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University Repository : Kernel
Title
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
Author(s)
中西, 訓嗣
Citation
国民経済雑誌, 211(6): 39-51
Issue date
2015-06
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009266
Create Date: 2016-07-12
タイムゾーンと貿易・投資に関する
実証分析について
中
西
国民経済雑誌
訓
第 211 巻
嗣
第6号
平 成 27 年 6 月
抜刷
39
タイムゾーンと貿易・投資に関する
*
実証分析について
†
中
西
訓
嗣
本稿の目的は,タイムゾーンと貿易・投資に関するこれまでの実証研究について
概観・整理し,理論研究に関するサーベイである中西 (2013,『国民経済雑誌』第
207巻・第 6 号) を補完することである。
キーワード
タイムゾーン,サービス貿易,情報通信ネットワーク,
グラビティモデル
1
は じ め に
多国籍企業による活動の国際的展開を解明する枠組みとして,フラグメンテーション理論
や,さらにそれを発展させた生産活動のタスクレベルへの分解とタスク貿易 (trade in tasks)
1)
が注目されている。他方,情報コミュニケーション技術の発達によって,従来は遠隔地間で
の取引にはなじまない国内的なものと考えられてきた各種のサービスが容易に国境を越えて
取引されるようになり,企業によるフラグメンテーションやタスク貿易の様相に大きな変化
をもたらしている。特に,インターネットによって実現される高速かつ安価なサービス取引
は,24時間体制 (around-the-clock) で遂行される企業活動に対して,単に地理的距離のみな
らず,「時間」の隔たりをも越える可能性を拓き,フラグメンテーションやタスク分解に
「タイムゾーンの利用」という新たな次元を付け加えるものとなっている。
こうした状況の中で,中西 (2013) において概観・整理したように,タイムゾーン格差を
利用したサービス貿易の様相を解明しようとするいくつかの「理論的」試みが提示されてき
た。大まかにまとめれば,これらの理論的研究の多くは,タイムゾーンが比較優位格差を生
み出すこと,したがってタイムゾーンがサービス貿易を活発化させることを強く示唆してい
る。これに対してタイムゾーンにかかる「実証」分析は,貿易取引に関して「輸送費用」の
果たす役割の解明という理論的研究とは異なる動機に基づいて展開されてきた。特に最も早
い時期の研究では,タイムゾーン格差の存在が (理論的研究とは逆に) 国際貿易・投資を阻
害する要因となることが強調されている。
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第211巻
第
6 号
本稿の目的は,タイムゾーンと貿易・投資に関するこれまでの実証研究について概観・整
理し,理論研究に関するサーベイである中西 (2013) を補完することである。これは,タイ
ムゾーン格差を利用したタスク分解とそれに基づく企業活動の国際展開,それらを可能とす
る情報通信ネットワークを通じたサービス貿易の役割などを組み込んだ新たな形の国際貿易
理論を構築するための準備となるものである。
2
理 論 的 背 景
地球は 1 日24時間で太陽に対して 1 回転 (360度) しているから,基本的には,経度15度
の違いが 1 時間の時差に相当する。実際には,各国の国境線の形状や地形上の問題,その他
の配慮にしたがって,地球上にはおよそ40の異なるタイムゾーンが設けられている。異なる
2)
タイムゾーン間における絶対的時差の最大値は12時間である。アメリカ,カナダ,オースト
ラリア,ロシアなどのように東西にわたって広大な領土を持つ国では, 1 国の中に複数のタ
イムゾーンを持つものもある。地球の自転とそれに伴うタイムゾーンの設定は,人間の経済
活動に対して,密接に関連するものの,異なる 2 つの影響を及ぼしている。一つは,同一
地点における経済活動に昼・夜の交替という「周期性」をもたらしていることである。
人は昼間に活動し,夜には休息をとるのである。もう一つは,同一“時点”において,ある
地域では活動時間帯に入っていて,タイムゾーンの異なる地域では休息時間帯に入っている
ということである。いつの時点でも,どこかの地点が活動時間帯にあるといってよい。地球
全体を眺めれば,昼夜の交替ではなく「昼夜共存」が成立しているのである。
