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E .j =冫I尸1 卜 气.1・Oi・ ・ / 卩 1 .i ノy: バ J シ ;= . I i: , .・・ y . ! j 凵I. ・ 卩I・ : 口E だ 卜 ∴';・爬II( 4 ≫ 叺. パ; 。 y ; ・I=7 に 犬ly 心 竹匸 う匸 コ レ・j 1 ・・│・ l をべ 卜i.; , ; 1 − I・. | ‘ j ・ . !・ : y ‥ I !191 ’ ・ |卜 I I卜 : , ・ ' ・ ' . j . . ・ j = ・ ・ 气1 √ ト ノ l l 佃≒i,j 厂 ぺ 尨 ’ ・ …… I lにjI 卜i ・T … ;」:. ゜..,・:j・;.・,:;Jii :・' ㎜II│・i,ll ・JI I り匸y ヘ フ 1 ご 。1 匚 , 、 ベ リ,i | 1 1 帽1.拍 ツ − 1 1 . ・│ 囗 气 卜 卜 卜 冫 − づ 1 j. , / 1 犬j ヾ・ I I I ― ● 。 ¶ F ・ ● 卜 , ;│ ` i. - j・ じ・ ; , 1 ,… 1… j卜 … … …?'、、 宍卜 戸 けi 「 .゛ 4 lj ; 一 i・ :11 ‘ , 11 j1 1;i 111 ‘ ? ’; , , 冂 ・.・. ’ ! 1J ¶ ;I・ I゜ || ‘ヽ 一 F4 一 '・ │・ ・il 了 − | ・・ ?=勹 ≒T町 罔 1 1! ‘,. ‘j . . D rl ご・ . . ジ. / ’J・- ’ Ii;;I・・ 1...・ . ..j.・ D I:I … … ::1: ? 1 冖 ふ・、 凵・ ・ ’. ご . こ ili ・ ・ ●. ’ │ ・ ;i 囗卜 卜 j ‘ぶ . 犬 i 匚 …… …l ‥‥ ‥ ;: '・・ jjy 江 府 し=.i= リ 厂:ヤ j- ‘'・i XI. に 几 ; ‘ I 囗 气j・ . ヽ で=,; ・ モ ● .I 11.1 i 匚 /. y で ・ . ・. i ≒ . II.. ● ; に ・:-:‘●j ●・・・, 1.; i 1 ’ 1 , j 一卜│ ・11.、 、 . ・ I.I 卜 そI:袮 ご,y r 丿 I 11 囗 P。‘ミ・ ; 亠 ; / 扛I メ レ: 1 l. j , ・ :: r j − Iゝ 6 . ¶I l・ [ ゛ I `J 。 J , ’I,j!i * |│ | ' 1 * : ’l: ij 』 い・・ 卜 ;: ― ■ し -● ・ .’ ] ふI= 』.,. ―I・ ● け iy レ 不 心 j- 二I 回 …… 匸 』.J. ● .. 宍. パ. に , 匚 ド汪 囗 1 11 に l・・ i:ミ. ‘・:・・l・i.j: 弓1 厂 ‘,f,:. ・。4、。 ,゛ ` ・ :: : , ● . で. ぺj.l ・ 7り ・, l l・I .7 1 i ≫ . i” . . -. - ・ ・ ! 庄・,に 卜 冂 ・ ・IIl ・. 气 y・fl ,'-│: I'!,1 閇 . 1 ,l ’・y 。 ・ 1 う│・ 11.11111 I.,.・ ‘1●: l 、I 』ぜ . . :.: ;・│・ ・ r a!i j:.I y・ 1.'/: ; ¶ ・ ・ iり , !』 . : ; た;I・ こ..・ ’ り 一 I ・ iり 牢 記 ミヤ ブ・ 木 簡 学 会 編 『 日 本 古 代 木 簡 集 成 』( 東 京 大 学 出 版 会 、2003 年 ) 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 博 物 館 『 古 代 地 方 木 簡 の 世 紀 一 文 字 資 料 か ら み た 古 代 の 近 江 』(2008 年 ) 奈 良 文 化 財 研 究 所『 木 簡 黎 明 一 飛 鳥 に 集 うい に し え の 文 字 た ち 』( 飛 鳥 資 料 館 図 録53 、2010 年 ) (た だし 、釈 文を 変 更した 木簡 の出 士し た遺跡 の みに 掲げ た) 自治 体史 の類 は原 則 とし て収 録の対 象 としな い が、 報告 害が 未刊 の場合 や釈 文 の訂 止があ る場 合 管 見 の 限 り で 収 録 し た も の もあ る。 ま た 、 正 報 告 が 刊 行 さ れ て い る 場 合 に は 、 そ れ 以 前 に 刊 行 さ れ た 年 報・ 紀 要 な ど の 掲 載 を 省 略 し た 場 合 が あ る 。 一 、『 綜 覧 I 』 に 掲 載 し た 遺 跡 に つ い て も 、 そ の 後 に 報 告 書 等 が 刊 行 さ れ た 場 合 は 、 重 複 を 厭 わ ず す べて の報 告 書等を 再掲 した。 再掲し た項 目は 。ふ りがな の 後に 【 1頁数 】を 付し た。 一一、本 書 は 、奈 良 文 化 財 研 究 所 都 城 発 掘 調 査 部 史 料 研 究 室 が 、木 簡 学 会 の 全 面 的 協 力 を 得 て 作 成 し た。 木 簡 出 土 情 報及 び 報 告 書 刊 行 情 報 を お 寄 せ い た だ い た 多 く の 方 々 に 、 謝 意 を 表 し た い 。 編 集 に 際 し て は 、 有 田 洋 子 ・ 大 杉 綾 花 ・ 岡 島 陽 子 ・ 黒 羽 亮 太 ・ 小 池 綾 了・・ 杉 本 敬 子・ 本 庄 総 子 ・ 南 島 真 理 子 ・ 吉 岡 直 人 各 氏 の 助 力 を 得 た 。 本 書 の 編 集 は 、 山 本 崇 ( 奈 良 文 化 財 研 究 所 都 城 発 掘 調 査 部 く飛 鳥 ・ 藤 原 地 区 〉) が 担 当 し た 。 一一、 本 書 は 、 奈 良 文 化 財 研 究 所 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 『 埋 蔵 文 化 財 ニ ュ ー ス 』 第154 及 び 、木 簡学 会 発 行『 全国 木簡 出 土遺跡 ・ 報告 書綜覧 H』 とし てそ れぞれ 刊 行す る ものであ る。 一 、 本 書は 、 以 下 の 各 科 学 研 究 費 に よ る 研 究 成 果 を 含 む も の で あ る。 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究( S) 「推 論 機 能 を 有 す る 木 簡 な ど 出 上 文 字 資 料 の 文 字 自 動 認 識 シ ス テ ム の 開 発 」( 研 究 代 表 者 ・ 渡 辺 晃 宏 、2003 年 度 ∼2007 年 度 )、 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究 ( S )「 木 簡 な ど 出 十 文 字 資 料 釈 読 支 援 シ ス テ ム の 高 次 化 と 綜 合 的 研 究 拠 点 デ ー タ ベ ー ス の 構 築 」( 研 究 代 表 者 ・ 渡 辺 晃 宏 、2008 年 度 ∼2012 年 度 )、 科 学 研 究 費 補 助 金 若 手 研 究( B )「 令 前 木 簡 と 古 代 文 書 の 機 能 論 的 検 討 に よ る 日 本 に お け る 占 代 文 書 行 政 成 立 史 の 研 究 」( 研 究 代 表 者 ・ 山 本 祟 、2010 年 度 ∼2012 年 度 )、 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究( S )「木 簡 な ど 出 土 文 字 資 料 の 資 源 化 の た め の 機 能 的 情 報 集 約 と 知 の 結 集 」( 研 究 代 表者 ・ 渡 辺 晃 宏 、2013 年 度 ∼2017 年 度 〈 予 定 〉)、 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究( C )「 平 安 時 代 出 土 文 字 資 料 の 動 態 的 歴 史 分 析− 〈荷 札 の 終 焉 〉 に み え る 木 簡 の 機 能 」( 研 究 代 表 者 ・ 山 本 祟 、2013 年 度 ∼2015 年 度 〈予 定 〉)。 一 、 近 年 に お け る 木 簡 出 土 遺 跡 ・ 出 土 点 数 の 増 加 状 況 に 鑑 み る な ら ば 、 な お 遺 漏 も 多 い と 思 われ る 。 諸 賢 の ご 批 正 、 さ ら な る 情 報 提 供 を 得 て 、 よ り 完 全 な も の を 目 指 し た 増 補 を 続 け る 所 存 で あ る。 お 気 づ き の 点 は 、 下記 ま で ご・一報 い た だ け れ ば 幸い で あ る 。 連絡 先 〒630-8577 奈良 市佐 紀町 2 47 番1 奈 良文化 財研 究所 都城 発 掘調 査部 史料研 究 室 Tel 0742-30-6837 Fax 0742-30-6830 E-mai 1 [email protected]. jp 3 北海道・青森県 北 海 道 ・ 東 北 北 海 道 上 之 国 勝 山 館 跡 〔 か み の く に か つ や ま た て 〕【15 】 檜 山 郡 上 ノ 国 町 近 匱 城 館 99.5 ・ 99. H I 点 │ ニノ 国 町 教 育 委 員 会 (囗; ノ 国 町 教 委 :『 史 跡_ll 之 国 勝 山 館 跡 X X I 一 一平成 H 年 皮 発掘 調 査 環 境 整 備・μ業 概 報 』 :2000 年 O 塚11111 ‘1:哉 :「 北 海 道 ・ 莇│」1 館 跡 」( 『 木 簡 研 究 』33 ) :2011 年 天 寧 1 遺 跡 ( 試 掘 )〔 て ん れ る 〕 釧 路 郡 釧 路 町 近 代 集 落 04.6 − 04.7 1 点 ( 財 )北 海 逆 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 北 海 道1・11 夊セ ン タ ー − l『 釧 路 町 天 寧l 遺 跡 一 一 般 国 道11 号 釧 路 町 釧 路 外 環 状 道 路 工 事 に 伴 う 埋 蔵 文 化:2008 乍 : 財 発 掘 調 杏 報 告,! 冫』( 北 海 道 埋 蔵 文 化 財 セ ン ター 調 査 報 告 書254) l O 福井 淳一 一 : 「 北 海 道 ・ 人 寧 1 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」35 ) ・ 2013年 青 森 県 浪 岡 城 跡 (84 年 度 調 査 )C な み お か じ ょ う 〕【16 訂 】 17 森 山 (旧 、 南 津 軽 郡 浪 岡 町 ) 中 世 城 館 8・ レ ¶ −8・1.12 1 点 浪 岡 町 教 育 委 員 会 O浪 岡 町 教 委 l『 浪 岡 城 跡一 主 要 地 方 道 青 森 浪 岡 線 特 殊 改 良 一 種ll 事 に 伴 う 発 掘 調 査 』「浪 岡 」986 年 呷] ’ 雌 蔵 文1ヒ 財 緊 急 発 掘 調 査 報 告 書3 ) l 。 木 村 浩 ‥・ i「 森森 ・ 浪 岡 城 跡 」(「 木 簡研 究 」8 ) 高 間 ( 一 ) 遺 跡 (04 年 度 調 査 ){ た か ま か っ こ い ち} 中 世 集 落 O・1.6 O i? 森 巾 教 委 り986 年 青森 市 − 04. 11 8点 々 森 巾 教 育 委 輿 会 ︲ :『 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 概 報 新IU(l) 遺 跡 ・ 高 間(1) 遺 跡 』(・,?森 巾 埋 蔵 文 化 財:2005 年 ︱ :調 & 報 件 が81 ) ︲ O 木 村i・ン [ ・・ 棚 馬 敏 也 : 「 青 森 ・ 高 問 し・ 」 遺 跡 」『r 木 簡 研 究 』27 ) 。│? 森Ili 教 委 :『 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 必vI一 石 江1: 地 区│由i整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 食 ( 第2:2013年 O l? 森11j 教 委 │分 冊 商 間(1)遺跡 本文 一図版 編2)』( 青森,li理蔵 文化財 調査 報告&113 ・2) i lrイI'江 遺跡 群 発掘 調 査報 告 滌vI一 石 江t 地IK両 整理 串 業に伴 う発掘,闃査( 第4:2013年 │ 分│附 高間(I) 遺跡 写真図 版・ 観 察表 編,イ1'江 遺跡 群 分析 編jl) 亅(,7 森I旧111 蔵 文i :2005年 I I 冖ヒ財調食報告書113 - -1) I 高 間(一 ) 遺跡 (05年度 調査 ) [たかまかっこいち] 青森 市 中 欧集落 05バ1 05.11 21点 青森 市教育 委員 会 0 木 村 淳 ir 青 森 ・ 冶i問 (・- ) 遺 跡 」(r 木 簡 研 究 )28 ) :2006 ・ 年 0 ,'?森11J・ 教 委 :『イ 巾: 遺 跡 群 発 拠 調 査 報 告 書vI一 石 江 士 地│和 由 丿整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 { 第2:2013 年 0 ,7 森Ilf 教 : r 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 食 報 告,llv I一 石 江 上 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 ( 第1:2013 年 : 分lll } 高間(1 )遺 跡 本 文 ・ 図 版 編2 )』( 竚 森 市 埋 蔵 文 化 財 調 食 報 告 書113-2) 委 l i分 冊 高 間(I )遺 跡 写 真 図 版 ・ 観 察 衣 編 , 石 汪 遺 跡 群 分 析 編 制 』(Ilj ’森,lj埋 蔵 文│ : 化 財 調 査 報 告i'?l 13・4 ) 1 新 城 平 岡 ( 四 ) 遺 跡 [ し ん じ ょ う ひ ら お か か っ こ よ ん3 【16 】 青 森 市 近 世│ ‘ │ 然 流 路 02.7 − 02. H 54 点 l!1 森 巾 教 育 委 貝 会 O ,lj ’ 森Ili教 委 : 「Ili内 遺 跡 発 掘,凋 査 報 告 書 H 平 成 M 年 度 」(・17森 巾 埋 蔵 文 化 財 調 食 報 告 河69 ):2003 年 O木村沖 一 卩 青 森 ・ 新 城・FI周( 四 ) 遺 跡 」( ( 木 簡 研 究J 25 ) :2003 年 O ’f , 森Ill・ 教 委 i「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 茜V 一 石 江 上 地 区 両 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘,凋査 { 第112012 年 : 分│││ } 新 城 平 岡(jl)遺 跡 本 文 ・ 図 版 編 )』( 青 森 巾 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書112 − ): 1 O ,l;・ 森ill教 委 |「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告,lyV-イ − 5 − 冖T 上 地 区 画 整 理 刄業 に 什 う 発 掘 調 査 ( 第212012 年 北 海 道 ・ 東 北 :分 冊 新 城 平 岡(4 )写 真 図 版 ・ 観 察 表 編 )』( 青 森 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書112 ぺ :2) : :「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 V 一 石 江 士 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 ( 第3:2012 年 O青森 市教 委 │分 冊 新 城 平 岡(2 )く7)遺 跡 編 ・ 石 江 遺 跡 群 分 祈 編 )』( 青 森 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 報│ :告Si 12− ) : 3 新 城 平 岡 ( 四 ) 遺 跡 〔し ん じ ょ うひ ら お か かっ こ よ ん 〕 青 森 市 近 世 自 然 流 路 06.4 − 06. 11 141 点 青 森 市 教 育 委 員 会 O 木 村 淳 一 :「 青 森 ・ 新 城 平 岡 ( 四 ) 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』29 ) :2007 O 青 森 市 教 委 年 :「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 V 一 石 江 土 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 ( 第1:2012 年 i 分 冊 新 城 平 岡(4)追 跡 本 文 ・図 版 編 )』( 青 森 巾 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書112 1) ; O 青 森 市 教 委 :「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 V 一 石 江 土 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 ( 第2:2012 年 i 分 冊 新 城 平 岡(4 )写 真 図 版 ・ 観 察 表 編 )』( 青 森 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書112- ■ :2 ) : O 青 森 市 教 委 i「 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 V 一 石 江│: 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 ( 第3'2012 年 1 : 分 冊 新 城 平 岡(2 ) (7 )遺 跡 編 ・ 石 江 遺 跡 群 分 析 編3 )』( 青 森 市 埋 蔵 文 化 財 調 査l 1 1 :報 告 書112 - 3) 新 田 ( 一 ) 遺 跡 (03 年 度 調 査 )〔にっ たかっ こい ち〕 青 森 市 占代 以 降 集 落 03.6 − 03. 11 14 点 青 森 市 教 育 委 員 会 :「 青 森 ・ 新 田 ( 一 ) 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) 〇疔 森 市 教 委 :『 石江 遺 跡群 発 掘 調査 概報 新 山(1) 遺跡 ・ 高間(I) 遺 跡 』(青森 市埋 蔵文 化 財:2005年 :2004 年 O々森 市教委 :『 石 江 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 一 東 北 新 幹 線 建 設 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 』( 青 森「tf:2007^ ︱ 0 木村淳 一 ︱ :調 査 報 告 書81 〕 − ︱ ︱ i埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書94 ) ︱ 新 田 ( 一 ) 遺 跡 (06 年 度 調 査 )1 に っ た か っ こ い ち 〕 青 森 市 古 代 以 降 集 落 06. 4 − 06. 11 1点 青 森 市 教 育 委 員 会 0 木 村 淳 一 囗,1? 森 ・ 新 田 (- ) 遺 跡j (『 木 簡 研 究 』29 ) :2007 年 新 田 ( 一 ) 遺 跡 (07 年 度 調 査 )〔 に っ た か つ こ い ち 〕 ※ 青 森 市 古 代 以 降 集 落 07.4 − 07. 10 1 点 青 森 県 教 育 委 員 会 :「 新 μ』 :『 」 (1 )造 遺跡一 東 北新 幹線 建 設事 業に 作 伴 う 追 跡 発 掘 調 査 報 告 』( 青 森 県 埋 臓:2009 年 I O 青 森 県 教 委 I I : 文 化 財 調 査 報 告 書472) 津 軽 氏 城 跡 ( 弘 前 城 北 の 郭 )〔 つ が る し し ろ 〕【16 】 弘 前 巾 近 世 城 郭 01.6 O弘 前市教 委 − 01. 