列 第 12 話 島 地 質 (大 – 57 – 藤) 日本列島の新第三 系と日本海の形成 あ 東北日本の新第三系 東北日本の新第三系は,日本海側では,断層によりブ に あい な気候を示す阿仁合型植物化石群を産する.内陸部では, この安山岩は変質してプロピライト(propylite:変朽安山 岩)と呼ばれる.最上部の真山流紋岩類の放射年代が 25 ロック化した基盤上の凹地を埋めて分布する.日本海の中 Ma で,古第三紀末である.この上位を不整合に覆うのが, にも,最上トラフやその西側の佐渡海嶺といった地形の凹 台島層の帆掛島溶結凝灰岩で,放射年代は 21 Ma である. 凸がある.三陸海岸から太平洋に没する基盤は,海岸から 非海成層の台島層の砕屑岩層は,Comptonia,Liquidamber, 100 km ほどの位置で隆起して,日本海溝の海溝斜面ブレ Metasequoia などの温暖な気候を示す植物化石を産し, 台島 イクを形成する.そこまでが深海平原で,挟炭層を含む古 型植物群と呼ばれる(第 12.2 図). にしくろさわ 台島層の上位に重なるのが海成層の西黒沢層である. 台 島層と一部同時異相とする考え方もある.西黒沢層は暖流 系の化石に富み,大型有孔虫化石の Operculina,Miogypsina,二枚貝の Mizuhopecten,ウニ類などを産出する.海進 は,有孔虫化石帯の N8(16.6–15.2 Ma)から始まる.男鹿 半島東部では,西黒沢層に枕状溶岩やピローブレッチャか すな こ ぶち うやしない らなる砂子淵玄武岩が発達し,その上の鵜養泥岩部層から N8 の示準化石,Globigerinoides sicanus を産出する.玄武 岩類は,秋田・山形県境付近で最も厚くなり,青沢層と呼 ばれる.玄武岩の化学組成は,海嶺玄武岩に類似する.青 沢層玄武岩類の形成や,西黒沢層海成層の堆積は,日本海 形成論の鍵となるできごとである. 大和海盆での深海掘削によると,堆積物の基盤をなす玄 だいじま 第三系が分布する.前回触れた,北海道の古第三系の南方 延長であろう.新第三系は,深海平原から海溝斜面ブレイ クを越えて,日本海溝近くまで達する.日本海溝内側に存 在する付加体は,著しく小規模である(第 12.1 図).日本 海溝では沈み込みの角度が急で,構造浸食が起きているせ いかも知れない. 東北日本の新第三系の模式層序は,男鹿半島に見られ る.基盤は 61 Ma の花崗岩を覆う珪長質火山岩で,51 Ma の年代をもつ.不整合で重なる古第三系~新第三系は,下 部より門前・台島・西黒沢・女川・船川・北浦・脇本など の層に区分される(第 12.3 図). もんぜん 門前層は主として安山岩からなり, 最も古い放射年代は 32 Ma である.安山岩に挟在する堆積岩からは,やや寒冷 第 12.1 図 東北日本弧を秋田市で横切る地質断面図 基盤と三陸沖の地層のみ塗色した. 第 12.2 図 台島型植物群の代表的な構成要素 a. Metasequoia occidentalis(イチイヒノキ)の球果(縦 6 cm),b. 同左・枝 条(縦 5 cm) ,c. Comptonia naumanni(ナウマンヤマモモ;縦 9 cm) ,d. Liquidambar miosinica(チュウシンフウ;縦 8 cm) . – 58 – 第 12 話 日本列島の新第三系と日本海の形成 武岩類の 40Ar–39Ar 年代は 20±1 Ma の範囲に入る.堆積物 陸地の沈降)であることを示唆する. の下部からは,ナンノ化石帯 CN3–4(17.1–14.4 Ma)の示 西黒沢層,女川層堆積期の火山活動としては,日本海側 準化石 Sphenolithus heteromorphus を産出し,海成層の最下 の玄武岩と,より東側のデイサイトが特徴的である.この 部の年代は 19 Ma と推定された.古地磁気の測定による 様に,苦鉄質および珪長質のマグマが同時期に形成される と,15 Ma に西南日本が時計回りに 45°–60° 回転した.東 ような火山活動をバイモーダル火山活動(bimodal volcan- 北日本では場所によって古地磁気データのばらつきが大き ism)といい,歪の伸長場を特徴づける活動とされる. く,15–20 Ma に反時計回りに 20°–60° 回転したという程 度のことしかわかっていない. 