ホーングレンほか『マネジメント・アカウンティング』(第11章)

2つ以上のプロジェクトの比較


これまでは、単一のプロジェクトを評価するためのNPV法の利用につ
いて見てきた
 しかし実際には、マネージャーがひとつのプロジェクトや選択肢だ
けを検討するということはまれである
むしろ、マネージャーはいくつかの選択肢を比較し、どれが最良か、ど
れが最も収益性が高いかを知る必要がある
 以下では、2つ以上の代替案を比較する際に、どのようにNPVを
用いるのかについて、整理していくことにする
1
総額アプローチと差額アプローチ

代替案を比較する際の一般的なアプローチ
 総額アプローチ
 各代替案のCFに対する全ての影響を計算し、CFの総額を現
在価値に換算する
 CF総額のNPVが最大となる代替案が最も望ましい
 最も一般的なアプローチ
 代替案がいくつあっても適用できる
 差額アプローチ
 代替案間でのCFの差額を算定し、現在価値に換算する
 例えばプロジェクトAからBのCFを差し引き、プラスならば
プロジェクトAを、マイナスならプロジェクトBを採用する
 代替案が2つの場合にしか使えない
ex.プロジェクトを採用する場合としない場合の比較
2
関連するCFの予測の難しさ


資本予算の意思決定で最も難しいのは、関連するCFの予測
 どの事象がCF(インであれアウトであれ)の原因と(なり、いくらの
CFと)なるかの判断は、非常に迷うことがある
しかし、代替案を選択する際には、各代替案に関連するCFの整理が
不可欠である
3
関連するCFの整理

関連するCFの整理
 以下の4つのCFを整理
 第0年度における初期CIF/COF
 売上債権と棚卸資産への投資額
 将来の処分価値
 営業CF
4
例題

ある企業
 3年前に56,000㌦で購入した梱包機械を所有
 耐用年数はあと5年
 2年後末に大規模なオーバーホールが必要(10,000㌦)
 現在の処分価値は20,000㌦
 5年後の処分価値は8,000㌦
 オーバーホールを予定通り行なうことが前提
 機械の稼動に要する現金支出コストは年間40,000㌦
5
例題(つづき)


セールスマンの提案~「新しい機械を導入しましょう!」
 新機械は51,000㌦
(または旧機械の下取り20,000㌦を差し引き31,000㌦)
 新機械により機械稼動に要するコストは年間30,000㌦に低減
 新機械の導入により、年間10,000㌦のコスト削減
 オーバーホールの必要はナシ
 耐用年数5年
 処分価値3,000㌦
最低期待利益率を14%とすると、長期稼動コストを最小化するには、
どうすれば良いだろうか?
6
NPVによるプロジェクトの比較
(図表11‐2)
各年度末における税引後CFの見取り図
割引率14%
現在価値
0
1
2
3
4
5
A.機械の取り替え
年間現金支出(
営業CF)
3.4331
-102,993㌦
-30,000㌦ -30,000㌦ -30,000㌦ -30,000㌦ -30,000㌦
第5年度末の処分価値
0.5194
1,558㌦
3,000㌦
初期投資額
1.0000
正味現在価値
-31,000㌦
-31,000㌦
-132,435㌦
B.継続使用
年間現金支出(
営業CF)
3.4331
-137,324㌦
第2年度末のオ ー ハ ゙ー ホ ー ル
0.7695
-7,695㌦
第5年度末の処分価値
0.5194
4,155㌦
正味現在価値
-140,864㌦
(
A)
-(
B)
8,429㌦
-40,000㌦ -40,000㌦ -40,000㌦ -40,000㌦ -40,000㌦
-10,000㌦
8,000㌦
7
解答


総額アプローチによりNPVを比較する
 「A.機械を取り替え」た方が、8,429㌦有利
結論
 長期稼動コストを最小化するには、新機械を導入すべき
8
レビュー問題

