趣味と実益のビール造り

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趣味と実益のビール造り
幡
谷
功
雑誌の記事をたまたま見たことをきっかけに、
炭酸ガスは発酵容器外に排出されているため、こ
初めて自分でビールを造ってから、はや20年ほど
の段階での溶液は生きたイーストが浮いている気
になる。その間に、転勤先の住居ではビール造り
の抜けたビールとなっている。
の道具が準備できなかったり、勤務が忙しくて作
次に2次発酵の作業に移る。鍋に1リットルの
る暇がなかったりで、何年も造らなかった時期も
湯を沸かし100gのモルトエキスを加え煮沸する。
あった。しかし、最近はビール造りの手が鈍るこ
この鍋に発酵容器から、ビニールチューブを使い
とのない程度には造るようにしている。
サイフォンの要領で発酵容器内の溶液を移す。こ
そもそもビールが自分で造れるのか疑問に思う
の時、発酵容器内の下部に沈殿したおりは活動を
方もおられると思うが、
これが意外に簡単である。
停止したイーストのためのぞき、上澄みだけ移す
道具や材料は以前に比しインターネットで容易に
ようにする。次に、この鍋内のモルトエキスが加
購入できるようになった。興味のある方のために
わった溶液を消毒したビール瓶に順次移してゆ
大まかに造り方を紹介するので参考にしていただ
く。この時、容量は瓶の口から4㎝程度にとどめ
きたい。なおビールの主原料は大麦の麦芽(モル
ておく。
今回のレシピだと大びん30本前後できる。
ト)
、ホップ、水である。ビールの本場ドイツで
消毒した王冠を打栓器で栓をした後、1次発酵と
はこれが厳格に守られている。
同様に15度~ 20度で管理する。新たに加えたモ
用意する道具は大きな鍋、発酵容器(私は青い
ルトがビール瓶の中でアルコール発酵するのだ
ホーロー容器を使用している)
、ビニールホース、
が、この時に生じる炭酸ガスは打栓したビール瓶
王冠、ビール瓶、打栓器など。材料はモルトエキ
の中でビール溶液の中にとけこんでゆき、気のは
ス(缶詰で販売されている)
、
ホップペレット
(ホッ
いったビールとなる。過剰な炭酸ガスにより瓶の
プを乾燥固形にしたもの)、ビールイーストなど
割れを防ぐため、打栓前の瓶内の空気の調節が必
である。
要となる。2次発酵が終了したらあとはビールを
まず鍋に6リットルの湯を沸かし、モルトエキ
飲むだけなのだが、ここでも注意点がある。ビー
ス1800gを2本、ホップペレット10g を加え15分
ル瓶の底にはイーストが沈殿しているので、湧き
煮込む。発酵容器を十分に消毒した後、
ホップ10g、
立つのを防ぐために、瓶は飲む前日にゆすらない
水12リットル、煮込んだ溶液(ウオート)全量を
ように冷蔵庫に立てて入れて冷やす。また、コッ
加える。発酵容器内の温度が25度程度になったら
プに注ぐ時にもイーストを混入しないように気を
ビールイーストを投入する。以上で仕込み作業は
つけるとクリアなビールを味わえる。
終了である。以降は発酵容器を15度~ 20度で管
以上ビール造りを概説した。ビール造りの過程
理することで、ウオートはイーストにより発酵し
で最大のポイントは消毒である。特にビールイー
アルコールが作られてゆく。1日目に容器の中を
ストを加える前のウオートが最も雑菌の混入の危
のぞくと表面は泡で厚くおおわれており盛んに発
険性がある。ウオートが触れる可能性のあるもの
酵している様子がうかがえる。7日~ 10日目位
すべてを消毒するように心掛ける。ここさえ乗り
には泡立ちはほとんどなくなり、一次発酵が終了
切ってイーストが発酵を始めたらだいぶ成功に近
していることが確認できる。発酵により作られた
づく。2次発酵のための瓶詰めも慣れないと難し
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いかもしれない。こぼしてもいいように床に新聞
