環境・社会・ガバナンス 2016 年 7 月 14 日 全 6 頁 「介護離職ゼロ」政策に求められる視点 介護等離職者の再就職支援・正規雇用化に向けた具体策も必要では 経済環境調査部 研究員 亀井 亜希子 [要約] 介護等離職者の離職後の不就業率は、男女共に、他の離職理由の離職者に比べて高い水 準にある。離職後に再就職が実現しても、正規雇用者だった者の多くは、両立を優先し て、非正規雇用者に変わる者が多い。 「介護離職ゼロ」政策には、今後の介護等離職者の新たな発生防止だけでなく、既に介 護等離職している者及び、企業の就労環境によりやむを得ず介護等離職することになる 者の再就職を促進するための具体策も必要だろう。 はじめに 政府の「介護離職ゼロ」政策は、居宅サービス中心の制度設計となっており、利用者にとっ て満足度の高い介護サービスが実現されていると評価される 1。その一方で、特別養護老人ホー ムへの入居を希望し空きを待っている在宅の中重度者(要介護 3~5 認定の受給者)も 15.3 万 人 2おり、その介護は介護者にとって負担が大きいため、仕事との両立が困難になり、不本意な がら離職を余儀なくされている者も存在する。 2012 年度の厚生労働省委託調査「仕事と介護の両立に関する労働者アンケート」を見ると、 ①仕事と介護の両立に関して就労者の 7 割超、離職者の 8 割超が不安を感じている、②現在介 護が必要でないが今後 5 年間のうちに介護が必要となる父母が「少なくとも 1 人はある」就労 者の約 4 割は就業を「続けられないと思う」 、③介護離職者の約 6 割は就業を「続けたかった」、 ④介護離職した理由は 6 割超が「仕事と『手助・介護』の両立が難しい職場だったため」、とい う結果が出ている。 厚生労働省は「介護は育児と異なり突発的に問題が発生することや、介護を行う期間・方策 も多種多様であることから、仕事と介護の両立が困難となる 3」という現状を認識しており、こ 1 亀井亜希子「アベノミクス新・第 3 の矢「介護離職ゼロ」と介護費抑制の同時実現に向けて(前編) 」 (2016 年 2 月 25 日付レポート) 2 厚生労働省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況」 (平成 26 年 3 月 25 日) 3 厚生労働省ウェブサイト「仕事と介護の両立 ~介護離職を防ぐために~」 株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和 証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。 2/6 の課題に対して、介護休業制度等の両立支援制度の周知徹底を図るなどして、介護を行ってい る労働者の継続就業を促進している。育児・出産以上に、再就職支援も含めたきめ細かい政策 対応が求められる。 1.介護等離職の現状 (1)介護等離職は、女性の人数が圧倒的に多い 2007 年 10 月~2012 年 9 月の期間に、 「介護・看護」を理由として前職を離職(以下、「介護 等離職」とする)した人数は、累計で 48.7 万人であった。この介護等離職者数のうち 80%は、 女性(38.9 万人)である(図表1 上図) 。介護等離職者数の性別・前職の雇用形態別の比率を 見ると、介護等離職者数が全体の 10%を超えているのは、女性の非正規雇用者(52%)と正規 雇用者(20%) 、男性の正規雇用者(11%)である(図表1 下図)。この上位 3 つの介護等離 職者数の合計で、介護等離職者数の全体の 83%を占める。 図表1 前職の雇用形態別・性別の介護等離職者数と比率(2007 年 10 月~2012 年 9 月累計) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 20.1% (9.8万人) 男性 0% 10% 20% 30% 女性・その他 40% 50% 60% 70% 80% 51.8% (25.2万人) 女性・非正規雇用者 男性・正規雇用者 80% 79.9% (38.9万人) 女性 女性・正規雇用者 70% 20.4% (9.9万人) 11.1% (5.4万人) 7.6% (3.7万人) 男性・非正規雇用者 5.7% (2.8万人) 男性・その他 3.2% (1.6万人) (注1)各比率は、離職者数計に占める比率である。 (注2)「その他」は、自営業主、家族従業者、会社などの役員である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 (2)介護等離職している年齢層は主に 50・60 代 同期間において、「介護・看護」理由及び「介護・看護以外(定年除く)」理由による離職者 数の年齢階級別の人数比率を見たところ、男女共に、両理由で離職者のボリュームゾーンとな る年齢層は大きく異なっている(図表2)。各年齢階級の人数比率が全体数の 10%を超えている のは、 「介護・看護以外(定年除く) 」理由による離職の場合は、女性は 25~44 歳層、男性は 25 3/6 ~39 歳層と若年層であるのに対し、 「介護・看護」理由による離職では、女性は 50~64 歳層、 男性は 55~69 歳層と中高年の年齢層である。 