平成27年度 - 建築コスト管理システム研究所

建築コスト情報の標準化・統合化に関する調査研究(平成27年度)
審
議
役
遠藤 淳一
事
寺 川
鏡
総括主席研究員
岩 松
準
主席研究員
内 田
修
主席研究員
小池 光宏
参
1 はじめに
本研究では、建築事業における各段階(企画、設計、積算、施工、保全)で用いられるコスト情
報を分析し、標準化・統合化することによって、“川上から川下までの建築コスト情報の活用”を促
進することを目的としている。
平成24年度は、英国 RICS の新測定指針 NRM1(初版)の抄訳を実施した。併せて、英国会計
基準の建築事業への適用、調達手法の背景、多様な建設契約手法について取りまとめた。
平成25年度は、NRM1(第2版)、NRM2を対象とし、主に NRM2の下訳を実施した。また、併せて
英国の旧積算基準である SMM7 1と NRM2との比較を行った。
平成26年度は、下訳を実施した NRM2の精読を行い、その中で英国における積算業務あるいは
契約行為における特色について議論し、考察を行った。また、併せて年報別冊として NRM2日本
語仮抄訳版を発行した。
平成27年度は、主に平成26年(2014年)1月に正式版が発行されていた NRM3の下訳及び精読
を実施した。
本報告においては、NRM3:554頁のうち、総論部分である106頁分について抄訳(下訳段階の
部分を含む)を行ったものから、その特徴を紹介する。
2 英国 RICS の新測定指針 NRM の概要
NRM1(初版)は、RICS によって2009年3月に出版され、英国連邦において広く採用されることと
なった。その後、2012年4月に第2版が発行され、NRM2も同時に発行された。NRM1(第2版)、
NRM2共に2013年1月から適用された。NRM3は2014年1月の発行で適用は2015年1月からとなっ
ている。
NRM1~3のタイトル(仮訳)は次のようになっている。
NRM1:資産取得としての建築工事における当初目標原価とコスト計画
NRM2:建築工事の詳細な測定
NRM3:建物の維持管理業務のための当初目標原価とコスト計画
新築及び改修工事に関しては NRM1、維持管理に関しては NRM3で扱っており、それぞれの詳
細な測定に関しては NRM2で扱う構成となっている。
1
SMM は英国の統一基準として 1922 年に初版が発行され、その後第 7 版まで改訂された。SMM7は 1988 年
から英国において 25 年に渡って使用されてきた積算基準である。
91
3 NRM3の位置付け
下記の図1では、英国建築家協会の RIBA ワークステージ及び、英国政府調達庁 2の OGC ゲー
トウェイに沿った NRM3の各段階を示している。RIBA ワークステージは設計・発注・工事といった設
計者側の視点から定められた事業段階を示している。一方で、OGC ゲートウェイは、調達に当たっ
ての投資判断という視点から定められており、事業評価にあたる承認に重点が置かれている。
NRM3は、建物維持管理業務に関して、設計者及び発注者の両方の視点と照らし合わせ、QS
(クオンティティ・サベイヤー)/コストマネージャーの果たす役割である、当初目標原価及びコスト計
画の策定手法を詳述している。
RIBAワークステージ
準
備
設
計
建
設
前
建
設
A
事業評価
B
設計ブリーフ
NRM3 :建物維持管理業務
のための当初目標原価及び
コス ト計画
OGCゲートウェイ
(事業に運用可能なもの)
当初目標原価
(承認予算の要求のため)
C
コンセプト
公式コス ト計画1
D
基本設計
公式コス ト計画2
E
実施設計
1
事業性判定
2
発注方針
3A
設計ブリーフ及び
コンセプトの承認
3B
詳細設計承認
3C
投資決定
4
運用準備
5
運用評価及び
便益認識
(更新/維持管理)
(更新/維持管理)
F
製作もの情報
G
入札書類
H
入札行為
J
工事準備
K
建設工事
公式コス ト計画3
(更新/維持管理)
NRM3の範囲外
数量明細書
公式コス ト計画4
利
用
L
工事完成後
(更新/維持管理)
図1 維持管理業務 - RIBA ワークプラン及び OGC ゲートウェイの文脈に沿った、
当初目標原価、エレメント別コスト計画(建設前後)
4 NRM3の概要
NRM3は、下記の表1に示す項目の通り、建物の維持管理業務の当初目標原価とコスト計画の
定量化に不可欠な手法を提供している。より具体的には、「準備段階における初期のコスト見積り
2
OGC: The Office of Government Commerce は財務省(H.M Treasury)の一組織だったが、現在廃止。ただこの制度は存続。
92
