プレスリリース全文

プレスリリース
2016 年 7 月 4 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウス樹立に成功
-ALS の発症メカニズムの核心を解明、治療薬開発を加速このたび、慶應義塾大学医学部内科学(神経)教室の研究グループ(鈴木則宏 教授、椎橋元
助教、伊東大介 専任講師)は、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)(注 1)
の新規モデルマウスの作成に成功しました。
ALS は、根本的治療法のない神経難病であり、その発症メカニズムはいまだ不明です。今回、
本研究グループは、ALS の原因遺伝子の一つである FUS(注 2)を導入したトランスジェニック
マウス(注 3)を作成しました。本トランスジェニックマウスは実際の ALS 患者で認められる運
動機能障害、脳組織における運動神経の減少等の特徴的な変化を認めることができました。これ
まで FUS が ALS 発症にどのように関与しているのか、その正確なメカニズムは不明でしたが、
本トランスジェニックマウスを解析した結果、細胞質(注 4)に異常に蓄積した FUS が毒性を発
揮し、神経細胞に対して直接障害を与えていることが証明されました。更に脳組織を用いた遺伝
子発現変動解析(注 5)の結果、発現量が異常に変動している遺伝子群を認め、この遺伝子群の
変化が ALS の発症に深く関わっている可能性が考察されるとともに、今後これらを ALS の診断
等のマーカーとして利用できる可能性を示しました。また、本トランスジェニックマウスの解析
により ALS の新しい治療法を開発し、候補薬剤を実際の患者に投与する前に、本トランスジェ
ニックマウスを用いて、薬剤の有効性、安全性をスクリーニングすることも可能です。本研究は
ALS 発症メカニズムの解明、新規の診断方法や新規治療薬の開発につながるものと期待されま
す。
本研究成果は 2016 年 6 月 30 日(太平洋標準時)の「Brain」オンライン版に掲載されました。
1.研究の背景と概要
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)は、運動神経がゆっくりとしか
し確実に障害を受ける神経難病です。運動神経が障害を受けることで、ALSの患者は立つ、
歩く等の運動動作に加えて、しゃべる、食べる等の基本的な日常動作が困難となり、発症数
年の内に生命に必須の呼吸運動も障害されてしまいます。ALSはアルツハイマー病、パーキ
ンソン病に次いで多い神経変性疾患であり、全世界で毎年14万人が新たにALSと診断され、
日本では約9000人の患者がいます。ALSを発症する原因は未だ不明であり、進行を数ヶ月ほ
ど遅くする薬剤は存在するものの、根本的な治療薬はありません。
ALS 発症のメカニズムを解明する為には、障害を受ける運動神経においてどのような現象
が生じているのかを詳細に分析することが不可欠ですが、脳神経細胞は基本的に再生能力が
無いという特性上、生前の ALS 患者の運動神経の詳細な解析には限界があります。そこで、
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ALS を発症するマウス(ALS モデルマウス)を作成し、解析を行うことは、ALS の病態解明、
新しい治療法開発を行うにあたり、非常に重要なステップとなります。これまで、ALS モデ
ルマウスはいくつか発表されていましたが、わが国で頻度の高い本遺伝子異常によるモデル
マウスで、運動症状と病理学的異常をともに再現できたマウスは今回が初めてです。
2.研究の成果と意義・今後の展開
当研究グループは、ALS の原因遺伝子の一つである FUS(ALS 遺伝子変異 FUS)を導入した
トランスジェニックマウスを作成しました。本トランスジェニックマウスは年齢とともに運
動障害の進行を認めたため、生存率の低下を示し、脳神経においても異常蛋白質の蓄積、運
動神経細胞の減少といった実際の ALS 患者に認められる病理変化を認め、ALS モデルマウス
の作成に成功したことが確認されました。また、これまで FUS が ALS 発症にどのように関与
しているのか、その正確なメカニズムは不明でしたが、本トランスジェニックマウスの解析
の結果、細胞質に異常に蓄積した FUS が毒性を発揮し、神経細胞に対して障害を与えている
という事が判明し、すなわちこの異常蓄積した FUS が真の治療ターゲットであることが分か
りました。さらに本トランスジェニックマウスの脳組織を用いた遺伝子発現変動解析の結果、
発現量が顕著に変化している遺伝子群を認め、一部は実際の患者と同様の変化をしており、
ALS の診断等のマーカーとして利用できる可能性が示されました。加えて、この遺伝子群の
変化が ALS の発症に深く関わっている可能性が考慮され、治療薬への展開も期待できます。
本研究グループは、本トランスジェニックマウスのさらなる解析により ALS の新規治療タ
ーゲットを絞りこみ、このターゲットに対する候補薬剤の開発を進めたいと考えています。
また、実際の患者に投与する前に、本トランスジェニックマウスを用いてスクリーニングす
ることが可能なため、より有効で安全な薬剤の開発を進めることも可能となります。
3.特記事項
本研究はエーザイ株式会社、日本 ALS 協会、ノバルティスファーマ、ブレインサイエン
ス振興財団、ライフサイエンス振興財団、MEXT/JSPS 科研費 15K09323、
「生命の彩」ALS
研究助成基金の支援によって行われました。
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4.論文
タイトル(和訳)
:Mislocated FUS is sufficient for gain-of-toxic-function ALS phenotypes in
mice(マウスにおいて FUS 異常局在が機能獲得性に ALS 発症を導く)
著者名:椎橋元、伊東大介、八木拓也、二瓶義廣、海老根妙子、鈴木則宏
掲載誌:BRAIN
2016(オンライン版)
【用語解説】
(注 1)筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)
人間が体を動かす時、脳からの指令が運動神経を介して筋肉に伝わり、体を動かすことが
できますが、筋萎縮性側索硬化症では、この運動神経が障害を受け、体を動かすことができ
なくなってしまいます。ALS の約 10%が家族性(遺伝性)であるとされています。
(注 2)FUS(fused in sarcoma)
FUS は 2009 年に家族性 ALS6 の原因遺伝子であることが発見されました。特定の遺伝子変
異(遺伝子の変化)が FUS に生じることが ALS の発症に関与するということになります。本研
究では、この遺伝子変異を有する FUS をマウスに導入し、
ALS モデルマウスを作成しました。
(注 3)トランスジェニックマウス
生命の設計図である遺伝子を変化させたマウス。実験遂行に当たっては、マウスに対して
不要な苦痛を与えないよう、慶應義塾動物実験委員会の監督の下で十分な倫理的な配慮をも
って、研究を行っています。
(注 4)細胞質
遺伝子は細胞の中にある核という構造物の中に保存されていますが、この核をとりまく周
囲の空間を細胞質と呼んでいます。
(注 5)遺伝子発現変動解析
遺伝子がもつ遺伝情報が、RNA という構造物を経て、蛋白質へと変換され、蛋白質が種々
の働きをすることで、細胞は生きていくことができます。この遺伝子が RNA、蛋白質へと変
換されることを発現と呼んでいます。トランスジェニックマウスにおいて、この遺伝子の発
現がどのように変化しているかを解析することが遺伝子発現の変動解析になります。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部
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【本発表資料のお問い合わせ先】
【本リリースの発信元】
慶應義塾大学医学部
慶應義塾大学
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