12 8 点 弘 前 市 教 育 委 貝 会 :『 史跡 津軽 氏城 跡(弘 前城 跡)弘 前城 北の郭 発掘 調査概 報Ⅲ 』 :2002年 :『 史跡 津軽 氏城 跡( 弘 前城跡 )弘 前 城北 の郭 発掘 調 査報 告書一 北 の郭 整備 事:2003年 0岩 井浩介 :「,¥ 森 ・ 津 軽 氏 城 跡 ・ 弘 前城 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) ︲ 0弘 前市教 委 ︲ │ 業に伴 う 発掘調 査』 ︲ 津 軽 氏 城 跡 ( 長 勝 寺 構 )(02 年 度 調 査 )〔つ がるし しろ〕【161 近 胯 城 郭 02.9 −02.10 2 点 弘 前 市 教 育 委 員 会 :2004 年 弘前市 :『 史跡 津 軽 氏 城 跡 ( 弘 前 城 跡 ) 長 勝 寺 構 長 勝 寺 発 掘 調 査 報 告 者 一 住 宅 及 び 位:2003 年 O岩 井 浩 介 i「 疔森 ・ 津 軽 氏 城 跡 一弘 前城 跡l (『 木 簡 研 究 』26 ) ︲ O弘 前 市 教 委 ︲ ︲ : 牌堂改 築に 伴 う遺跡 発掘調 査』 :200j1 年 十 三 湊 遺 跡(121 次 )Eと さみな と] 五 所 川 原 市 (IH. 北 津 軽 郡 市 浦 村 ) 中 世 集 落 00.9 − 00. 11 1 点 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー O ,!1 森県 教委 l『│・ 三湊 遺跡 第10・H ・15 り6 ・17・74・75・91・92・93・94・121 ・122・1:2005 年 36 ・137 皿− ・138 ・139 ・140 =皿皿 ・ 皿=・., ・- 皿亅四・ ・141 ・M2 J. 四 ●,.心.j ・M3 ・144 ・146 °147 り48 ま-aj=s ● -■●丶 』-xJ___ ■● 皿s ,-ミ& ’ 149 ・ 150 ° 1: ミー − ■■-w・ ● 』--= 一一 ●・・ 152 ・ 153 り54 次 発 掘 調 査 報 告 書 ( 第 1 分 冊 )( 第 Ⅲ 分 冊 )( 第IV 分 冊 )( 第 V 分│ 涓F)( 第 Ⅶ 分 冊 写 真 図 版 編 )( 付 図 )』( 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書398) : O鈴 木 和 子 | 「 青 森 ・ 卜 三湊 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) 12006 年 十 三 盛 遺 跡 (2 次 ) に ゅ う さ ん も り 〕 五 所 川 原 市 古 代 集 落 10.5 − 10. 10 1点 五 所 川 原 市 教 育 委 員 会 O藤 原 弘 明 :「 青 森 ・ 十 三盛 追 跡 」(『 木 簡 研 究 』33 ) −6 − 砲OH 年 岩手県 平川 市( 旧、 南津 軽郡 平賀 町) 大 光 寺 新 城 跡 遺 跡 (4 次 )〔だい こ うじし んじょ う〕【16 訂 】 中 欧居 館 95. 7 − 95. 12 70 点 平 賀 町 教 育 委 員 会 O渡部学 : 「,7森 ・ 人光 寺新城跡 遺跡 」(『 木簡 研究』20) 11998 年 O平賀町 教委 :1999 年 :『 人 光寺 新城跡 遺跡 第4・5次発 掘調 査』( 平賀 町埋蔵 文化 財報 告 書24) 岩 手 県 ︱ 向 中 野 館 遺 跡 (6 次 )〔 むかい な かのだ て〕 盛 岡 市 古 代 中 世 集 落 04.6 − 04. 10 5 点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー :2006 年 O北村 忠昭 :「 岩手・ 向中 野館 遺跡 」(『 木簡研 究』28) O岩 手 県文 化 振興 事業 団:『 :『 向中 野 館遺跡 発 掘調 査 報告 書 第5・6次一 盛岡 南新都 市計両 市計両i整備 事業 関連 遺:2007年 埋文セ ン ター :跡 発掘 調査』(岩 手県 文化振 興事業団 埋 蔵文化 財 調査報 告富503) ︱ ・ 西 川 目 遺 跡 〔に し か わ め 〕 近 匯 集 落 ・ 墓 地 03.4 北上 市 − 03. 7 1点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団: 『 西 川 口 ・ 堰 向 訂 遺 跡 発 掘 調 査 報 告 書 一 県 営 ほ 場 整 備 事 業 こT 地 区 関 連 追 跡 発:2005 年 埋 文 セ ン タ ー : 掘 調 査亅( 岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書・464) : O 西 澤 正 晴 :「岩 手 ・ 叫 川 口 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究 』29 ) ・ 2007年 落 合II 遺 跡 〔 お ち あ い 〕【17 追 】 奥 州 市 ( 旧 、 江 刺 市 ) 古 代 河 川 74.4 − 74.8 3 点 岩 手 県 教 介 委 員 会 O 蔘川 南 :「 東 北 地 方 出 土 の 木 簡 に つ い て 」(『 木 簡 研 究 』1 ) ! 1979 年 O 岩 手 県 教 委 :『 東 北 新 幹 線 関 係 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 者VI 』( 岩 手 県 文 化 財 調 査 報 告 書50 ) :1980 年 道 上 遺 跡 〔ど うの うえ〕 奥 州 市 古 代 集 落 07.4 − 07.8 1点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O岩f 県 県 南広 域 振興 局:『 逆 上遺跡 第3 次・ 合 野遺跡 ・ 小 林繁 長遺 跡 発 掘調 査 報 告書 』( 岩 手県 文化 振:2009年 農 林 部農 村 整備 室・ 岩 手:興事業 団埋 蔵 文化財 調査報 告 書544) : 県 文化 振 興 事業 団 埋 文セ: : | ン ター O丸山浩 治・石崎 商臣 |「岩 手 ・ 逆 上 遺 跡 」(「 木 簡 研 究」32 ) 国 分 遺 跡 に く ぶ ん〕※ 奥 州 市 近 世 集 落 10.6 − 10.8 1 点 ( 財 )岩 手県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー o 岩f 県 文化 振 興 事業 団:『 国 分遺跡 り││端 遺跡 ・ 堤追跡 発掘 調査 報告占一 経営 体 育成 基盤 整備 事業 都鳥:2012年 埋 文セ ン ター :2 期地 区関連 遺跡 発掘 調査』 ( 岩 手県 文化振 興事業ljl埋 蔵文 化財 調査 報告書600) : 中 畑 城 跡 〔な かはた じょ う〕※ 奥 州i↑f 中 世: 城 館 10. 9 ・・ 10. 12 1 点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー o 岩1 県 文化 振 興・μ業l t r 八 反町 追跡 発 掘調 査報 告 書一 経 営 体介成 基 盤整備 官業 占城2期地 区関 連 遺跡:2013年 埋 文セ ン ター i 発掘調 査』( 岩f 県 文化 振 駲! 事業団 埋蔵 文化 財 調査報 告書610) : 中 尊 寺 金 色 院 境 内 ・ 金 剛 院 境 内(50 n 次 )〔ちゅ うそ んじこんじ きい んけ いだい・ こんご ういんけ いだい 〕※ 西 繋 井 郡 罕泉 町 古 代 寺 院 97. 5 − 98.3 1点 平 泉 町 教 育 委 貝 会 :『 特 別 史跡中 尊寺 境内 内容 確認 調査 報告 耆』{ 岩 手県f 泉町 文 化財 調 査報 告12006年 Of 泉町 教委 :,! } 98) l :『 ヽI 滝 遺跡 群考・ili 資料 精選n』 防 手県 平泉町 文化 財 調査 報告書H2 ) 12009年 O`F泉町教 委 ︲ 柳 之 御 所 跡 (18 次 )[ やな ぎのご し よ]※ 西 繋 井 郡 平 泉 町 占 代 居 館 86. ( 月 不 詳 ) 2 点 ヽF泉 町 教 育 委 員 会 :『 ヽF 泉遺 跡 群発 掘調査 報 告弁 伽 羅の御 所跡 第2次 猫 間が渕跡 第1次・柳 の御 所:1987年 0 夕泉 町教 委 7 − :『 嘔 泉遺 跡 群 考 占’ 資 料 精 選II 』【 岩 手県 平 泉町 文 化 財 調 食 報 告 書 】12) ︲ :跡 第18 次 』( 岩f 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書11 ) O’ 抖泉町教 委 :2009 年 北 海 道 ・ 東 北 柳 之 御 所 跡 (21 次 )[ や な ぎ の ご し よ ]【18 古 代 居 館 88.4 − 88. 11 9点 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 O岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団: 『 柳 之 御 所 跡 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 姿 を 現 し た 居 館 跡 』 埋 文セ ン タ ー : O岩11 県 文 化 振 興 事i[yC ’ 柳 之 御 所 跡 ( 本 文 ・ 図 版 編 )( 写 真 図 版 編 )( 考 察 編 ) −・ 皿自 年 l 関 遊 水 池 事 業 り1995 乍 埋 文セ ン タ ー : ヽF泉 バ イ パ ス 建 設 関 辿 第21 ・23 ・28 ・31 ・36 ・41 次 発 掘 調 介 報 告 』( 岩 干 県 文l ︲ 柳 之 御 所 跡 (28 次 )【や なぎ のごし,口 118】 西 磐 井 郡 平 泉 町 古代 居 館 90.4 − 90.凵 20 点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O岩1 県 文 化振 興 事 業団:『 岩手県 埋・ i 文化 財 発掘 調爽略 報( 平成2年度 分)』 埋 文セン ター : O岩 手県 文化振 興 事 業団i『 柳 之御 所跡 姿を 現した 居館跡 』 埋 文セン ター : Oモ 浦 謙・- 卜 ︲ 冂 岩 手・ 柳 之 綢丿所 跡(l) 凵 『 木 簡 研 究 』27) ︲ 沸 振 駲!・1 順1 抑11 藏 文 化 財 調 査 報 乱11228) O 三 浦 謙 一一・ :2005 年 :1991 年 : 1991 年 岩 手 ・ 柳 之 御 所 跡 」(G’ 木 簡 研 究J 13) i 1991 年 I 柳 之御 之 御 所跡 所跡 ( (本 本文 文・ 編) )( (写 写 真図 真図 版 版 編) 編 )( 考 察編 察編 ) )一 一 一関 一関 遊 遊 水池 水 池 事業・:1995年 事 業 ・: O岩 手県 文化振 興事 楽 [ポl『 『柳 り㈲ 蚓版 汳編 (考 卜F 泉 バ イ パ ス 建 設 関 辿 第21 ・23 ・28 ・31 ・36 ・41 次 発伽 調 査 報 告 』( 岩 手県 文│ 川 夂セ ン ター I I :化 振 興 事業 団 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書228 ) O木 簡学会 編 O嚶 井友梓 i「 日 本 占 代 木 簡 集 成 」 東 京 大 学 出 版 会 :2003 壓 冖 岩 干 ・ 柳 之al 所 跡 」( 『 木 簡 研 究 』35 ) ; 2013 年 柳 之 御 所 跡 (31 次 )〔やな ぎのご し よ〕【18 】 西 磐 井 郡 傴泉 町 古 代 居 館 91. 4 − 91. 12 6 点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 職 文 化 財 セ ン タ ー O岩 手県 文化 振 興 収業団:『 柳 之 御所 跡( 本文・ 図 版 編)( 写真図 版編 )( 考察 編) 一一 一関 遊 水池 事業 ・:1995年 埋 文 セ ン タ ー− : 平 泉 バ イ パ ス 建 設 関 辿 第21 ・23 ・28 ・31 ・36 ・41 次 発 拙 調 査 報 告 』( 岩 手 県 文: ︱ ︲ : 「 岩 手 ・ 柳 之 御 所 跡 」(「 木 簡 研 究 」28 ) ︲ ; 化 振 興 ’lf 業 団 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 £228) O二浦謙 一 12006 年 柳 之 御 所 跡 (41 次 )[や なぎ のごし よ]【19 】 西磐 井 郡 罕 泉 町 古 代 居 館 93. 4 − 93. 12 3 点 ( 財 )岩 手 県 文 化 振 興 小 業【圃埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 01・1 県 文化 振 興 事業 団1『 柳 之 御所 跡( 本 文・ 図版 編)( 写真 図 版編 )( 考察 編) 一関 遊 水池 事業 ぺ1995 年 埋 文セン ター ド他泉バイ パ ス建設 開辿 第21・23・28・31・36 ・41 次発掘 調 食報 告』( 岩f 県 文; ︲ ︲ : 「岩 多・ 柳 之 御 所 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) ︲ │ 化 振 興 唯業 団 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書228) O气浦謙 ・ :2006 年 柳 之 御 所 遺 跡 (53 次 ){ や な ぎ の ご し よ }119】 西 磐 井 郡 平 泉 町 占 代 居 館 00.・1 − 00.5 4, 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 (・ 拿 泉 町 ・ 平 泉 観 光 推 進l 『 柳 之 御 所 資 料 館 第1 回 特 別 艇 図 録 』 実 行 委貝 会 : 12000 年 O 平 泉 町 教 委 i『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 略 報 』( 岩 干県 平 泉 町 文化 財,濶査 報 告 書77 ) 12001 年 O 菅 原 計 二 :「岩 干 ・ 柳 之 御 所 跡(2 )」(『 木 簡 研 究J 27 』 :2005 壓 O 平 泉町 教 委 i 『 ヽF泉 遺 跡 昨 考 占 資 料 精 選 | 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書IH ) 12009 年 O 平 泉町 教 委 :『・μ泉 遺 跡 群 考 占 資 料 精 選II亅( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 丹112) 12009 年 柳 之 御 所 遺 跡 (55 次 )〔や なぎの ごし よ〕119】 西 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 居 館 01. 5 − 01. 11 1 点 岩 手 県 教 育 委 員 会 a 岩 手県 教委 :『 平 泉遺 跡群 発 掘 調 査報 告i珎 柳 之 御所 遺跡 一 第55 次 発掘 調 査概 報』 (岩 手!ぷ2002 年 : 文化財 調査報 告書1 13 ) : L 三浦謙 一 卜¥ ぽ ・ 柳之 御所跡 凵「 木簡 研究」28) ' 2006年 柳 之 御 所 遺 跡 (56 次 )〔 や な ぎ の ご し よ 〕 占 代 居 館 02. 西磐 井 郡 平 泉町 5 − 02. 11 1点 岩 手 県 教 育 委 員 会 o 岩 手県 教 委 :『f 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 柳 之 御 所 辿 跡 一 第56 次 発 拙 調 査 慨 報 』( 岩 手 県:2003 午 :文 化 財 調 食 報 告 書 H 7) : o 三 浦 謙 一 ir 岩 F ・ 柳 之 御 所 跡 」( 『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 柳 之 御 所 遺 跡 (69 次 )〔や なぎの ごし 幻 西 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 居 館 08.5 − 08. 12 2 点 岩 手 県 教 育 委 貝 会 O岩 手県教 委 :『 平 泉追 跡 群 発槻 調 査報 告 丹 柳 之 御所 辿跡 一 第69 次発 掘 調 食概 報』(岩 手1剛 2010 年 −8 − 岩手県 : 文化 財 調 査 報 告 書130) り 岩 下・ 柳 之 御 所 跡 」( 『 木 簡 研 究』35 ) O櫻井 友梓 12013 年 I 柳 之 御 所 遺 跡 (70 次 )〔やな ぎ のごしょ 〕 丙 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 居 館 09. 5 − 09. 10 11 点 岩 手 県 教 育 委 員 会 O岩手 県教 委 :『 平 泉遺 跡群 発 槻 調査 報 告 書 柳 之 御所 遺跡 一 第70 次発 拙 調査 概 報』(岩 手県:20H 年 ︲ :文 化 財 調 査 報 告&133) ︲ ︲ : 「 岩 手 ・ 柳 之 御 所 跡 」(『 木 簡 研 究 』35 ) 2013 年 I ・ O櫻井友 梓 毛 越 寺 跡 (12 次 )[ も うっ う 口 【19 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 寺 院 ・ 庭 園 88. 7 6 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 OヽI 乙泉 町 教 委 :「 毛 越 寺 庭 園 発 掘 調 査 報 告 書 第12 次調 査 」( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書 11989 年 :14 ) O 及 川 司 i「 岩 手 ・ 毛 越 寺 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) り006 年 毛 越 寺 跡 (13 次 )〔も うつ う じ〕【19 】 西 磐 井 郡 y 泉 町 古代 寺 院 ・ 庭 園 90.7 − 90. 10 1 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 O・F泉町 教委 :『 毛越 寺庭園 発 掘調 査報告 耆 第13次調 査』(岩 手県 平泉町 文化財 調査 報告 書 :26) O及川 司 :「岩 手・毛越 寺跡 」(『 木 簡研究』28) :1991 年 ≪2006 年 花 立II 遺 跡 (1 次 )〔 は な だ て 〕【19 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 中 世 集 落 90. 10 − 90.】2 1 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 o y 泉 町 教 委 ・ 趣 設 省 お: 『 花 立 n 遺 跡 第1 次 発 掘 調 査 報 告 書 一 国 道4 号 鈴 沢 歩 道 丁 事 に 伴 う 発 掘 調 査 』:1991 年 手」 二事 事 務 所 :( 岩 手県 y 泉 町 文化 財 調 査 報 告 書25 ) : o 及 川ij】 : 「 岩 手 ・ 花 立n 遺 跡 」(『 木 簡 研 究』27 ) ' 2005年 花 立 肛 遺 跡 (3 次 )[ は な だ て ]【19 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 中 世 集 落 93.10 − 93. 12 2点 平 泉 町 教 育 委 員 会 o 平泉 町 教 委 :r 謇 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書・13) o 菅 原 計 二 :「 岩 手 ・ 花 立n 遺 跡 」( ( 木 簡 研 究J17 ) :1995 年 o 平 泉 町 教 委 i『 孚 泉 遺 跡 群 考 古資 料 精 選 u 』( 岩 手 県 ギ 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書H2 ) 志 羅 山 遺 跡 (14 次 )〔し らや ま〕 古 代 集 落 92. 