を目的とした維持管理業務の定量化と解説」、「維持管理業務の設計開発段階におけるエレメント
別コスト計画」、「資産固有の詳細なコスト計画(建設後)」及び「建築プロジェクトや施設の使用段
階を通した必須のガイダンス」を提供している。
NRM3のドラフト版は2011年9月に協議用として249頁で限定公開されていたが、2014年1月の正
式発行時には554頁へと大幅に加筆が行われている。加筆が行われた主な部分は、第4章8節以
降の追加、第5章の「年換算コスト計算」、及び第6章の「表形式の測定手法」である。
表1 NRM3:「建物の維持管理業務のための当初目標原価とコスト計画」(仮訳)
序文
3.9 現在の見積り基準日への、単価と他のコストの
謝辞
更新
はじめに
3.10 維持管理会社の管理運営コストのための測定
RICS 新測定指針の位置付け
手法
RICS 新測定指針(NRM)一式の概要
3.11 維持管理会社の一般管理費及び利益のため
呼び名、問い合わせ
の測定手法
第 1 章:一般事項
3.12 コンサルタント及び専門家報酬のための測定
1.1 はじめに
手法
1.2 RIBA ワークプラン及び OGC ゲートウェイ・プロ 3.13 発注者が定義可能な他の維持管理関連コスト
セスに沿った測定
のための測定手法
1.3 NRM 3 の目的
3.14 リスクのための測定手法
1.4 NRM 3 使い方
3.15 インフレのための測定手法
1.5 NRM 3 の構成
3.16 税制優遇やその他のインセンティブ
1.6 記号、略語及び定義
3.17 付加価値税(VAT)の評価
3.18 その他の考慮事項
第 2 章:建物の維持管理業務のための新測定手法
3.19 現在価値、インフレ及び割引手法
2.1 はじめに
3.20 当初目標原価の報告
2.2 CROME (頭文字)
2.3 更新(R)及び維持(M)業務分類の範囲とパラメ
第 4 章:更新(R)及び維持(M)業務のコスト計画の
ータ
ための測定手法
2.4 標準的な建物維持管理コスト情報の構成(更新
4.1 はじめに
(R)及び維持(M)業務と建設(C)との統合
4.2 維持管理コスト計画の目的
2.5 建物維持管理業務の当初目標原価とコスト計
4.3 維持管理コスト計画の成分
画のための手順
4.4 公式コスト計画段階
2.6 建物のライフサイクル期間の測定段階
4.5 維持管理コスト計画の評価及び承認
2.7 発注者の維持管理要件の確立
4.6 調達におけるコスト制御
2.8 複数の建物、施設及び/又は機能形式を備えた
4.7 複数の建物及び/又は機能ユニット形式を備え
事業
た維持管理コスト計画
第 3 章:当初目標原価のための測定手法(更新及 4.8 公式コスト計画のための情報要件
4.9 公式コスト計画の様式、構成及び内容
び維持)
4.10 維持管理コスト計画のための測定手法
3.1 はじめに
4.11 維持管理業務のための年換算コスト計算
3.2 当初目標原価の目的
4.12 更新及び維持業務のコストに使用される単価
3.3 当初目標原価の情報要件
4.13 現在の見積り基準日への、単価と他のコストの更新
3.4 当初目標原価の成分
3.5 床面積と機能単位手法を使用した、当初目標 4.14 維持管理会社の管理運営コストのための測定手法
4.15 維持管理会社の一般管理費及び利益のため
原価のための測定手法
の測定手法
3.6 エレメント別手法
3.7 建物維持管理業務のコスト見積りのエレメント別 4.16 コンサルタント及び専門家報酬のための測定手法
4.17 その他の発注者が定義可能な維持管理関連
手法のための測定手法
3.8 更新(R)及び維持(M)業務のコスト見積りに使 コストのための測定手法
4.18 リスクのための測定手法
用される単価とエレメント別単価(EURs)
表:
4.19 インフレのための測定手法
グループエレメント 0:準備工事
4.20 付加価値税の評価
グループエレメント 1:下部躯体
4.21 その他の考慮事項
グループエレメント 2:上部躯体
4.22 現在価値、インフレ及び割引手法
グループエレメント 3:内部仕上げ
4.23 維持管理コスト計画の報告
93
4.24 維持管理コストデータの分析、収集及び保管
第 5 章:更新(R)及び維持(M)業務の年換算コスト
計算
5.1 はじめに
5.2 資本建築工事のコスト計画からの、更新(R)業
務項目の年換算コスト計算
5.3 基準(参照)サービス寿命、寿命要因と予測寿
命の計算
5.4 既存及び/又は資産台帳と状態情報による、更
新(R)業務項目の年換算コスト計算
5.5 既存及び/又は資産の台帳と PPM(予防維持
管理)業務スケジュールによる、維持(M)業務の年
換算コスト計算
