惑星気候学 -- 簡単理論から大気大循環モデルまで -石渡正樹(北大・理) 1 はじめに 2 気候いろいろ • 多様な気候: 惑星, 昔の地球, 系外惑星, … • それらを大雑把で良いから同じ土俵で考えたい • 地球の気候の安定性 : 「地球らしい気候が出現する条件 は?」 金星の図 : http://www.solarviews.com/browse/venus/venusmar.jpg 地球の図 : http://www.solarviews.com/raw/earth/earthx.jpg 火星の図 : http://www.solarviews.com/raw/mars/mars060.jpg 3 地球的な気候が得られる条件は? • 「地球はどこまで地球か?」 • 地球的な気候 = 海洋が存在し得る状況 • 気候の太陽定数依存性 – 暴走温室状態, 全球凍結状態, 解の多重性, 分 岐現象・臨界値の存在 – 地球らしくない気候を調べる – 安定性 • こんなこと分かって役にたつのか? – 知らない世界を想像するための基礎資料 4 気候状態の記述 • いろんな複雑度のモデルが使われる – 鉛直1次元モデル – 南北1次元モデル – 南北-鉛直2次元モデル – 領域3次元モデル – 球面3次元モデル(大気大循環モデル:GCM) 5 1次元モデルを用いた暴走温室状態 の記述 6 暴走温室状態の話 • 暴走温室状態とは – 大気が射出できる以上の入射エネルギーフラック スが与えられた状態 • 形成期の地球は暴走温室状態にあったかも – 地球型惑星大気の形成論 • Matsui and Abe (1986) • Abe and Matsui (1988) – 微惑星の衝突 – 水蒸気大気の形成 7 地球の放射と太陽の放射 • 地球の放射と太陽の放射を わけて考える • プランクの法則 – 温度 T の黒体が射出する放 射量は σ T^4 地学図表(浜島書店) 8 平衡状態を決定する条件式 • 入射する放射 = 射出する放射 9 「0次元モデル」的考察 • 1つの温度の値を決めることを考える • 代表的な温度の値を決める議論 10 大気無しの場合 : 有効放射温度 • 地表面の放射収支 – アルベド(反射率) A :太陽放射が反射さ れる割合. S (1 A)re 4re Tg 2 Tg 4 2 4 S (1 A) F 4 小倉(1999)一般気象学 S (1 A) F 4 1/ 4 Tg 4 11 大気 1 層モデル • 1 枚ガラスモデル(大気 1 層モデル) – 大気は太陽放射に対し ては透明, 地球放射は 全部吸収する 地表面と大気層の放射収支 4 4 g a T 2T F Ta Tg 4 4 TaとTgの解 Ta 4 F Tg 2 4 Te F 21/ 4 Te 12 多層モデル • 同様にして, 各層の放射収 支を考えると Tg (n 1) Te 1/ 4 小倉(1999)一般気象学 13 灰色放射 • ガラスの「厚さ」も考慮する • 平行平面、灰色放射の仮定 dz 2 dF F B 3 d 2 dF F B 3 d 4 B T 14 鉛直1次元的な考察 • 地球大気の温度鉛直構造 小倉(1999)一般気象学 15 成層圏モデル • Komabayashi (1969), Ingersoll (1969) – – – – 成層圏の下端で飽和 成層圏では水蒸気のモル分率(比湿)が一定 放射平衡した成層圏 灰色放射 • 吸収係数が波長によらない. • 解はどのように決まるか? – – – – 成層圏界面の温度を決める 圏界面で飽和の条件から水蒸気量が決まる 成層圏内の水蒸気分布決まる 放射平衡を仮定して温度分布を求める. 16 成層圏モデルの結果 • 成層圏を通過できる放射量には限界がある. 17 鉛直 1 次元放射対流平衡モデル • Nakajima et al (1992) – ある 1 点, もしくは水平平均場の鉛直構造を考え る – 大気成分 : 水と乾燥空気 – 飽和した対流圏と放射平衡した成層圏 – 灰色放射 • 日射には透明 • 赤外放射には灰色 ( κ=0.01 Kg/m^2) 18 鉛直 1 次元モデルの計算手順 • 表面温度を決める • 地表から湿潤断熱線を引く • 放射フラックスを計算し, だいたい放射平衡になるレベルを 見つける. • そのレベルを圏界面とし, その上の成層圏は放射平衡より温 度を決定する. 19 鉛直 1 次元放射対流平衡モデルの 結果 • Nakajima et al (1992) 20 暴走温室状態に至る大気構造 21 まとめ:暴走温室状態の定義 • 成層圏を通過できるフラックスには限界がある. • 対流圏が射出できるフラックスには限界がある. • これらの放射限界のうち小さい方が大気放射量の 上限値となる • 放射量上限値を越えた入射が与えられた場合には, 大気は平衡に達することができない. その場合に発 生するであろうと考えられる状態が暴走温室状態. 