1.-2)児童・生徒の生活と意識

教大協 教員免許状更新講習に関するプロジェクト
事項名: 教職についての省察
細目名: 学校を巡る状況変化(記号名: a、細目記号名: ア)
モデル・カリキュラム案の一事例
最近の学校を巡る三者(子ども・教師・保護者)の状況変化
平成20年度 免許状更新講習(学内試行):教育の最新事情より
腰越 滋・前田 稔
(東京学芸大学・教育学部)
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0.本講座の目的および内容
目的:子ども・教師・保護者の状況変化をデー
タを紹介しながら考え、その状況下にお
いても参加者がインセンティブを維持し、
自身の実践をブラッシュアップしていく
手がかりを探ること。
内容:特に「教職についての省察」の事項のう
ち、「学校を巡る状況変化」という細目
(記号a)について言及。
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1.子どもを巡る状況変化
1.-1)児童・生徒の学習・学力[その1]
OECD国際学力調査(PISA2000・2003・2006)
の結果より
PISA(Programme for International Student
Assessment):OECD(経済協力開発機構)が
2000年に開始した、15歳児(日本では高1生)を
対象とした国際的な生徒の学習到達度調査。
「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラ
シー」を中心に、3年ごとに実施。
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http://benesse.jp/berd/magazine/report/pisa/betumado_1.html [last access: 8/6/2008]より
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日本の特徴の特記事項:
将来への役立ち感が低い
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1.-1)児童・生徒の学習・学力[その2]
*IEA実施のTIMMS1999・2003の結果からも、同一問題の正答率が下降。
またTIMSS2003では6割以上の生徒が「数学は好きではない」と回答。
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PISA
TIMSS
知識や技能等を実生
カリキュラムで得た
活の様々な場面で直面
知識・技能等がどの程
する課題にどの程度活
度習得されているかを
用できるかを評価する
評価する選択肢中心の
記述式中心のテスト
テスト
→competency を測定
→achievement を測定
両者の平均スコア低落からマスコミは学力低下
論にシフトしたが・・・・・・。
子どもたちの算数・数学への興味関心の低さな
ど、より重要な問題が背後に潜んでいるのでは?
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※児童・生徒の学習・学力を巡る問題点
*学力低位層が平均を下げている →高校間格差の問題
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※児童・生徒の学習・学力を巡る問題点
「学習意欲の捉え方を巡って、日米間で意識の
違いがある」(恒吉 2008)
●日本→「個人の意欲」の問題
●米国→ 「社会的公正」の問題
日本:「学業成績」が「社会経済的背景」の影響を受ける
度合いが小さい国のグループ(次頁図)に入るが、
「子どもの学習への意欲・姿勢」を、「社会的公
正」の概念と結びつけて考える視点は弱い。
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※児童・生徒の学習・学力を巡る問題点
’70-’80年代が大衆勉強(動員)社会だったとすれば、い
まや大衆勉“弱”社会。
学習時間の減少は、高校生に顕著で、学校ランクによる
学習時間の差が拡大。
近年の学力バッシングの前提に勉強過剰時代があり、そ
の時代との比較で、学力低下や学習時間の減少が議論
されるのは問題。
宿題・課題のための学習時間と学力は反比例。→学校外
学習時間の縮小と学力の低下を結びつける学力論議は、
大衆勉強動員時代の刻苦勉励的学力観を引きずってい
ることになる。→∴学力問題のパラダイム転換が必要。
竹内 洋 2007,『改訂版 学校システム論』,放送大学教育振興会 pp.186-202 より
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※学力低下問題の背景にある諸事実
学校外学習時間の縮小と学力低下との因果関係は疑わし
い。(同書 190-194頁)
日本の子どもの図書館利用率の低さ。 趣味で全く読書
をしない率は、OECD調査中日本は最高の55%(PISA
2000)
読書量と学力の相関性。(同書 198頁)
フィンランドの高学力は、学校外学習時間などによるもの
ではなく、学校や教師の力が大きい。
フィンランドでは、総合制学校が読書への興味を引き出し、
家庭的背景要因の力を弱化させ、結果読解力が高くなる。
竹内 洋 2007,『改訂版 学校システム論』,放送大学教育振興会 ,pp.190-194,p. 198 より