東北日本第三系の中には南北性の褶曲構造が発達し,背 斜部からは石油や天然ガスが産出する.石油は主として北 西黒沢層を覆う,化石に乏しい硬質珪質泥岩層(hard おんながわ 浦層から出るが,天然ガスは西黒沢層の火山岩からも出 shale)を主体とする地層が女川層である.珪藻土や海緑石 る.デイサイトの活動中心は,現在の島弧火山活動へ引き 砂岩といった特徴的な堆積物も含む.女川層は,寒流系の 継がれる.デイサイトの火山活動に伴い,15 Ma頃 に多く 珪藻化石を産し,珪藻化石帯は Denticulopsis nicobarica 帯 の黒鉱鉱床が形成された. その後に鉱脈鉱床を生成した熱 から D. praedimorpha 帯になる.西黒沢層との境界の年代 水には,著しい天水の寄与がある. は,13.5 Ma である.女川層は,新第三紀の東北日本で海 西南日本も含めて,現在の火山帯の範囲には,第三紀花 進が最も広範囲に及んだ時期の堆積物である.寒冷化した 崗岩類と呼ばれる磁鉄鉱系列の花崗岩類が分布する.10 時代に海進が起きたということは,それが構造的海進(≒ Ma 頃の放射年代を示す岩体が多い.一方,日高山脈の東 第 12.3 図 秋田県男鹿半島新生界の層序 列 島 地 質 (大 – 59 – 藤) かど 側から西南日本外帯にかけて,現在の火山前線よりも外側 さわ れらの化石は,亜熱帯性の八尾-門の沢動物群を構成す やま だ なか (大洋側)には 14 Ma 頃の火成岩類がある.花崗岩はチタ る(第 12.5 図).黒瀬谷層の最上部に山田中凝灰岩という ン鉄鉱系であり,火山岩には角閃石安山岩,ボニン岩など 鍵層があり(第 12.4,12.6 図),この上下から浮遊性有孔 を伴う.東北日本の海溝斜面ブレイクからは,23 Ma のチ 虫の Globigerinoides sicanus を産する.また,この地層か タン鉄鉱系列の角閃石デイサイトが回収されている(第 らは,デスモスチルス類の Paleoparadoxia の臼歯が発見さ 11.8 図). れている. ひが し べ っ しょ 古地磁気の偏角は, 東別所層の塩谷砂岩部層までが著し 富山県の古第三系~新第三系 い東偏で,塩谷砂岩部層の上部から八尾層群の最上部へこ 富山県の古第三系~新第三系は,地質調査法実習で,富 の東偏がなくなり,むしろ西偏になる.八尾地域が時計回 大生にはなじみの地層である.最も古いのは珪長質火山岩 りに回転したのは,有孔虫化石帯の N9,約 15 Ma より少 ふと み やま からなる太美山層群で,年代は約 50 Ma である.その上 とう り が,礫岩・月長石流紋岩質溶結凝灰岩を含む刀利層で,月 し前の頃であるらしい.八尾層群は,日本で最もよく研究 された新第三系の一つである. 長石流紋岩からは古第三紀最末期にあたる 24 Ma の年代 八尾層群を不整合に覆うのが砺波層群で, 下部から天狗 が得られている. さらに不整合で重なる八尾層群の最下部 山・音川・三田層に分けられている.浅海生の軟体動物の にれはら は礫岩・砂岩からなる楡原層,その上が安山岩溶岩・安山 いわ 岩火山砕屑岩(一部はハイアロクラスタイト)からなる岩 いね い おうぜん 稲層,さらに角閃石含有流紋岩質火山砕屑岩の医王山層で ある.この上位は,主として砕屑岩類からなる黒瀬谷・東 別所層である(第 12.4 図). くろ せ だに 黒瀬谷層は,マングローブの水辺に特徴的な Geloina, Telescopium などの貝化石を含む.Vicarya 等とともに,こ 化石を産し,八尾層群に比較すると堆積率も著しく低い. 堆積間隙の存在が考えられる.三田層に対比されるのが, おん ま 金沢市内の犀川流域に露出する大桑層で, 地磁気のハラミ ヨ・イベント(Jaramillo event:約 1 Ma)を挟む前期更新 世の堆積物である.化石密集層に産する貝化石は寒流系 まんがん じ で,大桑-万願寺動物群という. a c 第 1 2 . 