4 − 92.7 1点 :1994 年 :2009 年 西磐 井郡 平泉 町 (財) 岩 手県文 化振 興事業 団埋 蔵 文化 財セン タ ー O 岩 1 県 文 化 振 興 事 業 団:『 志 羅 山 遺 跡 第l・l・25 次 発 掘 調 査 報 告 書−・ 関 遊 水 地 事 業│掲連 遺 跡 発 掘 調 査 』:1995 年 埋 文セ ン タ ー :( 岩 手 県 文 化 振 興 事 業 団 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書216) : O櫻 井 友 梓 ・ 伊 藤 み ど り 卜 岩 手 ・ 志 羅 山 遺 跡(1 )」( 『 木 簡 研 究 』35 ) 12013 年 志 羅 山 遺 跡 (28 次 )( し ら や ま )【 凵0 】 丙 磐 井 郡 平 泉 町 中 匯 集 落 93. 11 2 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 Of 泉 町 教 委 :『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書一 片 岡2 遺 跡 第1 次 、 伽 羅 之 御 所 跡 第6 次 、 毛 越5 造:199,1年 : 跡 第1 ・2 次 、志 羅 山 遺 跡 第24 ・ 28次 、 新 山 権 現 社 遺 跡 第3 次 、瀬 原2 遺 跡 第1 次 、: : 月館 】 遺 跡2 次 、 月 館2 遺 跡 第1 次 、 花 立1 遺 跡 第6 次 、 柳 之 御 所 跡 第・13次 』( 岩 手: : 県 唹 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 X40) : O 菅 原 計 二 |「 岩 手 ・ 志 羅 山 追 跡 」(『 木 簡 研 究 』17 ) り995 年 Of 泉 町 教 委 :『 平 泉 遺 跡 群 考 古 資 料 精 選 I 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書HI ) :2009 年 志 羅 山 遺 跡 (33 次 )〔し ら や ま 〕 西 磐 井 郡 f 泉 町 中 世 集 落 94.6 − 94. 8 1点 平 泉 町 教 育 委 員 会 o 平 泉 町 教 委 l『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書一 泉 崖 遺 跡 第14 次 . 伽 羅 之 御 所 跡 第8 次 、 祇 園l :1995 年 l 遺 跡 第1 次. 毛 越vI遺 跡 第 】次 、志 羅 山 遺 跡 第33 ・ 34・ 36次 、鈴 沢 の 池 跡 第1 次 、: │ 花 立| 遺 跡 第8 次 、 花 立 u 遺 跡 第4 次 、 無 砥 光 院 跡 第4 次 、 柳 之 御 所 跡 第・16次J i l( 岩 f 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書47 ) : . 似;{aト ド 岩=F ・ 志 羅 山 辿 跡(2 )」(r 木 簡 研 究)35 ) 12013 志 羅 山 遺 跡 (61 次 )[し らや ま]【 凵0 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 集 落 96.6 − 96.7 2 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 o膏原 計l : uI;手・志 羅山 遺跡」(『 木簡研 究』19) of 泉町 教委 irf 泉 遺跡 群 考古資料 精選 冂 ( 岩 手県f 泉町 文化 財 調査 報告 書Ill) −9 − 年 :1997 年 :2009 年 北 海 道 ・ 東 北 ︱ :『 y 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 』( 岩 予 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書63 ) ︱ O平泉町 教委 志 羅 山 遺 跡 (62 次 )〔 し ら や ま 〕【1 10 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 古 代 集 落 96.6 1 点ミ 平 泉 町 教 育 委 員 会 O 菅 原 計 二 : 「 岩 手 ・ 志 蘰 山 造 跡 」(『 木 簡 研 究 』19 ) :1997 年 O 平 泉 町 教 委 l『 平 泉 遺 跡 群 考 古 資 料 精 選 1 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書Ill) :2009 年 : O 平 泉 町 教 委 :『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書64 ) ︱ 志 羅 山 遺 跡 (71 次 )〔し らや ま〕 ※ 酉 磐 井 郡 平 泉 町 中 世 集 落 97. 9 − 97. 10 3 点 平 泉 町 教 育 委 員 会 O ヽ F 泉町教 委 :『 志羅 山 遺跡 第69・71 次発掘 調 査報 告書一 毛 越寺線 都 市 計画街 路整 倫 事業に:1998年 I i『 平 泉 遺 跡 群 考 占’ 資 料 精 選 I 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書lll ) S :伴 う 調 査 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書71 ) O平 泉 町 教 委 :2009 年 ︱ 志 羅 山 遺 跡 (77 次 )〔しらや ま〕【 囗O 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 占 代 集 落 98.6 − 98.8 8点、 嘔 泉 町 教 育 委 員 会 O平 泉町教 委 :『 志羅 山 遺跡 第75・77・78 次発 掘調 査報 告 書一 毛越 寺線 都市 計画 街 路整 備 に:1999年 : 伴 う調 査』( 岩 手県平 泉町 文化財 調査 報告書76) O鈴 木江利 子 :1999 年 ir 岩 手・志羅 山遺 跡」(『 木簡研 究』21) :2009 年 0平 泉町教 委 :『 平 泉遺跡 群 考占 資 料精選|』( 岩手県 平泉 町文 化財調 査報 告書HI ) ︲ ︲ 志 羅 山 遺 跡 (82 次 )〔 し ら や ま 〕【 凵0 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 占 代 集 落 99.9 − 99. 10 3点 平 泉 町 教 育 委 員 会 O及 川 司 : 「 岩 手 ・ 志 羅 山 遺 跡(2 )」( 『 木 簡 研 究 』22 ) 12000 年 O 平 泉 町 教 委 :『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 書 』( 岩 手 県 平 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書75 ) :2001 年 O 平 泉 町 教 委 12009 年 :『 壑 泉 遺 跡 群 考 古 資 料 精 選 U 』( 岩 手県 嘔 泉 町 文 化 財 調 査 報 告 書112) 志 羅 山 遺 跡 (88 次 )〔 し ら や ま 〕【 囗O 】 西 磐 井 郡 平 泉 町 占 代 都 市 01. 11 − 02. 1 10点 胚 泉 町 教 育 委 員 会 O 平 泉 町 教 委 :『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 略 報一 泉 屋 遺 跡 第25 次 、窟 H 遺 跡 第1 次 、倉 町 遺 跡 第3 次 、:2002 年 :毛 越 V 遺 跡 第4 ・5 次 、 志 羅 山 遺 跡 第87 ・ 88次 、 鈴 沢 の 池 跡 第2 次 、 高 衡 館 跡 第1: ︲ :次 、 中 尊 寺 第61 次II 期 ・63 ・ 64次 、 花 立II 遺 跡 第15 ・ 16次 、 三 日 町 Ⅲ 遺 跡 第1: I 志 羅 山 遺 跡 (94 次 ){ し ら や ま } 中 世 屋 敷 06,4 I 〇平 泉 町 教 委 :次』(岩 手県f 泉町 文化財 調査 報告J冫78) |「岩 手・ 志羅 山遺跡 」(『 木簡 研究』25) :『 平泉遺 跡群 考古 資料精 選I』(岩 手県 嘔泉町 文化 財調 査報 告書Ill) I O菅原 計二 12003 年 :2009 年 西磐 井 郡 平 泉 町 − 06.6 21,4j; 平 泉 町 教 育 委 員 会 o 鈴 木 江 利 子 :「 岩 手 ・ 志 羅 山 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究 』29 ) :2007 年 o 平 泉 町 教 委 |『 平 泉 遺 跡 群 発 掘 調 査 報 告 茜一 伽 羅 之 御 所 跡 第18 次 、 祇 園 n 遺 跡 第2 次 、 介 町i 2008年 │遺 跡 第11 ・12 次 、 坂 下 遺 跡 第11 次 、 志 羅 山 遺 跡 第94 ・ 95次 、 巾 尊 寺 跡 第72 次 、i i 花 立II 遺 跡 第21 次 . 二 日 町 Ⅲ 遺 跡 第4 次 、 柳 之 御 所 遺 跡 第66 次 』( 岩 手 県 平 泉: │町 文 化 財 調 査 報 告 書108) i 宮 城 県 郡 山 遺 跡 (15 次 )〔こ お り や ま〕【 囗l 】 仙 台 市 古 代 官 衙 81.10 o 仙 台 市 教 委 − 81. 12 3点 仙 台 市 教 育 委 員 会 :『 郡 山 遺 跡II 一 昭 和56 年 度 発 掘 調 査 概 報 』( 仙 台 市 文 化 財 調 査 報 告 政38) :1982 o 木 村 浩 二 ・ 平 川「有 l「 宮 城 ・ 郡 山 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』4 ) :1982 年 午 o 木 簡 学 会 編 |『11 本 古 代 木 解丿選 』 岩 波 書 店 11990 年 o 仙 台 市 教 委 lr 郡 山 遺 跡 発 掘 調 査 報 告 書一 総 括 編(1 )・ 総 括 編(2 )り 寸図 』( 仙 台 市 文 化 財 報:2005 年 ︲ − : 告 書283 ) ︱ 10 宮城 県 :1992 年 : 仙 台 城 二 の 丸 跡 ( 第12 地 点 )〔せ んだい じょ う〕【 IH 】 仙 台Ili 近 世城 郭 93.6 − 93. 10 73 点 東 北 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 委 員 会 O東 北大 学埋 文調 査 委員:「 東北 大学 埋蔵 文化 財調 査年 報11」 会 卜 宮 城 ・ 仙 台 城 跡 ( 二 の 丸 地IX )」( 『 木 簡 研 究』26 ) O柴 田恵 子 :1999 年 | ︲ 仙 台 城 二 の 丸 跡 ( 第4 地 点 )〔せ んだい じ ょうに の まる〕【111 】 仙 台 巾 近 世 城 郭 87. 7 − 89.9 1点 東 北 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 委 員 会 O東 北人 学埋 文調 査 委貝:『 東 北大学 埋蔵 文化財 調 査年 報4・5』 会 :「 宮 城 ・ 仙 台 城 跡 ( 二 の 丸 地 区 )」(『 木 簡 研 究』26 〕 O柴 田恵 子 ︲ ︱ :2004 年 ︱ − ︱ :2004 年 仙 台 城 二 の 丸 跡 ( 第17 地 点 )[ せ ん だい じ ょ う ]【 I H 】 仙 台 市 近 世 城 郭 00.3 − 00. 12 5点 東 北 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 研 究 セ ン タ ー O柴 Ⅲ 恵 了・ :「 宮 城 ・ 仙 台 城 跡 ( 二 の 丸 地 区 )」(『 木 簡 研 究』26 ) 12004 年 O 東 北 大 学 埋 文 調 査 研 究: 【 東 北 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 年 報18-一 一 仙 台 城 跡 ニ ノ 丸 第 】7地 点 の 調 査 』 │ 2005 年 ︲ ! ︲ 卜 セ ン ター 仙 台 城 本 丸 跡 (1 次 )〔せ んだいじ ょ う〕【l ll】 仙 台 巾 近 世城 郭 97.7 − 00. 12 29 点 仙 台 市 教 育 委 員 会 0仙 台Ili教 委 :『 仙 台 城 本 丸 跡 の 発 掘 改 訂 版 』( 仙 台 巾 文 化 財 パ ン フ レ ッ ト43 ) 12000 年 0金森安 孝 : 「 宮 城 り 山台 城 本 丸 跡 」『r 木 簡 研 究 』23 ) 12001 年 O仙 台 市 教 委 |『 仙 台城 本丸跡1 次調 査一 石 垣修復 丁 事に 伴 う発掘 調査 報告 書(第1分 冊 本 文12005年 : 編)( 第2分冊 遺構編 )( 第3分冊 出 土遺物 編) J i 史 跡 仙 台 城 跡 (16 次 )〔 せ ん だ い じ ょ う 〕 イ 山 台 巾 06. 9 − 06. 11 1点 仙 台 市 教 育 委 員 会 近 世城郭 :『 仙 台 城 跡 7 嘔 成18 年 度 調 査 報 告 書 』( 仙 台 巾 文 化 財 調 査 報 告 淤309 ) O仙 台111教委 : 「 宮 城 り 山台 城 跡 」( 『 木 簡 研 究 』29 ) O鹿 野仁 了・ 12007 年 μ007 年 仙 台巾 史 跡 仙 台 城 跡 ( 清 水 門 跡 周 辺 整 備 事 業 )[ せん だいじ よう ] 近IU:城 郭 05.12 − 06. 1 1 点 仙 台 市 教 育 委 員 会 :『 仙 台城跡 地震 災害 石垣 復旧事業 及び 史跡 整備 事業 報告 方 中門 跡・ 清水門 跡』:2006年 O仙 台 巾 教 委 :(仙 台 市文化財 調食 報告 書299) : ・ 渡 部 紀 i「 宮 城 ・ 史 跡 仙 台 城 跡 凵 『 木 簡 研 究 』30 ) :2008 年 仙 台 城 跡 造 酒 屋 敷 地 区 (23 次 )〔 せ ん だ い じ ょ う 〕 仙 台rl了 近t 止城 郭 05. 12 − 06. 1 35点 仙 台「li教 育 委 員 会 :「 仙台城 跡10 平成21年 度 調食 報 告書一 仙台 城 本丸 大広問 跡 調 査成果 の総 括」:2010年 ︲ O f111 台巾 教 委 ︲ リ 宮 城 ・ 仙 台 城 造 酒 犀 敷 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) ︲ :( 仙 台 市 文 化 財 調 査 報 告 書374) O佐藤淳 :2012 年 仙 台 城 跡 二 の 丸 北 方 武 家 屋 敷 地 区 ( 第7 地 点 )〔せ んだ い じ よう 〕1 凵 】】 仙 台 市 近 世武家 屋 敷 〔〕1.5 − 01. 11 594 点 東 北 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 研 究 セ ン タ ー O 佐 竹 輝 昭 ・ 兼 平 賢 治 ・ 囗 宮 城 ・ 仙 台 城 跡 ( 二 の 丸 北 方 武 家 屋 敷 地 区 )」(『 木 簡 研 究 』25 ) :2003 年 : 大 藤 修 ・ 藤 沢 敦 ・ 京 野 恵: 1 1 1 了-・ 高 木 暢 亮 ︲ O東 北大 学 理 文調 査研 究:『 東北 大学 埋蔵 文化 財 調査 年報19( 第1分 冊)一 仙 台城 跡l の 丸北 方武家 屋 敷:2006年 ︱ i地【メ:第7 地 点 の 調 査 芦 ノ「1遺 跡 第5 次 調 食 」 ︲ セ ン ター O東 北 大学埋 文調 査研 究:『 東 北 大学 埋蔵 文化 財 調 査年報19( 第3分 冊)一 仙 台城 跡 二の 丸北 方武家 屋 敷:2007年 セ ン ター :地 区第7地 点の 調査出t 遺物2〈木簡・l Sある 木製 品〉』 : O東 北 人学 理 文調 査研 究i『 東北 大学 埋蔵 文 化財 調査 年報19( 第5分 冊)一一 仙 台城 跡 この 丸北 方武家 屋 敷12010年 セ ン ター :地 区第7地 点の 調査 分析・ 考 察』 : 若 林 城 跡 (3 次 )〔 わかば やしじ よう〕【 凵2 】 仙 台 市 近 世 城 郭 99.8 − 99. 10 5 点 仙 台 市 教 育 委 員 会 O仙台 市教 委 :『若 林城跡 第3次 発掘調 査報 告書』( 仙台 市 文化財 調食 報告 書256) O渡 部弘 笑 :「宮 城・篇 林城 跡 」(『 木簡研 究』27) 11 − :2002 年 :2005 年 北 海 道 ・ 東 北 ︲ 洞 ノ ロ 遺 跡 (1 次 )〔ど うのく ち〕 仙 台 市 中│化城 館 94. 4 − 94. 12 78 点 仙 台 市 教 育 委 員 会 O仙台 巾教委 :『 洞 ノロ遺 跡一 第1次・2次 ・4次・5次・7次・10 次 発掘 調査 報告 耆( 第1分冊:2005 年 :本 文編(1))( 第2分冊 本 文編(2))( 第3分 冊 写真図 版編 )( 第4分 冊 自 然科学: ︲ : 「宮 城 ・ 洞 ノ 川遺 跡 」(『 木 簡研 究 』30 ) ︲ i分 析 編 )』( 仙 台r打文 化 財 調 査 報 告 書281) O¥間亮 輔 :2008 年 洞 ノ ロ 遺 跡 (2 次 )〔ど うのく ち〕 仙 台 市 中 世城 館 99. 9・ 99. 12 1点 仙 台 市 教 育 委 員 会 O仙台Ili教委 :『 洞 ノロ遺 畊一 第1次・2 次・・1次・5次・7次・10 次 発掘 調査 報告 書( 第1分 冊:2005 年 :本 文編(l))( 第2分 冊 本 文編(2))( 第3分冊 写真図 版編 )( 第j1分 冊 自 然科学: ︱ − : 「宮 城 り 同ノ ロ 造 跡│ (『 木 簡研 究 』30 ) − │分 析 編 )』( 仙 台 市 文 化 財 調 査 報 告 書281) O 平間 亮 輔 :2008 年 洞 ノ ロ 遺 跡 (4 次 )〔 ど う の く ち 〕【1 12 】 仙 台 市 中 世 城 館 00. 4 − 00. 12 1 点 仙 台 市 教 育 委 員 会 O 平 間 亮 輔 ・ 占111和 正 :│ 宮 城 ・ 洞 ノ ロ 遊 跡 」(『 木 簡研 究 』23 ) :2001 O 仙 台 市 教 委 年 :『 洞 ノ 凵辿 跡 一 第1 次 ・2 次 ・4 次 ・5 次 ・7 次 ・10 次 発 掘 調 査 報 告 書 ( 第1 分 冊:2005 年 i 本 文 紺(l ))( 第2 分 冊 本 文 編(2 ))( 第3 分 冊 写 真 図 版 編 )( 第4 分 冊 自 然 科 学│ : 分 祈 編 )』( 仙 台11f文 化 財 調 査 報 告 書281) l 中 野 高 柳 遺 跡 (o1 年 度 調 査 ){ な か の た か や な ぎ] [ I 12 】 仙 台 市 占 代 集 落 01. 4 − 01. H I 点 宮 城 県 教 育 委 員 会 o 村 田 晃 一・ 吉 野 武 :│ 宮 城 ・ 中 野 高 柳 遺 跡 」『r 木 簡 研 究 』2・1) 忽 )02年 o 宮 城 県 教 委 ・ 宮 城 県 上: 『 中 野 高 柳 遺 跡 l 一 宮 城 県 仙 台 港 背 後 地 士 地 区 画 整 理 事 業 関 連 調 査 報 告 書 | 』 渭 )03年 木 部 i(宮 城 県 文 化 財 調 在 報 告 書194) i o 宮 城 県 教 委 ・ 宮 城 県 上:『 中 野 高 柳 遺 跡 Ⅲ 一 宮 城 県 仙 台 港 背 後 地 十 地 区 画 整 理 嘔業 関 辿,調査 報 告 書 Ⅲ 』:2005 年 木 部 日 宮 城 県 文 化 財 調 査 報 告 書201 ) i 竹 ノ 内 遺 跡 〔 た け の う ち 〕 仙 台di 近 世 尾 敷 地 03. 8 − 03. 10 1点 宮 城 県 教 育 委 員 会 O 村 田 晃 一・ 吉野 武 :「宮 城 ・ 竹 ノ 内 遺 跡 」( 「 木 簡研 究」26 ) :2004 年 多 賀 城 跡 外 郭 南 面 中 央 部 (8 次 )〔たが じ よう〕【 凵2 】 多 賀 城 市 ( 旧 、 宮 城 郡 多 賀 城 町 ) 古 代 官 衙 70. 