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1.-2)児童・生徒の生活と意識
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But いじめ定義の見直し(平成18年度~): 「当該児童生徒
が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を
受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」。→発生
件数から認知件数(私立含む)へ→調査結果の変化へ
124,898件
今津(2007 194頁)によるいじめ定義: 「子ども同士の力関
係の中で、弱者の立場に置かれた被害者に対して優勢な立
場にある加害者が、一時的または継続的・長期的に、身体
的、言語的、金銭的、あるいはケータイ・ネット上などさまざま
な面で有形・無形の攻撃を加え、身体的・精神的苦痛をもた
らすこと」。
その上での主張: 新「定義」を拠り所に、「いじめ件数の半
減」ではなくて、「いじめ克服件数の倍増」を数値目標として、
「反いじめ」を内容目標にした「悪と善」の学習を全校あげて
取り組むことが学校の今後に課せられた課題。
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※いじめに関連する知見
いじめ集団の四層構造論(森田 1985) : 当事者間の問題とする、
いじめ研究を脱し、いじめを学級集団全体の問題とする考えに立
つ端緒たる研究。→被害者・加害者・「観衆」・「傍観者」の四層構
造で、いじめを捉える考え方。
「観衆」: 直接手を下さぬものの、いじめを周囲で面白がったり、
はやしたてたりする子どもたち。
「傍観者」: いじめが行われているのを知っていながらも見て見
ぬ振りをする子どもたち。←いじめ抑止のキーパーソン。
正高(1998)による中学生調査: 「仲間外れ」などの場面を見せ、
態度決定を、「傍観者的」「介入して解決を目指す」等から選択さ
せる。→結果: いじめは①「傍観者」数と相関。②「傍観者」の属
性は、核家族・父サラリーマン・母専業主婦という家庭に多。→考
察・推測:ⅰ都市ホワイトカラー層増は、少子化と共に大人による
子ども迎合主義意識を作り出す。 ⅱ子ども中心主義台頭が、友
人暴力の行使に傍観者的態度をとる子ども産出の一因に。 21
1.-2)児童・生徒の生活と意識
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*不登校を巡る議論
学校の指導などで、特に効果があった取り組み。
▽家庭訪問で指導。
▽登校を促すために電話をかけたり迎えに行ったりする。
▽保護者の協力を求めて家族関係や家庭生活を改善。
批判 (朝日新聞 2008年8月8日社会面)
▽政策が「働きかけ」重視にかじを切り、学校に戻す対策
が強まったことが逆効果に。保健室登校が増えるのは、渋
る子を復帰させるから。→安心して休む権利や、学校外で
学び成長していくことを保障しないと(内田良子心理カウンセ
ラー)。
▽学校復帰を目指す国の姿勢を根本から見直すべき。→
学校一本ではなくフリースクールやホーム・エデュケーショ
ンなど多様な教育の場を増やす必要性(東京シューレ葛飾中
学校・奥地圭子校長) 。
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1.-2)児童・生徒の生活と意識
*「中学生・高校生の生活と意識調査 」
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*「中学生・高校生の生活と意識調査」
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※中・高生及び若者の意識に関連しての知見
インセンティブ・ディバイド(苅谷 2001): 低学力層ほど自
己有能感が高まる傾向に向かう。
≒仮想的有能感(速水 2006): 他者軽視の行動や認知に伴っ
て、瞬時に本人が感じる「自分は他人に比べてエライ、有能だ」
という習慣的な感覚。自尊感情とは異なる。
仮想的有能観
(他者軽視)
自尊感情(自信)
ⅰ全能型: 大工の棟梁
自尊型 全能型
萎縮型 仮想型
ⅱ自尊型: 人情社長
ⅲ萎縮型: 他者軽視低、自信低
ⅳ仮想型: 他者軽視高、自信低
ハイパー・メリトクラシー現象(本田 2005): 学校では学
力よりも対人関係能力が選好される。
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2.教師を巡る状況変化
2.-1)教育改革についての教師の意識
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教職経験が長い一般教員ほど、改革に対する「賛成」の意見が少ない傾向
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学校に不満足な保護者ほど、「習熟度別授業増」「年間授業時間増」「補習授業
を行う」「小学校からの英語必修化」などに、「賛成」の傾向
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2.-1) その2
教師の多忙感
「仕事の多忙化、複雑化に加え、保護者や同僚らとの人間関係など職場環境が厳しく
なっていることが背景にあり、対策を急ぎたい」(by文科省) →?
