同時発話 - 立教大学

2008年度後期
異文化コミュニケーションのための
英語学概論(第5回)
立教大学
異文化コミュニケーション学部
平賀 正子
はじめに:前回の宿題
• 宿題:「ボストンに住む医師には、ニュー
ヨークで弁護士をしている弟がいる。しかし、
弁護士には兄がいない。さて、二人の関係
は?」
– 上記のなぞなぞの答えは何か?
– なぜこれがなぞなぞになるのか
英語学概論第5回
2
「ボストンに住む医師には、ニューヨークで弁護士をしている
弟がいる。しかし、弁護士には兄がいない。
さて、二人の関係は?」
• なぞなぞの答えは何か?
– ボストンの医師はニューヨークの弁護士の「姉」。
• なぜこれがなぞなぞになるのか?
– 一般に「医師」や「弁護士」という職種は男性が多いので、
「医師」や「弁護士」ということばを聞いただけで、男性の
「医師」や「弁護士」を前提とした思考が働くから。
– これを裏付けるように、「女医」や「女性弁護士」とは言える
が、「*男医」や「?男性弁護士」とは言わない。
英語学概論第5回
3
今回のテーマ:
ことばとジェンダー
• ジェンダーとは何か
(1)社会的・文化的なイデオロギー
身体的な性別(sex)のことではなく、「女だから~」「男のくせに
~」などの背景にある社会的、文化的に作りあげられた性別の
こと。権力関係として、階層性(上と下・一般と特殊など)をもつこ
とが多い。
(2)自分を表現するアイデンティティー
自分を構成する要素として、女性性、男性性、両方などがあり、
単純に二分できない。民族、世代などとも連関している。
英語学概論第5回
4
ことばに表れるジェンダー
• 言語における性差別
語彙や喩え・決まり文句にはどんな男女観が表れ
ているか?
• 言語使用にみられるジェンダー
女や男はどんな話し方をするか?
女らしい話し方、男らしい話し方とは?
英語学概論第5回
5
語彙における性差別
• ヨーロッパの多くの言語では「文法的ジェンダー」
が存在する(例:英語では数少ないが、ship,
nationなどをshe(女性)で表す)。
• 日本語には「文法的ジェンダー」は無いが、社会
の男女間が最も際立って現れるのは、男女でバ
ランスを欠いた対語である。
英語学概論第5回
6
語彙における性差別
• 英語では、男性を表す語から女性を表す語が派
生する現象がみられる。
• 英語では ‘man’を用いて「人」(男女)を表す用法
が沢山あり、最近ではpolitical correctnessの立
場から男女が平等に扱われるような語彙への変
更が行われている。
英語学概論第5回
7
男女でバランスを欠いた対語
無標
有標
有標
作家
女流作家
*男流作家
パイロット
女性パイロット
*男性パイロット
弁護士
女性弁護士
*男性弁護士
医師
女医
*男医
英語学概論第5回
8
男女でバランスを欠いた対語
神
(god)
女神
(goddess)
*男神
主人
(master)
女主人
(mistress)
[愛人という意味
にもなる]
*男主人
詩人
(poet)
女性詩人
(poetess)
*男主人
俳優
(actor)
女優
(actress)
男優
英語学概論第5回
9
Gender FairとGender Free
• Gender Fair (男女対照で対語の語彙を作る方
法)
– businesswoman vs. businessman
• Gender Free (男女の区別に言及せずに語彙を
作る方法)
– businessperson vs businessman
– chair (or chairperson) vs chairman
英語学概論第5回
10
Political Correctness (PC)
• アメリカで1980年代ごろから多用されるよ
うになった言葉で、差別や偏見に基づいた
表現や認識を「政治的に妥当」なものに是
正すること。
• 特に、言葉の表現や用語に人種・民族・宗教・性
差別などの偏見が含まれていないことを指す。
英語学概論第5回
11
Political Correctness (例)
Avoid this
Use this instead
freshman
first-year student
house wife
homemaker
laymen
lay people, laity
Miss X, Mrs. X
Ms. X
manpower
workforce
spokesman
representative
stewardess
flight attendant
英語学概論第5回
12
慣用表現
• ことわざ
• 決まり文句
• 喩えの表現
↓
社会がどのように男性や女性を概念化し、
ステレオタイプ化したかを見ることができる。
英語学概論第5回
13
諺
• おしゃべり
– 女三人寄れば姦しい。
– Foxes are all tail and women are all tongue.
• 知恵少ない
– 女の猿知恵
– Woman has long hair and short wit.
• 魔性
– 女の一念岩をも通す。
– No vengeance like a woman’s.
• 美貌
– 色の白いは七難かくす。
– Beauty doth vanish age.
英語学概論第5回
14
慣用表現(喩え)
• 日本語では女を「品物」「食べ物」に喩える
– お嬢さんを僕にください。
– 娘がなかなか片付かない。売れ残る。
– 女をつまみ食いする。旬な女。○○ちゃんをお持ち帰
り。
• 英語では女を「食べ物」に喩える
– 甘いお菓子 cake, cookie, cupcake, pancake,
cherry pie, pumpkin pie, tart
– ジューシーな果物 peach, tomato
英語学概論第5回
15
「食べ物」の喩えに見る女性観
• 女は「食べ物」だ
 食べるのは誰?
