資本市場論 (10) 債券投資分析 - 金利リスクの管理 三隅隆司 一橋大学商学部 1 はじめに リスクは、「変動性(variability)」ではなく「不確実性uncertainty)」 に起因 - 今後4年間のキャッシュ・フローが、1, -100, 1000, 0であ ることが確実に知られている。 →「変動性」は高いが、リスクはない - 今後4年間の各年のキャッシュ・フローは、等確率で +1 or -1 である。 →「変動性」は低いが、リスクはある。 2 金利リスク(1) 金利リスク - 資産と負債の満期が異なることに起因するリスク。 - 資産・負債の市場価格の変動に起因するリスク Case 1: 負債: 1年満期 調達金利は年9% 資産: 2年満期 運用金利は年10% 3 金利リスク(2) 1年目は、1%の利益を確実に獲得 2年目の収益は不確実 - 短期利子率が不変 → 銀行は1%の利益 - 短期利子率が11%に上昇 → 銀行は1%の損失 借り換えリスク(Refinance Risk) 借り換えのコストが、資産運用収益より高くなる可能性の 存在に起因するリスク e.g. 1980年代アメリカにおけるS&Lの破綻 4 金利リスク(3) Case 2: 負債の満期が資産の満期よりも長い場合 負債:年 9 %、2年満期 資産:年 10%、1年満期 2年目の資産運用利子率が年8%に低下 →1%の損失 再投資リスク(Reinvestment Risk) 固定金利で調達し、変動金利で運用する場合に存在。 5 デュレーション(1) デュレーション (Duration): - さまざまな債券価格の、利子率変化に対する感応度を測る尺度。 ある債券からのキャッシュフローの平均的満期。 - 資産・負債の満期のみでなく、キャッシュフローのタイミン グまで考慮に入れており、満期よりも良い尺度。 6 デュレーション (2) (例1) - 1年満期の債券 元本 100 万円 年利子率 15% - 半年ごとに返済 - 元利均等返済 キャッシュフロー: CF1/ 2 57.5 ( = 100×0.075 + 50 ) CF1 53.75 ( = 50×0.075 + 50 ) CF1/ 2 CF1 111.25 PV 現在価値 : 1/2 = 57.5/1.075 = 53.49 PV1 = 53.75 /(1.075)2 = 46.51 PV 1/2 + PV1 = 100 7 デュレーション (3) (例1)(続) デュレーション: 満期のまでの期間の加重平均。ウェイトは、キャッシュフロー の現在価値の相対的大きさ。 X1/2= PV(1/2)/ (PV(1/2) + PV1 ) = 53.41 X1 = PV1/ (PV(1/2) + PV1 ) = 46.51 満期までの期間 デュレーション: DL= X ½ ・(1/2) + X 1・(1) = 0.7329 (年) ウェイト 8 デュレーション (4) デュレーションの意義: 元本100万円、年利子率15%、1年後の一括返済 CF1=115 PV1= 115/1.15 = 100 X1= PV1 /PV1 = 1 DD= X1 ・(1) = 1 すべての返済が、期末に一括で一度だけ行われる債券(割引 債)のデュレーションは、その満期までの期間と等しい。 ML – MD = 1 – 1 = 0 DL - DD = 0.7326 – 1 = - 0.2674 デュレーション・ギャップ 9 デュレーション (5) D:デュレーション CFt:当該債券からのt期末のキャッシュフロー N : キャッシュフローが発生する最終期までの期間 DFt:割引因子=1/(1+R)t:市場利子率 PVt:t期末になされるキャッシュフローの現在価値 10 デュレーション (6) 例2) 利付債(ユーロボンド 満期6年)のデュレーション - 年1回利子が支払われる - 額面価格は1000ドル - クーポンレートは年8% - 市場利子率(現行の最終利回り)8% このユーロボンドのデュレーションは? t CFt DFt PVt PVt×t 1 80 (1/1.08)=0.9525 74.07 74.07 2 80 (1/1.082)=0.8573 68.59 137.18 3 80 (1/1.083)=0.7938 63.51 190.53 4 80 (1/1.084)=0.7350 58.80 235.20 5 80 (1/1.085)=0.6806 54.45 272.25 6 1,080 (1/1.085)=0.6302 680.58 4,083.71 D PV t 4992.71 1000 = 4.993 (年) PV t t 11 デュレーション (7) 例3) (2年U.S. TB) - 半年ごとにクーポン支払い クーポンレートは年8% 市場利子率は年12% 額面価格1000ドル このアメリカ短期国債のデュレーションは? t CFt DFt PVt PVt×t 1/2 40 (1/1.06)=0.9434 37.74 18.87 1 40 (1/1.062)=0.8900 35.60 35.60 1 (½) 40 (1/1.063)=0.8396 33.58 50.37 2 1,040 (1/1.064)=0.7921 823.78 1647.56 D PV t 1752.4 PV 930.70 = 1.88 (年) t t 12 デュレーション (8) 例4) (ゼロクーポン債) - 満期までの間で途中の支払いは全くない。 - 満期時に額面価額での支払い。 - 購入時に利子分を割り引いた価格で販売 額面価格100万円、市場利子率Rの場合、満期までの期間がN 年であるこの債券の価格は。 P = 1,000,000/(1 + R) N 支払いが満期時に一括して一度だけ行われるので、この (割引)債券のデュレーションは、その満期までの期間に等し い。 13 デュレーション (9) 例5) (コンソル債) コンソル債 : 満期のない(無限の満期)債券 19世紀にイギリスで発行。 R:市場利子率 コンソル債のデュレーション(DC)は? 1 Dc 1 R 14 デュレーションの性質(1) 満期とデュレーション: 固定された収入を生む(fixed-income)資産あるいは負債の 満期が長くなるにつれて、そのデュレーションは長くなる。 満期(↑) →将来が相対的に高く評価される 市場利子率とデュレーション 市場利子率が高くなるにつれて、デュレーションは短くなる。 市場利子率(↑) →将来のキャッシュフローの相対的大きさ(↓) 15 デュレーションの性質(2) クーポンレートとデュレーション 証券のクーポンレートが高くなるにつれて、デュレーションは 短くなる。 クーポンレート(↑) →投資家の早い時期の受取(↑) →早い時期のウェイト(↑) 16 デュレーションの経済学的意味(1) dP / P D dR /(1 R ) or dP dR * D D dR P 1 R D* : 修正デュレーション デュレーションは、資産あるいは負債価格の利子弾力性である。 市場利子率の1%の変化が、負債・資産の価格を何%変化さ せるかを表すものがデュレーション。 市場利子率のほんの少しの変化に対して、負債・資産価格は、 Dの大きさに比例して逆方向に変化。 17 デュレーションの経済学的意味(2) 例6)(6年ユーロボンド) クーポンレート、市場利子率ともに8%。 デュレーションは、4.99年。 市場利子率が1ベーシス・ポイント(1/100パーセント)上昇。 dP/P = - 4.99 × [0.0001 / 1.08 ] = - 0.000462 1+R デュレーション (- 0.0462 %) ΔR 市場利子率が1ベーシス・ポイント上昇したとき、債券価格は 1000ドルから999.538ドルへ低下する。 18 デュレーションの経済学的意味(3) 例7)(2年U.S.短期国債) - 半年ごとにクーポン支払い クーポンレートは年8% 市場利子率は年12% 額面価格1000ドル 市場利子率が1ベーシスポイント上昇。 dP/P = - 1.88 × [0.0001 / 1.06 ] = - 0.00018 1 +(R/2) デュレーション (- 0.018 %) ΔR dP dR D P 1 1 / 2 R 19 免疫化 デュレーションの主たる意義は、それが利子率リスクを管 理するための手法を提供してくれる点にある。 - デュレーションを利用することによって、バランスシートの一 部あるいは全部の項目を、利子率リスクから保護する(免疫 化する)ことが可能となる。 20 将来の支払いの免疫化(1) 将来支払額への利子率リスクの免疫化 - 5年後の支払いを約している企業を考える。 - 支払額は1469万円(5年後に一括支払)。 この負債は、5年後の一度だけ一括の支払を要するもの。 デュレーションは? 5年 したがって、上記支払額に対する利子率リスクを免疫化する ためには、デュレーション5 年の資産を保有すればよい。 21 将来の支払いの免疫化(2) i) 5年満期の割引債を保有 8%複利、額面1,000万円の割引債の現在価格: P= 1,000/ (1.08)2 = 680.58 5年後の受取額を1,469万円とするためには、現時点で 1,000万円ほどこの割引債を購入すればよい。 (1,000*(1.08)5=1,469) 割引債のデュレーションは、その満期に等しい。 22 将来の支払いの免疫化(3) ii)利付債を購入する場合 5年物の割引債が存在しない場合には、どうすればよいか。 ポイント: 年1回の利子支払い・クーポンレート8%・額面価格1000万 円・6年満期のユーロボンドのデュレーションは5年(市場利 子率8%)。 6年ユーロボンドを購入し、それを5年間保有すればよい。 