無料低額宿泊所問題を考える

貧困ビジネスの経済学
学習院大学
鈴木 亘
無料定額宿泊所問題
無料低額宿泊所とは何か
• 生活保護を受けて路上生活から脱した(広義の)
ホームレス達が、アパートなどの一般居宅に移る前
に、まず一時的に入所し、社会復帰を目指して集団
で生活している「下宿」。第二種社会福祉事業。
• 最近は、野宿生活に至る前のホームレス予備軍や、
病院や介護施設から退所した生活保護受給者の受
け皿としても機能。
• 建物は、学生下宿や社員寮、簡易宿泊所、旅館、
古いアパート、文化住宅などを改装したものが多い。
• 施設側は、居住スペースを提供するほかに、食事
や様々なケアを提供したり、自立に向けた就労支
援・生活支援を行なっており、生活保護費の中から
食費や雑費、施設利用料を徴収して運営を行なう。
山谷のNPOふるさとの会の各施設
NPOエスエスエスの各施設
加熱する貧困ビジネス報道
• FISに端を発した最近の毎日、朝日新聞の無料低
額宿泊所貧困ビジネス報道の過熱化。
• 宿泊所バッシングや排除論の台頭。一般居宅と入
居支援を標準モデルとすべきとの見方。
• 厚労省「無料低額宿泊所等のあり方に関する検討
チーム」
• 議員立法の動き(抱き合わせ取引事業、食事は希
望制、[食事とサービス提供に関しては生活保護費
の生活扶助の5割までという上限]、金銭管理は原
則禁止、情報公開、優良施設に対する国などの支
援[対象は2種のみ])
• この問題は、新しい問題ではなく、2000年代
初頭の問題のフラッシュバック。
• 最近は、むしろガイドラインの実施・広域化に
よって大部分が解決。むしろ特化型の宿泊所
や自立支援ホームなどの形で、より深化した
段階にあった。
• 問題が起きてきた背景としては、①生活保護
受給者や貧困高齢者急増とCW不足による監
視能力の低下・CWの交渉力低下、②ガイドラ
インという法的拘束力の弱さ、③東京都ガイド
ラインのA方式・B方式など、採算面で厳しい
規制が続いていること等、が考えられる。
宿泊所バッシング、排除は現実的か
• 宿泊所の果たしてきた役割の大きさは再認識
すべき。
• 実際に数量的な問題として、非常に大きな役
割を現在も担っている。野宿者以外の広義の
ホームレス層、介護施設不足や社会的入院退
所者の受け皿など新たな役割も。
• 対して、一般居宅・入居支援モデルは優れた
面があることは確かだが、採算性や数量的に
限界があり、代替することは困難である。あく
まで補完的関係。
• 介護における無届施設同様、排除することで
は何も解決しない。規制強化により、宿泊所
の看板を下げ、アンダーグラウンドにもぐる可
能性も(現にそのような施設も存在)。
• また、入所者の行き先が無ければ再路上化と
いう最悪の事態も。
• したがって、宿泊所をどう生かすか、どう変え
てゆくかという視点からの対策が重要。
• 問題は、どのように貧困ビジネスとされる劣悪
施設を排除し、宿泊所全体としても質を底上
げしてゆくかということ。
宿泊所が抱える制度的問題点
• 現実に、生活支援等、様々なケアが必要である
にもかかわらず、住宅扶助からしかその人件費
代を捻出できない点。貧困ビジネスと線引きが
難しいグレーゾーン。
• 高齢化に伴い要介護者が増加し、実質的な「終
の棲家」となりつつあるにもかかわらず、介護保
険が使えない(規制改革会議で要望中であった
が全く進まなかった)。
• 東京都の「自立援助ホーム」の取り組みも、無届
施設の形で、住宅扶助を1.3倍の特例で出すと
いうやり方では、制度的・法的に極めて惰弱。
ふるさとの会ホテル三晃
ふるさと東駒形荘
どのような対策・政策が必要か
• 本来は、CWが劣悪な施設を把握・判断し、
住宅扶助を認めないことで防げる点も多い
(最近の大阪のケース)。しかし、CW不足や
「借り」が出来やすい構造、入所施設不足で
