第1回 日本の医療制度とその特徴

第63巻第 7 号「厚生の指標」2016年 7 月
地域の医療と介護を知るために−わかりやすい医療と介護の制度・政策−
第 1 回 日本の医療制度とその特徴
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 地域の医療介護入門シリーズ
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厚生労働統計協会では,わが国の各地域にお
いて,今後,大きな問題となることが予想され
る「在宅医療と介護」について,研究を進めて
います。
本年 3 月には,有識者をメンバーとする研究
会を設け,そこでの議論の成果を報告書として
まとめ,各都道府県や保健所等関係方面に,冊
子として送付しました(この報告書については,
当協会ホームページをご覧ください)。
この研究会でも話題となったのですが,病気
になった時に適切な医療が受けられるというこ
とは,すべての人が,生活をしていく上でとて
も重要であるのに,医療については,専門知識
がないためわからないとして,一般の方々の関
心がなかなか盛り上がってこないという大きな
問題があります。介護については,自分の親の
介護という問題があるため比較的身近な問題と
して考えられやすいのですが,医療については,
お医者さんにお任せということになりがちです。
例えば,医療政策において非常に重要な制度で
ある「医療計画」についても,これを知ってい
る人はほとんどいません。
そこで,このシリーズでは,わが国の医療や
介護の制度・政策について,専門知識のない方
でも理解できるように,その特徴や歴史的経緯
から最近の動向等を平易に説明し,すべての方
が自分の地域の医療や介護について考えるため
に必要な知識を身につけることができるように
との趣旨で,連載を行うこととしました。
まず,第 1 回は,「日本の医療制度とその特
徴」です。
なお,本稿で「医療制度」とは,医療費財源
を賄う医療保険などの医療保障制度と,病院や
医師等に関する医療提供制度の,両方を含む制
度を指すものとして整理しています。
図 1 保険診療の概念図
被保険者(患者)
②診療サービス
(療養の給付)
①保険料(掛金)の支払い
③一部負担金の支払い
保険医療機関等
医療保険者
(病院,診療所,調剤薬局等)
⑤審査済の
請求書送付
④診療報酬の請求
⑥請求金額の支払い
⑦診療報酬の支払い
(公定価格)
審査支払機関
(社会保険診療報酬支払基金
国民健康保険団体連合会)
①被保険者は保険者に保険料を支払う。
②被保険者は,病気やけがをした場合,保険医療機関(病院,診療所等)で診療サービス(療養の給付)を受ける。
③被保険者は,診療サービスを受ける際,一部負担金を支払う。
④保険医療機関は,診療報酬(医療費から一部負担金を除いた額)を審査支払機関に請求する。
⑤審査支払機関は,医療機関からの請求を審査した上で,保険者に請求する。
⑥保険者は,審査支払機関に請求金額を支払う。
⑦審査支払機関は,保険医療機関に診療報酬を支払う。
注1)
診療報酬は,中央社会保険医療協議会(中医協)の答申に基づき,厚生労働大臣が全国一律で決める。
2)
審査支払機関は,被用者保険は社会保険診療報酬支払基金,国民健康保険及び後期高齢者医療は国民健康保険団体連合会。
出典 2015/2016国民衛生の動向p.231-32.
