特集1 せん妄と認知症 見分け方とケア 認知症高齢者がせん妄を発症した時の考え方とケア NPO法人なずなコミュニティ 看護研究・研修企画開発室 室長/看護学博士 堀内園子 看護師,保健師,AEAJ認定アロマセラピーアドバイザー。聖路加看護大学卒業後,聖路加国際病院に勤務した後,富山医科 薬科大学(現・富山大学)にて臨床看護学講座・精神看護学領域を担当。その後,認知症ケアに携わりながら,首都大学東京 に勤務。2005年「認知症ケアにおける磁場理論」をテーマに聖路加看護大学博士課程修了。現在,認知症グループホームと デイサロンの運営にかかわっている。不安や焦燥感,記憶障害や認知の歪みに苦しむ高齢者へのケア,介護者・ケアスタッフ のストレス緩和ケアに取り組んでいる。主な著書『認知症看護入門』 『触れるケア』 (ともにライフサポート社), 『〈医師〉 〈看護師〉 〈患者・家族〉による認知症の本』 (共著,岩波書店)。 認知症高齢者は脳の萎縮が進み,健康 2 な高齢者よりもせん妄を起こしやすい状 せん妄とは 態です。認知症高齢者がせん妄を起こし せん妄は,一時的に急性の意識障害を た時は,認知症に関する標準的なケアに 起こしている状態です。そこが認知症と 加えて,せん妄を少しでも早く改善する 大きく異なる1つ目の点です。意識障害 ためのケアが必要になります。 と言うと,目も開けず,反応が乏しい昏 そうは言っても,ケアの現場では,認 睡状態をイメージされるかもしれません 知症高齢者がせん妄を起こしているかど が,せん妄は軽度の意識障害で,意識が うかの判断は難しいところです。日頃から 曇った状態と言いかえられます。 まとまりのない言動が見られる認知症高 「意識とは何か?」については,さま 齢者の場合,認知症そのものが進んでい ざまな分野の研究者が定義を述べていま るかのように見え,せん妄を起こしている すが,あえて言えば「意識とは,外界に と気づかれないこともあるのです。特に, 注意を向け,正しく知覚すること」と言 活動減少型(または低活動型)の場合, えます。光や音,香りなど,外界からの 見方によっては,物静かで,穏やかな人 刺激に注意を向け,自分が置かれている とも受け取れるので,見過ごされがちで 環境や状況を把握し, 「私は何者か」と す。人手不足で,認知症の人の帰宅要求 認識することが「意識」なわけですから, や妄想に四苦八苦している現場では「静 意識障害が生じることは,さまざまな刺 かでおとなしい認知症高齢者はありがた 激に注意を向けられず,刺激を正しくと い」とすら思われるかもしれません。 らえられないということになります。 しかし,これは大きな間違いです。せ せん妄中に脳の中で何が起こっている ん妄を放置することは,脳に少しずつダ のかについては研究途中ですが,セロト メージを与えるようなものです。身体疾 ニ ン,ド ー パ ミ ン, ア セ チ ル コ リ ン, 患の予後が悪くなり,認知症も進みます。 GABAといった脳の神経伝達物質が過剰 臨床老年看護 vol.23 no.4 に放出されている,または放出されず分 難しいことですが,だからこそケアのプ 泌が低下してしまっていることが分かっ ロフェッショナルの力が求められるので ています1)。 す。せん妄かどうかを判別するアセスメ 例えば,点滴を自己抜去し,「家に帰 ントスケールはいくつか開発されている る」と大暴れするような過活動型のせん ので,それぞれの場に応じて使い方を知 妄を起こしている人の脳では,神経伝達 り,活用されることをお薦めします。こ 物質のアセチルコリンの分泌が抑制され こでは,認知症高齢者と日々かかわる中 ます。一方で,ドーパミンやノルアドレ で,ケア実践者がせん妄に気づくための ナリンは過剰に分泌されます。ドーパミ ヒントを3つ述べておきたいと思います。 ンもノルアドレナリンも,学習,やる気 ①「何かいつもと違う」「何か変」 に影響する必要なものですが,過剰分泌 という感覚を大切に されると,幻覚や攻撃的な言動,興奮, かかわる人の認知症高齢者のいつもの 不安や緊張を引き起こします。 様子と何か違う,何か変という感覚のこ アルツハイマー型認知症の人の場合, とです。言い換えれば, 「日頃いかにそ アセチルコリンの分泌が低下しているの の人の様子について知っているのか」が で,せん妄の発症によって,さらにアセ 問われます。例えば,日頃からトイレに チルコリンの分泌が低下すれば,記憶障 数回も通う人だったが,ここ数日は1回 害は悪化します。