財務会計Ⅱ 第7回 概念フレームワーク(1) 2016年6月27日(月) 米山 正樹 1 講義(全3回)の概要 1. ASBJ討議資料「財務会計の概念FW」を 支えている「基本的な会計観」の解説(第1回) 2. 「財務会計の概念FW」解説(前半:第1回 / 後半:第2回) 3. 概念FW(一般)の存在意義に係る通念の検討 (第3回) 2 「討議資料」公開までの経緯 • 2003年1月 基本概念WGの立ち上げ • 2004年7月 討議資料の公表(WGの見解として) • 2004年9月 マイナーな字句修正(改訂版) 【基準設定過程でテスト/IASB・FASBと意見交換】 • 2006年2月 概念プロジェクト立ち上げ報告 • 2006年5月 基本概念専門委員会を設置 • 2006年12月 改訂した討議資料を公表 (ASBJの見解として) 3 「討議資料」に期待される役割 • 概念フレームワーク(FW)とは – 利益の測定と開示とに係る基本原則や 基本的な前提、基準の開発に際して依拠する 事実認識などを集約した文書である。 • 概念FWに期待される役割(一般) – 基準開発の指針(←首尾一貫した理念に支えられた 基準開発・会計基準の体系性の保持) – 基準の変化に関する「予見可能性」の向上 4 「討議資料」公開の背景 1. 共有されている「暗黙知」の明示 – 「概念フレームワークを持たない国は国際的な 交渉の舞台に立てない」という議論の中で 2. 国際的な争点 / それが生じた理由の明示 – 「譲りうるもの」と「譲れないもの」との識別 – 「対立する基本的な観点」(後述)に係る 日本の立場を説明 5 フレームワークを支える基本的な観点 • 「基本的な会計観」(に係る対立点) – 投資家が直面している市場環境や、彼らが依拠 している意思決定モデルに関する基本的な立場 – その多くは「討議資料」第1章の記載内容 1. 概念FWと個別基準との関係 2. 会計情報の主要な利用者と利用目的 3. 情報開示の誘因と会計基準の役割 4. 企業価値を会計情報として開示する必要性 5. 企業価値の代理指標(は何か) 6 1.概念FWと個別基準との関係 • View(1):概念FWはGAAPを構成せず。 – 現行基準に合理的な説明を与えるとともに、 将来の基準開発における指針としての役割を 期待されているものであって、いまだ達成 していない「理想」を含むことからGAAPそのもの ではない。 • View(2):概念FWは会計基準の一部をなし、 GAAPに係る階層構造の中に位置づけられる。 – 個別基準の「空白」を埋める役割を担うこととなる。 7 2.会計情報の利用者と利用目的 • 争点(1):利用者を限定せず、多目的の情報開示を想定する のか、それとも主要な利用者を「投資家」「資金提供者」 などに限定するのか。 • 争点(1)’:そこでいう「投資家」に含まれるのはどの主体か。 (←親会社説 対 経済的単一体説の対立など) • 争点(2):限定された利用者向けの情報が法や契約による 利害の裁定に用いられている事実をどこまで斟酌するのか。 • 争点(3):キャッシュフローの予測・企業価値の評価に資する 情報は、経営者に委託された経済資源の管理・運用状況に 関する報告(受託責任の報告)に資する情報と常に 両立するのか。 8 3.情報開示の誘因と会計基準の役割 • View(1):経営者は情報開示の誘因を持たない。 – 「弱者」である投資家を情報の秘匿から保護することが 必要となる。 – 会計基準は「真実」を強制的に開示させる役割を担う。 • View(2):経営者は(少なくとも一定の範囲で)情報 開示の誘因を持つ。 – 強制しなくても必要な情報は部分的に開示されるが、 情報に関して「優位な」立場にある経営者が情報を 歪めるおそれもある。この文脈で会計基準は、そうした 虚偽を排除する役割を担う。 9 4.企業価値を会計情報として開示する必要性 • View(1):会計情報は投資家が自己責任で企業の 価値を評価するのに資する「事実」の開示を担う。 – 企業価値の評価は情報を利用する側の責任であって、 経営者がそれを担う必要はない。 • View(2):会計情報には経営者が見積もった 企業価値を反映させるのがよい。 – 経営者は企業価値を評価し、開示する責任を負っている。 – 経営者は会社の内部事情に精通しているはずである。 • (cons)経営者が見積もった企業価値は投資家に有用? • (cons)経営者に見積もらせるのはフェアな手法? 10 5.企業価値の代理指標は何か →直前の4.におけるView(1)を前提とした争点 • 論点:企業価値(持分価値)との間に直接的な 関係が観察される会計上の指標は何か? (どのような会計上の数値が企業価値と最も緊密に 関連しているのか?) • View(1):利益から推定したpermanent income (←企業価値はP/Lの損益情報から評価される。) • View(2):公正価値で測った総資産 (←企業価値はB/Sのストック情報から評価される。) 11 「討議資料」の立場は? 1. 概念フレームワークはGAAPを構成せず。 2. 利益情報の主要な利用者は投資家だが、利害 調整目的で利用されている事実も考慮する。 3. 経営者は情報開示の誘因を有している一方で、 情報を歪める誘因も合わせ持っている。