特集 そのまま使える! 高齢者急変対応基本マニュアル 脱水の時の対応 脱水とは 東京医療保健大学 医療保健学部 看護学科 講師 原田竜三 杏林大学医学部付属病院,神奈川県立保健福祉大学看護学科助手,北里大 学看護学部講師を経て,2009年4月より現職。主な著書として, 『先輩ナース が伝授 みえる身につく好きになるアセスメントのミカタ』 (共著,メディカ 出版), 『新人ナースもも子と学ぶ急性期看護のアセスメント―「あと一歩」 の実践力が身に付く』 (共著,メディカ出版)などがある。 尿,多量の喀痰を伴う肺炎,利尿薬の使用な 成人の1日の水分出納は,表1に示したと どによって,水分喪失量が増えます。 おりです。さまざまな原因で水分や電解質の ⑥体温調節機能の低下 出納バランスが崩れ,体液が減少した状態を 体温調節機能が低下するため暑さを感じに 脱水と言います。 くくなり,発汗が増えても水分を摂取しよう 高齢者が脱水になりやすい理由 としません。 高齢者が脱水になりやすい理由として,次 脱水を来しやすい疾患や病態 の6つが挙げられます。 次のような疾患や病態があると脱水が起こ ①体内水分量の減少 りやすくなるので,あらかじめ確認しておき 成人の水分量は体重の60%(図1)ですが, ます。 高齢者では50%となり,特に細胞内液の水 ①脳血管障害,認知症:意識障害や認知障害 分が減少します。 ②口渇中枢機能の低下 口渇中枢の機能が低下するため,体内水分 量が不足しても口渇感を感じにくく,水分摂 取量が低下します。 ③腎機能の低下 により,水分摂取量が低下します。 ②慢性呼吸器疾患:気道分泌物が増えて,水 分や電解質の喪失が増えます。 ③糖尿病:高血糖による浸透圧利尿で,多尿 になります。 ④高血圧,うっ血性心不全:利尿薬や塩分制 腎臓の機能の低下により,水分の再吸収能 限の影響で,水分や電解質のバランス異常 が低下し,薄い尿を多く排泄する傾向があり が起こりやすくなります。 ます。したがって,尿からの水分喪失が多く なります。 ④水分摂取量の低下 高齢者は,排泄の失敗やトイレに行く回数 ⑤嘔吐,下痢,発熱,発汗:水分や電解質の 喪失が増えます。 脱水のタイプ が増えることを懸念して,水分摂取を控えが 脱水のタイプには,①水分が不足する脱 ちです。また,脳血管障害による活動制限, 水,②ナトリウムが不足する脱水,③水分と 摂食・嚥下機能の低下,認知症,抑うつなど ナトリウムの両方が不足する脱水の3つのタ によって,飲水ができない場合もあります。 イプがあります(表2) 。高齢者では①と③ ⑤水分の過剰喪失 が起こりやすいです。 下痢・嘔吐を伴う胃腸炎,糖尿病による多 細胞内液には主にカリウムが,細胞外液に 高齢者安心安全ケア 実践と記録 Vol.12 No.4 43 表1 成人の1日の水分出納(体重50kgの場合) IN 水 OUT 1,000mL 食物 800mL 代謝水 200mL 1日の合計 2,000mL 1,200mL 尿 不感蒸泄(肺) 200mL 不感蒸泄(皮膚) 500mL 便 100mL 1日の合計 2,000mL 山内豊明:見る・聴く・触るを極める! 山内先生の フィジカルアセスメント 症状編,エス・エム・エス,2014. 図1 体重に占める水分量の割合 たんぱく質18% 固形物 40% 水 60% 脂肪15% 肺胞内液 40% 肺胞外液 20% 無機質7% 間質液15% 血液5% 山内豊明:見る・聴く・触るを極める! 山内先生のフィジカルアセスメント症状編, エス・エム・エス,2014. 表2 脱水のタイプ 分類 軽度 水欠乏型(高張性)脱水 特徴 症状 ナトリウム欠乏型(低張性)脱水 特徴 ●体重の2%程度の体液が ●口渇の発生,および水 ●体重1kgに対し,0.5g ●全身倦怠感 ●頭痛 以下のナトリウムが欠乏 ●めまい 分摂取行動 欠乏している状態 ●起立性低血圧 ※細胞内液が細胞外液を補 ●尿量減少 ●食欲不振 など うため,循環血漿量は保 ●衰弱 持される ●体重の5∼7%程度の体 ●強い口渇 ●尿量減少 ●体 重 1kgに 対 し,0.5 ∼ ●粘膜乾燥 ●唾液減少 液が欠乏している状態 0.75gのナトリウムが欠乏 中等度 ●血清ナトリウムの上昇 ※循環血漿量が減少し,血 液は濃縮する 重度 症状 ●血圧低下,頻脈 ●悪心,嘔吐 ●血清ナトリウムの低下 ●TP,Ht,BUNの上昇 ●体重の7%以上の体液が ●精神・神経症状の出現 ●体重1kgに対し,0.75g ●昏睡,錯覚,幻覚など の精神神経症状 ●発熱 以上のナトリウムが欠乏 欠乏している状態 ※末梢循環不全により,死 ●収 縮 期 血 圧90mmHg ※循環血液量の減少により, ●腎不全,心不全 以下 に至る危険がある ショック状態を来す危険 ●尿量減少 ●腎機能障害 性がある 山内豊明:見る・聴く・触るを極める! 