20.所得不平等と貧困

20.所得不平等と貧困
<キーワード>
貧困率、社会保険
現物給付、生活保護
所得不平等と貧困
ある人の所得は、その人が提供する労働の
需要と供給に依存しており、また、そのような
需給状況は、当人の生まれつきの能力、人
的資本、補償格差、差別の有無などにも依存
している。
20.所得不平等と貧困
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不平等の尺度
社会にはどの程度の不平等が存在するのか
?
どれだけの人々が貧困のなかで暮らしている
のか?
不平等度を測定する際にはどのような問題
が発生するのか?
人々はどのくらいの頻度でさまざまな所得階
層間を移動するのか?
20.所得不平等と貧困
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表20-1 アメリカの所得分配(2000年)
Copyright©2004 South-Western
付表20-1 日本の所得分配(2005年)
階層
最下層
世帯の年収(円)
~2,720,000
下から2番目の層
2,720,000~3,990,000
中間層
上から2番目の層
最上層
3,990,000~5,560,000
5,560,000~7,920,000
7,920,000~
上位10%層
10,030,000~
(出所)総務省、「家計調査」
(アメリカにおける)所得の不平等
以下のことを想像してみてください. . .
- 経済のなかの全ての世帯を年収の順番で一列に
並べる。
- 次に、全世帯を5つのグループに分ける(最下層
、下から2番目の層、など)
- さらに、それぞれの層に属する家計が受け取る
所得の全体のなかの割合を計算する。
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表20-2 アメリカの所得不平等
Copyright©2004 South-Western
付表20-2 日本の所得不平等
年
2005
2000
1990
1980
1970
1960
1951
最下層
10%
10%
11%
12%
12%
8%
7%
下から2番目
14%
15%
15%
16%
16%
14%
13%
中間層
19%
19%
19%
19%
19%
18%
18%
上から2番目
24%
23%
23%
23%
23%
23%
24%
最上層
32%
32%
31%
31%
30%
38%
38%
注: 総家計ではなく勤労者世帯についての調査
(出所) 総務省、「日本の長期統計系列」および「家計調査」
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(アメリカにおける)所得の不平等
もし所得が全ての世帯について平等に分配さ
れているならば、それぞれの五分の一の家
族は全所得の五分の一(20%)を受け取る
はずである。
1935年から70年にかけて、所得分配は少
しずつ平等化している。
最近では、この傾向は逆転している。
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アメリカにおける所得の不平等
所得不平等度が最近になって増大した理由
- 次の変化は、未熟練労働への需要を減少させ、
熟練労働への需要を増大させる傾向にある。
» 低賃金国との国際貿易の上昇
» 技術の変化
- それゆえに、未熟練労働者の賃金が熟練労働者
の賃金に比べて低下した。
- このことは、家計所得の不平等化につながる。
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日本における所得の不平等
1951年から70年まで所得は平等化した。
70年から80年までは変わらない。
1980年以降は、わずかに所得は不平等化
している。
不平等化の理由としては、
- 低賃金国との貿易
- 技術の変化
加えて、高齢化(高齢世帯のほうが所得分配
が不平等である傾向がある)が指摘されてい
る。
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ケース・スタディ: 女性運動と所得分配
米国において、仕事を持つ女性の比率は19
50年代の約32%から、1990年代には54
%に上昇した。
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ケース・スタディ: 各国における所得の不平等度
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貧困率(The Poverty Rate)
貧困率とは、世帯所得が貧困ラインと呼ばれ
る絶対水準を下回る世帯に属する人々の全
人口に対する百分比である。
貧困ライン(The Poverty Line)
- 貧困ラインとは、米国の場合、連邦政府によって
決められた絶対的な所得の水準のことであり、こ
の水準以下の家計は貧困であるとされる。
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図20-1 米国の貧困率
貧困ラインを
下回る
人口の割合(%)
25
20
貧困率
15
10
5
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
Copyright©2003 Southwestern/Thomson Learning
付表20-3 日本の生活保護
第3 -5 表 被保護実人員・保護率, 保護の種類×年度別
( 各年度1 か月平均)
年 次
被 保 護
実 人 員
生活扶助
住宅扶助
教育扶助
介護扶助
医療扶助
出産扶助
生業扶助
葬祭扶助
保 護 率
( 人口千対)
昭和60年度( FY1985) 1 431 117 1 268 766
967 691
252 437
・
909 581
191
2 524
1 353
11. 8
平成2 年度( FY1990) 1 014 842
889 607
730 134
135 793
・
711 268
73
1 899
1 108
8. 2
7 ( FY1995)
882 229
760 162
639 129
88 176
・
