解析学 I

解析学 I
日野 正訓
目次
序
3
0.1
導入 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
0.2
Lebesgue 積分とは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
0.3
次節以降の話の流れ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
0.4
記号の約束など
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
0.5
基礎事項の確認
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
0.6
文字一覧 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
測度空間
13
0
1
1.1
可測空間と測度
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
1.2
幾つかの例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
19
1.3
測度の性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
22
可測関数
25
2.1
写像と集合演算に関する復習 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
25
2.2
可測関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
25
2.3
単関数による近似 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
28
Lebesgue 積分の定義と基本性質
31
3.1
Lebesgue 積分の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
31
3.2
基本的な性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
34
3.3
簡単な例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
37
3.4
Riemann 積分との関連(連続関数の場合) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
39
収束定理
41
4.1
準備 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
41
4.2
収束定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
42
2
3
4
2016 年 7 月 21 日版
1
目次
微分演算と積分演算の順序交換 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
45
測度の構成
48
5.1
構成の方針 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
48
5.2
有限加法的測度の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
49
5.3
外測度から測度へ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
52
5.4
測度空間の完備化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
59
5.5
まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
61
Lebesgue 測度の性質
62
6.1
Lebesgue 測度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
62
6.2
R のいろいろな部分集合 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
65
6.3
Riemann 積分との関連(完結編) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
67
6.4
Lebesgue–Stieltjes 積分(基本的な場合) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
71
直積測度と Fubini の定理
72
7.1
直積測度空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
72
7.2
Fubini の定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
74
7.3
補遺—Dynkin 族定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
82
今後の道先案内
84
4.3
5
6
7
8
d
索引
86
注意
• 成書の代用となるほど内容を網羅してはいないので,1 冊は Lebesgue 積分の教科書を所有
すること.
• 本ノートは個人の私的な使用に留め,無断転用しないこと.
• 注意して作成しているが,誤り等があれば指摘してもらえると有り難いです.
2
序
0
0
序
この節では Lebesgue 積分の理論について概観する.やや難しい話も書いているので,そういう
部分は今はあまり気にせず読み流してもらってよい.
導入
0.1
Lebesgue 積分を導入する意義を明らかにするため,幾つかの例を挙げながら論じることにする.
まずは Riemann 積分がどのようなものであったか簡単に振り返ってみよう.f を区間 I = [a, b]
上の有界な実数値関数とする.区間 [a, b] の有限分割 ∆ : a = x0 < x1 < x2 < · · · < xn = b をと
り,各小区間 Ik = [xk , xk+1 ] (k = 0, 1, . . . , n − 1) における f の下限と上限をそれぞれ αk と βk
とする.|Ik | で Ik の区間の長さ xk+1 − xk を表すことにし,
s∆ =
n−1
∑
αk |Ik |,
S∆ =
k=0
n−1
∑
βk |Ik |
k=0
とおく(図 1 参照)
.∆ が I のあらゆる有限分割をとるとき,sup∆ s∆ = inf ∆ S∆ であれば f は I
上で Riemann 可積分(または Riemann 積分可能)であるといい,この値を
∫b
a
f (x) dx と書いた
のであった.f の定義域が R の有界領域であるときも,区間の直積で領域を分割することで同様
d
に Riemann 積分を定義することができる.
ここで,言わずもがなの注意を一つしておく.関数 f の Riemann 積分というのは上記で定義さ
れる値のことであり,積分という概念は天賦の†1 ものではない.高校数学,場合によっては大学の
初歩的な数学の授業においては,区間 [a, b] 上の関数 f の積分とは,f のグラフと x 軸で囲まれた
図形の(符号付き)面積と説明されることがあり,関数 f に対してその積分という概念が自動的に
付随するように思っている人がいるかも知れない.しかしこれはあくまで説明でしかなく,そもそ
f
a x 1 x2 x3 · · ·
図1
†1
b
x
x 軸と点線で挟まれた部分の面積が s∆ ,x 軸と実線で挟まれた部分の面積が S∆ に相当する
つまり,関数に対して自動的に付与されるような
3
序
0
も図形の面積とは何かということを定義しないと(これは全く自明なことではない),積分の定義
にはならないのである.換言すれば,このような直感的な説明と整合するような数学的定義を与え
ているのが Riemann 積分であるといってもよいだろう.従って,Riemann 積分とは異なる積分
の定義というものもいろいろ考え得るわけであるし,実際この講義で扱う Lebesgue 積分以外にも
様々な積分の定義が存在する.もちろんどの定義でも,振舞いのよい関数については Riemann 積
分と整合的である.振舞いの悪い関数について事情が異なってくるわけである.
さて,Riemann 積分可能という概念は,極限操作に関してあまり相性が良くない.
例 0.1. 可算集合 Q ∩ [0, 1] の元を適当に一列に並べたものを {a1 , a2 , a3 , . . .} とし,自然数 n に対
して I = [0, 1] 上の関数 fn を
{
x ∈ {a1 , . . . , an } のとき
1
0
fn (x) =
それ以外のとき
と定めると,fn は I 上 Riemann 積分可能で
∫1
0
fn (x) dx = 0 であることが容易にわかる.各 x に
ついて,fn (x) は n → ∞ のとき
{
f (x) =
1
0
x ∈ Q ∩ [0, 1] のとき
それ以外のとき
に収束するが,関数 f は I 上 Riemann 積分可能でない.実際,Q ∩ I と I \ Q がともに I で
稠密であることから,任意の I の有限分割 ∆ に対して s∆ = 0 および S∆ = 1 であり,従って
sup∆ s∆ = 0,inf ∆ S∆ = 1 となる.
上の例において心情的には
∫1
0
†2
f (x) dx = 0 となって欲しいところである.実は f は Lebesgue
積分の意味では積分可能であり 積分値は確かに 0 となる.
上の例はあまりに人工的に過ぎるため,考察の対象とする関数を連続関数のような良いものに
限っておけば支障はないと考える人がいるかも知れない.しかし,現代数学において解析学の深い
研究が進む中,表には現れなくても“たちの悪い”関数を取り扱わなければならない状況がしばし
ば生じてくる.1つの例として次の様な Dirichlet 問題を考えてみよう.D を Rd の有界領域とし,
境界 ∂D は簡単のため滑らかとする.∂D 上に連続関数 f が与えられたとき,D の閉包 D̄ 上で連
続かつ D 上で C 2 級の関数 u で次の関係をみたすようなものを求めたい.
{
∆u = 0 on D,
u=f
on ∂D.
ただしここで ∆ は Laplace 作用素,すなわち ∆u =
∑n
∂2u
i=1 ∂x2i
である†3 .
これは偏微分方程式の境界値問題であり,簡単に解が求まるわけではないが,解を見つける 1
つのアプローチとして,次の変分原理を用いる方法がある.もし解 u が存在すれば,それは D̄
†2
正確には Lebesgue 測度に関して Lebesgue 可積分.Lebesgue 積分は測度が与えられて初めて定まる概念である
が,Rd 上の最も標準的な測度である Lebesgue 測度の場合は“Lebesgue 測度に関して”という言葉はしばしば省
略される.
†3 先程の区間の分割を表す記号 ∆ と同じになってしまったが,無関係である.
4
序
0
上の関数からなる集合 C = {w ∈ C(D̄) | w は D 上 C 2 級で w = f on ∂D} の中でエネルギー
E(w) =
∫
D
|∇w|2Rd dx を最小にする.実際,w ∈ C に対して,
∫
∫
D
|∇w|2Rd
dx =
∫D
=
D
|∇u + ∇(w − u)|2Rd dx
(
)
|∇u|2Rd + 2⟨∇u, ∇(w − u)⟩Rd + |∇(w − u)|2Rd dx
であり,∂D 上で w − u = 0 であることに注意すると Green の公式より右辺第 2 項は −
(w − u) dx = 0 に等しい.よって不等式
∫
D
|∇w|2Rd dx ≥
∫
D
∫
D
∆u ×
|∇u|2Rd dx が成立する.
さて,M = inf w∈ C E(w) とし,limn→∞ E(wn ) = M となるような関数列 {wn } を C から
選ぶとき,何らかの意味で {wn } の“極限”u を考えることができればそれが求める解になっ
ているはずと予想できる.正確な議論のためにはかなりの準備が必要なのでここでは方針の
み述べる†4 と,まず H = {w | w は D̄ 上で連続かつ D 上で C 2 級 } とし H にノルム ∥w∥ =
{∫
D
(|w|2 + |∇w|2Rd ) dx
}1/2
を導入する.v, w ∈ H に対して d(v, w) = ∥v − w∥ とすることで
H に距離が定まる.{wn } はノルム ∥ · ∥ に関して H で有界であることが示せ†5 ,これを用いて
新たに C の元からなる関数列 {ŵn } で, limn→∞ E(ŵn ) = M かつ {ŵn } が H で Cauchy 列をな
す†6 ようなものが構成できる.そこで Cauchy 列は収束する,といいたいところだが残念ながら
距離空間 (H , d) は完備ではない.(H , d) を完備化した空間 (H̄ , d) においては極限 u が存在し,
E(u) = M をみたす.この u が求める解の候補であるが,H̄ の元はもはや一般には滑らかな関数
ではなく(連続であるとも限らないし,正確には関数の概念を少し一般化する必要がある),エネ
ルギーの定義に出てくる積分も H̄ の元に対しては Riemann 積分の意味では一般には定めること
ができない.しかし Lebesgue 積分としては妥当な意味を持つのである.事実として,更に議論を
行うと†7 ここで構成した u は C に属し,元の方程式をみたすことまで示される.
このように,(偏)微分方程式を解くというような場合によく出てくる,「関数からなる集合(し
ばしば関数空間という)からうまく解を見つける」という議論においては,関数空間の完備化の過
程で必然的に“素性のはっきりしない”関数が生じるため,そのような関数についても積分などの
概念がちゃんと定義されるような理論が要請される†8 .数の計算で喩えて言えば,有理数における
四則演算は定義も明快で“応用上は”数として有理数のみ考えておけばよいようにも思うが†9 ,2
次方程式や中間値の定理を考えてみれば分かるように,有理数列の極限として得られる実数とい
う集合上で四則演算(やその他種々の演算)が定まらないと高度な数学を論じることができないと
†4
†5
†6
†7
†8
†9
読み流していただければ結構である
supn ∥wn ∥ < ∞ ということである.念のため.
すなわち,任意の ε > 0 に対して自然数 N がとれて,m ≥ N , n ≥ N であるなら d(ŵm , ŵn ) < ε となるように
できる
Laplace 作用素 ∆ の準楕円性を用いる
「関数空間から解を見つける」議論として,常微分方程式の解の存在定理(Cauchy–Peano の定理,Cauchy–
Lipschitz の定理)を連想した人がいるかもしれない.この場合は距離として一様ノルムから定まるものを取って議
論できるので,連続関数しか現れず(連続関数の一様収束極限は連続関数),Riemann 積分の範疇で議論ができる.
上記のような,積分を用いて定まる距離だと厄介なことが生じるのである.
少なくとも小学生のうちは,数といえば有理数しか考えない
5
序
0
f
..
.
y4
E4
y3
y2
y1
y0
図2
a
b
x
太点線の集合(を x 軸に平行移動したもの)が E4 .
いうのと似たようなものである.Lebesgue 積分の理論はこの要請に応える理論であり,解析学の
種々の理論の土台となる.
Lebesgue 積分とは
0.2
まず Lebesgue 積分のアイディアを述べる.簡単のため,関数 f は区間 [a, b] 上の実数値
関数で,ある M > 0 に対して常に 0 ≤ f (x) ≤ M であるものとする.区間 [0, M ] の分割
∆ : 0 = y0 < y1 < · · · < ym = M を取り,j = 1, 2, . . . , m に対して
Ej = {x ∈ [a, b] | yj−1 ≤ f (x) < yj }
とし,
I∆ =
m
∑
yj−1 × (Ej の「長さ」)
j=1
と定めよう.I∆ は図 2 において灰色の部分の面積に相当する.I∆ は関数 f∆ :=
の(素朴な意味での)積分値とも解釈できる
†10
∑m
j=1
yj−1 1Ej
.分割を細かく取っていったときの I∆ の極限に
よって f の Lebesuge 積分が定義される.
このように,Lebesgue 積分を定義するアイディア自体は極めて単純である.端的に言えば
Riemann 積分では定義域を分割するのに対し,Lebesgue 積分では値域を分割するというのが相
違点である.大した違いはないように思えるかもしれないが,この方法だと f (x) と f∆ (x) の差
は分割 ∆ の最大幅を超えることはなく,x について一様な評価を持つ.このような一様評価は,
Riemann 積分における近似法では f が連続でなければ期待できず,極限操作に関して Lebesgue
積分の方が安定であることが予想され,実際その通りである.一方で,集合 Ej は極めて複雑なも
のになり得る.図 2 では Ej として区間の有限和の形のものしか現れていないが,一般には具体的
な表記が困難なほど複雑になる†11 .すると,そのような集合の「長さ」をどのように定めればよい
†10
†11
ここで 1Ej は集合 Ej の指示関数,すなわち Ej 上で値 1 を,その他で値 0 をとる関数を表す.
例えば,A(̸= ∅) を区間 [a, b] 内の任意の閉集合とし,f (x) = max{0, 1 − inf{|x − y|; y ∈ A}} と定めると,f は
連続関数で {x ∈ [a, b] | 1 ≤ f (x) < 2} = A となる.
6
序
0
位相空間論
Lebesgue 積分論
集合 X に付随する構造
位相構造(開集合系)
可測構造(σ 加法族)
X 上の関数に対する性質
連続性
可測性
可測空間 X 上に測度 µ が定まって
いるとき,可測関数 f の µ に関する
Lebesgue 積分
図3
∫
X
f dµ が考えられる
位相空間論と Lebesgue 積分論の対比
かという問題を解決しなければならない.ここが Riemann 積分の場合には生じなかった新たな問
題点である.詳しいことは次節以降に譲るが,そのため「長さ」の概念を抽象化した「測度」を導
入する.これは集合に対してその大きさを表す集合関数†12 であり,「長さ」と解釈するに相応しい
性質(σ 加法性)を持つ.残念ながらこの性質を満たしつつあらゆる部分集合に対して測度を定め
るには無理があるので,部分集合の集まりで性質の良いもの(σ 加法族)を導入し,そこに属する
集合(可測集合)についてのみ測度が定義されるという状況で議論を行う必要がある.Riemann
積分可能な関数は Lebesgue 積分可能であり†13 積分値は等しく,更に Riemann 積分可能ではない
多くの関数が Lebesgue 積分可能となる.
さて,このような枠組で考えると,もはや関数の定義域は 1 次元区間である必要はなく,多次元
空間でも抽象的な空間でも,可測構造とその上の測度さえ定まれば Lebesgue 積分が定義可能であ
る.1 次元区間上の関数に対する連続性という概念が,位相構造を持つ集合上の関数にまで一般化
できることの類推として理解すると分かりやすいかもしれない(図 3 参照).このことは多変数関
数の積分についての統一的な扱いを可能にするほか,確率論の基本的な枠組をも与える.高校まで
の確率の議論は,事象の集まりである標本空間を考え,各事象について確率が定まっているという
設定に基づいていた.現代数学としての確率論は,標本空間というべき(抽象的な)集合の,事象
の集まりに相当する適切な部分集合族を考え,事象の確率に相当する測度(確率測度)が与えられ
ているという定式化の下で議論される.確率変数とは標本空間上の“よい”(可測な)関数のこと
であり,期待値とはその関数の確率測度に関する Lebesgue 積分にほかならない.このような枠組
で論じることにより,無限個の事象を適切に扱うことができるのである†14 .確率変数の分布を考
えるというレベルでも Lebesgue 積分論は有用である.初等確率論を勉強した人の中には,実数値
確率変数 Z と実数直線上の(良い)関数 f に対する f (Z) の期待値の表示が,Z が離散確率分布
( a1
a2 a3 ···
p1 p2 p3 ···
)
を持つ場合は
E[f (Z)] =
∑
f (aj )pj ,
j
†12
定義域が部分集合の集合(集合族)
,値域が R や [0, +∞] 等であるような写像をこう呼ぶ
正確には,Lebesgue 測度に関して Lebesgue 積分可能
†14 詳しくは,例えば文献 [2] を参照のこと.
†13
7
序
0
Z が密度関数 p(x) を持つ連続分布の場合は
∫
∞
E[f (Z)] =
f (x)p(x) dx
−∞
であることを見て,この 2 式の類似性と,Z の分布が離散分布でも連続分布でもないときはどうす
ればよいのかという定式化の不完全さに気付いた人も多いのではないかと思う.これらは,Z の分
布が定める R 上の確率測度に関する f の Lebesgue 積分という定式化により,統一的かつ一般的
に扱うことができる.
Euclid 空間でない空間における積分概念の有用性を示す他の例として,偏微分方程式の初期値
問題