そのデュレーションが、目的としている期間と等しいクーポ ン債を保有することによって、利子率リスクを免疫化する ことが可能。 23 将来の支払いの免疫化(4) a)利子率が8%で不変の場合: 企業のキャッシュフロー: クーポン 5 × 80 = 400(万) 再投資所得 80×(1.08)4 + 80×(1.08)3 + 80×(1.08)2 + 80×(1.08) + 80 – 400 = 69(万) 5年後の債券売却価格 1,080 / 1.08 = 1,000(万) キャッシュ・フロー総額は: 1,469 万円 24 将来の支払いの免疫化(5) b)市場利子率が7%に低下したとき クーポン 再投資収益 5 × 80 = 400(万) t 80 ( 1 . 07 ) 400 60 (万円) t 1 4 債券売却価格 1,080 / 1.07 = 1,009 (万) 企業の受け取り総キャッシュフローは1469万円で変わらず。 利子率の低下は、再投資収益の減少をもたらすが、それ を相殺するだけの債券価格の上昇がある。 25 将来の支払いの免疫化(6) c)市場利子率が9%に上昇 クーポン 再投資収益 債券売却価格 400 (万円) 78 (万円) 991 (万円) 企業の受け取り総キャッシュフローは1469万円で変わらず。 市場利子率の上昇は、再投資収益の増大をもたらすが、そ れを相殺するだけの債券価格の低下があり、企業の受け取 り総キャッシュフローは不変。 26 将来の支払いの免疫化(7) クーポン債(あるいは他の固定利子債券)のデュレーションを企 業の目標投資期間と同一の長さとすることによって、企業が直 面する利子率リスクを免疫化することが可能となる。 利子率の低下(上昇)がもたらす再投資収益の損失(利益)は、 当該債券の価格上昇(低下)によって完全に相殺され、企業の 受け取り総キャッシュフローは不変となる。 27 コンベクシティ (1) デュレーション: - 利子率の変化に対する債券価格変化の1次近似. - 利子率とに債券価格の関係は非線形(凸関数). 利子率の変化が大きいほど,デュレーションによ → もとづいて計算される債券価格の変化と実際の 価格変化との乖離が大きくなる. 債券価格と利子率の関係が線型ではないことに起因する ギャップを埋めるものがコンベクシティ (Convexity) である. 28 コンベクシティ (2) 利子率の変化にともなう債券価格の変化(ΔP)は,テーラー展開を用いて,以 下のように書くことができる. P P( R R ) P( R) 1 2 P ( R)R P ( R)( R ) 2 P P( R) 1 P( R) 2 R R P P 2 P D 1 2 R CV R 1 R 2 1 2 D* R CV R 2 CV : コンベクシティ 29 コンベクシティ (3) t t 1C nn 1F n t t 1 1 1 R 1 R CV 2 P 1 R n コンベクシティが大 利子率が下がる場合の価格上昇幅が大きく, 利子率が上がる場合の価格下落幅が小さくなる. 同一条件の債券あるいは債券ポートフォリオにおいて は,コンベクシティが大きいほど投資対象として好ましい. 30 付録: デュレーションの経済学的意味に対する数学注 (1) C C CF P 2 N 1 R 1 R 1 R P : 債券価格 N : 満期までの期間 C : クーポン支払い(年次) F : 額面価格 R : 最終利回り 利子率(R)の変化が,債券価格にいかなる影響を与えるかを考え るために,上式をRで微分する. dP C 2C N (C F ) dR 1 R 2 1 R 3 1 R N 1 これを整理すると dP 1 C 2C N (C F ) 2 dR 1 R 1 R 1 R 1 R N 31 付録: デュレーションの経済学的意味に対する数学注 (2) デュレーションの定義より C C CF 1 2 N 2 N 1 R 1 R 1 R D C C CF 1 R 1 R 2 1 R N (*) (*)の分母 = P dP (*)の分子 = 1 R dR したがって, 1 R dP dP dR D P 1 R P dR 32 付録: デュレーションの経済学的意味に対する数学注 (3) コンソル債のデュレーションについて dP 1 R DC dR P 1 R R C 1 R 2 R C/R 1 1 R 33 数学付録 : テーラー展開 ある区間において,関数f(x) は第n階まで微分可能とする.この とき,その区間において,aを定点,xを任意の点として,以下が 成立する. f (a) 2 f ( a ) f ( x) f (a) x a x a 1! 2! ( n 1) (n) f ( a ) f ( ) n 1 n x a x a n 1! n! ここで, a x a for 0 1 34
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