二、句題詩

日本文化史
History of Japanese Culture
第六講:專題演講
平安漢文学における詩と詩論―句題詩と無題詩―
講者:慶應義塾大學 附屬研究所斯道文庫
堀川 貴志 教授
【本著作除另有註明外,採取創用CC「姓名標示
-非商業性-相同方式分享」臺灣3.0版授權釋出】
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一、前史としての菅原道真
八四五~九〇三年。律令制の行き詰まり、摂関政治・荘園制を軸に
した王朝国家体制への転換時に生きる。学者として、地方官としての
職務を果たしながら、宇多天皇の信任を得て、右大臣に昇進するが、
藤原氏との勢力争いに敗れ、左遷される。死後、怨霊となって時の
権力者を苦しめた、と信じられ、鎮魂のために神として祀られる(北
野天満宮をはじめとする天神信仰)。
漢詩人としては、九世紀前半、勅撰三集の時代の直後にもたらされ
た白居易『白氏文集』を本格的に受容し、以後の平安漢詩文の方向性
を定めた。
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寒早十首(その二)
何人寒気早
寒早浪来人
欲避逋租客
還為招責身
鹿裘三尺弊
蝸舎一間貧
負子兼提婦
行々乞与頻
何れの人にか 寒気早き
寒は早し 浪れ来たる人(住む土地を離れて放浪する人)
避けんと欲して 租(租税)を逋れたる客は
還りて責めを招く身と為る
鹿の裘 三尺の弊れ
蝸舎(狭い家) 一間の貧しさ
子を負ひ 兼た 婦を提ぐ
行く行く 乞与(物乞い) 頻りなり
ー讃岐守時代の作品.社会詩。
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三月三日同賦花時天似酔応製〈并序〉
三月三日同じく「花の時天は酔へるに似たり」
といふことを賦して製に応ず、并せて序
三月春酣思曲水
彼蒼温克被花催
煙霞遠近応同戸
桃李浅深似勧盃
三月 春 酣はにして 曲水(曲水の宴)を思ふ
彼の蒼(天空) 温克にして、花に催さる
煙霞の遠近は同戸(同じくらいの酒の強さ)なるべし
桃李の浅深は勧盃(酒を勧めること)に似たり
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三月三日同賦花時天似酔応製〈并序〉
三月三日同じく「花の時天は酔へるに似たり」
といふことを賦して製に応ず、并せて序
乗酔和音風口緩
銷憂晩景月眉開
酔に乗ずる和音 風の口 緩ぶ
憂ひを銷す晩景 月の眉開く
※この二句、天を擬人化した表現
帝堯姑射華顔少 帝堯(宇多天皇) 姑射(仙人) 華の顔 少し
不用紅勻上面来 用ゐず 紅勻(花の赤い色)の面を上り来たるを
ー宮中の宴会で宇多天皇の命により詠まれたもの.宮廷詩
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聞旅雁
旅雁を聞く
我為遷客汝来賓 我は遷客為り 汝(旅雁)は来賓
共是蕭々旅漂身 共に是れ蕭々として(ものさびしく)
旅に漂ふ身なり
敧枕思量帰去日 枕を敧てて(頭をもたせかけて)思量す
帰り去く日
我知何歳汝明春 我は何れの歳とか知らん 汝は明春
ー大宰府に流されてから、自らの境遇を詠んだもの‧述懐詩
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二、句題詩―平安朝漢詩の定型―
句題詩とは、主に五言の詩句を題にして作る詩(多くは
七言律詩)を指す。平安中期になると、その題を、各聯に
おいてどのように扱うかということまで決められ、これが
通常の詠法になっていった。
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(今の呼び名)(当時の呼び名)(役割)
○○○○○○○
○○○○○○○ 首聯
発句
題目
○○○○○○○
○○○○○○○ 頷聯
胸句
破題
○○○○○○○
○○○○○○○ 頸聯
腰句
○○○○○○○
○○○○○○○ 尾聯
落句
※当時の呼び方だと、今の一聯〈二句〉を一句と言う
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譬喩・本文
述懐
発句……題の字をそのまますべて用いて題意を表す。
胸句……題の字を用いず、それらの字の類義語あるいは連想
語などを用いて題意を表す。
腰句……題の字を用いず、それらの字を比喩的にあるいは漢