 ∂u (t, x) = 1 ∆u(t, x) + V (x)u(t, x), (t, x) ∈ [0, ∞) × Rd ,
∂t
2

u(t, x) = f (x),
x ∈ Rd
を紹介しよう†15 .ここで V , f は与えられた Rd 上の実数値関数で,簡単のため,ともに有界連続
であるとする.このとき,解 u は次のような表示(Feynman–Kac の公式)を持つ.
∫
u(t, x) =
W
( ∫ t
)
f (w(t)) exp −
V (w(s)) ds Px (dw).
0
ただしここで W = C([0, ∞) → Rd ), すなわち W は区間 [0, ∞) 上の Rd -値連続関数全体の集合を
∫
表し, Px は W 上の Wiener 測度で, W · · · Px (dw) は W 上の P に関する Lebesgue 積分を表す.
Wiener 測度を正確に説明するのは準備が必要なため,ここでは次の直感的な説明にとどめる.上
( ∫
t
式の右辺は, W の元 w(Rd 上の経路と言ったりもする)に対して f (w(t)) exp −
0
)
V (w(s)) ds
という値を対応させ,Px で定まる重みを掛けて†16 w について平均をとったものである†17 .
最後に別の種類の有用性を挙げておく.f が区間の直積 [0, 1] × [0, 1] 上の良い関数であるとき,
∫∫
∫
1
(∫
f (x, y) dxdy =
[0,1]×[0,1]
)
1
∫
1
(∫
1
f (x, y) dx dy =
0
0
)
f (x, y) dy dx
0
0
となること,すなわち重積分と逐次積分がともに考えられて値が一致することが期待される.f が
連続関数ならば問題ないが,単に [0, 1] × [0, 1] で Riemann 可積分であるというだけでは,x ∈ [0, 1]
を固定して y についての関数と見た y 7→ f (x, y) は一般に [0, 1] 上で Riemann 可積分になるとは
限らない.しかし Lebesgue 積分の枠組で考えれば,このことについても満足のいく結論を得るこ
とができる.
以上のように,積分概念を極めて一般的に論じる Lebesgue 積分の理論は多様な応用を持つので
ある.
†15
∆ の前の係数 1/2 は,ここでは本質的なことではないので気にしないでほしい.
どんな重みか,ということを正確に表したものが Wiener 測度である.
√
†17 経路積分とも言う.もともとは Schrödinger 方程式(∆ の代わりに
−1∆ とした方程式)の場合に Feynman が
同様な解の表示を提唱した.しかしこの場合一般には Px をうまく定めることができず,数学的正当化は現在でも研
究途上の課題である.
(しかしながら極めて有用な表示式である.
)上に挙げた方程式の場合には数学的に厳密な意味
を持つことを Kac が示した.
†16
8
序
0
次節以降の話の流れ
0.3
第 1 節では測度空間の概念を導入し,測度の基本的性質を論じる.第 2 節で可測関数の概念を導
入し,第 3 節で可測関数の Lebesgue 積分を定義する.第 4 節で Lebesgue 積分論の売りの 1 つで
ある,様々な収束定理について述べる.ここまでは空間に測度が定まっているという状況から出発
した一般論である.考察対象に応じて測度をどのようにして定めるか,すなわち測度の構成の問題
というのは全く非自明である.これについて第 5 節で論じる.ここでの議論はかなり技術的であ
り,主な結論は「(自然な仮定の下で)測度はうまく構成できる」というものであるから,初学の
うちは議論の流れだけ把握しておくというのでも差し支えないだろう.第 6 節では,最も重要な測
度の1つである Rd 上の Lebesgue 測度について基本的な性質を調べる.第 7 節では,Riemann 積
分でいうところの重積分と逐次積分の関係に相当する Fubini の定理について,新たに必要になる
幾つかの概念を導入しながら論じる.
前節でも説明したが,Lebesgue 積分の意義を簡潔にまとめると次の 2 点となろう.
(i) 測度空間という非常に一般的な枠組において積分という概念を導入し,現代数学における議
論に適した一般理論を提供して,解析学や確率論などの諸理論の礎をなすこと.
(ii) Euclid 空間 Rd における部分集合の「d 次元体積」はどのように定義されるべきかという自
然な問に対して,
(d 次元)Lebesgue 測度という答を与えること.
本ノートでは第 1, 2, 3, 4, 7 節で (i) を,第 5, 6 節で一般論を展開しながら (ii) についても議論し
ている.本ノートの範囲では目に見えて分かりやすい問題が新たに解決するというわけではないの
で,カタルシスを感じることはあまり無いかもしれないが,今後,Fourier 解析・偏微分方程式・
確率論など,より進んだ話題をきちんと理解する上で避けて通れない道である.健闘を祈る.
記号の約束など
0.4
集合 R ∪ {±∞} を R で表す†18 .+∞ をしばしば単に ∞ とかく.R での演算等を以下のように
定める.
(以下,複号同順)
• 実数に関する演算は通常通り.
• a ∈ R に対して,−∞ < a < +∞
• a ∈ R に対して,
▶ a + (±∞) = ±∞, ±∞ + a = ±∞
▶ a > 0 のとき,a × (±∞) = ±∞, ±∞ × a = ±∞
▶ a < 0 のとき,a × (±∞) = ∓∞, ±∞ × a = ∓∞
▶ 0 × (±∞) = 0, ±∞ × 0 = 0
†18
R の位相については,x ∈ R の基本近傍系は R でのそれと同じで,+∞ の基本近傍系を {(a, +∞] | a ∈ R}, −∞
の基本近傍系を {[−∞, a) | a ∈ R} と定める.一般位相について不得意な人は「実数列が正(負)の無限大に発散
するとき R においては +∞ (−∞) に収束すると解釈する」と理解しておけば間違いはない.
9
序
0
▶ a/(±∞) = 0†19
• (±∞) + (±∞) = ±∞
• (±∞) × (±∞) = +∞†20
• ∞ − ∞, −∞ + ∞ は定義されないものとする(このような項が出現することを禁止する).
特に,a + ∞ = ∞ を移項して a = ∞ − ∞ とするのは禁止.この形ならば間違えにくいが,
a, b, c ∈ R について,等式 a + b = a + c から b = c を導くには a ̸= ±∞ でなければならな
いことをうっかりしやすいので要注意.
• (±∞)/(±∞), (±∞)/(∓∞) も定義されないものとする.
• |±∞| = +∞
▷ 問. x, y, z ∈ R について次の結合法則および分配法則が成り立つことを確認せよ.
(i) (x + y) + z = x + (y + z)(ただし x, y, z は +∞ と −∞ を同時に含まないとする).
(ii) (xy)z = x(yz).
(iii) (x + y)z = xz + yz (ただし x + y が定義され†21 ,さらに z ∈ R または xy ≥ 0 とする).
一般に,集合 X の部分集合 A, B に対して,A の補集合 {x ∈ X | x ∈
/ A} を Ac で,B から A を
引いた差集合 {x ∈ B | x ∈
/ A} (= B ∩ Ac ) を B \ A で表す.X の部分集合の族 {Aλ }λ∈Λ に対し
て,その和集合 (union) を
∪
λ∈Λ
∪
Aλ で表す.すなわち
Aλ = {x ∈ X | ∃ λ ∈ Λ s.t. x ∈ Aλ }.
λ∈Λ
また共通集合(intersection,共通部分,積集合ともいう†22 )を
∩
Aλ = {x ∈ X | ∀ λ ∈ Λ, x ∈ Aλ }
λ∈Λ
で定める.特に Λ = N のとき,
∪
λ∈N
Aλ ,
∩
λ∈N Aλ
†23
(A∞ という集合があるわけではないことに注意
をそれぞれ
∪∞
n=1
An ,
.)空集合は ∅ で表す
†24
∩∞
n=1
An とも表す.
.集合族 {Aλ }λ∈Λ が
互いに素 (mutually disjoint) とは,κ, λ ∈ Λ, κ ̸= λ なら Aκ ∩ Aλ = ∅ であることをいう.この
∪
Aλ は(集合の)直和 (disjoint union) ともいい†25 ,{Aλ }λ∈Λ が互いに素である
⊔
ことを明示したいときは λ∈Λ Aλ とも表す†26 .
とき和集合
λ∈Λ
▷ 問. 次の集合演算に関する法則を証明せよ.
†19
†20
†21
†22
†23
†24
†25
†26
本ノートでは ±∞ で割り算をする状況は生じないので気にしなくてもよい.
実際に後で現れるのは (+∞) × (+∞) = +∞ のみである.
すなわち,(x, y) は (+∞, −∞) でも (−∞, +∞) でもない
直積集合のことも積集合ということがあり紛らわしいので注意すること
∪
∪
すなわち, 3n=1 An = A1 ∪ A2 ∪ A3 だが, ∞
n=1 An = A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ A∞ ではない.無限和を A1 ∪ A2 ∪ · · ·
のように表記するのも避けた方がよい.
∅ という記号もよく使われる.
ベクトル空間の直和とは異なる概念であることに注意.
∑
⨿
2 つの互いに素な集合の和は A ⊔ B と表す. λ∈Λ Aλ や λ∈Λ Aλ という表記をする文献もある.
10
序
0
•(De Morgan の法則)
(
∪
)c
Ek
=
k∈Λ
•(分配法則)
∩ ∪
Ej,k =
j∈Λ k∈Γ
∪
(
∩
Ekc ,
k∈Λ
∩
∩
)c
Ek
k∈Λ
∪ ∩
Ej,Φ(j) ,
Φ∈Map(Λ→Γ) j∈Λ
∪
=
Ekc
(0.1)
k∈Λ
∩
Ej,k =
j∈Λ k∈Γ
∪
Ej,Φ(j)
Φ∈Map(Λ→Γ) j∈Λ
(0.2)
(ここで Map(Λ → Γ) は Λ から Γ への写像の全体を表す.特に,Φ ∈ Map(Λ → Γ) と
j ∈ Λ に対して Φ(j) ∈ Γ.)
集合 A と B の直積を A × B で表す.すなわち
A × B = {(a, b) | a ∈ A, b ∈ B}.†27
有限個の集合 A1 , . . . , An の直積 A1 × · · · × An も同様に定義する.すなわち
A1 × · · · × An = {(a1 , a2 , . . . , an ) | a1 ∈ A1 , a2 ∈ A2 , . . . , an ∈ An }.
基礎事項の確認
0.5
次節からの本題に入る前に,「無限」に関わる幾つかの事項について問題の形で確認しておこう.
問題 0.2. (1) 整数全体の集合 Z および有理数全体の集合 Q の元を一列に並べよ.
∞
(2) 実数列 {an }∞
n=1 を適当に並べ替えたものを {bn }n=1 とする.無限和
∑∞
∞
∞
n=1 bn は発散するような {an }n=1 , {bn }n=1 の例を与えよ.
∑∞
n=1
an は収束するが
(3) f を閉区間 I 上の実数値関数とする.f が I 上で連続であるための必要十分条件は,I の任意
(
)
の収束点列 {xn }∞
n=1 に対して lim f (xn ) = f lim xn であることを示せ.
n→∞
n→∞
(4) a, b を実数とし,{bn }∞
n=1 を b に収束する実数列とする.以下の主張のうちで正しくないもの
をすべて選び,それぞれについて反例を与えよ.
(a) 任意の自然数 n に対して a ≤ bn が成り立つならば,a ≤ b である.
(b) 任意の自然数 n に対して a < bn が成り立つならば,a < b である.
(c) a ≤ b ならば,十分大きな自然数 n に対して a ≤ bn が成り立つ.
(d) a < b ならば,十分大きな自然数 n に対して a < bn が成り立つ.
(5) 次の集合を簡単な形で表せ.更にそうなることを証明してみよ.
∞
∪
n=1
†27
[0, 2 − 1/n),
∞
∪
n=1
[0, 2 − 1/n],
∞
∩
[0, 1 + 1/n),
n=1
∞
∩
[0, 1 + 1/n],
n=1
∞
∩
(0, 1/n]
n=1
ここでの (a, b) は単なる a と b の組を表している.開区間を表わす記号と同じなので紛らわしいが,文脈で判断し
てほしい.
11
0
序
∞
∞
(6) {An }∞
n=1 は R の部分集合からなる列で,{An }n=1 ,{∂An }n=1 がともに単調非減少であると
∪∞
∪∞
する†28 .このとき,等式 ∂ ( n=1 An ) = n=1 ∂An は成り立つか.証明または反例を与えよ.
1
′
(7) 閉区間 I 上の C 1 級の関数列 {fn }∞
n=1 が,ある C 級の関数 f に一様収束しても,fn (x) は
n → ∞ のとき f ′ (x) に収束するとは限らない†29 .そのような例を挙げよ.
0.6
文字一覧
A B C DE F G H I J K L M N O P Q R S T U VW X Y Z
A B C D E F G H IJ K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
花文字
†30
ドイツ文字
AB C DE F G H I J K L M N OP QRST U VW X Y Z
†28
ここで一般に,∂A は集合 A の境界を表す.
′
′ = (lim
すなわち,limn→∞ fn
n→∞ fn ) とは限らない.
†30 このノートでは使わないが,他のテキストでしばしば用いられるので(例えば文献 [3])
,参考までに挙げておく.
†29
12
1
1
測度空間
測度空間
本節では,Lebesgue 積分論の枠組をなす測度空間について解説する.
可測空間と測度
1.1
X を空でない集合とする.X の冪集合(X の部分集合の全体からなる集合)を 2X で表す.2X
の部分集合をしばしば X の部分集合族という.
定義 1.1. F ⊂ 2X が(X 上の)σ 加法族(σ 集合体,σ-field ともいう)とは,以下の 3 条件が成
り立つことをいう.
(i) ∅ ∈ F,
(ii) E ∈ F ならば E c ∈ F,†1
(iii) Ej ∈ F (j ∈ N) に対して
∪∞
j=1
Ej ∈ F.
また,F が X 上の有限加法族であるとは,上の (i)(ii) および
(iii)’ E1 , E2 ∈ F に対して E1 ∪ E2 ∈ F
が成り立つことをいう.
問題 1.2. F が X 上の σ 加法族ならば,次が成り立つことを示せ.
(i) X ∈ F,
(ii) F は有限加法族,
(iii) Ej ∈ F (j ∈ N) に対して
∩∞
j=1
Ej ∈ F,
(iv) E1 , E2 ∈ F に対して E1 \ E2 ∈ F.
問題 1.3. F が X 上の σ 加法族であることと,次の 4 条件が成り立つことは同値であることを
示せ.
(i) ∅ ∈ F,
(ii) E ∈ F ならば E c ∈ F,
(iii) E1 , E2 ∈ F ならば E1 ∩ E2 ∈ F,
(iv) {Ej }∞
j=1 ⊂ F が互いに素ならば,
⊔∞
j=1
Ej ∈ F.
F が X 上の σ 加法族のとき,(X, F) を可測空間 (measurable space),F の元を (F-) 可測集
合という.
†1
念のため,ここでの E c は E の X における補集合,すなわち X \ E を表す.
13
1
例 1.4.
測度空間
(i) F = {∅, X}
(ii) F = 2X
(iii) F = {E ⊂ X | E または E c は高々可算濃度}
問題 1.5. Λ を空でない添字集合とし,各 Fλ (λ ∈ Λ) が X 上の σ 加法族であるとき,
∩
λ∈Λ
Fλ
†2
も X 上の σ 加法族である .
∩
G ⊂ 2X に対し, G を含む最小の σ 加法族が存在する.実際,
る.これを σ( G) で表し, G から生成される σ 加法族という.
F がそうであ
F: G を含む σ 加法族
例 1.6. X = {a, b, c, d, e}, G = {{a}, {b, c}} のとき, G を含む σ 加法族をすべて列挙すると,
F1 = {∅, {a}, {b, c}, {a, b, c}, {d, e}, {a, d, e}, {b, c, d, e}, X}
F2 = F1 ∪ {{b}, {c}, {a, b}, {a, c}, {b, d, e}, {c, d, e}, {a, b, d, e}, {a, c, d, e}}
F3 = F1 ∪ {{d}, {e}, {a, d}, {a, e}, {b, c, d}, {b, c, e}, {a, b, c, d}, {a, b, c, e}}
F4 = 2X
の 4 つである.特に,σ( G) =
∩4
n=1
Fn = F1 . 一般に G が無限個の元からなるような場合は,こ
のように具体的に書き下すことは望めない.
▷ 問. 以下の図式の意味を解読せよ.
F1 ←→
a
b
c
d
e
F2 ←→
a
b
c
d
e
F3 ←→
a
b
c
d
e
F4 ←→
a
b
c
d
e
問題 1.7. A, B を X の部分集合とし, G = {A, B} とするとき,σ( G) の元を A, B を用いてすべ
て書き下せ†3 .
(ベン図(図 4)を見ながら考えると分かりやすい.)
特に,X が位相空間,O = {X の開集合全体} のとき,σ(O) を X の Borel σ 加法族といい,
B(X) で表す.B(X) の元を Borel 集合という.
†2
†3
∩
X = {a, b, c}, Λ = {1, 2}, F1 =
λ∈Λ Fλ の意味が分かりにくいかもしれないので 1 つ例を挙げておく.
∩
{∅, {a}, {a, b}, {b, c}}, F2 = {∅, {b}, {b, c}, {a, b, c}} のとき, λ∈Λ Fλ = {∅, {b, c}} である.この例では F1
も F2 も σ 加法族ではない.
くどい注意だが,σ( G) の元が具体的に書き表せるのは非常に単純な状況であるため.
14
測度空間
1
X
A
B
図4
ベン図
命題 1.8. Rd の部分集合族
O = {Rd の開集合全体}
F = {Rd の閉集合全体}
K = {Rd のコンパクト集合全体}
I = {(a1 , b1 ) × · · · × (ad , bd ) ⊂ Rd | −∞ ≤ ai ≤ bi ≤ ∞ (i = 1, . . . , d)}
J = {(a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] ⊂ Rd | −∞ ≤ ai ≤ bi ≤ ∞ (i = 1, . . . , d)}
に対し,σ(O) = σ(F) = σ(K ) = σ(I) = σ(J).ただし J の定義において,
{
(a, b]] := (a, b] ∩ R =
(a, b] (b < ∞ のとき)
(a, ∞) (b = ∞ のとき)
(1.1)
と約束する†4 .
証明. 包含関係 σ(I) ⊂ σ(J) ⊂ σ(K ) ⊂ σ(F) ⊂ σ(O) ⊂ σ(I) を示せばよい.
▶ σ(I) ⊂ σ(J) の証明: I = (a1 , b1 ) × · · · × (ad , bd ) (−∞ ≤ ai ≤ bi ≤ ∞, i = 1, . . . , d) に対
して
(
Jn =
1
a 1 , b1 −
n
と定めると Jn ∈ J であり,I =
]]
∪
n∈N
(
× ··· ×
1
a d , bd −
n
]]
(n ∈ N)
Jn ∈ σ(J). 従って I ⊂ σ(J). σ(I) の定義より,
σ(I) ⊂ σ(J) が従う.
▶ σ(J) ⊂ σ(K ) の証明: J = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] (−∞ ≤ ai ≤ bi ≤ ∞, i = 1, . . . , d) に対
して
[
]
[
]
(
1)
1)
Kn = (−n) ∨ a1 +
, b1 ∧ n × · · · × (−n) ∨ ad +
, bd ∧ n
(n ∈ N)†5
n
n
∪
と定めると Kn ∈ K であり,J = n∈N Kn ∈ σ(K ). 従って J ⊂ σ(K ) となるので σ(J) ⊂ σ(K ).
(
†4
このノートでのみ用いる記号であり,一般的なものではない.他の場所で定義せずに使用するのは避けたほうがよ
い.
†5 ここで,x ∨ y := max{x, y}, x ∧ y := min{x, y} である.
15
1
測度空間
▶ σ(K ) ⊂ σ(F) の証明: これは K ⊂ F であるから明らか.
▶ σ(F) ⊂ σ(O) の証明: F ∈ F に対して,F = (F c )c ∈ σ(O). よって F ⊂ σ(O) となり,
σ(F) ⊂ σ(O) が従う.
▶ σ(O) ⊂ σ(I) の証明: I の元である d 次元開直方体で,頂点の座標成分がすべて有理数であるも
のの全体を Î とすると,Î は可算無限集合である.O ∈ O を任意にとり ÎO = {I ∈ Î | I ⊂ O}
とおくと,O =
∪
I∈ÎO
I である†6 .これより O ∈ σ(I). 従って O ⊂ σ(I) となり,σ(O) ⊂ σ(I)
が示された.
問題 1.9. 上の命題において,直接 σ(K ) ⊂ σ(I) を示してみよ.
問題 1.10. R 上の集合族 I0 := {(−∞, b) | b ∈ R} と J0 := {(−∞, b] | b ∈ R} に対して,
σ(I0 ) = σ(J0 ) = B(R) であることを示せ.
注意 1.11. G ⊂ 2X に対して, G から生成される σ 加法族 σ( G) という概念は初学のうちは分か
りにくいかもしれない.いくつか補足説明をしておこう.
(i) 似たような概念は数学のいろいろなところで見ることができる.例えば:
(a) S を位相空間とするとき,A ⊂ S に対して A の閉包 A は「A を含む最小の閉集合」と
しても定義され,
∩
A=
B.
(1.2)
B: A ⊂ B で B は閉集合
(b) V を実線形空間とするとき,A ⊂ V に対して A で生成される†7 線形部分空間 span A
は「A を含む最小の線形部分空間」としても定義され,
∩
span A =
B.
(1.3)
B: A ⊂ B で B は V の線形部分空間
(c) V を実線形空間とするとき,A ⊂ V に対して A の凸包 Conv(A) は「A を含む最小の
凸集合†8 」としても定義され,
∩
Conv(A) =
B.
(1.4)
B: A ⊂ B で B は凸集合
いずれも「閉集合であること」,
「線形部分空間であること」,「凸であること」という性質
が,(任意濃度の族の)共通部分をとるという操作で保たれることが効いている.(従って,
例えば (a) において「A を含む最小の開集合」というのは一般に存在するとは限らない.)
†6「Î は位相空間 Rd
†7
の開基をなすから」の一言で済むが,念のため以下で証明を与える.ÎO の定義より O ⊃
∪
I∈ÎO
I
は明らか.逆向きの包含関係を示そう.x ∈ O を任意にとったとき,有理数 δ > 0 を十分小さくとると,x を中心と
する一辺が δ の開立方体 C は O に含まれる.x の δ/4-近傍から有理点 y をとると,y を中心とする一辺が δ/2 の
∪
∪
開立方体 D は x ∈ D ⊂ C をみたす.特に D ∈ ÎO となり,x ∈ I∈Î I が成立する.従って O ⊂ I∈Î I.
O
O
「A で張られる」という言い方もよくされる.
†8 V の部分集合 B が凸であるとは,任意の t ∈ [0, 1], x, y ∈ B に対して tx + (1 − t)y ∈ B であることをいう.
16
1
測度空間
G ⊂ 2X から生成される σ 加法族というのも同じ精神である†9 が,もとの集合 2X が「集合
の集合」(2X の各要素は X の部分集合)であることが分かりにくいところかもしれない.
(ii)(少し高度な注意)(1.2), (1.3), (1.4) は統一的に表され,概念の類似性をよく示しているが,
反面“上から目線”の表示式で,集合がどのような元から成り立っているかが分かりにくい.
これらについては以下のように,ある程度具体的に表示することもできる.
A = {x ∈ S | x は A の内点または境界点},
(a) で
span A = {αx + βy | α, β ∈ R, x, y ∈ A},
(b) で
Conv(A) = {tx + (1 − t)y | t ∈ [0, 1], x, y ∈ A}.
(c) で
それでは G ⊂ 2X に対する σ( G) の各元を, G の元を用いて具体的に記述することはできる
だろうか? まずはより単純な「 G を含む最小の有限加法族 σ0 ( G)」について考えてみよう.
これも
∩
σ0 ( G ) =
F
F: G を含む有限加法族
と表示できるが,より具体的に
G1 = G ∪ {Ac | A ∈ G} ∪ {∅, X},
G2 =

N
∩


Aj N ∈ N, Aj ∈ G1 (j = 1, . . . , N ) ,


j=1
{M
}
∪
G3 =
Bj M ∈ N, Bi ∈ G2 (i = 1, . . . , M )
i=1
とすると G3 = σ0 ( G) であることを示そう†10 .σ0 ( G) は G を含む有限加法族であるから,
G1 ⊂ σ0 ( G), G2 ⊂ σ0 ( G), G3 ⊂ σ0 ( G) が順に分かる.従って G3 が有限加法族であるこ
とを示せば G3 = σ0 ( G) が成り立つことになる. G3 が空集合を含むことと有限和で閉じて
いることは定義から直ちに分かる.補集合を取る操作で閉じていることを示そう.一般に,
G3 の元 A は
A=
Ni
M ∩
∪
Ai,j
(M ∈ N, Ni ∈ N, Ai,j ∈ G1 (i = 1, . . . , M, j = 1, . . . , Ni ))
i=1 j=1
と表せる.N = maxi=1,...,M Ni とし,Ai,j = Ai,1 (j = Ni + 1, Ni + 2, . . . , N ) と定める
ことで,上式中の Ni は i に無関係な自然数 N であるとして一般性を失わない.すると de
†9
†10
2 行上に書いた「共通部分をとるという操作で保たれる」という性質は,σ 加法族が持つ「可算無限個の可測集合の
共通部分も可測集合」という性質と直接は無関係である.
(前者は 2X の部分集合の族に関する性質で,後者は X の
部分集合の族に関する性質.)意外に混乱しがちなので念のため注意しておく.
第 5 節の命題 5.3 を利用すれば, G2 が半加法族(定義 5.2)であることさえ示せばよいが,ここでは直接主張を示
す.
17
測度空間
1
Morgan の法則 (0.1) と分配法則 (0.2) より
Ac =
N
M ∪
∩
M
∩
∪
Aci,j =
Aci,Φ(i) .
(1.5)
Φ∈Map({1,...,M }→{1,...,N }) i=1
i=1 j=1
ここで Map({1, . . . , M } → {1, . . . , N }) は集合 {1, . . . , M } から集合 {1, . . . , N } への写像
の全体を表す†11 .この要素は N M 個,特に有限個であるから,Ac ∈ G3 であることが分か
り,主張が示された.
以上をふまえると,σ( G) の元 A については,一般に
A=
∪ ∩
Ai,j
(Ai,j ∈ G1 )
i∈N j∈N
と表されるのではないかと期待したくなるが,残念ながらそうではない.このように表され
る元の全体 Ĝ3 はもちろん σ( G) に含まれるが,逆の包含関係は成り立つとは限らないので
ある.実際,上で表される A に対して,(0.1), (0.2) より
Ac =
∩ ∪
Aci,j =
i∈N j∈N
∪
∩
Aci,Φ(i)
Φ∈Map(N→N) i∈N
となるが,N から N への写像の全体は連続濃度であり,上式の Φ に関する和は可算無限和
ではない†12 .有限と無限の大きな差異がここに現れている.σ( G) の元を G の元で記述す
るためには,順序数の概念を用いたもっと大掛かりな準備が必要である.ここではその詳細
を記すのは省略し,「可能ではあるが,以後そのような複雑な表示を用いて理論を展開する
ことはない」ということだけふまえてもらえばよい.具体的な表示を使わずに議論するため
の,測度論特有の論法を今後(特に 5 節以降で)見ていくことになるだろう.
定義 1.12. (X, M) を可測空間とする.µ : M → [0, +∞] が (X, M) 上の測度 (measure) である
とは,次の 2 条件が成り立つことをいう.
(i) µ(∅) = 0
(ii) (σ 加法性,または可算加法性,完全加法性)E1 , E2 , · · · ∈ M が互いに素であるとき,


∞
∞
⊔
∑
µ
Ej  =
µ(Ej ).
j=1
†11
j=1
式 (1.5) が分かりにくければ以下の表示式をもとに考えてもよい:
Ac =
N
∪
N
∪
···
j1 =1 j2 =1
†12
N
M
∪
∩
Aci,ji .
jM =1 i=1
だから Ac ̸∈ Ĝ3 である,と直ちには言えないが(もしかしたら Ac が別の形でうまく表現されているかもしれない
から),そうなることもあるだろうということに同意してもらえるかと思う.実際,一般には Ĝ3 は補集合を取る操
作で閉じていないことが知られている.
18
1
測度空間
3 つ組 (X, M, µ) を測度空間 (measure space) という.
また,F が X 上の有限加法族のとき,µ : F → [0, +∞] が有限加法的測度(または有限加法的
集合関数)†13 であるとは,次の 2 条件が成り立つことをいう.
(i) µ(∅) = 0
(ii) (有限加法性)E1 , E2 ∈ F が互いに素であるとき,
µ(E1 ∪ E2 ) = µ(E1 ) + µ(E2 ).
このとき,(X, F, µ) を有限加法的測度空間という.
▷ 問. 測度は有限加法性を持つことを示せ.
1.2
幾つかの例
測度の例を幾つか挙げる.大抵の非自明な測度は,情報のすべてを明示的に書き下すことは期待
できず,普通は 5 節で論じる構成定理を通じて,存在を保証したり間接的に情報を得るのみである
ことに注意する.以下の例のうち最初の 3 つは,すべての可測集合の測度を具体的に与えていると
いう意味で大変単純なものである.
1.2.1
数え上げ測度
(X, M) を任意の可測空間とする.A ∈ M に対して,µ(A) を集合 A の元の個数 (∈ N∪{0, +∞})
と定めると,µ は (X, M) 上の測度となる.µ を数え上げ測度 (counting measure) という.
1.2.2
可算集合上の測度
X を高々可算集合,M = 2X とし,φ を X 上の [0, +∞]-値関数とする.A ∈ M に対し,
∑
µ(A) = x∈A φ(x) と定めると,µ は (X, M) 上の測度である.
▷ 問. 高々可算集合 X と M = 2X に対して,(X, M) 上の測度はこのようなものに限られること
を示せ.
1.2.3
Dirac 測度
(X, M) を任意の可測空間,x ∈ X とする.A ∈ M に対して
{
1 (x ∈ A のとき)
δx (A) =
0 (x ∈
/ A のとき)
と定めると δx は測度となる.δx を x における Dirac 測度という†14 .
†13
定義を見ればわかるように,有限加法的測度は測度ではない.「有限加法的集合関数」という用語の方が誤解の余地
がないのだが長すぎるので,このノートでは「有限加法的測度」の方を用いることにする.
†14 (Dirac の)デルタ測度と言ったりもする.
19
1
測度空間
もう少し一般化して,{xk }k∈Λ を X の相異なる高々可算個の元,ak (k ∈ Λ) を非負実数とする
とき,A ∈ M に対して
µ(A) =
∑
(
ak
=
k∈Λ : xk ∈A
で,
1.2.4
k∈Λ
ak = 1 のとき
†15
)
ak δxk (A)
k∈Λ
と定めると,µ は (X, M) 上の測度になる.µ =
∑
∑
∑
k∈Λ
ak δxk と表すこともできる.特に X = R
,確率論の文脈では µ を R 上の離散確率分布ともいう.
1 次元 Lebesgue 測度
X = R とし,F = {(a, b]], −∞ ≤ a ≤ b ≤ +∞ の形の集合の有限和の全体 } とおく†16 .
▷ 問. F は有限加法族であることを示せ.
⊔n
µ : F → [0, +∞] を,µ(∅) = 0, また A = k=1 (a(k) , b(k) ]] と表される集合 A ∈ F に対し
∑n
(k)
ては µ(A) =
− a(k) ) と定めると,µ は (R, F) 上の有限加法的測度となる.µ は
k=1 (b
(R, σ(F))(= (R, B(R))) 上の測度に一意的に拡張できる(Hopf の拡張定理,定理 5.11).µ を(1
次元)Lebesgue 測度†17 ,(R, B(R), µ) を(完備化前)1 次元 Lebesgue 測度空間という.
一般に A, B ∈ B(R), A ⊂ B なら µ(A) ≤ µ(B) である(後述)ことに注意すると,x ∈ R,
n ∈ N に対して µ({x}) ≤ µ((x − 1/n, x]) = 1/n. n は任意だから µ({x}) = 0. すると,高々可算
∑
無限の集合 A ⊂ R に対して µ(A) = x∈A µ({x}) = 0.
▷ 問. 次の議論はどこが間違っているか指摘せよ.