679 826
62
1 141
1 211
7. 0
11 ( FY1999) 1 004 472
877 080
763 315
91 042
・
803 855
82
711
1 442
7. 9
12 ( FY2000) 1 072 241
943 025
824 129
96 944
66 832
864 231
95
713
1 508
8. 4
13 ( FY2001) 1 148 088 1 014 524
891 223
104 590
84 463
928 527
91
706
1 641
9. 0
14 ( FY2002) 1 242 723 1 105 499
975 486
114 213
105 964 1 002 886
101
743
1 791
9. 8
15 ( FY2003) 1 344 327 1 201 836 1 069 135
124 270
127 164 1 082 648
116
793
1 942
10. 5
16 ( FY2004) 1 423 388 1 273 502 1 143 310
132 019
147 239 1 154 521
113
1 091
2 049
11. 1
0. 0
0. 1
0. 1
構成比( %)
100. 0
89. 5
80. 3
9. 3
10. 3
81. 1
・
注: 保護率の算出は, 1 か月平均の被保護実人員を 総務省統計局発表によ る 10月1 日現在の推計人口( 昭和60年度, 平成2 , 7 , 12
年度は国勢調査人口) で除し た も のであ る 。
資料: 統計情報部「 平成16年度社会福祉行政業務報告( 福祉行政報告例) 」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/seikatsuhogo/seikatuhogo.html
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貧困率(The Poverty Rate)
米国における貧困ラインと所得不平等
- 経済成長が所得分布全体を上方に押し出すにつ
れて、貧困ラインは相対的ではなく絶対的な基準
として設定されているので、多くの家計が貧困ラ
インの上に押し出されている。
- しかし、1970年代以後、平均所得における経済
成長にもかかわらず、貧困率は低下していない。
- 経済成長は典型的な家計の所得を増大させたが
、不平等度の増大によって、貧しい家計が経済
繁栄を享受できなかった。
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表20-4 (米国で)貧しいのは誰か
Copyright©2004 South-Western
貧困率
米国における貧困に関する三つの事実
- 貧困は人種との相関が高い。
- 貧困は年齢との相関が高い。
- 貧困は世帯構成との相関が高い。
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日本の生活保護世帯の類型
一般世帯のうち約2%が生活保護を受けてい
る(2004年、厚生労働省、厚生統計要覧)。
高齢者世帯に限ると、4.9%が生活保護を受
けている。
母子世帯に限ると、14%が生活保護を受けて
いる。
すなわち、日本においても年齢と世帯構成と
の相関が高いと考えられる。
20.所得不平等と貧困
20
不平等を測定する際の問題点
所得分配や貧困率に関するデータからは、次
に挙げる理由によって生活水準の不平等度
に関して不完全な様子しか伝わらない。
- 現物給付(In-kind transfers)
- ライフサイクル(Life cycle)
- 一時所得と恒常所得(Transitory versus
permanent income)
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不平等を測定する際の問題点
現物給付(In-Kind Transfers)
- 貧しい人々に金銭以外の財・サービスの形で与
えられる給付を現物給付という。
- 所得分配や貧困率の測定は、世帯の金銭所得
に基づいている(ことが多い)。
- 現物給付を所得の中に含めないと、測定された
貧困率に大きな影響が出てくる。
20.所得不平等と貧困
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不平等を測定する際の問題点
経済的なライフサイクル
- 人生の中での通常の所得変化のパターンのこと
をライフサイクルという。
─ 若い労働者は仕事を始めたばかりのときには低い所得しか
もらえない。
─ 所得は、労働者が経験をつみ成熟していくにつれて上がって
いく。
─ 所得は50歳程度でピークに達する。
─ その後、65歳頃に退職するまでに急速に減少する。
» 日本の場合、製造業ホワイトカラー男性大企業のピー
クは55~59才で、その後、減少する。
» 関心がある人は、厚生労働省による『賃金構造基本統
計調査』を参照のこと。
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不平等を測定する際の問題点
一時所得と恒常所得
- 所得は、偶然の、あるいは一時的な要因によって
も生涯のなかで変化する。
» 自然災害
» 病気や経済条件などによる一時的な解雇
» 世帯の財やサービスを購入する能力は、おもに通常
受け取る、あるいは平均的に受け取る所得である恒
常所得に依存する。
» 恒常所得は所得の一時的な変動を取り除いている。
20.所得不平等と貧困
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所得階層間の移動(Economic Mobility)
人々の所得階層間の移動を、 economic
mobilityと呼ぶ。
米国経済では、所得階層間の移動はかなり
大きい。
所得階層間の移動は以下の要因に依る。
- 幸運や不運
- 勤勉や怠慢
- 世代間の経済的成功の継続性
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所得再分配に関する政治哲学
経済的な不平等について政府はなにをすべ
きなのだろうか?
