大沼 あゆみ

環境経済学での卒論について
授業の課題として書くようなレポートと卒論には大きな
大沼あゆみ
これから、卒論の書き方を述べていきます。ここでは、
違いがあります。レポートは多くの場合問題があらかじめ
レポートと卒論の違い
大学院生の書く修士論文や博士論文ではなく、あくまでも
設定され、設定された問題をめぐる知見や理解をコンパク
はじめに
学部の学生の書く卒業論文を念頭に置いています。また、
トにまとめることが要求されるものです。
設定し、その設定した問題をめぐって、自分の主張を展開
しかし、卒論はそうではありません。問題自体を自身で
狭い意味では、環境問題を経済学の分野で論文にする学生
を対象にしますが、他の分野の学生であっても参考になる
部分もあるかと思います。
することが要求されます。ですから、どんな問題を設定す
るかということに、最初に書き手のセンスが示されること
三色旗 2011.1(No.754)
になります。
テーマ自体を独創的なものに
はなく「狭く深く」を心がけよう
「広く浅く」で
――
良い論文は、取り組もうとする問題がありきたりのもの
ではなく、自身の問題意識のもとで見出したものであり、
独創性が感じられるものです。また、何かしら書き手の情
熱を感じるものも、私は好きです。
どのような環境問題を選ぶのがいいか悩むときは、環境
ウェブは、環境問題についての新しく詳細な情報で満ちて
います。環境問題の現状を知る上で有益であり、分析した
い方向性がきっと見つかるはずです︵いくつかは翻訳も出
ていますが、時間がかかりますので、原文にトライしてみ
ましょう。原文を読むのは、英語の勉強にもなります︶
。
また、最新のデータを見つけることができます。
見つかった方向性の中で、自分で研究したいテーマをさ
らに絞り込んでみましょう。一つの論文で深く掘り下げる
上で、研究対象の範囲が適切に狭いものであることは、重
要です。
テーマが決まったら、そのテーマの背景や関連する先行
に関わる白書を見てみるといいでしょう。﹃環境・循環型
社 会・ 生 物 多 様 性 白 書 ﹄ は も と よ り、
﹃ 水 産 白 書 ﹄、
﹃森
研究を調べてみる必要があります。注意しなければならな
究を調べることは、あくまでも自分の新しい考察を行うた
林・ 林 業 白 書 ﹄﹃ 食 料・ 農 村・ 農 業 白 書 ﹄﹃ エ ネ ル ギ ー 白
より地球規模の問題を詳しく報じるのが、国際機関や国
めの土台を築くものであり、その上に独自の貢献を付加し
いのは、環境問題とその背景ないし先行研究をまとめただ
際条約事務局の出す報告書です。たとえば、国際環境計画
繰り返しになりますが、テーマ選択が重要であることの
書﹄など、環境問題に関わる多くの政府の白書がウェブで
︵U N E P ︶、 世 界 銀 行︵ World Bank
︶、 食 糧 農 業 機 関︵F
AO︶、国際熱帯木材機関︵ITTO︶、経済協力開発機構
理由がここにあります。問題設定がよく見かけるものであ
けでは論文にはならない、ということです。背景と先行研
︵ O E C D ︶ な ど の 国 際 機 関、 あ る い は 気 候 変 動 枠 組 条 約
ったり、広すぎたりするものであれば、書き手独自の主張
入手可能です。
︵U NFCCC ︶、生物多様性条約︵CBD ︶、ワシントン
と結論を展開できる可能性が小さくなります。
なければなりません。
条約︵CITES ︶、ラムサール条約などの条約事務局の
三色旗 2011.1(No.754)
一つの論文で書ききれるものではありません。また、先行
と、環境税をそれこそ網羅的に論じる必要があり、とても
た と え ば、
﹁環境税についての考察﹂と問題を設定する
す。
問題を分析することの面白さを感じることができるはずで
できやすくなります。何より、研究を持続的に行い、環境
をつかむことができるし、新たな知見を付け加えることも
に必要な背景のデータが存在しないと、自身の分析に進め
りません。あまりにも扱う問題が狭すぎて、貢献するため
し、貢献可能性はテーマが狭いからいいというものでもあ
り 下 げ て 書 き 手 の 主 張 を 盛 り 込 む こ と が で き ま す。 た だ
経済的役割﹂という具体的かつ狭い対象の方が、ずっと掘
環境経済・政策学会をはじめとして、各学会のウェブで年
