手抜きなくして診察なし 高松少年鑑別所 池田正行 男の人なら誰でも 細い肩を抱けばわかる 神経内科医なら誰でも 腱反射を見ればわかる 神経診察の意義は・・・ 患者さんという「文脈」の中でし か理解できない 患者さんが教えてくれる 「朝目がさめる。起きて顔を洗う、歯を磨き、 ひげをそる。家族と話しながら朝食をとる。 コーヒーを飲みながら新聞に目を通す。ネクタ イを締め、洋服を着、クツをはいて出かける。 いつも混んだ電車に乗り、幸い足も踏まれずに 駅におりる。さあ、会社では山積みの仕事だ。 こんな日常のなんでもない生活や動作の、どれ ひとつをとってみても、脳や神経系の働きなし にはうまくできないものばかりです。・・・」 (『日常の中の神経学』 より) 観察 vs 診察 観察 • • • • 患者さんの自然な動作 感度が高い 特異度も高い 病歴の延長線上にある「 • 過去と比較し経過を追うの が容易 • 第三者と共有が容易→教 育に有利 診察 • • • • 医師の介入による産物 感度が低く,ばらつく 特異度も低く,ばらつく 病歴と断絶している • 過去と比較の比較,経過観 察もしばしば困難 • 第三者との共有がしばしば 困難→教育が難しい 単純レントゲン撮影機器 の操作は できなくてもよい でも胸部レ線の読影はやってね いくら腱反射を出すのがうまくても 所見の意味がわからなければ無意味 腱反射が出せなくて何が悪い? 各症例における腱反射の意義 50歳女性:3日前から歩きにく い 5年前に乳癌で乳房切除 25歳女性:数年前から手が震 える。結婚を考えているので。 • どういう鑑別疾患を思い浮 かべ,それぞれの疾患で上 腕二頭筋,上腕三頭筋,橈 骨,膝蓋腱,アキレス腱, バビンスキ,それぞれの反 射がどういう所見になるか 予想せよ • どういう鑑別疾患を思い浮 かべ,それぞれの疾患で上 腕二頭筋,上腕三頭筋,橈 骨,膝蓋腱,アキレス腱, バビンスキ,それぞれの反 射がどういう所見になるか 予想せよ この質問に答えられなければ,いくら腱反射の出 し方がうまくても,そんな技術に意味はない! 沼田るり子氏。2007年にセンメルワイス大学医学 部に入学し、2013年卒業。2014年に日本の医師 国試に合格。 圓山晶子氏。2007年にセゲド大学医学部に入学 し、2013年卒業。2014年に日本の医師国試に合 格。 何でもやればいいってもんじゃない OECD平均の 英国の ハンガリーの 3.5倍 8倍 15.6倍 MRIも腱反射もやらなかった人達 職人は手抜きの仕方を知っている 「杜氏は手抜きの天才。我々は理屈で詰めていくしか道 がなかったから、どうしたら良い酒が造れるかを徹底的 に追求した」(桜井博志 旭酒造社長) プロとアマチュアの違い ー診察の優先順位を知っているか?ー 神経内科医はその診察の「不必 要度」を,その場で一瞬にして判 断できる プロとは,普段から手を抜くことば かり考えている職人である 手抜きの必要性と職業意識 職業意識を持った当事者こそ が手抜きの必要性と手抜きの 仕方を知っている 手抜きの必要性 手抜きをしないとどうなるか? 「手抜きの見落とし」とは? 「○○しない」という選択肢の見落とし なぜ「手抜き」なのか? 「手抜きは悪」という思考停止からの離脱 • たとえば腱反射手抜きの意義 –腱反射を手抜きして初めてわかること • 腱反射をやらなくても診断は変わらない • 腱反射をやらなくても治療は変わらない • 腱反射をやらなくても予後は変わらない –腱反射をやることのリスク回避 • 腱反射をやったがために診断が迷走 次ぎに何をしたいか? 67歳男性。朝8時、食事中に突然黙り こくったかと思うと椅子から崩れ落ちる ように倒れた。救急車で来院。ストレッ チャーの上で開眼しているが,呼びか けに対して言葉が出ずにうなづくばかり。 高血圧の既往有り。 