かったが、地ビールブームを経て、今では様々な
紙を敷いて、アルコール消毒したビール瓶に王冠
スタイルが認知され、大手のメーカーでも売られ
を載せた状態で30本準備し、瓶詰めを始める。サ
るようになった。ギネスブックで有名なギネス黒
イフォンの要領で瓶に順次流し込むため、作業に
ビール(スタウト)
、エールビール、イギリスか
は2人必要である。一人は容器の液面にチューブ
らインドまで大西洋を渡るためにホップを強くし
の上端を入れて液面から出ないように監視する作
腐敗を防いだインディア・ペールエール(IPA)
業を行い、もう一人はチューブを圧迫し流量を調
など、聞いたことがある方もおられると思う。自
節しながら瓶詰めの作業を行う。我が家の場合、
分で造るビールの場合淡色系のビールや、ラガー
家内もビールが好きなので快く協力してもらって
タイプのビールを造るのは技術的に困難である。
いる。すべてのビール瓶に打栓して作業は終わる
このため、試行錯誤のすえ我が家では、IPA に
のだが、一息ついたときに部屋の中に漂うイース
寄せたスタイルのビールを楽しんでいる。ホップ
トの香りは、焼きたてのパンの香りのようであり
の苦みが利いたボデイの重いビールは単にのど越
作業の疲労を快いものに変えてくれる。また、瓶
しを楽しむピルスナータイプのビールとは異な
1本に満たなかった2次発酵前のビール溶液を試
り、少量のつまみとともにビール自体の味わいを
飲すると、甘い気の抜けたビールの味がするのだ
楽しむ食事に匹敵するものとなっている。古代エ
が、ここから2次発酵を終え完成したビールの味
ジプト時代にもすでにビールは造られ、
「食べ物」
へと思いを馳せることができる。一度に30本程度
を表す象形文字は「一鉢のビールと一魂のパン」
できるのだが、我が家の場合には早くビールが飲
により構成されていたという。当時はホップなど
みたいので、2次発酵の途中であけて飲み始めて
なく薬草を替りに使ったようだが、ビールはパン
しまい30本すべてが2次発酵を終えることはほと
と共に食べ物の象徴だったのである。自分で手塩
んどない。瓶詰め後数日おきに飲むことで、甘い
にかけて造ったビールをじっくりと味わうのは至
泡立ちの無いビールがヘッドの泡がきめ細かでき
福の喜びの一つであるに違いない。
りっとしたビールへと変貌してゆく過程を実際に
さて、タイトルの趣味と実益のビール造りに戻
目で見て舌で味わうことができる。これも考えて
るが趣味は分ったが実益はあるのかと疑問に思わ
みれば贅沢な飲み方である。
れるかもしれない。大きい鍋、発酵容器などの初
以前最もビールを造っていた頃には一カ月に一
期投資は別にしてランニングコストとしての材料
回程度で定期的に造っていた。作業をする手も安
代はビール30本造るのに20本位のコストであり約
定するので工夫を凝らすことができた。モルトエ
2/3位に押さえられる。これで市販されてない
キスの種類を変えさまざまなビールスタイルを試
自分好みのビールが味わえるのである。また、我
したり、ホップの種類や量、投入時期を工夫した
が家の場合、家内もビールが好きなのでビール造
り、副材料として小麦モルトエキスを加えたり、
りの手伝いは特段負担のかかる作業ではなく、あ
イーストの種類を変えてみたりした。大麦モルト
あだこうだ言いながらよりよいビールを求めて一
より糖化作業を経てモルトエキスを抽出し、一番
緒に工夫している。
一人っ子が大学で親元を離れ、
麦汁(?)のみで〈キ○ン一番搾り〉様のビール
新潟に残された夫婦二人の暮らしであるが、夫婦
を造ってみたりもした。一口にビールと言っても
円満にやっていけるのも、このビール造りが一役
味わいは様々であり、自分の目指すスタイルの
買っているものと思っている。
ビールを造る自由度は限りなく大きい。
10年以上前はピルスナータイプのビールしかな
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(厚生連三条総合病院)