応用講座:「発達障害の家族支援」.

平成27年8月7日
徳島県発達障がい児支援専門員養成研修(応用講座)
発達障害の家族支援
名古屋大学心の発達支援研究実践センター
野邑健二
家族支援のターゲット

療育支援


家族(自身)への支援


家族が主たる療育者となるための支援
家族自身の持つ困難への支援
家族との関係性への支援

家族の養育が障害児に及ぼす影響への支援
療育支援
~主たる支援者となるために~
家族による療育の重要性

支援の密度



支援の継続性


家族は継続した支援を行うことが出来る支援者
汎化


専門家による直接支援は、せいぜい週1回1時間
家族との関わりが生活の大部分を占める
必要なスキルを日常生活で使えるようにするには毎日の働き
かけが重要
母子の愛着形成が発達の基盤となる


特に自閉スペクトラム症(ASD)
愛着形成 → 対人関係の発達 → 働きかけが可能となる
日本における早期療育

親子通園



もっとも一般的な市町村主体の療育
実質、母子通園
母子で通う意義




母子愛着の形成
養育スキル・養育に関する自信の向上
母親のメンタルヘルスのサポート
他の療育でも家族が療育の主体




TEACCH
応用行動分析(ABA)
PECS
ペアレントトレーニング
家族自身への支援
~家族自身の持つ困難への対処~
発達障害児を持つ家族の精神的問題

家族のストレスは高い





育児が大変:愛着ができない、多動、かんしゃく、しつけができ
ない
障害がわかりにくい:他人から非難、自責感、焦り
育児における成功体験が得られにくい
障害受容、将来への不安
素因


うつ病へのなりやすさ
発達障害傾向(ASD、注意欠如・多動症(ADHD))
→
家族自身の精神的問題への支援が必要
障害受容
障害受容 (段階説)
(「死の瞬間」 キューブラー・ロス より)
「否認」:「そんなはずはない」「間違いだ」
↓
「怒り」:「何でこんなことに」「何もしてくれない」
↓
「取引」:「何とかならないか」「訓練は?」
↓
「抑うつ」:「もうどうしようもない」
↓
「受容」:「この子はこの子」
障害受容の過程(例)

「否認」




「怒り」



周囲の対応に些細なことで被害的となり、怒りをぶつける
本人への虐待(背景に「自責的な思い」)
「取引」



障害がないかのような対応。
病院を次々に変える
周囲からの働きかけを聞かない(聞きたくない)
「治らない」ことを納得できず、現実的でない対応に執着する
それが本人への負荷になっていることを思いやれない
「抑うつ」

本人への無関心、あきらめ。不安定で悲しみにくれる
障害を受容できる条件:認めてもやっていける

周囲の理解・サポート(家族、地域)




不安を受け止めてもらえる存在
実際にアドバイス・援助をしてもらえる
ひとりで抱え込まなくても良いと思える
養育への手ごたえ



こうやって関われば、良いのだな
ここは成長してきた
今後も何とか育てていけそう
「障害受容」の特殊な事情

障害児の親は、繰り返し障害受容を求められる

日々の養育の中で「出来ない」ことを受け入れていかな
いといけない(もちろん、「出来る」こともたくさんあるが)
特に発達の節目(就園、就学、就労など)

→ 慢性的悲哀
慢性的悲哀




障害児の親の場合、常に内面に悲哀が存在する
悲哀は時々表面に現れる
障害児の問題の悪化だけでなく、家族内の他の問題が
きっかけとなることが多い(就学、就職、転勤、親の高齢
化など)
慢性的悲哀が表面化するときには、障害受容で挙げら
れている感情と同じ反応が再燃する
発達障害と家族支援(中田 2009)より
「障害受容」への支援

支援者の基本的な姿勢として


養育のうえでの困難や不安に丁寧に答えながら、子どもの成
長をともに確認し、喜び合うこと
「障害受容」論から学ぶこと

障害受容に伴う感情表出は、あるべき現象であることを理解



ある状態に長期にとどまっているときには、背景となる要因を
検討する


横断面だけでなく、時間経過の中でとらえる
そのうちに変わっていくという楽観的見方
父、祖父母の理解、2人目の障害児、母自身の障害家族の存在
家族の背後にある悲哀をいつも心に留める
自閉スペクトラム症(ASD)児の
母親の抑うつ
母親の「うつ」とASD児の養育