監視能力・交渉力が低くなっている。
• そのために、ガイドラインの法的拘束力を高
め(例えば、省令・政令)、一定の質を担保し
た施設以外には住宅扶助の支出を認めない
措置を講じる必要がある。
• それと供に、一定のケア人員配置や設備に対
して、住宅扶助からではなく、ケアコストとして
の補助金を支給する基準を設け、質の高い施
設の採算性を増す(ケア・支援補助金)。このこ
とが住宅扶助という不透明な制度からケア費
用を明示的に切り出し、貧困ビジネスが起き
にくい構造とする。
• ケア・支援補助金は、一般居宅・居宅支援モ
デルや中間施設のアフターフォローの採算性
を増す意味でも重要な施策。
• 住宅扶助については、むしろ、住宅の質の良
し悪しで金額が変化する基準を設け、質の悪
いところも良いところも住宅扶助の上限に家
賃が張り付く状況を改善すべき。これは、一
般居宅の場合も同様に当てはまる。
• 施設整備補助金、ケア・支援補助金を受ける
代わりに、宿泊所には事業や収支の情報公
開や、施設評価(第三者評価、福祉施設評価
等)の義務化を行なう。また、自治体による定
期の立ち入り検査を実施することも認めさせ
る。
• また、バリアフリーの整備や防火設備などに
対して、施設補助金を出し、それをアメに行政
の監視ができる環境下に置くことも一案。
• ただし、立ち入り検査などは、多忙極めるCW
ではなく、住宅や介護セクションの人員も動員
する必要がある。
• 介護保険も現実的な状況に応じて、居宅とし
て利用可能にする。ただし、同一法人・関連会
社の介護業者利用には一定の規制を設け、
北海道の一部の老人下宿のような一体化し
た貧困ビジネスにならないように注意する必
要。
ケア・支援補助金のメリット
• 資源の地域偏在の解消→自立支援センター等
の法外施設や救護・更正施設等の第一種施設
は都市部が中心であり、地方には公費がほと
んど投下されないという問題。補助金が施設と
一体となっている(機関補助)ことに原因。
• 生活保護の限定性の解消→生活保護(住宅扶
助)が事実上、必要とする人々への直接補助と
して機能。ただし、まさに生活保護の受給者に
ならなければこうした恩恵が受けられないとい
う問題。
• 宿泊所の問題の解消→住宅扶助にケアコス
トが組み込まれていることが貧困ビジネスと
良質な施設の線引きが難しい要因。また、質
のコントロール・規制が難しいという問題。
• 一般居宅支援問題の改善→アパート等一般
居宅への転宅に対して、その支援にはほとん
ど補助金が存在せず、量的に拡大しないとい
う問題。住宅扶助に込みにされると、宿泊所
同様、質の低い住宅が住宅扶助費上限で提
供される問題(大阪あいりん地区、東京山谷
地区周辺で広範に見られる)。
ケア・支援補助金の財源をどこに求め
るか
• セーフティーネット対策費の活用が一番直接
的か。そもそも第一種施設や自立支援セン
ターではアフターフォローが予算化している
ので、その援用という形が現実的か。また、
本来CWがやるべき仕事の代替という意味で
は、自治体単独予算も筋である。
• また、住宅扶助の削減が財源となる可能性も
ある。
• また、アフターフォローの費用対効果が高いと
いう点も重要。鈴木亘(2009)「脱路上生活者
の就労継続期間の分析」「季刊社会保障研
究」(国立社会保障・人口問題研究所)第45
巻2号では、3.8倍の費用削減効果。
• ケア・支援補助金をどういった内容に支出す
べきか、いくらにすべきか、検討も必要。宿泊
所のケアコストについては、大阪市立大学都
市研究プラザの稲田七海によるタイムスタ
ディーによる萌芽的研究がある。
家賃補助(バウチャー)への政策転換
• もう一つ普遍化として本来考えるべきは低所
得者への住宅問題。生活保護(住宅扶助)の
枠内では、対処ができない問題をはらむ。我
が国における自治体の家賃補助政策は、非常
