ワンピのオヤジに愛されたい ID:93007

ワンピのオヤジに愛されたい
今川 美佐樹
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︻あらすじ︼
ヒロインはワンピースの世界で鰐社長とスモーカーに出会うので
すが。
恋愛未満という感じで話は進んでいます。
ヒロインは大人ですが、どちらともまだ恋はしておらず。
男二人にフォールイン・ラブされる内容となっています。
目 次 恋はモクモクで砂嵐 │││││││││││││││││││
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恋はモクモクで砂嵐
まったく、嫌な男だよ、嫌悪の表情を隠す事もせず女は言った。
あんた、ろくな死にかたしないよ、それは多少の嫌みを込めたつも
りだったが、男は動じる様子もない。もしかして、散々、言われて慣
れてしまったのかもしれない。
﹁用がすんだらさっさと出て行け﹂
誘ったのは、あんたじゃないか、嫌みの一つも言い返したいが、女
は思いなおした。
あの鉄の義手、フックでくびり殺されたらたまらない、この男は悪
党だ、それも心底、クズだよと言いたいのを女は飲み込んだ。
相手が女でも手加減なんてしないだろうと思えたからだ、機嫌をそ
こねたらとばっちりを食うかもしれない。
﹁指輪、綺麗だね﹂
値踏みしてんのか、それとも金が欲しいのか、男が言うと女は喜色
ばんだ表情になった。
男は軽蔑の眼差しを女に向けた、強欲なといいわんばかりに。
正直なことが悪い訳ではない、だが。
﹁これは決まってんだよ、俺の女にだ﹂
その言葉に、女のほうが呆れた顔になった。
この男の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
︵一つくらいいいじゃないか︶
本音が顔に出たのかもしれない、だが、男は皮肉めいた口調で言っ
た、全部の指にはめてやるんだよと。
女は心底、呆れた、こんな男に、そこまで思われたら気の毒どころ
か、迷惑千万だ。
いや、金と損得が絡んでいなければ娼婦の自分だって相手をするの
は躊躇するだろう。
男は見栄を張る生き物だ、自分の女にやるなんていうが、多分、い
ないのだろう。 このとき、何を思ったのか、女はベッドのすぐそばのテーブルの上
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からカードを取り出した、いつも持ち歩いている大事な商売道具、い
や、守りだ。
﹁あたしの占い、当たるんだよ﹂ 男は舌打ちしたが、構わずに女はカードをきりはじめたが、突然、奇
妙な声を漏らした。
﹁どうした﹂
﹁あんた、女に惚れたことあるのかい﹂
男は答えなかった、代わりに女がカードを読み上げた。
だが、それは男の今までの人生とは無縁の言葉ばかりだった。
久しぶりに女と一晩過ごして、こんな嫌な気分になるとは。
宿を出た男は、ふと自分の手を見た、焦ることのない輝きを持つ宝
石、今、自分の手を飾っている、いつからだろうか、自分の手から離
れた事はない。
︵見栄をはったのか︶
思わず口にした言葉を、少しだけ後悔したのは男だからだ。
日も暮れかけ、空腹を感じると男は店に入った。
酒場という場所は不思議なところだ、立場上、喧嘩になる相手でも
暗黙の了解のようなものがある。男は店の中を見回して腰を下ろす。
いつもなら運ばれたきた酒を、あっというまに飲み干してしまうの
に。
すぐに口をつけなかったのは占いを思い出したからだ。
いい女だと思ったが、体だけだ、正直、女を抱いて自分は満足した
と思うことがあっただろうか。
いや、それ以前に満たそうとしても吸い込んだものは、すべて落ち
てしまう。
いや、通り抜けていってしまうのだ、砂のように。
自分の手の中から、そして何一つ残らない。
店の中の連中は賑やかに楽しそうに飲んだり、食べたりしている。
その様子が少し羨ましく感じるのは何故だろう。
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ふと、店の片隅のテーブルに目が止まった、そこには一人の女がい
た。
この街の女ではないのは一目でわかった、服装だけではない、雰囲
気が違うのだ。周りの男達もちらちらと視線を送っているが、声をか
けたり、ちょっかいをかけたりする者が一人もいないというのは不思
議だった、もしかしら訳ありか、だとしたら。
︵おもしれえな︶