4 − 70.6 2点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多賀城 跡 調査研 究所 :『多 賀城 跡 昭 和45午度 発掘 調査既 報一宮 城県多 賀城 跡調 査研 究所年 報1970』 o ギ川 南 i「多 賀城 跡出 土の 木簡」(奈 文研『 第1回 木簡 研究集 会記 録』) o孚川 南 |「 東北地 方出 上の木 簡につ いて 」(『 木 簡研究 』1) o 多賀城 跡 調査研 究所 :『多 賀城 跡木 簡I( 本 文編)』(宮城 県多 賀城 跡調 査研究 所資 料ll) o 多賀城 跡 調査研 究所 |『多 賀城 跡木 簡I( 図版 編) j(宮城 県多 賀城 跡調 査研究 所資 料u ) :1976 年 多 賀 城 跡 外 郭 東 南 隅 (11 次 )〔 たがじ よ 引 【 凵2 】 多 賀 城 市 ( 旧 、 宮 城 郡 多 賀 城 町 ) 古 代 官 衙 71.3 2 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o多 賀城 跡 調査研 究所 :『 多 賀城 跡 昭 和45年度 発掘調 査概 報一 宮 城県多 賀城 跡調 査研究 所年 報1970』 o 擧川 南 :「多 賀城跡 出 土の木 簡 」(奈 文研『 第1回 木簡研 究集 会記 録』) o 嘔川 南 |【 東北地 方出 上の木 簡につ いて 】 (『 木 簡研究JI 』 o 多賀城 跡調 査研 究所 :『 多 賀城 跡木 簡1( 本 文編)』( 宮城 県多賀 城 跡調 査研 究 所資 料n ) o 多賀城 跡 調査研 究所 |『 多 賀城 跡木 簡I (W 版 編)』( 宮城 県多・賀城 跡調 査研究 所資 料n ) :1976 年 11971 年 │ 1979 年 :20H 年 12012 年 11971 年 11979 年 :2011 年 ・2012 年 多 賀 城 跡 外 郭 南 辺 中 央 部 (20 次 )〔 た が じ ょ う 〕【1 12 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 73. 7 − 73. 8 1 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 杏 研 究 所 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 i『 多 賀 城 跡 昭 和48 年 度 発 掘 調 査 概 報一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 年 報1973J11974 年 o 嘔川 南 1「 多 賀 城 跡 出 上 の 木 簡1 ( 奈 文研 『 第1 回 木 簡 研 究 集 会 記 録 』) :1976 年 o 平 川 南 り 東 北 地 方 出 土 の 木 簡 に つ い て 」(『 木 簡 研 究j1 』 11979 年 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 1『 多 賀 城 跡 木 簡 I ( 本 文編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 資 料II ) :20H 年 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 |『 多 賀 城 跡 木簡 1( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 資 料 n ) ; 2012年 多 賀 城 跡 外 郭 東 南 部 地 区 (24 次 )〔 た が じ ょ う〕【 凵2 】 多 賀 城 市 古 代 官 衙 74. 8 − 74. 12 55 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 昭 和49 乍 度 発 掘 調 査 慨 報 一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 年 報1974 』:1975 −12 年 宮城県 0 郛川南 i「 多 賀 城 跡 出t の 木 簡│ ( 奈 文 研 『 第1 回 木 簡 研 究 集 会 記 録 』) :1976 年 Oy 川 南 ; 1979 年 0 木筒学 会編 曰 東 北 地 方 出 上 の 木 簡 に つ い て 」(『 木 簡 研 究 』│ ) : n 」本 古 代 木 簡 選 』冫}波,ly店 0 多 賀 城 跡 調 介研 究 所 |『 多 賀 城 跡 木 簡 I ( 本 文 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 u ) :20 川 年 O 多 賀 城 跡 調 介研 究 所 :『 多 賀 城 跡 木 簡 1 ( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料││ ) :20 】2年 多 賀 城 跡 雀 山 地 区 南 低 湿 地 (34 次 )[ たがじ よ う]【 囗3 】 多 賀 城 市 古 代 官 衙 79. 4 − 79. 10 3, 弘 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多賀城 跡,調査研 究所 :『 多賀城 跡 昭 和54年度 発掘 調査既 報一 宮城 県多 賀城 跡 調査研 究所 年報1979』 o` ド川 南 :「宮 城・ 多賀城 跡 」(『 木 簡研究,!3』 o 多貿城 跡 調査研 究所 |r 多 賀城 跡木 簡I( 本 文編)』(宮城 県多 賀城跡 調 食研究 所資 料u) o 多賀城 跡調 査研 究所 l「 多 賀城 跡木 簡l ( 図版 細)』(宮城 県多 賀城跡 調 査研究 所資 料││) 11990 年 :1980 年 :1981 年 :2011 年 :2012 年 多 賀 城 跡 外 郭 南 辺 南 方 (37 次 )〔た がじょ う〕【113 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 80.9 80. 111 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 O多賀城 跡調 査研 究所 :『 多 賀城跡 昭 和55年 度 発掘調 査概報・一 一宮城 県多 賀城跡 調 査研究所 年 報1980J :198] 乍 Of 川 南 : │ 宮城 ・ 多賀城跡 」(『 木 簡研 究』3) 卩981 年 O多賀城跡 調 査研 究所 :『 多賀 城跡 木 簡I( 本文編)』(宮 城 県多賀 城跡 調 介研究所 資料ll) 1011 年 O多 賀城跡,淌査研究所 :『 多賀 城跡 木簡l ( (ま│ 版編)』(宮 城 県多賀 城跡 調 査研究所 資料 U) :2012 年 多 賀 城 跡 外 郭 東 地 域 南 部 (38 次 )[た がじ,lう]【 凵3 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 81. 卜81. 6 1 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o多 賀城跡,凋査研究所 :lj 多 賀城 跡 昭fl156 年 度発掘 調査 概報一宮 城 県多 賀城跡 調査研 究所 年 報1981』 o佐藤I 【lj 之 lr宮城 ・多 賀城跡│(『 木 簡研究』4) o多?7城跡,淵査研究所 i「 多賀城 跡 木簡 1( 本文編)」(宮城 県多賀 城跡 調査研 究所 資料u ) o多 賀城跡,凋介研究所 :r 多賀城 跡木 簡I (閲版 編)』(宮 城県 多 賀城 跡 調査研 究所 資料11) 多 賀 城 跡 外 郭 東 地 域 南 部 (40 次 )〔たが じ よう〕【1 131 多 賀 城 巾 占 代 官 衙 81.1 2 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o佐膝Ⅲ 之 :「宮 城・ 多賀 城跡 」『r木 簡研 究』1) o多 賀城跡 調介研 究所 :『 多賀城 跡 昭 和57年度 発伽 調査概 報一 宮城 県 多賀城 跡,凋査研 究所 年報1982』 o多 賀城跡 調 介研 究所 i『 多賀城 跡木 簡I (本 文編)』(宮城 県多 賀城 跡調 査研 究所資 料 川 o多 賀城跡 調介研 究所 :『 多賀城 跡木 簡|( 図版 編)』(宮城 県多 賀城 跡調 査研 究所資 料 川 多 賀 城 跡 外 郭 東 辺 地 区 (41 次 )〔た がじょ う〕【 凵3 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 82. 6・ 82. 12 3点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多賀城 跡 調査研 究所 冂F多 賀城 跡 昭 和57年度 発槻 調食既 報一 宮城 県 多賀城跡 調食研 究所年 報1982』 o 後膝 秀 一 ・ 佐藤 和彦 : 「宮 城・ 多賀城 跡 」 (『 木簡研 究』5) o 多賀城 跡 調介研 究所 卜 ’ 多 賀城 跡木 簡| ( 本 文編)』( 宮城 県多 賀城跡 調 査研究 所資 料rl) o 多賀城 跡調 介研 究所 凵r多賀城 跡木 跳囗 (【可版 編】』( 宮城 県多 賀城跡 調 介研究 所資 料 旧 多 賀 城 跡 外郭 中 央 地 区 南 部 (44 次 )〔た がじょ う〕【 凵3 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 83.8 − 83. 12 283 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 O多賀城 跡調 食研 究所 :『 多 賀城 跡 昭 和58年 度発 掘調 杏概 報一 一宮城 県 多賀城跡 調 査研究所 年 報1983j O 佐 藤 和彦 :l宮 城・ 多賀城 跡」(『 木 簡研 究』6) O木簡学 会編 |『 日 本占代 木 簡選』 岩波,I冖占 O多賀城跡 調 介研 究所 :『 多 賀城跡 木簡II( 本文編 )』(宮 城 県多 賀城跡 調 査研究所 資 料Ⅲ) O多門城跡 調 介研 究所 i『 多 賀城跡 木 簡11(図 版編 )』(宮 城 県多 賀城跡 調査 研究所 資 料Ⅲ) 多 賀 城 跡 外 郭 線 西 辺 中 央 部 (47 次 )〔た がじ よう〕【 凵3 】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 84.9 − 84. 12 9 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多賀城跡,凋介研究所 :『 多 賀城跡 昭 和59年 度 発掘 調 査概 報一宮 城 県多賀 城跡 調 査研究所 年 報1984』 o iQi 野 方宏 ・ 佐藤 和彦 :│ 宮城 ・多 賀城 跡l(『 木簡研 究』7) o 多賀城跡 調 査研究所 ir 多 賀城跡 木 簡n ( 本文編 )』(宮 城 県多賀 城跡 調査研 究所 資料 Ⅲ) o 多賀城跡 調 査研究所 冂 ’ 多 賀城跡木 簡 H(図 版編り (宮 城 県多賀 城跡 訓査研 究所 資料 Ⅲ) 多 賀 城 跡 ( 大 畑 地 区 )(60 次 )〔た がじょ う〕[ I 13】 多 賀 城IFi 占 代 官 衙 91.5 − 91. 12 43 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 O多 賀城跡 調 食研究所 l『 多 賀城跡一 宮城 県多 賀城跡 調 査研究 所年 報1991』 O鈴 木拓 也 l「宮城 ・多 賀城跡 」(『 木 簡研究』 】4 ) - 13 − :1982 年 :1982 年 :20H 年 :2012 年 :1982 年 :1983 年 :20H 年 :2012 年 :1983 年 :1983 年 :20 囗 年 :2012 年 に984 年 11984 年 11990 乍 に013 年 │ 2013 年 :1985 年 :1985 年 :2013 年 :2013 年 :1992 年 : 1992 年 北 海 道 ・ 東 北 O 多賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 木 簡 n ( 本 文 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) :2【】13年 O多賀城 跡調 査研 究所 i『 多 賀 城 跡 木 簡 肛 ( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) ■2013 年 多 賀 城 跡 ( 鴻 ノ 池 地 区) (61 次 )〔 た が じ ょ う 〕【l 】3】 多 賀 城 市 占 代 官 衙 91.10 − 91. 11 4点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 年 報1991 』 :1992 年 o 鈴 木 拓 也 :「 宮 城 ・ 多 賀 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』14 ) o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 i『 多 賀 城 跡 木 簡 n ( 本 文 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) :1992 年 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 木 簡 H ( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) 12013 年 :2013 年 多 賀 城 跡 ( 鴻 ノ 池 地 区 )(81 次 )〔 た が じ よ う〕 多 賀 城 市 占 代 官 衙 09.5 − 09. 11 1 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 :『 多 賀 城 跡 一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 午 報2009 』 ! 2010 年 o 占 野 武 :「 宮 城 ・ 多 賀 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』32 ) :2010 年 o 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 |「 多 賀 城 跡 木 簡 n ( 本 文 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) 12013 年 o 多 賀 城 跡 調 査研 究 所 :「 多 賀 城 跡 木 簡 n ( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) は013 年 多 賀 城 跡 ( 五 万 崎 地 区) 古 代 官 衙 11.6 (83 次 )〔 た が じ ょ う 〕 多 賀 城 市 - 11. 11 1 点 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 年 報2011 』 12012 年 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 l『 多 賀 城 跡 一 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 年 報2012 』 :2013 年 o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 i『 多 賀 城 跡 木 簡11 ( 本 文 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 Ⅲ ) o 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 :『 多 賀 城 跡 木 簡II ( 図 版 編 )』( 宮 城 県 多 賀 城 跡 調 査 研 究 所 資 料 m ) :2013 年 12013 年 o 古 野 武 卜 ■2013 年 宮 城 ・ 多 賀 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』35 ) 市 川 橋 遺 跡 (25 次 )〔い ち か わ ば し 〕【 I M 】 多 賀 城 市 古 代 都「t1 98. 6 − 98. 12 1,・M 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー o 多 賀 城 市 埋 文 調 査 セ ン: 『I旧││槁 遺 跡 』( 多 賀 城Ili文 化 財 調 査 報 告 書57 ) :1999 タ ー ・ 多 賀 城Ili教 委 : 年 l o 武 川 健 市 i『 宮 城 ・ 市 川 橋 遺 跡 』( 『 木 簡 研 究 』22 ) 12000 年 0 多 賀 城iri埋 文 調 食 セ ン: 『 巾 川 礦 遺 跡 一 城 南 上 地 K 両 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 I 』( 多 賀 城 巾 文:2001 年 I I I ター・多 賀城 市 教委 i 化 財調 査報 告書60) O多 賀城 市埋 文 調査 セン:『 市川 橋遺跡一 城 南 上地 区 画整理 嘔業に 伴 う発掘 調査 報告書Ⅲ ( 第1分 冊)( 第:2004年 : ター・ 多賀 城市 教委 :2 分 冊)( 第3分 冊)』( 多賀 城市 文化財 調 査報 告書75) 市 川 橋 遺 跡 (26 次 )〔 い ち か わ ば し 〕【1 14 】 多 賀 城 市 古 代 都 市 99.4 − 00.2 3 点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー o 多 賀 城111埋 文 調 食 セ ン: 『 副││ 槁 遺 跡 一 城 南 土 地K 両 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調・食 略 報2 』( 多 賀 城 巾 文 化:2000 年 タ ー ・ 多 賀 城 市 教 委 : 財 調 査 報 告 書5 9) : of 葉 孝弥 ・ 鈴 木 孝 行 i「 宮 城 ・ 市川 槁 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』23 ) 120 【】1 年 o 多 賀 城Ili埋 文 調 査 セ ン: 『111川 譌 遺 跡 一 城 南・l:地 区 鹵 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 n 』( 多 賀 城 市 文 に003 年 1 1 タ ー ・ 多 賀 城lh 教 委 i 化 財 調 査 報 告 書70 ) 1 0 多 賀 城 市 埋 文 調 査 セ ン: 『111川 譌 遺 跡 一 城 南 上 地「X 画 整 理 参 業に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 Ⅲ ( 第1 分 冊 ) ( 第:2004 午 ター ・ 多 賀 城 巾 教 委 :2 分│町)( 第3 分 冊 )』( 多 賀 城 市 文 化 財 調 査 報 告 書75 ) ︲ 市 川 橋 遺 跡 (27 次 )〔い ちか わばし 〕11 14】 多 賀 城 市 古代 都 市 00,4 01.3 10 点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー O多 賀 城 市埋 文 調 査セ ン:『 市川 譌遺 跡一 城 南上地 区 画整 理 事 業に 伴 う発 掘調 査 略 報3』( 多賀 城Ili文化:2001年 濔 調 査 報 告 耆64) ︲ O 千 葉 孝 弥 ・ 鈴 木 孝 行 卜 ︲ タ ー ・ 多 賀 城ili教 委 宮 城 ・ 巾 川 橋 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』23 ) 12001 年 ︲ O多賀 城 巾埋 文闘 査セ ン1『 巾川 橋遺跡・-・城 南 十地 区 画整理 事業 に 伴 う 発掘 調 査報 告書II』(多 賀城 市 文12003年 ター・ 多賀 城・li教 委 澡 財 調査 報告 書70) o 多賀 城 市埋 文 調 査セ ン 冂 浦 川槁 遺跡 一城 南土地区 画整 理 嘔業 に伴 う発 掘調 食報 告書m( 第1分 冊) (第:2004 年 ター・ 多 賀城ili教 委 卩!分 冊)( 第3分冊)』(多 賀城(li文化 財調 査報 告書75) ︲ ︲ ︲ 市 川 橋 遺 跡 (28 次 )〔い ちか わぱし 〕【 IM 】 多 賀 城 市 古 代 都 市 01.4 − 01. 