4 図 富 山 県 八 尾 地 域 の 新 第 三 系 層 序 ・ 年 代 ・ 古 地 磁 気 地質調 査法実 習に参加する人は,大変お世話になる図だと思うので,地層名,地質,時代・年 代,層序的位 置づけな どをしっ かり勉強 し,層序と構 造発達史 との関係 をよく 考えて おく こと. b d 第 1 2. 5 図 マ ング ローブ 沼の 貝類 a. Vicarya yokoyamai(化石:縦 9 cm) , b. 月のお下がり(ビカリアの殻内に シリカが沈殿した雌型),c. Geoloina s c henc k i(マングローブ・シジミの 化石種:横 7 cm) ,d. Telescopium sp. (現生のセンニンガイ:縦 9 cm). – 60 – 第 12 第 12.6 図 話 日本列島の新第三系と日本海の形成 富山県南部に分布する新第三系の岩相図 日本海形成前の日本“列島” 日本とロシア沿海州に,類似した先新生代地質要素が分 1,250 km 地点となる. 中央構造線を直線とし,西南日本弧を回転する 布することは,従来から知られていた.近年(我々を含め 中央構造線は現在,うねった形態をしているが,もとも た)日ロ共同研究の進展により,その分布がより詳細に判 と直線的だったと近似できる.中央構造線の湾曲の内弧側 明してきた. には島弧に平行な短縮の痕跡(メガキンクなど;第 12.9 日本海形成前の日本列島とアジア大陸との相対的位置関 図)が,外弧側には島弧に平行な伸長の痕跡(開裂盆地な 係の復元は,東アジアの先第三紀テクトニクスに非常に大 ど)が見られるからである(第 12.10 図).ちょうど,買っ きな拘束条件を与える.従来は,主に古地磁気データを元 てきたばかりの油粘土の板をこねずに曲げると,外側がひ に,剛体回転モデルによる復元がなされてきた(第 12.8 び割れ,内側に皺がよるのと同じ理屈である.ただし赤石 図).しかし,古地磁気学的復元図に基づくと,日本と沿海 山地の中央構造線は,糸静線にほぼ平行な単純剪断に近い 州の先第三紀地質要素はあまりよく連続しない(このこと 変形を受けていると見られるので,糸静線に直交方向の長 は,古地磁気学的復元を必ずしも否定するものではない: さ成分を,赤石山地中央構造線の元々の長さと見積もる. 先古第三紀地質要素形成後,日本海形成前に何らかの変動 この様にして直線化した中央構造線の長さは約 1,000 km で があればよい).また,古地磁気学的復元は,日本海等の海 ある. 洋地質データとも必ずしも調和的ではない.古地磁気以外 次に,日本海の水深 500 m 以深の部分をつぶしてやり, のデータ(先新生代地質要素の分布,海洋地質データなど) 西南日本弧を概ね古地磁気データ通りに回転させてやる をよりよく説明できる復元の可能性を,総合的に検討する と,直線化した中央構造線が,シホテアリン中央断層の延 必要がある. 長線上にほぼ位置するようになる(第 12.7 図,第 12.11 我々は,これまでの剛体回転モデルを離れて,日本海形 成時の島弧内変形を考慮に入れた復元を試みた.その結 果,第 12.14 図の様な復元図を作成した. 復 元 の 手 順 日本海形成前の日本列島とアジア大陸との相対的位置関 係は,下記のような手順で復元した(第 12.7 図). 沖縄トラフをつぶす 図). 東北日本弧を回転する 上記の回転後,中央構造線とシホテアリン中央断層との 間には,約 250 km の隙間が残る.この 250 km という長さ は,棚倉構造線や畑川構造線の長さにほぼ匹敵する.従っ て,両断層が中央構造線とシホテアリン中央断層(&パル チザンスク断層)の間を埋めることが期待される(第 12.7 図). 沖縄トラフの拡大は,日本海の拡大以降であると仮定 現在の日本列島の外形を保ったまま,上記の様な復元を し,まず初めに沖縄トラフをつぶした.つぶし方には色々 行うことはできない.しかし,北海道~東北日本日本海側 な方法があり得るが,今回は取りあえず,日本列島を西へ および北部フォッサマグナの新第三系(~第四系)分布域 100 km 弱移動させた. の下には先新生代基盤岩類が乏しいと仮定して,これらの すると,中央構造線の陸上の西端部八代は,五島列島南 分布域をつぶしてしまえば,畑川構造線および棚倉構造線 方へ移動する.