2010年2月7日 日本物理学会講演会 産学連携のバトンゾーンと キャリアパス 独立行政法人理化学研究所 知的財産戦略センター 丸山 瑛一 1 わが国の産学連携の問題点 • 大学発ベンチャー1000社の出口不明 • ポスドク1万人計画の結果、生れた16000 人以上のポスドクの就職不安定 • 大学発技術の産業界への移転システムが 確立していない • 大学にTLOができたことが産業界との自 由な情報交換を妨げる場合がある 技術移転の基本的な考え方 • 産学技術移転の主役は産業界であって、 大学ではない • 技術移転を陸上競技のリレー競争に譬え ればバトン(研究成果)の渡し手(大学・公 的機関)と受け手(企業)は移転プロジェク ト(バトンゾーン)において、同一期間・同一 方向に全力で併走しなくてはならない • しかし現状では多くの移転プロジェクトが、 このような条件を満たしていない 3 理研と企業の役割分担 • いわゆる「死の谷」は企業が新製品開発におい て日常的に遭遇する現象であってことさら珍しい ものではない • したがって死の谷の克服と製品性能の保証は企 業側の全責任で行うべきものである • これに対し、技術的問題の解決は理研の責任で ある • このように役割分担を明確化することによって技 術移転が円滑におこなわれる 4 技術移転のバトンゾーン ・融合的連携研究プログラム ・連携研究センター ・技術コンソーシアム 陸上リレー競技における“バトン・ ゾーン”のように、バトンの渡し手 と受け手が併走する領域が技術 移転においても必要である 5 融合的連携研究プログラム 参加企業側応援団 研究テーマ ロードマップ・販売計画 チームリーダー 製品化 企業 融合的連携研究プログラム (バトン・ゾーン) 理研 副チームリーダー 知的財産・論文・特許実施料 研究設備・協力研究者・研究支援システム 理研側応援団 6 理研におけるバトンゾーンの構築 • 「融合的連携研究プログラム」は理研の技術移 転プログラムである • チームリーダーは企業側技術者が務める • 副チームリーダーは理研研究者が務める • プロジェクトテーマは企業・理研の共同提案であ る • プロジェクトの採否は秘密保持契約のもと、 プログラムマネージャーを長とする理研の小委員 会で決定する 7 プログラムマネージャー(1) • プログラムマネージャー(PM)は提案の採 否・人事の決定および変更・予算の認可・ テーマ修正・プロジェクト中止・苦情処理等 に関する強大な権限を有する • プロジェクト運営に伴うすべてのトラブル (技術的問題を除く)処理はPMの責任で 対応する 8 プログラムマネージャー(2) • PMにはプロジェクト進行過程のあらゆる“もめご と”が集中する • 典型的には企業と理研との間の権利の持分であ る • 特許出願が共同か単独出願であるか、単独出願 の場合、共同研究相手にいつ内容の了解をもら うか、約束に違反した場合のペナルティーをどう するか、も深刻な問題になる • 研究者の外部発表を企業側が承認するプロセス も重要な了解事項である • これらの問題は当事者同士の話し合いでは解決 できない 9 【産業界との融合的連携研究プログラム】 年度 研究チーム名 次世代ナノパターニング研究チーム ナノ機能材料研究チーム 複合機能発現材料研究チーム 連携企業 H17 2005 H18 2006 H19 2007 H20 2008 H21 2009 H22 2010 東京応化工業㈱ SUMCO TECHXIV㈱ 東レ㈱ 高効率LEDデバイス研究チーム パナソニック電工㈱ エラストマー精密重合研究チーム ㈱ブリヂストンほか テラヘルツ生体センシング研究チーム キヤノン㈱ 高感度長波長光センシング調査研究チーム 日本電気㈱ ナノ粒子測定技術研究チーム ㈱島津製作所 次世代移動体通信研究チーム ㈱カオスウェア 応用質量分析研究チーム ㈱島津製作所 有機発光材料調査研究チーム H16 2004 成果の 新聞発表 キヤノン㈱ ~H24FY 植物微生物共生機能研究チーム 人工臓器材料研究チーム 診断バイオチップ調査研究チーム 界面ナノ構造研究チーム ㈱前川製作所 ㈱サンセイ ~H23FY 大日本印刷㈱ 