第14回(免除,混同)

債権総論2 講義
免除・混同
明治学院大学法学部教授
加賀山 茂
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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免除
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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免除の意味
 免除の定義
債権者が,債務者に対する一方的な意思表示によって債務を消滅させ
ること(民法519条)。
第519条(免除)
債権者が債務者に対して債務を免除する意思を表示したときは,その債
権は,消滅する。
免除は単独行為(債権の放棄)として規定されているから,債務者の意
思を問わずに債権者が自由にすることができるが,免除によって第三者
を害することは許されない。
例えば,賃借地上の建物に抵当権をもつ者があれば,借地人が賃借権
を放棄しても抵当権者に対抗できないと解されている(民法398条参照)。
第398条(抵当権の目的である地上権等の放棄)
 地上権又は永小作権を抵当権の目的とした地上権者又は永小作人は,その権利
を放棄しても,これをもって抵当権者に対抗することができない。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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債務の免除と債権の放棄
 第398条(抵当権の目的である地上権等の放棄)
地上権又は永小作権を抵当権の目的とした地上権者又は
永小作人は,その権利を放棄しても,これをもって抵当権者
に対抗することができない。
 最一判昭38・2・21民集17巻1号219頁
土地賃借人と賃借人との間において土地賃貸借契約を合
意解除〔債権放棄〕しても,土地賃貸人は,特別の事情がな
いかぎり,
民法398条〔抵当権の目的である地上権等の放棄〕,538条
〔第三者の権利の確定〕の法理,および,信義誠実の原則
に照らして,
その効果を地上建物の賃借人に対抗できない。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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混同
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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混同の意味
 混同の定義
債権者の地位と債務者の地位とのように相対立する二つ
の法律的地位が同一人に帰することをいう。
この二つの地位を併存しておく意味がない場合には法律的
地位の一方は消滅する(民法179条,520条) 。
例えば,父に対し貸金債務を負っていたが相続によってそ
の債権者となった場合などであり,混同が生じて,債務は消
滅する。
しかし,消滅する権利が第三者の権利の目的となっている
場合には存続させておく意味があるから,消滅しない(民法
179条1項ただし書き,民法520条但し書き)。
2015/1/13
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混同による債権の消滅
 最一判平元・4・20民集43巻4号234頁
1.自動車損害賠償保障法3条による被害者の保有者に対
する損害賠償債権と保有者の被害者に対する損害賠償債
務とが同一人に帰し,債権が混同によって消滅した場合に
は,自動車損害賠償保障法16条1項に基づく被害者の保
険会社に対する損害賠償額の支払請求権も消滅する。
2.自動車損害賠償保障法15条にいう「自己が支払をし
た」とは,自動車損害賠償責任保険の被保険者が自己の出
捐によって損害賠償債務を全部又は一部消滅させたことを
意味し,混同によつて損害賠償債務が消滅した場合は,該
当しない。
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混同の事例分析
最一判平元・4・20民集43巻4号234頁
子(AB相続)
X
混同
子(死亡)
B
損害賠償債権→連帯保証
弁済とみなされる?
父(死亡)
A
保
険
金
債
権
保険会社
Y
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混同による消滅の例外?
最一判昭46・10・14民集25巻7号933頁
特定の土地につき所有権と賃借権とが同一人に
帰属するに至った場合であっても,その賃借権が
対抗要件を具備したものであり,かつ,その対抗要
件を具備したのちに右土地に抵当権が設定されて
いたときは,
民法179条1項但書の準用により,賃借権は消滅
しないものと解すべきであり,このことは,賃借権の
対抗要件が建物保護に関する法律1条によるもの
であるときでも同様である。
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賃料債権の差押えの効力発生後における賃貸借終了
最三判平24・9・4判時2171号42頁
年月日
事実
適用
H16/10/20
Aは,Yに本件建物を老人ホームとして賃貸。賃借期間を
H10/11/01からH36/03/31までとし,賃料は,平20/05/23まで
200万円/月,それ以降140万円/月とする。
AもYも,代表取締役は
A1 。賃貸借期間は25
年
H16/11/19
B銀行は,Aに対して3億円を融資。Yは,Aの連帯保証人
Aは,根抵当権も設定
H20/05
Aは,事実上倒産。YはBに対して,197万7397円/月支払うこ
とで合意。
H20/10/10
Xは,本件賃料債権(H19/04~H21/06分)を差押え。
H21/09/29
第1審判決(Yは,Xに1,400万円支払え)
H21/12/25
Yは,本件建物をAから3億7250円で購入し,登記を移転。B
は,根抵当権を抹消。新たに根抵当権を設定。
