(定年後再雇用者と正社員との賃金相違、労働契約法20条違反)事件

2016/7/25
第103回 長澤運輸(定年後再雇用者と正社員との賃金相違、労働契約法20条違反)事件 | WEB労政時報(WEB限定記事)
第103回 長澤運輸(定年後再雇用者と正
社員との賃金相違、労働契約法20条違反)
事件
長澤運輸(定年後再雇用者と正社員との賃金相違、労働契約法20条違反)事件(東
京地裁 平28.5.13判決)
運送会社において定年後再雇用された嘱託職員について、正社員との間に賃金の定め
に相違があるところ、その職務の内容、当該職務の内容および配置の変更の範囲に全
く違いがないにもかかわらず、当該相違を設けることを正当と解すべき特段の事情も
認められないため不合理であるとして、労働契約法20条に違反すると判断した事例
掲載誌:公刊物未登載
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
被告(以下「Y」)は、セメント輸送、液化ガス輸送、食品輸送等の輸送事業を営む会
社であり、原告3名(以下「X1」ないし「X3」、総称して「Xら」)は、Yにおいて定年
後再雇用された嘱託社員として、トラック等の運転業務を行っていた。
本件では、Xらと正社員である乗務員らとの間において、業務の内容および当該業務に
伴う責任の程度に違いはなく、また、配置転換等の可能性についても、両者は同一の労働
条件であったが、Xらの給与額の定めについては、正社員である乗務員との間で相違(以
下「本件相違」)があった。そのため、Xらは、本件相違が労働契約法20条に違反すると
して、主位的に、正社員である乗務員らに適用される就業規則等の規定の適用を受ける労
働契約上の地位の確認を求めるとともに、当該就業規則等の規定により支給されるべき賃
金と実際に支払いを受けた賃金との差額等の支払いを求め、予備的に、不法行為に基づく
損害賠償請求として、上記差額相当額等の支払いを求めた。
[1]本判決の認定した事実
本判決において認定された事実の概要は以下のとおり。
年月日
事 実
H22.4.1
Y、定年後再雇用者採用条件を策定。
H26.3.31
X1、Yを定年退職した上で有期労働契約を締結し、定年後再雇用の嘱託社員とし
て再入社。
H26.4.10
Y、労働組合との間で団体交渉を実施。
H26.4.25
組合側は定年退職者を定年前と同額の賃金で再雇用することを要求し、Yは、調整
給の支給額を2万円にすることを決定、再雇用者採用条件を改定。
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H26.6.2
Y、労働組合との間で、X2およびX3の定年退職後の労働条件について団体交渉を
H26.7.23
実施。
組合側は定年前と同額の賃金で再雇用するとともに、再雇用者に一時金を支給す
ることを改めて求めたが、Yは応じず。
H26.9.30
X2およびX3、Yを定年退職した上で有期労働契約(以下、X1との間のものを含め
「本件有期労働契約」)を締結し、定年後再雇用の嘱託社員として再入社。
なお、本件では、上記の事情のほか、(1)本件有期労働契約において、勤務場所およ
び業務内容(乗務員)は特定されていたが、Yが業務の都合により勤務場所および担当業
務を変更することがある旨が定められており、正社員就業規則にも同旨の定めがあるこ
と、(2)Xらの業務の内容は、正社員である乗務員らと同様、トラックに乗務して指定
された配達先にバラセメントを配送するというものであり、嘱託社員であるXらと正社員
である乗務員らとの間において、業務の内容および当該業務に伴う責任の程度に違いはな
いことが認定されている。
[2]主な争点
本件の主な争点は、(1)本件相違が不合理なものと認められ、労働契約法20条に違反
するか否か、および(2)労働契約法20条違反が肯定される場合に、その効果としてXら
に関する賃金の定めが、正社員の労働契約の内容である賃金の定めと同じものになるか、
である。
2 判断
[1]本件相違が不合理なものと認められるか否かについて
本判決は、労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相
違が不合理なものと認められるか否かの考慮要素として、①労働者の業務の内容および当
該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容および配置の変更の範囲、ならびに③その他
の事情を掲げているところ、まず、上記③について特段の制限を設けていないことから、
上記不合理性の判断においては、一切の事情を総合的に考慮して判断すべきとした。
その上で、具体的な判断枠組みについて、「同条が考慮要素として上記①及び②を明示
していることに照らせば、同条がこれらを特に重要な考慮要素と位置づけていることもま
た明らかであ」り、また、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パート
タイム労働法」)9条が、短時間労働者に関し、上記①および②が通常の労働者と同一で
ある限り、その他の事情を考慮することなく、賃金を含む待遇について差別的取り扱いが
禁止されていることに鑑みると、上記①および②が同一であるにもかかわらず、「労働者
にとって重要な労働条件である賃金の額について、有期契約労働者と無期契約労働者との
間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事
情がない限り、不合理であるとの評価を免れない」とした。
そして、本件について、有期労働契約者であるXらは、無期契約労働者である正社員と
の間で上記①および②について同一であると認められるところ、本件相違を正当と解すべ
き特段の事情は認められないことから、本件相違は上記①ないし③に照らして不合理なも
のであり、労働契約法20条に違反すると判断した。
[2]労働契約法20条違反の効果について
また、本判決は、労働契約法20条は、単なる訓示規定ではなく、民事的効力を有する
規定であると解するのが相当であり、同条に違反する労働条件は無効となるとした。その
上で、Yでは正社員就業規則が原則として全従業員に適用されるものとされており、嘱託
社員についてはその一部を適用しないことがあるとして、嘱託社員固有の労働条件につい
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ては嘱託社員就業規則および嘱託社員労働契約書がこれを定めていたところ、嘱託社員の
労働条件のうち賃金の定めに関する部分が無効である場合には、正社員就業規則の定める
上記原則に従い、当該無効部分についてこれに対応する正社員就業規則その他の規程が適
用されることになる(したがって、正社員の労働契約の内容である賃金の定めと同一とな