ここで,タイムゾーン格差を利用して行われる国際貿易 (特に,ビジネス中間サービスに
かかるサービス貿易) のロジックを簡単に振り返っておこう。タイムゾーン格差の生み出す
「周期性」と「昼夜共存」の性質に応じて, 2 つの異なる力が働いている。
まず,タイムゾーン格差の利用による国際貿易理論の端緒となった Marjit (2007) につい
て検討しておこう。Marjit (2007) は,工程間分業とアウトソーシングを取り入れて,サー
ビス貿易を通じた生産活動の「時間圧縮効果」に着目している。これは,同一時点における
経済活動の「周期性」および,それ故に生じる「時間的冗長性」を回避することで,サービ
ス貿易を活発化させるものである。図 1 は中西 (2013) の図 2 に若干修正を施して再掲した
ものである。
Marjit モデルでは,世界は昼夜が完全に逆転する 2 つの国 (A 国,B 国) からなると想定
されている。タイムゾーンに関わる財の生産工程は 2 つに分割され,それらの生産工程は時
間的な順序にしたがって遂行されなければならないこと,各工程を完了するのに「 1 営業日」
の通常労働時間 (=12時間) の投入がそれぞれ必要とされること,および夜間労働には禁止
的な費用がかかることが仮定される。したがって,もし当該財の生産がある 1 国の中で完結
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
図1
夜
41
Marjit (2007) モデルの構造
昼
夜
昼
B国
時間
第 2 工程のアウトソーシング→
(=サービス貿易)
工程①
工程②
販売可能
時間
A国
昼
夜
昼
夜
されなければならないとすると, 1 単位の財の生産のために第 1 工程と第 2 工程にそれぞれ
1 日ずつ合計 2 日が費やされ,生産開始から第 3 日目になって,ようやく財が販売可能とな
る (事情は生産が B 国において遂行される場合でも同様である)。
これに対して,タイムゾーン格差を利用したサービス貿易が自由化されると, A 国にお
ける第 1 営業日の間に第 1 工程を完了した後 (=第 1 営業日の終了時点) で,第 2 工程を B
国にアウトソーシングすることが可能となる。ここで,A 国による B 国の労働サービスの
輸入が生じる (=サービス貿易あるいは仮想的労働移動 [virtual labor mobility])。第 2 工程
は B 国の通常労働時間に処理されて,A 国の第 2 営業日の開始時点において財は販売可能と
なる。かくして生産者は,サービス貿易を通じたアウトソーシングによって生産活動を周期
的なものから連続的なものに変換し,正味の生産時間を短縮させることによって実質利子率
に相当する費用を節約することができる。
他方,Matsuoka and Fukushima (2010) は,「時間圧縮効果」とは全く異なる要因がタイ
ムゾーン格差に基づくサービス貿易を促進することを指摘している。彼らも Marjit (2007)
と同様に,昼夜が完全に逆転する 2 国 (A 国,B 国) からなる世界と, 2 つの工程に分割さ
れる生産活動を想定している。各生産工程に12時間かかることも同様であるが,MatsuokaFukushima モデルでは,これらの工程は“間断なく”遂行されなければならないと想定さ
れる。すなわち,24時間連続操業が必要とされる。たとえば,A 国内において生産を完結さ
せなければならないとすると,生産者は日勤 (day-shift) と夜勤 (night-shift) 両方の労働者
を雇用して,シフト労働 (shift-working) による生産を編成しなければならない。夜勤労働
に対しては割増賃金を支払わなければならないから, 1 国内で完結するシフト労働制はコス
ト高の要因である。図 2 は Matsuoka-Fukushima モデルの基本構造を図解したものである。
Marjit モデルの場合と同様に,タイムゾーン格差を利用したサービス貿易が自由化される
と,A 国における昼間労働時間に通常賃金の労働力を使って第 1 工程を終えた後,第 2 工程
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第211巻
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Matsuoka and Fukushima (2010) モデルの構造
図2
夜
昼
夜
昼
B国
時間
第 2 工程のアウトソーシング→
(=サービス貿易)
工程①
工程②夜勤
工程①
工程②夜勤
時間
A国
昼
夜
昼
夜