各条件はそれぞれ独立であるとして、以下の感度分析を行ないなさい
 例題(図表11‐2)の問題と解答を復習しよう
1.最低利益率を20%として、NPVを計算しなさい
2.予測される現金支出コストが、30,000㌦ではなく、35,000㌦であっ
たとし、割引率は14%として、NPVを計算しなさい
3.元々の割引率14%を用いるとして、現金支出の節約額が予測の
30,000㌦からどれだけ下がると、NPVはゼロになるか?
9
1.解答

今度は、差額アプローチにより比較してみる
 最低期待利益率が20%ならば、取り替え案のNPVは3,840㌦
現在価値
現金支出節約額(年金現価表<補論B 図表2>を用いる)
2.9906×10,000㌦=
29,906㌦
不要となったオーバーホール
0.6944×10,000㌦= 6,944㌦
処分価値の差額
0.4019×-5,000㌦=
-2,010㌦
初期投資の増分
-31,000㌦
取り替え案のNPV
3,840㌦
10
2.解答

年間の節約額が5,000㌦と低くなると、新機械導入のNPVはマイナス
となり、この案は採用すべきではないと分かる
現在価値
図表11‐2におけるNPVの値
追加的な年間の業務費用5,000㌦の現在価値
新たなNPV
8,429㌦
3.4331×-5,000㌦= -17,166㌦
-8,737㌦
11
3.解答

年間の現金支出節約額をXとし、NPV=0となるようなXの値を求める
 3.4331‥5年、14%より
 補論Bの図表2を用いる
 7,695㌦‥2年後末のオーバーホール費用の現在価値
 2,597㌦‥5年後の処分価値の差額の現在価値
0=3.4331(X)+7,695㌦-2,597㌦-31,000㌦
3.4331X=25,902㌦
X=7,545㌦

以上のように、年間の節約額が10,000㌦から7,545㌦まで減る(2,455
㌦または25%減る)と、NPVは0となる
12
法人税と資本予算


さらなる関連CFとして‥
 法人税
 企業が支払う法人税‥COF
資本予算の意思決定上で考えると、法人税は、プロジェクト間のCFの
差を小さくするという性質を持つ
 例示
 プロジェクトAはプロジェクトBに比べ100万㌦の節約が可能
 しかし法人税(税率を40%として)を考慮すると‥
→節約額は60万㌦に減少
⇒節約額のうち40万㌦は、税金としてCOF
13
留意事項



法人税法における減価償却費の扱いと節税効果
 償却期間
 損金算入
 キャッシュ効果
 “タイミング”
法人税と経済政策
 加速償却の事例(米)
法人税と処分損益
 簿価(=取得原価-減価償却累計額)と処分価額の関係
 処分損失(→節税効果)と処分利益(→納税義務)による正味
CIFの比較
14
資本予算とインフレーション


税金の他にも‥
 資本予算の意思決定者は、CF予測に対するインフレーションの影
響も考慮すべきである
 インフレーション
 通貨単位の一般購買力の低下
プロジェクトの経済命数に渡り高いインフレーションが予想される場合
 どうすればよいのか?
15
インフレーションと整合性の確保


最低目標利益率←市場利子率に基づき決定
 最低目標利益率の構成要素
 リスクフリー要素‥長期国債の金利
 事業リスク要素‥その事業が持つリスクを考慮
 インフレーション要素‥インフレ予想を考慮
プロジェクトの経済命数に渡り高いインフレーションが予想される場合
 最低目標利益率の構成要素の1つである「インフレーション要素」
にその予想を反映することによって、整合性を確保する
16
その他の長期意思決定分析モデル


ますます多くの企業が、資本予算決定にDCFモデルを利用するように
なっている一方で、未だに他のモデルも利用されている
 それらのモデルは、NPVよりも単純であるが、有用ではない
 しかし、多くの企業ではそうしたモデルを用いている
 なぜなら、それによってDCFモデルを補完する興味深い情報
が得られるから
以下では、回収期間モデルと会計的利益率モデルを検討する
17
回収期間モデル