• 男は女を「食べる」
 どうやって食べるの?
• セックスは「食事」だ
 「性の対象」としての女
英語学概論第5回
16
なぜこのようなポーズなのか
英語学概論第5回
17
なぜこのようなポーズなのか
英語学概論第5回
18
顔のない女
英語学概論第5回
19
顔のない女
英語学概論第5回
20
裸にされる女
英語学概論第5回
21
裸にされる女
英語学概論第5回
22
言語使用にみられるジェンダー
絶対的差異
男性しか使用しない、または女性しか使用しないことば
がある。→ 日本語
相対的差異
男女とも使用するが、頻度に違いがある。
→ 英語
英語学概論第5回
23
言語使用にみられるジェンダー
•
•
•
•
音声にあらわれるジェンダー
文法事項にあらわれるジェンダー
語彙使用にあらわれるジェンダー
話し方の違いに反映されるジェン
ダー
英語学概論第5回
24
音声的特徴
• 音調(イントネーション)
– 平叙文であっても尻上がりの未完結パターン
を使用→相手に同意を求める。つまり最終判
断を相手に任せる。
• 発音
– より正しい発音で話そうとする。→権威に弱い。
自分をよく見せたい。
英語学概論第5回
25
文法的特徴
• より正しい文法を使う。
– 中産階級の下、労働者階級の上のクラスの女
性が、特に正しい英語を使うことに敏感。
• 付加疑問文を使う。
– It’s so hot, isn’t it? →相手の同意を得て安心
したい。
英語学概論第5回
26
語彙的特徴
• 意味のない形容詞、弱い間投詞、「かきね
ことば」の使用
– 自己主張を和らげ、従順な話し方
• 強調表現
– 真剣に話しを聞いてもらえない立場
• 下品な表現の回避
– 規範・正しさへの志向性
英語学概論第5回
27
語彙的特徴
• 余り意味のない形容詞の使用
– cute, adorable, divine, darling, lovely, precious, sweetなど。
What a darling house that is!
• やわらかい間投詞の使用
– Oh dear! Goodness gracious!, Oh fudge!, Dear me!など。
– 反対に男性は強い間投詞を使用
– Shit!, Damn! Hell!
• かきねことば(hedges)の使用
– kinda (=kind of), sorta (=sort of), you know
– “He is kind of stupid.” 意味がぼける
– 「〜らしい」「〜とか」「〜っぽい」 「〜的」
英語学概論第5回
28
語彙的特徴
• 強調表現
– soの使用。I like him so much.(veryとはこと
なりどの程度か曖昧。感情的と見なされること
もある)
– 大げさな表現の使用。absolutely, awfully,
positively, most beautifulなど。
• 下品な表現を避ける
– Four-letter wordsを避ける
英語学概論第5回
29
語彙的特徴
• 女性特有の興味(ファッション、料
理など)に関する語彙が豊富
– 色の語彙(mauve 紫色, magenta
深紅色など)
– 洋裁用語 (dart ダーツ)
英語学概論第5回
30
コミュニケーションの取り方
•
•
•
•
•
ポライトネス表現
あいづち
同時発話
話の内容
コミュニケーション・スタイル
英語学概論第5回
31
ポライトネス
ポライトネス表現とは
• 他者と円滑にコミュニケーションを図
るために講じるさまざまなストラテ
ジー
 女性の方が男性より多用する
英語学概論第5回
32
ポライトネス:丁寧ないい方
• 英語では丁寧な表現を用いる傾向
• 日本語では敬語(尊敬語、丁寧語、謙譲
語)の使用。美化語(「お紅茶」「ーあそ
ばせ」)の使用
英語学概論第5回
33
ポライトネス:「誉めことば」
ニュージーランド(Holmes 1988)での研究
女性は男性より頻繁に誉める
女性同士が最も誉める(⇔男性同士が一番少ない)
誉めあうことで励まし合い、親密さを表現し、仲間意
識を育む。
英語学概論第5回
34
ポライトネス:「誉めことば」
アメリカの大学生(Herbert 1990)にみられる傾向
女子大生は “I like/love X”(自分の好き嫌い)
男子学生は “Nice X”(物の良し悪し)
男性の誉めことばは “Thank you!” と受け入れられること
が多いが、女性の誉めことばはあまり受け入れられない。
 男女の力関係からくるのではないか。
英語学概論第5回
35
ポライトネス:「詫び表現」
女性のほうが男性より頻繁に謝罪する
(Holmes 1995)
ー>詫びることによって自分の位置を相手よ
りも下げることになる
英語学概論第5回
36
ポライトネス:「ぼやかし」
(Lakoff 1975, Talbot 1998)
