SURE: Shizuoka University REpository

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アブシジン酸受容体アンタゴニストの創出 : タンパク質
間相互作用の誘導剤を阻害剤に変換
轟, 泰司; 竹内, 純
化学と生物. 53(6), p. 343-344
2015
http://hdl.handle.net/10297/9772
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Copyright © 2015公益社団法人 日本農芸化学会
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アブシジン酸受容体アンタゴニストの創出
タンパク質間相互作用の誘導剤を阻害剤に変換
轟
泰司,竹内
純
静岡大学大学院農学研究科
Development of antagonists of abscisic acid receptors
Conversion of a molecule inducing a protein-protein interaction to the inhibitor
Yasushi Todoroki, Jun Takeuchi
アブシジン酸(ABA)と同様に ABA 受容体 PYL に高い親和性を有しながら PYL の機能
を阻害する分子(PYL アンタゴニスト AS6)を PYL-ABA 複合体結晶構造に基づいて創出
した.
A potent antagonist of abscisic acid (ABA) receptors (PYL), AS6, was designed on the
basis of crystal structures of PYL-ABA complex.
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植物ホルモンの 1 つであるアブシジン酸(ABA)は,種子の休眠を誘導・維持するとと
もに、低温や乾燥など種々の環境ストレスから植物を守る分子である.ABA は植物の生命
維持に必須であるが,高温時の種子発芽阻害,乾燥や低温による花粉の形成阻害,高温や
強光下時の気孔閉鎖による光合成阻害,病傷害抵抗性の低下などを誘導するため,農作物
の生産という観点から見ると,その作用は必ずしも良いことばかりではない.遺伝子組換
え技術によって ABA の生合成を抑えたり,ABA 応答の効率を下げたりすることは可能だ
が,こうした植物はストレスに弱くて生育不良を起こしてしまう.遺伝子組換えではなく
化合物を使って,必要な時に必要な強度で ABA の機能を止めることができれば,ABA の
良い作用を維持しつつ負の側面だけを低減できる.ABA 活性を下げるには,ABA 内生量
を下げるか,ABA シグナル伝達の効率を下げればよい.筆者らは後者に焦点を当て,ABA
の受容体の機能を阻害する化合物(ABA 受容体アンタゴニスト)を最近創出した(1).
今日までに ABA 受容体としてコンセンサスが得られているのは,2009 年に見出された
PYR/PYL/RCAR(PYL)タンパク質だけである(2).PYL は ABA と結合するとその配座が
変化し,タンパク質脱リン酸化酵素タイプ 2C(PP2C)と結合してその機能を阻害する.
これによって ABA 応答に繋がるリン酸化カスケードが活性化する.ABA は PYL の配座
を不活性型から活性型に変えるアロステリックモジュレーターとして機能するとともに,
PP2C との結合にも関与して,PYL-ABA-PP2C 三者複合体の安定化に寄与している.筆
者らはこの機構に着目して,ABA と同様に PYL に結合するが,ABA とは違って安定な三
者複合体の形成を誘導しない分子を,ケミカルスクリーニングによって見出すのではなく,
受容体の構造に基づいた合理的な分子設計によって得ることができないか検討した.
ある受容体の活性化剤(アゴニスト)や阻害剤(アンタゴニスト)を見出す方法はいく
つかある.ケミカルライブラリーからスクリーニングする,天然もしくは合成の既知リガ
ンドを改変する,受容体の構造を基に全く新規に設計するなど,それぞれ一長一短があり,
どれがベストかはケースバイケースであろう.Okamoto らは,PYL アゴニストとして機
能する quinabactin をケミカルスクリーニングによって見出している(3).一方,筆者らは
ABA の構造を改変する方法によって PYL アンタゴニストの創出を目指した.PYL アンタ
ゴニストを ABA の構造アナログとしてデザインすることの利点は,PYL の内生リガンド
をコアとしているために PYL に対する高い親和性を得やすく,副作用が出にくいことで
ある.
様々な PYL-ABA 複合体結晶構造(4)について溶媒接触表面を描いてみると,表面に小さ
な穴が開いていて中の ABA が見えることがわかった.この穴はゲート閉鎖に伴ってでき
たものであり,その出口は PP2C との接触面に存在する.この穴からうまく障害物を突き
出せる化合物であれば,PYL のゲート閉鎖を誘導して強く結合しつつも,障害物が邪魔に
なって PYL-PP2C 相互作用を誘導しないのではないか? 幸い,ABA に直接置換基を導
入できる部位(3'位)が穴から見えていたため,穴を通り抜けられそうな細長い,種々の
長さ(C2~C12)の直鎖アルキルを 3'位に導入した ABA アナログ(AS2-AS12)を合成し,
シロイヌナズナ種子発芽試験に供して,ABA アンタゴニスト活性を示すかどうか調べた.