ここは,シホテアリン中央断層の南西延長 を,それぞれシホテアリン中央断層およびパルチザンスク 列 島 地 質 (大 藤) – 61 – 断層に接続させることが可能である. これらの仮定の下に描 いた復元図が,第 12.11 図である. ★ 復元(案)の結果 復元の結果,西南日本,東北日本,及び沿海州の類似した 地質体および地質構造が, 比較的よく連続するような復元図 ができた(第 12.12 図).特に,①丹波帯-美濃帯-足尾帯 -サマルカ帯と,②南部秩父(三宝山)帯-北部北上帯-タ ウハ帯はきれいに連続するように見える.また,日本列島~ 沿海州には,長さ 2,000 km を超える大断層系があり,①と ②の間は, 複雑な横すべりデュープレックスをなすように見 える(第 12.11 図,第 12.12 図). また,大規模に発達するジュラブレフカ帯の白亜系は,二 枚貝化石を多産する浅海成層であるにも関わらず, 付加体と 同様な構造をしている.本帯は3つのユニットで構成され, ★ その時代は下位より上位へ Aptian–Albian,Hauterivian–Barremian,および Berriasian–Valanginian と古くなっている.岩 質や構造層準からジュラブレフカ帯に対比される北部四万十 帯にも言えることだが, 浅海成層がいかにして付加体の中に 組み込まれ,付加体的な地質構造を形成するのか,大変に興 味深い.構造浸食により,浅海成層が沈み込み帯にもたらさ れ,付加体のような構造ができたのであろうか? この復元案の様に地質を考慮した復元図の作成は, 先新生 代のテクトニクスを論ずる上で欠かすことができない. 本案 も,これから修正される可能性はあるが,本案を元に,次は 日本海の形成機構解明に向かう必要があるだろう. 第 12.7 図 日本列島復元図の作成手順 第 1 2 . 8 図 日 本 海 形 成 前 の 日 本 列 島 復 元 図 の 例 古地磁 気データを元にした剛体回転モデル(Otofuji et al., 1985) に,日本およびロシア沿海州の地体区分図を重ねたも の.2つの星印は,剛体回転の中心.東北日本の地質が, うまくつながらないことがわかる.1 . 先ジュラ紀陸棚型 地質体(ハンカ帯,飛騨外縁帯・舞鶴帯),2. ジュラ紀付 加体(サマルカ帯,丹波-美濃-足尾帯),3. 先ジュラ紀 陸棚型地質体(セルゲエフカ帯,南部北上帯),4 . ジュ ラ紀~白亜紀前期付加体(タウハ帯,北部北上帯,南部 秩父帯),5 . 白亜紀地質体(ジュラブレフカ帯). 第 1 2 . 9 図 メガ キン ク帯 の例 四国西部,足摺岬周辺のメ ガキ ンク 帯の 様 子を 示し た図 .地層 面の 走向(細 破線 ) が場所によって折れ曲がり,その折れ曲がり部が南北な いし北西方向に追跡できることがわかる.太破線で挟ま れたこの部分がメガキンク帯で,こういった形態の褶曲 をメガキンク(褶曲)と呼ぶ.当地域のメガキンク帯は 地帯に平行な短縮を示し,メガキンクの折れ曲がりを戻 すと地 帯の 元々 の長さ が復 元さ れる . – 62 – 第 12 話 日本列島の新第三系と日本海の形成 第 1 2 . 1 0 図( 上 ) 日 本 列 島 に 残 さ れ た 島 弧 内 の 変 形 構 造 西南日本北西部の開裂型堆積盆(東西伸長)と南西部の メガキンク帯(東西短縮)は,西南日本が北へ凸に屈曲 したこ とを 示す. 第 1 2 . 1 1 図( 左 ) 日 本 海 形 成 前 の 日 本 “ 列 島 ” の 復 元 図 本文に示した手順で復元したところ,日本とロシア沿海 州の地 質要 素がよ く連 続す るよう にな った. 第 1 2 . 1 2 図 日本列島と沿海州の先新生代地質要素の概要と 対 比 の 可 能 性 二列のジュラ紀付加体(①美濃ー 丹波帯― 足 尾帯―サマルカ 帯と②南部秩父 帯(図では三宝山 帯)―北部 北上帯―タウハ 帯)がよく連続し,その間が横すべ りデュー プレ ック スを なす ので あろ うか .
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