を B 国にアウトソーシングすることが可能となる。A 国によるB 国からの労働サービス輸入
が生じる。B 国では昼間労働時間での作業となるので,B 国の労働者に対しても通常賃金を
支払えばよい。Matsuoka-Fukushima モデルでは,A 国の夜勤時間帯を B 国の昼間時間帯に
入れ替えているのである。これを「昼夜逆転効果」と呼ぼう。昼夜逆転効果によって,生産
開始から販売までの時間に全く変化は生じないが,サービス貿易とアウトソーシングを通じ
て,割増賃金を伴う夜勤への依存を減らし,生産費用の節約を実現できるのである。
以上,簡単に振り返ってきたように,タイムゾーンに関わる理論研究においては,「時間
圧縮効果」「昼夜逆転効果」など,サービス貿易の“促進要因”としてのタイムゾーン格差
3)
の利用が強調されている。
3
タイムゾーンに関する実証的分析の基本構造
国際貿易研究において, かつては各種の国際経済取引 に か か る「取 引 費 用 (transaction
costs)」の問題はしばしば無視されてきたが,今日では積極的に取引費用を組み込んだ理論
モデルが提示されるとともに,実証分析においても,双務的な国際経済取引を左右する要因
として取引費用の役割が注目され,活発に研究が進められている。タイムゾーンにかかる実
証研究の多くは,こうした取引費用の問題を検討する過程において提示されてきたものであ
る。
理論的な研究に比べると,タイムゾーンの問題に直接取り組んだ実証研究はそれほど多く
はないが,個々の実証研究について検討する前にいくつかの共通する構造や変数の取り扱い
について整理しておこう。
グラビティモデル タイムゾーンの問題を扱った実証研究のすべてが,いわゆる「グラビティ
モデル (gravity model)」を基礎としている。グラビティモデルは, 2 国間の双務的な国際
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
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取引 (輸出,輸入,直接投資フロー,直接投資残高等) の大きさを両国の“経済規模”の積
4)
と両国間の“距離”の逆数に帰着させて分析するものである。第 国と第 国の 2 国間にお
ける何らかの経済取引の大きさを , 両国間の (何らかの意味で選択された) 距離を ,
各国の経済規模を表す変数をそれぞれ とすれば,推計に用いられる基本方程式は次
5)
のような形に表される。
ただし,は定数項,
は誤差項である。各国の経済規模が大きいほど両国間の経済取引
は活発になり,逆に距離が遠いほど不活発になるものと考えられるから,通常,,
および という符号条件の成立が期待される。どのような指標を用いて各国の経
済規模や各国間の距離とするのかの選択が重要であり,以下で取り上げる個別の研究の相違
も (計量経済学的な推計テクニックを除けば) これらの変数の選択に帰着される。
経済規模の扱い
各国の経済規模 の指標としては,通常,各国の「GDP」が用いら
れる。この点について,大きな問題はないであろう。ただし,人口規模の影響や経済発展の
程度をコントロールするために,GDP の他に「 1 人あたり GDP」を加えることもある。
距離の扱い 距離を表す変数として地理的距離と文化的距離の両方が考慮される。 2 国間の
地理的距離を表す指標としては,ほとんどの場合,両国の「首都間の大圏距離」が利用され
ている。広大な国土を有する国の場合,その国の国境線から他国の国境線までの最短大圏距
離が首都間の距離とは大きく異なることもある (東京・ワシントン D. C. 間の距離と北海道・
アリューシャン列島間の距離の違いを考えてみればよい)。しかし,多くの場合,各国の首
都はその国の経済活動の中心地であるから,グラビティ方程式の推計にあたっては大きな問
題はない。もっとも,アメリカの東海岸に位置するワシントン D. C. に対して西海岸のサン
フランシスコやロサンジェルスのように,同一国内で遠く離れた位置に経済活動の活発な拠
点がある場合には,首都間の大圏距離が適切な地理的距離の指標とはならない可能性がある。
このような場合には,経済活動の中心地として一層適切な都市を選択するか,都市別の経済
活動規模でウエイト付けした当該国の「重心」を求めるなどの必要がある。首都間の大圏距
離の他にも地理的距離をコントロールする変数として, 2 国が隣接しているか否か (隣接性),
隣接 2 国間の陸上国境線の長さ,いずれかの国が内陸 (landlocked) か否か,自由貿易協定
(FTA : Free Trade Agreement) や二国間投資協定 (BITs : Bilateral Investment Treaties) を締