⊔
∑
∑
1 = µ((0, 1]) = µ 
{x} =
µ({x}) =
0 = 0.
x∈(0,1]
x∈(0,1]
x∈(0,1]
注意. 上記で,半開区間 (a, b] を基準に測度を構成するのは一見不自然に見えるかもしれない.閉
区間 [a, b] の測度を b − a と定めるというところから出発しても結果的には同じ測度を得ることが
できる.しかし閉区間の有限和全体は有限加法族にならず,閉区間をすべて含むような有限加法族
は F を含むので(確認せよ)
,結局最初から F を考えた方が話が早い.「空間 R を分割する」とい
う見地に立てば,区間の端点の片方のみ含む集合(半開区間)を基礎とすることは自然であると考
えることもできる.右端点を含んでいるというのは全く便宜上のことであり,代わりに [a, b) の形
の半開区間を用いても構わない.ただし,1.2.5 節のように一般化する際には,そこでの F は右連
続ではなく左連続な関数をとる必要がある.数学的には対等なのでどちらを選択しても本質的な違
いはないが,(a, b] の方を用いるのが多数派のようである.
†15
すなわち µ(X) = 1
記号 ]] については (1.1) を参照のこと.
†17 完備化という操作により σ 加法族を Lebesgue 可測集合の全体 L(R) に拡大して (R, L(R)) 上の測度に拡張した測
度を指すことが普通だが,完備化の議論は 5 節で行うのでここでは詳細は述べない
†16
20
1
1.2.5
測度空間
一般の (R, B(R)) 上の測度
上と同じく,X = R,F = {(a, b]], −∞ ≤ a ≤ b ≤ +∞ の形の集合の有限和の全体} とする.F
を R 上の実数値関数で,非減少かつ右連続なものとする.F (+∞) := limx→+∞ F (x), F (−∞) :=
limx→−∞ F (x) と定め,F を R 上の R-値関数に拡張する.µ : F → [0, +∞] を,µ(∅) = 0, また
⊔n
∑n
A = k=1 (a(k) , b(k) ]] と表される集合 A ∈ F に対しては µ(A) = k=1 (F (b(k) ) − F (a(k) )) と定
めると,µ は (R, F) 上の有限加法的測度となる.µ は (R, B(R)) 上の測度に一意的に拡張でき
る†18 .µ を,F から定まる Lebesgue–Stieltjes 測度という.F (x) = x のときは 1 次元 Lebesgue
測度に一致する.もし,F が更に条件
lim F (x) = 0,
lim F (x) = 1
x→−∞
(1.6)
x→+∞
をみたすならば,後述する命題 1.13(3) を用いて,
µ(R) = lim µ((−n, n]) = lim (F (n) − F (−n)) = 1
n→∞
n→∞
となる.一般に,全測度が 1 である測度のことを確率測度という.また,逆に (R, B(R)) 上の確率
測度 µ に対して
(
)
F (x) = µ (−∞, x] ,
x∈R
として R 上の関数 F を定めると,F は非減少かつ右連続で,さらに (1.6) をみたす.
▷ 問. 命題 1.13 を学んだ後でこのことを示せ.
確率論の用語では,F を µ の分布関数という.F から出発して始めに述べた手続きで改めて構
成した (R, B(R)) 上の測度は µ に一致する(確認せよ).従って,(R, B(R)) 上の確率測度全体と
分布関数の全体は 1 対 1 に対応する.
▷ 問. 上記の µ と F に対して,次の主張を示せ.a ∈ R に対し,
µ({a}) = 0 ⇐⇒ F は a で連続.
1.2.6
d 次元 Lebesgue 測度
詳しくは 5 節で論じるが,事実だけ先に記しておこう.X = Rd とし,
{
F=
(a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]], −∞ ≤ ai ≤ bi ≤ +∞ (i = 1, . . . , d)
と表される集合の有限和の全体
とおく.F は Rd 上の有限加法族である.µ : F → [0, +∞] を,µ(∅) = 0, また
A=
n (
⊔
)
(k) (k)
(k) (k)
(a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]]
k=1
†18
定理 5.11 より.詳しくは 6.4 節で議論する.
21
}
1
測度空間
と表される集合 A ∈ F に対しては
µ(A) =
n
∑
(k)
(k)
(k)
(k)
(b1 − a1 ) · · · (bd − ad )
k=1
と定めると,µ は (Rd , F) 上の有限加法的測度となる.µ は (Rd , σ(F))(= (Rd , B(Rd ))) 上の測度
に一意的に拡張できる†19 .µ を(d 次元)Lebesgue 測度†20 ,(Rd , B(Rd ), µ) を(完備化前)d 次
元 Lebesgue 測度空間という.Lebesgue 測度は,d = 2 のときは「面積」
,d = 3 のときは「体積」
の(素朴な)概念をより一般の集合†21 に対して与えるものと解釈される.
もっと一般化して,直前の例のように関数 F を導入することもできる.ここで詳細は述べない
が,興味のある人は確率分布と多次元分布関数について書かれた本(例えば文献 [2])を参照して
ほしい.
測度の性質
1.3
以下では測度空間についての一般的な性質を調べる.抽象的過ぎると感じる人は,測度空間
(X, M, µ) の典型例として 2 次元 Lebesgue 測度空間を念頭に置いてもらえばよい.
命題 1.13. 測度空間 (X, M, µ) に対して,以下が成立する.
(1)(単調性)A, B ∈ M, A ⊂ B ならば µ(A) ≤ µ(B).
∪∞
∑∞
(2)(可算劣加法性)An ∈ M (n = 1, 2, . . . ) に対して,µ ( n=1 An ) ≤ n=1 µ(An ).
∪∞
(3)(増大列に関する連続性)An ∈ M (n = 1, 2, . . . ), A1 ⊂ A2 ⊂ · · · ならば µ ( n=1 An ) =
limn→∞ µ(An ).
(4) An ∈ M (n = 1, 2, . . . ), A1 ⊃ A2 ⊃ · · · , 更 に µ(A1 ) < ∞ な ら ば µ (
∩∞
n=1
An ) =
limn→∞ µ(An ).
µ が有限測度(すなわち µ(X) < ∞)のとき,性質 (3)(4) を合わせて測度の連続性(または測
度の単調連続性)ということもある.
証明. (1): B = A ⊔ (B \ A) より µ(B) = µ(A) + µ(B \ A) ≥ µ(A).
(3): B1 = A1 , Bn = An \ An−1 (n = 2, 3, . . . ) とおくと,任意の N ∈ N に対して
∪∞
⊔∞
⊔N
n=1 Bn . すると,
n=1 Bn であり,さらに
n=1 An =
(∞
)
(∞
)
∪
⊔
µ
An = µ
Bn
n=1
∪N
n=1
An =
n=1
=
∞
∑
µ(Bn ) = lim
N →∞
n=1
†19
N
∑
µ(Bn )
n=1
再び Hopf の拡張定理より.
ここでも普通は σ 加法族を Lebesgue 可測集合の全体 L(Rd ) に拡大して (R, L(Rd )) 上の測度に拡張した測度を
指すことが通例である.
†21 すなわち,B(Rd )(あるいはより一般にはそれを完備化した σ 加法族)に属する集合
†20
22
測度空間
1
(
= lim µ
N →∞
N
⊔
)
Bn
= lim µ(AN ).
n=1
N →∞
(4): まず,A, B ∈ M, A ⊂ B, µ(B) < ∞ のとき µ(B \ A) = µ(B) − µ(A) であることに注意す
∪∞
る.Cn = A1 \ An (n = 1, 2, . . . ) とおくと,(3) より µ ( n=1 Cn ) = limn→∞ µ(Cn ). ここで,
(∞
)
(
)
(∞
)
∞
∪
∩
∩
µ
Cn = µ A1 \
An = µ(A1 ) − µ
An ,
n=1
n=1
n=1
lim µ(Cn ) = lim (µ(A1 ) − µ(An )) = µ(A1 ) − lim µ(An )
n→∞
n→∞
n→∞
であるから主張が示せた.
(2): µ(A1 ∪ A2 ) = µ(A1 ) + µ(A2 \ A1 ) ≤ µ(A1 ) + µ(A2 ),
µ(A1 ∪ A2 ∪ A3 ) ≤ µ(A1 ) + µ(A2 ∪ A3 ) ≤ µ(A1 ) + µ(A2 ) + µ(A3 ),
以下帰納的に,任意の自然数 N に対して
(
µ
N
∪
)
≤
An
n=1
N
∑
µ(An ).
n=1
N → ∞ とすると,(3) より結論を得る.
注意 . (4) で µ(A1 ) < ∞ の条件を外すと一般には結論は成り立たない.例として,測度空間
(N, 2N , µ) (µ は数え上げ測度)において An = {n, n + 1, n + 2, . . . } (n = 1, 2, . . . ) とすると,
∩∞
A1 ⊃ A2 ⊃ · · · であるが limn→∞ µ(An ) = ∞, µ ( n=1 An ) = µ(∅) = 0 なので等式は不成立.
注意 1.14. 命題 1.13(2) の証明中の議論より,有限加法的測度空間 (X, F, µ) は次の有限劣加法
性を持つことも分かる.N ∈ N, A1 , . . . , AN ∈ F に対して µ
(∪
N
n=1
) ∑
N
An ≤ n=1 µ(An ).
一般に,集合 X の部分集合の列 A1 , A2 , . . . に対して,その上極限集合と下極限集合を
lim An :=
n→∞
∞ ∪
∞
∩
Ak ,
lim An :=
n→∞
n=1 k=n
∞ ∩
∞
∪
Ak
n=1 k=n
で定める.limn→∞ An = limn→∞ An のとき,この集合を limn→∞ An とも表す.
問題 1.15. 以下を示せ.
(1) lim An = {x ∈ X | 無限個の n に対して x ∈ An },
n→∞
(2) lim An = {x ∈ X | 有限個を除く n に対して x ∈ An },
n→∞
(
)c
(3) lim An = lim Acn .
n→∞
n→∞
(4) limn→∞ 1An (x) = 1A (x). ただしここで A = limn→∞ An で, 集合 B に対して 1B は B の指
示関数†22 (定義関数, indicator function)を表す.
†22
すなわち 1B (x) =
{
1
(x ∈ B)
0
(x ∈
/ B)
.
23
測度空間
1
補題 1.16 (Borel–Cantelli の補題). (X, M, µ) を測度空間,A1 , A2 , . . . を M の元とする.もし
∑∞
n=1
(
)
µ(An ) < ∞ ならば,µ limn→∞ An = 0 である.
証明. 自然数 N に対して limn→∞ An ⊂
(
µ
∪∞
)
k=N
(
∞
∪
lim An ≤ µ
n→∞
Ak であるから,
)
Ak
≤
∞
∑
µ(Ak ).
k=N
k=N
仮定から最右辺は N → ∞ のとき 0 に収束するので結論を得る.
問題 1.17. (X, M, µ) を測度空間,A1 , A2 , . . . を M の元とするとき,
(
µ
)
lim An
n→∞
≤ lim µ(An )
n→∞
であることを示せ.また,µ(X) < ∞ ならば,
(
µ
)
lim An ≥ lim µ(An )
n→∞
n→∞
であることを示せ.
24
2
2
可測関数
可測関数
Lebesgue 積分論では,ある程度性質のよい関数を主に取り扱う.その性質は可測性という概念
で定式化される.本節では可測関数について基本的な事項を学ぶ.
2.1
写像と集合演算に関する復習
この節では写像と集合演算に関する基本性質をよく用いるので,最初に簡単に復習しておく.
X, Y を集合とし,f を X から Y への写像とする.Y の部分集合 A に対して、A の f による
逆像 f −1 (A) を
f −1 (A) = {x ∈ X | f (x) ∈ A}
で定める.{f ∈ A} などと略記することも多い.f が全単射のとき定義される f の逆写像も f −1
で表すことが多いので注意すること.逆像は任意の写像のもとで定義される.
▷ 問. 以下の等式を示せ.
(i) f −1 (Ac ) = f −1 (A)c (すなわち,f −1 (Y \ A) = X \ (f −1 (A)))
(∪
) ∪
−1
(Aλ )
(ii) f −1
λ∈Λ f
λ∈Λ Aλ =
(
)
∩
∩
−1
−1
(Aλ )
(iii) f
λ∈Λ f
λ∈Λ Aλ =
▷ 問 . X の部分集合 A に対して,{f (x) | x ∈ A} を A の f による像(または像集合)といい,
f (A) で表す.以下の等式が成り立つなら証明し,成り立つとは限らない場合は反例を挙げよ†1 .
(i) f (Ac ) = f (A)c (すなわち,f (X \ A) = Y \ (f (A)))?
(∪
) ∪
f (Aλ ) ?
(ii) f
λ∈Λ Aλ =
(∩
) ∩λ∈Λ
(iii) f
λ∈Λ Aλ =
λ∈Λ f (Aλ ) ?
2.2
可測関数
以下,(X, M), (Y, B) を可測空間とする.
定義 2.1. 写像 f : X → Y が M/B-可測†2(または単に M-可測,可測)とは,任意の A ∈ B に
対して f −1 (A) ∈ M であることをいう.
写像 f : X → Y を X 上の(Y -値)関数ということも多い.Y = Rd , R, C のときは普通 B と
して Borel σ 加法族 B(Y ) をとる.
†1
†2
Hint: 不成立の主張は 2 つ.
ここで,記号 / はただの区切りであり,
「割る」という意味合いは全くない.「(M, B)-可測」という表記を用いる文
献もある.
25
2
可測関数
命題 2.2. f を X 上の R-値(または R-値)関数とする.このとき以下の条件は同値.
(1) f は M/B(R)-可測(または M/B(R)-可測).
(
)
(2) 任意の a ∈ R に対して,{f ≤ a} := {x ∈ X | f (x) ≤ a} = f −1 ([−∞, a]) ∈ M.
(3) 任意の a ∈ R に対して,{f < a} ∈ M.
(4) 任意の a ∈ R に対して,{f ≥ a} ∈ M.
(5) 任意の a ∈ R に対して,{f > a} ∈ M.
証明. (1)⇒(2)⇔(5) および (1)⇒(3)⇔(4) は易しい.(4)⇒(5) と (2)⇒(1) を示す.
(4)⇒(5): a ∈ R に対し,{f > a} =
∪∞
n=1 {f
≥ a + 1/n} ∈ M.
(2)⇒(1): f が R-値のとき示す. A = {E ∈ B(R) | f −1 (E) ∈ M} とおいて A ⊃ B(R) を示す.
(2) より,任意の a ∈ R に対して (−∞, a] ∈ A . よって,J0 := {(−∞, a] | a ∈ R} と定めると
J0 ⊂ A.また, A は σ 加法族であることは容易に分かる.従って σ(J0 ) ⊂ A. 問題 1.10 より
σ(J0 ) = B(R) なので B(R) ⊂ A となる.
f が R-値のときも同様である.
注意. 上の命題中の条件 (5) を関数 f が可測であることの定義とする流儀もある(例えば文献 [3])
.
系 2.3. X を位相空間,M = B(X)(Borel σ 加法族)とする.このとき,X 上の,上に(また
は下に)半連続な関数は M-可測である.特に連続関数は M-可測.
系 2.4. f1 , f2 , . . . , fn , . . . を R-値 可 測 関 数 と す る と き ,supn∈N fn , inf n∈N fn , limn→∞ fn ,
limn→∞ fn も可測関数である.
証明. 例えば
{
}
∞
∪
x sup fn (x) > a =
{fn > a},
n∈N
n=1
lim fn (x) = inf sup fk (x)
n→∞
n∈N k≥n
であることなどから分かる.
Rd 上の R-値関数 φ が B(Rd )/B(R)-可測のとき,φ を Borel 関数(または Borel 可測関数,
Baire 関数)という†3 .
命題 2.5. F : X → Rd を M/B(Rd )-可測関数,φ : Rd → R を Borel 関数とするとき,φ◦F : X →
R は M/B(R)-可測関数.
証明. 任意の A ∈ B(R) に対して,(φ ◦ F )−1 (A) = F −1 (φ−1 (A)) であり φ−1 (A) ∈ B(Rd ) だか
ら,(φ ◦ F )−1 (A) ∈ M.
†3
より一般に,位相空間 X と Borel σ 加法族 B(X) について,X 上の C 値(または Rn 値)関数 f が B(X)/B(C)可測(または B(X)/B(Rn )-可測)のとき,f を Borel 可測関数という.
26
2
可測関数
命題 2.6. f1 , . . . , fd を X 上の R-値関数とし,F = (f1 , . . . , fd ) : X → Rd と定める.このとき,
f1 , . . . , fd がすべて M/B(R)-可測である必要十分条件は F が M/B(Rd )-可測であること.
証明.(十分性)j = 1, . . . , d に対して,πj : Rd → R を第 j 成分への射影とすると,πj は連続写像
で fj = πj ◦ F . 命題 2.5 より fj は M/B(R)-可測.
(必要性) A = {A ∈ B(Rd ) | F −1 (A) ∈ M} とおく.
▷ 問. A は σ 加法族であることを示せ.
I = (a1 , b1 ) × · · · × (ad , bd ) と表される I ⊂ Rd の全体を I とする.この I に対して,F −1 (I) =
(
)
∩d
−1
(aj , bj ) ∈ M. 従って,I ⊂ A . A は σ 加法族なので σ(I) ⊂ A . 命題 1.8 より
j=1 fj
σ(I) = B(Rd ) なので B(Rd ) ⊂ A. 逆向きの包含関係は明らかだから、 A = B(Rd ) が示され
た.
系 2.7. f : X → C に対して,f が M/B(C)-可測であるための必要十分条件は,Re f , Im f がと
もに M/B(R)-可測であること.
系 2.8. f1 , . . . , fd を X 上 の R-値 可 測 関 数 ,φ : Rd → R を Borel 可 測 関 数 と す る と き ,
φ(f1 , . . . , fd ) も可測関数.
系 2.9. f, g を X 上の R-値可測関数,a, b を実数とするとき,af + bg, f g, |f |, f ∧ g, f ∨ g,
f+ (:= f ∨ 0), f− (:= (−f ) ∨ 0) はすべて可測.ただしここで (f ∧ g)(x) := min{f (x), g(x)},
(f ∨ g)(x) := max{f (x), g(x)}.
f, g が R-値のときも同様.ただし af + bg については ∞ − ∞ の形が現れないものとする.
証明. 例えば af + bg については,φ(x, y) := ax + by が R2 上の Borel 関数であることとを用い
て af + bg = φ(f, g) に命題 2.5 を適用する.その他も同様.後半は,直接示すか f の代わりに
(−n) ∨ f ∧ n を考えて n → ∞ の極限をとる.
▷ 問. 以下を示せ.
(i) B(R) = {A | A ⊂ R, A ∈ B(R)}.
(ii) B(R) = {A ∪ B | A ∈ B(R), B ⊂ {±∞}}.
(iii) X 上の実数値関数 f が M/B(R)-可測であるための必要十分条件は,f を R-値関数とみな
したとき M/B(R)-可測であること.
従って,実数値可測関数については,B(R) に関する可測性か B(R) に関する可測性かは区別す
る必要がない.
▷ 問 (前問の一般化). (X, M) を可測空間,Y を位相空間,B(Y ) を Y の Borel σ 加法族とする.
また,X̂ ∈ M, Ŷ ∈ B(Y ) で,X̂ ̸= ∅, Ŷ ̸= ∅ とする.
(i) M̂ = {A ⊂ X̂ | A ∈ M} と定めるとき,M は X̂ 上の σ 加法族であることを示せ.
27
2
可測関数
(ii) Y の相対位相に関する Ŷ の Borel σ 加法族を B(Ŷ ) とするとき,B(Ŷ ) = {B ⊂ Ŷ | B ∈
B(Y )} であることを示せ.
(iii) 写像 f : X → Ŷ の値域を Y に広げたものを f˜: X → Y とする.f が M/B(Ŷ )-可測であ
るための必要十分条件は,f˜ が M/B(Y )-可測であることを示せ.
(iv) M/B(Y )-可測写像 g : X → Y の定義域を X̂ に制限した写像 g|X̂ : X̂ → Y は M̂/B(Y )可測であることを示せ.
(v) M̂/B(Y )-可測写像 h : X̂ → Y に対して,Y の点 y を任意にとり,X̂ 上では h̃(x) = h(x),
X \ X̂ 上では h̃(x) = y として h̃ : X → Y を定める.h̃ は M/B(Y )-可測であることを
示せ.
2.3
単関数による近似
定義 2.10. f : X → R(または C)が
f=
k
∑
a j 1 Ej ,
k ∈ N, aj ∈ R(または C), Ej ∈ M (j = 1, . . . , k)
j=1
の形に表されるとき,f を単関数 (simple function) という.
▷ 問. 以下を示せ.
(1) f が単関数であるための必要十分条件は,f が可測かつ f の値域が有限集合であることである.
(2) f が単関数のとき,上記の f の表示で k, aj , Ej をうまく取り直して,{Ej }j は互いに素にな
るようにできる.
(3) 実数値単関数 f が非負値(任意の x に対して f (x) ≥ 0)のとき,上記の f の表示で,任意の
j に対して aj ≥ 0 とできる.
注意. 上記で aj として ±∞ を許す流儀もある.(ここでは許さない.)
命題 2.11. f : X → [0, +∞] に対して,次は同値.
(i) f は M/B(R)-可測.
(ii) 単関数の列 {fn }∞
n=1 が存在して,任意の x ∈ X に対して 0 ≤ f1 (x) ≤ f2 (x) ≤ · · · かつ
limn→∞ fn (x) = f (x) となる.
証明. (ii)⇒(i): 系 2.4 より従う.
(i)⇒(ii): n ∈ N に対して,φn : [0, +∞] → [0, +∞) を
(
)

k−1
k
k − 1
n
≤ t < n , k ∈ {1, 2, 3, . . . , n2 } のとき
2n
2n
2
φn (t) =

n
(t ≥ n のとき)
と 定 め る .φn (t) は n に つ い て も t に つ い て も 単 調 非 減 少 で ,任 意 の t ≥ 0 に 対 し て
28
2
可測関数
f
7/2n
6/2n
fn
5/2n
4/2n
3/2n
2/2n
1/2n
図5
区間上の非負可測関数 f とその標準的な単関数近似 fn のグラフ.ただし,一般に fn は
遥かに複雑な関数であり,区分的に定数であるとは限らない.
limn→∞ φn (t) = t であることに注意する.fn = φn ◦ f とおくと,{fn }∞
n=1 は (ii) の条件をみた
す単関数列である.
▷ 問. このことを確認せよ.
以上で証明された.
,証明中
このノートでは,命題 2.11(ii) の条件をみたす単関数列 {fn }∞
n=1 を「f の単関数近似」
で具体的に構成した特別な {fn }∞
n=1 を「f の標準的な単関数近似」と呼ぶことにする.
▷ 問. 上の証明で,fn は以下のように定まっていることを確認せよ.
(
)

k−1
k
k − 1
n
≤ f (x) < n , k ∈ {1, 2, 3, . . . , n2 } のとき
2n
2n
2
fn (x) =

n
(f (x) ≥ n のとき)
問題 2.12. 一般に単関数近似で現れる関数は,図 5 のような単純なものではない.そのような例
を考察する.以下では X を R の閉区間(R 自身でもよい)とする.
(i) X の閉部分集合 A で,区間の可算無限和で表されないような例を挙げよ.(例えば Cantor
集合 (p. 66) がそうである)
(ii) X の任意の空でない閉部分集合 A に対して φ(x) = inf{|x − y|; y ∈ A} (x ∈ X) とし,
f (x) = max{0, 1 − φ(x)} と定める.f は X 上の連続関数であり,{f = 1} = A であるこ
とを示せ.
(iii) この f の標準的な単関数近似を {fn } とするとき,任意の n に対して {fn = 1} = A である
ことを示せ†4 .
†4
従って,A として (i) で考えたものを取ると,f は連続関数だが fn は区分的定数関数でないような例になっている.
29
2
可測関数
問題 2.13. f を X 上の [0, +∞]-値可測関数とする.このとき,
f=
∞
∑
aj 1Ej ,
aj ∈ [0, ∞), Ej ∈ M (j ∈ N)
j=1
と表されることを示せ.
(もちろん,{Ej }∞
)
j=1 は互いに素とは限らない.
30
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
3
Lebesgue 積分の定義と基本性質
本節では可測関数に関する Lebesgue 積分を定義し,その性質を調べる.
3.1
Lebesgue 積分の定義
この節を通じて,(X, M, µ) は測度空間とする.
f を X 上の R-値(または C-値)可測関数とするとき,f の X 上の積分
∫
X
f (x) µ(dx) を定義
したい.以下の順番で考えていく.
1) f が非負単関数のとき
∑k
f = j=1 aj 1Ej (aj ≥ 0, Ej ∈ M) と表されているとき,
∫
f (x) µ(dx) :=
X
k
∑
aj µ(Ej )
j=1
と定義したい.ここで 0 × ∞ = 0 と約束していたことに注意する.
2) f が [0, +∞]-値可測関数のとき
0 ≤ f1 ≤ f2 ≤ · · · , limn→∞ fn (x) = f (x) となる単関数の列 {fn }∞
n=1 をとって,
∫
∫
f (x) µ(dx) := lim
fn (x) µ(dx) (≤ +∞)
n→∞
X
X
と定義したい.
3) f が R-値可測関数のとき
f = f+ − f− と表されることに注意して,
∫
∫
∫
f (x) µ(dx) :=
f+ (x) µ(dx) −
f− (x) µ(dx)
X
X
X
と定義したい.ただし右辺が ∞ − ∞ となっていないときのみ考える.
4) f が C-値可測関数のとき
√
f = u + −1v として
∫
∫
∫
√
f (x) µ(dx) :=
u(x) µ(dx) + −1
v(x) µ(dx)
X
X
X
と定義する.ただし,右辺の 2 項がともに有限値のときのみ定義されるとする.
∫
∫
∫
f (x) µ(dx) を, X f (x) dµ(x), X f dµ とも表す.また一般に,E ∈ M に対して,f の E 上
∫
∫
の積分 E f (x) µ(dx) を X 1E (x)f (x) µ(dx) で定めることにする(もちろんこの積分が意味を持
X
つときのみ考える).
上述の定義で積分が矛盾なく定まる(well-defined である)ためには,以下の点を確認する必要
がある.
31
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
• 1) において,積分は f の表し方によらずに定まるか?
• 2) において,積分は近似列 {fn }∞
n=1 の取り方によらずに定まるか?
補題 3.1. 非負単関数 f が f =
と2
∑m
∑n
i=1 ai 1Ei =
∑m
通りに表されているとき, i=1 ai µ(Ei ) =
j=1 bj 1Fj (ここで
∑n
ai ≥ 0, bj ≥ 0, Ei , Fj ∈ M)
j=1 bj µ(Fj ).
証明. X の互いに素な有限個の可測集合 {∆l }N
l=1 をうまくとって,各 Ei , Fj が ∆l 達の和集合で
∑N
表されるようにできる†1 .このとき,f =
Ei =
⊔
l∈Λi
(cl ≥ 0) と表せる.i = 1, . . . , m に対して
l=1 cl 1∆l
∆l (Λi ⊂ {1, . . . , N }) と表すと,
m
∑
a i 1 Ei =
i=1
となるから,cl =
∑
i; l∈Λi
m
∑
(
ai
i=1
∑
)
1∆l
=
l∈Λi
N
∑