- 経済学の分析だけでは答えは出ない。
- この質問は政策立案者が直面する規範的な問題
である。
三つの政治哲学
- 功利主義(Utilitarianism)
- リベラリズム(Liberalism)
- 自由至上主義(Libertarianism)
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功利主義(Utilitarianism)
功利主義とは、社会におけるすべての人の
総効用を最大化する政策を政府は選択すべ
きであるという政治哲学。
功利主義の創始者は、イギリスの哲学者ジェ
レミー・ベンサムとジョン・スチュワート・ミルで
ある。
- 効用とは個人が現在の境遇から得る幸福感や満
足感のこと。
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功利主義
所得再分配を支持する功利主義者の主張は
限界効用逓減の仮定に基礎を置いている。
- 貧しい人に余計に1ドルあげる場合、裕福な人に
1ドルあげる場合よりも、その人における効用、す
なわち満足感の増加が大きい。
20.所得不平等と貧困
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リベラリズム(Liberalism)
リベラリズムとは、「無知のベール」に包まれ
た公平な観察者にとっても公正と評価される
ような政策を、政府は選択すべきであるという
政治哲学。
この考え方は、哲学者ジョン・ロールズが展
開した考えである。
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リベラリズム
公共政策は、もっとも貧しい状況にある人々
の効用を最大化するというマクシミン原則 に
したがうべきである。
すなわち、全ての人の効用の総和を最大化
するのではなく、最小の効用を最大化するべ
きなのであるという。
このアイデアでは、所得分配を一種の社会保
険として考えることができる。
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自由至上主義(Libertarianism)
自由至上主義(リバタリアニズム)とは、政府
は罪を罰し、自発的な同意を守らせるべきだ
が、所得を再分配すべきでないという政治哲
学。
自由至上主義者は、機会の平等のほうが所
得の平等よりも重要であると主張する。
20.所得不平等と貧困
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貧困を減らすための政策
最低賃金法(Minimum-wage laws)
生活扶助(Welfare)
負の所得税(Negative income tax)
現物給付(In-kind transfers)
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最低賃金法(Minimum-Wage Laws)
賛成派は、最低賃金を低賃金で働く貧しい人
々を助ける手段だと考えている。
反対派は、本来それが守ろうとしている人々
を逆に傷つけてしまうと考えている。
最低賃金の効果は、需要の価格弾力性に大
きく依存する。
20.所得不平等と貧困
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最低賃金法
賛成派は、未熟練労働への需要は相対的に
非弾力的であり、高い最低賃金を設定しても
雇用はわずかしか減少しないと主張する。
反対派は、労働需要は、特に企業がより十分
に雇用を調整する長期においてより弾力的で
あると主張する。
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生活扶助(Welfare)
政府は、社会福祉制度を通じて、貧しい人々
の生活水準を上昇させようとしている。
生活扶助とは、支援が必要な人々を助ける
政府のさまざまなプログラムを指す幅の広い
用語である。
» 貧困家庭一時扶助 (TANF)
» 追加的所得補償 (SSI)
- 日本での生活保護にあたる。
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負の所得税(Negative Income Tax)
負の所得税とは、高所得世帯から税収を集
め、低所得世帯に移転する方法である。
高所得世帯は所得に応じて税金を払う。
低所得世帯は、補助金、すなわち「負の所得
税」を受け取る。
貧しい世帯は、窮状を訴える必要なしに金銭
的な扶助を得ることができる。
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現物給付(In-Kind Transfers)
現物給付は、金銭ではなく現物やサービスの
形で貧しい人々に提供するやり方である。
- 米国では、フードスタンプやメディケイド(医療保
険)である。
賛成派は、現物給付によって、貧しい人々が
もっとも必要としているものを手に入れること
ができると主張する。
現金給付の賛成派は、現物給付は非効率で
非礼なやりかたであると主張する。
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反貧困政策と労働意欲
貧しい人々の扶助を目的とする政策の多くは
、貧しい人々が自力で貧困から抜け出そうと
する意欲を減退させるという、意図せざる影
響をもたらす可能性がある。
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反貧困政策と労働意欲
反貧困政策は労働意欲に影響する例:
- ある世帯が妥当な生活水準を維持するのに、1万
5千ドルの所得が必要であるとする。
- そこで、政府は、どの世帯にも1万5千ドルを低要
することを約束するとしよう。
- この政策が導入されると、働いても1万5千ドル以
下の所得しか稼げないと考える人々は、誰も仕
事をみつけて働こうという動機をもたなくなる。
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反貧困政策と労働意欲
ワークフェア(就労義務付雇用手当支給)とは
、給付を受ける人間に対して政府の提供する
仕事に就くことを義務づけることである。
1996年の社会保障改革法は、給付を一定期
間のみ与えることにした。
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要約
所得分配に関するデータは、社会にかなりの
格差が存在することを示している。
アメリカの最上層の5分位所得階層にある金
持ち世帯の所得は、最下層の所得の約10倍
である(日本では約3倍)。
単年度における所得分配のデータだけを用
いて社会の不平等度を測定することは困難
である。
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要約
政治哲学者は、政府が所得を再分配する際
に果たすべき役割について異なった意見をも
っている。
功利主義者は、社会における人々の効用の
総和を最大にするような所得分配状況を選択
する。
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要約
リベラリストは、どのような所得階層に生まれ
るかわからない「無知のベール」に包まれた
状態を仮定して、所得分配状況を決定する。
自由至上主義者は、政府は個人の権利が履
行されるように努力すべきであるが、結果とし
ての所得分配の不平等度には関心を向ける
べきではないと考える。
20.所得不平等と貧困
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要約
貧しい人を扶助することを目的とする政策に
は様々なものがあり、例えば、最低賃金法、
生活扶助、負の所得税、現物給付がある。
これらの政策はそれぞれある種の世帯が貧
困から抜け出すことを手助けするが、意図せ
ざる副作用をもたらすことがある。
20.所得不平等と貧困
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