結しているか否か,などがダミー変数として導入される。いずれにしても地理的距離は,国
際貿易にかかる取引費用のうち「輸送費用」を直接に反映したものとみることができる。
文化的距離とは, 2 国間における言語の共通性,文化的類似性,共通の宗教 ( 2 国の国民
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の一定割合以上が同一の宗教を共有しているか否か),かつて植民地・非植民地関係にあっ
たか否か,法体系が共通の起源を持つか否か (英米法系か,大陸法系か) などの諸項目であ
る。これらもダミー変数として導入される。もちろん,これらの共通性・類似性があれば,
経済取引を遂行していく上での便宜が高くなるので,文化的距離は短くなるものと考えられ
る。
タイムゾーン・緯度・経度の扱い
2 国間のタイムゾーン格差の指標には,ほとんどの場合
「首都間の絶対時差」が用いられる。地理的距離の場合と同様,通常,これで大きな問題は
ないが,広大な国土を有する国との比較の場合,タイムゾーン格差の最大値・最小値・中間
値などで調整することもある。
地理的距離の大きさは必ずしもタイムゾーン格差の大きさを意味しない (一般には,逆も
成り立たない)。すなわち, 2 国が東西に大きく隔たっていればタイムゾーンの格差は大き
くなるが,南北に隔たっている場合にはタイムゾーン格差は小さい (東京とオーストラリア
のキャンベラを考えてみればよい)。タイムゾーン格差との関連において地理的距離を考え
る場合には,距離の東西要素と南北要素を切り分けて考える必要がある。今,第 国の経度・
緯度の組が であり,第 国のそれが であるものとしよう。このとき,両国の
南北距離は,経度をいずれかの国 (たとえば第 国) に統一して仮想的な地点 を考
え,これと第 国の との距離を統一した経線に沿って測定すればよい (第 国の経度
に統一しても同じ結果である)。これに対して,いずれかの国の緯度に統一して緯線に沿っ
て東西距離を測定すると,緯度の高い国に統一した場合には短く,低緯度の国にそろえた場
合には逆に長くなってしまう。この場合,東西距離としては,各国の緯度に統一した 2 つの
東西距離の平均値を用いるなどの工夫が必要とされる。地理的距離を東西距離と南北距離に
分解すれば,タイムゾーン格差の影響は東西距離に反映するものと考えられる。
4
否定的結果から肯定的結果へ
地理的距離が財貨に関する貿易取引に及ぼす影響に関する一連の研究の中で,実際の「輸
送費用」に比べると,地理的距離によるマイナスの影響が強く出過ぎているとの議論が生じ
6)
た。また,いくらか意外なことに,地理的距離はサービスの取引にもマイナスの影響を及ぼ
7)
しているとの研究も示された。タイムゾーンに関する実証分析は,「輸送費用」以上に地理
的距離の影響が出てくる要因を探索する過程で紡ぎ出されてきたものであり,その出発点に
おいてタイムゾーン格差を取引費用の増大要因としてとらえている。そのロジックは以下の
ようなものである。
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
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同調化効果 ある企業の本国本社とタイムゾーンの異なる地域に位置する海外子会社との活
動を考える (海外子会社の代わりに,取引関係にある海外別企業を考えてもよい)。図 3 は,
これらの本社・子会社のタイムゾーンごとの活動を図式化したものである。
図3
同調化効果
時差
B国
時間
同調困難
残業・夜勤
同調容易
早朝出勤
同調困難
通常勤務時間
時間
A国
タイムゾーンが異なると時差の分だけ本社・子会社間の通常勤務時間にズレが生じてしま
う。子会社が (ほぼ完全に) 本社から独立した意思決定を行えるのであれば,このズレは問
題とはならない。しかし,経営陣の意思決定の伝達や現地情報のフィードバックなどを日常
的に頻繁に行わなければならない状況では,通常勤務時間のオーバーラップの大きさが生産
費用に大きく影響してくる。通常勤務時間のオーバーラップが大きければ (=時差小),本
社・子会社ともに通常時間内で多くの情報交換を実施できる。しかしオーバーラップが小さ
ければ (=時差大),本社・子会社の両方で働く人員の労働時間を同期させるために,早朝
出勤や残業・夜勤などの通常勤務時間外での活動が必要となり,割増賃金や超過勤務手当な
どによって労働コストを増加させる。
また,本社・子会社間の情報伝達を行うのに電子メール・電話・ビデオカンファレンスな