∑

l=1

ai  1∆l
i; l∈Λi
ai (l = 1, . . . , N ) である.すると,


m
m
∑
∑
∑
ai µ(Ei ) =
ai 
µ(∆l )
i=1
i=1
N
∑
=


l=1
N
∑
=
i; l∈Λi
∑

ai  µ(∆l )
i; l∈Λi
cl µ(∆l ).
l=1
∑n
同様にして,
j=1 bj µ(Fj )
=
∑N
l=1 cl µ(∆l )
も示されるので結論を得る.
この補題により,非負単関数については積分がうまく定義されることが分かった.
命題 3.2. f, g を X 上の非負単関数,α, β を非負実数とする.
∫
∫
(1) 任意の x ∈ X に対して f (x) ≥ g(x) ならば†2 , X f dµ ≥ X g dµ.
∫
∫
∫
(2) X (af + bg) dµ = α X f dµ + β X g dµ.
∫
∫
∫
(3) A, B ∈ M, A ∩ B = ∅ ならば A⊔B f dµ = A f dµ + B f dµ.
証明. f =
∑n
j=1
aj 1Ej , g =
∑n
と共通の {Ej }n
j=1 で f, g を表せることに注意すれば,
j=1 bj 1Ej
どの主張も定義から直ちに従う.
補題 3.3. f1 , f2 , . . . , g が X 上の非負単関数で,f1 ≤ f2 ≤ · · · ≤ fn ≤ · · · かつ,任意の x ∈ X
に対して limn→∞ fn (x) ≥ g(x) が成り立つとき,
∫
fn dµ ≥
lim
n→∞
∫
X
g dµ.
X
∩
†1
l
c m
n
c n
実際,A = {Ei }m
i=1 ∪ {Ei }i=1 ∪ {Fj }j=1 ∪ {Fj }j=1 , B = { k=1 Gk | l ∈ N, Gk ∈ A (k = 1, . . . , l)} \ {∅}
としたとき,包含関係に関する順序関係における, B の極小元の全体を {∆l }N
l=1 とすればよい.
†2 以下これを f ≥ g で表す.
32
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
証明. g =
∑k
j=1
aj 1Ej (aj > 0, Ej ∈ M, {Ej }kj=1 は互いに素) と表すことができる.j ∈
{1, . . . , k} を固定して,ε を 0 < ε < aj となるようにとり,
A(n) = {x ∈ Ej | fn (x) ≥ aj − ε} ∈ M,
n = 1, 2, . . .
と定める.A(n) は n について単調非減少で,x ∈ Ej のとき g(x) = aj であることに注意すると
∪∞
n=1
A(n) = Ej である.不等式
∫
∫
fn dµ ≥
Ej
∫
fn dµ ≥
A(n)
(aj − ε) dµ = (aj − ε)µ(A(n) )
A(n)
において n → ∞ とすると,命題 1.13(3) より µ(A(n) ) → µ(Ej ) であるから
∫
fn dµ ≥ (aj − ε)µ(Ej ).
lim
n→∞
Ej
ε ↓ 0 として
∫
fn dµ ≥ aj µ(Ej ).
lim
n→∞
Ej
(この極限移行は µ(Ej ) = ∞ のときでも成立していることに注意する.)この式を j = 1, . . . , k に
ついて足し合わせると
∫
lim
∫
fn dµ ≥
⊔k
n→∞
j=1
g dµ.
Ej
X
これより結論を得る.
∞
命題 3.4. {fn }∞
n=1 , {gn }n=1 を X 上の非負単関数の 2 つの列で,ともに n に関して単調非減少
であり,任意の x ∈ X に対して limn→∞ fn (x) = limn→∞ gn (x) であるとする.このとき
∫
∫
lim
fn dµ = lim
n→∞
gn dµ.
n→∞
X
X
証明. m ∈ N を固定すると,任意の x ∈ X に対して limn→∞ fn (x) ≥ gm (x). 補題 3.3 より,
∫
∫
fn dµ ≥
lim
n→∞
m → ∞ として,
X
gm dµ.
X
∫
fn dµ ≥ lim
lim
n→∞
∫
X
m→∞
gm dµ.
X
∞
{fn }∞
n=1 と {gn }n=1 の役割を入れ替えると逆向きの不等号も成立する.
この命題より,非負可測関数に関しても積分がうまく定まることが分かった.これより一般の
R-値(または C-値)可測関数についても(適切な仮定の下で)積分値が定まる.
∫
X
f (x) µ(dx) を
f の µ に関する(X 上の)Lebesgue 積分と呼ぶ.
∫
X 上の R-値(または C-値)可測関数 f が X |f (x)| µ(dx) < ∞ のとき,f を (µ-) 可積分また
∫
は (µ-) 積分可能という.このとき X f (x) µ(dx) は有限値で値が定まる.
33
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
問題 3.5. X 上の非負可測関数 f に対して,等式
{∫
∫
}
g dµ g は X 上の非負単関数で,g ≤ f
f dµ = sup
X
(3.1)
X
を示せ.
注意 . 式 (3.1) の右辺を非負可測関数 f の Lebesgue 積分の定義とする流儀もよく見かける.こ
のようにすると単関数の Lebesgue 積分さえ定義すれば非負可測関数の Lebesgue 積分が(well-
definedness の議論をせずに)定義できることになり,玄人好み(?)の方法である.しかしなが
らこれで話が簡単になるわけではなく,積分の線形性(命題 3.6)を示すときにより多くの議論が
必要となる.結局どちらでも最終的な手間は変わらない.
3.2
基本的な性質
命題 3.6.
(i) X 上の [0, +∞]-値可測関数 f, g と非負実数 α, β について,命題 3.2 の結論が成立
する.
(ii) f が [0, +∞]-値可測,g が [0, +∞)-値 µ-可積分関数であるとき,実数 α, β について命題
3.2(2) の主張が成立する.
証明. (i) について:
∞
(1): f ≥ g のとき,f, g の標準的な単関数近似 {fn }∞
n=1 , {gn }n=1 (命題 2.11 の証明参照)をとる
と,各 n に対して fn ≥ gn が成り立つ.そこで fn , gn に対して命題 3.2(1) を適用し,n → ∞ の
極限をとればよい.
(2)(3): f, g を単関数近似して命題 3.2(2)(3) を適用し,極限をとる.
(ii) について:
|α|f を改めて f とおくなどすると,α = ±1, β = ±1(複号任意)のときに示せば十分.α = β = 1
のときは証明済,α = β = −1 のときも容易なので,α = 1, β = −1 のとき示せばよい.
f − g = (f − g)+ − (f − g)−
より,移項して
f + (f − g)− = g + (f − g)+ (= f ∨ g).
すると,α = β = 1 の場合の結果から
∫
∫
∫
∫
(f − g)− dµ =
f dµ +
X
X
(f − g)+ dµ.
g dµ +
X
X
∫
∫
g が可積分で 0 ≤ (f − g)− ≤ |g| なので, X (f − g)− dµ, X g dµ が有限値であることに注意して
移項すると,
∫
∫
∫
f dµ −
右辺は定義より
∫
X
X
X
∫
(f − g)+ dµ −
g dµ =
X
(f − g)− dµ.
X
(f − g) dµ に等しい.
34
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
(i) 命題 3.2(1) は f, g が R-値で積分が定義できるとき(積分値として ±∞ も許す)
命題 3.7.
でも成立する.
(ii) 命題 3.2(2)(3) は以下のいずれかの場合でも成立する.
• f は R-値可測関数で積分が定義でき,g は R-値可積分関数.
• f, g は C-値可積分関数,α, β は複素数.
証明. (i): f ≥ g ならば f+ ≥ g+ , f− ≤ g− である.これらに命題 3.2(1) の命題 3.6 による拡張を
適用すればよい.
(ii): 積分の定義に従って式変形し,命題 3.6 を適用すればよい.
▷ 問. 詳細を詰めよ.
定義 3.8. X の部分集合 A に対して,ある N ∈ M が存在して A ⊂ N かつ µ(N ) = 0 となると
き,A を µ-零集合 (µ-null set) という.各 x ∈ X に対して定まっている命題 P (x) が,ある µ零集合の補集合上で真であるとき,P (x) は(µ に関して)ほとんどすべての ((µ-)almost every,
(µ-)almost all) x に対して成り立つ,または P (x) はほとんど至るところ成立するといい,
P (x),
µ-a.e. x(または µ-a.a. x)
P (x) µ-a.e.
(P (x) for µ-almost every x)
(P (x) almost everywhere)
などと表す.
µ-零集合 A は M の元であるとは限らない.もし A ∈ M であれば,0 ≤ µ(A) ≤ µ(N ) = 0 よ
り µ(A) = 0 である.一般に,µ-零集合が常に M の元であるとき,測度空間 (X, M, µ)(や測度
µ)は完備であるという†3 .任意の測度空間 (X, M, µ) は完備測度空間に自然に拡張できることを
5 節で述べる.
命題 3.9. f を R-値(または C-値)可測関数で f = 0 µ-a.e. ならば(すなわち µ({f ̸= 0}) = 0
∫
ならば†4 ),
∫
A
X
f dµ = 0 である.特に,g が R-値(または C-値)可測関数で µ(A) = 0 ならば,
f dµ = 0 である.
証明. 前半は積分の定義から直ちに分かる.実際,f が C-値のとき
f = f1 − f2 +
√
√
−1f3 − −1f4 ,
(f1 = (Re f )+ , f2 = (Re f )− , f3 = (Im f )+ , f4 = (Im f )− )
と表すと,f = 0 µ-a.e. ゆえすべての j = 1, 2, 3, 4 について fj = 0 µ-a.e. すると fj の単関数近
(n) ∞
}n=1
似 {fj
†3
(n)
についても fj
= 0 µ-a.e. となるので†5 積分の定義から
†4
距離空間における完備性の概念とは(精神は通ずるところがあるものの)無関係.
{f ̸= 0} は可測集合であるからこのように簡単に書き直せる
†5
0 ≤ fj
†6
(n)
実際,fj
∫
(n)
dµ
X fj
(n)
∫
(n)
X
fj
dµ = 0.†6 n → ∞
≤ fj だから
∑l
=
k=1 ak 1Ek (ak ≥ 0) と表されているとき,ak > 0 なる k について µ(Ek ) = 0 であるから
∑
= lk=1 ak µ(Ek ) = 0.
35
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
として j について和を取れば結論を得る.
後半は,
∫
g dµ =
A
∫
X
g1A dµ に注意して,関数 g1A に前半の主張を適用する.
次の命題は,零集合上の値の違いが積分に影響しないことを表している.
命題 3.10. f, g は X 上の可測関数で f = g µ-a.e. であるとする.
∫
X
∫
X
f dµ が意味を持てば,
g dµ も意味を持ち値は等しい.
証明. A = {f ̸= g} とおくと µ(A) = 0. すると
∫
∫
∫
f dµ =
f dµ +
f dµ
Ac
∫
g dµ
(命題 3.9 より)
=0+
Ac
∫
∫
=
g dµ +
g dµ.
X
これは
∫
X
A
Ac
A
g dµ に等しい.
命題 3.11 (Markov の不等式). X 上の [0, +∞]-可測関数 f と α > 0 に対して,
∫
1
µ({f ≥ α}) ≤
α
f dµ.
X
証明. A = {f ≥ α} とおくと,任意の x ∈ X に対して f (x) ≥ α1A (x) が成り立つ.両辺を積分
すると
∫
X
f dµ ≥ αµ(A).
系 3.12. (1) f が R-値可積分関数ならば,|f | < ∞ µ-a.e. すなわち µ({|f | = ∞}) = 0.
(2) f が [0, +∞]-値可測関数で
∫
X
f dµ = 0 ならば,f = 0 µ-a.e. すなわち µ({f > 0}) = 0.
証明. (1): 命題 3.11 より,任意の α > 0 に対して
1
0 ≤ µ({|f | = ∞}) ≤ µ({|f | ≥ α}) ≤
α
∫
|f | dµ.
X
α → ∞ とすると,µ({|f | = ∞}) = 0 を得る.
(2): 命題 3.11 より,任意の n ∈ N に対して
∫
µ({f ≥ 1/n}) ≤ n
よって µ({f ≥ 1/n}) = 0. 等式 {f > 0} =
µ({f > 0}) ≤
∪∞
n=1 {f
∞
∑
f dµ = 0.
X
≥ 1/n} と命題 1.13 より,
µ({f ≥ 1/n}) = 0.†7
n=1
†7
{f ≥ 1/n} は n について単調に増大しているので,µ({f > 0}) = limn→∞ µ({f ≥ 1/n}) = 0 としてもよい.
36
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
系 3.12 より,f, g が R-値 µ-可積分関数ならば,f + g は µ-a.e. で値が定まる.一般に,ある可
測関数 g とほとんど至るところ等しい関数 f について,f の積分を g の積分によって定義するこ
とができる.g の取り方によらないことは命題 3.10 から保証される.このような f は可測である
とは限らないし†8 ,f はある零集合上で定義されていなくても構わない.このように積分の概念が
定まる関数を少し拡張しておくと応用上何かと便利である†9 .
命題 3.13. f を R-値(または C-値)可積分関数とするとき,
∫
∫
f dµ ≤
|f | dµ.
X
X
証明. 系 3.12(1) より R-値可積分関数はほとんど至るところ実数値をとるから,f が C-値可積分
関数の場合に示せば十分である.実数 θ に対して,
e
√
−1θ
∫
∫
f dµ =
X
e
√
−1θ
f dµ.
X
両辺の実部をとると,
) ∫
( √
∫
( √
)
−1θ
f dµ =
Re e −1θ f dµ (右辺は複素数値関数の積分の定義より)
Re e
X
∫X √
∫
−1θ
≤
|e
f | dµ =
|f | dµ.
X
∫
X
−θ が X f dµ の偏角になるように θ を選ぶと(すなわち,θ = − Arg
∫
は X f dµ となるので主張が示せた.
3.3
(∫
)
f
dµ
とする)
,最左辺
X
簡単な例
この小節では簡単な具体例について考察する.
3.3.1
数え上げ測度
可測空間 (N, 2N ) を考え,µ を 1.2.1 節で説明した数え上げ測度とする.すなわち A ⊂ N に対
して µ(A) は A の元の個数 (∈ {0, 1, 2, . . . } ∪ {∞}) である†10 .N 上の関数 f について ak = f (k)
†11
(k ∈ N) と定める.N 上の関数 f を考えることは数列 {ak }∞
.
k=1 を考えることと同等である
f の µ による Lebesgue 積分はどう表されるだろうか.まず f が非負実数値の場合を考える.
†8
ただし測度空間の完備化と言う操作を行うと常に可測になる
上記の関数 f + g を考えたいときや,ほとんど至る点でしか収束しない関数列の極限関数を扱いたいときなどに有効
である.Fubini の定理(完備化版,定理 7.14)でも必要になる.また,可測関数からなる集合 L において,
「f = g
µ-a.e.」を f ∼ g と表すと ∼ は同値関係となり,µ による積分値は同値類の代表元の取り方によらない.L を同値
類 ∼ で割った空間(Lp 空間など)を導入することは,更に進んだ解析を行う際に重要になる.
†10 σ 加法族がべき集合なので任意の部分集合は可測である.
†11 σ 加法族がべき集合なので任意の関数は可測であることに注意.
†9
37
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
n = 1, 2, . . . に対して
fn =
n
∑
ak 1{k}
(数列 {a1 , a2 , . . . , an , 0, 0, 0, . . . } に対応)
k=1
とすると,{fn }∞
n=1 は n について単調非減少であるような非負単関数の列で,n → ∞ のとき fn
は f に各点で収束する†12 .
∫
N
であるから,
fn dµ =
n
∑
ak µ({k}) =
k=1
f dµ = lim
すなわち
∫
ak
k=1
∫
n→∞
N
n
∑
n
∑
ak ,
k=1
∑∞
f dµ は無限和 k=1 ak に他ならない.f が一般の場合も同様であるが,可積分であ
∫
∑∞
るための条件 N |f | dµ < ∞ は k=1 |ak | < ∞ と書き直され,これは数列 {ak }∞
k=1 の和が絶対
∑∞
∑n
収束するという意味である. k=1 |ak | = ∞ であっても limn→∞ k=1 ak が収束することもある
N
が(絶対収束しないが条件収束する場合†13 )
,Lebesgue 積分の可積分性という条件はこのような例
を除外している.条件収束しかしない場合は和を取る順番が極限に影響することに注意しよう†14 .
Lebesgue 積分は「有限和と同様な性質が(様々な)無限が出現する状況でも成り立つような枠組
を提供する」という主旨で理論が構成されているので,このような制約が付くことは自然である.
3.3.2
Dirac 測度
(X, M) を任意の可測空間,z を X の元とし,1.2.3 節で定義したように z における Dirac 測度
δz を考える.すなわち A ∈ M に対して
{
1 (z ∈ A のとき)
0 (z ∈
/ A のとき).
∫
問題 3.14. X 上の複素数値可測関数 f に対して, X f (x) δz (dx) = f (z) であることを示せ.
δz (A) =
工学や物理の文献では,しばしば R 上の「デルタ関数」δ(x) を,x ̸= 0 では値が 0,x = 0 では
∫
値が正の無限大,
R
δ(x) dx = 1 であるものとして導入し,これは普通の関数ではない仮想的な関
数であって,R 上の連続関数 f に対して
∫
f (x)δ(x) dx = f (0)
R
という性質が成り立つ,というように説明している.このような性質を持つ実数値関数 δ(x) が存
在しないことはすぐ分かるが,∞ の値を取る関数も許して上の議論を正当化しようとしてもうま
†12
†13
†14
{fn }∞
n=1 は f の標準的な単関数近似(命題 2.11 の後の注意)になっているわけではない.
例えば ak = (−1)k /k (k ∈ N)
より詳しい主張は以下の通りである.数列 {ak }∞
が絶対収束しないが条件収束するとき,任意の α ∈ R に対し
∑ k=1
て,全単射 φ : N → N が存在して limn→∞ n
a
k=1 φ(k) = α となる.
38
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
くいかない.実際,δ(x) + δ(x) は x ̸= 0 では 0,x = 0 では値が ∞ なので δ(x) + δ(x) = δ(x),
両辺積分して 1 + 1 = 1 などとするとたちまち矛盾が生じてしまう.数学的に正しく解釈するに
は,δ(x) dx のところを纏めて Dirac 測度 δ0 による Lebesgue 積分であると見なせばよい†15 .
なお,
{
0
(x = 0)
δ(x) =
+∞ (x =
̸ 0)
は R 上の [0, +∞]-値 Borel 関数であるが,µ({0}) = 0 をみたすような (R, B(R)) 上の任意の測度
µ†16 に関して,関数 δ の Lebesgue 積分は 0 であることに注意.
∫
▷ 問. 上の状況で, R δ(x) µ(dx) = 0 であることを Lebesgue 積分の定義に基づいて確認せよ.
このように,「仮想的な関数」のようなものを迂闊に導入して形式的な議論を行うと,容易に間
違った結論に達してしまうので注意が必要である†17†18 .
3.4
Riemann 積分との関連(連続関数の場合)
µ を 1.2.4 節で説明した可測空間 (R, B(R)) 上の Lebesgue 測度とする†19 .I を有界閉区間 [a, b]
とするとき,µ を自然に (I, B(I)) 上の測度と見なすことができる.これも µ で表す.
命題 3.15. f を区間 I 上の実数値連続関数とするとき,f は測度空間 (I, B(I), µ) において可積
分関数で,
∫
∫
b
f (x) dx =
a
f dµ
I
である.ここで左辺は Riemann 積分,右辺は µ についての Lebesgue 積分を表す.
証明. 任意の α ∈ R について {f ≤ α} は I における閉集合となるので,f は B(I)-可測.等式を
示すには,f を非負関数として示せばよい.
∆ = {a = x0 < x1 < · · · < xn = b} を I の有限分割とする.k = 1, . . . , n に対して
αk = inf x∈[xk−1 ,xk ] f (x) と定め,
s∆ =
n
∑
αk (xk − xk−1 )
k=1
とおく.また,
f∆ (x) = α1 1{a} (x) +
n
∑
αk 1(xk−1 ,xk ] (x)
k=1
†15
†16
Schwartz 超関数と見なしてもよいが,今の場合はそこまで大道具を持ち出さなくてもよい.
特に µ として Lebesgue 測度をとることができる
†17
物理学等で「奥義を極めた人でないと正しい結果に到達できない計算」というのがあったりするが,このような事情
を指している.数学は「原理的には誰でも正しい結果に到達できる」という点で,人に優しい学問である.
†18 もちろん,デルタ関数などの仮想的な関数を数学的に正当化しようとする試みが,超関数論などの現代数学の理論と
して結実したことは強調すべきであろう.
†19 まだ存在証明はしていないがここでは存在を認め,1.2.4 節で述べた性質を用いることにする.
39
3 Lebesgue 積分の定義と基本性質
f
a x 1 x2 x3 · · ·
図6
b
x
色付きの部分の面積が s∆ ,点線が f∆ のグラフに相当する
とおくと,f∆ は I 上の単関数で,
∫
f∆ dµ = α1 µ({a}) +
I
=0+
n
∑
(
)
αk µ (xk−1 , xk ]
k=1
∑
αk (xk − xk−1 ) = s∆
k
となる(図 6 参照).I の分割の細分列 {∆N }∞
N =1 (∆1 ⊂ ∆2 ⊂ · · · , |∆N | → 0) をとると,I 上
の連続関数は Riemann 積分可能なので
∫
b
lim s∆N =
N →∞
f (x) dx.
a
また,0 ≤ f∆1 ≤ f∆2 ≤ · · · で,f の連続性より任意の x ∈ I に対して limN →∞ f∆N (x) = f (x)
であるから,Lebesgue 積分の定義より
∫
∫
f dµ = lim
I
N →∞
f∆N dµ = lim s∆N .
N →∞
I
これより結論を得る.
連続関数とは限らない場合でも,Riemann 積分可能なら (Lebesgue 測度に関して)Lebesgue 積
分可能で積分値は一致するというタイプの主張が従う.ただし関数の可測性は Borel 可測性ではな
く Lebesgue 可測性に弱める必要がある.詳しくは定理 6.9 で論じる.
40
収束定理
4
4
収束定理
本節では Lebesgue 積分論の威力を示す種々の収束定理について述べる.
4.1
準備
関数列 {fn }∞
n=1 が何らかの意味で関数 f に収束するとき,fn の積分が f の積分に収束するとい
うタイプの定理を総称して収束定理という.典型的には
∫
∫ (
lim
fn dµ =
n→∞
X
X
)
lim fn dµ
(4.1)
n→∞
のような等式である.積分が極限操作を含んでいることに注意すると,
「2 種類の極限操作の順序交
換を保証する定理」と見なすこともできる†1 .もちろんこれは無条件では成り立たない.Riemann
積分の枠組においては,有界閉区間上の Riemann 可積分な関数列が一様収束していれば極限関数
も Riemann 可積分で (4.1) と類似の関係式が成り立つことはよく知られている†2 .しかし,一様
収束というのはかなり強い条件である.本節では,Lebesgue 積分の枠組でははるかに弱い条件に
おいて議論が可能であることをみる†3 .
収束定理の証明の核となるのは次の単純な補題である.
補題 4.1. R-値の 2 重数列 {bn,k }n∈N,
k∈N
が n についても k についても単調非減少であるならば,
(
lim
)
= lim bM,M (∈ R).
lim bn,k
n→∞
M →∞
k→∞
証明. 任意の n ∈ N に対して limk→∞ bn,k ≥ bn,n であるから,n → ∞ として
(
lim
n→∞
)
lim bn,k
k→∞
≥ lim bn,n .
n→∞
n ≤ k ならば bn,k ≤ bk,k . k → ∞, 次に n → ∞ として
(
)
lim
lim bn,k ≤ lim bk,k .
n→∞
k→∞
k→∞
補題 4.1 の仮定は n と k について対等であるから,これらを入れ替えて補題 4.1 を適用すること
により,等式
(
lim
n→∞
)
lim bn,k
k→∞
(
= lim
k→∞
†1
)
lim bn,k
n→∞
これをもって「数学(特に解析学)は重箱の隅をつついてばかりいる…」と揶揄する人もいるが,それは的外れであ
る.「このような極限操作の順序交換を正当化することに証明が帰着されるような非自明な主張が多い」というのが
より正確なところである.
†2 例えば,常微分方程式の解の存在証明に使われる.
†3 実は,Riemann 積分の枠組でも後述の Lebesgue の収束定理(定理 4.7)の類似物が知られている.しかし証明は
煩雑であり,主張は結果的に定理 4.7 に含まれる.Lebesgue 積分の理論においては,収束定理が非常に簡明に得ら
れることが大きな利点である.もっとも,その分の皺寄せが測度の構成の議論(5 節)に来るのであるが.
41
4
収束定理
も得る.このように,数列に単調性があれば 2 種類の極限の入れ替えが可能なのである.
▷ 問. 2 重数列 {bn,k }n∈N,
k∈N
で,補題 4.1 の結論の式が成り立たないような例を挙げよ.(もち
ろん補題 4.1 の仮定も成り立たない.)
系 4.2. [0, +∞]-値の 2 重数列 {an,k }n∈N,
k∈N
(
∞
∞
∑
∑
証明. bn,k =
4.2
∑n
m=1
n=1
∑k
j=1
に対して,
)
an,k
M ∑
M
∑
= lim
M →∞
k=1
an,k .
n=1 k=1
am,j として補題 4.1 を適用すればよい.
収束定理
以下,(X, M, µ) を測度空間とする.
定理 4.3 (単調収束定理 (monotone convergence theorem)). f1 , f2 , . . . , fn , . . . , f を X 上の R値可測関数とする.
(1) µ-a.e. x で 0 ≤ f1 (x) ≤ f2 (x) ≤ · · · かつ limn→∞ fn (x) = f (x) であるとき,
∫
∫
f dµ = lim
fn dµ (∈ [0, +∞]).
n→∞
X
X
(2) f1 が µ-可積分で,µ-a.e. x で f1 (x) ≥ f2 (x) ≥ · · · かつ limn→∞ fn (x) = f (x) であるとき,
∫
∫
f dµ = lim
fn dµ.
n→∞
X
X
証明. (1)(2) とも,仮定の「µ-a.e. x」を「すべての x」として示せばよい†4 .
(1): 各 fn に対して命題 2.11 の証明にある標準的な単関数近似 {fn,l }∞
l=1 をとる.任意の n ∈ N
と x ∈ X に対して liml→∞ fn,l (x) = fn (x) で,{fn,l (x)} は n, l について単調非減少.これより
{∫
X
}
fn,l dµ も n, l について単調非減少であり,
(
)
∫
∫
lim
fn dµ = lim lim
fn,l dµ
(積分の定義より)
n→∞ X
n→∞ l→∞ X
∫
= lim
fM,M dµ.
(補題 4.1 より)
M →∞
一方,各 x ∈ X に対して
(
f (x) = lim fn (x) = lim
n→∞
n→∞
= lim fM,M (x).
M →∞
†4
(4.2)
X
)
lim fn,l (x)
l→∞
(補題 4.1 より)
実際,(1) について,
「µ-a.e.」に対応する µ 零集合 N をとって gn = fn 1N c , g = f 1N c と定めると,すべての x
に対して 0 ≤ g1 (x) ≤ g2 (x) ≤ · · · かつ limn→∞ gn (x) = g(x) が成り立つから,(1) で仮定を「すべての x」にし
∫
∫
∫
∫
∫
∫
たものが成り立てば X g dµ = limn→∞ X gn dµ. 命題 3.10 より X gn dµ = X fn dµ, X g dµ = X f dµ
なので結論が従う.(2) についても同様である.以下,このような記述はしばしば省略する.
42
4
収束定理
従って {fM,M }∞
M =1 は f の単関数近似になっているので,積分の定義から
∫
∫
f dµ = lim
X
fM,M dµ.
M →∞
(4.3)
X
(4.2) と (4.3) より結論を得る.
(2): f1 は R-値としてよい†5 .関数列 {f1 − fn }∞
n=1 と f1 − f について (1) を適用すると
∫
∫
(f1 − f ) dµ = lim
(f1 − fn ) dµ.
両辺から
∫
X
n→∞
X
X
f1 dµ(仮定より有限値)を引いて整理すると結論を得る.
注意. (1) の仮定は,
「ある µ-可積分関数 φ が存在して,µ-a.e. x で −φ(x) ≤ f1 (x) ≤ f2 (x) ≤ · · ·
かつ limn→∞ fn (x) = f (x)」に弱められる.実際,このとき fn + φ を fn , f + φ を f として元の
(1) を適用すればよいから.このように拡張した主張も単調収束定理と呼ぶ.
▷ 問. (2) で「f1 が µ-可積分」という仮定がないと一般には主張は不成立である.反例を挙げよ.
系 4.4 (B. Levi の定理). {gn }∞
n=1 を X 上の [0, +∞]-可測関数列とするとき,
∫ ∑
∞
gn (x) µ(dx) =
X n=1
証明. fn (x) =
∑n
k=1 gk (x)
∞ ∫
∑
n=1
(n = 1, 2, . . . ), f (x) =
gn (x) µ(dx).
X
∑∞
k=1 gk (x)
として定理 4.3 を適用すればよ
い.
定理 4.5 (Fatou の補題). {fn }∞
n=1 を X 上の非負可測関数列とするとき,
∫ (
X
)
∫
lim fn (x) µ(dx) ≤ lim
fn (x) µ(dx).
n→∞
n→∞
X
証明. gn (x) := inf k≥n fk (x) と定めると,0 ≤ g1 ≤ g2 ≤ · · · かつ,任意の x ∈ X に対して
limn→∞ gn (x) = limn→∞ fn (x). 単調収束定理より,
∫
∫
lim
gn (x) µ(dx) =
lim fn (x) µ(dx).
n→∞
一方,gn ≤ fn より,
X n→∞
X
∫
∫
gn (x) µ(dx) ≤ lim
lim
n→∞
n→∞
X
fn (x) µ(dx).
X
この 2 式より結論を得る.
注意. 単調収束定理の場合と同様に,定理 4.5 の仮定は「ある µ-可積分関数 φ が存在して,任意の
n ∈ N に対して fn ≥ −φ µ-a.e.」に弱めることができる.実際,関数列 {fn + φ}∞
n=1 に対して定
理 4.5 を適用すればよい.このように拡張した主張も Fatou の補題と呼ばれる.
†5
f1 は可積分なので系 3.12 より |f1 | < ∞ µ-a.e. 従って零集合上の値を取り換えて R-値関数にできる.
43
4
収束定理
例 4.6. Fatou の補題で等号が成立しない例を挙げる.
(1) µ を可測空間 (N, 2N ) 上の数え上げ測度とする.N 上の関数列 {fn }∞
n=1 を fn = 1{n} で定義
∫
すると,任意の x ∈ N に対して limn→∞ fn (x) = 0 だが,任意の n ∈ N に対し N fn dµ = 1.
(2) µ を可測空間 ([0, 1], B([0, 1])) 上の Lebesgue 測度(を [0, 1] 上に制限したもの)とする.n ∈ N
に対して fn = n1(0,1/n] と定めると,任意の x ∈ [0, 1] に対して limn→∞ fn (x) = 0 だが,任
意の n ∈ N に対し
∫
[0,1]
fn dµ = 1.
定理 4.7 (Lebesgue の収束定理,優収束定理,dominated convergence theorem). {fn }∞
n=1 を X
上の R-値(または C-値)可測関数列とする.X 上の非負値 µ-可積分関数 g が存在して,任意の
n ∈ N に対して |fn (x)| ≤ g(x), µ-a.e. x が成り立つとする.また,limn→∞ fn (x) が µ-a.e. x で存
在するとする.このとき
∫
∫ (
lim
n→∞
fn (x) µ(dx) =
X
X
)
lim fn (x) µ(dx).†6
n→∞
証明. fn が複素数値の場合は実部と虚部に分けて議論すればよいから,fn が R-値の場合に示せば
よい.f (x) = limn→∞ fn (x) とする.g が µ-可積分で,任意の n ∈ N に対して fn ≥ −g µ-a.e.
だから,Fatou の補題より,
∫
∫
f dµ ≤ lim
X
n→∞
fn dµ.
(4.4)
X
また,任意の n ∈ N に対して −fn ≥ −g µ-a.e. で,−fn (x) は −f (x) にほとんど至るところ収束
するから,Fatou の補題を {−fn }∞
n=1 に適用すると,
∫
∫
(−f ) dµ ≤ lim
n→∞
X
書き直すと
∫
(−fn ) dµ.
X
∫
f dµ ≥ lim
X
n→∞
fn dµ.
(4.5)
X
(4.4) と (4.5) より結論を得る.
注意. |f | ≤ g µ-a.e. であるから極限関数 f は µ-可積分であることに注意する.
系 4.8 (有界収束定理). µ は有限測度,すなわち µ(X) < ∞ とする.X 上の可測関数列 {fn }∞
n=1
に対して,ある M ≥ 0 が存在して任意の n ∈ N に対し |fn (x)| ≤ M , µ-a.e. x が成り立つとする.
更に limn→∞ fn (x) が µ-a.e. x で存在するならば,
∫
∫ (
lim
n→∞
†6
fn (x) µ(dx) =
X
X
)
lim fn (x) µ(dx).
n→∞
limn→∞ fn (x) は µ-a.e. x でしか定義されないから,これは X 上の関数とはいえない.しかし,系 3.12 の後で注
意したように,零集合を除いた点で定義された関数は,測度 0 の集合上で値を適当に(例えば 0 に)定めて X 上の
関数とすれば,その修正の仕方に関わらず積分値が定まる.ここではそのように右辺を解釈する.
44
4
収束定理
証明. g(x) = M とすると µ(X) < ∞ より g は µ-可積分であるから,Lebesgue の収束定理が
{fn }∞
n=1 に適用できる.
系 4.9. g を X 上の µ-可積分関数または [0, +∞]-値可測関数とする.{Ej }∞
j=1 を互いに素な可測
集合列とし,E =
⊔∞
j=1
Ej とする.このとき
∫
g dµ =
E
g1⊔n
∞ ∫
∑
j=1
g dµ.
Ej
f = g1E として,定理 4.7 または定理 4.3 を適用すればよい.
∫
g が非負可測関数のとき,E ∈ M に対して ν(E) = E g dµ と定めると,系 4.9 より ν は (X, M)
証明. fn =
j=1
Ej ,
上の測度となる.ν = g · µ, dν = g dµ, ν(dx) = g(x) µ(dx) などと表す.
例 4.10. µ を (R, B(R)) 上の 1 次元 Lebesugue 測度,g を (R, B(R)) 上の非負可測関数で
∫
R
g dµ = 1 であるとする.上記のように dν = g dµ により (R, B(R)) 上の確率測度 ν が定まる.
確率論の文脈では,ν を密度関数 g をもつ R 上の確率測度という.
問題 4.11. 3.3.1 節で議論した数え上げ測度空間に定理 4.3, 定理 4.5, 定理 4.7 を適用し,対応す
る無限和に関する主張を書け.
問題 4.12. 3.4 節の結果を利用して,以下を示せ.区間 (0, ∞) 上の連続関数 f について,広
義 Riemann 積分
∫∞
0
∫∞
|f (x)| dx が存在するとき,f は区間 (0, ∞) 上 Lebesgue 可積分で,積分値
0
f (x) dx は広義 Riemann 積分と見ても,(1 次元 Lebesgue 測度に関する)Lebesgue 積分と見
ても同じ値をとる.
4.3
微分演算と積分演算の順序交換
(X, M, µ) を測度空間,I を開区間 (a, b) とし,f = f (t, x) を I × X 上の実数値関数とする.
∫
∫
d
∂f
f (t, x) µ(dx) =
(t, x) µ(dx), t ∈ I
(4.6)
dt X
X ∂t
が成立するような f の十分条件を考えよう.まず,次の条件は当然仮定しなければならない.
(1) 任意の t ∈ I に対して,f (t, ·) は X 上 µ-可積分.
(2) µ-a.e. x に対して,f (·, x) は I 上で微分可能.
t0 ∈ I における t 7→
∫
X
f (t, x) µ(dx) の微分可能性をみる.t0 に収束する I の点列 {tn }∞
n=1(ただ
し tn ̸= t0 )を任意にとる.等式
1
tn − t0
{∫
} ∫
f (t0 , x) µ(dx) =
∫
f (tn , x) µ(dx) −
X
X
X
f (tn , x) − f (t0 , x)
µ(dx)
tn − t0
において,右辺の被積分関数を hn (x) とかくと,(2) より
lim hn (x) =
n→∞
∂f
(t0 , x),
∂t
45
µ-a.e. x.
(4.7)
4
収束定理
関数列 {hn (x)}∞
n=1 について Lebesgue の収束定理を適用したい.平均値の定理より,各 x に対し
∂f
∂t (s(x), x)
て tn と t0 の間の数 s = s(x) が存在して hn (x) =
と表せる.そこで,もし
(3) t0 の近傍 I(t0 ) ⊂ I と µ-可積分関数 g が存在して,
∂f
∀
t ∈ I(t0 ), (t, x) ≤ g(x)
∂t
∂f
が µ-a.e. x で成立する(同じことだが supt∈I(t0 ) ∂t (t, x) ≤ g(x), µ-a.e. x となる)
ならば,十分大きな n ∈ N に対して |hn (x)| ≤ g(x), µ-a.e. x が成り立つので,Lebesgue の収束定
理が適用でき,(4.7) の右辺は n → ∞ のとき
∫
∂f
(t , x) µ(dx)
X ∂t 0
に収束する.一般に I 上の実数
値関数 φ(t) について,limt→t0 φ(t) = a であることと,t0 に収束する任意の点列 {tn }∞
n=1 (ただ
し tn ̸= t0 )に対して limn→∞ φ(tn ) = a であることが同値なことに注意すると,(4.6) が成り立
つ.つまり,(1)(2)(3) が (4.6) のための1つの十分条件となる.
▷ 問. 上述の同値性を確認せよ.
f (t, x) が複素数値のときも,実部と虚部にわけて考えれば同じ条件で成立することが分かる.上
の議論で用いた平均値の定理は,複素数値関数については成り立たないことに注意せよ.以上を命
題として纏めておこう.
命題 4.13. (X, M, µ) を測度空間,I を開区間 (a, b) とし,f = f (t, x) を I × X 上の複素数値関
数とする.以下を仮定する.
(1) 任意の t ∈ I に対して,f (t, ·) は X 上 µ-可積分.
(2) µ-a.e. x に対して,f (·, x) は I 上で微分可能.
(3) 任意の t0 ∈ I に対して,t0 の近傍 I(t0 ) ∈ I と µ-可積分関数 g が存在して,
∂f
∂f
∀
t ∈ I(t0 ), (t, x) ≤ g(x)
(t, x) ≤ g(x))
(同じことだが, sup ∂t
t∈I(t0 ) ∂t
が µ-a.e. x で成立する.
このとき,t ∈ I に対して
d
dt
∫
∫
f (t, x) µ(dx) =
X
X
∂f
(t, x) µ(dx).
∂t
具体例では,I(t0 ) として I そのものを取ればよいことも多い(よくないこともある).すなわ
ち,上の条件 (3) よりも強い次の条件 (3)’ が確かめられることも多い.
∂f
(3)’ ある µ-可積分関数 g が存在して,∀ t ∈ I, ∂f
(t,
x)
≤
g(x)
(同じことだが
sup
(t,
x)
≤
t∈I ∂t
∂t
g(x))が µ-a.e. x で成立する.
46
収束定理
4
例 4.14. µ を可測空間 (R, B(R)) 上の測度とし,任意の非負整数 n に対して
∫
R
|x|n µ(dx) < ∞
であるとする.
(特に µ は有限測度.
)実数 t に対して
∫
φ(t) =
e
√
−1tx
µ(dx)
R
と定める.φ を µ の特性関数と呼ぶ.このとき
∫
′
√
φ (t) =
R
であることを示そう.f (t, x) = e
√
−1tx
√
−1tx
−1xe
µ(dx)
とおくと, ∂f
∂t (t, x) =
(4.8)
√
√
−1xe −1tx . すると | ∂f
∂t (t, x)| ≤
|x| であり,g(x) = |x| は µ-可積分関数であるから,命題 4.13 が適用できて (4.8) を得る.特に
√ ∫
φ′ (0) = −1 R x µ(dx). 同様にして n = 2, 3, . . . に対しても
∫
dn φ
(t) =
dtn
R
√
√
( −1x)n e −1tx µ(dx)
であることが数学的帰納法で証明できる.特に
問題 4.15. 上の例において,dµ =
∫
2
√1 e−x /2 dx
A 2π
(1) φ(t) = e−t
2
dn φ
dtn (0)
2
√1 e−x /2 dx
2π
=
√ n∫ n
−1 R x µ(dx).
とする(すなわち A ∈ B(R) に対して µ(A) =
と定める).
/2
であることを示せ.
(2) (1) を用いて,自然数 n について
∫
R
xn µ(dx) の値を求めよ.(Hint: e−t
Maclaurin 展開を考える.)
47
2
/2
の t に関する
5 測度の構成
5
測度の構成
これまでの節では,測度空間が与えられているというところを出発点として議論を行ってきた.
部分的な事前情報に整合した測度をどのように構成すればよいかというのは全く非自明な問題であ
る.本節ではこの問題について論じる.
5.1
構成の方針
例えば R2 上の 2 次元 Lebesgue 測度 µ(cf. 1.2.6 節)を構成したいとする.A = (a, b] × (c, d]
という集合に対しては µ(A) = (b − a)(d − c) と定めるべきであり,µ(A1 ), µ(A2 ) が定まっている
ような互いに素な集合 A1 , A2 に対しては,µ(A1 ⊔ A2 ) = µ(A1 ) + µ(A2 ) と定めるのは必然であ
る.このようにして,すべての A ∈ B(R2 ) に対して σ 加法性が成り立つように µ(A) の値を定め
る必要がある.特に,次の問題を解決しなければならない.
• 一般に A ∈ B(R2 ) は簡単には記述できないが,どのように µ(A) を定めればよいか?
• 矛盾なく測度は定まるか? また,µ は一意的に定まるか?
一般に,有限加法的測度なら構成するのは易しい.そこで,それを拡張して測度にすることを考え
る.そのため,以下のような戦略をとる.
(i) まず,有限加法的測度を構成する.
(ii) それを用いて外測度を構成する.
(iii) その外測度をある集合族に制限することにより,測度を得る.
命題 5.1 (cf. 1.2.6 節). d ∈ N とし,A = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] ⊂ Rd (−∞ ≤ ai ≤ bi ≤
+∞, i = 1, . . . , d) と表せる A の全体を J とする.このとき,以下の主張が成立する.
(i) J から生成される Rd 上の有限加法族を F とすると,
F = {J の互いに素な有限個の元の和の全体}
= {J の元の有限和全体}
が成り立つ.
(ii) A = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] ∈ J に対して m(A) =
∏d
j=1 (bj
− aj ) と定めるとき,一般の
A ∈ F についても,F 上で有限加法性が成り立つように m(A) を自然に定めることがで
きる.
これらは図を書いて考えてみれば直感的には明らかだが,きちんと証明しようとすると意外に手こ
ずるかもしれない.(一度自分で考えてみて欲しい.)次の小節で,より一般的な命題を準備してか
ら証明を与える.ここでは,d = 1 のときに命題 5.1 が成り立つはずだということを簡単に見てお
こう.まず,区間 (a, b]] と (a′ , b′ ]] の和は,互いに素な 2 つの区間の和か,(c, d]] の形の区間になる
48
5 測度の構成
ことに注意する(1 次元のときの特殊性).また,
A=
n
⊔
(a(j) , b(j) ]] (−∞ ≤ a(1) < b(1) ≤ a(2) < b(2) ≤ · · · ≤ a(n) < b(n) ≤ +∞)
j=1
の形の集合の補集合は同じような表示を持つ.これらのことに注意すると (i) は容易に示される.
(ii) については,m が有限加法性を持つためには上記の集合 A に対して m(A) =
∑n
j=1 (b
(j)
− a(j) )
と定義しなければならない.A の表示は一意的でないので(1 つの区間を細かく分割できるた
め),表示方法によらずに値が定まることを確認する必要がある.以上を示せば (ii) が証明できる.
d ≥ 2 のときも類似の議論で示されるが,集合の形がもう少し多様化するので若干議論が複雑に
なる.
ともあれ,この命題により(将来 Lebesgue 測度に拡張される)有限加法的測度 m が (Rd , F) 上
に定まる.
有限加法的測度の構成
5.2
この小節では無限や極限に関する事項は一切現れず,組み合せ論的な議論に終始する.命題には
一通り証明をつけているが,まずは自分で証明することを試みたほうが理解が早いかもしれない.
以下で,X は空でない集合とする.
定義 5.2. X 上の集合族 S が半加法族(集合半代数,semialgebra of sets)であるとは次の 3 条
件が成り立つことをいう.
(1) ∅ ∈ S.
(2) A, B ∈ S ならば A ∩ B ∈ S.
(3) 任意の A ∈ S に対して,Ac は S の互いに素な有限個の元の和で表される.すなわち,ある
有限個の S1 , . . . , SN ∈ S で i ̸= j のとき Si ∩ Sj = ∅ であり,
X \A=
N
⊔
Si
i=1
となるものが存在する†1 .
命題 5.3. S を X 上の半加法族とし,S から生成される†2 有限加法族を σ0 (S) で表す.
F = {S の元の有限和全体},
G = {S の互いに素な有限個の元の和の全体}
と定めると,F = G = σ0 (S) である.
†1
†2
念のため,N は集合 A に依存してよい.
すなわち,S を含む最小の
49
5 測度の構成
証明. 定義より G ⊂ F ⊂ σ0 (S) は明らかである.σ0 (S) ⊂ G を示せばよい.まず, G が有限加
法族であることを示そう.∅ ∈ G はよい. G が有限個の共通部分を取る操作で閉じていることは,
A=
⊔m
i=1
Ai (A1 , . . . , Am ∈ S は互いに素), B =
⊔n
j=1
Bj (B1 , . . . , Bn ∈ S は互いに素)と
表される F の元 A, B に対して,
A∩B =
n
m ⊔
⊔
(Ai ∩ Bj )
i=1 j=1
であることからわかる.これを用いて G が補集合を取る操作で閉じていることを示そう.A =
⊔m
i=1
Ai (A1 , . . . , Am ∈ S) のとき Ac =
∩m
Aci . 半加法族の 3 番目の条件より各 Aci は G に属
i=1
するから,その共通部分である Ac も G に属する.一般に A ∪ B = (Ac ∩ B c )c であるから, G は
有限和について閉じており,従って G は有限加法族である. G は S を含むので σ0 (S) ⊂ G.
命題 5.4. 命題 5.3 と同じ状況で,写像 m : S → [0, +∞] が S 上で有限加法的,すなわち
有限個の S の元 A1 , . . . , AM が互いに素で A :=
M
⊔
Ai も S の元ならば,m(A) =
i=1
M
∑
m(Ai )
i=1
(5.1)
が成り立つとする.このとき,m が (X, σ0 (S)) 上の有限加法的測度に拡張することができる.さ
らにそのような拡張は一意的である.
証明. m を有限加法性を満たすように拡張するには,A =
素)と表される A ∈ σ0 (S) に対しては m(A) :=
⊔M
i=1
∑M
Ai (A1 , . . . , AM ∈ S は互いに
m(Ai ) と定める必要がある.この定義
⊔N
が well-defined であることを確認しよう. i=1 Ai = j=1 Bj (A1 , . . . , AM ∈ S は互いに素,
i=1
⊔M
B1 , . . . , BN ∈ S は互いに素)のとき
M
∑
m(Ai ) =
i=1
N
∑
m(Bj )
(5.2)
j=1
であることを示せばよい.Ci,j = Ai ∩ Bj (i = 1, . . . , M, j = 1, . . . , N ) とおくと,Ci,j ∈ S で
あり,各 i に対して Ai =
⊔N
j=1
Ci,j .(5.1) より,m(Ai ) =
M
∑
m(Ai ) =
M ∑
N
∑
∑N
j=1
m(Ci,j ). i について和をとると
m(Ci,j ).
i=1
i=1 j=1
N
∑
M ∑
N
∑
同様にして
j=1
m(Bj ) =
m(Ci,j )
i=1 j=1
を得るので (5.2) が従う.このようにして σ0 (S) 上に拡張した m が有限加法性を持つことを
示す.A1 , . . . , AM ∈ σ0 (S) が互いに素で A =
50
⊔M
i=1
Ai とする.各 i = 1, . . . , N に対して
5 測度の構成
Ai =
⊔Ni
j=1
Ai,j (Ai,1 , . . . , Ai,Ni ∈ S は互いに素)と表され,A =
⊔M ⊔Ni
j=1
i=1
Ai,j であることに
注意すると
m(A) =
Ni
M ∑
∑
(m(A) の定め方から)
m(Ai,j )
i=1 j=1
=
M
∑
(m(Ai ) の定め方から)
m(Ai ).
i=1
拡張の一意性は明らかである.
これらの命題を利用して命題 5.1 を証明する.
命題 5.1 の証明.†3 まず,J が半加法族であることを示そう.∅ ∈ J はよい.A = (a1 , b1 ]] × · · · ×
(ad , bd ]] と B = (â1 , b̂1 ]] × · · · × (âd , b̂d ]] ∈ J に対して
A ∩ B = (ã1 , b̃1 ]] × · · · × (ãd , b̃d ]],
ただし ãi = max{ai , âi }, b̃i = min{bi , b̂i } (i = 1, . . . , d),となるので†4 A ∩ B ∈ J. さらに
Ji,− = (−∞, ai ]], Ji,◦ = (ai , bi ]], Ji,+ = (bi , +∞) (i = 1, . . . , d) とおくと