回収期間
 プロジェクトの初期投資額を、営業活動によるCIFで回収するのに
要する期間
 耐用年数8年の機械を12,000㌦で購入(減価償却費は無視)
 これにより営業活動によるCOFが年間4,000㌦節約可能
12,000㌦
初期投資額の増分
回収期間=
=
均等な年間営業CIFの増分

=3年
4,000㌦
上記の回収期間の計算式は、営業活動による年間CIFが均等である
場合にだけ用いることが出来る
 均等でない場合は、初期投資額を回収するまでの、年々のCFを
積み上げて計算する
18
回収期間モデルの欠点

回収期間モデルの大きな欠点
 「収益性」を測定できないこと
 企業の主要な目標であり、設備投資を選択する基礎でもある
収益性を測定することが出来ない
 回収期間モデルは単に、どれだけ早く投資が回収できるかを測定
しているに過ぎない
 しかも回収期間が短いプロジェクトの方が、良いとは限らない
19
リスクの概算値としての使い方

しかし、マネージャーは、回収期間をプロジェクトのリスクの概算値とし
て用いることがある
 ある企業は急激な技術革新に直面しているとする
 はじめの数年間を除けば、以降のCFは極めて不確実

こうした状況では、キャッシュが入るまでに長くかかるプロジェクト
よりも、投資額を早く回収できるプロジェクトの方がリスクが小さい
20
会計的利益率モデル

会計的利益率モデル(accounting rate-of-return:ARR model)
 「予想年平均営業利益の増加額」を「初期投資額」で割って、プロ
ジェクトの利益を表す、非DCF資本予算モデル
 発生主義会計利益率モデル、とも呼ばれる
予想年平均営業利益の増加額
会計的利益率=
初期投資額
※予想年平均営業利益の増加額
=年平均営業CFの増分-年平均減価償却費の増分

この計算式は、伝統的会計モデルによる利益計算と投資額とを最も
密接に関係づけ、企業の財務諸表における投資効果を示す
21
例示

ARRを理解するために、図表11‐1と同じ状況を考える
 投資額:6,075㌦、耐用年数:4年、見積処分価値:0
 予想年間営業CIF:2,000㌦
 年間減価償却費:6,075㌦÷4年=1,519㌦(四捨五入)

これらの値を会計的利益率の式に代入
2,000㌦-1,519㌦
会計的利益率(ARR)=
=7.9%
6,075㌦
22
例示(つづき)

ARRの“変形”バージョン
 分母について、初期投資額に代えて、「平均」投資額(=耐用年数
に渡る設備の平均簿価とみなされる)を用いる企業もある
 この場合分母は、6,075㌦÷2=3037.5㌦となる
2,000㌦-1,519㌦
会計的利益率(ARR)=
=15.8%
3037.5㌦
23
会計的利益率モデルのまとめ



会計的利益率モデルの特徴と長所
 発生主義会計によって作成された財務諸表に基づいている
 回収期間モデルと違い、少なくとも「収益性」を対象としている
重大な欠点
 貨幣の時間価値を無視している
 将来の予想額を現在の額と同列に扱っている
DCFモデルとの比較
 DCFモデルは、利子率の影響と、CFのタイミングを考慮している
 会計的利益率モデルは、平均の年額に基づいている
 会計的利益率モデルは、元々は、期間利益と財政状態という
全く別の会計目的のために考えられた投資と利益のコンセプト
を用いているのである
24
DCF法と業績評価のコンフリクト


潜在的コンフリクト
 多くのマネージャーは、DCFモデルを、資本予算決定の最も優れ
た方法とは認めたがらない
 なぜか?
 業績評価には「会計上の利益」が広く利用されているため
マネージャーのフラストレーション
 意思決定のためには、DCFモデルを使うように教えられる一方で、
事後的には、会計的利益率モデルなどの非DCFモデルで業績を
評価されるから
25
コンフリクトの例示