事前に作成した PYL-AS6 複合体モデルによって,アルキル鎖が穴を抜けて外に突き出す
かどうかの境目はブチル基(C4)をもつ AS4 あたりであろうと推定していたところ,結果
はまさにその通りになった.AS2 と AS3 は ABA と同等かそれ以上の発芽阻害活性を示し,
AS5 から AS12 まではまったく発芽阻害活性を示さず,ABA と共処理したときに ABA の
阻害活性をほぼ完全にキャンセルした.次に AS6 を用いて,PYL との複合体結晶構造と
結合親和性,PYL-ABA による PP2C 阻害の抑制,ABA 処理あるいは浸透圧ストレスで誘
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導される ABA 応答性遺伝子の発現抑制,および蒸散促進による葉面温度の低下などにつ
いて検討し,原子・分子のレベルから遺伝子,個体レベルにわたって AS6 が ABA アンタ
ゴニストとして機能することを証明した. (図 1)
植物ホルモン受容体の結晶構造を解明した論文に,
「これで受容体の機能を制御するリガ
ンドの開発が一挙に進むだろう」などと書かれていたりするが,そう簡単な話ではないよ
うだ.1990 年代以降,植物科学分野において有機化学的なアプローチを採用する研究者が
どんどん少なくなり,特にモデル植物のゲノム解読以降,その傾向が顕著である。そのた
めか,せっかく受容体の構造がわかっても,それを利用して制御剤を開発してやろうとい
う人材が不足しているように感じる.植物ホルモンの多くは,タンパク質間相互作用の接
着剤や誘導剤として機能しており,分子設計という観点から見ても大変面白い題材である.
また,生合成や代謝を制御して内生量を調節するのではなく,受容体の機能を直接マニピ
ュレートできる分子は,ホルモン間のクロストーク,そして複雑に交差するシグナル伝達
ネットワークを解明するための化学ツールとしても有用である.筆者らの研究を契機に,
植物の生物有機化学あるいはケミカルバイオロジー研究が活性化することを切に望む.
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1)J. Takeuchi, M. Okamoto, T. Akiyama, T. Muto, S. Yajima, M. Sue, M. Seo, Y. Kanno,
2
T. Kamo, A. Endo et al.: Designed abscisic acid analogs as antagonists of PYL-PP2C
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receptor interactions. Nat. Chem. Biol., 10, 477 (2014).
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2)S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Abscisic acid:
emergence of a core signaling network. Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010).
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3)M. Okamoto, F. C. Peterson, A. Defries, S.-Y. Park, A. Endo, E. Nambara, B. F.
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Volkman & S. R. Cutler: Activation of dimeric ABA receptors elicits guard cell
8
closure, ABA-regulated gene expression and drought tolerance. Proc. Natl. Acad. Sci.
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USA, 110, 12132 (2013).
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4 ) K. Melcher, X. E. Zhou & H. E. Xu: Thirsty plants and beyond: structural
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mechanisms of abscisic acid perception and signaling. Curr. Opin. Struct. Biol., 20,
12
722 (2010).
図1. PYLアンタゴニストAS6の作用メカニズム
PYL表面の小さな穴を通ってPYLの外側に突出したヘキシル鎖が立体障害となってPYL-PP2C相互作用を阻害するため,
AS6はアンタゴニストとして機能する.
轟 泰司,静岡大学(Yasushi TODOROKI, Shizuoka University)
<略歴>1991 年京都大学農学部食品工学科卒業/1993 年京都大学大学院農学研究科食品
工学専攻修士課程修了/1996 年同博士後期課程修了/2000 年静岡大学農学部応用生物化
学科助教授/2011 年同教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>植物ホルモン制御剤の創出と応用
<趣味>飲酒,競馬,散歩
所属研究室ホームページ
http://www.agr.shizuoka.ac.jp/c/npchem/
竹内 純,静岡大学 (Jun TAKEUCHI,Shizuoka University)
<略歴>2007 年静岡大学農学部応用生物化学科卒業/2009 年同大学院農学研究科修了
/2009-2011 年三洋化成工業(株)/2014 年静岡大学創造科学技術大学院博士課程修了/同年
静岡大学農学部学術研究員,現在に至る.
<研究テーマと抱負>アブシジン酸受容体アンタゴニストの創出.低分子化合物による
タンパク質の機能制御.
<趣味>ドライブ,飲酒