12 64 点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー o 多賀 城rlj埋 文調 食セ ン:『 市川 僑 遺跡一 城 南 上地区 画整 理 事 業に 伴 う 発掘 調 査略 報4』( 多 賀城 市文化:2002年 ︲ O 千 葉 孝 弥 ・ 鈴 木 孝 行 卜 ︲ タ ー ・ 多 賀 城ili教 委 : 財 調 査 報 告 書67 ) 宮 城 ・11りII咄 遺 跡 バ 『 木 簡研 究 』24 ) - 14 − :2002 年 宮城県 O多 賀 城 市 埋 文 鯛 査 セ ン: 『 市川 橋 遺 跡 一 城 南 土 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 H 』( 多 賀 城 巾 文:2003 年 ︱ ︱ タ ー ・ 多 賀 城 巾 教 委 i 化 財 調 査 報 告 書70 ) 自 O多 賀 城 市 理 文 調 査 セ ン1 『 巾 川 橘 遺 跡 一 一城 南 上 地 区 画 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書Ⅲ ( 第1 分 冊 ) ( 第 \2004 年 タ ー ・ 多 賀 城Ili教 委 :2 分 冊)( 第3 分 冊 )』( 多 賀 城 市文 化 財 調 査 報 告 書75 ) ︱ 市 川 橋 遺 跡 (29 次 )〔いち か わば し〕【1 15】 多 賀 城 市 占 代 都 市 02. 4 − 02.5、02.7 − 02. 10 10 点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー O多 賀城 市埋 文 調査 セン:『 制││橘 遺跡 一 城 南上 地 区画 繋理 事業に 伴 う発 掘 調 査略 報5』(多 賀 城 市文 化:2003年 ター・多 賀城 市 教委 : 財 調査 報告 書68) ︲ ︱ O 多 賀 城 市 埋 文 調 査 セ ン│ 『 市 川 橋 遺 跡 一 城 南 十 地 区 両 整 理 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 U 』( 多 賀 城 市 文12003 年 タ ー ・ 多 賀 械 市 教 委 jヒ 財 調 査 報 告 書70 ) : O 千 葉 孝 弥 ・ 廣 瀬 真 理 了・│「 宮 城 ・ 市 川 橋 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』25 ) ; 2003年 O多 賀城 巾 埋 文調 査 セン:『 刺││橘 遺跡一 城 南上地 区画整 理 事業 に伴 う発掘調 査報 告書Ⅲ 【 第】分 冊)( 第:2004 年 ター・多 賀城 市教 委 :2 分 冊)( 第3分冊)』(多 賀城 巾文化 財調 査 報告書75) 市 川 橋 遺 跡 (37 次 )[ い ち か わ ば し ] 多 賀 城 市 古 代 都 市 03.6 − 03. 7 5点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー o 多 賀 城「tf埋 文 調 査 セ ン: 『 市 川 橋 遺 跡 第3・1・35 ・37 ・38 次 調 査 報 告 書 』( 多 賀 城Ili文 化 財 調 査 報 告 書7:200・1年 タ ー ・ 多 賀 城r↑j教 委 :4 ) l 0 武 田 健111 1r 寓 城 ・ 市川 槁 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」26 ) 120 市 川 橋 遺 跡 (45 次 )( い ち か わ ば しj 古 代 都 市 04.5 (M年 多賀城 市 − 04. 9 2点 多 賀 城 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 0 多 賀 城 巾 埋 文 調 査 セ ン: 『 市川 槁 遺 跡 第x15次 調 査 報 告 書 』( 多 賀 城111文 化 財 調 査 報 告 書76 ) :2005 タ ー ・ 多賀 城 市 教 委 : 年 : o 鈴 木 孝行 i「 宮 城 ・I旧││恊 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』27 ) 120015 年 山 王 遺 跡 ( 八 幡 地 区 )(89 年 度 調 査 )〔 さ ん の う〕【1 15 】 多 賀 城 市 古 代 都 巾 89.6 −89 」2 1 点 宮 城 県 教 育 委 員 会 :『 山 ぞ遺 跡一 仙塩 道 路建 設関 係遺跡 八幡 地区 概 要』(宮 城 県 文化 財調 査報 告XI:1990年 O古野武 : 138) 1「 宮 城 ・ 山 E 遺 跡 ( 八 幡 地 区 )」(『 木 簡 研 究 』29 ) ︲ O宮 城 県 教 委 ︲ 占 代 都 市 93. ︲ 山 王 遺 跡 ( 八 幡 地 区 )(93 年 度 調 査 ){ さ ん の う }【i :2007 年 i5ii】 多 賀 城di 3 - 93. 12 1 点 宮 城 県 教 台 委 員 会 o 占 野 武 :「 宮 城・11JE o 宮 城 県 教 委 :r 遺 跡 」(『 木 簡 研 究』16 ) 」994 年 山 王 遺 跡v 【 第 】分 附 八 幡 地 区 )( 第2 分 冊 伏 石 地 区 ・ 考 察 )』( 宮 城 県 文 化; 1997年 :財 調 査 報 告 馮174) i 長 徳 寺 前 遺 跡 { ち ょ う と く じ ま え } 岩 沼 市 近 世 宗 教 施 設 03.2 − 03. 3 1点 岩 沼 市 教 育 委 員 会 削11 乂 隆 夬 :「 宮 城 ・ 長 徳 寺 前 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 (, 岩 沼Ili教 委 :『 長 徳 寺 前遺 跡 発 掘 調 査 報 告x 』( 宮 城 県 岩 沼 市 文 化 財 調 査 報 告 書5 ) :2005 年 権 現 山 遺 跡 (12 年 度 調 査 )〔ご ん げ ん や ま 〕 大 崎 市 占 代 官 衙 12.5 − 13. 1 1点 人 崎 市 教 育 委 貫 会 o 佐 藤 優 :「 宮 城 ・ 権 現 山 迫 跡 」(『 木 簡 研 究』35 ) :2013 年 瑞 巌 寺 境 内 遺 跡 ( 第1 回 試 掘 )( 旧 , 円 福 寺 遺 跡 )〔 ず い が ん じ け い だ い 〕【 凵7 】 宮 城 郡 松 島 町 中 世 近 世 寺 院 91. 3 − 91.4 1 点 瑞 巌 寺 博 物 館 o 新 野・ 浩 :l 宮 城 ・Ilj福 寺遺 跡j (『 木 簡 研 究』14 ) 11992 o 瑞 巌 午博 物 館 :『 瑞 巌 寺 境 内 遺 跡 試 掘 調 責 概 報 ( T 成3 ‥1年 度 )』 : ・ 瑞 巌,y ir 年 1993年 瑞 巌 寺 境 内 遺 跡 一 新 宝 物 殿 建 設 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 乃( 第1 分 冊 ) ( 第2 分 冊) J 12009年 瑞 巌 寺 境 内 遺 跡 ( 本 調 査 )〔ず い が ん じ け い だい 〕【1 17 】 宮 城 郡 松 島 町 中 世 近 世 寺 院 92.6 − 93. 10 372 点 瑞 巌 寺 博 物 館 O 新 野・・ 浩 :「宮 城 ・ 瑞 巌 寺境 内 遺 跡 」(r 木 簡 研 究 )15 ) : O瑞巌 寺 :『 瑞 巌 寺 境 内 遺 跡 一 新 宝 物 殿 建 設 に 伴 う 発 掘 調 査 松 告 書( 第1 分 冊 )『第2 分 ⅢD 』:2009 年 −15 1993年 北 海道 ・ 東 北 壇 の 越 遺 跡 (9 次 )〔 だ ん の こ し 〕 加 美 郡 加 美 町 古 代 官 衙 関 連 ・ 集 落 05.4 O 斉 藤 篤 ・ 吉 野 武 − 05. H 1 点 加 美 町 教 育 委 員 会 冂 宮 城 ・ 壇 の 越 避 跡l ( 『 木 簡 研 究 』28 ) 12006 年 O 加 芙 町 教 屡 1『 壇 の 越 遺 跡XIV一 平 成17 ・18 年 度 発 掘 調 が 報 告 書,1( 加 美 町 文 化 財 調 介 報 告 書:2008 年 I I ;13 ) I 壇 の 越 遺 跡 (10 次 )〔 だ ん の こ しl 占 代 官 衙 関 連 ・ 集 落 06.5 加 美郡加 美町 -〔〕6.H I 点 力││ 美 町 教育 委員 会 O 村 μ]晃 一 ・ 斉藤 篤 l「 宮 城 ・ 壇 の 越 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』29 ) :2007 年 O 加 美 町 教 委 :【 壇 の 越 遺 跡XV ‘ 抔成 】8年 度 発 掘 調 査 報 告 書j ( 加 美 町 文化 財 調 査 報 告 書 川) :2008 年 一 本 柳 遺 跡 (1 次 )[ いっ ぼ んやな ぎ]【 凵7 】 遠111郡 美 里 町 ( 旧 、 遠11 郡 小 牛1U 町 ) 中 世 近 世 集 落 95. 8 − 95. 12 3 点 小 牛 田 町 教 育 委 員 会 O宮城 県 教 委 :『 一 本柳遺跡 I』(宮城 県 文化 財調査 報告 書178) O占 野武 :│ 宮 城・ 一 本柳 遺跡 」 (「 木l」 研 究』27) 一 本 柳 遺 跡 (2 次 ){いり ぽ んや なぎ}1117 】 遠 田 郡 美 唄 町 [ 旧 、 遠 μ]郡 小 牛 田 町 ) 中 世 近 世 集 落 96.4 − 96. 12 2 点 宮 城 県 教 育 委 員 会 O宮 城県 教委 :「 ‥・本柳遺 跡|」(宮 城県 文化財 調 査報 告書178) O占 野武 i「宮城 ・ 一 本枋 遺跡1(『 木簡研 究』27) 11998 年 ; 2005 年 : 1998 年 [2005 年 秋 田 県 秋 田 城 跡 (25 次 )〔 あ き た じ ょ う 〕【 囗8 】 秋ll]市 古 代 官 衙 78.8 − 78. 12 11 点 秋 田 城 跡 発 掘 調 査 事 務 所 o 秋 川 城 跡 事 務 所 :『 昭 和53 乍 度 秋lll城 跡 発 掘 調 査 概 報 』 :1979 年 o 小 松iモ 夫 :「 秋 田 ・ 秋 m 城 跡1 (『 木 簡 研 究 』1 ) :1979 年 o 罕 川 南 :「 東 北 地 方 出 土 の 木 簡 に つ い て 」(『 木 簡 研 究 』1 ) :1979 年 o 秋 田 城 跡 調 在 事 務 所 :『 秋lll城 出 上 文 字 資 料 集I 』』( 秋 川城 跡 調 査 嘔務 所 研 究 紀 要2 ) 冖992 年 o 沖 森I; ( 皀 ・ 佐 藤 信 編 |『 上 代 木 簡 資 料 集 成亅 お う ふ う 11994 ()秋 田Ili教 委 ・ 秋 μ1城 跡: 『 秋111城 跡 政 庁 跡J 12002 調 査 事 務 所 : i 年 年 o 小 松,E 夫 け 秋 川 ・ 秋 μj城 跡 ( 第 一・ 八・ 一 一二 り )・ 釈 文 の 訂iE と 追 加 」『r 木 簡 研 究 』29 回2007 年 秋 田 城 跡 (39 次 )〔あ き た じ ょ う 〕【 凵8 】 秋 田 市 古 代 官 衙 84.4 O 秋 川城 跡 事務 所 − 84. 7 6点 秋 田 城 跡 発 掘 調 査 事 務 所 冂’ 昭 和59 年 度 秋 田 城 跡 発 掘 調 査 概 報 』 O 日 野 久 ll 狄111・ 秋111城 跡j (『 木 簡 研 究 』8 ) O 木 簡 学 会 編 ) ’ 日 本 占 代 木 簡 選 』 岩 波 書 店 冖985 年 卩986 年 り990 年 O 秋lil城 跡 調 査 事 務 所 1『 秋 川城 出t 文 字 資 料 集ll 』( 秋 川城 跡 調 査 事務 所 研 究 紀 要2 ) :1992 年 O 小 松jE 人 り 秋│││・ 秋lll城 跡 ( 第 ・・ 八・-・ 二 り )・ 釈 文 の 訂 正 と 追 加j ( 『 木 簡 研 究 』29)12007 年 秋 田 城 跡 (54 次 )〔あ き た じ ょ う 〕【 凵8 】 秋 田 巾 占 代 官 衙 89.4 − 89. 12 296 点 秋 田 城 跡 調 査 事 務 所 o 秋 田 城 跡 調 査 事 務 所 l『 秋Ill城 跡 一 平成 元 年 度 秋 川城 跡 発 掘 調 査 概 報 』 ! 1990 年 ol ]野 久 i「 秋 田 ・ 秋 田 城 跡 」(『 木 簡研 究 』12 ) :1990 年 o 秋 川城 跡 調 査 事 務 所 |『 秋 田 城 跡 一平 成2 年 度 秋III城 跡 発 掘 調 査 概 報 』 11991 年 o 秋 田 城 跡 調 査 事 務 所 1『 秋 川城 跡− ず成3 年 度 秋 田 城 跡 発 掘 調 査 慨 報 』 :1992 年 o 秋 田 城 跡 調 査 事 務 所 i[ 秋HIM 出 上 文 字a 料 集I]』( 秋 旧城 跡 調 査・lf務 所 研 究 紀 要2 ) 11992 年 o 沖 森I;i也・ 佐 藤 信 編 :『 上 代 木 簡 資 料 集 成 』 お うふ う 11994 年 o 秋 Ⅲ 市 教 委 ・ 秋 田 城 跡: 『 秋 田 城 跡 一 政 庁 跡 』 :2002 年 I I I 調査 事務 所 O木簡 学会 編 O小 松正夫 12003 年 囗・日本占 代 木簡集成 』 束京 人学 出版 会 卩 秋山・ 秋田 城跡( 第一・ 八・ 一 二号)・釈 文の訂 正と 追 加」『r木 簡研究 』29罔2007 年 −16 − 秋田県 藩 校 明 徳 館 跡 (01 年 度 調 査 )〔は んこ うめい とく かん〕【118 訂 】 近 世 武 家 屋 敷 01.6 − OI. 11 4 点 秋 田 市 教 育 委 員 会 狄 μ」市 O 秋IH 巾 教 委 :『 滞 校 明 徳 館 跡 一 巾 街 地 再 開 発 事 業 に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 忿 』 ! 2002 年 O伊 藤 武 士 :「 秋 田 ・ 藩 校 明 徳 館 跡 」( 『 木 簡 研 究 』25 ) :2003 年 藩 校 明 徳 館 跡 (03 年 度 調 査 )( は ん こ う め い と く か ん ) 秋 川.If 近 世 武 家 屋 敷 03. 7 - 03. 8 1 点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 秋 田 県 埋 文 セ ン タ ー ・:「 久 保lll城 跡 ・ 藩 校 明 徳 館 跡 一 秋 田 中 央 道 路 建 設 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調:2006 年 秋 卩]県 教 委 : 査 報 告 怎』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書412) : O 商 橘 学 り 秋 田 ・ 藩 校 明 徳 館 跡 」( 『 木 簡 研 究 』30 ) 12008 久 保 田 城 跡 ( 千 秋 明 徳 地 区 学 校 建 設 工 事 予 定 地 )〔くぼ たじ ょう〕 秋 田 市 近 世 城 郭 02. 11 2点 秋 田 市 教 育 委 員 会 O秋III市教委 :「 市内遺 跡確認 調 査報告 書J O西谷隆 l「秋 田・ 久保Ill城跡 」 (『 木簡 研究』30) 年 :2003 年 :2008 年 久 保 田 城 跡 ( 中 土 橋 地 区 )[ く ぼ た じ ょ う ] 秋 Ⅲ 市 近 世 城 郭 03.5 − 03.7 5 点 秋 川 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 秋 田 県 埋 文 セ ン タ ー ・:『 久 保 川 城 跡 ・ 藩 校 明 徳 館 跡 − 秋lll中 央 道 路 建 設 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調:2006 年 秋111県 教 委 : 在 報 告;ll』「 秋 μ」県 文 化 財 調 査 報 告 書412) : Oμ 橘 学 i「秋ll」一久 保 Ⅲ 城 跡 ( 中 土 橘 地 区 )」(『 木 簡 研 究 』30 ) ・ 2008年 東 根 小 屋 町 遺 跡 〔ひ が し ね ご や ま ち〕 秋 田 市 近 世 武 家 屋 敷 02. 11 − 02. 12、03.3 − 03.4 7 点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 秋 田 県 埋 文 セ ッ タ ー ペ 『 東 根 小 屋 町 遺 跡 一 秋Uj 県 教 育 ・ 福 祉 複 合 施 設 整備 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘:2005 年 秋ljl県 教 委 : 調 査 報 告 耆』( 秋│汨県 文 化 財 調 査 報 告 書387 ) l : 「 秋11」・ 東 根 小 屋 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』27 ) :2005 O 商 橋 学 ・ 五 十 嵐 一 治 年 古 川 堀 反 町 遺 跡 〔ふ る か わ ほ り ば た ま ち 〕 秋 田 巾 近 世 城 ド 町 05. 3 − 05. 7 17点 秋 Ⅲ 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O秋 田 県 埋 文 セ ン タ ー ・:『 占 川 堀 反 町 遺 跡 一 秋 μl中 央 警 察 署・改 築 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告 書 』:2008年 秋 田 県 教 委 :( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書435) : n ll μ4【II ・ 甕i池 粁 : 「 秋 田 ・ 占川 堀 反 町 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』30 ) 12008 湊 城 跡 ( み な と じ ょ うj 近 世 城 館 06.7 年 秋田 市 − 06. 11 1点 秋 田 市 教 育 委 員 会 O秋IUlh・教 委 :『 湊 城 跡−・秋 田Ili都 齠11一 画 道 路 事 業 { 土 崎 駅 前 線 } に 伴 う 発 掘 調 査 報 告 書 〔 平:2008 年 : 成18 年 度 調 査 区 〕』 O 丙 谷 隆 :「 秋 田 ・ 湊 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』30 ) 小 谷 地 遺 跡 (1 次 ) に や ち 〕1119 中 匯 集 落 64.9 l 1008 年 】 男 鹿 市 − 64. 10 2点 秋 田 県 教 育 委 員 会 o 秋111県 教 委 :『 脇 本 埋 没 家 屋 第1 次 調 査 概 報』( 秋ljl県 文 化 財 調 査 報 告 ぷ5 ) : 1965年 o 奈 良 修 介 ・ a 鳥 昴 :『 秋 田 県 の 考 古 学 』 吉 川 弘 文 舘 卩967 年 o 高 橋 学 ・ 五 十 嵐 祐 介 べ 「 男 鹿,li小 谷 地 遺 跡 出 土 の 木 節 」(『 秋 田 県 埋 蔵 文化 財 セ ン タ ー 研 究 紀 要』23 )12009 年 山 本 崇 : : o 商 橋 学 ・ 五1・ 嵐 祐 介 り 「 秋 μ│・ 小 谷 地 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究 』34 ) ■2012年 : │lj本 崇 l 小 谷 地 遺 跡 (3 次 ) に や ち ] 男 鹿 市 中 世 集 落 66.8 2 点 秋 田 県 教 育 委 員 会 o 秋 川 県 教 委 :『 脇 本 埋 没 家 屋 第3 次 調 食 概 報 』( 秋lll県 文 化 財 調 査 報 告 書 日 ) :1967 ola 橋 学 ・ 瓦十 嵐 祐 介 ・卜 乍 男 鹿 市 小 谷 地 遺 跡 出 土 の 木 簡 」(『 秋 川 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 研 究 紀 要 』23) i 2009年 山 本 崇 l i o 高 橋 学 ・j £-│ 一嵐 祐 介 ・:「 秋l」1 ・ 小 谷 地 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) :2012 l 山 本 崇 i 年 小 谷 地 遺 跡 (09 年 度 調 査 )〔こ や ち〕 男 鹿 巾 中 世生 産 遺 跡 09.6 − 09. 11 1 点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O秋 川県埋 文セッ ター 1「 小谷 地遺 跡一地 方道 路 交付 金事業 主要地 方道 男鹿 琴11線 建設 事業に 係 る埋 蔵:20H 年 - 17 − 北 海 道・ 東 北 S :文 化 財 発 掘 調 査 報 告 書 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書・172) ︱ ︱ O 村 上義 直 if 秋 田 ・ 小 谷 地 遺 跡 」(『 木 簡 研 究』34 ) '2012 年 ︱ 脇 本 城 跡 〔わき もとじ ょう 〕 男 鹿 市 中 世城 館 04. 