22 暴走温室状態に関する研究の歴史 • 素朴なイメージ – Simpson (1927) – Gold (1964) • 射出限界の発見 – Komabayashi (1967) – Ingersoll (1969) • 精緻な放射計算 – Abe and Matsui (1988) – Kasting (1988) • 射出限界の記述 – Nakajima et al. (1992) • 非灰色放射 – Sugiyama et al. (2005) Abe and Matsui (1988) 23 3 次元モデルによる 暴走温室状態の数値計算 24 1 次元モデルの結果 • Nakajima et al. (1992) – 灰色放射( κ=0.01 Kg/m^2) – 飽和した対流圏と放射平衡にある成層圏 25 Nakajima et al の3 次元版 • 1. 三次元系でも本当に暴走するのか? – 南北構造がある, 運動がある • 2.「暴走限界」はどうやって決まるのか? – 1 次元系とどれくらい違うのか? • 3. 暴走温室状態とはどんな世界だ? • 0. そもそも太陽定数が増大した場合なんて 計算できるのか? 26 モデル • • • • • • • • • • • 理想気体, 静水圧近似 大気成分 : 水蒸気と乾燥空気(分子量・比熱等しい) 放射過程 : 日射には透明, 赤外放射には灰色 「雲」無し 湿潤対流調節 (Manabe et al, 1967) 鉛直拡散 : Mellor and Yamada (1974) 地表面条件 : swamp ocean (熱容量が 0) 表面フラックス : バルク法により計算 蒸発・降水による大気量変化は考慮 分解能 : 水平 T21, 鉛直 L32 (64x32x32 グリッド) トリック : 上層減衰層と鉛直フィルター 27 計算設定 • 太陽放射分布 – 地球の軌道パラメータを使って計算した年平均・ 日平均分布 – ずっと昼間. • 初期値 : 280 K の等温状態 • 積分時間 : 1000 〜 2000 日 28 全球平均値の時間変化 全球平均惑星放射 全球平均表面温度 29 3次元系における「暴走限界」 入射放射 - 赤外放射の関係 • 太陽定数が 1600 W/m^2 を越えると平衡状 態に達することができない. 30 平衡状態の南北構造 OLR の南北分布 表面温度の南北分布 31 成層圏モデルの放射量上限値 圏界面における相対湿度を考慮 32 鉛直温度構造(1d vs 3d) 1 次元平衡解 3 次元計算結果 33 1 1 次元系との対応 相対湿度を変化させた Tg-OLR 関係 • 「暴走限界」は 1 次元平衡解の放射量上限 値に対応する. 34 平衡状態の子午面構造 • ハドレー循環と東西平均温度場 • 太陽定数の増加時 – ハドレー循環の背が高くなる – ハドレー循環の緯度幅はほとんど変わらない – 南北温度勾配は減少 35 平衡状態のエネルギーフラックス 南北分布 S1380 S1570 36 降水量の平面分布 • S=1380 (地球条件)とS=1570(暴走ギリギリ) • 太陽定数増大時の南北方向の潜熱輸送の 実体は擾乱 37 暴走温室状態の循環 • S=1800 の結果 • 温度の子午面分布と質量流線関数 38 暴走温室状態のエネルギーフラッ クス • エネルギーフラックスの南北分布 (S1800) S1380 S1800 39 暴走温室状態を初期値とした場合 • 初期値 : S=1600 W/m^2 の暴走温室状態 – 太陽定数を 1300 W/m^2 に減少させた場合 : 暴走状態 は維持される – 太陽定数を 1280 W/m^2 以下に減少させた場合:温度は 下降する. S1600 → S1300 S1600 → S1280 40 暴走温室状態の存在条件 • 暴走温室状態は結構低い太陽定数でも維持 される. • 1300 / 4.0 = 325 W/m^2 が境目. 41 まとめ • • • • 3 次元系でも暴走温室状態は発生する. その暴走限界は鉛直 1 次元系で記述可能 これをもたらしたものは熱的な南北一様化. 南北熱輸送の効率が大きかったということ? 42 エネルギーバランスモデルを用いた 全球凍結状態の記述 43 全球凍結現象 • 原生代の後期(約 7 億年前)地球は氷づけになった!? – Hoffman et al. (1998) – 氷河堆積物、酸素同位体比 • エネルギーバランスモデル – Budyko (1969), Sellers (1969), その他 – Ikeda and Tajika (1999) • 二酸化炭素減ると全球凍結 • 立派なモデルによる計算 – – – – – 川上(2000) Weatherald and Manabe (1975) : 全球凍結 Jenkins and Smith (1999) Hyde, Crowley, Baum and Peltier (2000) Baum and Crowley (2001) Poulsen, Pierrehumbert and Jacob (2001) : 全球凍結しない 44 0 次元モデル : 多重平衡 京大・酒井さんの図 45 1 次元モデルの定式化 • 次は南北分布も考える. • エネルギーバランスモデル – Budyko (1969), Sellers (1969) など • 南北 1 次元. 