どの電気通信を用いる代替手段として,人員の現地派遣を行うことも考えられる。しかし,
これも派遣された人員の「時差ボケ ( jet lag)」を生じさせて,労働生産性を低下させる。
これは派遣された人員と現地の人員との睡眠・労働時間の同期の失敗である。これを「同調
8)
化効果 (synchronization effect)」という。
以下,これまでに提示されてきたタイムゾーンに関する実証分析について,論点・着眼点
の違いによって整理してみよう。
直接投資ストック
Stein and Daude (2007) は,タイムゾーンと国際経済取引との関係を明
示的に取り扱った最初の実証研究である。同調化効果が本社と海外子会社間の調整の問題で
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あるとすれば, 2 国間の経済活動を表す指標として貿易フローや直接投資フローよりも直接
9)
投資ストックを選択するのが適切との発想に基づいている。彼らは,17の OECD 直接投資
送り出し国と58の直接投資受け入れ国を含む OECD の直接投資統計のクロスセクションデー
タ (1997年から1999年の平均値) を利用し,TOBIT モデルによって以下の関係式について
推計した。
ただし,
国から第 国向けの ストック,は各種の双務的なコントロール
は第 変数をまとめたベクトル,と はそれぞれ直接投資の送り出し国と受け入れ国の固定効
10)
の係数 について 1 %有意水準でマイナス
果である。彼らはタイムゾーン格差 0.303 との推計値を得ている。これはタイムゾーン格差 1 時間の増加が直接投資ストックを
およそ26%減少させることを表す 。さらに彼らは貿易フローを
被説明変数とする推計を追加的に行い,貿易フローの場合にもタイムゾーン格差の係数は有
11)
意にマイナスであることを見出している。
直接投資フロー アジア地域への直接投資フローについて,域外から域内へのフロー,域内
相互のフローを区別しながら,タイムゾーンの役割について分析した研究に Hattari and
Rajan (2008) がある。彼らは,UNCTAD の FDI / TNC データベースおよび EIU World Investment Service のデータベースから,24の送り出し国,12のアジア域内受け入れ国を含む1990
年から2005年にかけてのバランスト・パネルデータを作成し,二段階 TOBIT モデルによっ
て,次のような関係式を推計した。
期における第 国から第 国向けの フロー,は各種の双務的コン
ただし,
は トロール変数をまとめたベクトル,
は第 国・第 国間の地理的距離,は送り
出し国の固定効果,
は観察不能な時間効果,
は誤差項である。彼らはタイムゾーン格
差の係数 について 1 %有意水準でマイナス 0.176 との推計値を得ている。さらに,彼らは
距離の係数 (マイナス符号) に注目し,タイムゾーン変数を含んだ場合には含まない場合
と比べておよそ半分にまで低下することを見出して,地理的距離の一部はタイムゾーン格差
に帰着されることを指摘している。
個別サービス部門の輸出
たとえば,国際収支のサービス収支には「輸送」「旅行」の項目
の他,「その他サービス」の小項目として,通信,建設,保険,金融,情報,特許等使用料,
その他営利業務,文化・興行,公的その他サービス,の各種サービスが含まれている。一見
して,国際経済取引にかかる「サービス」はきわめて多様・異質であることが分かる。当然
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
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のことながら,タイムゾーンの影響も多様なサービスの性質を反映して,サービスごとに異
なっているはずである。Head et al. (2009) は,こうしたサービスの多様性・異質性に着目
した研究である。彼らは,サービス全般について,「サービス全般」とそこから政府・旅行・
輸送を除いた「その他商業サービス (OCS : Other Commercial Services)」とを区別し,さら
にその他商業サービスも「金融 (Finance)」「情報 (IT : Information Technology)」「各種ビジ
ネスサービス (MBS : Miscellaneous Business Services)」に細分して分析を行った。彼らは,
Eurostat による1992年から2006年にかけての双務的サービス貿易 (輸出) のデータを用いて,
以下の関係式を推計した。
ただし,は第 国から第 国向け輸出,は各種の双務的なコントロール変数をまと