⊔
Rd \ A = 
J1,p1 × · · · × Jd,pd  \ (J1,◦ × · · · × Jd,◦ )
(p1 ,...,pd )∈{−,◦,+}d
⊔
=
(p1 ,...,pd
J1,p1 × · · · × Jd,pd .
)∈{−,◦,+}d \{(◦,◦,...,◦)}
従って Ac は J の互いに素な有限個の元の和で表される.
次に (5.1) を確認する.まず次の単純な場合から始める.A = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] ∈ J と
(1)
し,i = 1, . . . , d に対して ai = xi
集合
{
(p1 )
(x1
(p1 +1)
, x1
(2)
< xi
(pd )
]] × · · · × (xd
(Mi )
< · · · < xi
(pd +1)
, xd
= bi とし,M := M1 M2 · · · Md 個の
]] 1 ≤ pi ≤ Mi − 1 (i = 1, . . . , d)
を並べたものを B1 , B2 , . . . , BM とすると,これらは互いに素で A =
M
∑
m(Bi ) =
M
1 −1 M
2 −1
∑
∑
p1 =1 p2 =1
i=1
=
d
∏
i=1
=
d
∏
···
M
d −1
∑
(p1 +1)
(x1
(p1 )
− x1
⊔M
i=1
Bi である.すると,
(pd +1)
) · · · (xd
}
(pd )
− xd
)
pd =1
(M −1
)
i
∑
(pi +1)
(pi )
(xi
− xi )
pi =1
(bi − ai ) = m(A).
i=1
†3
命題 5.1 の主張は直感的にはほとんど明らかなのだが,以下の証明は煩雑である.証明を読み始める前に,まず自分
で考えてみることを勧める.
†4 ã ≥ b̃ のときは定義より (ã , b̃ ]] = ∅ である.
i
i
i i
51
5 測度の構成
よって,この場合は (5.1) が成立する.
次に,(5.1) の仮定を満たす一般の A = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] ∈ J と A1 , . . . , AM ∈ J につ
いて考える.A1 , . . . , AM の頂点座標の第 i 成分に現れる数をすべて集めて大きさの順に並べたも
(1)
のを ai = xi
(2)
< xi
(Ni )
< · · · < xi
= bi とし,N := N1 N2 · · · Nd 個の集合
}
{
(p )
(p +1)
(p )
(p +1)
(x1 1 , x1 1 ]] × · · · × (xd d , xd d ]] 1 ≤ pi ≤ Ni − 1 (i = 1, . . . , d)
を並べたものを B1 , B2 , . . . , BN とすると,これらは互いに素で A =
{1, 2, . . . , N } の部分集合の列 Λ1 , . . . , ΛM を,Aj =
⊔
⊔N
i=1
Bi であり,更に
Bi (j = 1, . . . , M ) となるようにとれ
⊔M
は互いに素であり {1, . . . , N } = j=1 Λj である.すると,上
る.このとき必然的に Λ1 , . . . , ΛM
i∈Λj
述の結果を各 Aj と A に適用して,
N
∑
m(Aj ) =
j=1
M
∑

∑

j=1

N
∑
m(Bi ) =
m(Bi ) = m(A).
i=1
i∈Λj
よって (5.1) が成り立つ.
命題 5.3 と命題 5.4 より主張を得る.
5.3
外測度から測度へ
定義 5.5. X を空でない集合とする.Γ : 2X → [0, +∞] が外測度 (outer measure) であるとは次
の 3 条件が成り立つことをいう.
(1) Γ(∅) = 0.
(2)(単調性)A ⊂ B ならば
) ≤ Γ(B).
(∪ Γ(A)
∑∞
∞
(3)(可算劣加法性)Γ
j=1 Γ(Aj ).
j=1 Aj ≤
後の命題 5.7 の証明で用いるため,簡単な補題を準備しておく.
補題 5.6. [0, +∞]-値の 2 重数列 {an,k }n∈N,
列に並べ直したものとすると,
(∞
∞
∑
∑
n=1
k∈N
に対して,数列 {âl }l∈N は {an,k }n∈N,
)
an,k
k=1
=
∞
∑
k∈N
を一
âl .
l=1
証明. 任意の L ∈ N に対して,M が十分大きいとき
M ∑
M
∑
an,k ≥
n=1 k=1
L
∑
âl .
l=1
M → ∞, 次いで L → ∞ として,
lim
M →∞
M ∑
M
∑
an,k ≥
n=1 k=1
52
∞
∑
l=1
âl .
(5.3)
5 測度の構成
また,任意の M ∈ N に対して,L が十分大きいとき
M ∑
M
∑
an,k ≤
n=1 k=1
L
∑
âl .
l=1
L → ∞, 次いで M → ∞ として,
M ∑
M
∑
lim
M →∞
an,k ≤
n=1 k=1
∞
∑
âl .
(5.4)
l=1
(5.3), (5.4) と系 4.2 より結論を得る.
注意. 与式の左辺は(1 パラメータの)数列の無限和の形にはなっていないので,補題 5.6 は「非
負実数列の無限和は足す順番を変えても値が変わらない」というよく知られた命題から直ちに従う
というわけではない†5 .
命題 5.7. X を空でない集合,F を X 上の有限加法族,m を (X, F) 上の有限加法的測度とする.
X の部分集合 A に対して,
m∗ (A) = inf

∞
∑

m(Ej ) Ej ∈ F (j = 1, 2, . . . ), A ⊂
j=1
∞
∪


Ej
j=1

と定めると,m∗ は X 上の外測度となる.
証明. 定義 5.5(1)(2) は容易にチェックできる.実際,A = ∅ については Ej = ∅ (j ∈ N) とすると
A⊂
∪∞
j=1
Ej が成り立つから m∗ (∅) ≤
∑∞
j=1
m(∅) = 0. A ⊂ B のときは m∗ (A) と m∗ (B) の定
義において,inf をとる範囲が m∗ (A) の方が広くなるから m∗ (A) ≤ m∗ (B). 以下,(3) の可算劣
加法性を示そう.An ⊂ X (n = 1, 2, . . . ), ε > 0 とする.各 n に対して,F の元の列 {En,j }∞
j=1
∪∞
∑∞
m(En,j ) ≤ m∗ (An ) + ε/2n となるものが存在する.{En,j }∞
n,j=1
∪∞
∪∞
∞
を一列に並べ直したものを {Ej }j=1 とすると, n=1 An ⊂ j=1 Ej なので,
で An ⊂
j=1
En,j かつ
(
m
∗
j=1
∞
∪
)
An
≤
n=1
∞
∑
j=1
=
∞
∑
m(Ej )