表 教員の病気休職者数等の推移(1997(H9)年度~2006(H18)年度) (単位:人)
9年度 10年度 11年度 12年度 13年度 14年度 15年度 16年度 17年度 18年度
在職者数(A)
958,061
病気休職者数(B)
4,171 4,376 4,470 4,922 5,200 5,303 6,017 6,308 7,017 7,655
うち精神性疾患による休職
者数(C)
1,609 1,715 1,924 2,262 2,503 2,687 3,194 3,559 4,178 4,675
在職者比
(パーセント)
948,350 939,369
930,220
927,035
925,938 925,007
921,600
919,154
917,011
(B)/(A)
0.44
0.46
0.48
0.53
0.56
0.57
0.65
0.68
0.76
0.83
(C)/(A)
0.17
0.18
0.2
0.24
0.27
0.29
0.35
0.39
0.45
0.51
(C)/(B)
38.6
39.2
43
46
48.1
50.7
53.1
56.4
59.5
61.1
(注) 「在職者数」は、当該年度の「学校基本調査報告書」における公立の小学校、中学校、高等学校、中等教育
学校及び特別支援学校の校長、教頭、教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭、栄養教諭、講師、実習助手及び寄
宿舎指導員(本務者)の合計。
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*バーンアウト(燃え尽き症候群): 精神性疾患を伴う休職者の増加はバーン
アウトと無関係ではなく、何がこのような現状を起こす原因になっているかを探る
ことがきわめて重要(油布 2007,14頁)。
教師の多忙を増長する要因: ①社会の変化と子どもの変化、②矢継ぎ早の
教育改革 etc. but 多忙が即疲弊にはならず、多忙感に転じた時に疲弊。
現在の学校: 膨大な書類作成が求められ、事務的仕事の増加に教師は多忙
感を募らせる。
クライアントと向き合う感情労働では、「感じること」と「実際に感じること」の「ズ
レ」を表層・深層の演技の技法で統制・管理せねばならぬ。→献身的教師像を
イメージして、教師として「感じるべきこと」を自己に課して一心不乱に仕事に
取り組めば、膨大な仕事の中で当該教師はバーンアウトに。 VS.献身的教
師像を放棄すれば、手を抜いているような罪意識、自責の念を抱えることに。
疲弊に繋がる多忙感の背景には、支え合う同僚との関係=同僚性が形成さ
れにくい状況があるのかも。→「職員室文化」の弱体化。(cf.日教組組織率・
新採加入率の低落)。
現在の教育状況の困難を互いに分かち合いながら、個々の教師の献身性に
還元されないようなシステム作りを。
油布 佐和子 編著 2007,『転換期の教師』,放送大学教育振興会,p.14 より
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3.保護者を巡る状況変化
3.-1)学校に対する保護者の意識状況
・「社会のルールやマナー」や「他人を思いやる心」といった、基本的な躾に近い事柄を学校に期待す
る親が4割から6割。
・学校の校則でも、「厳しい方がよい」と「どちらかと言えば厳しい方がよい」を合わせると7割以上に
なり、学校に厳しさを求める傾向。92年以降2002年段階では上昇傾向を示す。
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3.-2)教師と保護者の意識のズレ
●教員よりも保護者の方が必要性を感じており、その程度が中学校になると高まる項目は②
④⑤。 ●⑨は中学校教員の意識が高い。
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4.まとめに代えて
PISAやTIMSSの平均得点低下の背後にある問題を捉える必要性。
ex)教科(数学)への興味・関心の低さ、高校間格差、学力問題のパラ
ダイムシフト、階層差等に目を向けた「社会的公正」の視点への配慮
etc.
いじめ問題は被害者・加害者の当事者のみではなく、観衆や傍観者を
含めた四層構造で捉え、学級集団の問題として見る。その上で、傍観
者的態度をとる子どもに適切に働きかけ、克服件数増を。
不登校の問題の背後には、学校のスリム化、オールタナティブスクール
の価値観の拡大などがあるが、日本の現況にあわせての検討が要。
中高生の勉強時間縮小の背後には、現在中心志向たるコンサマトリ
ー(consummatory)な価値観の広がりがある。また、インセンティブ・デ
ィバイドが進行する中で、学力低位層が抱える仮想的有能感や、社会
のハイパーメリトクラシー化などについて考える必要性。
教育改革に伴う学校の変化に、教員が消極的になる背後には、肥大
化する事務業務の中で募る多忙感あり。支え合い同僚性を担保する
システムの模索が急務。
学校に 躾を求める一方で、受験学力などの実利性にも敏感な(コンサ
マトリーな)親の動向に、どう対応するか。
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<参考文献> (編著者名別 アルファベット順)
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本田 由紀 2005,『日本の<現代>13 多元化する「能力」と日本社会 ハイパー・メリトクラシー化
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苅谷 剛彦 2001,『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・
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国立教育政策研究所「平成20年度全国学力・学習状況調査の調査問題・正答例・解説資料に
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正高 信男 1998,『いじめを許す心理』,岩波書店。
文部科学省 編 2005,『「義務教育に関する意識調査 報告書」(平成17年11月)』
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/11/05112502/houkoku.pdf [Last Access:June 1,
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森田洋司 編 1985,『いじめ集団の構造に関する社会学的研究』,大阪市立大学社会学研究室。
森田 洋司 総監修・監訳 1998,『世界のいじめ -各国の現状と取り組み』,金子書房。
NHK放送文化研究所 編 2003,『NHK 中学生・高校生の生活と意識調査 楽しい今と不確か
な未来』,NHK出版。
「OECD 生徒の学習到達度調査 Programme for International Student Assessment(PISA)
~2006年調査国際結果の要約~ 」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryokuchousa/sonota/071205/001.pdf [Last Access:May 25, 2008]
清水 一彦(代表)編著 2006,『最新教育データブック [第11版] 教育の全体像が見えてくる』,時
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竹内 洋 2007,『改訂版 学校システム論』,放送大学教育振興会。
恒吉 僚子 2008,「『学習意欲』の捉え方をめぐる国際比較-今後必要とされる『社会的公正』の
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油布 佐和子 編著 2007,『転換期の教師』,放送大学教育振興会。
etc.
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