実証主義よ、さようなら。 反証主義よ、こんにちは。 2011年1月17日 L1-62 小河原誠 目次 • §1. 実証主義とは • §2. 反証主義からのとりあえずの反論 • §3. 実証主義と反証主義の比較──そして今回の論点の提示 • §4. 知識の可謬性 • §5. 実証の不可能性テーゼ • §6. ニーチェの直観 • §7. 論証の構造と反証主義 §1. 実証主義とは • 出来るだけ正確なデータを集めればおのずと法則的関係(法 則的言明)が導かれてくる(帰納される)。────帰納主義 • また、法則を用いて予測を導くことができ、それが的中するな らば、法則は実証されたことになる。 ────帰結による実証 主義 実証主義の問題点 • 帰納法主義 • 帰納の非妥当性(ヒュームによる論証) • 帰結による実証主義 • 後件肯定の虚偽(論理学の教えるところ) 実証主義をもう少し詳しく見てみると。 • 1. 知識は観察から出発する。 • 2. 仮説の実証は可能である • 3. 信頼性は確実な実証を積み上げるところにある。 §1-1 知識は観察から出発する。 §1-2 仮説の実証は可能である • 実証例を積み上げることで仮説を裏づける(実証する)ことが できる。(実証可能性) §1-3 信頼性 • 何度も何度も裏づけられた知識こそ確実であり信頼できる。 (信頼性) • 要するに、実証された知識が、知識に対する信頼を生み出す という考え §2. 反証主義からのとりあえずの反論 1. 知識の源泉=観察、という説に対して • 知識は問題解決の試みに発する • 2. 仮説の実証は可能であるという説に対して • 実証は不可能である • 3. 信頼性を反復的実証に求めることに対して • 実証主義とは異なった信頼性の概念 §2-1. 知識は問題解決の試みから生じる • 問題解決図式についての解説(1) • A 問題解決図式 • ……問題1 ─ 暫定的解決案(理論) ─ 批判(エラー排除) ─ 問題2…… • ……P1──TT──EE──P2…… • (P: Problem, TT: Tentative Theories, EE: Elimination of Errors) 問題解決図式についての解説(2) • B サーチライト説 • 問題解決の試みとしての仮説が観点を生み出し、それがサー チライトのように観察を可能にする。 §2-2. 実証への疑問 • Α 両説の一致するところで、実証例を集めても意味はない (対照実験の必要性) • B 循環もしくは同語反復 • C 普遍言明(法則的言明)の実証不可能性 • D ヘンペルのパラドックス Α. 両説の一致するところで、実証例を集めても 意味はない(対照実験の必要性) • 2説が矛盾しているとき、両説をともに肯定する実証例を挙げ ても意味がない。 A説 「日本を含む極東アジアにおけるすべ てのスワンは白い。」 B説「世界におけるすべてのスワンは、日本 における白いスワンを除いて、すみれ色で ある。」 両説が異なるところ(極東アジア)において、 いかなる色のスワンが見つかるかを確かめ なければならない。(対照実験) B 循環もしくは同語反復 • 仮説がサーチライトのようなものであれば、その仮説は自らに よって照らし出されるもののみを照らし出すであろう。したがっ て、照らし出されたものがその仮説の正当性を実証すると 言ったら、循環論法を行なっているに過ぎない。 • 例: • 「足利尊氏は逆賊である」 • この仮説によって、尊氏のいくつかの事跡(ex.後醍醐天皇を ないがしろにした)が照らし出されるであろう。そうした事績を 集めて、だから、「足利尊氏は逆賊である」と論じるのは循環 もしくは同語反復に等しい。 • 歴史家は、尊氏のいくつかの逆賊的行為を集め、そして帰納法を用いて、 尊氏は逆賊であるという仮説を引き出し、この仮説のもとで尊氏の逆賊的 事績を照らし出して、自説は実証されたと称している場合がある。 C. 普遍言明(法則的言明)の実証不可能性 • 最もわかりやすい例(実証と反証の非対称性) • 厳密普遍言明 • 法則的言明と呼ばれるものは、ほとんどの場合、いかなる時 いかなる場所においても成立するという厳密普遍の形をして いる。こうした言明に対しては、数多くの例証を挙げることがで きるが実証できるわけではない。 • よく引かれる例 • 「すべてのカラスは黒い」 • あれこれのカラスが黒いという例をどれほど挙げても「すべて のカラスは黒い」ということを実証したことにはならない。 D ヘンペルのパラドックス(1)──実証の無意味さ • (1) 「すべてのカラスは黒い」 • これの証拠:カラスであって黒いもの • (2) 「すべての黒くないものはカラスではない」 • これの証拠:黒くなくてカラスでないもの。たとえば、赤鉛筆、 緑の葉、黄色の牛などなど • (1)と(2)は対偶なので等値。よって(1)の証拠は(2)の証拠 でもあり、その逆も成立する。 • よって、赤鉛筆、緑の葉、黄色の牛などなどが(1)を実証する ということになってしまう。 D ヘンペルのパラドックス(2) 両立と矛盾 • ある言明と両立するものを証拠としていると、ヘンペルのパラ ドックスに突き落とされる。肯定的実証例は無意義と見なすこ とができる。 • 「賛成の数が多いといっても何ひとつ価値のある証拠にはな らない」 • (デカルト、谷川多佳子訳『方法序説』岩波文庫、26ページ) • しかし、反証例(矛盾)には当該の言明を否認するという強い 力がある。反証例にこそ意義がある。 §2-3 実証主義とは異なった信頼性の概念 • 真に信頼すべきものは真理のみであるが、相対的な意味で信 頼すべきものは、「繰り返し裏づけられた」仮説ではなく、「きび しいテスト」を通過した仮説である。 • • 信頼性に関する実証主義の思考様式 • 信頼性に関する反証主義の思考様式 • この二つの思考様式は大きく異なる。 2-3-1 信頼性に関する実証主義の思考様式 • 真理 → 信頼できるもの → 確実なもの → 繰り返し実証されたもの • 反論 • 「確実なもの」とは心理的概念であることを見抜く必要がある。 • 厳しくない実証テストを行なえば、いくらでも実証できてしまう。 • この議論は、真理であっても繰り返し実証されたものではないものがある ことを指摘できれば、頓挫させることができる。¬(A∧¬A)= A∨¬A • 例 • 火星には生物が存在するかしないかである。どちらが真であるにしても、 それらはいずれにせよ、繰り返し実証されたものではない。 2-3-2 信頼性に関する反証主義の思考様式 • 真理 → 信頼できるもの • しかし • (2−) 信頼できるもの ≠ 確実なもの • (3−) 真理 ≠ 確実なもの • (4−) 確実なもの ≠ 繰り返し実証された(裏づけられた)もの • (5−) 「真理 → 繰り返し実証された(裏づけられた)もの」ということ はない • また • (2反) 信頼できるもの = きびしいテストに通過したもの • そして注意すべきは、 • きびしいテストを通ったもの → 信頼できるもの → 真理 • と考えてはならないということです。矢印の方向は逆なのです。 §3. 実証主義と反証主義の比較──そし て今回の論点の提示 実証主義 反証主義 知識の源泉 観察 問題解決の試み 裏付け(実 証) 可能 不可能 信頼 証拠の累積(実証テストの積み 厳しいテスト(反証テ 重ね) スト)。対照実験 取り上げる対立点 • 「実証の不可能性テーゼ」 • 実証主義:実証は可能 • 反証主義:そんなことは不可能だ • すでに2-2でだいたいのことは述べておいたので、以下では帰 納法主義の不成立に焦点をあてて話を進めていく。 §4. 知識の可謬性 • 実証の不可能性テーゼを論じる前に、一般論をひとこと。 • 経験的知識は仮説であり、可謬的である。 • それらには、原理的に反証可能性がある。 • よって、一切の懐疑を吹き払うことはできない。 • 参考:哲学の言い方 • 言明は言明のみか引き出される。感覚的観察から自動的に 引き出されるというのは幻想。われわれは、感覚的観察に「表 現」を与えているに過ぎない。その表現が正当であるという保 証はどこにもない。 <反証可能性の原理>についての解説 • 何かを主張することは、それ以外のことは生じないと主張 することである。 •例 • 「雪は六角形である」 表側の主張 • 「雪は、三角形、丸型、八角形などなどではない」 裏側 の主張 • 裏側で起こっては(生じては)はならないことを示している。 よって裏側で禁じていることが生じてしまったら反証され る。この反証可能性がある限り、一切の疑いを吹き払うと いうわけにはいかない。 