『悩む力』 慶應義塾大学経済学部 小島 暢子 著 姜 尚中 目次 はじめに 1章 「私とは何か」 2章 「お金」がすべてか 3章 「知ってるつもり」ではないか 4章 「青春」は美しいか 5章 「信じる者」は救われるか 6章 何のために「働く」のか 7章 「変わらぬ愛」はあるか 8章 なぜ死んではいけないのか まとめ 序章:はじめに ★近代化以前 ★近代以降 伝統的な慣習と信仰心を失わな かった。 →悩みの先に希望が見えた 伝統的な慣習と信仰心を失ってし まう。 →悩みの先に希望が見えない さらに、自由の拡大・グローバル化による変化の拡大・ し かし変化を求めながら不変な価値を求める人間の特性 ☞現代人こそ「悩む力」によって 生きる意味への意志を確認すべき! 7つのテーマについて、夏目漱石・ウェーバーの二人を手掛かりに 近代以前と近代以降と比較して、「悩みながら」どのようにいきてい くべきか模索 1章:「私」とは何者か ★近代化以降の社会のしくみ 近代科学や合理主義の 進展 共同体社会の解体 個人主義の全盛 自我の肥大化 孤独感 自己が肥大化によって….. →自分の城を頑強にして自分を守ろうとする。 しかし 自我というものは、 他者との関係の中でしか成り立たない。 つまり、「私」とは何者かは、他者と向き合わな いとわからない。 結論:相互承認の大切さを確認して、まじめ に人と向き合うことが大切。 2章 世の中すべて「金」なのか ★近代化以前のお金の特徴 勤労に励 む 再投資 修道士が、私利私欲から離れて禁 欲的な生活を送るように、 賃金をも らう 「美しい」資本主義の起源 「労働の報酬」のためのお金、だから美しいもの と捉えられる。 ★近代化以降 労働の報酬としてのお金 お金のために働く お金のためにお金が回っていく お金が回れば回るほどお金が 増えていく 金融寄生的な資本主義の形成 お金を求めるあまり、人間性をねじまげてしまう 可能性 しかし、お金がなければ生きていけないのは事実 結論:できる範囲内でお金を使い、心を失わない 為のモラルを探りつつ、資本の論理の上を滑っ ていくしかない。資本主義への警戒心を怠って はいけない。 3章 「知ってるつもり」じゃないか 「知」 → information(情報)・・・ボーダーレス化 → intelligence(知性)・・・合理化が進んで細分化 人間の一面的な合理化、行き過ぎた専門化は、人間の調 和ある総合的な知性の獲得の断念につながる。 ex)電車の乗り方を知っていても電車が動くメカニズムを知らない。 「どう生きたらいいのか」「どう行動したらいいのか」の「意味 問題」が非合理な領域に押し込められていく。 しかし、時代にながされることは嫌だが、逆らうこと はできない。 結論:現実の肉体や感覚は有限であるから、 自分の体を広げるのではなく、「知」を適度な 身の丈にあった形に限定して磨く。 我々の知性はなんのためにあって、どの ような社会を目指しているのか考える必要性 がある。 4章「青春」は美しいか 青春 走り回って汗を流し、はじけるように笑い、肉体の若さ を謳歌するだけのもの 無垢なまでに物事の意味を問う Ex) 自分の生きている意味を考える 人間とは何かを考える 人とつながる方法を考える 美しいものではない! 結論:他人と浅く無難につながり、リスクを抱え 込まないようにするのではなく、思いっきり悩ん で「老成」すべき 5章「信じる者」は救われるか 「信じる」という行為・・人にとってはきわめて重要 物事の意味を問う、という近代的な 問題と密接に関係 近代化以前:宗教の存在・・疑問の余地のない説得力を もつものがあった、信じる行為ができた 科学の進歩・合理化・ 脱宗教化 近代:やろうとしていることの意味を考えると、むちや愚か さ、醜さ、狡さの露呈 →みんなが不安で頼るべき何かを求めている、信じること が行為ができない現状 結論:どうするべきか? 新興宗教にすがる・・「信じる」行為が達成され るための一つの正解 一人一宗教・・作者やウェーバーや漱石の考え 自分を信じる 自分の知性を信じて、また信じれるまで、 自分と徹底抗戦、悩みぬいて生きていくべき 6章 何のために「働く」のか 結論:働く理由 1 食べるため、生きるため 2 社会の中で自分の存在を認められるもの 相互承認 Ex)ホームレスの話 +αとして・・ 現在、サービス業の普及→人とのコミュニケーションの機会↑→相互承認の機会↑ 「自分が社会の中で生きていける」と思えるチャンス 生きていく意味を見いだせる点で「働く」ことに意味がある 7章 「変わらぬ愛」はあるか 近代化以前:不自由な愛→制約があったからこそ、 「愛」なのか「愛」でないのかわかりやすかった。 近代:自由な愛→人の判断基準を失う 自由の逆説 愛とは・・その時々の相互の問いかけに応えていこうとする意欲のこと。 よって時期によって形は変わる。幸せになることが愛の目的ではない。 結論:絶頂で終わらせたいと思う考えはだめ。人の心は 刻々と移りゆく。相互に問いかけに応えようとする意欲 がある限り、「変わらぬ愛」はある。 8章 なぜ死んではいけないか 近代化以前:自然の摂理に即した暮らし、伝統的・慣習 有機的な輪廻の中で生活 生きることに疑いなし 生きるために必要なことをほぼ学んで人生に満足し て死ぬことができる 死への抑制力・・慣習 近代:自由を手に入れ、絶え間ない発展の途上での暮らし その時にしか価値を持たないものしか学べないので満 足することなく死ぬ =無意味な死、故の無意味な生 生きがいが感じられない・代替可能な自分 慣習に代わる死への抑制力が見つからない 慣習にとってかわる「生きる力」とは? 自由を手に入れたかわりに慣習にかわる死への抑制力をそれ ぞれが手に入れなければならない。 そのためには・・ 究極的には個人の内面の充足・自我の充実しかない 自我の充実のためには相互承認の必要(第一章参照) コミュニケーションを求め続ける必要 結論:つながりの必要性を見いだせたときこそ、生と死 の重みがわかり、「生きる力」を手に入れられる。 まとめ 近代化以前:伝統・慣習・宗教・それらによる束縛 近代化・科学による合理化 近代:情報化社会・脱魔術化・自由の入手 近代化以前では疑いの余地がなかったものに意味付けを 行う必要性がでてきた。 筆者の主張・・悩み続けろ!そして、悩んだ末、 新しい打開策を見つけ出し、新しい日本を形成 していくべきである。
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