発展途上国と立山町地域活性化支援から感じたこと

学びあい大学講座
社会貢献を考えよう:
発展途上国と立山地域活性化
支援で感じてきたこと
2010年10月20日
立山町地域おこし協力隊
小島 路生
ツイッター @michio_kojima
ずっと、感じてきたこと・・・
自分は社会のため何か
できる人になりたい!
でも一人じゃ何もできなかった。
いままでも、そして現在も。
自分のいままでを振り返って・・・
小学校のころ(横浜の新興住宅地で育つ)
夏休みの家族旅行
山が好きだった!
これが後に立山に
来るきっかけに!
1986年尾瀬にて
中学生のころ
(横浜市)
入学式(1987年)
サッカー部
時代
高校生のころ
(横浜市)
サッカーしか
してなかった時代
1993年4月
東京で大学入学
平凡な4年間にな
るはずが・・・。
大学2年の頃
阪神淡路大震災
神戸での震災
ボランティア
(1995年1月)
大学2年の頃
フィリピン訪問:
大学生との交流
(1995年3月)
アジアとの出会い
大学4年のころ
ネパールでの国際交流
(1996年9月)
学校へ行っていない
子供との出会い
大学時代の原体験
震災・途上国の貧困に
何もできなかった。
将来は社会貢献ができる人になりたい
発展途上国のために働きたい
1997年大学卒業、そして・・・
アメリカ大学院留学時代
1997年~1998年
発展途上国の
教育問題を専攻
大学院修了後
「インドネシア」へ
インドネシア
インドネシアでのインターン
ただ働き時代
(ユネスコ ジャカルタ事務所)
1999年
ストリートチルドレン支援の
事前調査
青年海外協力隊として「グアテマラ」へ
中米グアテマラ
マヤ文明の末裔
先住民族の国
青年海外協力隊
(中米グアテマラ)
1999年~2001年
教員研修の様子
教育支援の仕事
教員研修の企画、図書館設立
貧しい子供たちと
図書館の様子
グアテマラの小学校①
グアテマラの
小学校②
(コミュニティスクール)
私事で恐縮ですが・・・
その頃
まだ出会っていない
将来の我が妻(裕子)は?
社会人のころ
東京都中央区役所勤務
度重なる海外旅行の末に・・・
タイ・プーケット
母とタイ・バンコクにて
NY
青年海外協力隊
(スリランカ)
1999年~2001年
スラムの住宅改善
職場の同僚とともに
貧しい女性の銀行
食べすぎで太って
しまったことも・・。
内戦、爆弾テロ・・・。
でも両親もはるばるやってきた!
ポロンナルワ遺跡にて
デング熱で
入院した
ことも・・。
そして・・・。
妻、2001年10月に東京にて
国際協力機構(JICA)へ勤務
私、2002年4月に
同じく国際協力機構へ勤務
2003年 二人ともJICA業務でホンジュラスに赴任
2007年まで4年間住むことに
Copan
Ocotepeque
Lempira
Sitios del Proyecto
Intibuca
N
W
100
0
100
E
200 Kilometers
S
首都テグシガルパ
中米ホンジュラスは
こんなところ
コバルトブルーのカリブ海
カヤスコチーノ島にて
古代マヤ文明・コパン遺跡
ホンジュラスでの
妻の仕事
2003-2004
国際協力機構
貧困女性のための小規模
起業支援プロジェクト
農村部の活性化のため、
貧困層の女性が自分で
起業する機会をつくる
仕事です。
ホンジュラスでの
僕の仕事
2003-2007
国際協力機構
シャーガス病対策プロジェクト
この虫が引き起
こす感染症の
対策です。
シャーガス病って何?
• 吸血性カメムシで感染する中
南米のみにある伝染病
• 中南米で2000万人が感染
• カメムシは貧困層の家屋に
住み人を刺すことで感染
• 原虫が体内に入り増殖、心
臓疾患などを引き起こし、死
に到ることもある
• 対策法は、家屋内殺虫剤散
布と教育・啓発活動
シャーガス病の感染する家
一方、プライベートでは・・・
ホンジュラス国 コパン遺跡にて
2004年7月
結婚しました
(横浜にて)
結婚式一週間前
2人で一時帰国。
そして式4日後に
ホンジュラスに戻る。
2006年3月 長女結菜誕生(千葉にて)
生後4ヶ月でホンジュラスに
連れて行く。
外国での子育ては
本当に大変!