実証されたとは? • 可謬性を考えると、 実証された = 反証されていない • ということでしかない。 • • 懐疑主義との関連 • 知識が反証可能性を持つということは、その知識はいつでも 懐疑の対象となりうるということである。懐疑主義はここをもっ て、われわれは判断停止(エポケー)をせざるを得ないと主張 する。 • しかし、反証主義は、あらゆる知識が疑いうるとしても、間違 いうる暫定的判断を下しうると考える。(知識の暫定的性格) §5. 実証の不可能性テーゼ • 1. 性向(disposition)ゆえの実証の挫折 • 2. 判定基準の不確実性(無限背進) • 3. • 4. 帰納法主義の挫折 帰結による実証主義の挫折 §5-1. 性向(disposition)ゆえの実証の挫折 • 性向(disposition)とは • あるものが、 • かくかくの条件下で • かくかくの反応を示す、という性質を指す言葉。 •例 • 水は零度で凍る。赤い色の物体は、太陽光線化で赤のビームを反射する。 塩分はかくかくの条件下で高血圧の原因となる。 性向(disposition)と実証不可能性はどうかかわるのか • 水の例 • 「ここにコップ一杯の水がある」という言明は実証できるか。 • コップの中の液体が水であることを実証するためには、その 液体が水のもつすべての性向を示すことを実証しなければな らない。しかし、そんなことは不可能だ。 §5-2. 判定基準の不確実性(無限背進) • すべての性向を挙げるのではなく、特定のいくつかの性 向によって、あるもの(対象、現象)があるものであると判 定する規準を定義してしまえばいいではないか、という反 論。 • • しかし、これは便宜的な判定基準を導入することにすぎ ず、真に実証することにはならない。 • 暫定的定義が変更されねばならなかった例 重水の発見。そもそも「水」の定義はなんであったのか • 塩素の原子量が35.5であるとは何を意味していたのか 絶対に正確な判定規準を得ることはできるか──懐疑主 義者による否認 • 規準の正当性を語るためには、より高位の規準が必要になる。しかし、そ のより高位の規準が真により良い基準であることを言うためには、さらによ り「より高位の規準」が必要になり、無限背進に陥る。 • 例: • 原器(尺度)が正確なものであるかどうかという問いに答えるためには、よ り正確な原器が必要になるはず。そしてその「より正確な原器」であるとさ れるものが、ほんとうに「より正確な原器」であるかどうかを知るためには、 またまたより正確な原器が必要になってしまう。この過程には終わり、つま り、終着駅はないだろう。 • このような状況で、一定の規準が押し付けられるのであれば、それはニー チェが直観していたように一種の暴力である。 §5-3. 帰納法主義の挫折 • セクストゥス・エンペイリコス(3世紀初頭 ころ)の議論 • グラフの議論 • ヒュームの議論を現代風にアレンジして 紹介する。 セクストゥス・エンペイリコス(3世紀初頭ころ)の議論 • 「それだから、思うに、帰納の方法を拒絶することはたやすい。と いうのも、彼らが、帰納の方法によって、個別的なものから普遍的 なものを提案するならば、彼らはこれを達成するにあたって、個別 的事例のすべてか、あるいは、いくつかのものを吟味せねばなら ないであろう。しかし、彼らが、いくつかのものしか吟味しないなら ば、帰納は不確かなものであろう。なぜなら、その帰納において除 外された個別的なもののいくつかが、普遍的なものに衝突(矛盾) するかもしれないからである。たほうで、彼らがすべてを吟味しう るというならば、彼らは不可能なことをしようとして骨をおることに なろう。というのも、個別的なものは、無限で限定されていないか らである。かくして、この2つの理由から、私は、帰納は妥当でない という結論がでると思う。」 • (Sextus Empiricus, Outlines of Pyrrhonism, trans. by R. G. Bury, Book2, chapter 15.) エンペイリコスの議論は一般的なもの • 文学、歴史、あるいはアンケート調査であれ、データから、一 般的解釈を引き出せるし、それが妥当なものであるという考え に対する一般的な反論として理解できる。 • 例: • かくかくのデータ(歴史的事実)があるから、足利尊氏は逆賊 だ。 • しかし、以下ではこの議論もわかりやすくした・グラフの議論と 呼ばれているものを紹介する。 グラフの議論 帰納法はなぜ成立しないのか • なぜ、有限数のデータから、一般化ができるのか。──データ を結びつけるグラフ(一般化)が無数にあるとしたら、特定のグ ラフが正当化されるなどとはいえない。 • かりに、有限数のデータから、一般法則への移行を許す原理 (帰納の原理)があるとして、その原理の正しさを論証できる か。 • できない。なぜなら、次のような議論がなされたとしたら、それ は論点先取の虚偽を犯しているからだ。 • 今までの移行例はすべて正しかった。だから、今度の論証に おいても移行できる。(これは、証明すべき帰納の原理をすで にして前提している。ヒュームの議論) 帰納とは仮説への飛躍である。 • われわれがなすべきことは、間違った飛躍を早く発見し、それ を除去することだ。 • ──これが、反証主義の処方箋。 • 飛躍によって得られたに過ぎない仮説を押し付けるとしたら、 そこには暴力がある──ニーチェの直観 §5-4 帰結による実証主義──後件肯定の誤謬 • 予測が実証されたら、法則も実証されたと言えるか。 • そもそも、予測はどんな論理構造のもとにあるのか。 後件肯定の誤謬を説明しながら…… • 論理学の鉄則 • 1.論証が妥当である限り、真なる前提からは真なる帰結の み。 • 2.論証が妥当である限り、偽なる前提からは真なる帰結と偽 なる帰結が生じる。 • • よって、帰結が真である(実証されている)からといって、前提 が真である(実証された)ということはできない。 論理学の鉄則についての解説例(後件肯定の虚偽) • 偽なる前提として • 「クジラは魚である」 • 「クジラには背骨がある」────真なる帰結 • 「クジラにはエラがある」 ────偽なる帰結 • よって、帰結が真であるからと言って前提も真であるとは言え ない。 帰結による実証主義が挫折するもう一つの 理由 • 前提が実証されているならば、帰結も実証されている、とは言 える。しかし、この議論をすると無限背進に陥ってしまう。 • ある帰結(前提が実証されているので実証されている) • 前提(この前提を帰結とするところの前提が実証されているので、実証されている。) • より以前の前提(この前提を帰結とするところの前提が実証されているので、実証さ れている。) • そのまた以前の前提(この前提を帰結とするところの前提が実証されているので、 実証されている。) 帰結による実証主義の暴力性 • 後件肯定の誤謬や、前提の無限背進にもかかわらず、帰結 による実証主義が有効性を持つのだとしたら、それは暴力的 押しつけによって「実証された」と詐称しているにすぎない。 • ──ニーチェの直観 §6. ニーチェの直観 • 数千年の長い間に亘って、ヨーロッパの思想家たち は何事かを証明するためにのみ──今日われわれは 逆に「何事かを証明しようとする」あらゆる思想家に は疑念をもつが──考えてきたということ、彼らにとっ ては、彼らの厳密極まる熟考の成果として現れるべ きものがすでに常に確立していたということ……、こ のような暴圧、このような恣意、このような峻酷で雄 大な馬鹿さ加減が精神を教育したのだ。 • ニーチェ『善悪の彼岸』188(木場深定訳、岩波文庫、p.136f.) 実証主義の暴力性 • 帰納法主義(飛躍によって得られたに過ぎない仮説の押しつ け) • 帰結による実証主義(論理的誤謬の押しつけ) • ニーチェの指摘には、以上の二点に尽きない深淵性がある。 ニーチェと暴力 • 議論とか論証は西洋文明の本質であると言える。 • しかし、ニーチェによれば、西洋文明の本質は暴力だという事 になってしまう。 • しかも、彼の主張は単に実証主義を弾劾するという水準をは るかに超えている。 • ニーチェは証明ということ自体に暴力性を見ている。 §7. 論証の構造と反証主義 • 論証は何を行なっているのか(1) • 論証はすでに前提おいて語られていること以上のものを引き出すこ とはできない。(増幅的論証は虚偽である。) • 例:三段論法 • すべての人間は死ぬ • ソクラテスは人間である • ゆえにソクラテスは死ぬ(この帰結はすでに「」という前提のうちに含まれている) • 論証は前提のうちに含まれているものを解きほぐしているだけ。 • われわれは、心理的に言って、前提のうちに含まれているものをいっ ぺんに見抜くことはできないから、「解きほぐす(展開する)」こと自体 には意味があるが、論理学は心理学にはかかわらない。 • 論証は何を行なっているのか(2) • 前提を認めなければ、論証は成立しない。(前提を認めれば、論証は万 力として人を締め上げる。) • では、どうやって前提を認めさせるのか • ──ニーチェはここに論証のもつ暴力性を感じている。 前提を認めない議論の仕方 • 相手の立てた前提(主張)を認めず、それを間違いと して反証することによって、議論を行なうことができる。 これは、ふつう、論争と呼ばれている。これは、通常、 暴力性があるように感じている人が多いが、ニーチェ が語っている暴力性(有無を言わせず前提を承認さ せること)はほとんどない。 論争の構造(1) • いまA君が、太郎はスポーツマンだと主張したとしてみましょう。 この主張をPとしておきます。 • (A1) P • ここで、B君が論争を挑んで、Pでない(つまり、「太郎はスポー ツマンではない」)と主張したとしましょう。 • (B1) ¬P 論争の構造(2) • A君は、もちろん、この主張を認めない(否定する)。このとき、 A君はどう議論を組み立てるでしょうか。A君は、論理的に考 える限り、B君のように¬Pというならば(P→R)を主張すること になる、と言い返すことができます。つまり、 • (B2) ¬P├ (P→R) (A君が導出したB1の論理的帰結) • (この式は、論理的には正しい推論です。論理学の教科書には定理として載っているはずで す)。記号的表現だとわかりにくいと思いますので、Rとして、たとえば、「花子はスポーツマン だ」といった言明を考えてみてください。(B2)が語っていること、つまり、A君の推理は次のよう になります。「B君よ、君は太郎がスポーツマンではない(¬P)という。太郎がスポーツマンなら 花子もスポーツマンになってしまう(P→R)、と主張するわけだ」。 • ところが、「僕はそんなことはない(¬(P→R))と思うよ」とA君は主張するのです。A君の否定 の主張は次のようになります。 論争の構造(3) • (A2) ¬(P→R) (A君によるB2への否認) • これを聞いてB君は、(A2)を主張するなら¬Rを語っていることになる と言うでしょう。 • なぜなら、¬(α→β)というタイプの論理式は¬¬(α∧¬β)と書き直せ、これより (α∧¬β)を得て、¬βを導出できるからです。 • つまりB君は、A君のような否認の行為──つまり、(A2)──をすれば、 次のように主張しているに等しいと言い返すわけです。 • (A3) ¬R (B君が導出したA2の論理的帰結) • 要するに、A君の言い分では花子はスポーツマンではないということ ですね。 論争の構造(4) • しかるに、B君は、まさに論争を挑んでいるわけですから、これを否 定して次のように主張するわけです。 • (B3) R • B君の言い分では、花子はスポーマンだというわけです。ここにおい て、いまや両者の争いは、Rの真偽をめぐる争いに転化したわけで す。当初の問題状況はPの真偽をめぐる争いでしたが、いまや問題 状況は移行したのです。この意味で両者は、新たなことがら、新た な領域で争っています。(補足しておきますが、Rとしては任意の言 明を考えていいのです)。論争は燎原の火のように燃えさかりうるの です。その過程で最初の問題が忘却されてしまうことすらあるかもし れません。ともかく、反駁──論争的否認の行為──は、論争をあら ゆる領域に広げていきます。換言すれば、対立するテーゼを立てて 論争すると、問題が無限に発生しうるということです。 論争が意味していること • 論争が始まれば安全地帯は存在しなくなる。(完璧な実証に よって安全地帯を作ろうというのは幻想である。) • 問題が次から次へ無限に発生しうる状況は、反証主義者に とっては大いに歓迎すべき状況である。知識を再点検できる のだから。科学の基礎は論争である。 • 問題が発生しないとき、論争は小康状態(知識の暫時的安定 状態)にある。しかし、ひとたび論争が始まれば、あらゆる知 識が再検討の対象になりうることに変わりはない。反証主義 はこの状況を捉えている思想である。
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