れらの論文の参考文献を見てみるとよいでしょう。また、
通った問題を扱った研究論文が見つかるでしょうから、そ
誌のバックナンバーを見てみれば、研究したいテーマと似
読んでみるといいでしょう。経済学・社会科学関係の学術
先行研究がどのようなものがあるのかは、最新の論文を
よう
先行研究を調べて自身のテーマの意義を裏付け
て追究し続けられる問題を見つけてみましょう。
環境問題は無数に存在しているので、自分が情熱を持っ
研究が膨大で、新しい知見を付加できる余地は、専門的に
はともかく、卒論で行う水準ではかなり小さいと言ってい
いでしょう。
一方、狭いテーマであれば、先行研究を絞ることができ
る で し ょ う し、 貢 献 で き る 余 地 も 多 い で し ょ う。 た と え
ません。その意味で、適切なテーマを選択するために時間
次大会のプログラムを見てみるのも、いいと思います︵た
ば、環境税の問題で言えば﹁××県における森林環境税の
をかけるべきです。この点は、指導教員とよく相談される
で検索するのも有
Google Scholar
だし、学会発表の論文が入手できるとは限りません︶
。英
文 も 含 め て 調 べ る 場 合、
のがいいと思います。
テーマを絞る上で、私は、できるだけ身近な問題、ある
しかし、自分の見つけた環境問題については、ピンポイ
用です。
ができる環境問題を取り上げることを勧めています。その
ントでヒットする先行研究は存在しないかもしれません。
いは自分が経験している・してきて、自身が身を置くこと
ようなテーマであれば、自身でデータ等を収集して全体像
三色旗 2011.1(No.754)
先行研究のどこに位置付けられるかを明確にすることが重
を、しっかり見てみましょう。そして、自身の行う研究が
どのような分析手法で、どのような結論を導いているのか
そのときは、同様の問題意識で分析している論文を集め、
で、その環境問題に触れたり、話を聞いてみるのもよいで
の全体像を明らかにしてください。直接、自身で足を運ん
現状をさらに深く調べてみましょう。これによって、対象
るものです。まず、しっかりとテーマとなる問題の背景と
まれています。そして、その経済的な要素は、対象とする
しょう。取り上げた環境問題には、必ず経済的な要素が含
例えば、先の例の﹁××県の森林環境税﹂というテーマ
環境問題の解決にとって本質的なものであることが多いの
要です。
であるならば、より大きくは、環境問題における環境税の
こ れ ら か ら、 経 済 学 の 分 析 の 土 台 を 作 り ま し ょ う。 特
で、しっかりと掴み取りましょう。
の役割、上記についての先行研究、××県の現状など、よ
に、具体的なデータ︵計量分析に使用しなくとも︶があれ
役割、さらに森林の機能、日本の森林の現状、森林環境税
り大きな問題から自身の研究対象まで、上手にまとめてみ
ば、経済学的な土台を作るのに役立ちます。環境問題の経
済的側面を、消費者・生産者・政府の行動、市場、経済取
ましょう。
目標は、自分の設定した問題の面白さをアピールするこ
観的な形で述べましょう。それには、問題の背景や周辺の
経済学のどのような観点から分析可能かを、これまで学ん
この土台に基づき、分析を行います。設定した問題が、
引、財政・金融面などの点から述べてみましょう。
既 存 研 究 を ま と め、 際 立 た せ る こ と が 効 果 的 で す。 し か
だことに基づき、じっくりと考えてみましょう。環境経済
とです。設定した問題を考察することの﹁意義深さ﹂を客
し、アピールはコンパクトにまとめることが大切です。あく
学のテキストを手に取ってみると、さまざまな環境問題を
環境問題の卒論に取り組む人の多くは、未解決の問題を
してみることを心がけてください。
選択したテーマも、大学で学んだこうしたツールで、分析
経済理論に基づき考察していることがわかります。自分が
までも、本論への橋渡しであることを留意してください。
論理的な分析で明確な結論を導こう
さて、いよいよ分析です。この部分が、論文の中心とな
三色旗 2011.1(No.754)
取り上げ、それがいかなる要因によって生じ、さらにそれ
理的にオリジナルな結論を導いていました。
いていたわけではありませんが、経済学的考えに基づき論
このように、必ずしも専門的ツールを利用して分析を行
をどのように解決するかを見出そうとする目標を持つと思