「うつ」の要因として




育児の負担(こだわり、問題行動)
障害の受容・将来への不安
遺伝的な脆弱性(?)
「うつ」の養育への影響



悲観的・否定的な見方
適切な関わりが困難
育児負担感が増大
→ 双方向に悪循環
ASD児の母親の抑うつ(BDI)
90
80
70
アスペ母親群
一般母親群
60
%
50
40
30
20
10
0
正常域
軽度抑うつ
中等度抑うつ
重度抑うつ
・・・ASD母親群では40%が抑うつ状態(一般母親群は20%)
重度抑うつは10%(一般母親群では1%)
(野邑ら
2010)
「うつ病」の10名の詳細
中等度以上の抑うつを示した方に、1年後に面接。14名中10名がうつ病と診断
うつ
(昨年)
うつ
(現在)
治療中
治療の
必要性
うつの
既往
子どもの
学年
父の
うつ病
A
○
○
×
心理
○
体調、家族
21歳
×
×
B
○
○
×
精神科
○
子ども、人間関係
中1
×
×
C
○
×
×
心理
×
子ども
小5
×
×
D
○
×
×
×
○
子ども(転籍)
小2
×
×
E
○
○
○
治療中
○
家族
小4
○
×
F
○
×
×
精神科
×
家族
高2
×
×
G
○
×
○
治療中
×
子どもの診断
小2
×
×
H
○
×
○
治療中
×
家族、子ども(転籍)
小2
○
×
I
○
○
○
精神科
×
人間関係、子ども(転籍)
中3
×
○
J
○
○
×
精神科
○
仕事、家族
中3
○
○
きっかけ
父の
協力
「きっかけ」の詳細

子どもの問題(6名)
問題行動(こだわり、パニック、過敏、自傷)
 いじめ、不登校、診断によるショック
→3名が、特別支援学級への転籍にて改善


家族の問題(5名)




祖父母の入院・死去(2名)
姑との関係(2名)
夫のうつ(3名)
人間関係(2名)

近所との関係
ASD児の母親の抑うつをめぐる状況
ASD児の要因
育児負担
児の
行動障害
母親の脆弱性
気質
母親の
養育体験
抑うつ
育児負担感
慢性的なス
トレス
環境要因
家族機能の
低下
周囲からのサ
ポート不足
不適切な
関わり
二次的な
情緒障害
「ASD児の母親の抑うつ」への支援(1)

ASD児に関わるうえで、母親が抑うつ状態になりやすいことを
認識しておく

特に、子どもの状態が悪い時には、注意が必要


育児負担が強くて、うつになりやすい
母親の精神状態の悪化を本人も周囲も気付きにくい




子どもの調子が悪いから今は大変なのは当たり前
こんなときに自分のことなんて
母親の精神状態が子どもに影響している可能性
他の家族の状況は?


他の家族の問題
援助者に何かが
「ASD児の母親の抑うつ」への支援(2)

「母親自身」「子ども」「環境(他の家族)」の3つの視点で支援を

母親自身に対して

心理的サポート




うつ病の場合には、精神科治療が必要
子どもの問題


問題解決、ストレスの軽減
「話を聞いてもらえる」「孤立していない」
「親の抑うつ治療のため」に子どもの問題を支援・治療する
環境の問題


他の家族の状況は?
公的な支援
「母親の抑うつ」への支援
ASD児の要因
うつの治療
育児負担
児の
行動障害
母親の脆弱性
気質
母親の
養育体験
抑うつ
家親
族の
サ会
ポな
ーど
トに
よ
る
育児負担感
環境要因
家族機能の
低下
周囲からのサ
ポート不足
不適切な
関わり
ペアレントトレーニング
二次的な
情緒障害
ASD児への治
療・支援
うつ病の症状