賃料差押え
賃貸借終了
Xは,訴えを交換的に変更し,H20/08/07~H22/10/07の賃料
について,支払いを求めた。
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最三判平24・9・4判時2171号42頁
当事者の法律関係
銀行
B
賃貸人
A
求
償
権
賃
料
債
権
債権者
X
賃
貸
借
関
係
賃借人
Y→
所有者A
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最三判平24・9・4判時2171号42頁
 判旨
賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡し
たことにより賃貸借契約が終了した以上は,
その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,
賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至っ
た経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人に
おいて賃料債権が発生しないことを主張することが信義則
上許されないなどの特段の事情がない限り,
差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡
後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができな
い。
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債権の時代
通貨も物(金属,紙)から情報(金銭債権)へ
 物権から債権へ
 物から情報へ
 モノやサービスの価値は,物である
カネによって評価されてきた。
 債権とは,方向と量と時間の要素で表
現される情報(ベクトル)である。
 物の使用・収益・換価・処分に関する
物権の全盛の時代であった。
 最も信頼されている債権は,預金債権
(家計:800兆円,企業200兆円)であり,
その実体は,銀行口座への入・出金記
帳という情報に過ぎない。
 しかし,現代は,物権も,人と人との
関係(物権的請求権,優先弁済権な
ど)に還元されるようになってきてい
る。
 現代は,物権(権利の帰属)を前提と
しつつも,人と人との関係である債
権が中心を占める時代である。
2015/1/13
 情報であるから,電子的に安価かつ即
時に送・受信することができる。
 振込み(預金債権の移転)は,相殺とい
う技術を使うことによって,危険を伴う現
金・有価証券の輸送を最小限に抑えるこ
とができる。
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13
定期試験仮想問題10題 目次
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
Q1: 債権譲渡の譲渡禁止特約の効力
Q2: 債権譲渡の対抗要件
Q3: 債権譲渡と債務者の解除・相殺の抗弁
Q4: 債務引受
Q5: 契約上の地位の譲渡
Q6: 銀行預金の振込み・誤振込みと組戻し
Q7: 準占有者に対する弁済
Q8: 弁済の充当
Q9: 弁済による代位
Q10: 相殺の担保的機能
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(1/10)→Q ToC
 債権譲渡の禁止特約について,以下の問いに答え
なさい。
1. 譲渡禁止特約のもともとの必要性の趣旨は何か。
2. 譲渡禁止特約は,実際にはどのような目的で利用されて
きたのか。その弊害は何か。
3. 譲渡禁止特約に関する判例の動向を年代順に述べなさ
い(民法判例百選Ⅱ第26事件参照)。
4. 民法(債権法関係)改正では,譲渡禁止特約は,どのよう
に規定されようとしているか(民法(債権法改正)改正要
綱仮案(http://www.moj.go.jp/content/001127038.pdf)
参照)。
2015/1/13
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定期試験仮想問題10題(2/10) →Q ToC
 債権譲渡の対抗要件について,以下の問いに答え
なさい。
1. 債権譲渡の対抗要件のうち,債務者対抗要件は何か。
2. 債権譲渡の対抗要件のうち,第三者対抗要件は何か。
3. 債権譲渡と債権差押さえが競合した場合,それぞれの対
抗要件は何か。すなわち,何を基準として,どちらが優先
するかが判断されるのか。
4. 債権の二重譲渡の場合,対抗要件が同時に備わった場
合,どのような結果が生じるか。その解決方法について,
さまざまな見解を検討した後,自らの見解を簡潔に述べ
なさい(民法判例百選Ⅱ第30,31事件参照)。
2015/1/13
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定期試験仮想問題10題(3/10) →Q ToC
 債権譲渡がなされた場合の債務者の抗弁について,以下の
問いに答えなさい。
1.
2.
2015/1/13
①Yは,建設会社A(請負人)と店舗兼住宅の建築請負契約を締結し
た。②Aは,建築途中で建築請負代金債権をAの債権者Xに譲渡した
が,その後,建築工事を中断・放置した。そのため,③注文者Yは,
債務不履行を理由に,本件請負契約を解除した。④Xは,Yに対して,
譲り受けた請負代金の支払いを求めて訴えを提起した。この場合,Y
は,債権譲渡後の解除を理由に,支払いを拒絶することができるか
(民法判例百選Ⅱ第28事件参照)。
上記の事件において,Aが建築を完了したが,欠陥住宅のため,Yは,
Aに対して,建築請負代金と相当額の損害賠償債権を有していたと
する。この場合,Yは相殺の抗弁をもって,Xの請負代金支払い請求
を拒絶できるか。
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(4/10) →Q ToC
 債務引受について,以下の問いに答えなさい。
1.
2.
3.
