手軽に利用できる﹂というメリットが計り知れないこと ンパスで週に多くの授業を受けられる﹂とか、 ﹁図書館を 程に比べて相当大きいものといわざるを得ません。﹁キャ 通信教育課程で論文を執筆するのに伴う困難は、通学課 のハンディキャップがもっとも如実に現れるのが、まだ特 の印象では、こうした場を持たないという通信教育課程生 論文を形作っていくのか、いわば体で学んでゆきます。私 何を求められているのか、どのように自らの研究を進め、 毎週、先輩や同期の仲間の研究発表を聞くことで、自分が 卒業論文を書く前に は、いま本誌をお読みの方の多くが強く感じているのでは 定の指導教授を得る前、自分だけで全てを考えなくてはな 髙橋 勇 ないでしょうか。しかし卒業論文研究・執筆をしていく過 らない﹁テーマ選び﹂の段階です。 マを選ぶ際の留意点はどんなものか、卒業論文指導申込の の書き方﹂そのものよりも、そもそも研究とは何か、テー したがって、指導を受け始めたあとに問題となる﹁論文 程で極めて重要ながら、通信教育課程に決定的に欠けてい るものがもう一つあります。それはその体験を共有する仲 間の存在です。 例えば私の指導している英文学研究会では、学生たちは 三色旗 2010.9(No.750) 類全般に当てはまると思っていますので、適宜ことばを読 ﹁文学﹂研究に置かれていますが、根本的には文学部第三 心 に 述 べ る こ と に し ま し た。 私 の 専 門 の 関 係 で、 力 点 が 前にどういったことをしておかなくてはならないか、を中 ということになります。ですから、研究には通常﹁結論﹂ る事柄についての自分自身の考えを形成していく﹁過程﹂ 能なかぎり広範に読み、検討して、自分の視野を広げ、あ 一連の活動のことです。言語学・文学研究では、資料を可 考えをまとめ、それを元にさらに調査を行い⋮⋮﹂という は存在せず、繋がりがあると思われる事柄を際限なく調査 み替えてください。 実は私は、これと類似した文書を年度の初めに研究会で こうなると、 ﹁卒業論文のために﹂ ﹁それに相応しいトピ していくことになるでしょう。 す。同様に今回の原稿は、会うことのできない自分のゼミ ックを﹂ ﹁ 探 す ﹂ と い う、 学 生 が や っ て し ま い が ち な 方 法 配布し、卒業論文執筆の心構えを提示するようにしていま 生に語りかけるつもりで執筆してみました。皆さんもその が、完全に本末転倒であることがお分かりでしょうか。そ うはいっても、卒業論文に相応しいテーマの立て方という ﹁擬似研究会﹂の新入りメンバーのような気持ちで読んで いただければと思います。 ものはやはり存在します。ここでの強調は﹁相応しいテー マ﹂ではなく、 ﹁テーマの立て方﹂のほうなのですが。 多くの人が論文執筆を初めから﹁目的﹂としてしまい、そ ﹁卒業論文指導﹂などといった言葉が強調されるため、 っている興味が何かと結びつくためには、その前にその対 ように、何かに興味を持つためには、あるいはもともと持 あるような書き方をしました。しかし少し考えれば分かる 1 「研究」とは何でしょうか の前にもっと重要なステップがあるのを忘れてしまうよう 象を見たり聞いたり読んだりして﹁認識﹂しなくてはなり 先ほど﹁興味のあることについて﹂調べるのが出発点で です。そのステップとは﹁研究﹂です。まずは研究とは何 ません。これは文学研究では多くの場合、 ﹁作品を読むこ ですから何よりも、まずは古典から現代にいたる文献・ と﹂に相当します。 か、をはっきりさせておきましょう。 ﹁研究﹂というと仰々しい印象がありますが、要するに ﹁興味のあることについて自分で調査し、その調査を元に 三色旗 2010.9(No.750) 作品 をたくさん読んでく ― 関連付けて考えているうちに、あるキャラクターやモチー 大事なのはそれを﹁そのままにしない﹂ことです。何度 フや物、思想や概念といったものが重要なのではないかと 一次文献といわれるもの ― 読み巧者にも初心者にも有効なのが、通信教育課程各科 でも作品を読み返して考えるのはもちろんですが、もう一 ださい。もともと読書経験の豊富な方は、自身の好みのジ 目の活用です。