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第63巻第 7 号「厚生の指標」2016年 7 月
Ⅰ 医療と保険証 ーどうして,診療所や病院では
保険証が必要なのかー
みなさんが医療を受ける場合は,通常,どの
ように行動するでしょうか?保険証を持って,
診療所(クリニック)や病院に行きますね。そ
して,窓口で保険証を出して受け付けてもらい,
待合室で待って,診察室でお医者さんの診察を
受け,そして,帰りにお金を支払って帰ります。
その際に,治療において薬が必要であれば,処
方せんをもらって,帰りに薬局に寄って,処方
せんを示し,お金を払って薬を受け取ります
(図 1 )。
一般的にはこのような手続きになると思いま
すが,どうして,こうした手続きをするのか考
えたことはあるでしょうか。
まず,なぜ,診療所や病院の窓口で保険証を
出すのでしょうか。保険証を出さずに診療を受
けたら,どうなるのでしょうか。
保険証は,その人が,医療保険に加入してい
ることを証明する文書です。医療保険には,い
ろいろ種類があります。例えば民間サラリーマ
ンとその家族であれば健康保険,公務員や学校
の先生とその家族であれば共済組合,商店や農
業の経営者やその家族,あるいは年金受給者等
であれば国民健康保険というように。
医療保険とは何でしょうか?病気になったり
大きなけがをすると,治療のための医療費がか
かります。他方で,病気やけがが治るまでは働
けないこともあります。そうなると,収入が減
るのに多額の費用がかかるために生活は苦しく
なってしまいます。こうしたことを防ぐのが医
療保険です。医療保険に加入して,毎月保険料
を支払っておけば,いざ病気やけがになった時
に,医療保険から給付がでますので,多額の医
療費を払わなくても済むのです。ちなみに,わ
が国の医療保険では,一般には医療費の 7 割が
給付されます注1)。
ですから,みなさんが診療所や病院で支払っ
ているお金(窓口負担)は,実際にかかった医
療費の 3 割(義務教育就学時前の乳幼児や70歳
以上の者は 2 割)に過ぎないのです。このよう
に,病気やけがの時の医療費負担を軽くするの
が医療保険です。
わが国は,すべての国民がこの医療保険に加
入することとされています。これを「国民皆保
険」といいます。わが国は,昭和36年に国民皆
保険を達成しています。この時代に国民皆保険
を達成した国は日本以外になく,現在でも,多
くの医療保険未加入者を抱えている国が多いこ
とを考えると,このことは誇っていいと思いま
図 2 医療保険制度の体系
後期高齢者医療制度
約14兆円
・75歳以上
・約1,600万人
・保険者数:47(広域連合)
75歳
※3
前期高齢者財政調整制度(約1600万人)約 6 兆円(再掲)
65歳
協会けんぽ(旧政管健保)
健康保険組合
共済組合
・自営業者,年金生活者,
非正規雇用者等
・約3,800万人
・保険者数:約1,900
・中小企業のサラリーマン
・約3,500万人
・保険者数: 1
・大企業のサラリーマン
・約3,000万人
・保険者数:約1,400
・公務員
・約900万人
・保険者数:85
約10兆円
約 5 兆円
国民健康保険
(市町村国保+国保組合)
健保組合・共済等約 5 兆円
※ 1 加入者数・保険者数,金額は,平成26年度予算ベースの数値。
※ 2 上記のほか,経過措置として退職者医療(対象者約200万人)がある。
※ 3 前期高齢者数(約1600万人)の内訳は,国保約1290万人,協会けんぽ約190万人,健保組合約90万人,共済組合約10万人。
資料 厚生労働省ホームページ
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第63巻第 7 号「厚生の指標」2016年 7 月
す。医療「保険」というぐらいですから,保険
料が一番大事な財源であることは当然なのです
が,それ以外に,もう一つ大事な財源がありま
す。それは公費負担です。ここで「公費」と
Ⅱ わが国の医療制度の特徴
いっているのは,国の負担と,都道府県や市町
村といった地方自治体の負担の両方あるためで,
ここまでのところで,国民皆保険がわが国の
「公費」という言い方をして
医療制度の特徴であるということを述べました。 両方をまとめて,