杯を持ったまま、男は腰を上げた。
声もかけずにテーブルに近づき、椅子を引くと男はどっしりと腰掛
けた。
﹁空いてる席がなくてな﹂
すると女は不思議そうな顔で店内を見まわした、広いし空いている
椅子、テーブルは幾つもあるのだ。
男が声をかけようとしたときだ。
足音と、すみませんという声が割り込んだ、声をかけてきた女が慌
てている様子なのは、その表情からも見てとれた。
﹁ご迷惑をかけました、これを代わりに﹂
抱えていた包みから取り出したのは靴だ。
﹁うちの中将が迷惑をかけてすみません、これをかわりに﹂
﹁おい、女﹂
割り込むような呼びかけに、このとき初めて黒髪の女はテーブルに
いる男の存在に気づいたが、同時に、何故、この男がここにいるのか
と驚きで表情を固くした。
﹁中将っていうのか、まさか、あいつか、ついでにいうと、その女物
の靴はやつが買ったのか﹂
﹁そ、そうです、それが何か﹂
心の中で女は叫び声をあげた、彼女の名前はたしぎ、海軍本部に席
を置く数少ない女性だ、そして、男があいつと呼ぶのは自分の上司で
あるスモーカー中将だ
﹁センスの欠片もねえな﹂
たしぎは無言になった、否定したくても言い返したところで、この
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男に勝てる気がしないからだ。
幸いなのは、上司である男、本人が、この場にいないことである。
ところが、おいという呼びかけにたしぎは、はっとした。
﹁もう一度、言ってみろ﹂
この場から逃げたしたいと、たしぎは思った。
何故、自分はこんなところにいなければいけないのか、いや、元は
といえば上司がいけないのだ、仕事熱心なのはいいが、そのせいで、こ
んな目に遭うとは。
ほんの少し前、女性の靴を買ったから、それを届けて欲しいと言わ
れたとき、ひどく驚いたのも無理はなかった。
酒場にいる、その女は靴がない、裸足だと言われて混乱した。
何をしたのだろうか、訳を聞ここうとした、だが、何も聞くな、聞
かないでくれと上司の背中は言っていた。
無言で背中を向けられては、尋ねる事もできない。
︵何か話せない情事、いや、事情があるのかも、女性関係のもつれ、
いや、中将にかぎって、色恋沙汰というのはちょっと想像しにくいけ
ど︶
この上司は物事に対してもだが、人間関係も、きっぱり、さっぱり
した性格なのだ。
それにしても自分で頼んで起きながらに、何故、ここにいるんです
か、中将、という心の叫びは届かなかった、というか。
クハハッと抑えた笑いに、上司、スモーカーの眉間に深い皺が刻ま
れたのをたしぎは、はきりと見た。
︵ああっ、何か嫌な、凄く嫌な予感が︶
﹁あ、良かったら靴を、ずっと裸足というのも﹂
静かな女の声に我に返ったのはスモーカーだった。
﹁おおっ、すまねえな﹂
床に片膝をつくと、靴を手に女の足首を、そっと掴んだ、なんとな
く紳士に見える姿だ。
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普段の上司の姿を知っているたしぎは驚いた。
︵本当にスモーカー中将なのでしょうか︶と。
だが、それ以上に驚いている男がいた、クロコダイルだ。
スモーカーは女の足に靴を履かせながら、視線を男に向けて目を細
めた。
にやりとだ。
﹁よかった、ぴったりだな﹂
男の言葉に、ありがとうと女が囁くような声をかけた。
﹁おい﹂
俺の目の前でと言いかけたクロコダイルに気づいた女が視線を向
けた。
途端に言葉と感情が、まるで、砂のようにさらさらと、こぼれてい
く。
目の前のぬるくなった杯に逃げるように視線をうつして、酒を飲み
干すとクロコダイルは席を立とうとしたが、何故かできず、視線を女
に向けて、じっと見つめ返した。
新世界への進出、海賊、海軍のいざこざ、世界はめまぐるしく動い
ている。
その波に乗ろうと画策する者、企む者、だが、善人も悪人も感じて
いたのだろう、この世界に何かが起こると。 ﹁まだ、あたしの水晶球には映っていない﹂
未来が見えてしまうことへの不安と危惧を感じて、ここしばらく占
いをしなかった彼女が、どうしたわけか水晶宮を覗いた。
﹁それがなんなのかわからない、けれど、とんでもないものだよ﹂
ワンピース、ロジャーの宝物よりもかいと誰かが興味本位で尋ねる
と人魚は無言になった。
決してもったいぶっている訳ではない、答えに迷ったのだ。
﹁わかるのは男だろうが、女だろうが、人間、魚人、いや、種族なん
