第二回

情報モラルデザイン論
第二回
監視と公私
吉田寛
http://holiday.knt.co.jp/a/1060900411/
『IBMとホロコースト』
「本書を読むのは、非常に不快な経験となるだ
ろう。書くのも非常に不快な作業であった。本
書はIBMが直接または子会社を通じて、意識
的にホロコーストに関与し、またヨーロッパ全
土で他の何百万人という人間を殺したナチの
戦争機構に組み込まれていた、という内容の
ものである。」(p.15)
エドウィン・ブラック(小川京
子訳)、柏書房、2001年
IBM(International Business Machines Corporation)
【概要】世界最大のコンピュータ関連多国籍企業。1919年
設立。ハードウェア・ソフトウェア販売、コンサル、保守・運
用など。事業展開170ヵ国。従業員329,373人。総収益914億
2,400万ドル。純利益382億9,500万ドル。 コンピュータ界の
「巨人」。
(http://www-06.ibm.com/jp/ibm/index_g.html)
ITサービス世界シェア、IBMが首位堅持、富士通3位 2005
年2月9日 WIRED NEWS
(http://hotwired.goo.ne.jp/news/business/story/2005020910
6.html)
「需要の中心は汎用デジタル型であるが,アメリカ系企業
によるその売上げは,68年現在72億ドル,その他関連売
上げを合計すると113億ドルにも達し今後も急速に拡大を
続けることが予想されている。これを企業別にみるとその7
割以上(第Ⅱ-3 -12表)がIBMの強大な支配下にある。
」昭和44年度版通商白書
IBM(International Business Machines Corporation)
【起源】1880年、米国の国勢調査の完成に7年の年月を要
したため、増大する人口の統計表を編集するのに効果的
な方法が必要とされていた。その間に、統計学者のハー
マン・ホレリスがパンチ・カードにデータを入れて加算、集
計を行う電気式機械を発明。ホレリス式機械は、1890年
の国勢調査を3年弱で完成させた。1896年、ホレリス博士
は、タビュレーティング・マシーン・カンパニーを設立、ワシ
ントンに工場を持った。(中略)。1914年、T.J.ワトソン・シニ
アが初代社長に就任し、この年をIBMの創立の年として
いる。1924年には、IBM(International Business Machines)
と社名を変更。現在に至る。(http://www06.ibm.com/jp/ibm/index_g.html)
ホロコースト
髪を刈られた女性たち。
http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/n
azi/1.html
心に刻むアウシュヴィッツ十
勝展 1998年
ギリシャ語にその語源を持ち、
「全焼のいけにえ」を意味して
いましたが、時代と共に、大規
模な破壊、殺人をあらわすこと
ばとして用いられました。第2
次世界大戦後、ナチス・ドイツ
によるユダヤ人や他民族への
破壊、大量殺人を意味するこ
とばとして用いられ、今日では、
主にユダヤ人(600万人)への
大量虐殺を表現することばとし
て、一般化しています。(ホロコー
スト記念館)(http://www.urban.ne.jp/home/hecjpn/)
『夜と霧』
ヴィクトール・E・フランク
ル (著), 池田 香代子 (翻
訳)
みすず書房; 新版版
(2002/11/6)
「 ユダヤ人精神分析学者がみずか
らのナチス強制収容所体験をつ
づった本書は、わが国でも1956年
の初版以来、すでに古典として読
みつがれている。著者は悪名高い
アウシュビッツとその支所に収容
されるが、想像も及ばぬ苛酷な環
境を生き抜き、ついに解放される。
家族は収容所で命を落とし、たっ
た1人残されての生還だったとい
う。 」Amazon.co.jp紹介より
IBM機 「ホレリス」の役割
「まずはユダヤ人を発見しないことには、資産没収、
ゲットーへの封じ込め、強制移送、そして最終的に
は殲滅、といったこともできない。ドイツ全土でーー
そして後にはヨーロッパ全土でーー共同体、教会、
および政府の記録を何代にもわたって調べることは、
膨大な参照作業となるため、コンピュータが必要で
あった。しかし、1933年当事にコンピュータは存在し
なかった。(略)。しかし、別の機械なら存在した。
IBMのパンチカードと選別システムーーコンピュータ
の先駆である。」p.16
ホレリス
1890年ごろより国勢
調査等の統計に利
用される。
パンチカードに穴を
開け、データを記録
機械的な整列、選
択、計算が可能
「写真でみる懐かしさを通り過ぎた昔の計算
機達」(国立科学博物館にて)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/soga/oldcom/index.html
(久留米大杉本研究室
http://cedar.mii.kurumeu.ac.jp/~smoto/edu/ala/history
/p0.html)
技術と社会
情報技術も含めて、いつの時代にも技術は生活に
かかわり、戦争にも関わってきた。
技術中立論/決定論 技術は善悪無記(ニュートラル)で
あるか、あるいは善や悪に向けられているか?