うつ気分


意欲・行動力の低下





考えがまとまらない、決断できない
悲観的・否定的な考えをする
自分はいない方が良いのでは。消えてしまいたい
身体症状




何もやる気がしない
今まで出来ていたことがやれない、集中力がない
思考障害


ゆううつで、気持ちが沈む
食欲低下
不眠(早朝覚醒、中途覚醒)
全身倦怠感、頭痛・肩こりなどの不定愁訴
日内変動

朝、特に調子が悪く、夕方になると少し楽になる
うつ病になったら

治療法


薬物療法(病院へ)
休息


身体的な休息と、精神的な休息
注意事項

しっかり休むことが必要


育児負担をどう減らすか
本人のやる気は逆効果なことも

焦らせないように(励まさない)
ASD児の親の自閉傾向(ASDの親)
ASD児の親の自閉傾向

ASD児の親には一般よりも高率にASD傾向をもった方が
いるだろう

Broad Autism phenotype(自閉症の幅広い表現型)



部分的に自閉症の特徴を持つ方
ASD児の家族、親族に多い
臨床的にもこじれるケースに「自閉傾向を持つ親」が見ら
れることが少なからずある




不適切養育(虐待)
障害受容がなかなか進まない
愛着形成・対人関係の進展が見られない
しつけ、基本的な養育が不十分
診察場面でお会いする「ASDの親」










話にまとまりがない。くどい
ノートに山のように相談事を書いてくる
毎回同じ相談をしてくる
こちらのアドバイスが入った手ごたえが得られない
話が長くなる。他に待っている方がいても気にしている
様子がない
待ち時間を気にする
よく遅刻してくる (ADHDの親にも多い)
あちこちの療育に通う。複数の相談機関に通う
対応できない状況になると不安が強くなる
適切に対応されてないと感じると激怒する
「ASDの親」の持つ問題点

育児が苦手




親自身が対人関係が苦手




子どもの気持ちを察することが難しい
愛着形成を進める働きかけが苦手
他者の気持ち・状況判断を教えられない
社会との付き合いが難しい




その子にあった柔軟な子育てができない(育児書へのこだわり)
子どものかんしゃく、ぐずぐずへの対応に混乱(嵐の2歳、反抗期)
子どもに合わせた生活への切り替えができない
母親集団への不適応
社会資源をうまく利用できない
集団参加(療育)へのためらい
周囲からの助言を受け入れにくい


自信のなさ
頑固さ(こだわり)、気持ちを修正できない
「ASDの親」への支援


「理解の悪い親」「付き合いにくい親」ではなくて、「ASDかも」
という視点
親なりの心配や見方を十分に聞いた上で、わかりやすい(目
に見える)特徴を共有できるようにする
助言・指導は、具体的に、細かく
 スケジュールを示して、方針の決定を行う
 先の見通しを伝える
・・・ASD児と同じ


困ったときにすぐに相談に来てもらえる存在に


対応には時間がとられるが、早めに解決した方が楽
役割分担をわかりやすく伝えておく
知的障害・精神障害を持つ家族
知的障害・精神障害を持つ家族

家族に知的障害・精神障害があって、十分な養育や適
切な関わりが困難

家族自身の治療・支援へのサポートも必要

家族の能力・状況を評価する




支援者となり得る?
支援をすれば、限定的に家族機能を果たせる?
他の支援者が必要?
家族の本人への影響は?

不十分なだけか?不適切(悪影響)があるか?
知的障害・精神障害を持つ家族

家族外からの支援をどうするか?


他の家族・親族のサポート
地域の支援機関との連携(保健、保育、学校、福祉)


家庭訪問のできる機関が関わることが必要
支援の方向性



生活に関わる具体的な助言・支援
できるアドバイスを
必要であっても無理なことは求めない

誰かが手助け、肩代わりする必要
家族との関係性への支援
~発達障害と不適切養育~
発達障害における養育の影響

「育て方が悪いために自閉症になった」は間違い
しかし


家族の根気良い関わりが発達障害児の成長には必要
家庭環境や関わりが十分でなければ、一般の児童以上
にその影響を受けやすい
不適切養育のハイリスク要因

親の要因




子どもの要因




能力:知的障害、発達障害、精神疾患、親の未熟さ
心理的問題:親自身の不適切養育の経験
妊娠中・産後の抑うつ
低出生体重児
慢性疾患の存在、発達の遅れ
発達障害
環境の要因