めたベクトル,と はそれぞれ直接投資の送り出し国と受け入れ国の固定効果,
は誤
差項である。距離の係数 に関しては,財貨,サービス全般,個別サービス,いずれの特
定化の下でも 1 %有意水準でマイナスという従来の研究に沿った結果を得ている。他方,彼
らは,財貨輸出に関するタイムゾーンの係数 が 1 %有意水準で“プラス”であるという幾
分奇妙な結果も示している。これは Stein and Daude (2007) などの結果と対立するし,ま
た (理論的な意味での) 直感にも反するものである。Head et al. (2009) 自身は,この奇妙
な結果の原因について詳細な考察を加えていないが,同様のデータに基づく別の検証が必要
であろう。
情報通信インフラの役割 第 2 節で簡単に検討した理論分析からも明らかなように,タイム
ゾーン格差が貿易取引の動因となるようなサービスは,情報通信ネットワークを経由して容
易に取引できるようなサービスである。したがって,各国の情報通信に関する社会基盤が整っ
ているか否かによって,タイムゾーンがサービス貿易に及ぼす影響は大きく異なってくるは
ずである。Dettmer (2011) は,タイムゾーン単独の変数だけでなく,各国の情報通信基盤
の変数 (および,タイムゾーンと情報通信基盤の相互作用項) を追加的に導入した。彼女は,
OECD による1999年から2006年にかけてのサービス貿易統計 (OECD Statistics on International Trade in Services) を利用して,以下の関係式を推計した。
*
* *
ただし,
, はそれぞれ 期における第 国,第 国の情報通信基盤変数であ
り,他の変数についてはこれまでに取り上げてきた推計式と同様である。情報通信基盤変数
としては,各国の携帯電話・固定電話・パソコン・ネットワークの 1 人あたり台数・利用頻
48
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第
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度が用いられる。彼女は,商業・ビジネスサービス輸出に関するタイムゾーンの係数 と
タイムゾーンと情報通信基盤の相互作用項の係数 とについて, 1 %有意水準でプラスの
結果を得ている。これは,きわめて理論分析と整合的な結果である。
財貿易とサービス貿易の分離
Stein and Daude (2007) や Head et al. (2009) では,財貨の
貿易とサービス貿易とに関して,それぞれタイムゾーンの役割を別々に推計して比較してい
たが,Tomasik (2013) はタイムゾーンとサービス部門の相互作用項を導入して,財とサー
ビス両方の貿易に及ぼすタイムゾーンの役割を同時に検証した。彼女は,2000年から2008年
にかけての OECD による20の輸出元国と56の輸入国を含むデータを用いて,以下の関係式
の推計を行った。
*
ただし,添え字 は産業を表し,
は産業 が「サービス部門」であるか否かを識
別する指標である。他の変数については,これまでの推計式と同様である。彼女は,タイム
ゾーン単独の係数 が 1 %有意水準でマイナス 56.048 であることと同時に,タイムゾーン
とサービス部門の相互作用項の係数 が同じく 1 %有意水準でプラス 50.571 であることを
見出している。すなわち,財・サービス両方を含む輸出全般でみると,タイムゾーン格差は
貿易を抑制する同調化効果が支配的であるものの,サービス部門に限定すれば,タイムゾー
ン格差によって貿易が促進される効果も確認できるのである。
5
結
語
いくつかの実証研究の結果から,商業・ビジネスサービス部門であり,かつ情報通信ネッ
トワークを通じて容易に取引可能であるようなサービスについて,タイムゾーン格差の存在
がサービス貿易を活発化させる要因であることが確認できた。
次に取り組むべき課題は,このような形で行われるサービス貿易が各国経済に及ぼす影響
を解明することであろう。特に,情報通信ネットワークを通じたサービス貿易は事実上の労
働サービスの国際移動 (virtual labor mobility) をもたらすので,実際の外国人労働者・移民
の受け入れと同等の強い影響を各国の賃金率その他の要素価格にもたらすものと予想される。
現に理論的研究においては,Kikuchi and Long (2010, 2011), Kikuchi et al. (2013), Nakanishi
and Long (2015) などのように,タイムゾーン格差に基づくサービス貿易が所得分配に及ぼ