5.6 建設(C)と更新(R)及び維持(M)業務とを統合
した、ライフサイクルコスト計画の作成
5.7 維持管理のライフサイクルコスト分析/ベンチマ
ークのために使用される測定基準
第 6 章:エレメント別コスト計画のための表形式の測
定手法
6.1 はじめに
6.2 エレメント別コスト計画のための表形式測定手法
の使い方
6.3 エレメント別コスト計画のための測定手法が適用
されない業務
6.4 エレメント別コスト計画のコード化手法
6.5 専門工事会社のためのエレメント別コスト計画の
コード化手法
6.6 BIM のための、COBieII データ構成及び定義
への NRM 3 の整合化
グループエレメント 4:建具・家具及び備品
グループエレメント 5:供給(電気、水道、ガス)
グループエレメント 6:プレハブ及び建物ユニット
グループエレメント 7:既存建物への工事
グループエレメント 8:外構工事
グループエレメント 9:維持管理会社の管理運営コスト
グループエレメント 10:維持管理会社の一般管理費及
び利益
グループエレメント 11:コンサルタントと専門家への報酬
グループエレメント 12:発注者が定義可能な維持管理
関連コスト
グループエレメント 13:リスク
グループエレメント 14:インフレ
付録:
A 総(グロス)内部領域(GIA)の主要定義
B 正味(ネット)内部領域(NIA)の主要定義
C 一般的に使用される機能ユニット及び測定の機
能ユニット
D 店舗用の特殊用途の定義
E 建設(C)、更新(R)及び維持(M)業務のエレメン
ト別コスト計画の論理及び段階
F 維持管理コストの分類及び定義
G 経済的評価と割引方程式(貨幣の時間価値)の
手法
H 建設と維持管理の調達のため、及び、建物のライ
フサイクル期間の、公式コスト計画のための情報要件
I(要約:段階 1 コードに基づく)更新(R)及び維持
(M)業務のためのエレメント別コスト計画の報告様式
J(詳述:段階 2 コードに基づく)更新(R)及び維持
(M)業務のためのエレメント別コスト計画の報告様式
参考文献、索引
4.1 ライフサイクルコスト計算と総寿命コスト計算の主要なコスト分類
図2は、「ライフサイクルコスト計算」に含まれている、建設から解体までの主要なコスト分類を示
すと共に、より幅広く関連のある、非建設コスト、収入及び外部性を挙げている。そして、これらを総
合したものが「総寿命コスト」となることを示している。
図 中 の「CROME」は、主 要 な分 類 の頭 文 字 であり、「 C : C o n s t r u c t 」 、 「 R : R e n e w a l 」 、
「 O : O p e r a t i o n a n d o c c u p a n c y 」 、 「 M : M a i n t a i n 」 、 「 E : E n d o f l i f e 」 を示している。
図2:ライフサイクルコスト計算と総寿命コスト計算の主要なコスト分類
94
4.2 更新(R)及び維持(M)業務の位置付け
下記の図3は、更新(R)及び維持(M)業務を構成する主要なコスト分類を示している。そしてそ
れらが、建設(C)コストとどのような関係性にあるかを比較できるように示されている。
ただ、更新(R)には「Major repairs」、「Refurbish and upgrade works」が含まれているが、付録 F:
「維持管理コストの分類及び定義」によると、これらは通常、建設(C)の「Refurbishment works」で
扱われる内容であり、使用期間中に発生するものが更新(R)の対象ということになる。
図3:更新(R)及び維持(M)の主要なコスト分類の範囲、及び建設(C)との関係性
注:使用段階期間の資産基準コスト計画(建設後)のために、必要な維持作業及び更新措置を識別する資
産維持管理記録の定量化と検証に関連する費用を含む。
4.3 建物ライフサイクル期間の測定レベル
次頁の図4は、建設及び維持管理業務の当初目標原価及びコスト計画の作成が、建物ライフサ
イクルの様々なレベルで行われていることを示している。利用可能な情報レベル及びコスト見積りの
タイプは、設計及び維持管理データ、資産記録、状態及び寿命データに基づいている。
コスト見積りのタイプとは、建物全体レベル又は機能ユニットタイプ、重要なコスト項目ごと、又は、
エレメント、サブエレメント、資産の詳細な部品レベルといった、コスト計画までの段階的な見積りの
ことである。
95
図4:建物ライフサイクル期間に行われる測定レベル
4.4 複数の建物、施設及び/又は機能タイプを含む事業
下記の図5は、建築の事業又は設立が、一種類より多くの建物又は施設を含む場合、それぞれ