n=1
≤
∞ (
∑
n=1
∞
∑

m(En,j )
∞
ε ) ∑ ∗
m (An ) + n =
m (An ) + ε.
2
n=1
∗
∪∞
∑∞
ε > 0 は任意だから,m∗ ( n=1 An ) ≤ n=1 m∗ (An ).
†5
(補題 5.6 より)
j=1
とはいえ,ほとんど従うようなものではあるけれど
53
5 測度の構成
注意.
(i) 証明を見ればわかるように,F は X 上の有限加法族である必要はなく,仮定は次
のように弱められる.「F は ∅ を要素に持つ X 上の集合族で,写像 m : F → [0, +∞] は
m(∅) = 0 をみたす.」ただし,m∗ (A) の定義中で inf ∅ = ∞ と約束する.
(ii) 有限加法的測度 m が命題 5.4 のように,半加法族 J 上の有限加法的な集合関数 m を拡張
して得られたものであるとき,m∗ (A) の定義中で「Ej ∈ F」を「Ej ∈ J」に変えても値が
変わらないことは容易にわかる.
定義 5.8 (Carathéodory の可測性). Γ を X 上の外測度とする.X の部分集合 E が Γ-可測であ
るとは,任意の A ⊂ X に対して Γ(A ∩ E) + Γ(A ∩ E c ) = Γ(A) となることをいう.
注意 5.9. 外測度の性質より Γ(A ∩ E) + Γ(A ∩ E c ) ≥ Γ(A) は常に成り立つから,定義中の式で
= を ≤ に置き換えてもよい.このことは以降の定理の証明中で用いられる.
定理 5.10. Γ を X 上の外測度とし,MΓ を Γ-可測集合の全体とする.このとき,MΓ は X 上の
σ 加法族で,(X, MΓ , Γ) は完備測度空間となる†6 .
証明. まず,MΓ が σ 加法族であることを,問題 1.3 にある 4 条件を確認することで示す.∅ ∈ M
及び M が補集合をとる操作で閉じていることは定義より明らか.
E1 , E2 ∈ MΓ ならば E1 ∩ E2 ∈ MΓ を示す.任意の A ⊂ X に対して,
Γ(A) = Γ(A ∩ E1 ) + Γ(A ∩ E1c )
(E1 ∈ MΓ より)
= Γ((A ∩ E1 ) ∩ E2 ) + Γ((A ∩ E1 ) ∩ E2c ) + Γ(A ∩ E1c ) (E2 ∈ MΓ より)
≥ Γ(A ∩ (E1 ∩ E2 )) + Γ((A ∩ (E1 ∩ E2 )c ).
ここで最後の不等式は (E1 ∩ E2 )c = (E1 ∩ E2c ) ∪ E1c より
A ∩ (E1 ∩ E2 )c = (A ∩ (E1 ∩ E2c )) ∪ (A ∩ E1c )
であることと Γ の劣加法性より従う.注意 5.9 に注意すると,E1 ∩ E2 ∈ MΓ .
次に,{Ej }∞
j=1 ⊂ MΓ が互いに素であるとき,E :=
N ∈ N について,
Γ(A) ≥
N
∑
⊔∞
j=1
Γ(A ∩ Ej ) + Γ(A ∩ E c ),
Ej ∈ MΓ を示す.まず,任意の
∀
A⊂X
(5.5)
j=1
が成り立つことを数学的帰納法で示そう.N = 1 のときは E1 ∈ MΓ と E c ⊂ E1c より (5.5) が成
り立つ.N = k のとき成り立つとして,A ⊂ X に対して
c
Γ(A) = Γ(A ∩ Ek+1 ) + Γ(A ∩ Ek+1
)
≥ Γ(A ∩ Ek+1 ) +
N
∑
c
c
Γ((A ∩ Ek+1
) ∩ Ej ) + Γ((A ∩ Ek+1
) ∩ Ec)
j=1
†6
完備性の定義は 3.2 節を参照.
54
5 測度の構成
= Γ(A ∩ Ek+1 ) +
N
∑
Γ(A ∩ Ej ) + Γ(A ∩ E c ).
j=1
最後の等式において,Ej ∩ Ek+1 = ∅ (j = 1, . . . , k) と E c ⊂ Ek+1 を用いた.よって N = k + 1
のときにも (5.5) が成り立つ.
(5.5) で N → ∞ とすると,任意の A ⊂ E に対して
Γ(A) ≥
∞
∑
Γ(A ∩ Ej ) + Γ(A ∩ E c )
(5.6)
j=1
≥ Γ(A ∩ E) + Γ(A ∩ E c ).
(Γ の可算劣加法性より)
従って E ∈ MΓ .
以上で MΓ が σ 加法族であることが示された.また,(5.6) で特に A = E とすると Γ(E) ≥
∑∞
j=1
Γ(Ej ). 逆向きの不等式は常に成立するから(Γ の可算劣加法性),Γ(E) =
∑∞
j=1
Γ(Ej ). こ
れは Γ が (X, MΓ ) 上の測度であることを表す.
最後に完備であることを示す.E ⊂ N , N ∈ MΓ , Γ(N ) = 0 とする.任意の A ⊂ X に対して,
Γ(A ∩ E) + Γ(A ∩ E c ) ≤ Γ(N ) + Γ(A) = Γ(A).
従って E ∈ MΓ .
命題 5.7 と定理 5.10 を組み合わせると,(X, F) 上の有限加法的測度 m から完備測度空間
(X, Mm∗ , m∗ ) が構成できたことになる.しかし (X, Mm∗ , m∗ ) が (X, F, m) の拡張になっている
か,すなわち F ⊂ Mm∗ であるかということ,および A ∈ F に対して m(A) = m∗ (A) が成り立
つかということは定かでなく,実際無条件では成り立たない.このことを明確にするのが次の定理
である.
定理 5.11 (E. Hopf の拡張定理†7 ). (X, F) 上の有限加法的測度 m が F 上で完全加法的,すなわ
ち
A1 , A2 , · · · ∈ F が互いに素で
∞
⊔
(
An ∈ F ならば,m
n=1
∞
⊔
n=1
)
An
=
∞
∑
m(An )
(5.7)
n=1
という性質を持つとき,任意の A ∈ F に対して m∗ (A) = m(A) が成立し,更に F ⊂ Mm∗(従っ
て σ(F) ⊂ Mm∗ )が成り立つ.すなわち (X, Mm∗ , m∗ ) は (X, F, m) の拡張になっている.
加えて,もし (X, F, m) が σ 有限,すなわち F の元の列 {Xk }∞
k=1 ですべての k で m(Xk ) < ∞
であり,かつ X =
∪∞
k=1
Xk となるものが存在するとき,有限加法的測度 m の (X, σ(F)) 上の測
度への拡張は一意的(すなわち,m∗ のみ)である.
注意. 条件 (5.7) は,m が (X, σ(F)) 上の測度に拡張できるための必要条件にもなっていることは
明らかである.
†7
Hopf 代数の H. Hopf とは別人.この名称は文献 [3, 4] に倣ったが,Carathéodory の拡張定理と呼ばれることも
多いようである.
55
5 測度の構成
証明. A ∈ F とする.m∗ (A) ≤ m(A) は m∗ の定義より明らかなので,逆向きの不等式を示す.
{En }∞
n=1 ⊂ F, A ⊂
∪∞
n=1
En とする.
(
F1 = E1 ∩ A,
En \
Fn =
n−1
∪
)
∩A
Ek
(n = 2, 3, . . . )
k=1
と定めると,{Fn }∞
n=1 は互いに素で,F の有限加法性より Fn はすべて F に属し,更に Fn ⊂ En ,
A=
⊔∞
n=1
Fn が成り立つ.(5.7) より
m(A) =
∞
∑
m(Fn ) ≤
n=1
∞
∑
m(En ).
n=1
∗
A を覆う {En }∞
n=1 について下限をとると,m(A) ≤ m (A) を得る.
∪∞
次に F ⊂ Mm∗ を示す.E ∈ F, A ⊂ X とする.A ⊂ n=1 En となる {En }∞
n=1 ⊂ F を任意
にとる.
A∩E ⊂
∞
∪
(En ∩ E),
A ∩ Ec ⊂
n=1
∞
∪
(En ∩ E c ),
n=1
c †8
c ∞
および {En ∩ E}∞
n=1 , {En ∩ E }n=1 ⊂ F と m(En ) = m(En ∩ E) + m(En ∩ E ) に注意すると,
∞
∑
m(En ) =
n=1
∞
∑
m(En ∩ E) +
n=1
∞
∑
m(En ∩ E c )
n=1
≥ m∗ (A ∩ E) + m∗ (A ∩ E c ).
∗
∗
∗
c
{En }∞
n=1 について下限をとると,m (A) ≤ m (A ∩ E) + m (A ∩ E ) を得る.従って E ∈ Mm∗
である.
最後に,更に (X, F, m) が σ 有限であるとする.定理の主張中の {Xk }∞
k=1 は単調非減少列とし
てよい†9 .ν を (X, σ(F)) 上の測度で m の拡張になっているものとする.A ∈ σ(F) を任意にと
る.A ⊂
∪∞
n=1
En となる {En }∞
n=1 ⊂ F をとると,
(
∞
∪
ν(A) ≤ ν
)
En
n=1
≤
∞
∑
ν(En ) =
n=1
∞
∑
m(En ).
n=1
∗
A を覆う {En }∞
n=1 について下限をとると,ν(A) ≤ m (A) を得る.次に,この式で A として
Xk \ A (k ∈ N) とすると,ν(Xk \ A) ≤ m∗ (Xk \ A).
ν(Xk \ A) = ν(Xk ) − ν(A ∩ Xk ),
m∗ (Xk \ A) = m∗ (Xk ) − m∗ (A ∩ Xk )
であるから(ここで ν(Xk ) = m(Xk ) < ∞, m∗ (Xk ) = m(Xk ) < ∞ を用いた),ν(Xk ) − ν(A ∩
Xk ) ≤ m∗ (Xk ) − m∗ (A ∩ Xk ), 従って ν(A ∩ Xk ) ≥ m∗ (A ∩ Xk ). k → ∞ として ν(A) ≥ m∗ (A).
以上で ν(A) = m∗ (A) が示された.
†8
†9
m は F 上で有限加法的だから.
∪k
j=1 Xj を改めて Xk とすればよいから.
56
5 測度の構成
命題 5.1 で有限加法的測度 (Rd , F, m) を構成した.特に
d
(
) ∏
m (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] =
(bj − aj ).
j=1
命題 5.12. (Rd , F, m) は F 上で完全加法的.すなわち (5.7) が成立する.
証明. A1 , A2 , · · · ∈ F が互いに素で A :=
⊔∞
n=1
∑∞
An が F に属するとする. k=1 m(Ak ) = m(A)
を示せばよい.任意の n ∈ N に対して
n
∑
(
m(Ak ) = m
k=1
であるから,n → ∞ として
n
⊔
)
Ak
≤ m(A)
k=1
∑∞
k=1
m(Ak ) ≤ m(A). 逆向きの不等式
m(A) ≤
∞
∑
m(Ak )
(5.8)
k=1
を示そう.ε > 0 とする.各 k に対して,Gk ∈ F で Ak ⊂ G◦k †10 かつ m(Gk ) ≤ m(Ak ) + ε/2k と
なるものがとれる†11 .また,
m(A) = sup{m(F ) | F ∈ F, F ⊂ A で F はコンパクト集合 }
であることにも注意する†12 .右辺の条件をみたす F ∈ F に対して,F ⊂ A ⊂
コンパクト集合だから,ある N ∈ N が存在して F ⊂
(
m(F ) ≤ m
N
∪
∪N
k=1
∪∞
k=1
G◦k で F は
G◦k . すると
)
Gk
k=1
≤
N
∑
m(Gk )
(有限劣加法性(注意 1.14 を参照))
k=1
≤
N
∑
(m(Ak ) + ε/2k ) ≤
k=1
F について上限をとると m(A) ≤
∞
∑
m(Ak ) + ε.
k=1
∑∞
k=1
m(Ak ) + ε. ε > 0 は任意だから (5.8) が示された.
これをもとにして,命題 5.7, 定理 5.10 の順で構成された測度空間 (Rd , Mm∗ , m∗ ) を d 次元
Lebesgue 測度空間という.この測度空間に関してはより詳しい性質を次節で論じる.
†10
G◦k は Gk の内部,すなわち Gk \ ∂Gk を表す.
実際,Ak が直方体のときに示せばよく,Gk として Ak をほんの少し膨らませた直方体をとればよい.
†12 これも A が直方体のときに示せばよく,有界ならば F として A をほんの少し縮めた直方体を考えればよく,非有
界のときは m(A) = ∞ なのでこの場合も易しい.
†11
57
5 測度の構成
注意 5.13. 定理 5.11 において,σ 有限性の仮定がないと拡張の一意性は一般に成立しない.以下
でそのような例を与える.X = N ∪ {△} とし,A ⊂ X に対して「A の元の個数」(0, 1, 2, . . . ま
たは +∞ の値を取る)を µ(A) と表そう.
F0 = {A ⊂ N | A は有限集合},
F = F0 ∪ {X \ A | A ∈ F0 }
と定めると F は X 上の有限加法族となる.A ∈ F に対して m(A) = µ(A) と定めることで (X, F)
上の有限加法的測度 m が定まる.A ∈ F に対し「△ ∈ A ⇐⇒ A は無限集合 ⇐⇒ m(A) = ∞」
であることと,{△} ∈
/ F に注意する.σ(F) = 2X であり,m の (X, 2X ) 上への測度としての拡
張 ν は無数に存在する.実際,任意に α ∈ [0, +∞] を取り,A ⊂ X に対して
{
µ(A \ {△}) + α (△ ∈ A のとき)
ν(A) =
µ(A)
(△ ∈
/ A のとき)
と定めると†13 ,(X, 2X , ν) は (X, F, m) の測度としての拡張となる.
▷ 問. (X, F, m) は σ 有限でないことを定義に基づいて確認せよ.
次の命題は,命題 5.7, 定理 5.10 の手続きを繰り返しても真に新しいものは出てこないことを示
している.
命題 5.14. (X, F) 上の有限加法的測度 m が F 上で完全加法的であるとする.命題 5.7, 定理 5.10
の順で測度空間 (X, Mm∗ , m∗ ) を構成し,それを σ(F) に制限した測度空間を (X, σ(F), µ) で表
す†14 .(すなわち σ(F) 上で µ = m∗ .)(X, σ(F), µ) から命題 5.7 の手続きで定まる外測度を µ∗
とすると,m∗ = µ∗ .
証明. (X, σ(F), µ) は (X, F, m) の拡張になっているから,外測度の定め方から任意の A ⊂ X に
対して m∗ (A) ≥ µ∗ (A) が成り立つ.逆向きの不等式を示そう.A ⊂ X, ε > 0 とする.µ∗ の定義
∪∞
から,σ(F) の元の列 {Bj }∞
j=1 で,
∑∞
µ(Bj ) ≤ µ∗ (A) + ε となるものが存
∪∞
在する.各 j に対し,µ(Bj ) = m∗ (Bj ) であるから,F の元の列 {Ej,k }∞
k=1 で, k=1 Ej,k ⊃ Bj
∑∞
かつ k=1 m(Ej,k ) ≤ µ(Bj ) + ε/2j となるものが存在する.{Ej,k }j,k∈N を一列に並べ直したも
∪∞
のを {Ek }∞
k=1 とすると, k=1 Ek ⊃ A であるから
m∗ (A) ≤
≤
j=1
∞
∑
Bj ⊃ A かつ
m(Ek ) =
k=1
∞ (
∑
j=1
(∞
∞
∑
∑
j=1
µ(Bj ) +
j=1
)
m(Ej,k )
k=1
ε)
≤ µ∗ (A) + ε + ε.
2j
ε > 0 は任意だから,m∗ (A) ≤ µ∗ (A) となる.
†13
†14
∑
δx を x における Dirac 測度とするとき,ν = x∈N δx + αδ△ とも表せる.
定理 5.11 から σ(F) ⊂ Mm∗ が保証されている.
58
5 測度の構成
測度空間の完備化
5.4
以下,(X, M, µ) を測度空間とする.µ-零集合の定義(定義 3.8)を思い出しておこう.X の部
分集合 A が (µ-) 零集合とは,M の元 B で A ⊂ B かつ µ(B) = 0 となるものが存在することで
あった.µ-零集合の全体を N で表し,M = σ(M ∪ N ) とする†15†16 .一般に,集合 A と集合 B
の対称差 (A \ B) ∪ (B \ A) を A△B で表す.
▷ 問. 以下の関係式が成り立つことを示せ.
(∞
) (∞
)
∞
∪
∪
∪
c
c
A △B = A△B,
An △
Bn ⊂
(An △Bn ),
n=1
n=1
(5.9)
n=1
A△B ⊂ (A△C) ∪ (B△C).
(5.10)
▷ 問. A, B ∈ M, µ(A△B) = 0 ならば µ(A) = µ(B) であることを示せ.
c, M
fを
定理 5.15. (1) M
c = {A ⊂ X | B ∈ M が存在して,A△B が µ-零集合},
M
f = {A ⊂ X | B1 , B2 ∈ M が存在して,B1 ⊂ A ⊂ B2 かつ µ(B2 \ B1 ) = 0}
M
c= M
f.
と定めると,M = M
c= M
f) に対して,M
c, M
fの定義中にある B, B1 , B2 について µ(B) = µ(B1 ) =
(2) A ∈ M (= M
µ(B2 ) が成り立つ.特に,この値は B, B1 , B2 の取り方によらずに定まる.
f の定義中のもの)と定めると,(X, M, µ)
(3) A ∈ M に対して µ(A) = µ(B1 )(ただし B1 は M
は完備測度空間で (X, M, µ) の拡張となる.
c の証明: M ⊂ M
c, N ⊂ M
c は明らか.M
c が σ 加法族であることは (5.9) から
証明. (1) M ⊂ M
c.
わかる.従って M = σ(M ∪ N ) ⊂ M
c⊂ M
fの証明: A ∈ M
cとし,B を M
cの定義中のものとすると,ある N ∈ M ∩N で A△B ⊂ N
M
となるものがとれる.B1 = B \ N , B2 = B ∪ N とすれば B1 ⊂ A ⊂ B2 , µ(B2 \ B1 ) = 0 となる
f.
ので A ∈ M
f ⊂ M の証明: A ∈ M
f とし,B1 , B2 を M
f の定義中のものとすると,A = B1 ⊔ (A \ B1 ) で
M
A \ B1 ⊂ B2 \ B1 だから A ∈ σ(M ∪ N ).
(2) µ(B2 ) = µ(B1 ) + µ(B2 \ B1 ) = µ(B1 ). また,(5.10) より B△B1 ⊂ (A△B) ∪ (A△B1 ) だか
ら µ(B△B1 ) = 0. 従って µ(B) = µ(B1 ).
(3) A ∈ M に対して µ(A) = µ(A) であることは明らか.互いに素な {An }∞
n=1 ⊂ M に対して,
Bn ⊂ An ⊂ Bn かつ µ(Bn \ Bn ) = 0 となる Bn , Bn ∈ M (n ∈ N) をとると,(5.9) より
(1)
(2)
(2)
(1)
(1)
(2)
†15
すなわち,M は M も N も含むような σ 加法族の中で最小のもの.
†16
M が µ に依存して決まることを強調したいときは M などともかく.1つの可測空間上に 2 つ以上の測度が定
µ
まっているときに有用な記法である.
59
5 測度の構成
(∪
)
∪∞
(1)
∞
( n=1 An ) △
∈ N . よって
n=1 Bn
(
µ
∞
∪
)
An
(
=µ
n=1
∞
∪
)
Bn(1)
n=1
=
=
∞
∑
n=1
∞
∑
µ(Bn(1) )
({Bn(1) }∞
n=1 は互いに素だから)
µ(An ).
n=1
従って (X, M, µ) は測度空間.完備であることをみるのも易しい.
(X, M, µ) を (X, M, µ) の完備化という.
問題 5.16. 次のことを確認せよ.
(i) (X, M, µ) は (X, M, µ) の拡張となる完備測度空間のうち最小のものである.
(ii) (X, M) 上の測度で (X, M, µ) の拡張になっているものは µ のみである.
問題 5.17. (X, M, µ) と (X, M, µ) から作られる外測度は一致することを示せ.
命 題 5.18. σ 有 限 測 度 空 間 (X, M, µ) か ら 命 題 5.7, 定 理 5.10 の 順 で 定 ま る 完 備 測 度 空 間
(X, Mµ∗ , µ∗ ) は (X, M, µ) に一致する.
証明. 問題 5.16 をふまえると,Mµ∗ ⊂ M を示せば十分である.
まず A ∈ Mµ∗ が µ∗ (A) < ∞ をみたすとする.n ∈ N に対して,Bn ∈ M で A ⊂ Bn かつ
µ(Bn ) < µ∗ (A) + 1/n をみたすものがとれる.µ∗ (Bn ) = µ(Bn ) < ∞ だから
µ∗ (Bn \ A) = µ∗ (Bn ) − µ∗ (A) < 1/n.
すると Cn ∈ M で Bn \ A ⊂ Cn かつ µ(Cn ) < 1/n となるものがとれる.Dn = Bn \ Cn とおく
と,Dn ⊂ A ⊂ Bn で µ(Bn \ Dn ) ≤ µ(Cn ) < 1/n. B =
∩∞
n=1
Bn ∈ M , D =
∪∞
n=1
Dn ∈ M と
おくと,D ⊂ A ⊂ B であり,任意の n ∈ N に対して
µ(B \ D) ≤ µ(Bn \ Dn ) < 1/n
であるから µ(B \ D) = 0. よって A ∈ M となる.
一般の A ∈ Mµ∗ に対しては,{Xk }∞
k=1 ⊂ M で X =
∪∞
るものを取ると,上の結果から A ∩ Xk ∈ M. 従って A =
命題 5.19.
k=1
∪∞
Xk かつ µ(Xk ) < ∞ (k ∈ N) とな
k=1 (A
∩ Xk ) ∈ M.
(i) f を X 上の(R-値または C-値)M-可測関数,g を X 上の関数とする.{x ∈
X | f (x) ̸= g(x)} が µ-零集合ならば,g は M-可測関数.
(ii) g を X 上の M-可測関数とするとき,M-可測関数 f で {x ∈ X | f (x) ̸= g(x)} が µ-零集合
となるものが存在する.
60
5 測度の構成
証明. (i): R-値関数のとき示せばよい.a ∈ R に対して,{g > a}△{f > a} は {f ̸= g} に含まれ
るから µ-零集合.従って {g > a} ∈ M.
(ii): [0, +∞]-値関数のとき示せばよい.問題 2.13 より,
g=
∞
∑
aj ≥ 0, Ej ∈ M
aj 1Ej ,
j=1
と表せる.各 j に対して Bj ∈ M で Ej △Bj が µ-零集合となるものをとり,f =
定める.f は M-可測関数で,{f ̸= g} は
5.5
∪∞
j=1 (Ej △Bj )
∑∞
j=1
aj 1Bj と
に含まれるから µ-零集合である.
まとめ
前項までの様々な主張を図式にまとめておく.
(i) 有限加法的測度空間 (X, F, m) が F 上で完全加法的であるとき
• (a)→(b)→(c) で構成した測度空間 (X, Mm∗ , m∗ ) と (X, σ(F), m∗ ) は (X, F, m) の拡
張.(定理 5.10, 定理 5.11)
• (X, F, m) が更に σ 有限のとき,(X, F, m) の (X, σ(F)) への拡張は (X, σ(F), m∗ ) の
み.
(定理 5.11)
• (X, F, m) から構成した外測度と (X, σ(F), m∗ ) から構成した外測度は一致する.(命
題 5.14)
(ii) 測度空間 (X, F, µ) について
• (X, M, µ) が σ 有限であるとき,(a’)→(b) で構成される (X, Mµ∗ , µ∗ ) と (d) で構成さ
れる (X, M, µ) は一致する.(命題 5.18)
61
6 Lebesgue 測度の性質
6
Lebesgue 測度の性質
本節では,命題 5.12 で構成した Lebesgue 測度の基本的性質と関連する話題について述べる.
6.1
Lebesgue 測度
命題 5.7, 定理 5.10, 定理 5.11 により (Rd , F, m) の拡張となる測度空間 (Rd , Mm∗ , m∗ ) が構成
された.これをこの節では (Rd , L(Rd ), λd ) または (Rd , L, λ) と表し,(d 次元)Lebesgue 測
度空間と呼ぶ.L(Rd ) の元を Lebesgue 可測集合,(Rd , L(Rd ), λd ) 上の可測関数(可積分関数)
を Lebesgue 可測関数(Lebesgue 可積分関数)という†1 .また,λd -零集合のことを(d 次元)
Lebesgue 零集合という.
注意. Rd 上の実数値 Lebesgue 可測関数とは,L(Rd )/B(R)-可測関数のことであり,L(Rd )/L(R)可測関数のことではない.関数の値をとる側の σ 加法族は特に明記しない限り,常に Borel σ 加法
族であることに注意する.
注意. L(Rd ) ⫌ B(Rd ) である.これは両者の濃度が異なる†2 ことから示される.
Rd =
∪∞
n=1 (−n, n]
d
で あ る か ら (Rd , F, m) は σ 有 限 で あ る .従 っ て ,命 題 5.18 よ り
(Rd , B(Rd ), λ) の完備化は (Rd , L, λ) に一致する.更に命題 5.14 と問題 5.17 より,(Rd , F, m),
(Rd , B(Rd ), λ), (Rd , L, λ) から作られた外測度は一致する.
以下では,測度 µ から定まる外測度を µ∗ のように ∗ をつけて表す.
命題 6.1 (平行移動に関する Lebesgue 測度の不変性). x ∈ Rd , A ∈ L に対して A + x ∈ L で,
λ(A + x) = λ(A).
証明. A ∈ F に対して A + x ∈ F かつ m(A + x) = m(A) は明らか.これより任意の E ⊂ Rd に
対して m∗ (E + x) = m∗ (E) が成り立ち,結論が従う†3 .
(
)
命題 6.2 (命題 6.1 の一種の逆). 可測空間 (Rd , B(Rd )) 上の測度 µ が c := µ (0, 1]×· · ·×(0, 1] <
∞ をみたし,更に任意の x ∈ Rd と A ∈ B(Rd ) に対して µ(A + x) = µ(A) が成り立つとする.
このとき µ(A) = cλ(A) (A ∈ B(Rd )) が成り立つ.
†1
より一般に,Rd の Lebesgue 可測集合 X に対して,Lebesgue 測度空間を X に制限した測度空間 (X, LX , λd )
(ここで LX = {A ⊂ X | A ∈ L(Rd )})における可測関数(可積分関数)のことも Lebesgue 可測関数(Lebesgue
可積分関数)という.また,「Lebesgue 測度に関する Lebesgue 積分」のことを単に Lebesgue 積分と呼ぶことも
多い.少し紛らわしいが,文脈で判断してほしい.
†2 証明はそれなりに大変.p. 66 も参照のこと.
†3 詳細を詰めよ.
62
6 Lebesgue 測度の性質
証明. A = (0, 1/k1 ] × · · · × (0, 1/kd ] (k1 , . . . , kd ∈ N) に対して,
(0, 1] × · · · × (0, 1] =
⊔
(
)
A + (x1 , . . . , xd )
xi ∈{0,1,...,ki −1},
i=1,...,d
であるから c = k1 · · · kd µ(A),すなわち µ(A) = cλ(A).再び平行移動不変性を用いて,A =
(a1 , b1 ] × · · · × (ad , bd ] が −∞ < ai < bi < +∞, bi − ai ∈ Q (i = 1, . . . , d) をみたすと
き µ(A) = cλ(A) が示される.測度の連続性(命題 1.13(iii))より,この等式は一般の直方体
A = (a1 , b1 ]] × · · · × (ad , bd ]] でも成立する.よって任意の E ⊂ Rd に対して µ∗ (E) = cλ∗ (E) が
成り立ち,結論が従う.
命題 6.3 (直交変換に関する Lebesgue 測度の不変性). Φ を Rd 上の直交変換とする.すなわちあ
る d 次直交行列 O を用いて Φ(x) = Ox (x ∈ Rd ) と表されている.このとき,A ∈ L に対して
Φ(A) ∈ L で,λ(Φ(A)) = λ(A).
証明. Φ は Rd 上の同相写像だから,任意の A ∈ B(Rd ) に対して Φ(A) = (Φ−1 )−1 (A) ∈ B(Rd ).
よって A ∈ B(Rd ) に対して µ(A) = λ(Φ(A)) として (Rd , B(Rd )) 上の測度 µ が定まる.命題
6.2 の仮定を満たすことも容易に確認できる.従ってある定数 c を用いて µ(A) = cλ(A) が任意
の A ∈ B(Rd ) で成立する.A として原点中心の半径 1 の開球を取ると,Φ(A) = A で,更に
λ(A) > 0 であるから,c = 1 である.よって B(Rd ) の元 A については主張が従う.A ∈ L に対
しては,B1 ⊂ A ⊂ B2 , λ(B2 \ B1 ) = 0 なる B1 , B2 ∈ B(Rd ) をとれば,Φ(B1 ) ⊂ Φ(A) ⊂ Φ(B2 )
で
†4
λ(Φ(B2 ) \ Φ(B1 )) = λ(Φ(B2 \ B1 )) = λ(B2 \ B1 ) = 0
となるので,Φ(A) ∈ L かつ λ(Φ(A)) = λ(A) である.
命題 6.1 と命題 6.1 より,Lebesgue 測度は Rd の合同変換によって不変であることが分かる.
命題 6.4. 任意の A ⊂ Rd に対して
m∗ (A) = inf{λ(G) | G は開集合で A ⊂ G}.
証明. 左辺 ≤ 右辺の証明: G が開集合で A ⊂ G ならば m∗ (A) ≤ m∗ (G) = λ(G). G について下
限をとればよい.
左辺 ≥ 右辺の証明: A ⊂ Rd , ε > 0 とするとき,m∗ の定義から F の元の列 {En }∞
n=1 で
∪∞
∑∞
λ(En ) ≤ m∗ (A) + ε をみたすものが存在する.各 n に対して,開集合
∪∞
Gn で Gn ⊃ En かつ λ(Gn ) ≤ λ(En ) + ε/2n となるものが存在する†5 .G = n=1 Gn とおくと,
A⊂
†4
†5
n=1
En かつ
n=1
Φ が単射であることを用いた
En は有限個の直方体(境界を一部含む)の和であるから,各直方体をほんの少し拡大した開直方体をとってその和
を Gn とすればよい.
63
6 Lebesgue 測度の性質
G は開集合で A ⊂ G であり,更に
λ(G) ≤
∞
∑
λ(Gn ) ≤
n=1
∞
∑
(λ(En ) + ε/2n ) ≤ m∗ (A) + ε + ε.
n=1
ε > 0 は任意だから結論を得る.
命題 6.5. A ∈ L, ε > 0 に対して,開集合 G と閉集合 F で,F ⊂ A ⊂ G, λ(G \ A) ≤ ε,
λ(A \ F ) ≤ ε となるものが存在する.(特に,λ(G \ F ) ≤ 2ε.)
証明. n ∈ N に対して An = A ∩ [−n, n]d とおく.命題 6.4 より,各 n に対して開集合 Gn で,
Gn ⊃ An かつ λ(Gn ) ≤ λ(An ) + ε/2n となるものがとれる.λ(An ) < ∞ なので,λ(Gn \ An ) ≤
∪∞
ε/2n . G = n=1 Gn とすれば,G は開集合,G ⊃ A で
(
λ(G \ A) ≤ λ
∞
∪
)
(Gn \ An )
n=1
≤
∞
∑
λ(Gn \ An ) ≤ ε.
n=1
F については,Ac について上の結果を適用したものの補集合を F とすればよい.
▷ 問.
(i) A ∈ L, ε > 0 に対して,Rd 上の実数値連続関数 φ で
∫
|1A − φ| dλ ≤ ε
Rd
をみたすものが存在することを示せ.
(Hint: 閉集合 F と開集合 G で,F ⊂ A ⊂ G かつ λ(G \ F ) ≤ ε をみたすものを取り,
φ(x) =
d(x, Gc )
,
d(x, F ) + d(x, Gc )
x∈R
(ただしここで一般に d(x, C) := inf y∈C |x − y|Rd )とせよ.)
(ii) Rd 上の実数値 Lebesgue 可積分関数 f と ε > 0 に対して,Rd 上の実数値連続関数 φ で
∫
|f − φ| dλ ≤ ε
Rd
をみたすものが存在することを示せ.
系 6.6. A ∈ L に対して,可算個の開集合の共通部分として表される集合†6 G と,可算個の閉集合
の和として表される集合†7 F で,F ⊂ A ⊂ G かつ G \ F が λ-零集合となるものがとれる.
証明. 命題 6.5 で ε = 1/k (k ∈ N) に対する G, F をそれぞれ Gk , Fk として,G =
F =
∪∞
k=1
†7
k=1
Gk ,
Fk とおくと,任意の k ∈ N で λ(G \ F ) ≤ λ(Gk \ Fk ) ≤ 2/k が成り立つので
λ(G \ F ) = 0.
†6
∩∞
このような集合を Gδ 集合ということもある.
このような集合を Fσ 集合ということもある.
64
6 Lebesgue 測度の性質
系 6.7. A ∈ L に対して,
λ(A) = sup{λ(F ) | F は閉集合で F ⊂ A}
= sup{λ(K) | K はコンパクト集合で K ⊂ A}.
更に λ(A) < ∞ ならば,任意の ε > 0 に対して,あるコンパクト集合 K が存在して K ⊂ A かつ
λ(A \ K) ≤ ε となる.
証明. 第 1 式は命題 6.5 より従う.2 つ目の等号で,≥ の向きは自明.≤ の向きを示そう.閉集
合 F (⊂ A) に対して,Fn = F ∩ [−n, n]d (n = 1, 2, . . . ) とおくと,各 Fn はコンパクト集合で
Fn ⊂ F , λ(Fn ) → λ(F ) (n → ∞) であるから,
λ(F ) ≤ sup{λ(K) | K はコンパクト集合で K ⊂ A}.
F について上限をとればよい.
最後の主張を示そう.前半の主張より,コンパクト集合 K (⊂ A) で λ(A) ≤ λ(K) + ε となるも
のが存在する.λ(A) < ∞ であるから,λ(A \ K) = λ(A) − λ(K) ≤ ε.
注意. λ∗ (A) < ∞ なる A ⊂ Rd に対して(特に,有界集合 A に対して),
A ∈ L ⇐⇒ inf{λ(G) | G は開集合で A ⊂ G} = sup{λ(F ) | F は閉集合で F ⊂ A}
が成り立つ.実際,命題 6.4 と系 6.7 より ⇒ が従う(この向きについては λ∗ (A) < ∞ の仮
定は不要.)⇐ の向きを示そう.λ∗ (A) < ∞ より,inf{λ(G) | G は開集合で A ⊂ G} は有
限値.また,仮定から各 n ∈ N に対して開集合 Gn と閉集合 Fn で,Fn ⊂ A ⊂ Gn かつ
λ(Gn ) ≤ λ(Fn ) + 1/n (< ∞) となるものが存在する.G =
∩∞
n=1
Gn , F =
∪∞
n=1
Fn とすれば,
F, G ∈ B(R ), F ⊂ A ⊂ G, λ(G \ F ) = 0. 命題 5.18 と定理 5.15 より A ∈ L が従う.
d
6.2
Rd のいろいろな部分集合
雑多な注意と例を挙げる.
(i) A ⊂ Rd が高々可算集合であれば,λ(A) = 0 である.実際,1 点集合は Lebesgue 零集合な
ので,測度の可算加法性より A も Lebesgue 零集合.
問題 6.8. Q は可算集合なので 1 次元 Lebesgue 零集合である.ε > 0 に対し,Q を含む開
集合 G で λ(G) ≤ ε となるものを1つ構成せよ.
(ii) Rd の部分集合 A に対して,A の境界集合 ∂A が Lebesgue 零集合ならば,A は Lebesgue 可
測である.実際,A◦ ⊂ A ⊂ A, λ(A \ A◦ ) = λ(∂A) = 0 であるから.一般に,Lebesgue 可
測集合 A に対して,∂A は Lebesgue 零集合とは限らない.(例:A = Q ⊂ R.)
65
6 Lebesgue 測度の性質
(iii) 連続濃度を持つ Lebesgue 零集合の例(Cantor 集合).
J = [0, 1]
I1,1 = (1/3, 2/3)
I2,1 = (1/9, 2/9), I2,2 = (7/9, 8/9)
·········
一般に,J から Ii,j (i = 1, . . . , k, j = 1, . . . , 2k−1 ) を取り除いてできる,長さ 3−k の 2k 個
の閉区間のそれぞれに対し,中心が同じで長さが 3−k−1 の開区間を Ik+1,1 , . . . , Ik+1,2k とす
る.C = J \
∪∞ ∪2k−1
k=1
l=1
Ik,l を Cantor の 3 進集合という.
• 構成の仕方より,C は閉集合.
• C は Lebesgue 零集合.実際,
∞ 2∑
∑
k−1
λ(C) = 1 −
=1−
λ(Ik,l )
k=1 l=1
∞
∑
k−1
2
× 3−k
k=1
=1−
• C=
{∑
∞
1/3
= 0.
1 − 2/3
}
j
ε
/3
任意の
j
∈
N
に対して
ε
=
0
または
2
と表せるので,C は連続濃
j
j
j=1
度 c を持つ.
• C は内点を持たない.
また,C の任意の部分集合は Lebesgue 零集合であるから,特に Lebesgue 可測集合である.
C の部分集合全体からなる集合(すなわち C のべき集合 2C )の濃度は 2c で,これは R のべ
き集合 2R の濃度に等しい.従って 1 次元 Lebesgue 可測集合全体 L1 の濃度は 2c であるこ
とが,包含関係 2C ⊂ L1 ⊂ 2R より結論づけられる.一方,1 次元 Borel 可測集合全体 B(R)
の濃度は c(< 2c ) であることが知られているので†8 ,特に C の部分集合のうち,Borel 可測
でないものが存在する.
▷ 問. 上の構成方法を参考にして,実数 α ∈ (0, 1) に対して次の性質をみたす,区間 [0, 1] の
部分集合 Cα を構成せよ.
• Cα は閉集合.
• λ(Cα ) = α.
• Cα は連続濃度を持つ.
• Cα は内点を持たない.
注意. C と Cα は互いに同相である.特にこれより,同相写像は「Lebesgue 零集合」という
性質を一般には保たないことがわかる.
†8
自明ではない
66
6 Lebesgue 測度の性質
(iv) 選択公理を用いて Lebesgue 非可測集合を以下のように構成することができる†9 .A = [0, 1)
とし,x, y ∈ A に対して x − y ∈ Q のとき x ∼ y と定めると,∼ は A 上の同値関係となる.
∼ による同値類の集合 A/ ∼ を考え,各同値類から代表元を 1 つずつとり(ここで選択公理
を使った),それら代表元からなる集合を B とする.すなわち,B は A の部分集合で次の性
質をみたす.(i) x, y を B の異なる元とするとき,x ̸∼ y .(ii)
∪
q∈Q (q
+ B) ∩ A = A. B が
Lebesgue 可測であると仮定して矛盾を導こう.もし λ(B) = 0 ならば,
Lebesgue 測度の平
(∪
)
行移動不変性より任意の q ∈ Q に対して λ(q + B) = 0 だから λ
(q
+
B)
∩
A
=0と
q∈Q
なり,これは λ(A) = 1 に反する.従って λ(B) > 0 となるが,
⊔
A=
({(q + B) ∩ A} ⊔ {(q − 1 + B) ∩ A})
q∈Q∩[0,1)
(図を書いて考えよ)であることと,再び Lebesgue 測度の平行移動不変性より,q ∈ Q ∩ [0, 1)
に対して
λ ({(q + B) ∩ A} ⊔ {(q − 1 + B) ∩ A}) = λ(B ∩ (−q + A)) + λ(B ∩ (1 − q + A))
(
)
= λ B ∩ [−q, 2 − q) = λ(B)
であることから λ(A) = ∞ となり,λ(A) = 1 に矛盾する.従って B は Lebesgue 可測で
ない.
Riemann 積分との関連(完結編)
6.3
6.3.1
1 次元の場合
f を区間 I = [0, 1] 上の有界関数とする†10 .すなわち実数 a, b が存在して任意の x ∈ I に対
し a ≤ f (x) ≤ b となる.自然数 n に対し,I の 2n 等分割を ∆n とする.すなわち ∆n = {0 <
2−n < 2 · 2−n < · · · < (2n − 1)2−n < 1}. In,0 = [0, 2−n ] とし,k = 1, 2 . . . , 2n − 1 に対しては
In,k = (k · 2−n , (k + 1)2−n ] と定める.k = 0, 1, . . . , 2n − 1 に対して
mn,k = inf{f (x) | x ∈ In,k },
Mn,k = sup{f (x) | x ∈ In,k }
とし,
φn =
n
2∑
−1
mn,k 1In,k ,
k=0
ψn =
n
2∑
−1
Mn,k 1In,k
k=0
∞
と定める.これらは単関数で {φn }∞
n=1 , {ψn }n=1 は n に関してそれぞれ単調非減少,単調非増加
である.極限関数をそれぞれ φ, ψ とすると,これらは Borel 可測関数で,
a ≤ φn (x) ≤ φ(x) ≤ f (x) ≤ ψ(x) ≤ ψn (x) ≤ b,
†9
†10
n ∈ N, x ∈ I
Lebesgue 非可測集合の構成には選択公理が不可避であることが知られている.
記号を簡単にするため区間 [0, 1] で論じるが,有界閉区間 [α, β] としても同様である.
67
6 Lebesgue 測度の性質
が成り立つ.
sn =
n
2∑
−1
mn,k |In,k |,
k=0
とすると,容易に分かるように sn =
∫
I
Sn =
n
2∑
−1
Mn,k |In,k |,
k=0
φn (x) λ(dx), Sn =
∫
I
n∈N
ψn (x) λ(dx). すると,
f が Riemann 積分可能
⇐⇒ lim sn = lim Sn
n→∞
n→∞
(Darboux の定理より.このときこの極限値が f の Riemann 積分になる)
∫
∫
⇐⇒
φ(x) λ(dx) =
I
(単調収束定理)
ψ(x) λ(dx)
I
⇐⇒ φ = ψ λ-a.e. on I
(φ ≤ ψ と系 3.12(2) より.このとき命題 5.19(i) より
∫
f は Lebesgue 可積分関数で
∫
φ dλ).
(6.1)
φ(x) = ψ(x) ⇐⇒ f は x で連続
(6.2)
f dλ =
I
I
D = {x ∈ I | x は 2 進有限小数} とする.
▷ 問. x ∈ I \ D のとき,
を示せ.
(Hint: 例えば,x ∈ I \ D のとき
φ(x) = min{f (x), lim f (y)},
ψ(x) = max{f (x), lim f (y)}
y→x
y→x
であることを示す†11 .)
D が Lebesgue 零集合であることと (6.1), (6.2) を合わせると以下の定理を得る.
定理 6.9. I 上の有界関数 f が Riemann 積分可能であるための必要十分条件は,f の不連続点の
集合が Lebesgue 零集合であること.f が Riemann 積分可能であるとき,f は Lebesgue 可積分
であり,積分値は一致する.
特に,単調な関数の不連続点は高々可算個だから(なぜか?),Riemann 積分可能である.
Riemann 積分可能な関数は Borel 可測とは限らないことに注意しよう.実際,I の部分集合 A と
して,Cantor 集合 C の部分集合で Borel 可測ではないものを取ると,関数 1A は Riemann 積分
可能†12 で Lebesgue 可積分だが Borel 可測ではない.
I 上の Lebesgue 可積分関数に関して,Lebesgue 積分
∫
I
f dλ を
∫1
0
f (x) dx のように表すこと
もよく行われる.
以下の例で分かるように,広義 Riemann 積分可能な関数が Lebesgue 可積分とは限らないこと
に注意する.
†11
lim f (y) := lim
y→x
†12
inf
ε→0 y; 0<|x−y|<ε
f (y),
lim f (y) := lim
y→x
sup
ε→0 y; 0<|x−y|<ε
1A の不連続点の集合は C に含まれるため Lebesgue 零集合だから
68
f (y) である.
6 Lebesgue 測度の性質
例 6.10. 区間 I = [0, ∞) 上の関数 f を