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てものに関係なく、欲しがるだろうってことさ﹂
曖昧すぎる言葉だが聞いていた連中が喜色ばんだものは無理もな
い。
もしかして、それを手に入れたら幸運が舞い込んでくるかもしれな
い、いやロジャーの宝と同じくらい価値があるかもしれない。
いや、それを手に入れる、何かの助け、突破口になるのではと考え
たからだ。
ああ、胸くそが悪い、まずい面を見たから尚更だ、不機嫌きわまり
ないという顔で葉巻をふかしながら、男は窓の外を見下ろした。
この数日、街で拾った娼婦の言葉、酒場で出会った海軍の男の顔。
一発でもぶん殴ってやれば、この苛立ちも少しはおさまるだろう
が、場所が悪い、あそこは酒と飯を飲み食いする場所だ、ついでに。
︵女、か︶
あの娼婦のせいだ、別れ際にあんなことを言われると、正直、うん
ざりする。
だから、この数日、禁欲的な生活だ。
いや、そもそも自分は女が好きなのだろうかと思ってしまう。
い顔をすればつけあがり、金や宝石、贅沢を際限なく欲しがる。
最初は甘やかして、いうことをきいてやるが、しばらくすると面倒
に感じてしまうのだ。
︵結構、当たるのよ、あたしの占いは︶
少し得意げな様子でカードをきった娼婦の顔が浮かんだのは何故
だろう。
皮肉を含んだような笑った赤い口元が脳裏に浮かぶと、妙な苛立ち
さえ覚えて、男は外へ出た。
腹も減っているが、酒だ、それなのに、足を向けたのは数日前に海
軍の、あの男と出会った酒場だった。
︵まずくなかったからな、酒は︶
自分に言い訳するように男は中に入った。
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店内は賑わっていたが、男が入ると一瞬静かになった。
ちらっと視線を向けてくる者もいるが、殆どが、知らないふりであ
る。そして、男も気にする様子はない。
おまちどおーっと言われて、目の前にはライス、炒め野菜大盛りの
皿が置かれた。
この酒場で食べると、殆どツケだ、でも、いつまでも他人の好意に
甘んじているわけにはいかない。
︵あの男の人と女の人は軍人、つまり、警察みたいなものだから助け
てくれるのだけど、何か仕事を探して、少しでも︶
いい方法はないだろうか、考えながらスプーンを動かして口に運ん
でいたので、目の前の席に、どすんと誰かが座ったことに、すぐには
気づかなかった。
男は目の前の、自分の皿を見ていた、その視線に女は、はっとした。
もしかして、大盛りなんて食べるのか、呆れているのかもしれない
と。
このとき、ぼそりと男が呟いた。
だが、あまりに低い声で何を言ったのかよく聞き取れなかった。
女が食べているのはスペシャルプレートという名物を少しずつ盛
り合わせたものだ。
﹁よかったら、食べてみませんか﹂
普通なら、初対面の相手、しかも男に、こんな言葉をかけることは
ないだろう。
突然、男は左手をテーブルの下から突き出した。
左腕には手がなかった、かわりに金色の、鍵フック、かぎ爪がつい
ていた。
不思議な事だが、納得している自分がいた、ああ、そうなんだと。
もし、ここが自分のいた世界なら、女は、もっと驚いたかもしれな
い。
ウ ェ イ タ ー が 慌 て て テ ー ブ ル に 運 ん で き た の は 大 き な ジ ョ ッ キ
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だった。ぐいっと、あおるように飲み干し、杯をテーブルに置くと男
はにやりと笑った。
すっと、差し出されたスプーンに盛られたライスを見ても理解がで
きなかった。
もしかして、これを、このまま喰えと言ってるのか、この女は。
脅かすつもりで怒鳴りつけてやろうかと思ったが、女の顔は。
︵なんで、笑っている︶
聞きたくても言葉が出てこなかった、いや、答えないだろうと思っ
たからだ。
そう昔から、女は都合が悪くなると笑って誤魔化す、そんな生き物
だ、ずる賢いといったほうがいいだろう、男を、周りを騙して自分の
いいように操ろうとする。
そのくせ、時折、信じられないような馬鹿をしでかすのだ。
正直、何故、この俺様がと思わずにはいられなかった。
だが、女は、そのまま、スプーンは目の前に差し出されたままで。
くそっ、何やってんだ、俺様は、サー・クロコダイル様ともあろう
男が。
男は周りに視線と殺気を放った。
見るんじゃねえ、てめえら、クソ虫、ごみどもがと。
喉まで出かかった言葉を、口には出さなかった。