す影響に取り組むものも現れている。実証分析においても同様の方向での取り組みが期待
される。
タイムゾーンと貿易・投資に関する実証分析について
49
注
*
本稿は,科学研究費補助金・基盤研究 (A) 「フラグメンテーション,タイムゾーン,およびそ
の動学的帰結」(課題番号:22243024) に基づく研究成果の一部である。
†
神戸大学大学院経済学研究科教授。E-mail: [email protected]
1)Jones and Kierzkowski (1990) は,フラグメンテーション理論の端緒となった研究である。ま
た,タスク分解・タスク貿易については,たとえば,Grossman and Rossi-Hansberg (2008, 2012)
を参照のこと。
2)単純なことながら,時差をどのようにとらえるのかは,実証分析を遂行する際に気をつけなけ
ればならない点である。たとえば,ワシントン D. C. の属する北米大陸東部標準時間における 1
月 1 日午前 8 時は,東京の属する日本標準時間の 1 月 2 日午後10時に対応しているので,東京は
ワシントン D. C. よりも14時間だけカレンダー上を先行しており,時差は14時間であるといわれ
る。しかし,日中の活動時間帯のズレとして表される絶対的時差は 10 (=24−14) 時間である。
3)中西 (2013) を参照のこと。サービス貿易を促進する要因としてのタイムゾーンに着目した理
論研究としては,ここにあげた Marjit (2007), Matsuoka and Fukushima (2010) の他に,Kikuchi
(2006, 2009), Kikuchi and Iwasa (2010), Kikuchi and Marjit (2010a, 2010b, 2011) などがある。
4)Tinbergen (1962) はグラビティモデルの端緒となった研究である。
5)当然のことながら,「 2 物体間に働く引力の大きさは両物体の質量の積に比例し,両物体間の
距離の二乗に反比例する」という古典物理における引力の法則を対数表示したものに対応してい
る。
6)Grossman (1998), Loungani et al. (2002) を参照のこと。
7)Kimura and Lee (2006)。
8)Head et al. (2009) を参照のこと。彼らは,タイムゾーンが国際経済取引に及ぼすプラスの影
響を「連続化効果 (continuity effect)」,マイナスの影響を「同調化効果 (synchronization effect)」
というように 2 つの効果にまとめている。前者は,我々が「時間圧縮効果」と呼んだものに他な
らない。ただし,Head et al. (2009) では我々が「昼夜逆転効果」と呼んだプラスの影響につい
ては言及されていない。
9)Stein and Daude (2007) が「同調化効果」という表現を用いているわけではない。
10)ここでの推計式の記号や表記は,本稿での議論に合わせて適宜調整・変更が加えられている。
以下で取り上げる他の研究の推計式についても同様である。
11)直接投資ストックを被説明変数としているのは,これが海外での企業の活動規模と考えられて
いるからである。海外子会社の「販売実績」を直接の被説明変数としてタイムゾーンの役割につ
いて検討した研究として,Christen (2012) がある。
参
考
文 献
Christen, E. (2012), “Time zones matter : The impact of distance and time zones on services trade,”
Working Papers in Economics and Statistics, No. 2012
14, University of Innsbruck.
Dettmer, B. (2011), “International service transactions : Is time a trade barrier in a connected world ?,”
JENA ECONOMIC RESEARCH PAPERS #2011
003.
50
第211巻
第
6 号
Grossman, G. (1998), “Comment,” in : J. A. Frankel (ed.), The Regionalization of the World Economy,
Chicago and London : The University Press of Chicago.
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