7 − 04. 10 25 点 男 鹿 市 教 育 委 員 会 O男鹿 巾教 委 :『国 指 定 史跡 脇 本城跡一 船川 湊重 要 港湾道 路改 修 工 事に 係 る埋 蔵 文化財 発 掘:2005年 ︲ :調 査 報 告 書 』( 男 鹿ili文 化 財 調 査 報 告29 ) ︲ O竹内弘 和 i 「秋 田 ・ 脇 本 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』27 ) 12005 年 O竹内弘 和 : 「秋 田 ・ 脇 本 城 跡 ( 第 二 七 号)・ 釈 文 の 訂 正 と 迫 加 」(『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 O男鹿 市教委 i『 国 指 定 史 跡 脇 本 城 跡 総 括 報 告 書 』( 男 鹿 市 文 化 財 調 査 報 告40 ) ■2013 年 本 荘 城 跡 (6 次 )【 ほ ん じ ょ うじ ょ う 】 由 利 本 荘 市 ( 旧 、 本 荘 市 ) 中 世 城 館 04. 5 − 04. 7 1点 本 荘 市 教 育 委 員 会 0 由 利 本 荘 巾 教 委 :『 本 荘 城 跡 本 丸 の 発 掘 調 査 』( 由 利 本 荘11f文 化 財 調 査 報 告冫18) 0 長 谷 川 潤 − l「 秋 Ⅲ ・ 本 荘 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』32 ) :2008 年 :2010 年 新 谷 地 遺 跡 〔 し ん や ち 〕 由 利 本 荘 巾 (│口 、 本 荘 市 ) 中 世 集 落 01.6 ・ 01. 7 3 点 本 荘 市 教 育 委 員 会 O 本 荘 市 教 委 i『 上 谷 地 遺 跡 新 谷 地 遺 跡 』 :2003 年 O 長 谷 川 潤 一 :「 秋 田 ・ 新 谷 地 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 龍 門 寺 茶 畑 遺 跡 〔 り ゅ う も ん じ ち ゃ ぱ た け 〕 由 利 本 荘 市 ( 旧 、 本 荘 市 ) 近 匱 墓 地 02.7 − 02. 10 2点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー o 秋 m 県 教 委 :「 竜 門 寺 茶 畑 遺 跡 ・ 向 山 遺 跡 一 主 要 地 方 道 本 荘 岩 城 線 ふ る さ と づ く り 推 進 事 業:200.1年 卩こ係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告 書 』( 秋 Ⅲ 県 文 化 財 調 査 報 告 書373) l o 高 橋 学 i「 秋 田 ・ 竜門 寺 茶 畑 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」26 ) 120 (M年 横 山 遺 跡 〔よ こや ま〕 由 利 本 荘 市 (「凵、 本 荘 市 」 近 世 集 落 01. 5 − 01. 11 1 点 秋 剛 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー :「 横 山 遺 跡 一 内 陸 地 区 担 い 手 育 成 基 盤 整 備 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告:2003 年 : 耆 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書363 ) O高橋学 ド ︲ O秋川県教 委 ︲ ︲ 秋II卜 横 山 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) 12006 年 ︱ 岩 倉 館 跡 〔い わくら だて 〕 由 利 本 荘 市 ( 旧 、 本荘 市 ) 中 世 城 館 04.5 − 04. 10 1,・5 、 秋 田 県 埋 蔵 文化 財 セ ン タ ー :「 岩倉 館跡一 日 本海 沿岸 東北自 動 O秋 田 県 教 委 車道 建設 事業に 係 る埋蔵 文化財 発掘 調査 報告:2007年 : 轡』( 秋田県 文化 財調 査報 告書423) O藤 田 賢 哉 卜 秋田 り 治 館跡 」(『 木簡 研究』30) 12008 年 I I 助 の 渕 遺 跡 〔 すけ の ふ ちl 山 利 本 荘 市 中 世 集 落 07.5 − 07.8 1, 点 由 利 本 荘 市 教 育 委 員 会 o 山 利 本 荘 市 教 委 :『 大 川 原II 遺 跡 ・ 助 の 渕 追 跡 』( 山 利 本 荘ili文 化 財 調 査 報 告 書10 ) 1009 年 o 三 原 裕 姫 子 :「 秋 m ・ 助 の 渕 遺 跡│ (『 木 簡研 究』33 ) :2011 年 払 田 柵 跡 〔ほ っ た の さ く 〕 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 千 屋 村 ) 占 代 官 衙 1902 年 1 点 耕 作 中 o 秋 μ」県 教 委 払 田 賺 跡 訓: 【 払II】 麕 跡 m 一 長 森 地 区 ( 本編 )』( 秋 川県 文 化 財 調 査 報 告 書4j18) :2009 年 査 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 : : o 商 橋 学 i r--- 九 〇 二 年 に 出 土 し た 文 字 資 料一 秋 田 県 払 田 柵 跡 の 柵 木j (『 木 簡 研 究 』31 )12009 年 払 田 柵 跡 〔ほ っ た の さ く 〕【 凵9 】 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 古 代 官 衙 1930 0 平川 南 I 年9 月 2 点 藤 井 東 一 ・ 卜 田 三 平 氏 に よ る 表 面 採 集 :「 東 北 地 方 出 土 の 木 簡 一 払 田 柵 跡 ・ 胆 沢 城 跡 − 」( 奈 文 研 『 第3 回 木 簡 研 究 集:1979 年 : 会 記 録 』) ︲ ︲ O栄 原 永 遠 男 i「 狄 m ・ 払│ 「 │柵 跡 」( 「 木 簡 研 究 」1 ) り979 年 O 平川 南 :r 束 北 地 方 出1: の 木 簡 に つ い てj ( 『 木 簡 研 究 』1 ) :1979 ■--=i 年 ● '1984 年 o 秋 m 県 教 委 払 田 柵 跡 調│ 『 払 m 柵 跡 第49 ・2 ∼3 ・53 − − ・5・1 次 発 掘 調 査 概 要 一 払 田 柵 跡 調 責 事 務 所 年 報1983J I t 18 − I - I 査事 務所 ・秋田 県教 委 l( 秋田 県 文化財調 杏 報告書113) O秋 田 県教 委 払 田 檜跡 調:『 払│ll柵跡l一 政 斤跡』(秋 田県文 化財 調 査報告 書122) 査事務所 ・ 秋田県 教委 : 卩985 午 秋 田県 ︲ O秋 田県 教 委払 田 柵跡 調:『 払III柵跡 第60∼64 次 発掘 調査 概 要一 払 田柵 跡 調査 事務 所 年報1985 』( 秋 田 口985年 ︲ 査 事 務 所 ・ 秋ljl県 教 委 浮 文 化 財 調 査 報 告 書139) ︲ o 木 簡 学 会 編 : 『ll 本 古 代 木 簡 選 』 岩 波 書 店 : 】990年 o 新 野 直 占 ・ 船 木 義 勝 l『 払1爿柵 の 研 究 』 文 献 出 版 :1990 年 ola 僑学 :「 秋 田 ・ 払 田 柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 ︲ 払 田 柵 跡 (7 次 )〔ほっ た のさく 〕【1 20】 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ r 畑 町 ) 古 代 官 衙 75. 10 − 75. 12 5 点 秋 μ」県 教 育 委員 会 払 田 柵 跡 調 査 嗷務 所 o 秋 川県 教委 払 川 柵跡 訓:『 払 田 柵跡 昭 和50年度 発 掘 調査概 要一 払 田 柵跡 調 査 事務 所年 報1975』( 秋田:1976年 査事務所 ・秋旧 県教 委 : 県 文化財調 査報 告 軻40) ︲ ! O奈文研 i『 第1[ li ] 木 簡 研 究 集 会 記 録 』( 各 遺 跡 出 t の 木 簡 ( 追 加 ) の 項 ) 11976 年 Oヽ 罫川 南 :「 東 北 地 方 出 上 の 木 簡 払 田 柵 跡 ・ 胆 沢 城 跡 − 」( 奈 文 研 『 第3 回 木 簡 研 究 集:1979 年 I I 滴 記録 』) I o 秋 μ」県 教 委 払 田 柵 跡 調l 『 払 川 柵 跡 l 一 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書122) :1985 年 査 事 務 所 ・ 秋 川 県 教 委 l : o 新 野 直 占 ・ 船 木 義 勝 l「 払 μ」柵 の 研 究 』 文 献 出 版 :1990 年 : 「秋 田 ・ 払 田 柵 跡 」(『 木 簡 研 究』26 ) O高橘学 :2004 年 払 田 柵 跡 (9 次 )〔 ほ っ た の さ く 〕 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 (│日 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 古 代 官 衙 76.5 − 76. 10 1点 秋 田 県 教 育 委 員 会 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 o 秋lll県 教 委 払 m 柵 跡 調: 『 払 μ1柵 跡 第9 ・10 次 発 掘 調 査 概 要一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1976 』( 秋 田 県:1977 年 査 事 務 所 ・ 秋 m 県 教 委 1 文 化 財 調 査 報 告i!144) : ・ 秋III県 教 委 払 田 柵 跡 洳 「 払l」│ 柵 跡 I 一 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告J1122 ) * 査事 務所・ 秋田 県教委 O鳥 橋学 1985年 卜 秋 川・ 払 川柵跡凵 『 木 簡研究』26) 払 田 柵 跡 (10 次 )〔ほ っ た の さ く 〕【1 20 】 人 仙 市 り 山 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 占 代 官 衙 76. 10 − 76. 12 6点 秋 田 県 教 育 委 員 会 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 o 秋 川 県 教 委 払 田 柵 跡 調: 『 払 Ⅲ 柵 跡 第9 ・10 次 発 掘 調 査 概 要一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1976 』( 秋 田 県:1977 年 査 事 務 所 ・ 秋 川 県 教 委 : 文 化 財 調 食 報 告 書44 ) : oヽ ド 川 南 |「 東 北 地 方 出 土 の 木 簡 一 払 田 柵 跡 ・ 胆 沢 城 跡− 」( 奈 文 研 『 第3 回 木 簡 研 究 集11979 年 :会 記 録 』) l o 秋「II県 教 委 払HI 柵 跡 調│ 『 払 田 柵 跡 I 一 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書122 ) ; 1985年 ︱ ︲ 査 乍務 所 ・ 秋 川 県 教 委 : ︲ o 新 野ll リ シ 船 木 義 勝 :『 払 m 柵 の 研 究 』 文 献 出 版 o 高 橋 学 |「 秋11 卜 o 高 橘 学 :f 払 μ│柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) 秋│刊・ 払 出柵 跡 ( 第.l 六 号)・ 釈 文 の 訂 正 と 追 加 」(『 木 簡 研 究 』31 ) :1990 年 :2004 乍 :2009 乍 払 田 柵 跡 ( ホ イ ド 清 水 )1 ほ っ た の さ く 〕【120 】 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 占 代 官 衙 80. 12 1,・以 富 樫 泰 時 氏 に よ る 表 面 採 集 ︱ O 秋lll県 教 委 払 μ]柵 跡 調: 『 払 田 柵 跡 第・19-2 ∼3 ・53 ・54 次 発 掘 調 査 概 要一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1983 』:1984 年 ︲ l ( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書113 ) :1985 年 − O 秋 田 県 教 委 払 田 柵 跡 澗│ 『 払III 柵 跡 I ‥ 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書122) ︲ 介・jS務 所 ・ 秋 川 県 教 委 ︲ − ︲ 食 事 務 所 ・ 秋ljj県 教 委 l ‥ _ .-‥│ か 岶・- I - ● ●●- ■-=-●.--ミ・.11、J.._j J,_-1、ミ..1.q-._ 廴_ . ︱ o 秋rll県 教 委払II]柵跡 刪 『 払 田 柵跡 第60∼64 次 発掘 調査 概 要一 払 田柵 跡調 査 事務 所年 報1985 』( 秋ll印985 年 査・扛務所 ・秋 田県 教委 1 県 文化財 調査 報告 書139) O新野 戉占・ 船木 義勝 l『 払 Ⅲ騰 の研 究』 文献出 版 :1990 年 ︲ ︲ O高橋 学 i「秋 川 ,払 田柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 ︲ 払 田 柵 跡 (49 次 )〔ほっ たの さく 〕 大 仙11冖 仙 北 郡 美 郷 町 (旧 . 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 丁・ 畑町) 古 代 官 衙 82.10 − 82. 12 1 点 秋 旧 県 教 育 委 員 会 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 O秋111県 教 委払111㈲跡 調:『 払 田 柵跡 第・16∼ 52 次 発拙 調査概 要一 払田 柵 跡調 査 事務 所 年報1982 』[ 秋H]:1983 年 I O 船 木 義 勝 il I 介 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 : 県 文 化 財 調 査 報 告 書104) 秋 μl・ 払 川 柵 跡j (『 木 簡 研 究 』5 ) O 秋lll県 教 委 払 川 柵 跡 調: 『 払 田 柵 跡 ト ー 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書122 ) 11983 年 ! 1985 年 l 査・lf務 所 ・ 秋ljl県 教 委 | I O秋│││県 教 委払 田 柵跡 調:『 払 川柵跡 第60∼6・1次発 掘 調 査概 要一 払lll柵 跡調 査 事務 所年 報1985 』( 秋l川1985 年 I I 介・鮮務 所 ・ 秋│││県 教 委 : 県 文 化 財 調 査 報 告 書139) O 秋「11県 教 台 庁 払 Ⅲ 柵 跡i 「 払 田 柵 跡 Ⅲ 一 艮 森 地 区-・ 」「秋lU 県 文化 財 調 査 報 告 X 」1・18 ) I詞査・ 12009 I I | 扛務 所 ・ 秋 川 県 教 委 : 19 年 北 海 道 ・ 東 北 払 田 柵 跡(49 - 2、49 - 3次 )( ほ っ た の さ く )【1 20 】 人 仙「h・ 仙1ヒ111璞 郷 町 (旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千畑 町 ) 古 代 官 衙 83. 卜83.5 、83. 10 − 83. 11 8点 秋 田 県 教 育 委 員 会 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 O 秋 田 県 教 委 払 田 櫞 跡 調: 『 払 田 柵 跡 第49 - 2∼3 ・53 ・54 次発 掘 調 査 概 要一 払l爿柵 跡 調 査 事務 所 年 報1983 』:198j1年 査 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 :( 秋│││県 文 化 財 調 査 報 告 書113) : O 秋 田 県 教 委 払 田 柵 跡 調i 『 払 田 柵 跡 | 一 政 庁 跡 』( 秋 田県 文 化 財 調 査 報 告 書122) ・ 1985年 企 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 : l O 秋 田 県 教 委 払 田 柵 跡 調i 『 払 μ1柵 跡 第60 ∼64 次 発 掘 調 査 概 要一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1985 』( 秋 田11985 年 在 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 馮1 文 化 財 調 査 報 告 書139) : O 新 野 直 吉 ・ 船 木 義 勝 :『 払 Ⅲ 柵 の 研 究 』 文 献 出 版 :1990 年 O 高 橋 学 :「秋 田 ・ 払 田 柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 O 秋 田 県 教 育 庁 払 田 柵 跡: 『 払 田 柵 跡 Ⅲ 一 長 森 地IX − 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書448) :2009 調 査 事 務 所 ・ 秋ljj県 教 委 i i 年 払 田 柵 跡 (55 次 )〔 ほ っ た の さ く 〕【1 21 追 】 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 占 代 官 衙 84.4 − 84.8 5 点 秋 田 県 教 育 委 員 会 払 田 柵 跡 調 査 お 務 所 o 秋 田 県 教 委 払 田 柵 跡 調: 『 払 田 柵 跡 第55 ∼59 次 調 査 慨 要 一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1984 』( 秋 m 県 文11985 年 査 事 務 所 ・ 秋 Ⅲ 県 教 委 : 化 財 調 査 報 告i'f 121) : o 秋 田 県 教 委 払 田 柵 跡 調│ 『 払 田 柵 跡 I‐ 政 庁 跡 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書122) 査 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 : り985 年 : o 秋 Ⅲ 県 教 委 払III柵 跡 調i 『 払 旧 柵 跡 第60 ∼64 次 発 掘 調 査 概 要 一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報1985 亅( 秋 m り985 年 食 事 務 所 ・ 秋 田 県 教 委 i 県 文化 財 調 査 報 告 書139) : o 船 木 義 勝 lr 秋IH ・ 払 Ⅲ 柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』7 ) :1985 年 o 新 野 直 吉 ・ 船 木 義 勝 l『 払 Ⅲ 柵 の 研 究 』 文 献 出 版 :1990 年 o 秋 田 県 教 育 庁 払 田 柵 跡l 『 払 田 柵 跡11 − 区 画 施 設− 』( 秋 μj県 文 化 財 調 査 報 告 書289 ) :1999 年 調 査 嘔務 所 ・ 秋 川 県 教 委 i l ︱ 払 田 柵 跡 (65 次 )r ほった の さく 〕【I 21$ 】 大 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千 畑 町 ) 古 代 官 衙 86.4 − 86.9 4点 秋 田 県 教 育 庁 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 o 秋田 県 教 育庁 払 田柵 跡:『 払 田 柵跡 第65∼67 次発 掘調 食 概 要一 払 m 柵跡 調 査 事務所 年 報1986』( 秋田:1987年 調 査事務所 ・秋 田県 教委: 県文 化財調 査報 告書154) い987 年 o 船木義 勝 ir秋lll・払lll柵 跡」(『 木 簡研究 』9) o 新野直 吉・船 木義 勝 :r 払lll柵 の研究丿 文献 出版 :1990 年 o 秋Ⅲ 県 教 青庁 払 旧柵 跡i「 払 田柵跡11− 区画 施設− 」(秋 田県 文化 財調 査報告 書289) い999 年 : 調 査丿 務所 ・ 秋Ⅲ県 教委 : ︱ ︱ 払 田 柵 跡(107 次 )〔ほ っ た の さ く 〕【1 21 訂 】 人 仙「↑シ 占 代 官 衙 96.4 仙 北郡 美郷 町 (旧、 仙北 郡仙 北町 ・ 千畑町) − 96. 