だが、それは男の意地のようなものだ。
︵うめエな︶
気のせいだろうか、なんだか、胃がキリキリとする、普段、飲むこ
とのない胃腸薬などというものを店で買った時、たしぎは思った、ま
るで今の自分は中間管理職だと。
上から命令されて、下からは嫌み、文句を言われるという、正直、偉
いのか、そうでないのかわからない、ビミョーな立場だ。
原因がわかっていたら、それをなんとかすればいいのだが、この場
合はどうするのだろうか。
﹁おい、たしぎ、飯、喰いに行くぞ、奢ってやる﹂
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以前なら、一食浮いたなんて素直に喜んだのだが、今は素直に喜べ
ないのだ。
﹁あの店ですよね﹂
なんだ、文句あるのかと言われて、いいえと首を振るのは店が決
まっているからだ。
あの女性は、自分がどうやって家に帰ればいいのかわからないらし
い、簡単にいうと記憶がない、忘れてしまったというのだ。途方にく
れていたようで、ここに来るまで幸運にも親切な人に助けられて来た
らしい。
という説明を受けてたしぎは、そうですかと頷くことしかできな
かった。
所持品なし、金も持っていない、もしかして捜索願いが出ているか
もしれないと思ったが、そういう届けは出ていなかった。
言葉は通じるが、なんとなく、遠くから来た余所者という感じがす
る、少し話をしても全然、会話がかみあっていないことがあるし。
子供ではない、なのに、なんとなくだが、女の自分から見ても危なっ
かしいというか。
上司である中将は、根は優しい人だ、だから自分もこうして部下と
して働いている。
︵ときどき、無茶苦茶なことをするが︶
店に入ると中は賑やかだった。
も し か し た ら い な い か も し な い、い な け れ ば 食 事 だ け す ま せ て、
さっさと帰ろうと思っていた、たしぎだった。
店内の奥、大きな窓際の席がお気に入りのようだった、そちらへ目
を向けたたしぎだったが。何故か奥のテーブル、その周りは空席が目
立つ。
不思議に思ったが、理由はすぐにわかった。
信じられないもの、いや、もの、光景をたしぎは見た、そう思った。
テーブルには女性が、そして向かいの席には大男、サー・クロコダ
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イル、何故、あの男が座っているのか。しかも、女性はスプーンで男
の口元に食事を運んでいる。
まるでドラマや映画の中のらぶらぶシチュエーションだ。
付き合い初めて若い恋人同士が、よくやるやつである。
女性、彼女はおいといて、クロコダイルという男はオヤジ、四十の
半ばを過ぎている、恥ずかしくないのだろうか、こんな人の大勢いる
酒場で。
酒場の中で客達は自分に言い聞かせていた。 俺は、あたしは、飲み過ぎたんだ、酔っているんだ。
さもなければ、あれは似ている男、別人だと。
たしぎは、はっとして、気配を感じて隣を見た。
テーブルに近づいたスモーカーが初めて口を開いた。
﹁おい、何やってんだ﹂
気づいた女が声をかけようとするが、それを遮るようにクロコダイ
ルが返事をした。
﹁見てわかんねえか、飯を食ってんだよ﹂
振り向くこともなくだ、そして。
﹁それは、苦手だ、喰いたくねえ﹂
女の差し出すスプーンにのった野菜を見ながら男は言った。
﹁てめえ、今まで、鏡を見たことがあるのか、自分の顔をな﹂
そばで聞いていた、たしぎの顔色が青くなった、上司の言葉は強烈
だ。
﹁ここは、善良な一般市民の集まる店だ﹂
貴様の顔はどう見ても悪党面だ、そう言っているようなものだ。
相手は無言だ、本当のことを言われて気にしているのか、返す言葉
がないのだろうか。
﹁飯も一人で喰えねえのか﹂
スモーカーの言葉に男は自分の左手を軽く振った。
大きな金色のフック、かぎ爪だ、だが右手があるだろうがと無言の
視線を向けられ、クロコダイルはにやりと笑った。
﹁俺の右手は酒、それと女を抱く為にあるんだよ﹂
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このとき、初めて女が口を開いた。
﹁あ、あなたは役者さんですか、それとも﹂
目が、耳が、女性の言葉に三人は唖然とした。
たしぎは、スモーカーは、いや、クロコダイル、本人さえも無言に
なったのはいうまでもない。
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