すでに多くの作品に触れている方ならば、 つ、その興味に関連した事項を扱った文献などを探し、新 か、この作品とあの作品、あの作家とこの作家を対比でき 文学史や文学論、そしてその他の科目で扱われている思想 たな知識を得たり他人の意見を聞いたりするのも極めて重 ャンルを深めたり、あるいは食わず嫌いの方面に手を出し や概念などを、過去の読書経験に照らして吟味すれば、お 要なステップです。通常これは、真摯に調査し考えた結果 るのではないかなど、ある種の興味が漠然と芽生えてくる のずから理解も深まり、面白さも増すことでしょう。文学 であると想定される﹁研究書﹂ ﹁研究論文︵学術雑誌や論 てみてもよいでしょうし、あまり文学作品に馴染みがない 作品はよく知らなくて⋮⋮という方であれば、せっかくそ 文集に含まれている短い論考︶﹂を参照することを意味す はずです。あるいはすでに、そうしたポイントをいくつか れぞれの教科書や講義で作品や作家がたくさん挙げられて るのですが、実は﹁卒業論文指導﹂に入る前に、少しだけ という方は、とにかく何か手にとって読みきり、自分にピ いるのですから、まずは翻訳で構わないので手当たり次第 でも始めておいた方がよい手続きなのです。研究書や研究 持っている方もいらっしゃるでしょう。 に読むことです。こうすれば、いわば﹁骨格﹂を示してい 論文を読むのは、自分と同様の興味をもった、しかし直接 ンと来る作品や作家、ジャンルを探しましょう。 るに過ぎない文学史や文学論に、自らの手で肉付けを施す に教えを乞うたり話を聞けない人々の意見を聞くためだと よいことが分かるはずです。 には、新しい知識や意見がいろいろと含まれてい ― そうした研究書・研究論文 ます 一般的に二次文献と呼び ― 考えてみてください。そうすれば、これらをいつ読んでも 0 0 ことができます。 2 少し「調査」をしてみましょう ある程度の作品を読み、これを授業や自分の趣味などと 三色旗 2010.9(No.750) 自分の考えをまとめてみましょう。納得したのはなぜでし いものもあるでしょう。ここで、これら二次文献について ます。なるほどと唸らされるものもあれば、納得のいかな しかし、より真剣に卒業論文を考えるにあたって大事な しているのが、再提出となる最大の理由となっています。 ない﹂にも拘らず﹁それらしいテーマ﹂をひねり出そうと をあまり読んでいない﹂ ﹁トピックについてよく考えてい あるいは他の点のほうが重要であるような気がしはじめて の読み方が的外れに思えて苛立っているかもしれません。 したか。作品理解はより深まったでしょうか。他の人たち いた方はもちろんそれで結構です。初めの感想は変わりま てください。二次文献を読みながらこうしたことを考えて もともとの出発点であった作品についてもう一度考えてみ さらにもう一歩。新たに知識や意見を取り入れた上で、 識はそれまでの知識とどう結びつければよいでしょう。 状況はまずありえません。ということは、自分の研究をし ていますが、これが全て日本語に訳されているなどという ての二次文献もまた、多くの場合まさにその言語で書かれ ある言語について、あるいはそれで書かれた作品につい 言語に習熟する必要性はいくら強調しても足りません。 しく考えるのは不可能です。それにともない、対象となる 三類各分野の根底に﹁ことば﹂がある以上、翻訳だけで正 めたなら、何よりその原典・原語に目を通しましょう。第 ことは他にもいくつかあります。作品や作家をある程度定 かかわ ょう。反論したくなるのはどうしてでしょうか。新規の知 いることもありえますね。 っかりとしたものとするためには、必然的に多量の外国語 を読みこなす必要があるわけです。日本語が第一言語で現 国語︵あるいは古語︶学習が不可欠となります。﹁読了し 3 「卒業論文指導」のテーマ設定 こ こ ま で の 作 業 を 言 い 換 え る な ら、 ﹁ 作 品︵ 一 次 資 料 ︶ た文献﹂や﹁入手済み文献﹂に原典に関する記載がないの 代日本文学を専攻するといった学生以外はみな、事前の外 を読んで、二次資料を参考にしつつ、ある種の興味を深め も う 一 点 は、 こ こ ま で の 調 査 に 係 わ っ て い ま す。 つ ま は、この部分での不足を端的に示しているのです。 