タバコ40本,日本酒三合/day 「したくない」ことの数々 • • • • • • • • 長谷川式・MMSE Western Aphasia Battery 失行・失認検査 嗅覚機能検査 Rinne Weber 項部硬直・Kernig・Brudzinski, Lasegue 振動覚検査 診察ができなくて何が悪い!? • 腱反射が: – 所見がとれなかった時 – 左右差がなかった時 – 病側で亢進していた時 – 病側で減弱していた時 • 検査と同様、診断も – 標的疾患によって感度も特異度も異なる – 脳卒中の急性期と慢性期、筋萎縮性側索硬化症、 ギラン・バレ-、多発筋炎、多発性硬化症・・・ 腱反射の技術は二の次でいい • それよりも想像力を豊かにすること • 今,目の前の患者で大腿四頭筋反射はどんな意味 があるのかを「想像せよ」 – 左右それぞれの亢進・異常なし・消失の6通りの パターンのどれが一番可能性が高いのか?二番 目は?ありない選択肢はあるか?あるとしたらそ れはなぜか? • それが完璧に答えられなければいくら腱反射がうま く出せても全く意味がない • 逆にこの想像力があれば腱反射がめきめき上達す る 診察手抜きを弁護する ー「その診察」を手抜きして何が悪い!ー • 神経診察に自信がない人のために • 神経内科医による優越性のハラスメントから 守る • 過剰検査,過剰診断,そして過剰神経診察 – 「その診察」の意義は?:アウトカム評価 – 「その診察」のリスク・ベネフィットバランスは?: 判断を誤って誤診につながるリスクは? – 「その診察」のタイムパフォーマンスは?:限られ た時間内にその診察が「必要か?」(上記の要素 を含めて総合的に判断) 手抜きの必要性はわかったけど では手を抜いて生まれた余裕を どう活用するの? 好奇心・想像力 そして観察 もう1つ2人に共通しているのは,現代科学とは違う方法をとったことです。いまの 科学では,最初に仮説を立て,それを証明するために何かをするという方法をと っていますね。しかし彼らは そうではなく,何もないところで何かを見つけようとし ました。じっと見ていると何か気がつくわけですね。「あれ?」と思って,そこでもっ と観察を進めるという方法で す。 その点、いまは見るべきところしか見ないんです。例えば何かの値が いくつと数 字で出ると,その情報はそれ以外のものではないわけです。しかし画像というの は数字で表されるだけではありません から,見ようと思えば何だって見える。それ だけ情報量があるのに,ほとんどの人は数字として表されるようなものしか見ない 。 要するに自分の知りたいところしか見ていないのです。そうしたら何が表現され ていても他のものは全部捨てていくわけですよ。 見るべきところはきちんと見なければいけない。しかしそういう意味だけではなく, 関係ないところでも, 見てみると結構面白いことが見えているわけでね。それをど うやって見逃さないようにするかが大切なのです。見逃しても誰かがどこかで見つ けると言われればそれまでですが,自分がその誰かになろうと思うかどうかです よね。ババンス キーやシャルコーの時代は,自分で見つけるしかなかったけれど も,いまは自分がやらなくても世の中は進んでいきますから。で も「へえ,何でこ んなことがあるのかな」と思うことが始まりですよ。 視診=観察&想像力 人間に対する興味 そして最も効率的な診察法 次にシナリオを示す 鑑別診断を2つまで挙げよ。3つ以上ある場合はまと めて“その他”として,各診断確率の合計は100とせよ。 (マジックナンバーは20,50,80) 病歴後 診断1 診断2 その他 診察後 検査1後 検査2後 何を考えますか? 67歳男性。朝8時、食事中に突然黙りこくっ たかと思うと椅子から崩れ落ちるように倒れ た。救急車で来院。ストレッチャーの上で開 眼しているが,呼びかけに対して言葉が出 ずにうなづくばかり。高血圧の既往有り タバコ40本,日本酒三合/day 必要なのは想像力! 「想像力を働かせる」って? 自分の父親だったら、 何を心配するか? • • • • • • どうしちゃったんだろう? 全身状態? 意識状態? バイタルサイン? 身体所見? 神経学的所見? 