戦後司法界の内側を描く 『法服の王国』黒木 亮 法学研究科教授

プロローグで、三人の主人公の現在に近い状況が描写
黒木亮『法服の王国』を紹介したい。本書は、戦後
の裁判所の内側を描いた本格的な社会派小説である。
いく。本書では、村木を前者に、津崎を後者に割り当
などを経て、高裁長官、最高裁判事などに上り詰めて
判の現場では働かず、最高裁事務総局や最高裁調査官
いられた。他方で一部のエリート裁判官は、あまり裁
官は全国各地の地裁支部や家裁を転々とする生活を強
物も多く、仮名で書かれた人物も推測がつく。村木は、
に最高裁長官を務めた矢口洪一である。実名の登場人
となる。弓削のモデルは、1985年から1990年
弓削晃太郎である。弓削は姪と結婚した津崎の後ろ盾
この小説の影の主人公は、最高裁人事局長・事務総
長などとして司法行政に辣腕を振るうさまが描かれた
から敵視され、また裁判所内でも冷遇され、所属裁判
される。東京高裁長官・津崎守は、霞が関の裁判所合
大阪高裁で住基ネットに違憲判決を出した三日後に自
的色彩があるということで自民党
模で加入していた。しかし、左翼
団体で、当初は裁判官も数百人規
的として1954年に設立された
主義・基本的人権を守ることを目
青法協は憲法を擁護し、平和・民主
じみのない裁判官の日常も、活写されている。
題などは、すべて事実に基づく。一般人にとってはな
青法協会員に対する裁判官への任官拒否、再任拒否問
が担当判事に判決内容を示唆する書簡を送った問題、
に関わる長沼ナイキ訴訟に際し、札幌地裁の平賀所長
層的に描いている。そこで描かれた、自衛隊の合憲性
勧めの一冊である。
な取材に基づく本書によって、新境地を開拓した。お
券会社、総合商社に長く勤め、経済小説で著名。入念
文庫に収録された。著者の黒木亮氏は、都市銀行、証
年に単行書として出版され、2016年には岩波現代
ることには驚く。その後、産経新聞出版から2013
原発訴訟や青法協問題を素材としたこの小説が、2
011〜2012年に産経新聞に連載されたものであ
第一原発の事故で終わる。
最高裁長官人事をめぐる逆転劇、東日本大震災と福島
感激を抑えきれない場面など、感動的である。最後は、
し、世紀の判決を聞く機会に接した女性司法修習生が
木が日本海原発訴訟で運転の差止めを認める判決を下
て見事に昇華されているため、とても読みやすい。村
る。このように硬質な素材を扱っているが、小説とし
て国側の代理人を務める。妹尾は原告側弁護団に加わ
この小説のもう一つの軸は、原発訴訟である。伊方
原発訴訟に際し、津崎は法務省に出向し訟務検事とし
年在職)の要素が含まれている。
ようだが、泉徳治元最高裁判事(2002〜2009
を基に造形されている。津崎には特定のモデルはない
海原発訴訟)一審で差止め判決を出した井戸謙一判事
殺した竹中省吾判事と、志賀原発訴訟(小説では日本
て、それぞれの経歴をたどる形で、裁判所の内側を重
に迫った日本海原発運転差止め訴訟の判決を思う。同
じ頃、同訴訟原告弁護団に加わっている弁護士・妹尾
猛史は、雪の中、能登半島を南に向かうハンドルを
握っていた。そしてまた同じ頃、金沢地裁の裁判官室
で、裁判長・村木健吾は、この訴訟の判決文の草案に
目を通していた。
ここから、物語は一転して、三人の司法試験受験時
代にさかのぼる。中央大学法学部卒業後、新聞配達を
しながら受験勉強を続ける村木、同じ販売店で働く、
能登から出て予備校に通う妹尾。他方津崎は、東京大
学法学部在学中に司法試験に合格した。村木と津崎は
司法修習で同期となり、それぞれ裁判官となる。妹尾
は法政大学入学後、法律事務所でアルバイトしたこと
をきっかけとして司法試験の受験を志すようになり、
合格後は弁護士となる。
渡辺康行
戦後日本の裁判所・裁判官の歴史を回顧する際に、必
ず語られるのが青年法律家協会(青法協)問題である。
法学研究科教授
『法服の王国─小説裁判官』
(上)
(下)
黒木 亮/著 岩波書店刊
定価:各(本体1,100円+税)
2016年1月発行
同庁舎一七階の長官室で降る雪を見ながら、二か月後
『法服の王国』/黒木 亮
戦後司法界の内側を描く
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