指導を申し込む際の書類には、この段階の興味・知識・意 り、 ﹁次に何を調べてみたいか﹂がある程度明確であるか た﹂ということになります。実をいえば、卒業論文の初回 見が記されていれば十分です。私の経験では、 ﹁一次資料 三色旗 2010.9(No.750) える程度です。 でしょう。あとは﹁今後入手予定の文献﹂について少し考 ている方であれば、むしろこれを絞るのに苦労するくらい どうか、というところです。しかし、すでにいろいろ考え ックならば﹃再提出﹄にならないのでしょうか﹂といった たるわけですね。ここを勘違いすると、 ﹁どのようなトピ 合格﹂は、カリキュラム全体からすると実は予備段階にあ の学生にとって最重要の問題となっている﹁レポートでの 質問を発してしまうことになります。 指 導 教 授 の 立 場 も、 し た が っ て 講 義 な ど に お け る﹁ 権 に予備・初回指導を受けられるはずです。というと簡単そ 上記の諸点がクリアされていれば、ほとんどの方が無事 て反応を返す、対話/議論の相手なのであって、学生側も の一部ですが、主たる役目は学生の意見や考えを受け止め ってきます。経験と知識によって方向を示すのはその仕事 4 指導教授の利用法 うに聞こえますが、要するに自分で読み、自分で考え、自 ﹁教わる﹂よりも﹁意見を聞いてもらう﹂ことに重点を置 威﹂や﹁正解を与えてくれる存在﹂としてのそれとは異な 分で調べる姿勢を最初から身につけておきましょう、と言 通学課程であれ通信教育課程であれ、学生が﹁卒業論文 勇気を得るためにどれだけの準備をしなくてはならないか 手に意見を言うのは大変な勇気が要ることでしょう。その いてほしいと思います。もちろん﹁経験と知識﹂のある相 研 究 ﹂ に あ た っ て 直 面 す る 最 大 の 難 問 は、 ﹁学ぶ﹂ことの を考えれば、おのずから研究に対する態度も変わってくる っているのと同じで、実は意外と大変な要求です。 意味が大きく変化するところでしょう。研究を強いられる はずです。 一次資料を読んで考え、二次資料を検討する。単純なこ 5 文献の集め方 までの学生には、知識やその理解の仕方は︵教科書や講義 で︶与えられ、正解は︵レポートや試験によって︶明確に 示されていました。もちろん、ある程度までは﹁正解﹂を 段階への準備として、つまり、そののち自分で考えるため とではありますが、図書館の利用を制限された段階でこれ 身につけてもらうためではありますが、それは何より次の の﹁基礎知識﹂としてなのです。見たところ通信教育課程 三色旗 2010.9(No.750) 参考とするほか、現在もっとも便利なのは何といってもイ ては話になりません。上記のように通信教育課程の科目を まず何よりも﹁どういった文献があるのか﹂を知らなく 開始される前に可能ないくつかの方策を例示してみます。 を実行するのはかなり困難です。ここでは卒業論文指導が るようにしておくのは、おそらく研究者にとって最重要の てはならない論文などをストックして、いつでも利用でき を書いた暁には﹁参考文献表︵ bibliography ︶﹂を附さなく てはなりませんし、自分がこれから読むべき本、読まなく 献のリストを作成するのも大事な﹁文献集め﹂です。論文 一つ、︵当面は目にできないかもしれなくとも︶必要な文 作業といえるでしょう。上記のような検索サイトや慶應義 ンターネットです。グーグル︵ http://www.google.co.jp/ ︶な ど の 検 索 サ イ ト を 利 用 し た り、 各 国 の ア マ ゾ ン な ど イ ン ターネット書店を参照すれば、現在手に入る日本語や原語 塾 図 書 館 の 蔵 書 検 索︵ KOSMOS ︶ を 利 用 す る 以 外 に は、 自身が目を通した邦文・外国語文献の注や文献表で挙げら れている文献を︵タイトルや注での扱われ具合から判断し の文献を知ることができます。 日本語の単行書であれば、そのあと書店や地方図書館に こうして集めたデータをまとめるにあたっては、かつて て︶ピックアップしていくといった方法もたいへん有効で トの書店で見つけられる/購入できるのであればよいので は紙の﹁カード﹂を多数作成してバインダーでまとめてい 探しに行くことになるでしょう。