います。同様の問題を扱っている先行研究を参考にして、
ているので、先行研究と全く同様の分析は多くの場合可能
もちろん、自身の設定したオリジナルな問題を対象とし
も検証可能であるものを目指すことで十分です。結論が推
に基づき論理的な議論を展開し、主張・結論の論拠が誰し
場合もあります︶
。それよりも、しっかりと経済学の考え
う必要はありません︵もちろん、こうしたツールが必要な
ではないでしょう。分析では、何かしら自身の問題に特徴
測にしかなっていないものや、論理展開に飛躍や穴がある
さまざまな観点から結論を探ってみましょう。
的な要素を盛り込む必要がありますので、いろいろな工夫
ものは良い論文とは言えません。
分析を豊かなものとするためには、論文の中で、考えら
をこらして結論を導く必要があります。明確な結論を根拠
付けることに貪欲に取り組み、さまざまな観点から、自身
結論を導出することを要求しておりません。視点が明確に
なお、私は、必ずしも標準的な経済理論や計量経済学で
への言及は、論理展開が散漫な印象を与えますので、最小
いものとするでしょう。一方、本質的に周辺的である部分
うしたことが、論文を、細やかな配慮を含んだより質の高
れる反論を推測し、あらかじめ対応しておきましょう。こ
環境経済学的なものであれば、その視点から自身の環境問
限に留めましょう。 どうしても触れたいことは脚注に手
の結論が成立するかをチェックしてみてください。
題 を 掴 み、 論 理 的 に 叙 述 す る こ と で 十 分 な 場 合 が あ り ま
短にまとめることが、望ましいと言えます。
卒論の最後に、自分の導出した結論の意義を客観的にま
自身の結論を客観的に評価してみよう
す。私の受け持った卒論には、日本の企業の環境配慮型行
動の変化を、高度成長期からの経団連の発行物を調べるこ
とで辿ってみた論文もありましたし、地方都市にある自分
き、どのように公共交通機関へのシフトを促すかを考えた
とめてみましょう。関連した研究の中で、自分の研究がど
の勤務する企業への通勤で毎朝夕渋滞が起こる状況に基づ
論文もありました。いずれも、経済理論や計量経済学を用
三色旗 2011.1(No.754)
の研究を客観的に評価するだけではなく、改善の可能性に
不足している点も述べてみましょう。これによって、自身
の評価をすることができます。また、自分の研究の限界や
こに位置付けられるのかを考えてみることで、行った分析
コウノトリ野生復帰がもたらす地域経済への効果﹂
﹃三田学会
生復帰をめぐる経済分析
位取得退学。主要業績
専攻。一九八八年東北大学大学院経済学研究科博士課程後期単
︹おおぬま
あゆみ
慶 應 義 塾 大 学 経 済 学 部 教 授、 環 境 経 済 学
一。﹁プレミアムつきのカーボンクレジットについて
雑 誌 ﹄︵ 共 著 ︶ 第 一 〇 二 巻 二 号、 二 〇 〇 九 年、 一 九 一
WW F
―
二一
―
コウノトリ育む農法の経済的背景と
―
﹁
―兵庫県豊岡市におけるコウノトリ野
気付き、論文の質を高められる場合があります。
卒論を書く意義とは?
の ゴ ー ル ド・ ス タ ン ダ ー ド と カ ー ボ ン マ ー ケ ッ ト ﹂
﹃環境情報
おそれのある野生生物保全の経済学﹂
﹃環境科学会誌﹄第一九
六〇。﹁絶滅の
―
か。大学の基本的な役割の一つに、専門的な知識を提供す
巻 六 号、 二 〇 〇 六 年、 五 七 三
科学﹄︵共著︶三六巻三号、二〇〇七年、五五
ることがあります。したがって、さまざまな分野の専門知
D・ピアス/I・ベイトマン著﹃環境経済学入門﹄︵翻訳︶東
大学は、なぜ卒論を書くことを学生に求めるのでしょう
識を吸収し、そして、それらを応用できるようになること
洋経済新報社。二〇〇一年ほか︺
五 八 五。 R・ K・ タ ー ナ ー /
―
を大学は学生に期待します。
しかし、大学が本当に学生に求めることは、これだけで
はありません。もっと能動的なことです。それは、問題を
自ら提起し、その問題を大学で学んだ知識を応用して自ら
考えることなのです。このように、
﹁学んで﹂
﹁問う﹂とい
うことが、まさに﹁学問﹂と言うものでしょう。
良い卒論を書くことで、学生は学問を実践することにな
ります。思う存分、学問の面白さを満喫してください。
三色旗 2011.1(No.754)