表面温度分布を考察 • 南北熱輸送による温度変化 – (全球平均温度) - (温度) – 拡散型 • 長波放射は温度の線形関数 • 独立変数は表面温度 Ts C (a bTs ) S (Ts T s ) t 46 Budyko モデルの結果 • 全球凍結状態の発生 • 多重平衡解の存在 47 Budyko モデルの放射スキーム • (長波放射) = a + bT • これでは暴走温室状態が除外されている 48 エネルギーバランスモデルやり直し • 放射はちゃんとした灰色. • 入射太陽放射は地球の年平均 • エネルギー輸送スキーム – Budyko 型 – 拡散型 • 熱拡散係数は GCM の結果に合うように決定. – 氷無し・S=1380 W/m**2 の場合で GCM と似た南北温 度差となるように決定. • アルベド – 0 (Tg>263K) – 0.5 (Tg<263K) 49 やり直しの結果(Budyko の熱輸送) • 太陽定数増大時は暴走温室状態と全球凍結 50 状態 やり直しの結果(拡散型の熱輸送) • 太陽定数--氷境界緯度 51 解のつながり方 52 2 種類の氷無し平衡解 53 まとめ • 暴走温室状態は小さい太陽定数でも発生し得る. • 氷が少ない解のブランチ構造は複雑 54 全球凍結状態の3 次元計算 55 エネルギーバランスモデルの結果 小極冠不安定 (small ice cap instability) 大極冠不安定 (Large ice cap instability) 56 Budyko の 3次元版は? • 解の安定性は変わるのか – large ice cap instability は発生するのか? • 分岐点は変わるのか – 全球凍結状態の発生条件はどの程度変わるか? • 解の種類は変わるのか – 振動解出てきても良い. – 「新種の」解は見つかったりするだろうか. • EBM と GCM の比較 – Snowball Earth 仮説に関係して大計算はたくさんある. – でも, EBM と比較できるようなショボい計算はない. – そもそも, 普通の人は比較できっこないと思っている. 57 GCM を用いた Snowball Earth の研究例 • Weatherald and Manabe (1975) – 大気大循環モデル – 凍結状態は凍結したまま • Baum and Crowley (2001) – 大気大循環モデル+海洋混合層モデル – CO2濃度が低ければ全球凍結する 58 モデル:地球流体電脳倶楽部版 AGCM5.3 • • • • • • • • 理想気体, 静水圧近似 大気成分 : 水蒸気と乾燥空気(分子量・比熱等しい) 放射過程 : 日射には透明, 赤外放射には灰色 湿潤対流調節 (Manabe et al, 1967) 「雲」無し 鉛直拡散 : Mellor and Yamada (1974) 表面フラックス : バルク法により計算 分解能 – 水平T21, 鉛直L32 • 地表面条件 : swamp ocean (熱容量が 0) • アルベド – 氷無し -> 0 – 氷 -> 0.5 • 結氷温度は 263K 59 計算設定 • 年平均に地平均太陽放射 • 初期状態 – 280 K の等温状態 – 暴走温室状態 – ほぼ全球凍結状態 – 全球凍結状態 – 部分凍結状態 • 積分時間 : 5000日 〜 60000日 60 EBM と GCM の結果 • GCM の結果 EBM の結果 暴走温室 暴走温室 部分凍結 全球凍結 部分凍結 全球凍結 61 全球平均温度 • GCM の結果 EBM の結果 62 低緯度まで氷が広がった解 はあるか • 氷境界が20度未満の部分 凍結状態は見つからない – 初期条件が部分凍結状態 × – 氷無し状態 × – 赤道で少し開いた状態 × • large ice-cap instability か もしれない 解が見つからない! – GCM では得られない不安定 平衡解が存在する可能性 63 太陽定数を順次減少させる • 氷無しの初期条件の場合, S=1295 W/m^2 で全球凍結解 • S1300 -> S1280 -> S1260 と太陽定数を減 少させる – 部分凍結する平衡状態が得られてしまった. S=1280 S=1260 64 低緯度まで氷が広がった状態 • 氷境界が20度程度の部分凍結状態は見つかった – S1300 -> S1280 -> S1260 と徐々に太陽定数を減少さ せる • S1260 の結果 65 低緯度まで氷が広がった状態の 降水 66 small ice-cap instability は? GCMの結果 EBMの結果 S1560 S1380 S1260 67 「ほぼ全球凍結状態」から出発す る場合 • 完全に全球凍結した状態からだと – S=1710 W/m^2 までは全球凍結したまま – S=1720 W/m^2 になると融けて暴走する. • 赤道域でちょっと開いている場合はどうなる か? – 全球凍結する直前から 68 「ほぼ全球凍結状態」からの遷移 • S1600 以下では全球凍結に戻る • S1700 では「ほぼ全球凍結状態」から暴走温 室状態へ 69 まとめ • 多重平衡「解」の組み合わせとして暴走温室状態と 全球凍結状態ということもありえる • 氷境界が高緯度に存在する解 – 小極冠不安定に対応する結果は得られなかった – Lee and North (1995) • 氷境界が 20 度に存在する解 • 赤道近傍まで氷が広がる解は発見できなかった – 大極冠不安定が存在しているのかも 70
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