図表2 介護等離職者数及び介護・看護・定年以外の理由による離職者数における年齢階級別の 人数比率(2007 年 10 月~2012 年 9 月累計) 女性 介護・看護 30% 男性 介護・看護以外(定年を除く) 25% 20% 14% 15% 15% 10% 介護・看護以外(定年を除く) 28% 25% 22% 21% 介護・看護 30% 20% 15% 13% 10% 17% 15% 10% 5% 16% 13% 12% 11% 5% 0% (歳) 15-19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 80-84 85- 15-19 20-24 25-29 30-34 35-39 40-44 45-49 50-54 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 80-84 85- 0% (歳) (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 2.介護等離職者の再就職の現状 (1)介護等離職者は、男女共に不就業率が高い 2007 年 10 月~2012 年 9 月の期間の離職者が、2012 年 10 月 1 日時点に不就業であった比率を 離職した理由別に見ると、男性は、介護等離職者の不就業率は 72%であり、 「病気・高齢」によ る離職者の同比率に次いで 2 番目に高い(図表3) 。女性の介護等離職者の同比率も 75%と「病 気・高齢」 「出産・育児」に次いで 3 番目に高い比率である。家族の介護・看護をするためにや むを得ず前職を介護等離職した者は、男女共に 7 割以上が不就業となっている。 図表3 離職理由別の不就業率(2012 年) 男性 0% 20% 40% 女性 60% 80% 85.2% 病気・高齢 71.8% 介護・看護 30.4% 育児 結婚 その他(定年除く) 100% 7.9% 0% 20% 40% 80% 77.2% 出産・育児 75.4% 介護・看護 その他(定年除く) 100% 81.8% 病気・高齢 64.1% 結婚 35.7% 60% 34.1% (注1)2007 年 10 月~2012 年 9 月に離職した者における 2012 年 10 月 1 日時点の不就業比率である。 (注2)「その他(定年除く) 」の理由は、会社倒産・事業所閉鎖、人員整理・勧奨退職、事業不振や先行き 不安、雇用契約の満了、収入が少ない、労働条件が悪い、自分に向かない仕事、一時的についた仕事、 家族の転職・転勤または事業所の移転等である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 4/6 介護等離職者の不就業率を前職の雇用形態別に見ると、男女共に「正規雇用者」よりも「非 正規雇用者」の介護等離職後の不就業率が高くなっている(図表4)。 図表4 介護等離職者の前職の雇用形態別の不就業率(2012 年) 男性 前職が正規雇用者 女性 前職が非正規雇用者 0% 20% 40% 前職がその他 60% 80% 前職が正規雇用者 100% 65.3% 73.8% 介護・看護 前職が非正規雇用者 0% 20% 40% 前職がその他 60% 80% 100% 65.3% 73.8% 介護・看護 90.5% 90.5% (注1)2007 年 10 月~2012 年 9 月に離職した者における 2012 年 10 月 1 日時点の不就業比率である。 (注2) 「前職がその他」は、自営業主、家族従業者、会社などの役員である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 さらに、前職の雇用形態別の介護等離職者の不就業率を年齢階級別に見てみると、正規雇用 者は、男性は 50 歳以上、女性は 25~29 歳層及び 45 歳以上の中年層において各年齢階級で半数 以上が不就業であるのに対し、正規雇用者以外の雇用形態の者(非正規雇用者及びその他の者) では、男女共に、若年層を含むほぼすべての年齢層において、半数以上の者が不就業となって いる(図表5) 。 前職の雇用形態別の介護等離職者の年齢階級別の不就業率(2012 年) 男性 女性 その他の者 正規雇用者 100% 100% 90% 90% 80% 80% 70% 70% 60% 60% 50% 50% 40% 40% 30% 30% 20% 20% 10% 10% 非正規雇用者 その他の者 85- 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 40-44 35-39 30-34 0% (歳) 25-29 85- 80-84 75-79 65-69 70-74 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 0% 20-24 非正規雇用者 15-19 正規雇用者 45-49 図表5 (歳) (注1)2007 年 10 月~2012 年 9 月に離職した年齢階級別人数に占める、2012 年 10 月 1 日時点の年齢階級別の 不就業比率である。 (注2) 「その他の者」は、自営業主、家族従業者、会社などの役員である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 (2)介護等離職者は、再就職を機に非正規雇用化が進む 介護等離職し再就職した正規雇用者・非正規雇用者について、前職から現職の雇用形態の変 化について見ると、前職を介護等離職した正規雇用者は、現職では、男性は半数超(53%) 、女 性は 7 割超(74%)が非正規雇用者となった(図表6)。