1
(x ∈ [2n, 2n + 1), n = 0, 1, 2, . . . のとき)
n+1
f (x) =

1

−
(x ∈ [2n + 1, 2n + 2), n = 0, 1, 2, . . . のとき)
n+1
∫R
と定めると,limR→+∞ 0 f (x) dx = 0 なので f は I 上で広義 Riemann 積分可能であるが,
∫
|f | dλ = +∞ であるから f は I 上 Lebesgue 可積分ではない.
I
この例を見て,「Lebesgue 積分より Riemann 積分の方が優れているところもあるのか…」等
と即断してはいけない.limR→+∞
∫R
0
f (x) dx を Lebesgue 積分の極限と解釈しても意味付け
られるが,「広義 Lebesgue 積分」とは呼ばないだけのことである.次の事実にも注意しておこ
う.Jk =
∪∞
k=1
∪k2 −1
n=0
[2n, 2n + 1) ∪
∪k−1
n=0 [2n
+ 1, 2n + 2) (k = 1, 2, . . . ) とすると,J1 ⊂ J2 ⊂ · · · ,
Jk = I だが
∫
f dλ =
Jk
2
k∑
−1
n=0
k−1
k∑
−1
∑ 1
1
1
−
=
n + 1 n=0 n + 1
n+1
2
n=k
1
1
1
1
1
1
≥
+ ··· +
+
+ ··· +
+··· + 2 + ··· + 2
2k
2k
3k
3k
k
k
|
{z
} |
{z
}
|
{z
}
k個
k個
k個
1 1
1
+ + ··· +
2 3
k
→ +∞ (k → ∞),
=
よって limk→∞
∫
Jk
f dλ = +∞. すなわち,I に増大する集合列の取り方によって({[0, R]}∞
R=1
とするか {Jk }∞
k=1 とするかで)極限が変わってしまう.これは絶対収束しないが条件収束はする
無限級数と同様の事情である.
問題 6.11. 区間 I = (0, ∞) 上の関数 g(x) = (sin x)/x についても,g は I 上で広義 Riemann 積
分可能であるが,Lebesgue 可積分ではないことを示せ.
問題 6.12. 区間 I = (0, 1] 上の関数 h で,limε→0
∫1
ε
h(x) dx は存在するが,h は I 上で Lebesgue
可積分でないような例を挙げよ.
問題 6.13. (問題 4.12 の一般化)区間 (0, ∞) 上の関数 f が各区間 [ε, R](ただし 0 < ε < R < ∞)
上で Riemann 積分可能であり,更に広義 Riemann 積分
間 (0, ∞) 上で Lebesgue 可積分で,積分値
∫∞
0
∫∞
0
|f (x)| dx が存在するとする.f は区
f (x) dx は広義 Riemann 積分と見ても,(1 次元
Lebesgue 測度に関する)Lebesgue 積分と見ても同じ値をとることを示せ.
6.3.2
多次元の場合
多次元空間における Riemann 積分(重積分)と Lebesgue 積分についても 1 次元の場合と類
似の主張が成り立つ.まず,Rd の部分集合 I が有界な閉直方体,すなわち有界閉区間の直積
69
6 Lebesgue 測度の性質
[a1 , b1 ] × · · · × [ad , bd ] である場合から始める.定理 6.9 と同様な主張が成り立つ.
定理 6.14. I 上の有界関数 f が Riemann 積分可能であるための必要十分条件は,f の不連続点
の集合が d 次元 Lebesgue 零集合であること.f が Riemann 積分可能であるとき,f は(d 次元
Lebesgue 測度に関して)Lebesgue 可積分であり,積分値は一致する.
証明の方針も定理 6.9 と同様であるため,証明は省略する.
次に積分領域が一般の場合を考える.Rd の有界部分集合 Ω が Jordan 可測であるとは,Ω ⊂ I ◦
となる閉直方体 I をとったとき,関数 1Ω が I で Riemann 積分可能であることをいう.これは I
の取り方によらない.このような Ω と,Ω 上の有界関数 f を考える.f が Ω で Riemann 積分可
能であるとは,Ω ⊂ I ◦ となる閉直方体 I をとって
{
f˜(x) =
f (x) (x ∈ Ω のとき)
0
(x ∈ I \ Ω のとき)
により I 上の関数 f˜ を定めたとき,f˜ が I で Riemann 積分可能であることをいい,このとき f の
積分
∫
Ω
f (x) dx を
∫
I
f˜(x) dx で定める.
定理 6.15. Rd の有界部分集合 Ω が Jordan 可測であるための必要十分条件は,∂Ω が d 次元
Lebesgue 零集合であることである.
証明. 上記のように I を取ったとき,1Ω の不連続点の集合は ∂Ω である.定理 6.14 より結論を得
る.
定理 6.16. Rd の Jordan 可測な有界部分集合 Ω 上の関数 f が Ω で Riemann 積分可能であるため
の必要十分条件は,f の不連続点の集合が d 次元 Lebesgue 零集合であること.f が Ω で Riemann
積分可能であるとき,f は Ω で(d 次元 Lebesgue 測度に関して)Lebesgue 可積分であり,積分
値は一致する.
証明. 定理 6.15 と定理 6.14 を組み合わせれば容易.
広義 Riemann 積分については,多次元の場合は 1 次元の場合と定義が異なるのであった.これ
は関数が定義される集合の形状が多次元の場合は種々多様なので,集合の標準的な近似列というも
のが考えられないからである.
d
定義 6.17. Rd のコンパクト集合の列 {Kn }∞
n=1 が R の部分集合 Ω の近似列であるとは以下の 2
条件が成り立つことをいう.
(i) 各 Kn は Jordan 可測.
(ii) {Kn }∞
n=1 は単調非減少,すなわち K1 ⊂ K2 ⊂ · · · ⊂ Kn ⊂ · · · であり,Ω =
∪∞
n=1
Kn .
集合 Ω と,Ω 上の関数 f が次の条件を満たすことを仮定する.
Ω は少なくとも1つ近似列を持ち,Ω の任意のコンパクト部分集合 K で Jordan
可測なものに対して,f は K 上 Riemann 積分可能.
70
(6.3)
6 Lebesgue 測度の性質
(6.3) の仮定のもと,f が Ω 上で広義 Riemann 積分可能とは,Ω の任意の近似列 {Kn }∞
n=1 に対し
∫
て limn→∞ Kn f (x) dx が存在し,極限値が近似列の取り方によらないことをいう.このときこの
∫
極限値を Ω f (x) dx で表し,f の Ω 上の広義 Riemann 積分,または単に広義積分という.実は次
の事実が成り立つ(証明は省略する)
.
定理 6.18. (6.3) の仮定のもとで,f が Ω 上で広義 Riemann 積分可能であるための必要十分条件
は,|f | が Ω 上で広義 Riemann 積分可能であること.
1 次元の場合の広義 Riemann 積分においては,この主張は成立しない.例 6.10 が反例となって
いる.任意の近似列で等しい極限を持つという要請が強い制約条件であることを表している.こ
の定理を認めると以下の主張は Lebesgue の収束定理を用いれば容易に示される.詳細は各自に任
せる.
定理 6.19. (6.3) の仮定のもとで,f が Ω 上で広義 Riemann 積分可能であるとき,f が Ω 上で
Lebesgue 積分可能であり,積分値は等しい.
6.4
Lebesgue–Stieltjes 積分(基本的な場合)
1.2.5 節で後回しにしていた部分を論じる.F = {(a, b]], −∞ ≤ a ≤ b ≤ +∞ の形の集合
の有限和の全体} とすると,F は R 上の有限加法族であった.F を R 上の実数値関数で,非減
少かつ右連続なものとする.F (+∞) := limx→+∞ F (x), F (−∞) := limx→−∞ F (x) と定める.
⊔n
m : F → [0, +∞] を,m(∅) = 0, また A = k=1 (a(k) , b(k) ]] と表される集合 A ∈ F に対しては
∑n
m(A) = k=1 (F (b(k) ) − F (a(k) )) と定めると,m は (R, F) 上の有限加法的測度となる.この m
について,命題 5.12 の主張が全く同じ証明により成り立ち,定理 5.11 により (R, F, m) の拡張と
なる完備測度空間 (R, M, µ) が構成される.
▷ 問. このことを確認せよ.
µ を F に対応する Lebesgue–Stieltjes 測度,µ に関する Lebesgue 積分を Lebesgue–Stieltjes 積
∫
∫
分ともいい, R · · · µ(dx) を R · · · dF (x) のように表すことも多い.
問題 6.20. もし更に F が C 1 級ならば,µ(dx) = F ′ (x) dx†13 であることを示せ.
Lebesgue–Stieltjes 積分の概念は遥かに一般的な状況にまで拡張されるが,それを述べるにはい
ろいろな準備が必要なので,ここでは省略する.
†13
系 4.9 の後の注意を参照.
71
7
7
直積測度と Fubini の定理
直積測度と Fubini の定理
Riemann 積分においては,適当な仮定の下で
)
∫ (∫
∫ (∫
b
d
d
b
f (x, y) dx dy =
a
c
)
∫∫
f (x, y) dy dx =
c
a
f (x, y) dx dy
[a,b]×[c,d]
のように,累次積分の積分順序が交換できたり重積分で表せたりするのであった.本節では
Lebesgue 積分においても同様の主張が更に一般的な状況で成り立つことをみる.
7.1
直積測度空間
(X, MX , µX ), (Y, MY , µY ) を 2 つの測度空間とする†1 .X × Y 上の集合族 J を
J = {E × F | E ∈ MX , F ∈ MY }
と定める.J を MX × MY とも表す†2 .
問題 7.1. J は X × Y 上の半加法族(定義 5.2 参照)であることを示せ.
命題 5.3 より,J から生成される有限加法族を F とするとき
F=
=

N
∪

j=1

N
⊔

(Ej × Fj ) N ∈ N, Ej × Fj ∈ J (j = 1, . . . , N )
(Ej × Fj )



N ∈ N, Ej × Fj ∈ J (j = 1, . . . , N ), {Ej × Fj }N
j=1 は互いに素
j=1



が成り立つ.E × F ∈ J に対して,λ(E × F ) = µX (E)µY (F ) と定める†3 .
問題 7.2. 写像 λ : J → [0, +∞] は条件 (5.1) を満たすことを示せ.(Hint: 命題 5.1 の証明の後半
部をまねる.)
命題 5.4 より,λ は (X × Y, F) 上の有限加法的測度に一意的に拡張される.以下で,さらに λ
が (X × Y, σ(F)) 上の測度に拡張できることを示そう†4 .
補題 7.3. A ∈ F に対し,1A (x, y) (x ∈ X, y ∈ Y ) は,y を固定して x の関数とみると MX -可
測であり,
∫
g(y) =
1A (x, y) µX (dx),
y∈Y
X
†1
フォントのデザインのせいで µX は µ と X が並んでいるようにも見えるが,
「µ に下付きの X 」である.念のため.
後で出てくる MX ⊗ MY との違いに注意.
†3 0 × ∞ = 0 という規約に注意.
†4 容易に分かるように,σ(F) = σ(J) である.
†2
72
直積測度と Fubini の定理
7
とすると g は Y 上の MY -可測関数で,更に
∫
g(y) µY (dy) = λ(A).
Y
証明. A = E × F (E ∈ MX , F ∈ MY ) のときに示せばよい.1A (x, y) = 1E (x)1F (y) であるか
ら,y を固定したとき x について MX -可測.
∫
g(y) =
1E (x)1F (y) µX (dx) = µX (E)1F (y)
X
となるのでこれは MY -可測.更に
∫
g(y) µY (dy) = µX (E)µY (F ) = λ(A).
Y
補題 7.4. λ は F 上で完全加法的.すなわち {Aj }∞
j=1 が F の互いに素な元の列で,A :=
∪∞
j=1
Aj ∈ F ならば,λ(A) =
証明. Bn =
∪n
j=1
∑∞
j=1
λ(Aj ).
Aj (n ∈ N) とおくと,{Bn }∞
n=1 は単調非減少列で,
∫
n=1
Bn = A.
∫
1Bn (x, y) µX (dx) (n ∈ N),
gn (y) =
∪∞
g(y) =
X
1A (x, y) µX (dx)
X
とすると,1Bn (x, y) ↗ 1A (x, y) (n → ∞) より,単調収束定理から任意の y ∈ F に対して
gn (y) ↗ g(y) (n → ∞). 再び単調収束定理より
∫
∫
lim
gn (y) µY (dy) =
g(y) µY (dy).
n→∞
補題 7.3 より,
∫
Y
Y
gn (y) µY (dy) = λ(Bn ) =
∑n
j=1
Y
λ(Aj ),
∫
Y
g(y) µY (dy) = λ(A) なので結論を
得る.
以下では,常に次を仮定する.
(X, MX , µX ) と (Y, MY , µY ) はともに σ 有限.
∞
このとき,(X × Y, F, λ) も σ 有限である.実際,{Xk }∞
k=1 ⊂ MX , {Yk }k=1 ⊂ MY で
X,
(7.1)
∪∞
k=1 Xk =
∪n
′
k=1 Yk = Y , µX (Xk ) < ∞, µY (Yk ) < ∞ (k ∈ N) となるものをとり,Xn =
k=1 Xk ,
∪n
∪∞
′
′
′
′
k=1 Yk とすれば, n=1 (Xn × Yn ) = X × Y かつ λ(Xn × Yn ) < ∞ (n ∈ N) である.従っ
∪∞
Yn′ =
て,補題 7.4 と Hopf の拡張定理(定理 5.11)より λ は可測空間 (X × Y, σ(F)) 上の測度に一意的
に拡張される.
σ(F) を MX ⊗ MY , λ を µX ⊗ µY と書き,(X × Y, MX ⊗ MY , µX ⊗ µY ) を直積測度空間と
いう.これを完備化した (X × Y, MX ⊗ MY , µX ⊗ µY ) を完備直積測度空間という.いちいち区
別をせずに,µX ⊗ µY の代わりに単に µX ⊗ µY と書くことも多い.また,X × Y 上の関数 f の
∫
∫
µX ⊗ µY に関する積分を, X×Y f (z) (µX ⊗ µY )(dz) の代わりに X×Y f (x, y) (µX ⊗ µY )(dx dy)
と表すこともある.
73
7
直積測度と Fubini の定理
注意 7.5. 測度の構成の方法をたどると,結局以下のように直積測度が作られることになる.((7.1)
は最初から仮定しておく.)
(i) A = E × F ∈ J に対して,λ(A) = µX (E)µY (F ) と定める.
(ii) λ から外測度 λ∗ を定める.すなわち,B ⊂ X × Y に対して
}
{∞
∑
∪
∗
λ (B) = inf
λ(Ak ) {Ak }k∈N ⊂ J, B ⊂
Ak .
k=1
k∈N
(iii) Caratheodory の意味で λ∗ -可測な集合の全体を Z とするとき,(X × Y, σ(J), λ∗ ) と
(X × Y, Z , λ∗ ) がそれぞれ上で言うところの (X × Y, MX ⊗ MY , µX ⊗ µY ) と (X ×
Y, MX ⊗ MY , µX ⊗ µY ) に一致する.
問題 7.6. MX ⊗ MY = MX ⊗ MY であることを示せ.
問題 7.7. λn を Rn 上の Lebesgue 測度とするとき,
(Rm × Rn , B(Rm ) ⊗ B(Rn ), λm ⊗ λn ) = (Rm × Rn , L(Rm ) ⊗ L(Rn ), λm ⊗ λn )
= (Rm+n , L(Rm+n ), λm+n )
であることを示せ(最初の等式は前問より従う)
.
注意 7.8. (X, MX , µX ) と (Y, MY , µY ) がともに完備であっても,(X × Y, MX ⊗ MY , µX ⊗ µY )
は一般に完備ではない.例えば
自然数 m, n に対して L(Rm ) ⊗ L(Rn ) ⫋ L(Rm+n )
(7.2)
であるため,(Rm ×Rn , L(Rm ) ⊗ L(Rn ), λm ⊗ λn ) は完備でない.以下,(7.2) を m = n = 1 のと
きに確認しておこう†5 .A として R の Lebesgue 非可測集合をとり†6 ,B = A × {0} ⊂ R × R とお
く.あとで示す命題 7.12 より,任意の G ∈ L(R) ⊗ L(R) に対して {x ∈ R | (x, 0) ∈ G} ∈ L(R)
であるので,B は L(R) ⊗ L(R) の元ではない.一方,B ⊂ R × {0} で λ2 (R × {0}) = 0 であるか
ら,B は 2 次元 Lebesgue 零集合,特に L(R2 ) の元である.従って L(R) ⊗ L(R) ̸= L(R2 ). 包
含関係が成り立つことは上の問題で考察済みである.
Fubini の定理
7.2
以下の定理では (7.1) が常に仮定されていることに注意する.
定理 7.9 (Fubini の定理 I). X × Y 上の [0, +∞]-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して以下が成立
する.
†5
†6
一般の m, n の場合も同様の議論で示せる.
p. 67 で一例を与えた.
74
7
直積測度と Fubini の定理
(1) 任意の y ∈ Y に対して,x 7→ f (x, y) は MX -可測関数.
∫
(2) y 7→ X f (x, y) µX (dx) は [0, +∞]-値 M
-可測関数.
)
∫
∫ (Y∫
(3)
f (x, y) (µX ⊗ µY )(dx dy) =
f (x, y) µX (dx) µY (dy).
X×Y
Y
X
定理 7.10 (Fubini の定理 II). X × Y 上の C-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して以下が成立する.
(1) 任意の y ∈ Y に対して,x 7→ f (x, y) は MX -可測関数.
∫
(2) f が µX ⊗ µY -可積分ならば,µY -a.e. y に対して X f (x, y) µX (dx) は有限値で,y の関数と
して MY -可積分.更に
∫ (∫
∫
)
f (x, y) µX (dx) µY (dy).
f (x, y) (µX ⊗ µY )(dx dy) =
X×Y
Y
X
系 7.11 (定理 7.9 の系). X × Y 上の C-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して,
∫ (∫
∫
)
|f | d(µX ⊗ µY ),
X×Y
|f | dµX
Y
∫ (∫
|f | dµY
dµY ,
X
)
X
dµX
Y
のどれか1つが有限値ならば,他の 2 つも有限値で値は等しく,定理 7.10(2) の仮定が成立する.
定理 7.9 を証明しよう.ある G ∈ MX ⊗ MY を用いて f = 1G と表される場合に示すことがで
きれば,線形性より f が非負単関数の場合も成り立ち,一般の f については単関数の増大列で近
似して単調収束定理を用いればよい.従って,以下の命題を示せば十分である.
命題 7.12. G ∈ MX ⊗ MY とする.y ∈ Y に対して Gy = {x ∈ X | (x, y) ∈ G} と定めると,
Gy ∈ MX であり,µX (Gy ) は y の関数として MY -可測.更に
∫
(µX ⊗ µY )(G) =
µX (Gy ) µY (dy).
Y
証明のため,命題の性質をみたす G ∈ MX ⊗ MY の全体を C とおく.X × Y 上の有限加法族
F=

N
⊔

j=1
(Ej × Fj )