の建物や施設のために別々のコスト計画(1~5)を準備し、それらを合計した結果が、事業全体の
「コスト計画概要」となることを示している。このように複数の建物等を含む事業では、個々のコスト
計画の策定を推奨している。
維持及び
更新業務
コス ト計画
の概要
コスト計画1
コス ト計画2
コス ト計画3
コス ト計画4
コスト計画5
事務所及び
管理建物
住居用
小売ユニット
(躯体及びコア)
地下駐車場
排水を含む、
外構
図5:複数の部品又は建物及び/又は機能ユニットタイプを含む、
施設のための典型的なコスト計画の内訳構造の一部
4.5 主要なエレメント構成
エレメント別手法を用いた当初目標原価を作成する際に一般的に使用される主要なエレメント
は、下記の表2に記載されている。
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表2:コスト見積りのエレメント別手法におけるエレメント構成
グループエレメント
エレメント
0 準備工事
0.0 準備工事
1 下部躯体
1.0 下部躯体
2 上部躯体
2.1 フレーム
2.2 上部床
2.3 屋根
2.4 階段及び斜路
2.5 外壁
2.6 窓及び外部建具
2.7 内壁及び間仕切り壁
2.8 内部建具
3 内部仕上げ
3.1 壁仕上げ
3.2 床仕上げ
3.3 天井仕上げ
4 建具・家具及び備品
4.1 建具・家具及び設備
5 供給(電気、水道、ガス)
5.1 衛生設備
5.2 供給器具
5.3 廃棄設備
5.4 上水設備
5.5 熱源
5.6 空間暖房及び空調
5.7 換気
5.8 電気設備
5.9 燃料設備
5.10 昇降機及び運搬設備/システム
5.11 防火及び避雷
5.12 通信、警備及び制御システム
5.13 特別設備/システム
5.14 供給に関連した作業員業務
6 プレハブ及び建物ユニット
NRM3 では対象外
7 既存建物への工事
8 外構工事
8.1 敷地準備作業(NRM3 では非該当)
8.2 道路、通路及び舗装
8.3 植栽(すなわち、構内維持管理)
8.4 囲障、柵及び壁
8.5 外構据付け
8.6 外構排水
8.7 外構供給(設備)
4.6 現在価値、インフレ及び割引方法
現在価値(PV)の概念では、投資する際に、インフレと貨幣価値の増加によるコストの増加を反
映する必要がある。このため、下記の図6では、キャッシュフローの複利と割引を通じて調整を行うこ
とによる、貨幣の時間価値の捉え方を説明している。
なお、NRM3の計算例では仮定金利は年4.0%、仮定インフレ率は年2.5%となっている。
97
また、第5章のタイトルにもなっているが、コスト計画全般に渡って、1年当たりの維持管理コストと
いう観点から説明がされている。
図6:複利及び割引過程のイラスト
4.7 公式コスト計画ステージ
下記の表3では、建築プロジェクトのための「RIBA 設計及び建設前ワークステージ」、及び「OGC
ゲートウェイ3A(設計ブリーフとコンセプトの承認)及び3B(詳細設計の承認)」に相当する公式コス
ト計画のステージが示されている。
公式コスト計画は完成後、発注者又は承認権者に提出されなければならないと定められている。
表3:新築・既存建築資産及び施設のための公式コスト計画ステージ
公式コスト計画
RIBA ワークステージ
1
C:コンセプト
2
D:基本設計
3及び4(新築建築資産又は施設)
E から F:実施設計及び製作もの情報
4
K:建設工事
L:工事完成後
公式コスト計画
OGC ゲートウェイ
1
3A:設計ブリーフ及びコンセプトの承認
2及び3
3B:詳細設計承認
4(新築建築資産又は施設)
4:運用準備
4(既存建築資産又は施設)
5:運用評価及び便益認識
5 考察
NRM3の分量からも、建築物の平均寿命が100年を超える英国において、維持管理業務におけ
るコスト計画の比重が大きいことが伺える。第3章からは、長期間にわたる維持管理業務コストの年
率の現在価値を算出するため、インフレ/デフレに対する加算/割引を計算するための式が紹介さ
れている。
また、第5章では、基準サービス寿命、予測寿命、及び予防維持管理業務についての解説がさ
れている。これらは維持管理業務において重要な要素となるので、注目する必要がある。
そして、第6章では、BIM との整合性、米国の COBieⅡとの定義比較も述べられている。BIM に
関しては、国際的な会議等でもその普及と進展について活発に議論が交わされているところである。
ただ、NRM3においては、整合性を取るためのコード化手法について、基本的なケーススタディの
紹介までに抑えられている。
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