厄介なのは学術誌に掲載 すが、そうでない場合は苦労が大きくなります。まず、ネ ましたが、今はいくらでも改変の利くコンピュータ・ファ す。 ット上に無料で公開されている文献を参照する方法があり イルが作成できるのですから、ワープロ・ソフトや表計算 されている論文や外国語の文献です。すべてインターネッ ます。これは前述の検索サイトなどをじっくり見て探さな 従うのを標準としています。 ちなみに英語英米文学系では﹃MLA英語論文の手引﹄に し可能であれば担当の教員に尋ねることをお薦めします。 http:// ソフトでデータ化しておきましょう。どういった規則に従 ってデータを取るべきかは各言語・分野で異なるので、も http://scholar. く て は な り ま せ ん。 ま た、 グ ー グ ル・ ブ ッ ク ス︵ ︶ や グ ー グ ル・ ス カ ラ ー︵ books.google.co.jp/ ︶ は、 ネ ッ ト 上 の 書 籍 や 論 文 に 到 達 す る の に google.co.jp/ 非常に重宝するツールです。 これらは読むために実際の文献を探す方法ですが、もう 三色旗 2010.9(No.750) 6 よい論文とは 卒業論文を実際に執筆するにあたっては、すでに特定の 教員の指導を仰いでいることでしょうから、具体的なとこ ろは指導教授と相談すればよいでしょう。ここでは、研究 と論文の相違点を明確にした上で、一般論として﹁よい論 ①一次資料を謙虚に、正確に扱い ②他者の意見を十分検討し ③明確な結論を持ち ④効率的な説得の構成を持ち ⑤読みやすい文章で書かれている 来は常に進行形である研究に、暫定的に終着点を﹁作り出 ひとつの結論に凝縮させるところから始まるものです。本 論文は、研究によって広がった自分の興味・意見を、ある かって読者を導いていくようなものを意味します。つまり ﹁結果﹂であり、ひとつの明確な結論を持って、そこに向 自分の意見を、他者が受け入れやすい形にまとめなおした ﹁研究﹂と異なり、 ﹁論文﹂は、研究によって形成された とは違います。これは習慣の問題で、ある程度はレポート ずれかでしょう。﹁考えることが苦手﹂というのは﹁嫌い﹂ ﹁考えることが嫌い﹂か﹁手間をかけるのが嫌い﹂かのい ん。 も し こ れ に 向 い て い な い 方 が い る と す れ ば、 そ れ は 卒 業 論 文 研 究・ 執 筆 は 日 常 の 知 的 生 活 の 延 長 に す ぎ ま せ た。専門家になるならいざ知らず、ほとんどの方にとって 業論文執筆は決して難しいものではない、ということでし この長々とした文章を通じて私が伝えたかったのは、卒 7 終わりに す﹂のです。自分が考えてきた事柄のうち、他人に伝える 科目の学習や普段の努力で変えることができます。自分の 文﹂とは何かを挙げてみたいと思います。 価値のあるものを選び、まとめるものだとも言い換えられ されるこの贅沢を︵社会人の方であればほぼ間違いなく贅 興味に関して徹底的に調べ、考え、意見を述べることが許 ここまで述べてきた﹁研究﹂の考えも踏まえ、思い切っ 沢であることに賛同してくださるはず︶ぜひ目いっぱい堪 ます。 て単純化すれば、よい論文とは︵最低限︶以下の要素を満 能していただきたい これが一教員としての私のささや ― たしたものといえるでしょう。 三色旗 2010.9(No.750) かな望みです。 ︹たかはし いさむ 慶 應 義 塾 大 学 文 学 部 准 教 授、 近 現 代 英 文 ︶ 。主要業績 Ph.D. ウィリア ― 学︵詩、中世主義、ファンタジー︶専攻。二〇〇四年ケンブリ ッジ大学英文学部博士課程修了︵ イギリス ― 研究と文献案内﹄︵共 ― ム・ブレイズ﹃書物の敵﹄︵翻訳︶八坂書房、二〇〇四年。﹁中 世主義の系譜﹂ ﹃中世イギリス文学入門 著︶雄松堂出版、二〇〇八年。﹃中世主義を超えて 中世の発明と受容﹄︵共編著︶慶應義塾大学出版会、二〇〇九 年︺ 三色旗 2010.9(No.750)
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