弛緩出血 1.定義 児の娩出後,子宮筋が良好な収縮をきたさないものを子宮弛緩症と呼び,このため胎盤 離部の断裂血 管および子宮静脈洞が閉鎖されなくなり大出血を来すものを弛緩出血という.その多くは子宮内の胎盤片, 卵膜片,凝血塊の遺残が原因であるが,そうでない場合は羊水塞栓症軽症例の出血症状とも考えられる. 2.病態生理 胎児・胎盤娩出後,子宮腔は空虚になって子宮収縮が起こり,出血は減少する.これは子宮筋による生 物学的結紮(図1)といわれ,筋肉の収縮が止血に重要な役割を果たしている.この機能が障害されると 弛緩出血をきたす.その原因として,遺伝的素因,遷延分娩による疲労,全身麻酔薬の影響,血液凝固障 害など全身的要因のほか,子宮腔内の遺残(癒着胎盤,胎盤片,凝血塊等),子宮の過度伸展(多胎妊娠, 羊水過多症,巨大児),子宮筋腫合併妊娠,急速遂娩,後産期子宮への過剰刺激,膀胱・直腸の充満等の 局所的要因が考えられる(表1). 図1.生物学的結紮 表1.弛緩出血のリスク因子 3.分類 4.頻度 500∼1,000ml の出血15.2%,1,000∼2,000ml の出血2.6%,2,000ml 以上の出血0.14%とされる. 5.症状 弛緩出血の特徴は,胎盤娩出直後から子宮腔内より暗赤色の出血が起こり,子宮自体は軟らかく収縮不 良を呈する.子宮体マッサージによって子宮は収縮するものの,すぐまた軟らかくなる.子宮腔内に出血 や凝血塊が貯留すれば子宮底は上昇し,子宮底の圧迫により血液が噴出する.なお,凝血塊貯留は子宮収 縮を妨げる結果となる.出血が1,000mlを超えるとプレショック状態となり,2,000ml に達すると出血性シ ョックとなる.さらに出血が増量すると消費性凝固障害によるDIC を発症する. 6.診断 上記の症状が出現し,ほかに出血を起こす原因疾患がなければ弛緩出血と診断する.とくに子宮底の圧 迫により凝血塊等が噴出すれば確定できる. 7.検査 検査項目は,産科ショック・DIC の項を参照. 8.治療 胎児および胎盤娩出後の基本的操作は, 子宮内に遺残があればそれらをすべて排除する. その後、子宮筋の収縮を促進し,必要に応じて子宮収縮剤投与,子宮底の輪状マッサージを行う. 膀胱が充満していれば導尿する. また,場合によっては腹部氷庵法を実施する. 以上の手段でも弛緩出血が続く場合は, 5∼10分間子宮体双手圧迫法(図2)を施し, ショック対策をとるとともに輸血を行う. 輸血は原則として赤血球濃厚液であるが,大量出血に際し大量の輸液や赤血球濃厚液輸血だけを行 うと希釈性凝固障害に陥り,循環血液中の凝固因子が著しく減少する.その結果,低フィブリノゲ ン血症(血漿フィブリノゲン値≦100mg/dl )に陥り止血困難となる.したがって,産科大量出血 では抗ショック療法・抗DIC 療法に加え早めに凝固因子を補充することが重要である.フィブリノ ゲンの補充には新鮮凍結血漿を投与する. 保存的療法が無効な場合は,時期を失することなく全身管理下に外科的止血術を行う. 内腸骨動脈結紮,子宮動脈結紮,B-Lynch Suture(図3),もしくは子宮摘出術を行う.しかし最 近は,より浸襲的な開腹術に代わって放射線科医師と共同で子宮動脈塞栓術,内腸骨または総腸骨 動脈balloon occlusion などがまず試みられる. 以上の処置でも止血せず出血が持続する場合は, 遺伝子組換え活性型血液凝固第Ⅶ因子製剤の投与を考慮する.出血性ショックに対しては保険適用外、お よび非常に高価であることから,使用に際しては施設の倫理委員会の認可を受けること,および本人・家 族のインフォームド・コンセントを十分に行うことが必須である.なお,使用に際しては緩徐に静脈注射 し,投与後の動静脈血栓にはとくに注意する必要がある. 図2.双手圧迫 図3.B-Lynch縫合 9.予後 出血性ショックやDIC に陥らなければ,予後は良好である.産科ショックに陥った場合は,産科ショック・ DIC の項を参照.
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