• 中立論:凶器として包丁が使われた。包丁に罪はない。使う人、
使い方が悪い。使用者、開発者、社会の責任。
• 決定論:機関銃は、大量殺戮のための道具であり、誰が使うかに
よらず、悪いものである(悲観論)。医療技術は人の命を助けるも
のだから、常に善い(楽観論)。技術が使用法、使用する社会を
決定する
• 技術中立論の悲観論:技術が中立であれ、人間本性は欲望であ
り、技術はそれを拡大、助長するものだから、欲望による争いや
支配、抑圧や破滅、などの諸悪を招く
軍需企業と戦争
「死の商人」と呼ばれる軍需は第二次大戦時のIBM
に特有の問題ではない。
大戦中のほとんどの国のほとんどの大企業が戦争に協
力
• 枢軸国側の巨大軍需産業は解体、補償金負担などの運命に→
復活して再び軍需受注
• 連合国側の軍需産業は、ナチス協力は裁かれ、それ以外はその
後も各国の巨大な軍事費と共に成長
IBMが計算機で、大戦中の両陣営とビジネスしたよ
うに、多くの企業が戦争で利益を上げた
ちょうせん-とくじゅ 【朝鮮特需】1950年(昭和25)に勃発
した朝鮮戦争に伴って日本にもたらされた特需。日本経
済は好況に転じ、その後成長の軌道に乗った。 (大辞林
第二版 (三省堂) )
思考停止と倫理
A)
大戦前後のIBMは自らの行為の意味について思考停止に
陥っていた。 なぜか? ホロコーストを外側からしか見な
かったから。
問題を内側から思考するために(倫理の要請 吉田)
あなたは現在のIBMに就職するか?
自分でなくても、友人や家族など大切な人が就職するとしたら?
大切な人が、ホロコーストで亡くなる(っていた)としたら?
B)
あなたは収入と安定のため軍需企業に就職するか?
条件は? 現代のホロコーストに加担するとしても? 直接に現地に
派遣されるとしたら?
Wikipedia 【軍需産業】に企業一覧の一例
C)
あなたは軍需企業の製品を買うか?
買うことは、戦争・虐殺に加担することになるか?
買わないでいられるか?
ホロコーストにおける公と私
国家(公権力)による個人情報の管理
ユダヤ人の個人情報を国家が管理する。
一人ひとりに管理番号が振られる。
公によって私は消去される
ユダヤ人は名前を剥奪され管理番号のみで扱われる
公(国家)の都合のみで処理される。
名前が奪われ、管理番号のみが与えられること
→「私」が奪われ
→「公」というシステムの一部とされ
→機械的に処理される
情報技術と個人情報
IBMのパンチカードシステム
統計処理用の機械
個人情報を処理することでホロコーストに加担
現代 コンピュータによる個人情報の処理
住民情報
医療情報
教育情報
消費情報
位置情報
各種履歴
住基ネット
電子カルテ
学務情報システム
クレジットカード、電子マネー、アンケート
GPS、電子タグ(RFID)、監視カメラ
犯罪歴、学歴、信用情報
監視とは何か
「個人の身元を特定できるかどうかはともかく、
その行動を統御することを目的として、個人
のデータを収集・処理するすべての行為であ
る。」
「今日、最も重要な監視手段は、収集された
データの保存・照合・修正・処理・売買・流通
を可能にするコンピュータの機能である」
(デイヴィット・ライアン『監視社会』青土社、p.13)
監視の主体と対象
監視者は管理者 国家、行政、警察、雇用者、
学校
被監視者は、国民、市民、学生、子供、他
監視目的は、秩序維持(安全、効率)
監視者は営業主体 企業など
被監視者は、消費者、ライバル
目的は、マーケティング(各種分析、戦略)、サー
ビス
監視社会
『1984年』ジョージ・オーウェル、ハヤカワ文庫、1972
年(原作は1949年)
ベンサムの
「パノプティコン」
監視社会小説 「ビッグ・ブラザーが
(フーコー)
あなたを見守っている」p.8
「テレスクリーンは同時に受信し、発信する装置だ。・・ど
んな声を発しても・・このテレスクリーンに補足されてしま
う。・・声も行動も・・。もちろん、自分がいつ監視されてい
るのか、それを察知する方便さえなかった」p.9
ナチス、スターリン時代の旧ソ連をイメージ
RFID、電子カメラ、データベース等による電子的監
視=「超・パノプティコン」(ウィリアム・ボガード)
個人情報保護法
1980年 プライバシー保護と個人データの国際流通について
のガイドラインに関するOECD理事会勧告
プライバシー保護の8原則