る)と判断した。
3 実務上のポイント
労働契約法20条違反が問題となった裁判例としては、すでに、ニヤクコーポレーショ
ン事件(大分地裁 平25.12.10判決 労判1090号44ページ)、ハマキョウレックス事
件(大津地裁彦根支部 平27.9.16判決 労働判例ジャーナル48号2ページ)が存在する
ところ、本判決は、これらに引き続いて労働契約法20条違反が争われた裁判例であり、
その判断枠組みや効果について一定の見解を示したという点において、実務上大きな意義
を有する。また、定年後再雇用の社員については、実務上、正社員時代よりも給与額を減
額して再雇用することが多いと思われるところ、本判決の判断を前提とすれば、このよう
な取り扱いをしている場合には、職務内容等の労働条件について、正社員時代との相違の
有無の見直しを行う必要があることになる点で、定年後再雇用の実務に与える影響は少な
くないと解される。
[1]労働条件の相違に関する不合理性の判断枠組みについて
(1)「その他の事情」の範囲
労働契約法20条が、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合
理なものと認められるか否かの考慮要素としている、③その他の事情については、この考
慮要素にどこまでの事情を読み込むことができるのかについて、学説上も争われていた。
この点について、本判決は、上記2[1]のとおり、「一切の事情を総合的に考慮して
判断すべき」と述べ、上記③について、中核的な労働契約内容ではない周辺的な労働契約
内容や労使交渉の経過などを広く含む要素であると解する通説的見解(菅野和夫『労働法
第11版』[弘文堂]340ページ)と同様の解釈を示すものといえよう。
(2)比較対象の設定
上記2[1]のとおり、本判決は、上記①および②の同一性判断に際して、その比較対
象を広く「正社員」と設定するのみであり、具体的にどのような「正社員」と比較すべき
かについては言及していない。しかし、不合理性判断において、どのような無期契約労働
者の労働条件を、上記①および②の同一性判断の比較対象とするかは、労働契約法20条
の解釈・運用に当たり非常に重要な事柄であり、今後の裁判例の蓄積が待たれるところで
ある。
(3)不合理性判断における判断枠組み
上記2[1]のとおり、本判決は、有期契約労働者の①業務の内容および当該業務に伴
う責任の程度、ならびに②当該職務の内容および配置の変更の範囲が無期契約労働者と同
一である場合には、両者の間の賃金額の相違は、その程度にかかわらず、③これを正当と
解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れないと述べ、その根拠とし
て、パートタイム労働法9条が、短時間労働者と通常の労働者との間の差別禁止を定めて
いることを引用していることからすると、まさに上記①および②の同一性を、要素ではな
く要件とする趣旨とも理解できる。
労働契約法20条がいかなる規範を定めるものであるかについては、学説上も諸説存在
するが、このような理解を前提とすれば、本判決は、パートタイム労働法9条に依拠した
解釈を行うことにより、いわゆる「均等」の理念を反映した差別的取り扱いの禁止を定め
る規定と解する見解(西谷敏『労働法 第2版』[日本評論社]452ページ)に類する立
場に立つものと評価できる。
他方で、労働契約法20条に定める不合理性の判断については、文理上は、上記①ない
し③の要素の総合考慮を行うものであると読めるところ、本条の制定に係る国会審議で
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は、本条の定める「不合理と認められるものであってはならない」という要件は規範的要
件であり、両当事者が主張、立証を尽くした結果が総体として評価されるものと説明され
ている。
したがって、本判決は、上記①および②の考慮要素としての重要性を基礎づける趣旨で
パートタイム労働法9条を引用する趣旨にとどまり、上記①および②について同一である
と認められた場合には、③これを正当と解すべき特段の事情がない限り、原則として不合
理であると評価すべきであるとの総合考慮における一つの評価基準を述べる趣旨と解する
余地も十分に存在する。
本判決は控訴されており、本判決の示す判断枠組みの解釈について、本判決の上級審お
よび今後の裁判例の動向が注目されるところである。
[2]労働契約法20条違反の効果について
本判決は、上記2[2]のとおり、労働契約法20条を単なる訓示規定ではなく、民事的
効力を有する規定であるとして、これに違反する労働条件の定めは無効となるものとし
た。このような強行法規制を超えて、本条違反の労働条件の定めについて、比較の対象と
された無期契約労働者の労働条件の定めを適用するものとする、いわゆる補充的効力まで
認められるかについては、学説上も争いがあるところ、本判決は、この点には言及するこ
となく、就業規則間の適用関係に着目して、補充的効力を認めるのと同様の結論を導い
た。
したがって、本件とは異なり、そもそも有期契約労働者と無期契約労働者との間で適用
される就業規則が完全に独立しており、相互に引用する関係に立たないような場合に同様
の結論となるのかは明らかではなく、この点に関する判断は今後の裁判例に委ねられたと
いえよう。
【著者紹介】
奥田亮輔 おくだ りょうすけ 森・濱田松本法律事務所 弁護士
2012年京都大学法学部卒業、2014年弁護士登録。WEB労政時報において、「I社
(身体機能回復前の診断書に基づく解雇)事件」(静岡地裁沼津支部 平27.3.13判
決)、「D社ほか(偽装請負と黙示の雇用契約の成立)事件」(東京高裁 平
27.11.11判決)を執筆。
◆森・濱田松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)小倉電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「一小」「二小」「三小」および「大」とは、
それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷における言い渡しであること
を示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十音順)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)
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判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)
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