2007年7~9月 転職・家族で転勤
子連れ引越しは大変だった!
中米ホンジュラス → 千葉 → インドネシア
2007年 国連(ユニセフ)職員に!
インドネシア国ジャカルタ
インドネシアの教育支援の仕事
インドネシア国パプア州の小学校にて
インドネシアの小学校①
インドネシアの小学校②
インドネシアの小学校③
インドネシアの小学校④
2007-2009 インドネシアの色々な場所で
アチェ州にて
パプア州にて
2009年10月 西スマトラ地震 10日後現地入り
ユニセフによる
小学校の復興支援
学校テント配布・設置
私が発展途上国で感じたこと
この10年間いろんな国に住んだけれど、
感じたことは、実は単純明快。
人間は言葉や表現、文化、宗教などは違うけど、
嬉しければ喜び、腹が立てれば怒る、
不幸があれば哀しみ、そして楽しいことが大好き。
人間はみんな同じなんだよ。
どこでも子供は宝物だった
ボリビア
ホンジュラス
インドネシア
グアテマラ
この10年間 海外から日本を見ていて・・・
あれ?日本の元気がなくなってきているようだ。
特に地方の元気がなくなってきている。
発展途上国の仕事も大切だけど、
自分の国、社会にもっと貢献したい。
あれ、「地域おこし協力隊」って始まったんだ。
富山県の立山町から募集が出てるぞ。
ということで、2010年4月
立山町で地域おこし協力隊になりました。
地域おこし協力隊とは?
• 2009年度から始まった、総務省の事業
• 地域活性化への貢献を希望する都市住民が、
報酬付きで地方農村部の過疎地域へ移り住
み、その担い手として活動
• 任期は最長3年間。
• 人口減少や高齢化が著しい地域・地区に住み、
農林水産業の応援、住民の生活支援など、地
域の力を維持するための協力活動を実施
(総務省ホームページより)
富山県立山町の課題
市街地
生活の場
西側
課題
人口減少・過疎化 生活の場と
観光の場を繋ぐ
里山地域
里山の地域活性化
「立山黒部
アルペンルート」
観光の場
年間100万人観光客
東側
立山町 里山地域
新瀬戸地区の現状




人口の流出:10年間で18%減
地域の拠り所である保育所・小学校が廃校の危機
諦めムード。住民が地域への誇りを失いかけている
地域の住民の危機感の高まり
→ 総務省「地域おこし協力隊」受け入れ(今年4月)
→ 住民組織「魅力ある新瀬戸地区を考える会」発足
人口減少対策・地域活性化を話し合う
どのような地域社会
を目指すのか?
 住民が地域の魅力を再認識し、「地元への絆と
誇り」を持ち続けられること
 美しい里山の景観を後世に継承する(地域残し)
地域おこし協力隊での取り組み①
一人暮らしの高齢者の見守り
地域おこし協力隊での取り組み②
移住・交流事業(農家ボランティア、農業体験)
地域おこし協力隊での取り組み④
地域でのイベント企画(婚活、陶芸、アイス作り)
地域おこし協力隊での取り組み③
こころのお米プロジェクト(都市貧困層への支援)
今、感じていること・・・
立山の地域活性化に貢献したい!
この半年いろいろ試したけれど、
一人じゃ何もできない。
いろいろな方とつながったら
何かできるかもしれない
今後は立山の里山で・・・
「農・食・自然・アートによる『人の輪』創造」
①市民農園&新規就農
「農」
里山で「人の輪」「お金の循環」「雇用」
の創造
②交流事業・地域活性化イベント
「農・自然・食・アート」
③富山・立山の
地域ブランド
「食」
最後に・・・
現在、地域おこし協力NPO
「立山こころビレッジ」設立準備中
一緒に協力してくれる方募集中!
ご清聴ありがとうございました
[email protected]