います。国だけの場合は「国庫負担」という言
実は,これ以外にも,わが国の医療制度にはい
い方をします。いずれにしても税金による負担
くつか特徴があります。
です。どうして税金による負担,税の投入があ
日本の医療制度の特徴としては,一般的に,
るかというと,医療保険各制度は,それぞれ財
次の 4 点が挙げられています。
政力の違いがあるからです。
①国民皆保険
図 3 の「公費負担」の欄を見ると,サラリー
②フリーアクセス
マンを対象とする健康保険では,被保険者本人
③開業の自由
と事業主が半分ずつ保険料を負担するのですが,
④民間医療機関中心の医療提供体制
まず健康保険組合,これは大企業が多いので,
企業側も被保険者側もそれなりの財政力があり,
(1)
国民皆保険とわが国の医療保険制度
基本的に保険料だけが財源です。これに対して,
国民皆保険については,既に述べたところで
協会けんぽ,これは中小企業の従業員が多いの
すので,ここでは,わが国の医療保険制度の概
で,企業側も被保険者も保険料負担能力が低い
要を見てみましょう(図 2 )。日本の医療保険
は,①高齢者であるか否かという年齢の違いと, ということで,16.4%の国庫負担があります。
次に国民健康保険。この制度は,まず事業主
②被用者であるかそれ以外の自営業者・農民・
負担がありません。自営業者や農民は,サラ
年金受給者等であるかといった仕事の形態によ
る違いの 2 つの点から,制度が分かれています。 リーマンではないので,事業主がいないからで
す。それから,後でも触れますが,国民健康保
まず,75歳以上の人は,すべて「後期高齢者
険は年金受給者や非正規労働者といった収入の
医療制度」に加入します。次に,74歳以下の人
低い人々が多く加入しています。そのため,公
は,民間のサラリーマンは「健康保険」に,公
務員と学校の先生は「共済組合」に加入します。 費負担が50%,つまり,保険制度といっても,
保険料で賄っているのは半分に過ぎないという
健康保険は,大企業は自分達だけで「健康保険
ことです。
組合」をつくりますが,単独で健康保険組合を
後期高齢者医療制度。この制度は,被保険者
つくれない中小企業は,全国健康保険協会(協
である後期高齢者の負担は,財源の 1 割しかあ
会けんぽ)という公の団体に加入します。共済
りません。しかし,公費負担は50%と書いてあ
組合においては,国家公務員は国家公務員共済
る。残りは誰が負担しているのか?残り40%は,
組合,地方公務員は地方公務員共済組合,私立
後期高齢者支援金といって,健康保険や国民健
学校の先生は,私立学校教職員共済組合に加入
康保険が負担している,つまり74歳以下の人々
します。
が負担しているのです。この制度に「保険」と
それ以外の人,自営業者,農家の人,年金受
いう名前がついていないのはそのことと関係し
給者等は,国民健康保険に加入します。国民健
ています。
康保険の保険者は市町村で,多くの人は,自分
が住んでいる市町村の国民健康保険に加入しま
(2)
フリーアクセス
すが,医師のように自分達で組合を作っている
国民は,どの病院,どの診療所に行って診療
人々もいます。いずれにしても,日本に住んで
を受けることも自由であるということです。
いる人は,みな,どこかの医療保険制度に加入
することになっています。これが「国民皆保
(3)
開業の自由
険」ということです。
医師は,全国どこで病院や診療所を開業する
なお,後の話に関係しますので,もう一つ医
ことも自由にできるということです(なお,現
療保険制度について説明します。それは財源で
す(ただ,その内容については,後述するよう
に,いろいろ問題があります)。
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第63巻第 7 号「厚生の指標」2016年 7 月
図 3 各保険者の比較
市町村国保
保険者数
(平成25年 3 月末)
加入者数
(平成25年 3 月末)
加入者平均年齢
(平成24年度)
65∼74歳の割合
(平成24年度)
加入者一人当たり医療費
(平成24年度)
加入者一人当たり
平均所得(※ 3 )
(平成24年度)
1,717
3,466万人
(2,025万世帯)
協会けんぽ
組合健保
1
1,431
3,510万人
2,935万人