会計 基準は適切な情報が自発的に、低コストで 提供されるための「環境整備」の役割を担う。 4. 自己責任の意思決定に必要な事実を開示する。 5. 企業価値の代理指標は利益情報である。 12 財務報告の目的 • ディスクロージャー制度の存在意義 – 情報の非対称性を緩和し、それが生み出す市場の 機能障害を解決するため、経営者による私的情報の 開示を促進 • 投資家が必要としている情報とは – 不確実な将来C/Fの予測にもとづく企業価値の評価に 資する情報 • 将来C/Fの予測に資する情報とは – 投資のポジションと成果(投資家が企業に投下し続けて いる資金の運用残高と運用成果に関する情報) 13 参考:概念FWが想定している 投資家の意思決定プロセス • 不確実な成果を予測して投資の価値を評価 ↓ • 代替的な投資機会の価値を比較して対象を選択 ↓ • 事前の予想に対応する事後の成果を測定 ↓ • 事後の情報を予想形成にフィードバック ↓ • 再び投資価値を評価して代替的な投資機会を比較 14 会計基準の役割 • 経営者が自発的に情報を開示する誘因の存在 – 投資家が保守的にリスクを評価することによる資本 コストの上昇を回避するため • 一方で開示する情報を歪める誘因も存在 – その存在を(情報劣位にある)投資家には知られない、 と思えば「都合の悪い情報」は開示されず。 • 会計基準の存立基盤 – 虚偽情報を排除し、有用な情報の自発的な開示を促進 • 当事者間の契約と社会規範 – 具体的な基準の内容:私的契約の標準化(ミニマム・ スタンダード)による取引費用の削減を見込んで決定 15 開示制度の担い手と各々の役割 • 投資家: – 自己責任において将来を予測し、企業価値を評価 (会計情報の分析能力については一定以上と想定) • 経営者: – 投資家に必要な企業の事実に関する情報を開示 (企業の価値を自ら評価して開示することは要求されず) • 監査人: – 保証業務を通じ、開示された情報の信頼性向上に寄与 16 開示制度に係る補足論点 1. 会計情報の副次的な利用 – 公的規制や私的契約を通じた利害調整のために 利用されている事実も斟酌 2. 開示制度の位置づけ – 会計情報は様々な情報チャネルのひとつに過ぎず 3. 企業価値を利益に反映すべきでない理由 – 情報優位にある経営者が売買を勧誘することの不公平 4. 監査を自発的に受ける誘因の存在 – 保守的なリスク評価を避けるためのボンディング行為 17 会計情報の質的特性:要点 • 会計情報に求められる基本的な特性: 投資家の意思決定にとっての有用性 – 「財務報告の目的」から導かれてくる基本的な要件は 不確実な企業の成果(将来のC/F)を予測して、企業 価値を評価するうえでの「有用性」 • 有用かどうかを直接に規定する下位の要件 – レリバンス(relevance / 意思決定との関連性)と信頼性 – 潜在的なトレード・オフの関係にある両者:バランスを とることが必要 • 「一般的な制約」:内的整合性と比較可能性 18 下位の情報特性(1):レリバンス • レリバンスとは – 投資成果の予測に関連する内容を有していること • レリバントであるための要件(1):情報価値の存在 – 投資家の予測に影響を与え、ペイオフを改善すること →定量的な条件であるため、事前の確定が困難な ケースも少なくない、と考えられている。 • レリバントであるための要件(2):情報ニーズの充足 – 定性的な条件で情報価値を(補完的に)推定 19 下位の情報特性(2):信頼性 1. 中立性 – 特定の利害関係者を偏重していないこと (特定の経済的帰結を意図した会計情報ではないこと) 2. 検証可能性 – 測定者の主観に左右されない事実に根ざしていること (目標は「バラつきの最小化」。「真の値」との一致や 「監査可能性」に対する要請とは異質) 3. 表現の忠実性 – – 事実と会計上の分類項目とが明確に対応していること 「実質優先思考」は忠実な表現に対する要請の現れ 20 一般的な制約となる情報特性 • 一般的な制約とは – 情報が有用であるために必要な最低限の基礎的条件 • 内的整合性とは – 基準の体系を支えている基本的な考え方との整合性 – 一般的な制約だが、有用性の間接的な推定にも貢献 (「基本的な考え方」は、有用な情報の提供に寄与して いる、というコンセンサスが形成されている場合) – 実際には、この特性を根拠に基準の多くを設定して いるのが現状 21 一般的な制約となる情報特性 • 比較可能性とは – 時系列および企業間比較の障害とならないように 会計情報が作成されていること – 形式的な(機械的な)画一化とは異質 – 問題点:表現の忠実性との曖昧な関係(後述) 22 特性間の相互関係 • レリバンスと信頼性 – 両者の間に想定しうるトレード・オフの関係 – トレード・オフの下で重視される「両者のバランス」 – 争点:IASB / FASBの概念FWとの異同 • 比較可能性とレリバンス – 比較可能性の要請:「同質のものには同一の会計処理を、 異質なものには異なる会計処理を」 – 何を同質と(あるいは異質と)みるのかは、情報の レリバンスにも影響 23
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