2015/1/13
ドイツ民法には存在する債務引受の定義規定が,わが国に存在しな
い理由は何か。
現行民法514条(債務者の交替による更改)の立法の際に,旧民法
に存在した免責的債務引受(完全指図,債務免脱による更改),およ
び,並存的(重畳的)債務引受(不完全更改としての不完全指図,単
純保証)の諸規定が削除されたのはなぜか。
判例は,並存的債務引受がなされた場合,原債務者と引受人との間
に連帯債務関係が生じると解している(民法判例百選Ⅱ第32事件参
照)。この見解に対しては,不真正連帯債務であるとか,連帯保証で
あるとかという説が存在する。これについて検討し,自らの見解を述
べなさい。
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(5/10) →Q ToC
 契約上の地位の譲渡に関する以下の問いに答えな
さい。
1. 契約上の地位の譲渡とは何か。
2. 判例百選Ⅱ第33事件の解説で取り上げられている最二
判昭46・4・23民集25巻3号388頁をよく読んで,賃貸借契
約の地位の譲渡に際して,「賃借人の承諾を必要とせ
ず」,旧所有者(旧賃貸人)と新所有者(新賃貸人)との間
だけで,契約の地位の譲渡ができるのはなぜなのか,こ
の場合の法律関係を図示しつつ,賃借人抜きに契約上
の地位の譲渡が名のうなり有を簡潔に述べなさい。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(6/10) →Q ToC
銀行振込みについて,以下の問いに答えなさ
い。
1. 民法判例百選Ⅱ第70事件をよく読んで,銀行振
り込み契約の法的性質を簡単に説明しなさい。
2. 銀行振り込みにおける預金債権の平行移動をど
のように法律構成することができるか,自らの見
解を述べなさい。
3. 誤振込の場合に,誤振込による預金債権は成立
するか,預金者は,預金債権をどのようにして取
り戻すことができるか。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(7/10) →Q ToC
 準占有者に対する弁済に関する以下の問題に
答えなさい。
Xは自家用車のダッシュボードにY銀行の預金通帳を入
れて自宅付近の駐車場に駐車していたところ,車ごと
盗難にあい,犯人が,預金通帳と暗証番号を使って,
預金300万円を全額引き落としてしまった。
預金通帳の暗証番号は,自動車の登録番号であった
が,預金通帳と暗証番号だけで他人が預金を引き落と
すことができることは,Xには知らされていなかった。
Xの預金返還に対して,Y銀行は,民法478条の抗弁を
主張できるか(民法判例百選Ⅱ第38事件参照)。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(8/10) →Q ToC
 弁済の充当に関する以下の問いに答えなさい。
AがBに対して100万円の甲借入金債務(無利息・弁済
期到来)と200万円の乙借入金債務(無利息・弁済期未
到来)を負っている。
AがBに100万円を支払ったが,弁済の充当指定をしな
かったので,Bが受領の時にこれを甲債務の弁済に充
当する旨をAに告げたが,Aは,直ちに異議を述べて,
乙債務の弁済に充当することを指定したとする。
この場合,Aが支払った100万円は,どの債務に充当さ
れるか。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(9/10) →Q ToC
 弁済による代位に関する以下の問題に答えなさい。
債権者Aは,Bに対して6,000万円の債権を担保させるため,
C,D,E,Yを連帯保証人とし,さらに,CとYとは,その所有す
るそれぞれの甲不動産(2,000万円),乙不動産(3,000万
円)に抵当権を設定させた。
その後YはBに代わってBの債務全額を弁済し,Aに代位して
Cの抵当権を実行した。
Cの不動産に後順位抵当権を有するXは,Cの負担部分が
最も少なくなる説を主張している。
Xの主張は認められるか。
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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定期試験仮想問題10題(10/10) →Q ToC
差押えと相殺に関する以下の問いに答えなさ
い(民法判例百選Ⅱ42事件参照)。
Y銀行は,Aに対して,1月31日に期限が到来する
貸し金債権を有しており,Aは,Y銀行に対して,1月
25日に満期となる定期預金を有している。
1月20日に,Aの債権者XがAのYに対する上記定期
預金債権を差し押さえた。
Yは,貸金債権と預金債権とを相殺することによっ
て,Xの差押えに対抗することができるか。
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Lecture on Obligation 2014-5
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活用すべき文献
 民法の入門書(DVD付)
 加賀山茂『民法入門・担保法革命』信山社(2013)
 民法(財産法)全体を理解する上での助っ人
 我妻栄=有泉亨『コンメンタール民法』〔第3版〕日本評論社(2013)
 金子=新堂=平井編『法律学小辞典』有斐閣(2008)
 契約法全体についての概説書
 加賀山茂『契約法講義』日本評論社(2009)
 債権総論の優れた教科書
 平井宜雄『債権総論』 〔第2版〕弘文堂(1994)
 債務不履行に関する文献
 平井宜雄『損害賠償法の理論』東京大学出版会(1971)
 浜上則雄「損害賠償における「保証理論」と「部分的因果関係の理論」(1)(2・完)民商
66巻4号(1972)3-33頁, 66巻5号35-65頁
 債権者代位権・直接訴権,詐害行為取消権,連帯債務,保証の文献
 加賀山茂『債権担保法講義』日本評論社(2011)
2015/1/13
Lecture on Obligation 2014-5
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