に貧弱。
• こうした問題は、欧米諸国が行なっている利用
者への家賃補助政策に切り替えるという方向
性が望ましい面も。
• その際、フランスが行なっているように、家賃
補助を受けることができる住宅に一定の質基
準を課すことが望ましい。
• 現状の限定された対象者にしか支給されない
住宅扶助を、ドイツのように生活保護制度か
ら切り離し、家賃補助政策の中に組入れるこ
とも一案である。また、やはりドイツが行なっ
ているように、生活保護よりも緩い所得基準を
設定し、家賃補助が受けられるという「資格制
度」を採用することも一案
• また、アメリカなどの諸国で採用されているよ
うに、低所得者が家賃を別の目的の支出に
使わないために、使途を限定する「バウ
チャー制度」の導入も望ましいと考えられる。
• その他のメリットとして、地域偏在への対処
(ハコモノと一体ではない直接補助なので、ど
んな地方でも支援可能)、公営住宅の利用促
進(家賃補助により高い家賃を取ることができ
るため、自治体も利用に積極的になる)、質の
確保された民間賃貸住宅の新規供給増(家
賃補助により、採算性が増すために供給増。
また、家賃補助により家賃不払いのリスクが
低くなることも重要。家賃不払いの保障を公
的に付けることも一案)
• 東京都の地域生活移行支援事業を積極評価
すべき。過渡期には住宅扶助単給付も一考。
課題
• 節電対策で、授業回数が少ないために、教科
書を読むという課題を出します。
• 今回の無料定額宿泊所問題は、介護の無届
施設と大変似た構造となっています。教科書
5章の1節、2節をよく読むこと。試験範囲とし
ます。
逸脱する病院ビジネス
病院の貧困ビジネス
• 2008年6月に奈良県大和郡山市で、診療報
酬詐欺事件として摘発された医療法人雄山
会「山本病院」の事件。
• 架空診療報酬を請求。必要のない手術を行っ
て患者を死亡させた業務上過失致死事件。
• 食い物にされた人々の多くは、元ホームレス
の人々や高齢の日雇労働者で、現在は生活
保護受給者となっている患者達。
• そうした患者達に対して不必要で膨大な検査・
手術を繰り返し行なったり、長期入院患者の診
療報酬が制度的に引き下がってしまうために、
同種の病院ネットワークを使い、患者を短期間
で繰り返し転院させて診療報酬を荒稼ぎしたと
される。
• また、患者の意思や病状を無視し、診療報酬
が高いが危険な心臓カテーテル手術を、月20
件のノルマを掲げて実施していた。
• その中には相当数の不必要な手術、死亡例が
存在しているとみられる。
山本病院は氷山の一角
• 実は山本病院は、こうした病院ネットワークの
「下流」、いわば場末の病院。
• はるかに実入りの良い貧困ビジネスは、「上
流」の大阪市とその周辺にある病院が行なっ
ている。
• こうした病院ネットワークは、「行路病院(行旅
病院ともいう)」と呼ばれる種類の病院が多い。
• ホームレスの人々や高齢の日雇労働者が、
心筋梗塞や脳梗塞などで路上で倒れた場合
に、救急搬送先となる。
• その場合、「急迫保護」といって直ぐに生活保
護にかけ、生活保護費から医療費(医療扶
助)を支出できるようにする。
• こうした生活保護受給者の患者のほとんどは、
こうした病院の転院ネットワークの中でたらい
まわしにされ、その一生を終えてしまう。
なぜ行路病院問題が起きるのか
• 4つの要因。
• 第一に、ホームレスの人々や、高齢で仕事が
なくなった日雇労働者に対する診療の利益幅
が非常に大きい。
• 既に学んだように、ホームレスの人々、高齢
の日雇労働者は、長年、路上生活や不安定
な生活を続ける中で、糖尿病や高血圧、肝臓
病などの慢性疾患を患っている一方、医療保
険証を既に所有せず、持病を長年放置。
• 救急搬送された場合には、手術や検査などで
多額の診療報酬を請求できる重篤な病状。