10 49 点 秋 田 県 教 育 庁 払 川 柵 跡 調 査 事 務 所 o 秋III県 教 育 庁 払 川 柵 跡l 『 払 田 柵 跡 第107 次 ∼109 次 調 査 概 要 一 払 田 柵 跡 訓 査 事 務 所 年 報1996 』( 秋│ポ1997 年 調 査 乍 務 所 ・ 秋 旧 県 教 委1 県 文 化 財 調 査 報 告 書269) i o 児 玉 準 |「 秋 田 ・ 払 田 柵 跡 」(『 木 簡 研 究 』19 ) 11997 o 秋 μj県 教 育 庁 払 m 柵 跡1 [ 払11]柵 跡 u 一 区 両 施 設 』( 秋 田 県 文化 財 調 査 報 告 £289) 調 査4f 務 所 ・ 秋 旧 県 教 到 年 は999 年 i o 木 簡 学 会 編 1『 日 本 古 代 木 簡 集 成 』 東 京 大 学 出 版 会 ;2003 年 払 田 柵 跡(112 次 )l ほった のさくJ【121 訂】 人 仙 市 ・ 仙 北 郡 美 郷 町 (旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ・ 千畑 町 ) 古 代 官 衙 97.6 − 97. 10 7 点 秋 田 県 教 育 庁 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 o 秋 m県 教 育庁 払 田柵 跡:『 払 μ│柵跡 第llo 次∼ 第112 次調 査概 要一 払 田 柵跡 調 査 事務所 年 報1997』( 秋:1998年 調 査 事務 所 ・秋 田 県 教委:uI県 文化 財調 査報告 書280) o 児玉 準 i「秋 田・払 田 柵跡」(『 木簡研究 』20) o 秋田 県 教 育庁 払 田柵 跡:『払 川柵跡 n一 区画 施設』(秋11怖 文化財 調査 報告 書289) :1999 年 調 査事務所 ・ 秋lll県教委 i 払 田 柵 跡 (08 年 次 数 外 ): ほ っ た の さ く 〕 大 仙i↑j 古 代 官 衙 08.5 1 点 耕 作 中 衣 面 採 集 O 秋 μ]県 教 育 庁 払lll贈 跡: 『 払 川 柵 跡 第137 次 ・ 第138 次 調 査 概 要一 払 田 柵 跡 調 査 事 務 所 年 報2008 』( 秋:2009 年 調 査 事 務 所 ・ 秋lll県 教 委: 田 県 文 化 財 調 査 報 告 耆447 ) : O 高 橘 学 ド 秋 田 ・ 払 田 柵 跡I (『 木 簡 研 究 』31 ) 12009 払 田 柵 跡(142 次 )〔ほっ たの さく 〕 大仙l↑ い 仙北 郡美 郷町 占代 官 衙 11. 6 − 11.8 2点 秋田 県教 育庁 払田柵 跡 調査 事務所 20 年 秋田県 ︱ O秋 川県 教 育庁 払Ill柵跡:『 払 川柵跡 第142 次・第143 次調査 関 連避 跡の 調査 概要一 払田柵 跡 調査 事務所:2012年 調配丿 哨 所・ 秋口1県 教委*82011 』(&I1I県 文化財 調査報 告絅76 ) ! 2012 年 O五1・嵐 一治 卩 秋FII ・ 払 田柵跡 」 (「 木 簡研究」34) ︲ I 怒 遺 跡( い かり )【 凵9 】※ 大 仙41 占 代 官 術 ヵ 1914 − 15年 2 点 高 階 六 郎 左 衛 門 氏 に よ る 表 面採 集 O鳥 僑 健 治 : 「 藤 木 墨ilLI:器 川L 状 況 報 告 耆1∼8 」(『 秋IH 民 報』197・1年7 月27 日 ∼8 月2011 ) : 。 新 野II ‘( 占 ・ 船 木 義 勝 :『 払 川柵 の 研 究丿 文 歃 出 版 197 が│.シ : 】990 年 |『 秋 川 県 重 要 遺 跡 調 介 報 告 芯 I 一 払nl 柵 跡 第139 次 調 査 ・ 怒 遺 跡 出 上 遺 物 』 ( 秋:2010 年 : : 川 県 文 化 財 調 査 報 告 &458 ) 。 秋│││ 県 教 委 観 音 堂 遺 跡 〔 か ん の ん ど う 〕 大 仙 巾 ( 旧 、 仙 北 郡 仙 北 町 ) 近 歐 集 落 03.7 1 点 仙 北 町 教 育 委 員 会 O 山 崎 夊 幸 凵 秋 田 ・ 観 音 堂 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究』26 年 ) :2001 年 新 山 遺 跡 ( 試 掘 調 査 )[ し ん ざ ん ] 人 仙Ili 占 代 集 落 08.10 − 08. 11 1点 大 仙 亟 教 育 委 員 会 O lll 崎 夊 幸 凵 秋 川 一新 山 追 跡 」(『 木 簡 研 究 』31 ) :2009 年 O 人 仙11f教 委 :『 新Llj遺 跡 一 農 地 襲 積 加 速 化 基 盤 整 備・μ業 神 岡 西 部 地 区 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘:2010 年 ︱ I :調 査報 告,叭 (大 仙lh文化財 調査 報告書10) S 半 在 家 遺 跡 〔は んざいけ 〕 大 仙lti 占 代 水 田 ・ 祭 祀 08.4 − ()8.8 1点 大仙 巾 教 育 委 員 会 O山崎 攵 中 :i 秋IU ・ 拏 在家 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」31 ) :2009 年 大仙 巾 沖 田 I 遺 跡 〔お きた〕 10.8 1, 似 大 仙 市 教 育 委 員 会 近IU:集 落 10.4 :「 沖11囗 遺 跡 りlll」 ]II遺 跡 一 農 地 集 積 加 速 化 基 盤 整 備 事 業 神岡 叫 部 地IK に 係 る22011 年 0 川111111 教委 : 埋 蔵 文 化 財 発掘,凋 査 報 告 書 』( 人 仙 巾 文 化 財 調 査 報 告;’713) i O齊藤浩志 : 「 秋 山 りl ql囗 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」 3・1 ) ・ 2012年 家 ノ 浦 遺 跡 〔 い え の う ら 〕 に か ほ 巾 占 代 集 落 10.6 − 10.8 1 点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー o 秋│││県 埋 文セ ン タ ー :「 秋Ill県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 年 報29 ヽ ド成22 年 皮 」 12011 年 o 秋│││県 理 文 セ ン タ ー ・:r 家 ノ 浦 遺 跡 一一 一 般 国 逆7 号 仁 賀 保 本 荘 逆 路 建 設 事 業 に 係 る 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調│2012 年 1 : 「 秋[I!・ 家 ノ 浦 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) 1 i 査 報 告,1}V 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 淤・173) O 簗 瀬lド 1 Kill 県 教 委 :2012 年 I 家 ノ 浦I】遺 跡 [い え の う ら ]※ に か ほ 市 占代 祭 祀 生 産 H.6 − 11.9 1点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O秋│││県埋 文セ ン ター ・:「 家 ノ 浦II遺跡- 一 般国 道7り一 仁 賀 保本荘 道 路建 設 事業に 係 る埋 蔵 文化財 発掘:2013年 秋│││県 教委 : 調 査報告、IM 】 亅( 秋 田県 文化財調 査報 告 書485) I I 胡 桃 館 遺 跡 (1 次 ):く る みだて 〕【 凵9 】 北 狄FIIrli (旧 、北 狄Ⅲ 郡鷹 巣町 ) 占 代 集 落 ・ 寺 院 67. 7 − 67.8 1点 秋 田 県 教 育 委 員 会・ 鷹 巣 町 教 育 委 員 会 0 秋│目県 教 委 :『 胡 桃 館 埋 没 建 物 発 掘 調 査 既 報』( 秋Ill県 文 化 財 調 介 報 告 か4 ) :1968 0 秋卜│県 教 委 |『 胡 桃 館 埋 没 建 物 第3 次 発 掘 調 査 報 む 耆 』( 秋 川 県 文 化 財 調 査 報 告 書22 ) り970 年 0鷹 脇町 :『 広 報 た か の す ヽ 作成17 年 弥 生2005/3/1 0 山本崇 ・鳥 僑学 :「 鷹 巣 町 所 在 胡 桃 館 辿 跡 出tl の 木 簡 」(『 秋 川県 埋 蔵 文化 財 セ ン タ ー 研 究 紀 要』:2005 年 』 胞 )05 年 1 1 ; 】9) − 0 山本祟 ・高 橋学 : 「 胡 桃 館 遺 跡 出 上 木 簡 のi可釈 読 に つ い て 」 (『 秋 川 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 研 究12006 年 : : 紀 要 』20 ) ︱ O 高 橋 学 ・ 榎 本 剛 治 一山: 「 秋 田 ・ 胡 桃 館 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』28 ) ︲ ︲ 本崇 ・ 占川 真 可 年 O 奈 夂研 ・ 北 狄[13↑i l教 委 i「 胡 桃 餘 遺 跡 埋 没 建 物 部 材 調 査 報 告 別 ( 北 狄lll巾 文 化 財 調 査 報 告,’110 ) :2006 年 : 12008 年 ︲ 胡 桃 館 遺 跡 (2 次 )〔く るみ だて 〕 【 凵9 】 北 狄rll巾 ( 旧 、 北 秋 田 郡 鷹 巣 町 ) 占 代 集 落 ・ 寺院 68.8 2 点 秋 田 県 教 育 委 員 会 ・ 鷹 巣 町 教 育 委 員 会 :『 胡桃館 埋没 建物 第2次発 掘調 査概 報一 秋 川県鷹 柴町 所 在』( 秋111県 文化 財 調:1969年 O秋川県 教 委 − 1 : 査 報 告,1119 ) 21 北 海 道 ・ 東 北 O秋田 県立 博物館 :『 秋 田 県 立 博 物 館 ニ ュ ー ス 』97 :1994 年 O鷹巣 町 |( 広 報 た か の す 平 成17 年 弥 生2005/3/1J j O山本 祟・ 高橋学 :「鷹 巣 町 所 在 胡 桃 館 遺 跡 出 上 の 木 簡 」( 『 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 研 究 紀 要 』:2005 年 1 19) 1 O山本 崇・ 高橋学 1「 胡 桃 館 遺 跡 出 上 木 簡 の 再 釈 読 に つ い て 」(『 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 研 究;2006 年 )05 年 1紀 要 』20 ) O 高 橋 学 ・ 榎 本 剛 治 ・ 山│ 「 秋 田 ・ 胡 桃 館 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究 』28 ) 本 祟 ・ 吉 川 真 司 : O 奈 文 研 ・ 北 狄 μ」市 教 委 |『 胡 桃 館 遺 跡 埋 没 建 物 部 材 調 査 報 告 書 』( 北 秋 田 市 文 化 財 調 査 報 告 £10) ︲ 厨 川 谷 地 遺 跡 〔く りやが わや ち〕【1 22】 仙 北 郡 美 郷 町 (│口、 仙 北 郡 千 畑 町 ) 時 期 不 詳 祭 祀 ・ 水 田 01. 5 − 01. 11 8 点 秋 田 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O秋田 県埋 文セン ター l『 厨川 谷 地遺 跡一 県 背ほ 場整 備 事業( 土 谷・ 小 荒川地 区) に 係る 埋蔵 文化 財:2005年 ︲ ︲ : 発 掘 調 査 報 告 書1 』( 秋 田 県 文 化 財 調 査 報 告 書383 ) O五 十 嵐 − 治 : 「 秋 田 ・ 厨 川 谷 地 遺 跡 」(「 木 簡 研 究 」27 ) :2005 年 本 堂 城 跡 (1 次 )〔 ほ ん ど う じ よ う 〕 仙 北 郡 美 郷 町 中 皀 城 館 04.10 − 04, 11 4 点 美 郷 町 教 育 委 員 会 O 山 形 博 康 :「 秋 田 ・ 本 堂 城 跡 」( 『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 O 美 郷 町 教 委 :『 県 指 定 史跡 本 堂 城 跡 一 本 堂 城 跡 整 備 第1 次3 か 年 計 鹵 に 基 づ く 調 査 報 告 』( 美:2007 年 1 1 i 郷町埋 蔵文 化財 調査 報告書5) 1 ︲ 本 堂 城 跡 ( 外 堀 跡 ・ 外 館 跡 確 認 調 査 )〔ほ んど うじょ う〕 仙北 郡美 郷町 中 世城 館 07.1 卜07. 12 1 点 美 郷 町 教 育 委 員 会 O美 郷 町 教 委 :『 本 堂城 跡一 本堂 城跡 整 備第2次3か年 計 画に 基づく 調 査 報告 U』( 粢 郷町埋 蔵:20日 年 I ︲ : 文 化 財 調 査 報 告 書11 ) O山 形 博 康 匚 秋 田 ・ 本 堂 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) :2012 年 本 堂 城 跡 ( 本 堂 城 回 地 区 )〔 ほ ん ど う じ ょ う 〕 仙 北 郡 美 郷 町 中 世 城 館 08. 5 − 08.7 15 点 美 郷 町 教 育 委 員 会 O山 形 陣 康 1「 秋 田 ・ 本 堂 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』31 ) 12009 O美 郷 町 教 委 :『 本 堂 城 跡 飛 沢 尻 遺 跡 一 県 営 農 地 集 積 加 速 化 基 盤 整 備 事 業 ( 本 堂 城 回 地K) 年 │2010 年 ︲ ︲ − りこ伴 う 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告 書 』( 美 郷 町 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書8 ) 根 子 荒 田 I 遺 跡 [ ね こ あ ら た ] 仙 北 郡 美 郷 町 時 期 不 詳 遺 物 包 含 層 06. 5 − 06.7 1 点 美 郷 町 教 育 委 員 会 o 美 郷 町 教 委 1『 桃 子 荒 田 I 遺 跡 』( 美 郷 町 埋 蕨 文 化 財 調 査 報 告ilr4) 12007 年 o 高 橋 和 人 : 「 秋 μ1・ 忸 了・荒 11囗 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』29 ) 卩007 年 谷 地 中 遺 跡 [ や ち な か ] ※ 仙 北 郡 美 郷 町 古 代 造 物 散 布 地 10.7 10. 8 7 点 美 郷 町 教 育 委 員 会 O 美 郷 町 教 委 i『 湯 殿 屋 敷 遺 跡 谷 地 中 遺 跡 一 県 営 農 地 集 禎加 速 化 基 盤 整 價1’1 ぷ淤 ( 羽 貫 谷 地 地:2013 年 jK ) に 伴 う 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告 游』( 美 郷 町 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 耆14 ) : 山 形 県 服 部 遺 跡 ・ 藤 治 屋 敷 遺 跡 (2 次 )〔 は っ と り ・ と う じ や し き 〕 山 形 市 中 世 集 落 99. 5 − 99. H 5 点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山 形 県 哩 文 セ ン タ ー l『 服 部 遺 跡 ・ 藤 治 屋 敷 遺 跡 第2 次 発 掘 調 査 報 告 書 』( 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ12001 年 l一 調 査 報 告 占119 ) l O 高 桑 弘 美 i「 山 形 ・ 服 部 遺 跡 」(『 木 簡 研 究J 30 』 ・ 2008年 山 形 城 跡 (2 次 )〔や ま が た じ ょ う〕 山 形 市 近 歐 城 郭 03.5 O ’1 £十 嵐 貴 久 − 03. 11 1点 山 形 市 教 育 委 員 会 :「山 形 ・│││形 城 跡 」( ( 木 簡 研 究亅26 ) −22 :2004 年 山形県 :「111形ili埋 蔵 文 化 財 調 査 年 報 一 平 成15 年 度 」 O山形巾 教委 :2005 年 山 形 城 跡 (04 年 度 調 査 )〔や ま が た じ ょ う〕 山 形 市 近 匪 城 郭 04. O 7 − 04. 11 1点 山 形 市 教 育 委 員 会 五 卜 嵐 良 久 : 「 山形 ・ 史 跡 山 形 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』29 ) 12007 年 山 形 城 跡 (08 年 度 調 査 )〔や ま が た じ ょ う〕 山 形「li 近 世 城 郭 08. 5 − 09.3 1 点 山 形 巾 教 育 委 員 会 O 薦 藤 仁 : |山形 ・ 史 跡 山 形 城 跡 」( 「 木 簡 研 究 」31 ) 12009 年 山 形 城 三 の 丸 跡 (5 次 )〔 や ま が た じ よ う 〕 山 形 市 近 世 城 郭 08.6 − 08. 11 8点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 111 形 県 埋 文 セ ン タ ー :「 山 形 城 F の 丸 跡 第5 ・7 ・8 次 発 掘 調 査 報 告 S 」( 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー:2012 年 : 調 査 報 告 書202 ) : O 草 野 潤 平 卜 山形 ・ 山 形 城 三 の 丸 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) '2012 年 山 形 城 三 の 丸 跡 (10 次 )【や ま が た じ ょ う】 山 形 市 近 匱 城 郭 12.5 − 12.7 17 点 ( 公 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 山 形 県 埋 文セ ン タ ー :『 山 形 城 二 の 丸 跡 第10 次 発 掘 調 査 報 告 書』{ 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 調 査22013 年 : 報 告il}206) : O 大 本 昌 希 卜 山 形 ・ 山 形 城 =ミ の 丸 跡 凵 『 木 簡 研 究 』35 ) 12013 石 田 遺 跡 (3 次 )〔い しだ 〕【1 23】 山 形「li 古 代 集 落 00.4 − 00.8 2点 (財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O 吉 副「 美 子・ 山II 博之:411 形・ 石旧 遺跡」(『 木簡研 究』23) O山形 県哩 文セン ター l『 石田遺 跡発 掘調 査報告 書』(山形県 埋 蔵文化財 セ ンター 調 査報告 書122) :2001 年 :2004 年 ︲ ︲ 2002 年 ︲ ︲ I 渋 江 遺 跡 (4 次 ) Cし ぷえ 〕t I 23】 山 形「h 近 世近 代 墓 地 01.4 − 01.9 6点 (財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山形 県哩 文セン ター :『 渋 江遺 跡 第4次 発掘調 査 報告書』( 山形 県埋 蔵文 化財セ ン ター調 布報 告 游 :106) O押 切ヤ?