被保険者1,987万人 被保険者1,554万人
被扶養者1,523万人 被扶養者1,382万人
共済組合
後期高齢者医療制度
85
47
900万人
被保険者450万人
被扶養者450万人
1,517万人
50.4歳
36.4歳
34.3歳
33.3歳
82.0歳
32.5%
5.0%
2.6%
1.4%
2.6%(※ 2 )
31.6万円
16.1万円
14.4万円
14.8万円
91.9万円
83万円
一世帯当たり
142万円
加入者一人当たり
平均保険料
(※ 5 )
(平成24年度)
〈事業主負担込〉
8.3万円
一世帯当たり
14.2万円
保険料負担率(※ 6 )
9.9%
公費負担
給付費等の50%
公費負担額(※ 7 )
(平成26年度予算ベース)
3 兆5,006億円
137万円
200万円
230万円
80万円
一世帯当たり(※ 4 ) 一世帯当たり(※ 4 ) 一世帯当たり(※ 4 )
242万円
376万円
460万円
10.6万円
12.6万円
10.5万円
〈23.4万円〉
〈25.3万円〉
〈20.9万円〉
被保険者一人当たり 被保険者一人当たり 被保険者一人当たり
6.7万円
18.4万円
19.9万円
25.3万円
〈36.8万円〉
〈43.9万円〉
〈50.6万円〉
7.6%
5.3%
5.5%
8.4%
後期高齢者支援金等
給付費等の約50%
給付費等の16.4% の負担が重い保険者
等への補助(※ 8 )
なし
1 兆2,405億円
274億円
6 兆8,229億円
(※ 1 ) 組合健保の加入者一人当たり平均保険料及び保険料負担率については速報値である。
(※ 2 ) 一定の障害の状態にある旨の広域連合の認定を受けた者の割合である。
(※ 3 ) 市町村国保及び後期高齢者医療制度については,「総所得金額(収入総額から必要経費,給与所得控除,公的年金等控除を差し引いたもの)及び山林所
得金額」に「雑損失の繰越控除額」と「分離譲渡所得金額」を加えたものを年度平均加入者数で除したもの(市町村国保は「国民健康保険実態調査」
,後
期高齢者医療制度は「後期高齢者医療制度被保険者実態調査」のそれぞれの前年所得を使用している)
。
協会けんぽ,組合健保,共済組合については,「標準報酬総額」から「給与所得控除に相当する額」を除いたものを,年度平均加入者数で除した参考値
である。
(※ 4 ) 被保険者一人当たりの金額を表す。
(※ 5 ) 加入者一人当たり保険料額は,市町村国保・後期高齢者医療制度は現年分保険料調定額,被用者保険は決算における保険料額を基に推計。保険料額に
介護分は含まない。
(※ 6 )
保険料負担率は,加入者一人当たり平均保険料を加入者一人当たり平均所得で除した額。
(※ 7 )
介護納付金及び特定健診・特定保健指導,保険料軽減分等に対する負担金・補助金は含まれていない。
(※ 8 )
共済組合も補助対象となるが,平成23年度以降実績なし。
資料 厚生労働省ホームページ
在は,医療法に基づき,病床過剰地域では,病
院の開設に制約があります)。
(4)
民間医療機関中心の医療提供体制
国立とか都道府県立,市町村立といった公的
な病院は少なく,大部分は医療法人や個人の病
院・診療所だということです。
このうち,
( 1 )と( 2 )については,医療
が利用しやすいということで,わが国は,国際
的に高く評価されています。例えば,2000年に,
WHO(世界保健機関)が世界各国の医療を比
較して評価していますが,その評価では,日本
は世界一と評価されているのです注2)。
何も日本だけのことじゃないじゃないか,と思
うかもしれません。ところが違うのです。
この点については,次回の第 2 回で説明しま
す。
注1)
ただし,義務教育就学時前の乳幼児および70∼
74歳以上の者(現役並み所得者を除く)は 8 割給
付,75歳以上の者(現役並み所得者を除く)は 9
割給付です。
注2)
このWHOの評価では,平均寿命の高さや乳幼
児死亡率の低さ等の健康状態の良好さも含め,各
国の医療が評価されており,必ずしも医療制度だ
けが評価対象ではありませんが,世界的に見て日
本の医療のアクセスが良いことは確かです(島崎
このように言うと,多くの人は,なんだ,そ
んなの当然じゃないか,外国だってそうだろう,
― 45 ―
謙治「日本の医療制度と政策」p.122-127)。