東京応化工業㈱ ~H23FY 政策提案 • わが国の産業競争力を強化し、大学に過度の負担をか けないために、産学公が協力して、「バトンゾーン」を構 築する • バトンゾーンの場所は公的研究機関に設置し、技術移 転プロジェクトは民間企業が主導し製品化の責務を負う • プロジェクトの総合的運営は中立的で強力な権限を有す るプロジェクトマネージャーが担う • プロジェクトにはポスドクを積極的に採用する • 大学発ベンチャーはバトンゾーンで民間企業と協働し、 事業化の出口を探る • バトンゾーンの体験をとおして産学連携のリーダーと研 究者の育成を行う 11 理研ベンチャーの出口 • ベンチャー企業が単独で中堅企業にまで成長 することは容易ではない • もっとも望ましいのは中堅企業と連携してその企 業が持たない新しい技術分野参入の路をつける ことである • これはお互いに大きなメリットがあるので、理研 ベンチャーにはなるべくその方向を選ぶことを勧 めている • 実際、理研ベンチャーの「OMケムテック」がブリ ヂストンに吸収された例がある 12 ポスドクと企業とのお見合いの場 • ポスドクが単に体験的に企業と協働するだけで は、深い企業理解が得られない。自分の貢献が 企業の成果に反映されてはじめて、自分の潜在 的力量が認識できる • 企業は技術移転の現場で発揮されるポスドクの 力量を目の当たりにしてはじめて自社の技術要 員としての期待をもつことができる • いずれにしても相互に相手を再認識する機会と 場が必要である 13 企業からの参加者の感想 • 企業がもつ独自の文化のなかにずっといたのでは、 大きな発展は望めない。異文化との相互作用が必 須だ。その点からも異なる分野の理研と連携する 「融合的連携研究プログラム」は、企業文化を変える チャンスとなる。 • 理研の技術シーズから、われわれ企業側は新たな ニーズを見いだしてゆく。逆に、企業側が見いだした 新たなニーズにより理研のような研究機関で技術 シーズの創成が促される。そのようなシーズとニー ズが拡大循環していく連携のモデルとなるよう、研究 を進めていきたい。 14 理研の参加者の感想 • 成果の具現化として試作品を理研展示室に飾る ことができました。10年前、試験管で生れた素材 が、ここまで育ったのか、とじつに感慨深いもの があります。私が経験した理研の研究制度のど れかひとつでも欠けていれば、今日にいたらな かったと、断言できます。(プログラムに参加した 任期制研究者) • 基礎研究に携わっている研究者でも自ら社会や 産業に貢献しようという意識をもつだけで、研究 に遣り甲斐と面白みが増してくるものです。幸運 にも素晴らしいスタッフに恵まれて早くも目覚しい 成果を得ることができました。(プログラムに参加 した定年制研究者) 15 融合的連携研究プログラムの実績 • 融合的連携研究プログラムがスタートしたのは 2004年あるが、これまでに目覚しい成果が生ま れている • 企業サイドのリーダーが自社にもどって、欧州の 関連企業の社長に昇進した • 理研サイドの研究者が連携企業のプロジェクトリ ーダーに採用された • 理研サイドの研究者が企業研究者と組んで新し いベンチャービジネスを立ち上げた 融合的連携研究プログラムの研究成果 1 複合機能発現材料研究チーム(東レ(株)) 従来品の2倍以上に性能・耐久性が向上した光触媒 コート材料を開発。 フラーレンをポリマーに混合することにより、汚れだけで なく、ポリマー自身も分解されてしまう劣化の問題を解消。 フラーレン酸化物誘導体 ポリマー 酸化チタン 介護衣料への 応用展開の可能性 光触媒コート剤の基本構成 次世代ナノパターニング研究チーム(東京応化工業(株)) これまで達成できなかったナノメートルレベルの 半導体パターニングを可能とする保護膜剤を開発。 開発した保護膜剤 微細化を必要とする幅広い産業において、 微細化プロセスの高度化に貢献。 エッチング エッチング レジスト 保護膜剤 基板 半導体メーカーへの 事業展開を目指す 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議 (Nano Tech 2007)ナノテク大賞を受賞 17 融合的連携研究プログラムの研究成果 2 次世代移動体通信研究チーム((株)カオスウェア) 現在の携帯電話の50倍以上の高速・大容量通信を 可能にする高精度電波分離技術を開発。 