望まない妊娠
生活上のストレス(夫婦の不仲、経済的問題 など)
育児をサポートしてくれる存在の欠如、社会的孤立
発達障害児は不適切養育のハイリスク

養育が難しい子




こだわり、過敏性
多動、衝動性
愛着が育ちにくい(かわいいと思いにくい)
障害がわかりにくい



知的な遅れが少なく、障害とわかりにくい
しつけの問題とされやすい
周囲からの批判 → 親の焦り → もっと厳しく
子育てがつらくなるのは?
親の養育力
子どもの
養育困難度
・親の能力
・精神状態
・心理的問題
・親自身の養育体験
・障害の重症度
・行動障害
・二次障害
環境のストレス
サポートの不足
孤立
環境の要因
養育不全の成立

親の養育能力と子どもの養育困難度との相対的な関係
による



大変な子どもでも、なんとか付き合える親
育てやすい子どもでも育児負担感が強い親
サポートの有無


家庭内でのサポート
地域サポートを受けられるか?


家族の理解
母親自身の性格・理解
不適切養育ケースの家族の心理

「育児への苦手意識・負担感」→「失敗体験→自信喪失」
→「自責感」→「無力感」

これまでの支援者との関わりの中での傷つき



「もっとしっかり関わってね」 (抽象的な助言、否定的な評価)
「アドバイス通りやったけど、うまくいかない」
家族の抱く支援者への転移と、支援者の抱く逆転移


家族が表出する怒り、悲しみ = 以前の支援者や子ども、
親自身、親自身の親(祖父母)などに向けられたものの反映
支援者の抱く感情(怒り、無力感、「なんとかしないと」)
= 家族の心情の反映
「家族の関係性(不適切養育)」への支援

家族の大変さへの共感

「誰がやっても育てにくい子」

愚痴の言える関係


成功するアドバイス(できないアドバイスは先送りする)
スモールステップで、(家族を)ほめる
家族のやっている対処を聞いて、感心する

相談に来ると良いことがある、と思ってもらえるように


「様子を見ましょう」で、終わらない
支援を行うために
「療育者」になる前に、親自身への支援

受容できる条件



支援よりも前に、療育者であることを求められた時



サポートされている実感(ひとりでない)
養育に手ごたえ(なんとかやっていけそう)
養育に自信がない → 心理的負担
助言通りに行えない → 自己評価の低下
ペアレントトレーニングでも、技法の習得に際して、親へ
の肯定的評価とサポートが重要
家族の事情に応じた支援 その1

家族の能力、疾患、社会的な問題には要支援



子どもを拒否する親には批判的になりやすいが・・・



親の精神疾患、知的障害、発達障害(!)
経済的な問題、家族内のトラブル など
「親は子どもを愛するべき」なのですが
どうしてなのか?を考える
「養育スタイル : 仕事中心」にも・・・


母に批判的であることはマイナス
限られた中での関わり方の助言と、それ以外の時間の児との
関わり
家族の事情に応じた支援 その2

大変なケースほど、複数の機関で連携して支援

家族支援の「療育支援」「家族自身への支援」「関係性の支援
」を分担







「関わり方のアドバイスをする」
「子どもの問題に直面化してもらう」
「母親の気持ちをサポートする」
「家族自身の問題を相談する」
「愚痴を聞く」「仲間を作る」
などなど
ある機関とうまくいかなくても、家族が孤立しないように
支援者が、抱え込みすぎない、煮詰まらないように
支援の継続性

幼児期から児童期、その後へと支援の継続性


家族が支援者を使うことに成功体験を持つ



相談してみて良かった
これからもどこかに相談していけば大丈夫
家族が自信を持って養育できる(支援者の内在化)



保健→保育→教育→福祉 と、それぞれのオーバーラップ
○○先生が言ってたように
この子はこうすれば良かったので
地域における家族同士のつながり



ママ友(戦友)
先輩からの助言
ペアレントメンター
発達障害児を育てていくために必要な2つ

養育に手ごたえを持てる




こうすればよいんだな
先生が言っていたようにしたら、うまくいった
こういうときは、こういう風に関われば良いんだな
ひとりじゃないんだな




周りの人が支えてくれる(家族、先生・・・)
困った時は相談すれば
自分だけじゃないんだな
ひとりで抱えなくても良いんだな
→ この先、なんとかやっていけそう