• その後も検査で新たな病気を発見して治療を
する余地はいくらでもあるため、過剰な検査・
治療を行なうことの名目が立ちやすい。
• このため、最初に救急搬送される病院以外に
も、第二、第三の転院先でも、十分に検査や
治療を行なうことができ、十分な実入りを確保
出来る。
• 第二に、生活保護制度は、患者自己負担が全
く発生しないために、モラルハザード(患者、医
療機関の双方)が起きやすい。
• 医療扶助は自己負担がないため、過剰な検
査や手術に、本人、家族が文句を言わない。
• 患者側も、病気が原因で生活保護にかかって
いるため、たらいまわしを拒否した場合、病院
から追い出されるだけではなく、生活保護も同
時に打ち切られる可能性が高い。
• このため、過剰な検査、手術に苦しみながらも、
それに甘んじざるを得ない。
• 第三の背景は、行政側の診療報酬請求に対
するチェック体制の不備。
• 電子化されたレセプト情報を個人ごとに過去
から繋いでチェック(縦覧点検)ができない現
状。
• 生活保護行政を行なうケースワーカーには、
専門知識のある医療関係者がほとんどおら
ず、なかなか診療内容にまで立ち入る検査が
出来ないという問題。
• 第四に、行政と行路病院のもたれあいの構造。
抜本的対策をどうするか
• 4つの対策。
• まず第一に、レセプトの電子化をすすめ、
チェック体制を強化。生活保護受給者の比率
が高い病院への立ち入り検査を強化し、必ず
医療関係者を伴って厳重にチェックをする。
• 第二に、行政側も、行路病院などの特定の病
院だけに、ホームレスや日雇労働者の治療を
任せるという方針を改め、一般の病院がこうし
た人々を受入れやすい体制を作るべき。
• この点で、お手本になるのが川崎市の事例。
• 特定非営利活動法人・川崎水曜パトロールの
会を中心に、「協力謝金」という制度が創設。
• また、ホームレスが裏口から入れるように、裏
口にシャワー室を設置し、その設置費に補助
金がおりる制度も整備。
• 第三に、ホームレスの人々や高齢の日雇労
働者に対する医療機関アクセスの改善。
• 「無料低額診療所」の増設と、ミーンズテスト
付きの国保保険料の無料化。
• 第四に、生活保護制度自体の改革。
• 一つの方向は、医療扶助という仕組みを改め、
生活保護受給者であっても、保険料と自己負
担を生活保護費から支出し、国保に加入し続
けられる制度とする。
• 現在、国保を運営する自治体にとって、保険
料の払えない貧困世帯を無理に国保に留め
るよりも、生活保護受給者になってもらうこと
にインセンティブがある。
• 国保の場合、保険料減免はほぼ自治体負担
となるし、貧困な人々の医療費も半分は自治
体負担である。
• 一方で、彼等が生活保護受給者となった場合、
医療扶助費は4分の3が国費、残りの4分の1
も地方交付税で措置されるため、事実上全額
が国費負担となる。
• そのため現在は、自治体が安易に無保険者
を放置し、生活保護受給者にしてしまうモラル
ハザードが生じている。
• 国保からみた加入者の健康状態の決定
限界的管理費用
削減と限界的医
療費
M1
A
E1
F
M2
M1
E2
M2
A
H1
H2
加入者の平均的健康
水準(悪化)
• もう一つの方向性は、医療扶助のアクセスコ
ントロール。
• 本来、医療扶助は医療券によるアクセスコン
トロールが存在するはずであるが、福祉事務
所に医療専門家がいないため、有名無実化。
• 自立支援プログラムによって、健康改善を行
うための家庭医を指定し、その家庭医の指示
と管理の下で、専門医療機関にかかるように
する。
• 自己負担を課すよりも、アクセスコントロール
の方が現実的と考えられる。
課題2
• 節電対策で、授業回数が少ないために、教科
書を読むという課題を出します。
• 教科書2章「子ども手当は子どものためか」を
よく読むこと。試験範囲とします。