混 信 量 の 比 較 従来のCDMA方式 : 分離後に混信が残る カオスCDMA方式 : 分離後に混信が残らない 大容量通信が可能な次世代携帯電話、 ITSなどへの実用化、国際標準化を目指す。 オルガテクノ2007 (世界で唯一の有機テクノロジー専門展) 新技術部門賞を受賞 テラヘルツ生体センシング研究チーム(キヤノン(株)) 2007年(平成19年)8月31日(金) 日本経済新聞 (12面) テラヘルツ光を使い、タンパク質やDNAを生体内の 状態で測定する技術を開発。 タンパク質やDNAを含んだ溶液を伝送路に垂らし、 テラヘルツ光を照射して検出する簡便なシステム。 従来は生体内の状態で測定できる技術がなかった。 病状を調べる臨床診断への応用を目指す。 18 融合的連携研究プログラムの研究成果 3 エラストマー精密重合研究チーム(ブリヂストン(株)) 低燃費・環境にやさしいタイヤを実現する 新規ガドリニウムメタロセン錯体触媒を開発。 日刊工業新聞 2008 年2 月11 日(月)14 面 タイヤ原料である ポリブタジエンゴムが 超高シス構造となる。 ↓ タイヤを構成するゴム材料の耐 久性が向上 ↓ タイヤの軽量化などにより 省資源化・車両燃費が改善 ↓ CO2削減に貢献 高効率LEDデバイス研究チーム(パナソニック電工(株)) 日経産業新聞 2008 年 7月 7日(月)8 面 窒化物半導体(InAlGaN 4元混晶)で高効 率、深紫外の波長域の光を実現。 殺菌効果が高い波長280nm の紫外光を、 世界最高出力10mW で発する発光ダイ オードを開発。 殺菌、医療、生化学産業、公害物質の分解 処理などの各応用分野への展開に期待。 19 オープンイノベーションの実現の 場の提供 • 「オープンイノベーション」は参加企業にと って、自社の企業秘密が漏洩する危険も ある • これを防止するためには、外部情報はでき る限り広範囲に獲得できるが、自社の秘密 は流出しないような仕組みが必要である • 公的研究機関はそのような仕組み作りが 可能な最良の場所である 産業界との連携センター制度 • 2007年2月制定 • 企業からの提案をもとに中・長期的な課題 に取り組む連携研究制度で、理研の関連 研究センターに所属 • 企業名を冠につけるることが可能 • 研究資金は企業が負担する(1件約1億円) が、理研サイドの研究者の人件費、設備 等は理研が負担 BSI-オリンパス連携センター • 理研BSI(脳科学研究センター)とオリンパス ㈱の連携でバイオイメージングの研究を行 う 2007年6月発足 • BSIの脳科学に関する知見とオリンパス の光学技術を中長期的に連携させることで 新技術の開発・普及を実現し、世界の先端 研究に貢献する 理研ー東海ゴム 人間共存ロボット連携センター • 理研BMC(バイオ・ミメティックコントロール 研究センター)と東海ゴム工業㈱の連携で BMCが開発したRI-MANロボットを介護支 援に適用する 2007年8月発足 • 2012年を目標に介護ロボットのプロトタイ プを完成させる 理研BMCが開発したロボット「RI-MAN」 RI-MANは、高さ158センチ、重さ約100キロ、全身が厚さ約5ミリ の柔軟なシリコーン素材で覆われ、また、頭部3自由度、両腕部 各6自由度、腰部2自由度、台車部2自由度で構成されている。さ らに、全身5箇所の柔軟な面状触覚センサや、視覚、聴覚、嗅覚 などのセンサ機能を持ち、階 層型分散処理ネットワークでセン サ情報処理機能とモーター制御機能を統合している。 BSIートヨタ連携センター • 理研BSI(脳科学研究センター)とトヨタ自 動車㈱、㈱豊田中央研究所、㈱コンポン研 究所との連携で脳科学と技術が一体化し た成果を目指す 2007年11月発足 • テーマの創出・評価・改廃などを行う企画 戦略機能を組織の中に有する 試作したBMIによる電動車いす制御シ ステム (キュワン・チェ博士提供) 右上図:電極装着状態を上から見た写真;○で囲ん だ5つの電極を使用 ノートパソコンをベースとしたシステムを搭載。 