N ∈ N, Ej ∈ MX , Fj ∈ MY (j = 1, . . . , N ),
{Ej × Fj }N

j=1 は互いに素
に対して,補題 7.3 より F ⊂ C. もし C が σ 加法族であることがすぐわかれば MX ⊗ MY =
σ(F) ⊂ C となり証明が終わるが, C が和をとる操作で閉じているかどうかは定義からはよく分
からない.そこで,以下で説明する単調族定理を用いることにする.
一般に,集合 Z の部分集合族 A が単調族 (monotone class) であるとは,次の 2 条件が成り立
つことをいう.
(i) {An }∞
n=1 ⊂ A , A1 ⊂ A2 ⊂ · · · ならば
(ii)
{An }∞
n=1
⊂ A , A1 ⊃ A2 ⊃ · · · ならば
∪∞
n=1
An ∈ A .
n=1
An ∈ A .
∩∞
定理 7.13 (単調族定理). F が Z 上の有限加法族, A が Z 上の単調族で,F ⊂ A ならば,
σ(F) ⊂ A .
75
7
直積測度と Fubini の定理
証明. まず,一般に,集合族 C に対して
∩
B
B: C を含む単調族
は C を含む最小の単調族となる†7 .これを τ ( C) で表す.F ⊂ A のとき τ (F) ⊂ τ ( A ) = A だか
ら,τ (F) = σ(F) を示せばよい.τ (F) ⊂ σ(F) は明らかなので,τ (F) が σ 加法族であることを
示せばよい.次の 2 つの性質を示せば証明が完了する(確認せよ).
(i) A ∈ τ (F) ならば Ac ∈ τ (F).
(ii) A1 , A2 ∈ τ (F) ならば A1 ∩ A2 ∈ τ (F).
(i) の証明: F′ = {E ⊂ X | E ∈ τ (F), E c ∈ τ (F)} とおく.F ⊂ F′ であり,定義から直ちに F′
は単調族であることが分かる.従って τ (F) ⊂ τ (F′ ) = F′ . このことから (i) が従う.
(ii) の証明: まず,F1 = {E ⊂ X | 任意の A ∈ F に対して E ∩ A ∈ τ (F)} とおく.F ⊂ F1 であ
り,定義から直ちに F1 は単調族であることが分かる.従って τ (F) ⊂ τ (F1 ) = F1 . 特に,任意の
E ∈ τ (F) と A ∈ F に対して E ∩ A ∈ τ (F).
次に,F2 = {A ⊂ X | 任意の E ∈ τ (F) に対して E ∩ A ∈ τ (F)} とおく.上の事実より
F ⊂ F2 . また,定義から直ちに F2 は単調族であることが分かる.従って τ (F) ⊂ τ (F2 ) = F2 . こ
のことから (ii) が従う.
▷ 問. 証明中で「直ちに分かる」と記述した点を確認せよ.
従って,命題 7.12 の証明において,もし C が単調族であることが示されれば証明が終わる.µX
と µY がともに有限測度ならばこの方針でよいのだが,一般の場合はもう一工夫必要となる.
命題 7.12 の証明の続き. まず,以下の主張を示そう.
(1) G1 ⊂ G2 ⊂ · · · , Gj ∈ C (j ∈ N) ならば,
∪∞
j=1
Gj ∈ C.
(2) G1 ⊃ G2 ⊃ · · · , Gj ∈ C (j ∈ N) で,更に X̂ ∈ MX , Ŷ ∈ MY で µX (X̂) < ∞, µY (Ŷ ) < ∞,
∩∞
G1 ⊂ X̂ × Ŷ となるものが存在すれば, j=1 Gj ∈ C.
(1) に つ い て ,G =
∪∞
j=1
Gj と お く .y ∈ Y に 対 し て Gy =
∪∞
j=1
Gjy ∈ MX で あ る .
µX (Gjy ) → µX (Gy ) (j → ∞) より µX (Gy ) は y の関数として MY -可測.(µX ⊗ µY )(Gj ) =
∫
∫
µ (Gjy ) µY (dy) で j → ∞ とすると,単調収束定理より (µX ⊗ µY )(G) = Y µX (Gy ) µY (dy).
Y X
従って G ∈ C. 同様の議論で (2) も示される†8 .
∞
さて,(7.1) より,{Xk }∞
k=1 ⊂ MX , {Yk }k=1 ⊂ MY で
∞, µY (Yk ) < ∞ (k ∈ N) となるものがとれる.
†7
†8
∪k
j=1
∪∞
k=1
Xk = X,
∪∞
k=1
Yk = Y , µX (Xk ) <
Xj を改めて Xk とするなどして,{Xk }∞
k=1 ,
証明は σ 加法族の場合の類似の主張と同様.
単調減少列の場合は (2) にあるように余分な仮定が必要である.µX と µY がともに有限測度の場合は,(2) におい
て X̂ = X, Ŷ = Y とすればよいので C は単調族であることになり,単調族定理より命題の証明が完了する.有限
測度でない場合を扱うため以下の議論を行っている.
76
7
直積測度と Fubini の定理
{Yk }∞
k=1 は更に単調非減少であるようにとれる.自然数 k に対して,
Ck = {G ∈ MX ⊗ MY | G ∩ (Xk × Yk ) ∈ C}
とおく.F ⊂ Ck であり,(1)(2) から Ck は単調族であることが分かる†9 .従って,単調族定理よ
り, Ck ⊃ σ(F) = MX ⊗ MY .
任意に G ∈ MX ⊗ MY をとる.自然数 k に対して G ∈ Ck であるから Gk := G∩(Xk ×Yk ) ∈ C
である.G1 ⊂ G2 ⊂ · · · に対して (1) を適用すると,G =
∪∞
k=1
Gk ∈ C. 以上で MX ⊗ MY ⊂ C
が示された.
定理 7.10 の証明. f = f1 − f2 +
√
−1(f3 − f4 ), fj : 非負実数値関数,として fj に定理 7.9 を適
用すればよい.
以上の定理の完備化バージョンは以下のようになる.
定理 7.14 (Fubini の定理 III). X × Y 上の [0, +∞]-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して以下が成
立する.
(1) µY -a.e. y ∈ Y に対して,x 7→ f (x, y) は MX -可測関数.
∫
(2) y 7→ X f (x, y) µX (dx) は [0, +∞]-値(MY -可測関数. )
∫
∫
∫
(3)
f (x, y) µX ⊗ µY (dx dy) =
f (x, y) µX (dx) µY (dy).
X×Y
Y
X
定理 7.15 (Fubini の定理 IV). X × Y 上の C-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して以下が成立
する.
(1) µY -a.e. y ∈ Y に対して,x 7→ f (x, y) は MX -可測関数.
∫
(2) f が µX ⊗ µY -可積分ならば,µY -a.e. y に対して X f (x, y) µX (dx) は有限値で,y の関数と
して MY -可積分.更に
∫ (∫
∫
f (x, y) µX ⊗ µY (dx dy) =
f (x, y) µX (dx) µY (dy).
Y
X×Y
)
X
系 7.16. X × Y 上の C-値 MX ⊗ MY -可測関数 f に対して,
∫ (∫
∫
|f | d(µX ⊗ µY ),
X×Y
)
|f | dµX
Y
X
∫ (∫
)
|f | dµY
dµY ,
X
dµX
Y
のどれか1つが有限値ならば,他の 2 つも有限値で値は等しく,定理 7.15(2) の仮定が成立する.
定理 7.14 の証明のため,補題を準備する.
補題 7.17. µX ⊗ µY -零集合 N ⊂ X × Y に対して次が成り立つ.
†9
もう少し詳しく説明すると,H 1 ⊂ H 2 ⊂ · · · , H j ∈ Ck (j ∈ N), H =
∪∞
H j とするとき,Gj =
H j ∩ (Xk × Yk ) ∈ C とおいて (1) を適用すると H ∩ (Xk × Yk ) ∈ C を得る.従って H ∈ Ck . 単調減少列につ
いても同様.
77
j=1
7
直積測度と Fubini の定理
(1) x ∈ X に対して Nx = {y ∈ Y | (x, y) ∈ N } とするとき,µX -a.e. x に対し Nx は µY -零集合.
(2) y ∈ Y に対して Ny = {x ∈ X | (x, y) ∈ N } とおくとき,µY -a.e. y に対し Ny は µX -零集合.
証明. (2) を示す.G ∈ MX ⊗ MY で N ⊂ G かつ (µX ⊗ µY )(G) = 0 となるものをとる.y ∈ Y
に対して Gy = {x ∈ X | (x, y) ∈ G} とすると Ny ⊂ Gy . 定理 7.9(あるいはその特別な場合の命
∫
題 7.12)より, Y µX (Gy ) µY (dy) = (µX ⊗ µY )(G) = 0. よって µY -a.e. y に対して µX (Gy ) = 0,
すなわち Ny は µX -零集合.
定理 7.14 の証明. 命題 5.19(ii) より,[0, +∞]-値 Mx ⊗ MY -可測関数 g と N ∈ Mx ⊗ MY で,
(µX ⊗ µY )(N ) = 0 かつ (X × Y ) \ N 上で f = g となるものがとれる.補題 7.17 より,µY a.e. y ∈ Y に対して
f (x, y) = g(x, y),
µX -a.e. x ∈ X
が成り立つ.よって µY -a.e. y ∈ Y で x 7→ f (x, y) は MX -可測関数で,
∫
∫
f (x, y) µX (dx) =
X
g(x, y) µX (dx),
µY -a.e. y
X
が成り立つ.右辺は y の関数として MY -可測であるから,左辺は MY -可測.両辺を Y 上で積分
すると
∫ (∫
Y
)
)
∫ (∫
f (x, y) µX (dx) µY (dy) =
g(x, y) µX (dx) µY (dy)
X
X
∫Y
=
g(x, y) (µX ⊗ µY )(dx dy) (定理 7.9 より)
X×Y
∫
=
f (x, y) µX ⊗ µY (dx dy).
X×Y
例 7.18. X × Y の点 (x, y) に関係した命題 P (x, y) について
E = {(x, y) ∈ X × Y | P (x, y) が成立しない }
と定め,E ∈ MX ⊗ MY であるとする.定理 7.14 より,
µX ⊗ µY (E) = 0
⇐⇒ µX -a.e. x に対して,「µY -a.e. y に対して P (x, y) が成立」
⇐⇒ µY -a.e. y に対して,「µX -a.e. x に対して P (x, y) が成立」
である.
問題 7.19. f を区間 [a, b] 上の [0, ∞)-値 Lebesgue 可測関数とし,
A = {(x, y) ∈ R2 | x ∈ [a, b], 0 ≤ y ≤ f (x)}
と定める.A は 2 次元 Lebesgue 可測集合であり,さらに
∫
f (x) λ1 (dx) = λ2 (A) (λd (d = 1, 2) は d 次元 Lebesgue 測度を表す)
[a,b]
78
7
直積測度と Fubini の定理
であることを Fubini の定理を用いて示せ.(高校等で学んだ,関数の積分はその関数のグラフと x
軸が囲む面積を表すという直感的説明の正当化と Lebesgue 可測関数への拡張.)
問題 7.20. (X, M, µ) を σ 有限測度空間,f を X 上の [0, ∞)-値可積分関数とする.t ≥ 0 に対し
て g(t) = µ({f ≥ t}) と定める.以下の等式を示せ.
∫
∫
∞
f dµ =
X
g(t) dt.
0
(Hint: A = {(x, t) ∈ X × [0, ∞) | f (x) ≥ t} として,1A に対して Fubini の定理を適用する.)
2 つの測度空間の直積について論じてきたが,有限個の場合まで自然に拡張することができる.
問題 7.21. (Xi , Mi , µi ) (i = 1, 2, 3) を σ 有限測度空間とするとき,
(X1 × X2 × X3 , (M1 ⊗ M2 ) ⊗ M3 , (µ1 ⊗ µ2 ) ⊗ µ3 )
= (X1 × X2 × X3 , M1 ⊗ (M2 ⊗ M3 ), µ1 ⊗ (µ2 ⊗ µ3 ))
であることを示せ.
こ れ よ り ,有 限 個 の σ 有 限 測 度 空 間 (Xi , Mi , µi ) (i = 1, . . . , d) に 対 し て 直 積 測 度 空 間
∏d
⊗d
⊗d
( i=1 Xi , i=1 Mi , i=1 µi ) は well-defined であり,Fubini の定理を繰り返し用いることで,例
えば
∫
f (x, y, z) (µ1 ⊗ µ2 ⊗ µ3 )(dx dy dz),
)
∫ (∫
f (x, y, z) (µ2 ⊗ µ3 )(dy dz) µ1 (dx),
X
X ×X
)
)
∫ 1 (∫ 2 (∫3
f (x, y, z) µ3 (dz) µ2 (dy) µ1 (dx)
X1 ×X2 ×X3
X1
X2
X3
が f についての適当な仮定の下†10 ですべて等しいことがいえる.
注意 7.22. σ 有限性の条件 (7.1) が成り立っていないとき,一般に逐次積分の順序交換は成立しな
い.一例として,X = Y = [0, 1], MX = MY = B([0, 1]) とし,µX を 1 次元 Lebesgue 測度(を
(X, MX ) 上に制限したもの),µY を (Y, MY ) 上の数え上げ測度(1.2.1 節参照)とする.測度空
間 (Y, MY , µY ) は σ 有限でないことに注意する.このとき
{
f (x, y) =
†10
fが
(∏3
i=1
Xi ,
⊗3
i=1
Mi ,
⊗3
i=1
1 (x = y のとき)
0 (x =
̸ y のとき)
(x ∈ X, y ∈ Y )
)
(∏3
)
⊗3
⊗3
µi または
i=1 Xi ,
i=1 Mi ,
i=1 µi 上の,非負可測関数または可積分
関数ならばよい.
79
7
表1
直積測度と Fubini の定理
Fubini の定理を適用する際のチェックポイント
• 測度空間は σ 有限か?
• 関数は直積空間上の可測関数になっているか?
• 関数は非負値または可積分か?
として定めた X × Y 上の関数 f は MX ⊗ MY -可測だが,
∫ (∫
)
∫
f (x, y) µY (dy) µX (dx) =
1 µX (dx) = 1,
X
Y
X
)
∫ (∫
∫
f (x, y) µX (dx) µY (dy) =
0 µY (dy) = 0
Y
X
Y
となる.σ 有限でない測度空間というのはやや“病的”な例であり,応用上意味のある測度空間は
ほとんどが σ 有限である†11 .
注意 7.23. Fubini の定理において,関数 f が直積空間 X × Y 上の関数として可測という仮定は
重要である.実際,次のような病的な例が知られている.(X, MX , µX ), (Y, MY , µY ) をともに区
間 [0, 1] 上の Lebesgue 測度空間とするとき,X × Y のある部分集合 A の定義関数 f で,定理 7.9
の主張 (1), (2),および (1), (2) で x と y を入れ替えた主張が全て成立しているにも関わらず A は
2 次元 Legesgue 可測でない(特に f は MX × MY -可測でない).一例が文献 [3, pp. 109–110] に
載っているが,ここではそのような例があるということをふまえておけばよい.
問題 7.24. 定理 7.10(2) において,f の可積分性の条件が重要であることを以下の例で確認しよ
う.(X, MX , µX ), (Y, MY , µY ) をともに区間 [0, 1] 上の Lebesgue 測度空間とし,
f (x, y) =
x2 − y 2
,
(x2 + y 2 )2
x, y ∈ [0, 1]
と定める.このとき
∫
1
0
(∫
1
)
f (x, y) dx dy,
0
∫
1
(∫
)
1
f (x, y) dy dx
0
0
の値を具体的に計算し,異なる値になることを確認せよ.(
∫
X×Y
|f | d(µX ⊗ µY ) = ∞ であるので
Fubini の定理とは矛盾しない.
)
(
)
Hint: 等式
†11
∂
∂x
−x
x2 +y 2
= f (x, y) を利用せよ.
または空間を適当に制限することにより σ 有限測度空間の場合に議論が帰着できる場合がほとんどである.細か
い話になるが,例えば f が(σ 有限とは限らない)測度空間 (X, M, µ) 上の可積分関数であるとき,X̂ = {x ∈
X | f (x) ̸= 0},M̂ = {A ⊂ X̂ | A ∈ M}, A ∈ M̂ に対して µ̂(A) = µ(A) と定め,(X, M, µ) を部分
集合 X̂ に制限した測度空間 (X̂, M̂, µ̂) を考えると,これは σ 有限測度空間となる.実際,自然数 n に対して
∫
∪
Xn = {x ∈ X | |f (x)| > 1/n} とおくと µ(Xn ) ≤ n X |f | dµ < ∞ かつ X̂ = n∈N Xn であるから.関数 f
を扱う限り,大抵の場合 X 上ではなく X̂ 上で議論すればすむ.
80
直積測度と Fubini の定理
7
Fibini の定理の応用として,Lebesgue–Stieltjes 積分に関する部分積分公式を取り上げる.
I = (a, b] (−∞ < a < b < ∞),I¯ = [a, b] とし,
¯ = {f | f は I¯ 上の右連続非減少関数 }
M (I)
¯ に対して,6.4 節の議論と同様にして
とする.f ∈ M (I)
(
)
µf (α, β] = f (β) − f (α),
a≤α<β≤β
をみたすような (I, B(I)) 上の(有限)測度 µf がただ1つ定まる.必要に応じて完備化した測度
µf
空間 (I, B(I)
, µf ) を考えてもよい.µf を f に付随する Lebesgue–Stieltjes 測度といい,この
∫
∫b
測度に関する積分 I φ(x) µf (dx) を a φ(x) df (x) とも表し Lebesgue–Stieltjes 積分という.
¯ に対して,
命題 7.25 (部分積分公式). f, g ∈ M (I)
∫
∫
b
f (b)g(b) − f (a)g(a) =
g(x) df (x) +
a
b
f (x−) dg(x).
(7.3)
a
ただしここで,f (x−) := limy↗x f (y).
証明. A = {(x, y) ∈ I × I | x ≥ y}, B = {(x, y) ∈ I × I | x < y} とすると,
(µf ⊗ µg )(I × I) = (µf ⊗ µg )(A) + (µf ⊗ µg )(B).
ここで
(
)(
)
(µf ⊗ µg )(I × I) = µf (I)µg (I) = f (b) − f (a) g(b) − g(a)
であり,Fubini の定理より
∫ (∫
(µf ⊗ µg )(A) =
∫I
=
(
)
1(a,x] (y) µg (dy) µf (dx)
I
)
g(x) − g(a) µf (dx)
∫I
(
)
g(x)µf (dx) − g(a) f (b) − f (a) ,
)
∫I (∫
(µf ⊗ µg )(B) =
1(a,y) (x) µf (dx) µg (dy)
I
∫I
(
)
=
f (y−) − f (a) µg (dy)
∫I
(
)
= f (y−)µg (dy) − f (a) g(b) − g(a) .
=
I
これらを整理すると (7.3) を得る.
¯ と表
本来 Lebesgue–Stieltjes 測度および Lebesgue–Stieltjes 積分は,f1 − f2 (f1 , f2 ∈ M (I))
される関数に対しても定義される概念であり,命題 7.25 はそのような関数に対しても成り立つの
だが,ここでは詳細は省略する.
81
7
A ⊂ B で,さらに
7.3
直積測度と Fubini の定理
表 2 A ⊂ B から σ( A ) ⊂ B を導くための十分条件いろいろ



 B が σ 加法族ならば,
(単調族定理) A が有限加法族で B が単調族ならば,







 (Dynkin 族定理) A が乗法族で B が Dynkin 族ならば, 

σ( A ) ⊂ B.
補遺—Dynkin 族定理
単調族定理(定理 7.13)に類似した定理として Dynkin 族定理(π-λ 定理)がある.これも有用
な定理であるのでここで解説しておく.
集合 Z の部分集合族 D が Dynkin 族(Dynkin 系,λ-系ともいう)とは次の条件をみたすこと
をいう.
(i) Z ∈ D.
(ii) A, B ∈ D, A ⊂ B ならば B \ A ∈ D.
(iii) {An }∞
n=1 ⊂ D, A1 ⊂ A2 ⊂ · · · ならば
∪∞
n=1
An ∈ D.
(i)(ii) より,Dynkin 族は補集合をとる操作で閉じていることに注意する.
集合 Z の部分集合族 C が乗法族(π-系ともいう)であるとは,「A, B ∈ C ならば A ∩ B ∈ C」
が成り立つことをいう.
定理 7.26 (Dynkin 族定理,π-λ 定理). C, D を集合 Z の部分集合族とし, C ⊂ D, C は乗法族,
D は Dynkin 族であるならば,σ( C) ⊂ D.
証明. まず,一般に,集合族 A に対して
∩
B
B: A を含む Dynkin 族
は A を含む最小の Dynkin 族となる†12 .これを δ( A ) で表す. C ⊂ D のとき δ( C) ⊂ δ( D) = D
だから,δ( C) = σ( C) を示せばよい.δ( C) ⊂ σ( C) は明らかなので,δ( C) が σ 加法族であるこ
とを示せばよい.そのためには,
A1 , A2 ∈ δ( C) ならば A1 ∩ A2 ∈ δ( C)
(7.4)
を示せばよい.実際,このとき Dynkin 族 δ( C) は補集合をとる操作で閉じていることから有限加
法族であり,さらに任意の E1 , E2 , · · · ∈ δ( C) に対して An =
∪n
Ej (n = 1, 2, . . . ) とすれば,
∪∞
∪∞
An ∈ δ( C) かつ A1 ⊂ A2 ⊂ · · · であるから Dynkin 族の性質 (iii) より j=1 Ej = n=1 An ∈
δ( C).すなわち δ( C) は可算無限和を取る操作で閉じている.
†12
証明は σ 加法族の場合の類似の主張と同様.
82
j=1
7
直積測度と Fubini の定理
(7.4) を示すために,まず C1 = {E ⊂ X | 任意の A ∈ C に対して E ∩ A ∈ δ( C)} とおく. C ⊂
C1 であり,定義から直ちに C1 は Dynkin 族であることが分かる†13 .従って δ( C) ⊂ δ( C1 ) = C1 .
特に,任意の E ∈ δ( C) と A ∈ C に対して E ∩ A ∈ δ( C).
次に, C2 = {A ⊂ X | 任意の E ∈ δ( C) に対して E ∩ A ∈ δ( C)} とおく.上の事実より C ⊂
C2 . また,定義から直ちに C2 は Dynkin 族であることが分かる.従って δ( C) ⊂ δ( C2 ) = C2 . こ
のことから (7.4) が従う.
Fubini の定理を,単調族定理の代わりに Dynkin 族定理を用いて証明することもできる.興味
のある人は考えてみるとよい.
問題 7.27. µ と ν は可測空間 (X, M) 上の測度で µ(X) = ν(X) < ∞ であるとする.M の部分
集合族 C は乗法族で,σ( C) = M をみたしている.このとき,もしすべての A ∈ C に対して
µ(A) = ν(A) であれば,µ = ν である†14 ことを Dynkin 族定理を用いて示せ.
†13
†14
各自で確認せよ.
すなわち,任意の A ∈ M に対して µ(A) = ν(A).
83
8 今後の道先案内
8
今後の道先案内
解析学 I では Lebesgue 積分論の基礎で話が終わってしまった.この先どんな展開があるか,
ざっくばらんに書いてみよう.
• 関数空間,特に Lp 空間.常微分方程式の解の存在や一意性については,連続関数からなる関数
空間の導入が重要であった.偏微分方程式等を考察するときには可測関数からなる関数空間を
考えることが必要になる.特に p ∈ [1, ∞) として |f |p が可積分であるような f の全体からなる
Lp 空間(正確には,関数の集まりをほとんど至るところ等しいという同値関係で割った商空間)
や,本質的に有界な†1 可測関数の集まりからなる L∞ 空間(これも同値関係で割る必要がある)
などを導入することが重要で,これらには Lp ノルムという自然なノルムが定まり,完備なノル
ム空間(Banach 空間)になる.また,L2 空間には自然な内積が入り,完備な内積空間(Hilbert
空間)になる.これらの基本性質を調べることが今後直ちに勉強することであろう.
• 関数解析.上で出てきた Banach 空間や Hilbert 空間は抽象的に定義される位相ベクトル空間の
特別なものである.この範疇で一般論,特に線型作用素に関する(かなり深い)理論が展開でき
る.学部生レベルの関数解析学ではこのようなことを学ぶだろう.抽象論であるが,Lp 空間等
の具体例へ適用することにより様々な応用をもつ.より正確には,もともと様々な具体的な設定
における理論を抽象化してできたものが関数解析学であると言ってもよいだろう.
• Fourier 解析.Fourier 級数や Fourier 展開の理論をきちんと行おうとすると Lebesgue 積分論
が必須である.Fourier 変換がありがたいのは,端的に言えば微分演算が Fourier 変換した関数
の側では掛算作用素(x をかける)という単純な作用素に化けるからである.代数的な見地か
ら見ると,Rn や Zn ,Rn /Zn ≃ (S 1 )n が位相アーベル群になっていることが理論成立に効いて
いる.
• Schwartz 超関数論.関数概念の拡張として代表的なものが Schwartz 超関数である.例えば,
Rn 上の Borel σ 加法族に関する測度で,各コンパクト集合の測度が有限であるものは Schwartz
超関数と見なせる.Schwartz 超関数は超関数の意味で何回でも微分可能であり,広いクラスの
Schwartz 超関数に関する Fourier 変換も考えられる.例えば 1 次元で,原点における Dirac 測
度の超関数微分の Fourier 変換は x(の定数倍)になる.どのように定義されるか知りたい人は
各自勉強して欲しい.この概念もやはり偏微分方程式の理論等に幅広い応用を持つ.
• Lebesgue 測度空間における更に詳しい理論.1 次元区間における「微積分の基本定理」
∫
f (b) − f (a) =
b
f ′ (x) dx
(8.1)
a
は,f が C 1 級なら無論正しいが,f に関する条件はどこまで弱められるだろうか? もし f が
Lebesgue 測度に関してほとんど至る所微分可能で f ′ が Lebesgue 可積分ならば,(8.1) の両辺
†1
数学的な定義は省略する
84
参考文献
は意味を持つが,一般には等号は成立しない.等号成立のための条件は何かということを探る
と,関数の絶対連続性という概念に到達する.類似概念として有界変動という概念もある.この
ような(全ての点では微分可能でないような)関数の微分概念を扱うためにはかなり精緻な議論
を要する.滑らかではないがそれなりに良い関数を扱うための理論,およびそれを大発展させた
理論として幾何学的測度論がある.
• 確率論.抽象的な測度空間を最も利用するのは確率論であろう.Kolmogorov に始まる現代確率
論は Lebesgue 積分論をベースに理論が構築されているが,だからといって確率論は Lebesgue
積分論の一部であるというのは妙な言明であるといってよい†2 .確率論を勉強することで初めて
Lebesgue 積分論の意義が分かった,という人も多い†3 .独立性といった確率論特有の概念や,
解析学 I では厄介者扱いだった σ 加法族が確率論の分野では重要な地位を占めるなど,力点の置
き方が異なり,単なる測度論の応用に留まらない趣がある.
話が解析系に偏ってしまったのはやむを得ない.幾何学関係では Riemann 多様体の古典理論くら
いなら Riemann 積分や面積分のようなもので事足りるかもしれないが(それでも Sard の定理と
いうのがある)
,特異集合を含むような空間で解析しようとすると Lebesgue 積分の知識は必要そう
である.最近よく研究されている距離測度空間上の解析だとか,確率測度からなる空間に幾何構造
をいれるという話などは,もはや幾何か解析かと分けるのもあまり意味がないが,測度があからさ
まに表に出てくる話題である.無限次元空間上で積分をしようという場合も同様.代数系だと学部
レベルでは直接 Lebesgue 積分が必要な場面は少ないかもしれないが,研究レベルではそれなりの
知識は必要だろう.もっとも,私はその辺り疎いので詳しい人に教えてもらいたいところである.
参考文献
[1] 猪狩惺,実解析入門,岩波書店,1996.
[2] 伊藤清,確率論(岩波基礎数学選書),岩波書店,1991.
[3] 伊藤清三,ルベーグ積分入門,裳華房,1963.
[4] 日本数学会(編),数学辞典第 4 版,岩波書店,2007.
†2
†3
大部分の数学理論が集合論をベースに記述されているからといって,それらが集合論の一部というと変であろう.
実は自分自身ではそのような感想を持たなかったので,この一文にはあまり説得力がない.
85
索引
(a, b]], 15
∨, 15, 27
∧, 15, 27
π-λ 定理, 82
π-系, 82
Riemann 積分, 3, 39, 67
a.e., 35
Borel–Cantelli の補題, 24
Borel σ 加法族, 14
Borel 可測, 26
Borel 関数, 26
Borel 集合, 14
Cantor 集合, 66
Carathéodory の可測性, 54
De Morgan の法則, 11
Dirac 測度, 19, 38
Dirichlet 問題, 4
Dynkin 族, 82
Dynkin 族定理, 82
E. Hopf の拡張定理, 55
Fatou の補題, 43
Fubini の定理, 74
Γ-可測, 54
Jordan 可測, 70
λ-系, 82
Lebesgue–Stieltjes 積分, 71, 81
Lebesgue–Stieltjes 測度, 21, 71,
81
Lebesgue 可積分関数, 62
Lebesgue 可測関数, 62
Lebesgue 可測集合, 62
Lebesgue 積分, 33
Lebesgue 測度, 20, 21, 62
Lebesgue 測度空間, 57, 62
Lebesgue の収束定理, 44
Lebesgue 零集合, 62
Markov の不等式, 36
σ 加法性, 18
σ 加法族, 13
σ 有限, 55, 73
開基, 16
外測度, 52
下極限集合, 23
確率測度, 21
可算加法性, 18
可算劣加法性, 22, 52
可積分, 33
可測, 25
可測空間, 13
可測集合, 13
数え上げ測度, 19, 37
完全加法性, 18
完全加法的, 55
完備, 35
完備化, 60
単関数, 28
単関数近似, 29
単調収束定理, 42
単調性, 22
単調族, 75
単調族定理, 75
単調連続性, 22
直積測度空間, 73
定義関数, 23
デルタ測度, 19
半加法族, 49
標準的な単関数近似, 29
部分積分公式, 81
分配法則, 11
分布関数, 21
逆像, 25
共通集合, 10
補集合, 10
ほとんど至るところ, 35
ほとんどすべての, 35
広義 Riemann 積分, 68, 71
広義積分, 71
密度関数, 45
有界収束定理, 44
有限加法性, 19
有限加法族, 13
有限加法的測度, 19
有限加法的測度空間, 19
有限測度, 22
有限劣加法性, 23
優収束定理, 44
差集合, 10
指示関数, 23
上極限集合, 23
乗法族, 82
像, 25
像集合, 25
測度, 18
測度空間, 19
零集合, 35, 59
連続性, 22
対称差, 59
互いに素, 10
和集合, 10
86