山内先生のフィジカルアセスメント 症状編,エス・エム・エス,2014. は主にナトリウムが含まれています。細胞内 て,細胞外液中の水分は減少します。そして, 液と細胞外液の水分と電解質は,常にバラン 細胞外液中のナトリウム濃度が上昇すること スを一定に保っていますので,何かの量が少 によって,細胞内液中の水分が細胞外液に移 なくなると,そのバランスを保とうとします。 動し,細胞内液中の水分が減少します。 ◉水分が不足する脱水 症状として,口渇が激しくなり,尿量の減 (水欠乏性脱水,高張性脱水) 44 少が起こります。水分の喪失が高度になると, 細胞内液中の水分が減少し,細胞外液中の 発汗できなくなるため,発熱が起こります。 ナトリウム濃度(血清ナトリウム>150mEq/ 体重減少が見られ,高度になると意識障害を L)が高くなるので,水欠乏性脱水もしくは 起こし,幻覚を見たり死に至ったりすること 高張性脱水と呼ばれます。水分摂取の不足, があります。皮膚の温度は温かく,色も正常 尿量の増加,不感蒸泄の増加(表3)によっ に近いか赤みを帯びています。対応として, 高齢者安心安全ケア 実践と記録 Vol.12 No.4 表3 水分摂取の不足,尿量の増加, 不感蒸泄の増加の原因 全身衰弱,食欲低下,意識 水分摂取の不足 障害,コミュニケーション 不能 尿量の増加 腎臓の機能低下による尿崩 症,高血糖・透圧性利尿薬 による血漿浸透圧の上昇 不感蒸泄の増加 発熱,過呼吸 細胞内液と同じもしくは近い組成の輸液(維 持液)を投与します。 ◉ナトリウムが不足する脱水 (ナトリウム欠乏性脱水,低張性脱水) 表4 ナトリウムが減少する原因 ●電解質が多く含まれる消化液の大量喪失 (下痢,嘔吐) ●大量の発汗 ●腸閉塞や腹膜炎によるナトリウムの体内貯留 ●熱傷や創傷からの滲出液の排泄 ●腎不全,副腎皮質不全,腎動脈硬化,糖尿病 アシドーシスなどのナトリウム喪失の疾患 ●利尿薬の服用 観察・アセスメント・対応の ポイント 高齢者が脱水になっていないかどうか,日 細胞外液中のナトリウムが減少し,細胞外 頃からよく観察することが重要です。脱水の 液中のナトリウム濃度(血清ナトリウム< 主な症状には,口渇,尿量減少,口腔乾燥, 130mEq/L)が低くなるので,ナトリウム欠 悪心・嘔吐,食欲不振,立ちくらみ,動悸, 乏性脱水もしくは低張性脱水と呼ばれます。 倦怠感,頭痛,意識障害などがあります。「何 細胞外液中のナトリウムが減少することで(表 となく活気がない」 「ボーっとしている」「つ 4) ,細胞外液中の水が細胞内液に移動し,細 じつまの合わない言動」 「食欲が低下してい 胞内液の増加と循環血液量の減少が生じます。 る」 「だらしなくなった」 「物忘れをするよう 症状として,頻脈,低血圧,頭痛,痙攣, になった」など,普段と微妙に異なる印象は, 意識障害などが起こります。皮膚の温度は冷 脱水のサインとなることがあります。そのよ たく,色は青白くなります。また,血液が濃 うな状態を観察したら脱水を疑って,次の点 縮するため,血栓ができやすくなります。口 について観察していきます。 渇は起こりません。対応として,細胞外液と ◉バイタルサインの確認 同じもしくは近い組成の輸液(乳酸リンゲル 体温,呼吸数,脈拍,血圧を測定します。 液など)を投与します。 体温の上昇,呼吸数の増加,頻脈,低血圧が ◉水分とナトリウムの両方が不足する ないか確認しましょう。異常があれば脱水の 脱水(混合型脱水,等張性脱水) 可能性があり,正常からの逸脱が大きいほど 水分とナトリウムの両方が不足し,ナトリウ 緊急度は高くなります。その際は,看護師か ム濃度は変化しない(血清ナトリウム130 ~ 医師を呼びましょう。 150mEq/L)ことから,混合型脱水もしく 脱水の重症度については,表2を参照して は等張性脱水と呼ばれます。水欠乏性脱水と ください。重症度が高いと緊急性も高まりま ナトリウム欠乏性脱水の両方の症状が起こり す。循環血液量減少性ショック,意識障害,け ます。対応としては,ナトリウム欠乏性脱水 いれんなどが起こる可能性もありますので,気 に準じます。 道確保や輸液ルートの確保が必要になります。 ➡続きは本誌をご覧ください 高齢者安心安全ケア 実践と記録 Vol.12 No.4 45
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