理研ベンチャー • 戦前の理研は「理研産業団」として63社の 企業と121の関連工場を擁していたという • 現在の「理研ベンチャー」は1998年に制 定された制度で2009年時点で25社が活 動している • 理研ベンチャーに認定されると年1回の報 告義務があり、認定要件から外れると認定 を取り消されることもありうる 理研ベンチャー一覧(分野別:平成21年3月末現在) 工学系 (10) 生物科学系 (13) (株)メガオプト (1998) 高性能レーザーの技術開発、製 造販売 (株)先端力学シミュレーション研究所 (1999) 成形加工用非線形解析ソフトウェアの 開発、販売 新世代加工システム(株) (1998) 鏡面加工用精密機器、加工機器 の研究開発、製造販売 (有)高速計算機研究所 (2000) 分子動力学シミュレーション専用計算機、 関連ソフトウェアの開発、販売 (株)フューエンス (2002) 蛋白質などの生体高分子の機能 構造の研究、応用に関する技術、 製品の開発製造販売 (有)VCAD ソリューションズ (2005) VCADソフトウェアの配布、サポート、開 発、販売等 ワイコフ科学(株) (2003) 超微粒子の分析、装置、電子関連 素材の開発、製造販売 (有)アイサイヴ (2005) 科学技術関連のシミュレーションに関す る技術コンサルタント (株)メディカルイオンテクノロジー (2004) イオンビーム照射による生体適合 性を持つ人工硬膜等の医療・生体 材料の開発 (株)トライアルパーク (2007) ものづくり仮想試作技術支援サービス 化学系 (1) FLOX (株) (2005) フラーレン酸化物を原料としたナノ物質 の研究・開発・製造・販売・コンサルティ ング業務 (株)ナノメンブレン(2007) 燃料電池関連商品の製造、販売 (株)理研セルテック(2008) 幹細胞培養プロセスの自動化 情報技術 物理系 (1) (株)日本中性子工学(2005) 中性子光学素子、測定器のコ ンサルティング・製作請負 (株)理研ジェネシス(2007) 遺伝子受託解析、遺伝子解析システム (株)コンソナルバイオテクノロジーズ (2008)バイオチップ部材及び関連機器等 の製造・販売と受託解析 ブレインビジョン(株) (1998) 脳活動実時間観察装置、脳型コンピュータ関 連技術開発、製造販売 (株)ダナフォーム (1998) 遺伝子塩基配列解析等バイオテクノロジー 関連技術の開発、同製品の製造販売 セルメディシン(株) (2001) 自家腫瘍ワクチンの研究開発、製造販売、腫 瘍免疫関連細胞培養方法開発、技術指導等 (有)テクノフローラ (2002) 抗肥満・抗高脂血症薬、抗糖尿病薬等の開 発販売 (株)インプランタイノベーションズ (2003) 植物におけるSNPを利用した遺伝子マッピン グの受託解析業務及びFOX hunting systemを用いた植物遺伝子の機能解 析受託業務と有用遺伝子特許の獲得・販売 (株)カイオム・バイオサイエンス (2005) 医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、診断用 試薬、検査用試薬、バイオテクノロジー研究用 試薬及び工業製品の研究開発、製造、販売及 び輸出入 タグシクス・バイオ(株) (2007) 人工塩基対テクノロジーを用いた試薬・診断薬他 (株)レグイミューン (2007) 免疫制御リポソームの実用化開発及び普及 (株)動物アレルギー研究所(2007) 動物アレルギーの検査受託、創薬支援 理研を日本企業共通の 基礎研究所に • 理研は野依理事長の指導で戦前の「大河内理 研」の再現を目指している • つまり「基礎研究と産業応用の共存」である • バブル崩壊後、日本企業は自社の基礎研究を 縮小する傾向にあり、未来志向の技術開発に不 安を残している • 理研は共通の基礎研究所を実現することによっ てわが国の産業基盤と科学研究を支えたい
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