籍の故事(典故)を用いて表現し、題意を表す。
なお、胸句・腰句の役割が逆になる場合、両方に典
故を用いる場合などもある。
落句……詩の詠まれる場あるいは主催者に対して自己の思い
を述べる。
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鎌倉時代の作詩作法書『王沢不渇鈔』には、「待花催勝
遊」(花を待ちて勝遊を催す) という題の詩の作例が、悪
い例とよい例の二首載っている。
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悪い例
今有勝遊暖日催
待花春興正優哉
千里雪上頻調楽
数片霞中只挙盃
扣馬蹔留鶯戯出
馳車遠至蝶飛来
式吟式詠言詩席
染筆採牋恥拙才
今 勝遊有り 暖日に催す
花を待つ春の興、正に優なるかないう
千里の雪の上 頻りに楽を調ぶ
数片の霞の中 只だ 盃を挙ぐ
馬を扣へて蹔く留まる 鶯 戯れ出づ
車を馳せて遠く至る 蝶 飛び来たる
式て吟じ 式て詠ず 詩を言ふ席
筆を染め 牋を採りて 拙才を恥づ
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悪い例
※
第三句「里」「上」がともに仄声なので、「里」を
「重」(平声)に変える。
※
第五句「鶯戯出」 第六句「蝶飛来」 が花を待つ風情
ではない(既に咲いている)ので、「鶯未出」 「蝶
遅来」 に変える。
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よい例
斯地勝遊縁底催
待花終日有由哉
恋粧先展言詩席
期艶且斟命飲盃
歌勧和声鶯未出
舞思儷曲蝶遅来
楊梅桃李一時興
猗哉今朝呈拙才
斯の地の勝遊 底に縁りてか催す
花を待つて終日に由有るかな
粧を恋ひて先づ展ぶ 詩を言ふ席
艶ぶることを期して且らく斟む 飲に命ずる盃
歌つて和声を勧むれば 鶯 未だ出でず
舞つて儷曲を思へば 蝶 遅く来たる
楊梅桃李は一時の興
猗いかな 今朝 拙才を呈す
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作品の例
※ 『天徳闘詩』(天徳三年八月十六日闘詩行事略記)
天徳三年(九五九)に村上天皇の主催で行われたもの
で、歌合の形式を真似て、詩と詩を競わせる試み。作者
菅原文時は道真の孫で、この時期に活躍し、道真の左遷
によって没落した菅原家をふたたび隆盛に導いた。句題
詩詠法の確立者でもある
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菅原文時
第四
唳雲胡雁遠
雲に唳きて胡雁遠し〈以行為韻〉
胡雁新来自朔方
唳雲飛遠暗成行
声随影去無心裏
望与聞遙有色傍
万里和碪凝処滅
千程引櫓散時長
胡雁 新たに朔方より来たる
雲に唳きて飛ぶこと遠し 暗かに行(隊列)を成す
声は影に随ひて去る 無心の裏
望みは聞くと与に遙かなり 色有る傍ら
万里 碪に和して 凝る(集まる)処 滅えたり
千程櫓を引きて(櫓を漕ぐ音を引き延ばして)
散る時 長し
関山聖代煙塵静 関山 聖代 煙塵 静かなり
不用秋天繋帛翔 用ゐず 秋天 帛を繋ぎて翔ぶを
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※
第三句は陶淵明「帰去来辞」の「雲無心以出岫」
※
第八句は漢代の将軍蘇武の雁信の故事を用いた表現
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作品の例
※ 『本朝麗藻』巻上
『本朝麗藻』は高階積善編の漢詩集。一条天皇の時代
の作品を中心に収め、句題詩の典型的な作例が多く含ま
れている。作者藤原為時は紫式部の父、儒者だったが、
中央の官職には恵まれず、地方官(越前守)などを務め
るにとどまった
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藤原為時
雨為水上糸 雨は水上の糸たり
暮雨濛々池岸頭 暮雨 濛々たり 池の岸の頭
更為水上乱糸浮 更に水上の乱糸と為りて浮かぶ
経従潭面霑難結 経ぬること潭面(水面)よりして 霑ひて結び難し
曳自波心脆不留 曳くこと波心(波紋の中心)よりして
脆くして留まらず
細灑応争漁浦藕 細かに灑きては応に争ふべし 漁浦の藕(蓮の糸)と
斜飛欲貫釣磯鉤 斜めに飛びては貫かんと欲す 釣磯の鉤(釣り針)を
誰知流下沈潜客 誰か知らむ 流下沈潜(出世できない)の客の