前職を介護等離職した非正規雇用者が 現職で非正規雇用者となった比率では、男性は 72%、女性は 95%と、さらに高い。 5/6 つまり、介護等離職した正規雇用者は、再就職を機に、非正規社員化している実態がある。 介護等離職した非正規雇用者の正規雇用化は、非常に少ない。今後もこの傾向が継続するとす れば、仮に介護等離職者の再就業率が向上したとしても、主に非正規雇用者が増加することに なるだけだろう。 図表6 介護等離職者の、転職・再就職時の雇用形態の異動区分(2012 年) 男性 女性 (人) (人) 10,000 9,000 8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 2,900 50,000 45,000 40,000 35,000 系列4 30,000 系列3 25,000 系列2 20,000 15,000 系列1 10,000 5,000 0 72.4% 2,100 800 53.2% 3,300 6,200 2,900 前職 27,300 正規雇用者 非正規雇用者 1,400 15,600 正規雇用者 73.7% 11,500 4,100 前職 現職 非正規雇用者 94.9% 25,900 現職 (注)1983 年以降に離職した者のうち、2011 年 10 月~2012 年 9 月に現職に就いた者である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 (3)介護等離職者の求職活動は女性よりも男性が長期化 求職している離職者の離職理由別求職期間の比率を見ると、男女共に「介護・看護」理由で 離職した者の求職期間が 2 年以上である比率は、 「その他(定年除く) 」及び「出産・育児」の 理由で離職した者の比率よりも高い(図表7)。特に、「介護・看護」を理由に離職した男性の 同比率は 34%と高く、女性の同比率の 17%と比べると 17%ポイント高い。非正規雇用者として の再就職が多い女性よりも、男性は休職期間が長期に及ぶ傾向がある。 図表7 離職理由別の離職者の求職期間が 2 年以上である比率(2012 年) 0% 女性 0% 10% 20% 30% 40% 50% 男性 10% 20% 30% 40% 50% 病気・高齢 35% 病気・高齢 介護・看護 34% 介護・看護 出産・育児 その他(定年除く) 結婚 27% 24% 20% 19% 17% 12% その他(定年除く) 結婚 出産・育児 10% 6% (注) 「その他(定年除く) 」の理由は、会社倒産・事業所閉鎖、人員整理・勧奨退職、事業不振や先行き不安、 雇用契約の満了、収入が少ない、労働条件が悪い、自分に向かない仕事、一時的についた仕事、家族の 転職・転勤または事業所の移転等である。 (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 6/6 介護等離職の場合に求職期間が長くなる傾向にあるのは、男女で要因が異なる。介護等離職 者の求職期間が 2 年以上である比率を、前職の雇用形態・希望する雇用形態別に見ると、男性 は前職が正規雇用者であった場合に、希望する雇用形態にかかわらず比率が高くなっている(図 表8)。女性では、前職が正規雇用・非正規雇用のいずれでも、非正規雇用を希望する場合に、 求職期間が 2 年以上の比率が高くなっている。 図表8 介護等離職者の前職・希望の雇用形態別の求職期間(2012 年) 女性 男性 0% 10% 20% 30% 40% 10% 29% (前職)正規雇用者→(希望)正規雇用者 17% 30% 40% 50% 4% 15% 21% (前職)非正規雇用者→(希望)非正規雇用者 20% 14% 42% (前職)正規雇用者→(希望)非正規雇用者 (前職)非正規雇用者→(希望)正規雇用者 50% 0% 5% (出所)総務省「平成 24 年就業構造基本調査」より大和総研作成 おわりに 本稿において、介護・看護理由での離職に着目して、総務省の「平成 24 年就業構造基本調査」 のデータを確認した結果、離職者の大半は女性であり、既に離職している介護者の不就業率が 男女共に高いこと、介護等離職者の再就職では非正規雇用化が進んでいること、求職期間は女 性よりも男性の方が長期化する傾向にあること、等の多様な課題特性が明らかとなった。 2015 新・第 3 の矢「 『安心につながる社会保障』 (介護離職ゼロ) 」政策では、働く環境改善・ 家族支援に関する施策は「介護する家族の不安や悩みに応える相談機能の強化・支援体制の充 実(認知症施策) 」及び「介護に取り組む家族が介護休業・介護休暇を取得しやすい職場環境の 整備」に重点が置かれている 4。 介護に関する制度の整備により、現在介護をしながら働いている者の新たな離職を防止する ことも重要なことであるが、やむを得ず介護等離職した者(する者)の再就職を支援する施策 についても、具体的な対応が検討される必要があろう。再就職及び正規雇用化の支援、介護と 仕事の両立に積極的な企業の採用動向に関する情報提供、介護等離職者の求職活動時の企業と 就業希望者のマッチング等の具体策を講じることが期待される。 以上 4 厚生労働省「介護離職ゼロに直結する緊急対策」 (2016 年 1 月)
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