ケアを行えば術後
創部感染のリスクは少ない、2)術後経管栄養となった患者では、手術翌日の唾液中細菌数
には大きなばらつきがあり、含嗽が可能な場合は含嗽後の唾液中細菌数は健常者と同程度
にまで減少するが、含嗽が困難な場合は通常の口腔ケアを行っても唾液中細菌数はそれほ
ど減少しない、3)気管切開患者では唾液中細菌数は健常者の 100 倍程度と非常に多く通常
の口腔ケアを行っても減少しない、洗浄を加えると健常者程度にまで減少するが 3 時間後
には元に戻る、舌背にイソジン液を塗布するとある程度の細菌増殖抑制効果があり、テト
ラサイクリン軟膏を塗布すると 6 時間程度細菌増殖を抑制することができる、ことなどが
明らかとなった。要介護高齢者を用いた研究では、1)常食や粥食摂食者では口腔衛生状態
を良好に保つと唾液中細菌数は減少傾向にある、2)胃瘻造設者では口腔衛生状態に関係な
く唾液中細菌数は著しく多い、ことなどが明らかとなった。これらのように、食道がん患
者だけではなく、口腔がん手術患者や要介護高齢者においても、口腔ケアにより口腔内細
菌数は減少し肺炎などの合併症の抑制効果が期待できるが、一方で嚥下障害患者において
は機械的口腔ケアのみでは口腔内細菌数を減少させる効果に乏しいことが示された。
以上の結果より、われわれは食道がん患者に対する口腔ケアとして以下の方法を提唱し、
そのエビデンスについて今後検討を進めたいと考えている。
1)対象
開胸手術および胸腔鏡補助下食道がん手術
2)術前
プラーク除去や口腔衛生指導
含嗽指導
3)術後
セルフケア指導
3 時間ごとに含嗽と舌背消毒(嚥下障害患者では必須)
4)挿管中
3 時間ごとに洗浄と舌背消毒
ポピドンヨード液の咽頭噴霧
(抗菌薬の局所投与を今後検討)
※総合討論と座長総括
各パネラーの発表を受けてパネルディスカッションを行った。
まず始めに食道がん手術の周術期に口腔ケアを実施することは、今後も対象施設を増や
して再検討すべき余地はあるものの、肺炎などの合併症を軽減する上ではおおよそ有用で
あることが確認された。
次に口腔ケアの対象とすべき術式については、近年広がりつつある胸腔鏡下手術におい
ても術後肺炎が認められることから、開胸手術はもちろんのこと非開胸手術や胸腔鏡下手
術も含めてマンパワーの許す限り口腔ケアの対象に含むべきと確認された。
口腔ケアの開始時期については、アンケート調査でも 48.5%の施設において手術前の外
来通院中から開始されている実態が判明しており、術前に抜歯すべき歯が多い傾向にある
こと、歯周病に対してはある程度の治療効果を得たうえで手術を実施すべき点などを考慮
し、外来通院中から開始すべきことが確認された。
実際の口腔清掃については含嗽剤を使用している施設が 30.1%であったのに対して保湿
ジェルを使用している施設が 84.9%であったことから、洗浄を行わずに保湿ジェルで口腔
内を湿潤させ、吸引器で誤嚥させないよう汚染物を回収しながら口腔ケアを行っている施
設が多いことが確認された。その一方で、長崎大学では口腔内を洗浄する方法を用いて効
果を上げていること、外科医師である道浦先生からも口腔内洗浄による合併症などの不安
は感じられないとの意見があり、口腔内洗浄の可否については今後の検討課題となった。
また洗浄する際に海外では 0.12%以上のクロルヘキシジンが用いられているが国内では使
用できないことから、代替としてイソジン液などの使用を検討すべきことが話し合われた。
長崎大学のデータでは生食などによる洗浄を行っても 3 時間程度で細菌数が元に戻ってし
まうが、イソジン液などを使用することで回復までの時間を延長できる可能性が示唆され
た。一方、口腔ケアの頻度については 1 日に 3∼4 回行っている施設が最も多く、ICU では
62.4%の施設が、一般病棟ではやや少なく 46.4%の施設が 1 日に 3∼4 回口腔ケアを行って
いる実態が判明した。
最後に口腔ケア実施の際の患者体位については、日本集中治療医学会の人工呼吸器関連
肺炎予防バンドル 2010 改訂版で推奨されている頭部挙上 30°が半数の施設で口腔ケアの際
にも採用されており、またギャッジアップ 30∼45°とする回答が約 8 割の施設でみられたこ
とから(図 1)、ギャッジアップ 30∼45°程度が望ましいとの結論に至った。