紀 ド 山形・ 渋江 遺跡 」( ( 木簡研 究亅27 ) 年 :2005 年 ︲ 梅 野 木 前 1 遺 跡 〔 うめの きまえ 〕 山 形 巾 古 代 集 落 06. 10 − 06, 12 1 点 山 形「li教 育 委 員 会 n 山 形 市教 委・(株 )しま:『 梅 野木 前1遺 跡 発掘 調 査報告 書− F M 山形 嶋店 新築 E事に 伴 う埋 蔵文 化財 発:2007年 :掘 調 査 』( 山 形 県 山 形111埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 報 告 £28) むら :2008 年 : 「 山 形 ・ 梅 野 木 前1 遺 跡│ (『 木 簡 研 究 』30 ) O須藤 英之 ︲ ︱ 米沢市 古 志 田東遺 跡(99 年度 調査)[ふるしだひがしl【1 23】 古代 居館 99. 1レ99. 12 61点 米 沢 市教育 委員 会 O米 沢di 教 委 i『 占志 田 東遮 跡一 林泉 寺住 宅団 地 造成r 定 地内埋 蔵 文化 財 調 査報告;昨』( 米沢:2001年 :巾埋 蔵文化 財調 査報告 書73) : Of 塚 孝・ 月ll」 隆 弘 :「 山 形 ・ 占 志│11東 追 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 堤 屋 敷 遺 跡 (2 次 )〔つ っ み や し き 〕 米 沢 市 近 世 集 落 07.5 − 07. 11 1点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山 形 県 埋 文 セ ッ タ ー i{ 堤 屋 敷 遺 跡 第2 次 ・ 下 崖 敷 遺 跡 発 掘 調 食 報 告X }』( 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ:2012 年 : 一 調 査 報 告203) : O菅 原 哲 文 :「 山 形 ・ 堤 屋 敷 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』34 ) :2012 後 田 遺 跡 (1 次 )( 旧 、 月 記 遺 跡 )C うしろ だ]【1 23訂】 中 世 近 肚流 路 89. 9 3 点 山 形 県 教 育 委 員 会 O山形県 教 委 年 鶴 岡ili :『 大 道 下 一月 記 ・ 大 呶 遺 跡 発 拙 調 査 報 告 書,2( 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書 :1990 年 :153) O野尻 侃 : 「 山 形 ・ 後Hi (I日月 記 ) 遺 跡 」( 『 木 簡 研 究 』21 ) 鶴 ヶ 岡 城 跡 (1 次 )〔つる がお か じょ う〕【1 24】 鶴 岡 市 近 匪集 落 99.7 ・ 99. 12 6点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山形県 理 文セン ター :『 鶴 ヶ岡城 跡 発掘 跼食報 告』( 山形県 埋蔵 文化財 セン ター 調査 報告 書99) - 23 - :1999 年 ! 2002 年 北 海 道 ・ 東 北 O菅原 衍 文 :「山形 ・鶴 ヶ岡城 跡」(『 木簡研 究』27) 鶴 ケ 岡 城 跡 (2 次 )〔つ るがお かじ よ う〕【1 24】 鶴 岡 市 近t叱集 落 00.4 − 00. 11 2 点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン ター O山形 県埋 文セン ター :『 鶴 ヶ岡 城跡 発掘 調 査報告 』(山 形県埋 蔵 文化財セ ン ター 調査報 告耆99) O竹原 衍文 : り11形 ・鶴 ヶ岡城 跡J(『 木簡研 究』27) :2005 年 :2002 年 :2005 年 ︲ 鶴 ケ 岡 城 跡 ( 二 の 丸 南 辺 地 点) (99 年 度 調 査 )〔つるがお かじ ょ う〕【124 】 鶴 岡 市 近t止集 落 ・ 城 館 99.8 ・ 99. 11 3点 鶴 岡 市 教 育 委 員 会 o鶴岡 巾教 委 :『 鶴 ヶ岡 城 発 掘調 査 報 告書 lの 丸 南辺 地 点』( 山 形県 鶴岡Ili埋蔵 文化 財調 査:2001年 − :報 告,1114) − o松 m亜紀 子 i 「 山 形 ・ 鶴 ヶ 岡 城 跡 (l の 丸 南 辺 地 点 )」(r 木 簡 研 究亅28 ) :2006 年 I 興 屋 川 原 遺 跡 (2 次 )〔こ うや が わら〕 鶴 岡 市 古 代 集 落 05.6 − 05. 12 5 点 (財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山形 県埋 文セン ター− :「 興 屋川 原造 跡 第1∼4 次 発掘 調査 報 告書( 本 文編)( 写真 図版 編 )』( 山形 県:2010年 卩ql蔵 文化財セ ン ター−I 凋査報 告書187) O齋藤 継 冂 山形・ 興M 川原 遺跡凵r 木簡研 究J 32) 12010 年 I I 手 蔵 田10 遺 跡E て ぐ ら だ 〕[ I 25 】 酒 田 市 中 世 集 落 87.4 − 87.9 8 点 山 形 県 教 育 委 員 会 o 111 形 県 教 委 :「 手 蔵│川0 ・11 遺 跡 発 掘 調 査 報 告 書」「 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書12 」1 ) 11988 年 0 山 形 県 の 占 代 文 字 資 料:r 山 形 県 内 出1: 古 代 文 字 資 料 集 成 』 を 考え る 会 : 卩998 年 l o 名 和 辻 朗 :「 山 形 ・ f 蔵11110遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』27 ) ! 2005午 亀 ケ 崎 城 跡 (4 次 )[ か め が さ き じ ょ う] 酒 川 市 近│││: 城 館 04.5 − 04. 11 32 点 (冂11形 県 埋 文 セ ン タ ー :『 亀 ヶ 崎 城 跡 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 第 い5 次 発 掘 調 査 報 告 耆 』( 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー一調 食 報:2009 年 :告 μ180 ) : o 高 桑9 1 ’│II 形 ・ 亀 ヶ 崎 城 跡 」( 『 木 簡 研 究 』31 ) :2009 年 亀 ケ 崎 城 跡 (5 次 )Cか めがさ きじ ょう] 酒 旧 市 近 匱城 館 05.4 − 05.9 6 点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山形 県埋 文セン ター :『 亀 ヶ崎 城跡 第4・5次 発 掘調 査報 告 涯』( 山形 県埋 蔵 文化財 セン ター 調介 報12009年 : 告,!1180 ) 1 0 高 桑 登 卜 山 形 ・ 亀 ヶ崎 城 跡 」( ( 木 簡 研 究J 31 ) 12009 年 小 田 島 城 跡 〔 お だ し ま じ ょ う 〕 束 根ilf 中 世 近 世 城 館 00.4 − 01. 12 12 点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 0 山 形 県 埋 文 セ ン タ ー :『 小lll島 城 跡 発 掘 調 査 概 告,11』【 山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 調 査 報 告 書13 】) :2004 年 0 商 桑 登 :「山 形 ・ 小 田 島 城 跡 」 (『 木 簡 研 究 』28 ) :2006 年 ︲ 天 王 遺 跡 (1 次 )〔て んの 引 南 陽 市 中 此集 落 06. 5 − 06. 11 1 点 ( 財 )山 形 県 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー O山形県 挫文 セン ター− :『 天 王辿跡 第卜2 次発掘 調 介 報告占 』( 山形 県埋 蔵文 化財 セン ター 調 査報 告:2010年 I :書186 ) I O高桑 登 l 「│11形 ・ 人:E遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』32 ) :2010 年 大 在 家 遺 跡 (6 次 )t だ い ざ い け 〕 東 置 賜 郡 高 畠 町 占 代 集 落 99.5 − 99.6 1 点 高 畠 町 教 育 委 輿 会 o 井 田 秀 和 囗 山 形 ・ 大 在 家 遺 跡│ (『 木 節 研 究 』26 ) :2004 乍 高 畠 町 尻 遺 跡 (3 次 )〔 た か は た ま ち じ り 〕 東 置 賜 郡 高 畠 町 占 代 河 川 03.10 − 03. 12 5点 高 畠 町 教 育 委 員 会 o # m 秀 和 :「 山 形 ・ 高 畠 町 尻 遺 跡 」『r 木簡 研 究 』28 ) :2006 年 高畠町 尻 遺跡 (4 次 )[たか はた まち じり] 東 置 賜 郡 高 畠 町 古代 河川 04.4 − O・1.6 6 点 高畠 町 教 育 委 員 会 o 拌m秀和 凵 山形 ・高畠 町尻 遺跡j(『 木簡 研究』28) :2006 年 - 24 - 福島 県 福 島 県 ︲ 門 田 条 里 制 跡 (92 年 度 調 査 )〔もん でんじ ょ うりせい 〕【1 27】 会 津 若 松「li 古 代 条 叭 92.4 − 92. 12 1 点 会 津 若 松 市 教 育 委 員 会 O会 津片 松 市 教委・ 会津:『 門 田 条里制 跡発 掘調 査報 告書IV一 県道 会津若 松 裏磐梯 線緊 急地 方道 路整備 発:1994年 ︲ : 「 原 鳥 ・ 門 田 条 唄 制 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) − : 掘 調 査j ( 会 津 若 松 市 文化 財 調 査 報 告 書35 ) O 石IU 明 夫 ︱ 乱=松 建 設 事 務 所 ︲ − 2004 年 東 高 久 遺 跡 〔 ひ が し た か く 〕 会 津 若 松 市 古 代 集 落 96. 4 − 96.9 1 点 会 津 若 松「li教 育 委 員 会 O 会 津 若 松 巾 教 委 :『 会 津 若 松df 埋 蔵 文 化 財 分 布 調 査 報 告 書 』( 会 津 若 松 巾 文 化 財 調 査 報 告 ≪62) :1999 年 O 石 川明 夬 :「 福 島 ・ 東 高 久 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 若 松 城 郭 内 武 家 屋 敷 跡 大 町 口 〔 わか ま つ じ ょ う3 ※ 会 津 若 松 市 近 世 城 郭 98. 7 − 98.8 3 点 会 津 若 松 巾 教 育 委 貝 会 o 会 津 若 松 市 教 委 :『 若 松 城 郭 内 武 家 屋 敷 跡 人 町 口 跡 』( 会 津 若 松 市 文 化 財 調 査 報 告 書131) 12012 年 荒 井 猫 田 遺 跡 (15 次 )〔 あ ら い ね こ た 〕【1 28 】 郡 山 市 中 世 城 館 01. 5 − 02. 3 4 点 郡 山 市 教 育 委 員 会 ・( 財 )郡 山 市 埋 蔵 文 化 財 発 拙 調 査 収 業 団 o 郡 山11f埋 文 発 掘 調 査 事: 『 郡 山 南 拠 点1: 地 区 両 整 理 嘔 梟 関 辿 荒 井 猫 田 遺 跡 ( n【心】 一 第15 次 発 掘 調 査12003 年 業 団 ・ 郡 山 市 教 委 :報 告J l o 鳥11」勝 : 「 福 島 ・ 荒 井 猫 田 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) 12004 乍 荒 井 猫 田 遺 跡 (16 次 )〔 あ ら い ね こ た 〕 郡 山 巾 中 世 城 館 02. 4 − 02.9 5 点 郡 山 市 教 育 委 員 会 ・(財 )郡 山 市 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 事 業 団 o 高 川 勝 : 「 福 島 ・ 荒 井 猫 田 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) ! 2004年 o 郡 山111文 化 ・ 学 び 振 興: 『 郡 山 南 拠 点 上 地 区 画 整 理 事 業 関 連 荒 井 猫111遺 跡 (nl ぺ) 一 第16 次 発 掘 調 査 汐006 年 ︲ ︲ − ︱ 公 社 文化 財 調 査研 究 セン:報 告』 ︲ − ︲ ター 1 荒 井 猫 田 遺 跡 (17 次 )〔 あ ら い ね こ た 〕 郡 山 市 中 世 城 館 03. 5 − 03.8 21 点 郡 山 市 教 育 委 員 会 ・( 財 )郡 山 市 埋 蔵 文 化 財 発 拙 調 査 事 業 団 O 高111勝 冂 福 島 ・ 荒 井 猫iU 遺 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 O 郡 山llf文 化 ・ 学 び 振 興l『 郡 山│lf南 拠 点 土 地 区 画 整 理 事 業 関 連 荒 井 猫 川 遺 跡 (Il lK) 一 第17 次 発 掘 調:2006 年 ︲ ︲ ︲ 公 社 文化 財 調 介研 究 セン│査 報告』 ター l − ︲ 荒 田 目 条 里 制 遺 構 ( 市 道 砂 畑 一礼 堂 線 改 良 工 事 )¶あ っ ため じょ うりせい 〕 近 匪河 川 02. 1卜 02. 12 2点 ( 財 )い わ き 市 教 育 文 化 事 業 団 い わき 巾 o い わ き 巾 教 青 文 化 乍i: r 荒 田 H 条!甌制 遺 構一 市 道 砂 畑 一礼 堂 線 改 良 工 事 に 伴 う 調 査 』( い わ き 市 埋 蔵:2004 年 ljtl ・ い わ き111教 委 :文化 財 調 査 報 告102) : o 木 幡 成 雄 i「 福 島 ・ 荒111 11 条 !11制 遺 構 」( 『 木 簡 研 究 』26 ) 平 城 跡 〔 たい ら じ ょ う 〕 い わ きrlj 近 匯 近 代 城 郭 06.2 − 06.3 68 点 12004 年 ( 財 )い わ き 市 教 育 文 化 事 業 岡 0 い わ きIli教 介 文 化 事 業: 『 嘔城 跡 一 旧 外 堀 跡 の 調 査 』(い わ き 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告127 ) :2008 年 団 ・ い わ きlli教 委 : O 占111生 哉 ド 福 島 ・ 平 城 跡 (111町 地 区 )」(『 木 簡 研 究 』32 ) 12010 年 高 堂 太 遺 跡 (4 次 )〔た か ど う た 〕 喜 多 方111 古 代 集 落 08. i 5 − 08. 12 1 点 )福 島 県 文 化 振 興 事 業 団 ( 財 )福 島 県 文 化 振 興 事 業 団 l『 会 津 縦 貫 北 道 路 追 跡 発 掘 調 査 報 告9 高 堂 太 遺 跡 ( 下 商 額 館 跡 を 含 む )・1次 』:2009 年 1( 福 島 県 文 化 財,凋査 報 告 書462) : O阿 部 知 己 1「 福 島 ・ 高 な 太遺 跡 」( ( 木 簡 研 究亅34 ) ^2012 - 25 - 年 北 海道 ・ 東 北 二 本 松 城 跡 (14 次 )〔 に ほ ん ま つ じ ょ う 〕 ※ 匸 本 松 市 09.6 − 09. 7 1点 二 本 松 市 教 育 委 員 会 近代 上水施設 :『 こ本 松 城 址VI 一 平 成21 年 度 発 掘 調 査 報 告 書 』 ( 二 本 松Xli文 化 財 調 査 報 告 書40 ):2010 年 O二本松ilf教 委 二 本 松 城 跡 (15 次 )〔 に ほ ん ま つ じ ょ う 〕 二 本 松111 近 代 上 水 施 設 10.6 − 10.7 1 点 二 本 松 市 教 育 委 員 会 O二本松 巾教 委 :「 二 本 松 城 跡XIV一 平 成22 年 度 発 掘 調 査 報 告 書」( 二 本 松Ili文 化 財 調 査 報 告 書42 ):2011 年 O佐藤 真由美 :「 福 鳥 ・ ご.1 本 松 城 跡 」(『 木 簡研 究 』34 ) :2012 年 ︲ 泉 廃 寺 跡 (10 次 )〔いず みはい じ〕【1 29】 南 相 馬 市 (│囗、 原 町 巾 ) 古 代 官 衙 98.6 − 98.8 1点 原 町 市 教 育 委 員 会 O原 町 市教委 :『 原 町 巾内 遺跡 発掘 調 査報 告裔4 y 成10年度 試 掘調 査一 竹花Λ 遺跡( 第3次 調:1999年 :食) 泉廃 寺( 第8次調査 )泉廃 寺( 第10次調 査)前 屋敷遺 跡( 第3次調査 )新 橘 │ 横 穴墓群』(原 町 市埋蔵 文化財 調査 報告 書18) O荒淑 人 :「 福島・ 泉廃 寺跡」(『木 簡 研究』25) :2003 年 O南相馬 市教 委文 化財踝 |『 泉廃 寺跡 一陸 奥国 行方 郡家の 調査 報 告』( 南相馬 市埋蔵 文化財 調 査報告 書6) 12007 年 − ︲ ︲ ︲ ︲ 泉 廃 寺 跡 ( 陸 奥 国 行 方 郡 衙) (16 次 )〔 い ず み は い じ 〕【1 29 】 南 相 馬 市 ( 旧 、 原 町l μ) 古 代 官 衙 01.5 − 01. 11 1点 原 町 市 教 育 委 員 会 O 原 町 市 教 委 :『 原 町 巾 内 遺 跡 発 棚 調 食 報 告 書7 平 成13 年 度 試 掘 調 査 一 泉 廃 寺 ( 第16 ・ 17次 調:2002 年 :食 )・ 丁 田 条 里 跡 ・ 丸 山 舘 跡 ・ 北 山 横 穴 墓 群 ・ 北 山 占 墳 群 ・ 無 線 琳 跡 』( 原 町: ︲ ︲ 卜lf埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書28 ) ︱ O荒淑 人 : 「福 島 ・ 泉 廃 寺 跡 ( 陸 奥 岡 行 方 郡 衙 )」(『 木 簡 研 究 』24 ) :2002 年 O南相馬 市 教委文化 財課 i『 泉廃寺跡 ―陸 奥国 行方 郡家の 調査 報告』( 南相馬Ili埋蔵 文化 財調 食報告 書6) -2007 年 泉 廃 寺 跡 ( 陸 奥 国 行 方 郡 衙) (21 次 )〔 い ず み は い じ 〕 南 相 馬 市 ( 旧 、 原 町 市 ) 占 代 官 衙 03.10 − 04.3 4 点 原 町 市 教 育 委 員 会 O 原 町 巾 教 委 :『 原 町 市 内 遺 跡 発 掘 調 査 報 告 書9 平 成15 年 度 試 掘 調 査 一 泉 廃 寺 跡 第20 次 ・21 次:2004 乍 :調 査 ・ 泉 舘 跡 第1 次 調 介 ・ 桜 # B 遺 跡 第1 次 ・2 次 調 査 ・ 萱 浜 原 畑 遺 跡 ・ 陣 ヶ 崎: │Λ 遺 跡 ・ 三島 町 遺 跡 ・ 西 町 遺 跡 ・ 五 治 郎 内 古 墳 群 』( 原 町 市 埋 蔵 文 化 財 調 査 報│ :告 &34 ) : O 藤 木 海 卜 福 島 ・ 泉 廃 寺 跡 ( 陸 奥 国 行 方 郡 衙 )」(『 木 簡 研 究 』27 ) 12005 年 O 南 相 馬 市 教 委 文 化 財 課 :『 泉 廃 寺跡 一 陸 奥国 行 方 祁 家 の 調 査 報 告 』( 南 相 馬 巾 埋 蔵 文 化 財 調 査 報 告 書6 ):2007 年 河 股 城 跡 (02 年 度 調 査 )〔 か わ ま た じ ょ う 〕 伊 達 郡 川 俣 町 中 世 城 館 02. 5 − 02. H I 点 川 俣 町 教 育 委 員 会 O川 俣 町 教 委 :『 河 股 城 跡 調 査 報 告 書 V 』( 川 俣 町 文 化 財 調 食 報 告 書20 ) :2004 年 O 井 上 浩 光 |「福 島 ・ 河 股 城 跡 」(『 木 簡 研 究 』26 ) :2004 年 −26 −
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