霜縷数茎夏裏秋 霜縷数茎(白髪まじりの髪) 夏の裏の秋
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三、無題詩―漢詩人たちの思索と行動―
十二世紀なかば、『本朝無題詩』という詩集が成立した。十一世紀後
半から十二世紀前半にかけて、約百年間に作られた無題詩約七百七十
首を十巻に分類編集したもので、編者は、藤原忠通の命を受けた藤原
氏式家の学者か。
厳密に言うと、「無題詩」とは句題詩に対立する概念で、「句題」つ
まり詠まれるべき対象が語句として特定されていない詩を指す。「言
志」「即事」といったものがそれに当たる。ただしこの詩集は「賦覆
盆子」(覆盆子はイチゴのこと)のように、事物を題とした詩(賦物
題という)など、句題詩でも無題詩でもないものも含まれている。
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三、無題詩―漢詩人たちの思索と行動―
題(ことば)あるいは物によって、詠む対象が特定されているものと
は異なる無題詩は、いったい何を詠むのか。
作者のいる場所(外界)とその時の心情(内面)であろう。句題詩も、
その場にふさわしい題を設定し、また述懐部分が詩の中に含まれてい
るので、作者の置かれた状況やその時の感懐と無関係ではないが、無
題詩の場合はそれが直接的に表現されている。
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藤原季綱
春日遊長楽寺 春日長楽寺に遊ぶ
長楽寺中酌酒缸
城東茲地勢無双
鳥伝梵語狎僧座
花学厳粧飄仏窓
蘿洞月昏経久誦
松門風暁磬閑摐
長楽寺の中 酒缸(酒の瓶)を酌む
城東の茲の地 勢ひ無双なり(この上なくすばらしい
風景だ)
鳥は梵語(ここでは経典のこと)を伝へて
僧座に狎れたり
花は厳粧(荘厳。堂内の飾り)を学びて仏窓に飄る
蘿洞(蔓草の茂る洞穴)月昏くして経久しく誦ふ
松門(松のアーチ)風ふく暁に
磬(鳴らしもの)閑かにう
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藤原季綱
春日遊長楽寺 春日長楽寺に遊ぶ
六時火影曜瓊戸
多歳溜蹤穿石矼
巌腹梯危携竹杖
渓心房暗挑蘭釭
万般不染独観念
唯有詩魔未得降
六時の火影(礼拝のための灯明)
瓊戸(宝玉で飾った扉)に曜く
多歳の溜蹤(雨だれ) 石矼(飛び石)を穿つ
巌腹の梯危ふくして竹杖を携ふ
渓心の房暗くして 蘭釭(灯り)を挑ぐ
(明るくする)
万般染まず(世俗に汚染されていない)
独り観念(瞑想)するも
唯だ詩魔(詩に執着する悪心)の未だ降す(退ける)
を得ざる有り
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外界は、洛東にある長楽寺の風景。鳥や花までも仏の
教えに親しんで、すべての自然が浄化された世界になって
いる。その中で自分も次第に心が洗われ、煩悩から解放
されていくが、ただ一つ、詩への執着だけは解消できな
い、と最後に述べる。
「詩魔」は白居易が愛用した語。ここでは中間部におい
て外界に没入していった自己が、最後の二句においてまた
自分自身を見つめ直すという往復運動が見られる。
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ただし、三・四句目は、『千載佳句』春興に収める句
「鶯伝軟語嬌春日、花学厳粧妬暁風(鶯軟語を伝へて春日
に嬌れり、花厳粧を学んで暁風を妬む)」 を寺の風景に合
わせて改変したもの。
従って現実の風景そのものを詠んだとは考えない方がよ
い。無題詩のなかにも先行作品の表現を取り込んだ部分が
ある
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釈蓮禅
摂州兎原旅宿即事
山根海畔客中居
与友留連覃月余
霧色秋籠征雁陣
湖声夜入旅人廬
稲花戸外追風馥
柿葉墻陰学雨疎
山根の海畔 客中の居
友と留連すること月余(一ヶ月以上)に覃ぶ
霧色 秋に征雁の陣を籠む
湖声 夜に旅人の廬(粗末な家)に入る
稲花戸外に風を追ひて馥し
柿葉 墻陰(垣根のそば)に雨を
学びて(真似して)疎らなり
請問土民営底事 請問す(尋ねる) 土民(土地の人) 底事をか営むと
生涯産業釣江魚 生涯の産業(仕事) 江魚を釣る
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紀行詩。五・六句目、稲の花の白・柿の葉の緑を対比さ