男性:自分の意見や反対を述べる
女性:はっきり表現せず、言い方を和らげる
婉曲表現や「かきね」表現を用いる
英語学概論第5回
37
あいづち
女性の方があいづちをよく打つ(Fishman
1978)
ー>話を熱心に関心を持って聞いてい
るという合図を送っている
英語学概論第5回
38
同時発話
同時発話の2つのタイプ
• 話途中に話し手をさえぎる(邪魔する)よ
うに発話する同時発話
• 話し手への同調や共感を表し会話に積
極的に参加するための同時発話
(Hayashi 1998, Tannen 1990)
英語学概論第5回
39
同時発話:男女で異なる役割
• 男性の同時発話
自分の言いたいことを言うために相手の話をさえぎる。
• 女性の同時発話
相手の話をさえぎるのではなく、相手の話に興味を示し、
協力して会話を進める一つの方法。
コミュニケーションスタイルの違い (Tannen
1990)
男性:ことばを競争のために用いる
女性:ことばを人間関係を築くために用いる
英語学概論第5回
40
同時発話
アメリカの大学生をデータとした研究
(Zimmerman and West 1975)
二種類の同時発話を分けて分析
(1)話者が交替する際に起こる非常に短い重複
(2)話の途中に話し手をさえぎる重複
異性間でおきる重複は、(2)が多く、女性の話を男
性がさえぎるケースが9割以上。
 男女の力関係の現れ
英語学概論第5回
41
話の内容
• 会話で何を言うか、どのようなトピックを好むかが
男女で違う。
アメリカ人女性
 自分の家族の体験など私的なトピックを好む
アメリカ人男性
 公的な話(就任演説など)を好む。ジョークを好む。
英語学概論第5回
42
話の内容:体験談の語り方
男性
• 主人公は本人
• 語られる状況は「一対一の競争」などが多
い
• 内容は「一人で行動」し「よい結果」が多い
• 「いつ、どこで」の状況設定が詳しく述べら
れる
 男性は自分中心の世界観
英語学概論第5回
43
話の内容:体験談の語り方
女性
• 主人公は別人のこともある
• 語られる内容は「恥をかいたこと」「社会での
規則を破ったこと」などが多い
• 内容は「他の人が助けてくれた」が多い
• 登場人物の名前や風貌、言ったことなどが詳
しく述べられる
女性は他の人との協力、
関係を重んじた世界観
英語学概論第5回
44
アメリカ人の
コミュニケーション・スタイル
アメリカ女性
アメリカ男性
親密さ、依存感
独立性、地位の上下
人間関係、調和
情報価値、自己主張
従順さ、同情
指導力、競争力
私的場面で饒舌、細部まで
話す
よい聞き手
公的場面で饒舌、大局的、
概論的に語る
よい話し手
英語学概論第5回
45
コミュニケーション・スタイル
• 土曜日は、久々に夫と夕食にでかける約束をしていました。し
かし親しい友達の久美ちゃん(夫もよく知っている友人)が電話
をしてきて、次のように言いました。
久美ちゃん 「土曜日一緒に食事しない?」
あなた A「その日は夫と約束しているのよ。一応聞いてみる
わね。」と答えを保留する。
あなた B「うん、いいわよ!一緒に行きましょ!」と夫の答え
を聞かず即答し、後で夫に報告する。
英語学概論第5回
46
コミュニケーション・スタイル
• 友達が社内のうわさを聞きつけてきました。*あなたは、うわさの渦
中の両人とも以前同じ職場だったので親しいとします。また営業一課
の田中君は社内でも人気の男性でした。
友達 「ねえねえ、総務課の渡辺さんと、営業一課の田中君、結婚する
らしいよ!」
あなた A「えっ?そうなの?結婚式いつ?」と興味深く聞く。
あなた B「ふーん。そうなんだー。よかったわねー。」と特に関心を持た
ない。
英語学概論第5回
47
コミュニケーション・スタイル
• ご飯を食べながら、同じ課の友達がつぶやきました。
友達 「最近妙に疲れるんだよねー。」
あなた A「大丈夫?ホント仕事忙しいもんね。あたしも家にかえる
と疲れちゃっててな〜んにもできないんだ。」
あなた B「そういう時は、できるだけ美味しいもの食べて、ゆっくり
寝た方がいいんじゃない。」
英語学概論第5回
48
ことばとジェンダー:まとめ
• 英語にも日本語にも共通する問題が沢山
ある。
• 文化によって異なる側面も同時にある。
• 個人によって異なることもある。
• 同じ個人でも、場面場面で異なることもあ
る。
英語学概論第5回
49
女らしさ/男らしさと自分らしさ
• 人は常に単一のアイデンティティーを表出しているわ
けではない。
• 時と場合(コンテクスト)に応じて、ことば使いも自在
に変化する。
• 人の一生の中でも、ことば使いは変化する(若いとき、
中年になってから)。
• ことばによって表出される「女らしさ/男らしさ」は色々
に変わり得る。
• 「自分らしさ」は自分で判断する。
英語学概論第5回
50