しかし,せん妄は適切 トイレに行った後,5分もしないうちに なケアと治療によって予防と改善が可能 トイレに行くようになったとか,就寝前 です。そのため,せん妄だと気づき,せ に自分の部屋で押入れの引き出しから荷 ん妄へのアプローチがあれば,必要以上 物を出し入れしていた人が,就寝前だけ に悪化しないで済むわけです。これが認 でなく一晩中荷物をいじっていたといっ 知症と異なる2つ目の点です。 た変化です。言動の回数や内容の些細な また,せん妄の持続期間が長い人ほ 変化とも言えますが,このサインをキャッ ど,脳の体積が減少するというショッキ チできるかどうかは大きなことです。せ ングな研究結果も示されています2)。せ ん妄を起こしていないにしろ,認知症高 ん妄は見逃せないものだということが改 齢者自身に何か変化が生じていると考え めて実感できます。 られます。 せん妄に気づくためのポイント 入院や施設に入所した際は,最初の段 階で,家族またはその人をよく知ってい 認知症高齢者へのせん妄ケアの第一ス る人に,入所した利用者はどのような性 テップは,周囲の人が,せん妄を起こし 格の人なのか,どのような言動の特徴が ていることに気づくことです。重要かつ ある人なのかを聞いておきます。 臨床老年看護 vol.23 no.4 3 表1◦せん妄の因子 準備因子 高齢者,脳の器質疾患,認知症,アルコール多飲,せん妄の既往 ☝準備因子に介入は難しいが,せん妄発症の危険因子として頭に入れておく ●身体的な問題・苦痛・不快感 ・痛み,痒み,発熱,脱水,電解質異常,呼吸不全,心筋梗塞,肺梗塞,脳血管障害,尿路感 染症,腸閉塞(イレウス) ,臓器不全,外傷,血糖値の異常,ビタミン不足,貧血 ☝ビタミン不足や血糖値の異常,電解質異常,脱水などは日ごろの食生活を観察することで発見可能 直接因子 促進因子 ●薬物 ・オピオイド系…フェンタニル ・ベンゾジアゼピン系…トリアゾラム(ハルシオン),フルニトラゼパム(ロヒプノール,サ イレース) ,ミダゾラム(ドルミカム) ,エチゾラム(デパス),ブロチゾラム(レンドルミン) ・非ベンゾジアゼピン系…ゾルピデム(マイスリー),ゾピクロン(アモバン),エスゾピクロ ン(ルネスタ) ・ステロイド薬 ・H2ブロッカー ・抗ヒスタミン薬(アタラックスP) ・急な転院,緊急入院,転居,環境の変化 ・時計やカレンダーなど日時の目安となるものがない ・補聴器,眼鏡(老眼鏡含む)がなく,情報をとらえるための自助具がない ・便秘,下痢 ・身体を動かせない,安静度が高い,活動制限がある ・動けないストレス,抑制されるストレス ・不安や抑うつ ・不適切な環境(室温,明るさ,におい,騒音,単調な音の繰り返しなど) ・見知らぬ人,もの ・排尿障害 ・失敗を怒られる,無視される,他者との口論や冷たい関係 ②様子の変化が「2~3日前から急に」 「ここ数日の間に急に」起きたか 合は,ほかに手足の震えや幻視などほか ポイントは,急に見られたかどうかで の症状もありますので,接していると違 す。せん妄の特徴は,急な意識障害です。 いが見えてくると思います。しかし,レ 今までと比べ,急に前記のような変化が ビー小体型認知症の人がせん妄を起こす 見られたらせん妄を疑います。 こともあるので,やはり,日頃の様子を知 ③1日のうちにはっきりしている らないと分かりづらいかもしれません。 時とはっきりしていない時の差 とは言え,前記の3つは,ケアの中で が激しいか せん妄を疑う大切な項目です。ケア実践 せん妄は,1日を通して,状態が変動し 者のきめ細かい観察と気づく力が頼りで ます。朝は,はっきりと返事をしていたの す。では,せん妄が疑われたら,どうす に,夕方,あるいは夜になると,全くこち ればよいのかについて見ていきましょう。 らの言葉が通じない,あるいはぼーっとし ている感じになるということです。 4 いう変動です。レビー小体型認知症の場 認知症高齢者へのせん妄ケア1 日内変動という点で言うと,レビー小 因子を見つけよう 体型認知症高齢者も変動が見られます。 せん妄には,それを引き起こす因子が分 レビー小体型認知症高齢者の場合,体が かっており,準備因子,直接因子,促進因 よく動く時間帯とそうでない時間帯が 子に分けられます (表1) 。因子があるのは, はっきりしていること,急激な意識低下と せん妄が認知症と異なる3つ目の点です。 臨床老年看護 vol.23 no.4 ➡続きは本誌をご覧ください
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