せる。平安時代の詩の題材としては珍しいが、稲花は白居
易や元稹にも詠まれている。庶民の生活が出てくるのは、
旅先ならではの描写であろう。
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源経信
秋日遊長楽寺
挿嶺跨澗一蕭寺
秋景攀登瞻望遙
山雨初飛欹螮蝀
渓嵐乍起裂芭蕉
石龕松老蓋空摵
苔壁書残字半消
暫入禅窓塵慮断
嶺を挿み澗(渓谷)を跨ぎて 一蕭寺あり
秋景攀登すれば瞻望(眺め) 遙かなり
山雨初めて飛び螮蝀(にじ) 欹つ(よりかかる)
渓嵐 乍ち起こり芭蕉を裂く
石龕 松老いて 蓋空しくかしけたり(葉がまばら)
苔壁 書 残りて 字 半ば消えたり
暫く禅窓(寺の建物)に入りて
塵慮(世俗の汚れた心)を断たん
還欣閑伴偶相招 還りて欣ぶ 閑伴 偶ま相ひ招きしことを
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多くの詩人が詠んでいる長楽寺の風景だが、三・四句目
の虹と芭蕉は彼独自のもの。
最後の二句は、郊外の寺への参詣が、一種の遊興でもあ
り、仏教信仰の発露でもあったことを微妙に表現している。
「閑伴」(遊び友達)は白居易の愛用語
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版權聲明
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作品
版權標示
來源/作者
1
本作品轉載自 Microsoft Office 2010 多媒體藝廊,
依據 Microsoft 服務合約及著作權法第 46、52、65 條合理使用。
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本作品轉載自 Microsoft Office 2010 多媒體藝廊,
依據 Microsoft 服務合約及著作權法第 46、52、65 條合理使用。
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4-5
何人寒気早…
行々乞与頻
三月春酣思曲水…
不用紅勻上面来
菅原道真,『菅家文草』巻三・第二〇一首。
菅原道真,『菅家文草』巻五・第三四二首。
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作品
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來源/作者
我為遷客汝来賓…
我知何歳汝明春
菅原道真,『菅家後集』第四八〇首。
10
待花催勝遊
鎌倉時代の作詩作法書『王沢不渇鈔』。
11
今有勝遊暖日催…
染筆採牋恥拙才
鎌倉時代の作詩作法書『王沢不渇鈔』。
12
「鶯戯出」、「蝶飛
来」、「鶯未出」、
「蝶遅来」
6
鎌倉時代の作詩作法書『王沢不渇鈔』。
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作品
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來源/作者
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斯地勝遊縁底催…
猗哉今朝呈拙才
鎌倉時代の作詩作法書『王沢不渇鈔』。
15
胡雁新来自朔方…
不用秋天繋帛翔
菅原文時,『天徳闘詩』(天徳三年八月十六日闘詩行事略記)。
16
雲無心以出岫
陶淵明,〈帰去来辞〉。
18
暮雨濛々池岸頭…
霜縷数茎夏裏秋
藤原為時,『本朝麗藻』巻上。
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版權聲明
頁碼
作品
版權標示
來源/作者
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長楽寺中酌酒缸…
唯有詩魔未得降
藤原季綱,『本朝無題詩』巻八(第五一八首)。
24
鶯伝軟語嬌春日、
花学厳粧妬暁風
大江維時,『千載佳句』。
25
山根海畔客中居…
生涯産業釣江魚
釈蓮禅,『本朝無題詩』巻七(第四八一首)。
27
挿嶺跨澗一蕭寺…
還欣閑伴偶相招
源経信,『本朝無題詩』巻八(第五五四首)。
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