診察所見 • • • • 肥満体,BP186/74, P 70/分・整 呼吸状態は安定している 覚醒は維持できるが,ややもうろうとしているか? 対光反射は両側迅速 • 右の手足が全く動かないが左の手足は盛んに動 かす. • 口頭命令が理解できないようで,他の神経学的検 査には協力が得られない • 腱反射,バビンスキーは苦手でよくわからない 想像力=「診察名人」になる かどうか分かれ目は? 目の前の患者の生活・人生に 興味・好奇心が持てるか? OSCEに対する「義務感」とは別物 腱反射の出し方がうまい奴が「診察名 人」なんてちゃんちゃらおかしい 腱反射を知らなかった人たち 二人の共通点と相違点 Jean-Martin Charcot: 1825-1893 Joseph Francois Felix Babinski:1857-1932 シャルコーという人はどちら か というとじっと観察する立 場なんですね。例えばシャ ルコーの書いたものには, 歩行状態がどうだとか,姿 勢がどうだとか,どう いう不 随意運動があるなどの記載 はたくさんありますが,ここ を叩いたら,あるいはここを こすったらどうなったとか, 患者の体 に問いかけて観 察する記載は非常に少ない のです。 ババンスキーのほうはそうでは なく,両方を非常にはっきり観 察しています。ですから,臨床 的な意味での反射学はババン ス キーが確立したものだと言 えます。 想像力の分かれ目は? 目の前の患者の生活・人生に 興味・好奇心が持てるか? 問診と診察(観察) 相補的かつ不可分な関係 • • • • 問診→診察項目を思いつく 診察→問診項目を思いつく 問診→患者さんの生活に思いを馳せる 診察→患者さんの生活に思いを馳せる • 問診=患者さんの「自己観察記録」を頼りに 観察の範囲(空間・時間の両面で)を広げる 「観察」の奥深さと優先順位 Charcotのように、じっと観察するだけでも 、これだけ奥深い。ならばすぐにBabinskiに 飛びつかずに、まずはCharcotを目指そう 想像力=「観察名人」にな るかどうか分かれ目は? 目の前の患者の生活・人生に興味・好奇心 が持てるか? ↓ 「知りたい」という「欲望」 & 腱反射を手抜きしたという「成功体験」 予診表の主訴:手が震える 70歳女性 • • • • 同伴者の有無 呼びかけた時 – 表情とその動き – こちらを向く首の角速度 – 椅子からの立ち上がり速度 – 方向転換・踏み出し 歩行時 – 頚部の曲がり具合 – 手の振り方の左右差 – 視線・瞬きの頻度 着席時 – 腰を落とす速度 – 表情、顔脂、目やに、よだれ 25歳女性 • • • • • 歩行:筋力低下、運動失調 体型(痩せ型?長身?) 皮膚がしっとり? 目の輝き (問診項目を考える) 問診前確率が形成される時点 で、おおよその鑑別診断表が 出来上がり、既に診察(観察) 項目が決まっていることに注意 視診(観察)・想像力 そして手抜きへの欲望 一撃診断とは診断・診察の両面における「手抜きの喜び」である 神経内科医が身近にいない・いる • 神経内科医が身近にいない場合 – 神経内科医の必要性が確実にわかる – 「国際標準」の教育環境である • 神経内科医が身近にいる場合 – 神経内科医を「使える」! 身近にいる・いないは白黒のデジタルではないこと に注意.時と場所,状況によって,神経内科医のア クセスはいくらでも変わるし,神経内科医自身のキ ャラでもaccessibilityはいくらでも変わる.(例:私が 霞ヶ関時代の経験) 終わりに:実は“神経診察の必要性” など“どうでもいい” • ジェネラリスト vs スペシャリストという“医者都 合分類”の意義は何か? • 自分は患者さんに対して何ができるのか? – 脳血管障害の香川さん – 筋萎縮性側索硬化症の高松さん – 脊髄小脳変性症の長崎さん – クロイツフェルト・ヤコブ病の千葉さん この患者さんに四頭筋反射がどう役立つのか?
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