例えば、図表11‐1の例で起こりうるコンフリクトを考える
 必要利益率:10%、投資額:6,075㌦、残存価額:0
 4年間に渡って年間2,000㌦のキャッシュの節約が可能
 このときのNPVは265㌦であった
→このプロジェクト(設備の取り替え)は採用すべき
しかし,会計上の利益によると、第1年度から第4年度の業績評価は、
次ページの通りとなる
 減価償却は定額法とする
26
設備の取り替えと業績評価
第1年度 第2年度 第3年度 第4年度
営業COFの節約額
2,000㌦ 2,000㌦ 2,000㌦ 2,000㌦
定額償却(6,075㌦÷4年) 1,519㌦ 1,519㌦ 1,519㌦ 1,519㌦
営業利益への影響額
481㌦ 481㌦ 481㌦ 481㌦
期首簿価
6,075㌦ 4,556㌦ 3,037㌦ 1,518㌦
ARR
7.9%
10.6%
15.8%
31.7%
27
解説


業績が会計上の利益で評価されるのであれば‥
 多くのマネージャーは、NPVがプラスであるにもかかわらず、設備
を取り替えようとはしないだろう
 1年か2年の短期で新しい地位に移る見込みがある場合
には、特にそうである
 なぜか?
 発生主義会計では、早い年度(特に利益率が必要利益率
を下回る場合の第1年度)の利益は少なめに計上される
 従って、マネージャーは、後の年度で利益が多めに計上さ
れるという便益を享受できない
一般的な会計尺度に基づく業績評価は、技術的に進んだ生産システ
ムへの投資などの、重要な長期プロジェクトを却下する原因となりうる
28
コンフリクト解消のために


資本予算と業績評価の潜在的なコンフリクトを解消するには‥
 資本予算の意思決定と業績評価の両方にDCFを用いる
事後監査の実施
 最近の調査によると、ほとんどの大企業(約76%)では、少なくとも
一部の資本予算決定について、事後の評価を実施している
29
事後監査の目的


事後監査の目的
 投資支出が、予定通りに、予算内でなされていることを確認する
 慎重かつ公正な予測を動機付けるために、実際CFと予測CFとを
比較する
 将来のCF予測を改善するために情報を提供する
 プロジェクトの継続を評価する
実際CFと予測CFの事後監査に着目することによって、業績評価は、
意思決定プロセスと一貫性を持つ
30
コストと便益のバランスの壁


しかし‥
 全ての資本予算決定を事後監査するのは、コストがかかる
 ほとんどの会計システムは、製品、部門、事業部、テリトリーな
どの、年々の営業成績を評価するように設計されている
 これに対して、資本予算決定は、事業部や部門のマネー
ジャーが同時に管理するいくつかのプロジェクトの集合ではな
く、個々のプロジェクトを扱う
そこで通常は、いくつかの資本予算決定だけを選んで、監査をする
31
目的整合性のために


意思決定モデルと業績評価モデルを一致させる
 意思決定にはあるタイプのモデルを使い、業績評価には別のタイ
プのモデルを使っていては、トップマネジメントは目的整合性を望
めなくなる
従来から用いられている発生主義会計モデルと、様々な公式の意思
決定モデルとのコンフリクトは、マネジメントコントロールシステムの設
計において、最も重要な未解決問題の1つある
32
Review



設備投資と拡張に関する意思決定
 資本予算の編成
資本予算のモデル
 DCF法
DCF法と業績評価のコンフリクト
 目的整合性のためには‥
33
参考・引用文献

Horngren,C.T., G.L.Sundem, and W.O.Stratton, Introduction To
Management Accounting, Eleven Edition, Prentice Hall, 1999(渡
邊俊輔監訳『マネジメント・アカウンティング』TAC出版、2000年)
34