1988年 「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人
情報の保護に関する法律」公布
国の行政機関での個人情報保護
2003年 「個人情報の保護に関する法律案」可決成立
民間の業者の個人情報取り扱いに関して
住基ネット導入と関連した必要性
メディア規制法との批判も
(首相官邸サイトよりhttp://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/kentou.html)
個人情報保護法 総則(目的)
第一条 この法律は、高度情報通信社会の進展に伴
い個人情報の利用が著しく拡大していることにかん
が み、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念
及び政府による基本方針の作成その他の個人情報
の保護 に関する施策の基本となる事項を定め、国
及び地方公共団体の責務等を明らかにするととも
に、個人情 報を取り扱う事業者の遵守すべき義務
等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮し
つつ、個人の 権利利益を保護することを目的とする。
個人情報の2つの側面
「有用性」と「人権」
個人情報の有用性(社会的利用)
民間 (私、公的性格も)
マーケティング ワンツーワン・マーケティング
• ワンツーワンマーケティングとは顧客一人一人を把握、その顧客のニー
ズを満たすサービスなどを提供。それにより、最大の利益を得ようとする
マーケティング手法。(■解答例■上級シスアド午前平成11年問43)
管理 従業員監視
• 「CIO」従業員監視技術を “正しく”導入する
http://www.ciojp.com/contents/?id=00003233;t=8
行政 (公)
秩序維持 監視カメラ
• 警察の監視カメラシステム「イリノイ州Bellwood の警察は、Current
Technologies Corporation のMilestone 製無線リモコン監視システムに
より全町民の安全を保証します。 」
http://www.kt-workshop.co.jp/case_camera_bellwood.htm
「監視」と表裏一体の有用性
個人の権利 (私)
「プライバシー」
「ひとりで居させてもらいたい権利」や、「私生活をみだり
に公開されないという法的保障ないし権利」
「自分自身に関する情報(個人情報)をコントロールする
権利」
人権としての「プライバシー」
憲法の拠って立つ基本的人権として(国民主権、基本的
人権の尊重、平和主義の一つ)
憲法第13条 「すべて国民は、個人として尊重される。生
命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大の尊重を必要とする。 」
まとめ
個人情報、公/私、監視
1.
個人情報の収集と利用は、公共サービス、商業的
サービスには欠かせない(有用性)
SSN、住基ネット、Nice Pass、監視カメラ
2.
3.
個人情報のコントロール権は、私的領域「プライバ
シー」の権利
個人情報の過度な公的、社会的利用は監視(最
悪の事態としては治安維持法、ホロコースト)へ
個人情報の利用と保護のバランスは?
個人情報使用のガバナンス
個人情報使用についてガバナンスの視点か
ら、もう一度考えてみよう。
グッド・ガバナンス論
• 参加、合意、説明、透明性、包含性、
実行、効果、合法性
そこで、誰が決定に参加し、誰が考慮され、どの
ようなルールが作られ、どのように実施され、そ
の決定や実施に関わる情報はどのように公開、
説明されたのか。
ナチ政権下ドイツの場合、そして現代社会
参考文献
『IBMとホロコースト』エドウィン・ブラック(小川京子
訳)、柏書房、2001年
『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル (池田 香代子
訳)、みすず書房、2002年
『監視社会』デイヴィット・ライアン、青土社、2002年
『1984年』ジョージ・オーウェル、ハヤカワ文庫、1972
年(原作は1949年)
『個人情報保護法の知識』岡村久道、日本経済新
聞社、2005年
『監視カメラは何を見ているのか』大谷昭宏、角川書
店、2006年